この晩も、二つの公演を見る。ともに、何かと見所があり、ニッコリとなりました。

 まず、丸の内・コットンクラブで、1974年ボストン生まれの秀才ピアニスト(2011年7月4日、2012年6月8日、2013年4月1日、2014年5月15日)の、トリオでのショウを見る。新作『The Now』(Sunnyside、2015年)を出したばかりで、同作収録曲をけっこうやり、同作をフォロウするノリの実演とも言えるはずなのだが……。レレレレ、だよなあ。

 だって、『The Now』はルーベン・ロジャース(2005年5月11日、2008年9月22日、2009年4月21日、2013年1月6日、2014年5月15日)とエリック・ハーランド(2005年5月11日、2007年10月3日、2008年4月6日、2013年1月6日)とのトリオで、ギタリストのカート・ローゼンウィンケル(2009年3月1日、2010年3月12日、2013年11月20日、2014年3月4日)も部分的に入るというものだったのに、今回はレジナルド・ヴィール(2004年9月7日、2007年9月7日、2010年9月30日)とケンドリック・スコット(2009年3月26日、2013年2月2日、2013年8月18日、2013年9月11日)というリズム隊がついてのものだったから。

 ぼくは見ていないが、ゴールドバーグの昨年の来日公演のリズム・セクションは、今年1月にもコンビで来日しているベン・ウィリアムズ(2009年5月18日、2009年9月3日、2010年5月30日、2012年3月3日、2012年5月28日、2013年4月1日、2013年5月21日、2015年1月22日)とジャマイア・ウィリアムズ(2009年5月18日、2012年3月3日、2013年4月1日、2013年6月4日、2014年8月7日、2015年1月22日)だったらしい。端正なジャズ・ピアニストであるゴールドバーグではあるが、ちゃんと生理的に立ったリズム音を欲しているのは明らか。であるとともに、ぼくにとってはロジャース/ハーランドのコンビよりも(あまり、ロジャースに関心が持てない)、ヴィールとスコットのリズム隊のほうがうれしいのは確か。スコットはヒューストンの芸術高校でハーランドの後輩となり、スコットの1年後輩がジャマイア・ウィリアムズとなる。

 で、リズム隊の素晴らしさもあって、ぼくは聞き惚れた。この前の、大好きなジェイソン・モラン(2007年1月16日、2007年1月17日、2008年4月6日、2013年1月6日、2015年1月20日、2015年1月21日)のトリオ公演のほうよりもいいかと思えたほど。ええええ? 今のリアル・ジャズの一つの雛形と言いたくなるぐらい、好ましいピアノ・トリオ公演であるようにも思えた。

 久しぶりに見た、ヴィールは本当にぼくの好みの奏者。フレイジングとリズムの感覚がぼくのノリにあう、なんて書くと偉そうになってしまうが。とともに、彼はウッド・ベースの一弦の糸巻きを回して跳んだ音を出したり、ネックをぼこぼこ叩いたりとか、やんちゃな演奏を繰り出すのも、コドモなぼくの趣味にあう。一方のスコットも、アイデア抱負にいろんな奏法を駆使したフレイズ/音色作りで、サウンドを形作る。『The Now』はどうして、この顔ぶれで録音しなかったのだろう?

 そうなのかと思ったのは、『The Now』ではシコ・ブアルキの「トロカンド・エム・ミウドス」、トニーニョ・オルタ(2010年10月7日)の「フランシスカ」、ジャヴァンで知られる「トリステ・バイーア・ダ・グアナバーラ」らブラジル曲を取り上げていたのだが、この晩もブアルキ曲やオルタ曲は演奏するとともに、「黒いオルフェ」も披露。ゴールドバーグはブラジル的もやもやを愛好する人であることを、ぼくはこの晩きっちりと認知した。とくに、オープナーだったブアルキ曲はくぐもった感覚とメロディを愛でる気持ちを“光彩という名のポット”のなかで熟成させたようなバラードとなっていて、ぼくはシビれた。また、著名ルイス・ボンファ曲(「黒いオルフェ」)のほうでは、スコットのドラミングの真骨頂が味わえた。人力ダブみたいな効果を持つスネア扱いを下敷きにし、大げさに言えば、異なるテンポをこれでもかと交錯させる行き方で、イエ〜イ。
 
 それから、スティーヴィー・ワンダー(2005年11月3日、2010年8月8日、2012年3月5日)の「イズント・シー・ラヴリー」も演奏し、これもおおいにグっとくる。その際のベース・ラインはキャロル・キングの「イッツ・トゥ・レイト」のそれを早くしたようなリフを下敷きにする開き方を見せた。この曲、ロジャースとハーランドを擁するゴールドバーグ2010年作『Home』(Sunnyside)でやっていますね。

 そうした秀でたリズム隊を用いているからこそ、明解に浮かび上がるのは、ゴールドバーグの正統派と言える指さばき。乱暴な私見だが、ブラッド・メルドー(2002年3月19日、2003年2月15日、2005年2月20日)以降のピアニストに顕著であるのは、生理的にどこか曖昧な領域を感じさせる音選びを意識的に取って広がりを出していたり、不整合な両手のバランスを取ることで聞き手の興味を喚起していること。だが、彼は表面上においてはそれほどはみださない音選びのもと、今のジャズ・ピアノ表現、新鮮な知性を開こうとする。かといって、ハービー・ハンコック(2000年3月14日、2001年12月27日、2003年8月23日、2005年8月21日、2012年3月3日、2014年9月7日)的な気持ちよくアウトする感覚/スケールも彼はほとんど入れない(実は1曲だけ、そういう指さばきを見せたときはあったが、全体からすれば微々たるもの)。ピアノ演奏において、彼は奇をてらわず、新しい道を模索する姿勢を強く出す。とにかく、今日の彼の演奏に触れ、ぼくのゴールドバーグ株は急騰した。

 そんな好印象なためもあるだろう、演奏するゴールドバーグのシルエットは綺麗で、いい仕立てのスーツを着ているのかなと思えた。サイドのアフリカ系のリズム隊はジーンズとカジュアルなチェックのシャツを着ていた。なお、各曲は平均10分ぐらいであった。

▶過去の、アーロン・ゴールドバーグ
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▶過去の、ルーベン・ロジャース
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▶過去の、エリック・ハーランド
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▶過去の、カート・ローゼンウィンケル
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▶過去の、ジェイソン・モラン
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▶過去の、トニーニョ・オルタ
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▶過去の、スティーヴィー・ワンダー
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▶過去の、ブラッド・メルドー
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▶過去の、ハービー・ハンコック
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-3.htm
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 その後は、南青山・ブルーノート東京で、ピーボ・プライソン(2006年2月9日、2008年1月28日、2010年1月28日 、2012年1月30日)の実演に接する。ショウの運び、MCの乗りなどは、過去の彼の公演と同様。でも、これだけまっとうな喉力とエンターテインメント精神を持っていれば、何度も見ても頷いちゃいちゃう。

 手弾きと鍵盤のベース(音楽監督)、鍵盤2、ギター、ベース、ドラム、打楽器というバンド。くわえて、2人の女性コーラスが入るが、この2人が若くて、なかなか綺麗。歌のほうはそれほど上手くなく(基本、ステージ上にずっといるが、歌う頻度も高くない)、見てくれで選ばれたのは間違いない。でも、主役が上手いんだけら、別にそれでいいぢゃん、視覚的に充実したほうがよろしいと、ぼくはしっかりそう思った。そして、この2人であわせる手振りが可愛い。歌は駄目でもいいから、それだけはちゃんとやりなさいと、言われていたりして。

 ぼくのいの一番の目当ては、本編最後のほうに出て来たレジーナ・ベル(2008年1月28日)。『ステイ・ウィズ・ミー』(コロムビア。ウィルター・アファナシエフの制作)という1989年R&Bチャート1位アルバムも持つ彼女は前もブライソンの付録のような形で来日しているが、ほんと彼女は歌える。その堂々のパフォーマンスに触れると、“誉れのヴォーカル”とか、形容したくなるよなあ。そんな彼女は、ブライソンンに感化されるかのように、ステージ出入りの際は観客と握手しまくり、足元のメモを見ながら日本語のMCをする。アイズリーズ(2001年12月6日、2004年3月1日)のカヴァー「フォー・ザ・ラヴ・オブ・ユー」に続いて、レイ・チャールズ等で知られる「イフ・アイ・クッド」を歌う。実はこの曲、日本語で「日本の皆さんと、後藤健二さんとその家族に捧げます」と言ってから、歌われた。

 その次の曲は一度引っ込んでいたブライソンが出て来て、ディズニー映画派生の1992年全米1位曲の「ホール・ニュー・ワールド」をデュエット。ああ、オリジナルもブライソンとベルの組み合わせであったのか。ベルおばさん、声量とブラック・フィーリングにおいてはブライソンを凌駕するわけで、歌う曲が3曲というのはなんとももったいない。これだけ圧倒的なR&B歌唱を披露し観客を沸かせているのだから、ブルーノート・ジャパン側は彼女に単独のショウをやりませんかと持ちかけるべきではないか。願、彼女のコットンクラブ公演……。

 アンコールはブライソン単独で、チャカ・カーン(2003年10月10日、2008年6月5日、2012年1月10日、2014年9月6日、2014年9月10日)の当たり歌「エイント・ノバディ」を会場後部に立ち、熱唱。そういやあ、このショウの幕開け曲はやはりチャカ・カーンの当たり曲である「フィール・フォー・ユー」であった(!)。蛇足だが、アレサ・フランクリンの新作『グレイト・ディーヴァ・クラシックス』(RCA)は女性シンガー名曲のカヴァー集(シニード・オコナー曲も選ばれている)だが、そこではカーンの「アイム・エヴリー・ウーマン」も取り上げていて実に腑に落ちる。1960年代以降の米国R&B女性シンガーの頂点の繋がりがパっと目の前に表れて、えも言われぬ気持ちになっちゃいます。

▶︎過去の、ピーボ・ブライソン
http://43142.diarynote.jp/200602101812050000/
http://43142.diarynote.jp/200801290949320000/
http://43142.diarynote.jp/201001291748093787/
http://43142.diarynote.jp/201202071446266092/
▶︎過去の、レジーナ・ベル
http://43142.diarynote.jp/201001291748093787/
▶︎過去の、ザ・アイズリー・ブラザーズ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-12.htm
http://43142.diarynote.jp/200403011119270000/
▶過去の、チャカ・カーン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-10.htm
http://43142.diarynote.jp/200806121525370000/
http://43142.diarynote.jp/201201131546344144/
http://43142.diarynote.jp/201409100929108025/
http://43142.diarynote.jp/201409111424501752/

<昨日の、訃報>
 R&B歌手、ドン・コヴェイが78歳で亡くなったことが、2月3日に大々的に報じられた。1月31日に死去、1992年に脳卒中で倒れて以降、なにかと障害にはなやまされていたようだが。1936年サウス・カロライナ州生まれ(これまでのバイオでは1938年生まれだったが、ローリング・ストーン電子版ので訃報記事は1936年になっている)、バプティスト伝道師の息子で、ゴスペル育ち。曲も書け(やはり、ギターでものを考える人であったはず)、ちゃんと音を見る事ができた御仁でもあり、1970年代頭ごろはマーキュリーのA&Rを務めたこともあった。そんな彼は1960年代はアトランティックに所属し、彼の「マーシー・マーシー」はザ・ローリング・ストーンズ(2003年3月15日)にカヴァーされたりもしたし、アレサ・フランクリンが彼の曲でトップ10ヒットを出したこともあった。そんなコヴェイについては、純ロック・リスナーであるころから彼のアルバムをけっこう揃えていて、それはミック・ジャガーのそっくりさんであったから(本当は逆で、ジャガーがコヴェイの熱烈なフォロワーであった)。それはアトランティック期にせよ、1970年代のアルバム群にせよ、声質から奇声の発し方まで、笑っちゃうぐらいに両者は似ている。……ぼくにとっては、かなり印象深い人でした。こんど、DJする機会があるから、どさくさでかけちゃおうかな。
▶過去の、ザ・ローリング・ストーンズ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-3.htm
 個を持つ日本人とアルゼンチン人のシンガー・ソングライターが、カップリングされた公演。六本木・ビルボードライブ東京、セカンド・ショウ。

 まず、クラムボン(2007年9月24日)の原田郁子(2009年11月1日、2011年4月6日)が、スティール・パンから効果音までいろんな音を出すシネマ・ダブ・モンクスの曽我大穂を伴って、ショウをする。基本は、ピアノを弾きながらの、ゆったりパフォーマンス。天衣無縫、もわもわした誘いアリ。なるほど、ヴォーカルが抑揚に富み、ファルセットの用い方が絶妙。きっちり引力を持つように、その作法は計算されているナと頷く。一応、両者対等の公演と告知されていたが、「大好きなファナ・モリーナさんの前座をやらせてもらいます」という謙譲MCを彼女はする。30分、演奏した。関係ないけど、彼女の髪はBoyでやっているのかな?

 その後、少しの間をあけて、ファナ・モリーナ(2002年9月7日、9月15日。2003年7月29日、2011年8月1日、2013年12月3日)と2人の男性が出てくる。まだ20代だろうキーボード奏者(一部はギターも手にする)とドラマーは前回の来日メンバーと同じ。そして、ショウが始まった途端に、そのクールにして先鋭的な味に大きく頷く。3人の噛み合いがより密接になり、確固とした妙味はさらにシャープかつ濃厚に押し出すようになったと、しっかりと思えた。その前のほんわかした原田のテイストとの差で、余計に鮮やかにモリーナの持ち味が伝わったのは疑いがない。その差異、自然豊かな場所にあるコンテンポラリーな日本家屋と、新しい発想や建材を駆使した先端構築物という感じ……?

 ファナはサンプラーやギターを扱い、歌う。あたまのほう、ドラマーはパッドを叩くことでビートを送り出す。なるほど、生ドラム音じゃないほうが、その尖った総体を持ち上げると思えたか。それは、R&Bのショウで生ベースではなく鍵盤ベースを意識的に用いるのと同様? そして、感心せざるを得ないのは、冷淡な情緒を持つのに、一方ではしっかりと肉体性も存在していること。ショウが進むにつれて、それはどんどん増すようになり、ジョルジ・ベンジオール(2014年7月21日、2014年7月23日)の名アフロ・ファンク曲「ポンタ・ヂ・ランサ・アフリカーノ」のサイバー版、もしくはトーキング・ヘッズの『リメイン・イン・ライト』エキゾ版と言いたくなるものを感じたりもした。ふむふむ、アフリカ経由土着性と現代都市環境感覚の拮抗を求めたコンゴトロニクスvs.ロッカーズ(2011年8月1日)に彼女が呼ばれたのも当然と思わせられたか。こちらは40分強やったのかな。ファナ・モリーナは、今のサンプラー使用ポップ・ミュージックの前線に位置すると、しっかり思わせられた。

 そして、アンコールはアルゼンチン人3人と日本人2人が一緒にやる。1コードの音の波に、原田とモリーナが声を投げ出した。

▶過去の、クラムボン
http://43142.diarynote.jp/200709261218590000/
▶過去の、原田郁子
http://43142.diarynote.jp/200911021429368036
http://43142.diarynote.jp/201104091623415118/
▶過去の、ファナ・モリーナ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/livezanmai.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/livezanmai.htm
http://43142.diarynote.jp/?day=20110801 コンゴトロニクスvs.ロッカーズ
http://43142.diarynote.jp/201312171240301597/
▶過去の、ジョルジ・ベンジオール
http://43142.diarynote.jp/201407221737554384/
http://43142.diarynote.jp/200809081534510000/
http://43142.diarynote.jp/201407261219061857/
▶過去の、トーキング・ヘッズ関連
http://43142.diarynote.jp/200901281359552953/ デイヴィッド・バーン
http://43142.diarynote.jp/201305260927026044/ トム・トム・クラブ

<今日の、失敗>
 昨日5日は降雪の報が出ていて、何より4日から寒いこともあり、終日外出しないことを決めた。で、ここのところ十分に睡眠を取っているという思いもないので、一念発起し(?)、21時すぎに就寝。すぐに寝ることができたのだが、やはり体がびっくりしたのか、午前1時前に目が醒めてしまう。せっかちなので、基本二度寝はできないタイプであるのが、悲しい。これは飲みに行けということなのだなとは思ったものの、寒くて外出する気がおこらず。それで、原稿書きをしょぼしょぼ始めちゃい、仕事だけは進む……。朝食はゆっくりと摂りつつ、たらふく食べてしまい、9時ぐらいにはあァダルいとベッドへ。そして、目が覚めたら、16時半。うひい、これで昼夜が完全に逆転してしまうー。いくら朝方まで飲んでもちゃんと起きて机に向かう品行方正なぼくにとって、それは日常でイヤなことのトップ項目であるのに。泣泣泣。夜遊びしないと、ロクなことがない。ああ、来週は昼間に4本のインタヴュー仕事が入っていて、ボロボロになっちゃいそう。

 日曜の午後、現代音楽作曲家/ピアニストといろんな部分で枠越えしているバリトン・サックス奏者(2004年8月20日、2004年10月10日、2006年7月3 日、2012年12月11日、2014年7月22日)のデュオ録音作『N/Y』(アポロ・サウンズ)のリリースを受けての、CD試聴会に行く。四谷・いーぐる 。実際のCD を同所の確かなオーディオ装置のもとずばんとかけ、ピアノの新垣、バリサックスの吉田、そしてアルバム・プロデューサーの村井康司の三人がレコーディングに至った経緯や、レコーディングの模様などについて話すとともに、質疑応答にもこたえる。

  終盤は2人が、デュオ演奏を生披露。いーぐる は地下店舗ゆえピアノをいれることは叶わず、電気キーボード(デカいコルグだった)にてピアノ代行。そこでの、秀でた音楽家の息づかいや思惑や音楽的本能の様々な丁々発止は、まさに広い世界を抱えたもう一つのジャズ表現と思わせる。ああ、これはありそうでなかったもので、あっさりと横のほうから、ジャズの領域を少し広げているナと思わせる部分もありますね。

 そして、生演奏を聞いても深く感じたが、『N/Y』は本当にバリトン・サックスの音が溢れたアルバム。ぼくはこんなにバリトン・サックスの音が入ったCD、バリトンの様々な音や表情を収めた作品を他に知らない。『N/Y』はベヒシュタインというメイカーのピアノが入っているホールで一発録りされているが、その雄弁なバリトン・サックス音をちゃんと録るのは難儀だったのはないだろうか。

 アートと、茶目っ気やほんの一握りの下世話さをかかえた、楽器音が描く線のシェイプがとても綺麗なインプロヴィゼーション表現。アルバムの素材はお互いが持ち寄った曲や共作、さらにガーシュインやエリントン、武満徹曲など。もちろん、フリー・フォーム気味に楽器音を出し合う即興傾向曲もあり。新垣のピアノ音/演奏は現代音楽畑であることを高潔な佇まいの奥に滲ませつつ、瞬発力と裏腹の平易な粒だちと歌心を抱えている。とともに、随所から“いい人なんだろうなあ”という、冷たくならない温もりのようなものも出していた。人間がやっていることが見えるCDを勧めてなんて言われたら(言ってくる人はいないだろうけど)、今なら『N/Y』を迷わず挙げます。
▶過去の、吉田隆一
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 その後は、南青山・ブルーノート東京(セカンド・ショウ)で、1980年代あたまのスタジオ・ミュージシャン意識発揚/フュージョン隆盛から生まれた、ヴァイブラフォン奏者のマイク・マイニエリ(2010年9月5日)をリーダーとする、コンテンポラリー・ジャズ・バンドを見る。普段はナンパなこともやっている俺たちの生活感覚や広い音楽観をいかした、自らの悦楽ともつながる真摯なジャズ表現を標榜しよう。と、そんな指針が、まずあったのかな。そして、テナー・サックスの故マイケル・ブレッカー(2000年3月2日、2004年2月13日)、ドラムのスティーヴ・ガッド(2004年1月27日、2010年12月1日、2012年11月26日、2013年9 月3日、2014年10月17日)、縦ベースのエディ・ゴメス(2014年10月17日)、ピアノの故ドン・グロルニックが、マイニエリのもとに最初合流した。

 この晩の顔ぶれは、マイク・マイニエリにくわえ、ピアノのイリアーヌ・イリアス(2006年6月28日)、イリアスの現旦那でもあるウッド・ベースのマーク・ジョンソン(2006年6月28日)、テナー・サックスのボブ・シェパード( 2004年2月13日、2014年11月22日、2014年11月22日)、ドラムのピーター・アースキン(2012年6月21日、2013年6月26日、2014年12月14日)。イリアスやアースキンは、彼らがエレクトラ・ミュージシャンと契約したころ(1983年)のメンバーだ。

 そんなクインテットによる演奏はとても自然体で、まことジャズ。フュージョン的丸さや電気的楽器音やポップ音楽要素の差し込みが皆無で、ジャズ/フュージョン界を生きぬいてきた面々の体内に現在温めるジャズ観を奇をてらわず重ね合っていると思えたか。楽器音がぶつからず噛み合っているあたりは、そんな彼らの面目躍如と言える。

 かつてはプロデューシングなど音のまとめ役としての才も発揮したマイニエリは、現在76歳。今回は完全にヴァイブラフォン奏者として前面に立つ。彼、かなり弾いたな。で、その音はしっかり一音一音が聞こえるもので、それは一鍵ごとに音を拾うピックアップを取り付けているからのようで、その音は同業者から見ると驚愕モノであるらしい。かつては、電気的エフェクトもヴァイブ音にごんごんかけていたはずだが、この晩は本来のヴァイブラフォン音を最良のものとして拾い上げ、その先に達者な演奏者としての姿を仁王立ちさせていた。なお、マレットは1本づつ持って演奏する場合が多かった。

 そんな指針にあわせたイリアスの演奏にも少し驚く。フツーのジャズ・ピアニストであることをまっとうしていたもん。彼女はヴォーカル作を出す一方、マーク・ジョンソンとの連名でデュオ基調作『Swept Away』を2012年にECMからリリースしているが、あれは耽美調主体の演奏だったからなあ。ぼくはこの晩の達者な指の裁きに触れて、なぜかシダー・ウォルトンの名を思い浮かべてしまった。ありゃ。昔、ブラジルの天才ジャズ・ピアノ少女と騒がれたことがあったという逸話も、それは思い出させた? それから、かなり大人の演奏をしていたジョンソンではあったが、最後に与えられたソロの演奏は興味深し。それ、西アフリカの弦楽器の音をウッド・ベースに移し替えた、と言いたくなるものであったから。

▶過去の、マイク・マイニエリ
http://43142.diarynote.jp/201009171511588216/
▶過去の、マイケル・ブレッカー
http://43142.diarynote.jp/200402171832080000/
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-3.htm
▶過去の、エディ・ゴメス
http://43142.diarynote.jp/201410220711345595/
▶過去の、スティーヴ・ガッド
http://43142.diarynote.jp/200402051855170000/
http://43142.diarynote.jp/201012051903113851/
http://43142.diarynote.jp/201212101904379741/
http://43142.diarynote.jp/201312171510083393/
http://43142.diarynote.jp/201410220711345595/
▶過去の、イリアーヌ・イリアス
http://43142.diarynote.jp/200607041956350000/
▶過去の、マーク・ジョンソン
http://43142.diarynote.jp/200607041956350000/
▶過去の、ボブ・シェパード
http://43142.diarynote.jp/200402171832080000/
http://43142.diarynote.jp/201411251049018018/
http://43142.diarynote.jp/201411251049018018/
▶過去の、ピーター・アースキン
http://43142.diarynote.jp/201207031311348277/
http://43142.diarynote.jp/201306271617516710/
http://43142.diarynote.jp/201412281017371613/

<今日の、勘違い>
 明日あるはずのミーティングが、インフルエンザにてごめんさい延期を〜、という連絡が入る。真冬、インフルエンザにかかっちゃう人が回りで散見されるな。……考えてみたら、ぼくはインフルエンザにかかった事がないことを認知する。少なくても、自覚したことはなし。まあ、風邪ぐらいでは医者にいかないからなー。オレって丈夫なのかと一瞬おもったが、それは、普段昼間は人と交わらず原稿仕事をしているからで、勤め人と比較すると病原菌に触れる度合いがとても低いからであると悟る。ただし、夜はコンサート会場や飲み屋とか、かなり人ごみには行くんだけどなー。話はかわるが、30代の編集者の仕事メールの最後に、こんなことが書いてあった。<ところで、ギックリ腰になってしまいました。5年ぶり4回目みたいな感じなので、すでに慣れっこなんですが、英輔さんもお気をつけてくださいー! 寒さで腰の筋肉とかが縮こまっていると思いますので。ストレッチ、ストレッチです!>。オレ、なんの運動もしてないけど、ぎっくり腰にもかかった事はない。それ、箸より重いものを持つと脱臼するう、とか、世間をなめている発言を日々しているおかげか?
 第18回文化庁メディア芸術祭。なんていう催しを、今やっているのは、とんと知らなかった。ましてや、それが20年近くも続いているものであることも。

 それを知ったのは、先日のファナ・モリーナ公演(2015年2月6日)の会場で知人からちょうど来日中のサンチアゴ“ボウ”グラッソという1979年生まれクリエイターを紹介されたことから。彼は文化庁メディア芸術祭に「PADRE」という短編映像を出展、優秀賞を得たために訪日中。楽屋で同胞モリーナと一緒に写真を撮る彼はうれしそう。なんでも、モリーナは本国ではコメディエンヌとして著名であるそう。へええ。彼は初来日、普段はブエノスアイレスから遠い高地に住んでいて、そこ(地名は忘れました)はスイスのような所とのこと。

 第18回文化庁メディア芸術祭は2月4日から15日にかけて、六本木の3つの会場でいろいろと、すべて無料の受賞作品展が行われている。アート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門に別れており、件のボウは短編アニーメション部門出展での栄誉獲得だ。で、昼過ぎに彼の作品を含む短編イラストレーション出展作品が上映されるので、見に行った。1983年軍政衰退期にある“閉じた”女性と外でおきようとしている変化との綱引きを静的に描く作品で、コマ撮りと3DのCGを駆使し、3年もの期間をかけて作ったのだそう。

 会場は国立新美術館。2階部の広いスペースはこの催しのメイン展示会場と言えるのか。世の中になくても問題はないがあったら刺激を受けたり楽しかったりするブツの展示がいっぱい。入り口近くで派手に紹介されていたのは、<アート部門>優秀賞を獲得した坂本龍一(2011年8月7日、2012年3月21日、2012年8月12日、2013年8月11日)と真鍋大度の映像主体のブツ。ボウの気の遠くなるような手間がかけられた映像作品は3階部で上映されていたが、2階の展示部分にも、彼のブースが設けられ、作品のメイキング映像が流されるとともに、実際に撮影に使った人形や模型や絵コンテなんかが展示されていた。

▶過去の、ファナ・モリーナ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/livezanmai.htm
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http://43142.diarynote.jp/?day=20110801 コンゴトロニクスvs.ロッカーズ
http://43142.diarynote.jp/201312171240301597/
http://43142.diarynote.jp/201502071011467530/
▶過去の、坂本龍一
http://43142.diarynote.jp/?day=20110807
http://43142.diarynote.jp/?day=20120321
http://43142.diarynote.jp/?day=20120812
http://43142.diarynote.jp/?day=20130811

<今日の、自己暗示>
 なんか、寒い。<オレハ東京デハナク、NYニイルノダ>と思うようにして、昼間あるいていました。少しは、気がまぎれる。。。。
 毎年建国記念日に開かれている、ブラジルのカーニヴァルに思をはせる、4時間を超えるお祭りイヴェント。渋谷・クラブクアトロ。あたま3つの出演者は大所帯のパーカッション集団で、Quer Swingar Vem Pra Ca、客席フロアで演奏したBAQUEBA、女性だけで組まれているBanda Girassol。面白いことに手本とするのは、順にリオ、レシーフェ、サルヴァドールのそれ。その違いが手にとるように分るし、本当にブラジルは広いし、豊かだなあと実感できる。パーカッション奏者は全部で60人ほどもいたそうだが、その楽器の量の多さと音量のデカさを目の当たりにし、それぞれ練習大変だろうなーと思ったりもした。

 そして、締めは毎度恒例のSaigenji(2006年6月27日、2007年11月27日、2009年3月14日, 2009年8月9日、2012年6月13日、2013年1月7日、2013年2月11日 、2013年4月12日、2014年2月9日) の出演。ソロ・パフォーマンスから全6人によるものまで、いろいろ。先の3つ集団は憧れの現地表現に体当たりという図式を持つのに対し、彼はブラジル音楽要素を体内で溜め、それを鮮やかに同時代ポップ・ミュージックと肩を並べるものとして出すのが要点であり、鮮やかすぎる。ブラジル音楽愛の出し方はいろいろ、やはり遥かなりブラジル……。

 司会はカンタス村田((2010年12月27日、2011年2月11日、2011年5月8日、2012年6月8日、2012年10月27日、2013年2月11日、2013年8月24日、2014年5月3日、2014年6月15日)で、合間にギターの弾き語りをしたりもした。本イベントの元締め、中原仁のDJも堂にいったもの。Quer Swingar Vem Pra Caもカンタス村田とサンバマシーンズのメンバーたちが活躍するとともに、Saigenjiの際にもそのメンバー3人が加わっていた。

▶過去の、Saigenji
http://43142.diarynote.jp/?day=20060627
http://43142.diarynote.jp/200711290932200000/
http://43142.diarynote.jp/200903161734533723/
http://43142.diarynote.jp/?day=20090809
http://43142.diarynote.jp/201206141343402196/
http://43142.diarynote.jp/201301151819527787/
http://43142.diarynote.jp/?day=20130211
http://43142.diarynote.jp/?day=20130412
http://43142.diarynote.jp/?day=20140209
▶過去の、カンタス村田とサンバマシーンズ関連
http://43142.diarynote.jp/201101061047294455/
http://43142.diarynote.jp/201102121002078478/
http://43142.diarynote.jp/201105140858559432/
http://43142.diarynote.jp/201206120854205300/
http://43142.diarynote.jp/201211151028209850/
http://43142.diarynote.jp/201302181123344904/
http://43142.diarynote.jp/201308281519499994/
http://43142.diarynote.jp/201405051105329639/
http://43142.diarynote.jp/201406161000365031/

<来週金曜の、お知らせ>
 2月20日(金)、マーカス・ミラー公演中のブルーノート東京の受け付け階(B-1F)のBar BACKYARDで、音楽をかけます。ビクターミュージックエンターテイメントのミラーのA&Rである城野純郎さんと一緒に、18:00〜21:30にわたり、しちゃいまーす。チャージもつかないので(どっちにしろ、地下2階の本公演は5日間全セット売り切れているよう)、もしふらりとおよりいただければ。。。
http://www.bluenote.co.jp/jp/artists/marcus-miller/ 頁下部に告知あり。

 昨年、ぼくがトップ級の手応えを感じた新人が、この1989年生まれの、ニューオーリンズ在住のアフリカ系シンガー・ソングライターだった。ひひひ、そんな御仁のライヴが見れるとはこりゃうれしくてしょうがないっ。裸の感覚に富む、現代R&R〜ブルースの体現者。セルフ・タイトルのデビュー作の制作スタッフやレーベルは、アラバマ・シェイクス(2013年1月31日)と同様と書くと、興味を持つ聞き手もいるだろうか。

 渋谷・DUO Music Exchange、満場。セミ・アコースティック型のエレクトリック・ギター(それをケースにいれて袖から出て来て、ステージ上でケースから出した。退出時は、マーシャル・アンプの前のギター・スタンドに置く)を手に出て来たベンジャミン・ブッカーは、白人のベーシストとドラマーを擁してショウを進める。ベーシストはやはりセミアコ・タイプのエレクトリックを持ち(ピック弾きで、指弾きも少し)、ドラマーはスネア、タム、バスドラを主に叩き、ハイハットやシンバル類はあまり多用しない。

 彼はお尻で歌っているような声質を持つが、それは濁りの感覚や土着性を出すために、意識的にそうしていると思われる。素の声は、もっと優しいからな。彼ぜんぜん閉じた人ではないが、ほぼMCをしなかった。そして、もっと意外だったのは、アルバムでは見せていなかった、ジミ・ヘンドリックス調フィードバック・ギター音をけっこう(全体の4分の1はそうだったか)使って、破天荒さを出していたこと。ヘンドリックスを知らない聞き手は、それに触れておおいに興奮したのではないか。そういえば、彼とリズム・セクションの絡みは、一部ジミ・ヘンドリックス・エキスペリエンス的と指摘できるかもしれない。

 基本はCDで聞かれるものの拡大判と言う感じであったが、臨機応変な三人の絡みのもと開かれる曲はロックぽいのに、よりブルースを根に持つと思わせらるところもあった。また、R&B調を素直に開いたような曲も2、3曲披露。それから、1曲ではベーシストがフィドル、ドラマーがマンドリン(を弾きながら、バスドラも踏む)を弾き、ブッカーはギターを置いてヴォーカルに専念。そのときのフィドル音はなぜかジェイムズ・ブラッド・ウルマー在籍時のチャールズ・バーナム(2004年9月13日、2013年5月31日)を思い出させるとともに、持ち替えマンドリン音の存在はぼくの<ザ・バンド心>を刺激した。うぬ、今後の動向がいろいろと楽しみになります。

▶過去の、アラバマ・シェイクス
http://43142.diarynote.jp/201302021049108694
▶過去の、チャールズ・バーナム
http://43142.diarynote.jp/200410071534460000/
http://43142.diarynote.jp/201306060609052151/

<火曜の、ブッカー>
 その疾走感、いい感じのコワレの感覚に、ぼくはブッカーに“ストリート叩き上げ”の本能の人という印象を彼に持っていたのだが、インタヴューをしたら、全然違うじゃあないか。まず、顔つきがかなり善人ふう。なんか、若いころのベイビーフェイス(2001年10月25日、2014年9月6日)と南ア出身ギタリスト/シンガーのジョナサン・バトラーを重ねた感じという言い方もあるか。体躯もガテンではない。親は軍勤務でD.C.育ち、小学校のころはチェロを習っていたのだそう。その後、パンク・ロックの愛好者となり、今も大好きなブルースに熱中するようになったのはパンクの担い手がブルースに言及していたからだという。少し前までは、周りにブルースを聞く人間がいなくて残念だったとか。大学はジャーナリズムを専攻する(もしかしたら、キミみたいになっていたかも。なんてことも、言っていたな)ためにフロリダ州のカレッジに通い、居住するニューオーリンズに引っ越したのは、就職するように同地のNPO団体“Hands On New Orleans”に従事したから。彼は昨年、ジャック・ホワイト(2003年10月21日、2006年3月5日、2010年3月31日)のツアーの前座をしているが、最初に購入したCDが彼のもの(時期的に、ザ・ホワイト・ストライプスなのかな)だった……。
▶過去の、ベイビーフェイス
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-10.htm
http://43142.diarynote.jp/201409100929108025/
▶過去の、ジャック・ホワイト
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-10.htmザ・ホワイト・ストライプス
http://43142.diarynote.jp/200603080248000000/ ザ・ホワイト・ストライプス
http://43142.diarynote.jp/201004080750382797/ ザ・デッド・ウェザー

 ジャズ路線とポップな現代クロスオーヴァー路線の二つのヴォーカル表現作法をとり、ここのところは後者の行き方を主に見せていたホセ・ジェイムズ(2008年9月18日、2010年11月11日、2011年1月12日、2012年2月18日、2012年9月13日、2013年2月15日、2014年7月27日)の新作『イエスタデイ、アイ・ハド・ザ・ブルース』(ブルーノート)は純ジャズ路線のもと、ビリー・ホリデイの音楽にせまらんとしたもの。実はそのプロジェクトを2011年から当人はライヴで持っており、YouTubeで2012年の1時間半のアコースティックなショウを見ることが可能。そこには、クリス・バワーズ、ソロモン・ドーシー、リチャード・スペイヴェン、黒田卓也らポップ路線で助力していた面々がサポートしていた。新作の内容は、その積み重ねを受けたと説明することが可能なわけだ。

 六本木・ビルボードラブ東京、ファースト・ショウ。その『イエスタデイ、アイ・ハド・ザ・ブルース』はピアノのジェイソン・モラン(2007年1月16日、2007年1月17日、2008年4月6日、2013年1月6日、2015年1月20日、2015年1月21日)、ウッド・ベースのジョン・パティトゥッチ(2001年8月3日、2002年8月25日、2004年2月9日、2006年9月3日、2012年6月13日、2014年2月12日、2014年4月14日)、ドラムのエリック・ハーランド(2005年5月11日、2007年10月3日、2008年4月6日、2013年1月6日)というピアノ・トリオがついてのもの。が、ツアーでは、ピアノがなんとアーロン・パークス(2002年7月3日、2005年8月21日、2008年11月22日、2009年2月3日、2012年5月31日、2014年2月5日)! そして、リズム隊はジェイムズのクロスオーヴァー路線の助力者である、おなじみのソロモン・ドーシーとリチャード・スペイヴェンがつく。ドーシーはダブル・ベースに専念し、ベース・ソロの際はそこにスキャットをかませる。スペイヴェンの4ビート・ドラミングはちょいおっかなびっくりという叩き方だった。

 途中からは、古いトランペットを持った黒田卓也(2012年2月18日、2012年9月13日、2013年2月15日、2014年5月25日、2015年1月30日)も出て来て、伴奏に加わる。黒田の2014年ブルーノート盤はジェイムズのプロデュース盤だが、ジェイムズはその前に日本のシンガーのNOONの『FULL MOON』(ビクター、2013年)をプロデュースしているんだよな。それが、彼の初制作盤だ。

 途中、ジェイムズはアコースティック・ギターを手にし前作ポップ曲を歌ったり、エリントン曲「キャラヴァン」をおもしろいアクセントを施して(その際はスペイヴェンの妙味が前に出る)披露したりも。そういえば、ビリー・ホリデイとともに、ヴェテランのジャズ・ピアニストのジュニア・マンス(2009年6月7日)への謝辞を出した。両者って、関わりはないよな? ジェイムズのファースト作『ザ・ドリーマー』にはマンスが参加していたわけだが。あれれ、ホリデイ・トリビュートという焦点がボケてくるぢゃん。

 アンコールは、なんとサム・クックの「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」を、ベーシストのドーシーとデュオで(彼のハーモニー・ヴォーカルが効いていた)聞かせる。差別のない社会への変化を心待ちにする、米国黒人音楽史における重要十指に入るだろうこの凛とした美曲を最後に持って来たことによって、ショウのカタマリ感がぐっと上がった。「ストレンジ・フルーツ」に代表されるように、ジェイムズはホリデイ表現が映し出していた弱者差別の流れは全然変わっていないという認識をもっているから……。

▶過去の、ジェイムズ、さらにパワーズ、ドーシー、スペイヴェンら
http://43142.diarynote.jp/200809191051472579/
http://43142.diarynote.jp/201011140051119042/
http://43142.diarynote.jp/201101131336421886/
http://43142.diarynote.jp/201202200901013744/
http://43142.diarynote.jp/201209191239346073/
http://43142.diarynote.jp/201302181044151204/
http://43142.diarynote.jp/201408051020111821/
▶過去の、ジェイソン・モラン
http://43142.diarynote.jp/200701201417260000/
http://43142.diarynote.jp/200701201418210000/
http://43142.diarynote.jp/200804081928430000/
http://43142.diarynote.jp/201301151731112021/
http://43142.diarynote.jp/201501210901575140/
http://43142.diarynote.jp/201501220923108418/
▶過去の、パティトゥッチ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-8.htm 2001年8月3日
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/framepagelive.htm   2002年8月25日
http://43142.diarynote.jp/200402091738240000/
http://43142.diarynote.jp/200609070211000000
http://43142.diarynote.jp/201206141343402196/
http://43142.diarynote.jp/201402140843255048/
▶過去の、エリック・ハーランド
http://43142.diarynote.jp/200505141717440000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20071003
http://43142.diarynote.jp/200804081928430000/
http://43142.diarynote.jp/201301151731112021/
▶過去の、パークス
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-7.htm テレンス・ブランチャード
http://43142.diarynote.jp/?day=20050821
http://43142.diarynote.jp/200811241224271906/
http://43142.diarynote.jp/?day=20090203
http://43142.diarynote.jp/?day=20120531
http://43142.diarynote.jp/201402071150071550/
▶過去の、黒田卓也
http://43142.diarynote.jp/201202200901013744/
http://43142.diarynote.jp/201209191239346073/
http://43142.diarynote.jp/201302181044151204/
http://43142.diarynote.jp/201405271755563079/
http://43142.diarynote.jp/201501310942048841/
▶過去の、ジュニア・マンス
http://43142.diarynote.jp/200906091637138003/

<先日のジェイムズの、アーロン評>
 今回やったインタヴューで、アーロン・パークスを選んだ理由を、ジェイムズは次のように言っていた。
「アーロンは特別な才能を持つ人と思う。今度の『イエスタデイ・アイ・ハド・ザ・ブルース』の曲を演奏するピアニストは、やはり個性が際立った人でなくてはならない。今作においてピアノがもっとも重要な楽器だと思うからね。実は、アーロンとはこれまで一緒に仕事をしたことはなかった。でも、話をしたら、彼にすごい強い絆を感じてしまったんだ。ビリー・ホリデイが過去やっている曲というのはメロディが強く、情も濃い。だけど、最近のジャズ・ピアニストの多くはハーモニーとかテクニックの面を重視する人が多いので、それをやるには適しているとは言いがたい。彼女の曲を表現するためには、ピアノでリリカルに弾くというユニークさを持っていなければならない。僕はメロディが大好きだし、美しいピアノの音色が大好きなので、そういう面でもアーロンは適したピアニストだと思うな」
 その原題は「GMO OMG」。<Genetically Modified Organism, Oh My God
>の略。遺伝子組み換え食物をさす、その言葉=Genetically Modified Organism は映画中で米国人にも不慣れな語句であると伝えているが、そりゃ日本人だと余計に何のことか分からなく、この邦題もいたしかたないと思える。

 米国モンサント社、その他の大企業の金儲け所作ではびこっている、遺伝子組み換えの食べ物の恐怖を、ヒステリックにならず、でもしっかりと伝えようとするドキュメンタリー映画。4月25日から公開されるその試写を、渋谷・アップリンクで見る。同じ所が配給した映画「モンサントの不自然な食べもの」(2012年6月12日)を見ていると、すんなり入り込めるなあ。

 監督/脚本/編集はノースカロライナ州アシュヴィル在住、1976年生まれの映像作家のジェレミー・セイファート。彼は妻との間に3人の子供を授かっているが、父親として彼らの先のことを考えることから、遺伝子組み換え食品やその負の連鎖に危惧を持つようになり、それら問題を提起しようとしたことが、彼にとって2作目のドキュメンタリー作品に繋がった。映画にはかわいい子供たちも出てくる(しかも、長男は種子マニア)が、この設定はうまい。イデオロギーから外れた立ち位置で、問題に近づける。

 みずから自然なナレイターをつとめるセイファート監督はアメリカ各所で市井の人たちとやりとりし、問題企業や学者や活動家や遺伝子組み換え農作物を否定したり肯定したりする農業従事者(ある肯定者は、その種を用いないと世界中で食物が供給不足になると発言するが、それは間違いであることも語られる)たちに取材し、それはハイチ、フランス、ノルウェーにもまたがる。米国発の問題を告発するのが欧州人ではなく、(ファミリー・オブ・マンな)米国人であるのはポイントだし、それは新たな訴求力を持つか。

 音楽はけっこう上手に用いられていて、ジュビリー・シンガーズという女性一人を含む白人7人組(17世紀に生まれ今も現存する、スピリチュアルな歌を歌うアフリカ系アカペラ・コーラスのグループとは別)による音響フォーク的な音楽はサントラにもなっている。劇中では1960年代のフォークとおぼしき素朴曲からマムフォード&サンズ(2013年7月30日)の曲まで、ノスタルジックな手触りを持つ手作り感覚横溢曲も用いられているが、それらは<平穏で、希望を持てた昔には、もう戻れない>という諦観を醸し出すようにも、ぼくには思えた。あら、逆効果? それとも、作り手側にどこかそういう気持ちがある?

 蛇足だが、過去ぼくが行ったインタヴューでモンサント社の悪行にごんごん言及したのは、フィッシュボーンのアンジェロ・ムーア(2000年7月28日、2007年4月5日、2007年4月6日、2009年11月25日、2010年7月31日、2011年8月8日、2013年6月3日)とザ・インスペクター・クーゾ(2010年5月7日、2012年10月4日、2014年7月25日、2014年11月20日)のお二人だった。

▶︎過去の、映画「モンサントの不自然な食べもの」
http://43142.diarynote.jp/201206141342549869/
2009年11月25日、2011年8月8日、2013年6月3日
▶︎過去の、マムフォード&サンズ
http://43142.diarynote.jp/201308021400578638/
▶︎過去の、アンジェロ/フィッシュボーン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-7.htm フジ・ロック
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-10.htm
http://43142.diarynote.jp/200704112101130000/ 豪バイロン・ベイ
http://43142.diarynote.jp/200806121400260000/ 豪ベイロン・ベイ
http://43142.diarynote.jp/200911281704335025/ アンジェロ単独
http://43142.diarynote.jp/?day=20100731 フジ・ロック
http://43142.diarynote.jp/201108101638376353/
http://43142.diarynote.jp/201306060729285922/
http://43142.diarynote.jp/200911281704335025/
http://43142.diarynote.jp/201108101638376353/
http://43142.diarynote.jp/201306060729285922/
▶過去の、ザ・インスペクター・クルーゾ
http://43142.diarynote.jp/201005091451244918/
http://43142.diarynote.jp/201210061012387869/
http://43142.diarynote.jp/201407261220126653/
http://43142.diarynote.jp/201411211148399707/

<ここんとこの、傾向>
 映画を見たあと、昔けっこうやりとりのあった人と飲食。突然メールをもらい会うことになったのだが、ちゃんと話すのは15年以上ぶり? 昨日はパーティみたいなので30年ぶりに会った人と談笑するし、明日遊ぶことになっているのは、やはり久しぶりとなる知人。こういうときも、あるのだなー。
 あれれ、8弦ギターから7弦ギター(当初8弦に移行する前に7弦ギターを手にしており、それについて彼は進化というような言い方をしていた)に戻っているじゃないか。ギター音とベース音を一緒に出すような、チャーリー・ハンター独自の変テコな弦楽器音を出すということにおいては、かわりがないが。

 南青山・ブルーノート東京、セカンド・ショウ。ギターのフレットが逆ハの字に植えられている特殊ギターの考案者/使い手であるハンター(1999年6月22日、2002年1月24日、2006年4月17日、2009年1月16日)の久しぶりの来日公演は、ドラマーのスコット・アマンドラとのデュオにて持たれる。余分にメロディ楽器が入らないほうが、その我が道を行くギター奏法/音は分りやすく受け取れるし、ブルーノートと契約していた時期の1999年作はやはりドラマーのリオン・パーカー(2009年3月23日。かつてのハンターの来日公演→1999年6月22日や2002年1月24日あたりに同行していた可能性も?)とのデュオ・アルバムだった。

 10作弱のリーダー作を持つスコット・アマンドラは、ハンターとはもう20年強のつきあい。ハンターがソロ転校前にベイ・エリアで組んでいバンド、T.J.カーク(セロニアス・モンクとジェイムズ・ブラウンとローランド・カークの名前からきているんだっけか?)の同僚だからな。以降、2000年代半ばまでアルバム上で両者は重なっていないが、2012年と2014年に2人は双頭名義でデュオのアルバムを出していて、今回はそのデュオ・アルバムの延長にあると考えていいだろう。

 そのアメンドラはパっと聞く分には上手いんだかそうでもないのだかよく分らない叩き口を持つのだが、ギタリスト受けが良く、ウィルコのメンバーで本田ゆか(2009年1月21日、2014年3月31日、2014年8月14日)の旦那でもある、フリー・ジャズ・ギタルストのネルス・クライン(2010年1月9日、2010年4月23日、2013年4月13日)と懇意にしており、近年のお互いのリーダー作に入り合っている。また、シカゴ音響系ジャズ界隈(シカゴ・アンダーグラウンド、ブローク・バック等)にいるギタリストのジェフ・パーカー(2004年1月20日、2000年10月15日)とも懇意にしているようだし、ビル・フリゼールの『All Hat』(Emacy、2009年)でもアマンドラが叩いている。

 そんな2人の合奏は、向かい合うようなステージ位置取りで、音を交わし合うというもの。曲はおおまかに決めておいてエイヤっという感じですすめたのかな。ま、そんなことはともかく、ハンターの特殊ギター演奏はやはり目が点。指4本でギターの音が出る5弦を爪弾き、親指で下2弦を弾いてベース音をだすのだが、そのコンビネーションがまったくの謎。前よりエフェクターをかけなくなっているので、その妙味はもっと分りやすい。パっと聞く分には2人で弾いているとしか思えないわけで。。。これ、家で音盤を聞く分にはあぁそうで終わってしまうが、生の場で目の当たりに弾かれると唸るしかない。ぜんぜんニュアンスとテンポの異なるギター音とベース音を、アルペジオの変形と言いたくなる右手使いで、彼は飄々とこなしちゃう。
 
 まあ、秀でた現代ドラマーの足と手の人間基準法違反なコンビネーションとかを考えれば、それほど不思議なことではないのかもしれないが……。ロバ—ト・グラスパー(2007年10月3日、2009年4月13日、2009年12月19日2010年12月16日、2012年6月12日、2013年1月25日、2014年8月20日)は昔左手と右手で一緒に別なフレイズを弾く練習を執拗にやったと言っていたこともあったが、ハンターもまた人知れず、特殊奏法/ギター開発に明け暮れたに違いない。

 うねうねした暗めの(オリジナル)曲をやらずにもっと明解な曲をやればと思ったら、アンコールはバート・バカラック曲とモータウン曲をやった。バカラック曲「ウォーク・オン・バイ」のほう、ハンターはアレステッド・ディヴェロップメント(2000年4月27日、2000年8月5日、2001年2月3日、 2002年4月17日、2013年4月19日)のシンガーだったディオンヌ・ハリスとの2014年デュオ盤『Dionne Dionne』でやっているんだよなー。それ、アルバム表題が示すように、デイオンヌ・ワーイウィック絡みのバカラック曲を取り上げたものでした。

▶︎過去の、チャーリー・ハンター
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http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-1.htm
http://43142.diarynote.jp/200604181149370000/
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▶過去の、リオン・パーカー
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▶過去の、ネルス・クライン
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▶過去の、ジェフ・パーカー
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▶過去の、ビル・フリゼール
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▶過去の、グラスパー
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▶過去の、アレステッド・ディヴェロップメント/スピーチ
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<今日の、大慌て>
 確定申告を毎年頼んでいる会計事務所に領収書とか支払い調書とかをえいやと宅急便で送ろうとしたら、一緒に送らなければならない銀行通帳の夏場の冊子が見つからない。銀行にそのデーターの再発行を頼もうとしたら、10日くらいかかるという。うひー。でも、この杜撰さは直らない〜。

オーケー・ゴー

2015年2月19日 音楽
 結成15年と少しの、ソウル要素もうまく使うポップ・ロック4人組を見る。今のロック界における好趣味の洒脱英知派というイメージを、ぼくが彼らに持ってしまうのは、わざわざ千葉県でヴィデオ・クリップを撮影した近曲「アイ・ウォント・レット・ユー・ダウン」に代表されるように、アイデアと手間に富みまくったヴィデオ・クリップを、酔狂にという形容も可能な感じで、次々に送り出しているからである。それらには、バカみたいにコストもかかっているんだろうなというブツもあったりして、そういう所に着目をするのなら、彼らは受け手にたいしての利益還元率の高いバンドであるとも言えるのではないか。ただし、痛し痒しと感じてしまうのは、そのヴィデオ・クリップほど曲作りはクリエイティヴではないところ。なんか、いまいち起伏やフックに欠けると、ぼくは思ってしまったりもする。が、基本のあり方において、オーケー・ゴーがとっても正のスタンスを持つ貴重な存在であるのは間違い。

 赤坂・ブリッツ。例のヴィデオ・クリップの好評もあってか、これは追加公演日。で、結論から言ってしまえば、今年のロック公演五傑に入るだろうと、ぼくは思った。

 冒頭、映画や記録映像から“OK”とか“GO”と言っている映像を抽出してつなげた映像がステージ背後に置かれたヴィジョンに流される。どうってことはないが、気持ちたかまる。そして、4人のメンバーがでてきて演奏しだすと、紙吹雪がステージ左右袖に配置された大砲のような機械からゴンゴンと放出され(それは、ショウの間、何度もなされた)、エンターテインメントな空間としての色彩/動的感覚を増させる。ボクたちの公演にようこそ、目一杯キミたちを楽しませるよ、そんなホスピタリティは最後まで一貫して送り出された。

 たとえば、2度ほど、通訳を交えて観客との質疑応答の項目を設けたり、観客の足音や手拍子や擬音をその場でサンプリングし、それを元にリズムを作り曲につなげていったり、リード・シンガー/ギタリストのダミアン・クーラッシュが生ギターを手に客席フロアに降り観客に囲まれながら弾き語りを聞かせたり。映される映像はそのヴィデオ・クリップの水準の高さからすると突出はしていないが、グラフィックなものからその場でとった映像までいろんなパターンのものを使用。ただし、周知のヴィデオ・クリップ映像に頼ったものはなく、それは正解と思えた。

 それから、あれれれ〜と驚いたのは、彼らはビート・ポップの秀でたライヴ・バンドであったこと。とにもかくにも、楽器の腕が皆たつ。ドラマーがいいのは、さすがに米国の中堅バンドであるなあ。また、コーラスも良質。その音だけを聞くと、実演においてはプリセットの音を併用しそうなのに、彼らは生音だけで見事にアルバムの音を再現する。いや、きっちり4人が噛み合って送り出すそのバンド・サウンドはアルバム以上に凹凸や肉感性を持つもので、ぼくが先に書いた<いまいち起伏やフックに欠ける>というマイナス項目をそれなりに補うものであったのだから!

<今日の、夕方>
 だいぶ、日が長くなってきなあ。まだ、寒いが、春が少しづつ近づいていることが実感でき、素直にうれしい。てな、ことは過去にも書いたことがあるかなあ。今年は例年以上に寒いとも感じているが……。

 ブルーノート東京公演中のマーカス・ミラー(1999年11月12日、2001年 6月14日、2003年8月19日、2005年8月21日、2007年12月13日、2009年9月15日、2010年9月3日、2013年9月3日)が土曜日の昼下がり、やはりブルーノート東京でクリニックを行った。彼に加えて、ドラマーのルイス・ケイトー(2010年9月3日、2011年11月22日、2013年9月3日、2013年10月21日)とピアノ/キーボードのブレット・ウィリアムズ(2013年9月3日)を伴う。前回の公演に触れた文章で管楽器ぬきでやればいいのに、とか書いたぼくは思わず見に行ってしまった。そしたら、場内はオトコだらけ。ミラーのくだけた表情には接することができるはずで、楽器を演奏しない人にも興味深いものになるという想像は容易につくはずではあるが、今のミラーにはあまり女性ファンはついていないの?

 で、1時間強ものクリニック、それは想像以上に興味深く、面白かった。何度もインタヴューしていて(LAの自宅にも、2度行ってるよな)彼のクレヴァーさやウィットの在り処は知っているつもりであったが、それでもマーカスってイケてるなあと思えたもの。通訳も上手であったが、彼、普段からこういうことやっているのかな。熱心なファンが集まっているにも関わらず、退出時にスタンディング・オヴェイションが起きなかったことが謎じゃあと思えた。

 軽く3人で演奏した後に、質疑応答がはじまったが(やはり、ベース演奏に対するものが多かった)、実際にベースを弾きながらの語り口は豊か。昔のフェンダー・ベースの話やアコースティック・ベースとエレクトリック・ベースの違いや、タワー・オブ・パワー(1999年11月4日、2002年8月11日、2004年1月19日、2008年5月18日、2008年5月19日、2010年5月11日、2011年3月10日、2012年9月9日、2014年5月6日)のロッコ・プレステアにまで話(そのさい、ちゃんと演奏をして具体性を持たせる)は飛ぶ。かつてのベース・ソロについてのマニアックな質問にも、具体的に、とても明解に、いろんな弾き方を提示しながら説明する。それに接していると、本当にこれまでエレクトリック・ベースを弾き倒してきたという、現在ある姿の多大な奥行きがよく分る。いやはや、気が遠くなる思いもえました。

 ただし、昔の曲はけっこう忘れたものもあるようで、不明になり、ルイス・ケイトーに聞いたりする局面も。なんでも、ケイトーはミラーの曲を全部覚えているんだとか。また、ミラーによれば、彼はドラムだけだけでなく、いろんな管楽器や弦楽器も弾けちゃうんだそう。へ〜え。電気ベースでスタンダードの「枯葉」を弾くコツはみたいな問いに、3人で「枯葉」を演奏してみせたりもし、最後には、お望みのキーで演奏しますと言って、声が上がったAマイナーで、ウィリアムズ主導の即興曲を演奏したりもした。

▶︎過去のマーカス・ミラー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/movember1999live.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-6.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-8.htm 
http://43142.diarynote.jp/200508230545510000/
http://43142.diarynote.jp/200712161023010000/
http://43142.diarynote.jp/200909181206531984/
http://43142.diarynote.jp/201009111624281899/
http://43142.diarynote.jp/201309051241384602/
▶過去の、ルイス・ケイトー
http://43142.diarynote.jp/201009111624281899/
http://43142.diarynote.jp/201111251251201578/
http://43142.diarynote.jp/201309051241384602/
http://43142.diarynote.jp/201310210730403296/
▶過去の、ブレット・ウィリアムズ
http://43142.diarynote.jp/201309051241384602/
▶過去の、タワー・オブ・パワー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/movember1999live.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/framepagelive.htm
http://43142.diarynote.jp/200401190000000000/
http://43142.diarynote.jp/200805201629180000/
http://43142.diarynote.jp/200805201631280000/
http://43142.diarynote.jp/201005121331016518/
http://43142.diarynote.jp/201103171348262145/
http://43142.diarynote.jp/?day=20120909
http://43142.diarynote.jp/201405071616599721/

 その後、六本木・ビルボードライブ東京(ファースト・ショウ)で、2000年以降にデフ・ジャムやアトランティックやシャナキーからアルバムをリリースしている、現代型広角ソウル・マンであるミュージック・ソウルチャイルド(2009年9月26日)のショウを見る。前回時はバンド全員が女性であったが、今回はキーボード奏者以外のベース、ギター、ドラマーの3人の構成員は男性。彼らはプリセット音併用のもと、デカい音をぐいぐいと出す。特に、ロヴァート・デヴォン・テイラーという若いドラマーの勇猛な叩き口にはほう。まさに現代的な打ち込みトラックと拮抗させてこそ吉と出るような感じがあったな。

 なぜかサンダル履きのミュージック・ソウルチャイルドはそんな爆音(と書くと、言い過ぎになるが)を受けつつ、悠々と歌う。その様は、威風堂々の現代ソウル歌手。スキャットもかなりかましていた。そして、そのカチっとした分厚い総体には、プログ(レッシヴ)・ロックならぬ、プログ・ソウルという感想も少し持ったか。それから意外だったのは、ミュージック・ソウルチャイルドが袖に下がり、2度ほどギタリストがエフェクターをかけつつ歌った曲があったこと。うち1曲は、ジャズ・トランペッターの故フレディ・ハバードの、ヒップホップの大ネタ曲にもなった「レッド・クレイ」だった。

▶過去の、ミュージック・ソウルチャイルド
http://43142.diarynote.jp/200909291504366263/

<今日も、いろいろ>
 実は昨日から歯痛で片側の頬が膨らんだりと、もー大変。入っていた取材とかDJとか、無難にこなしたはずではあるが。歯痛で頬が膨らむなんて、生まれて初めての事。熱もあったのか、食欲も飲欲もなし。この半月けっこう忙しくしていて、身体に無理をかけていたこともあったのか? あけて、当日予約を取り、歯医者に行ったりとか、また生理的にてんてこ舞い。ながら、入っていた遊びの用事はちゃんとこなせて、ココロは平穏なり。
 このフェアポート・コンヴェンションを大昔率いた英国清新土着系シンガー・ソングライター(2001年2月21日、2012年4月13日)の直近2度ほどの来日公演は、ともにギターの弾き語り。が、今回はリズム・セクションを率いてのバンド編成でのパフォーマンス。それ、1987年以来とのことのようだが、とにもかくにも、ぼくはそれだけで超うれしい。やっぱ、男はガツンとバンドでいかにゃあ。六本木・ビルボードライブ東京、ファースト・ショウ。

 ベーシストとドラマーのサポートのもと、ストラトキャスター・タイプのソリッド電気ギターを手に、出音大き目にてパフォーマンス。おお、こりゃパワー・トリオだっ。そして、ギター音が癖に富みつつ、刺っぽい感覚にもあふれ訴求力抜群であると、すぐに唸る。けっこう豊富な音色/フレイズを、どんどん溢れさせる様はまさに勇士というに相応しい。でもって、歌い出すと、これが例によって清々しくも朗々とていて、こりゃトンプソン以外の何物でもでないと思わされる。多少お腹は出ているが、颯爽としてもいる。1949年生まれだから、豊富なキャリアのわりには過剰にじじいなわけだが。

 しかし、曲調もまたトラッド的臭みというか、独特なひっかかりのようなものに溢れていて、それはある種の風の感覚や切実感にも繋がり、ほんと引きつける。途中、リズム隊が退き、生ギター弾き語りも1曲披露したが、そうすると対比もあり、そちらも輝かしいものに思えたりも。

 それから、トンプソンの技と経験と我がぐいぐいバンドを引っ張るショウを見ながら、これぞ<背番号10番(←サッカーのことですね)のロック>」と頷く。いやはや、まったく。もう発想とスキル豊かな王様さんが思うままショウを作って行く(メンバーはそれに手駒として追従する)様子に触れつつ、今正統な10番的選手の活躍しどころがとても減ってきている現代サッカー同様に、今のロックの世界では希有な様式と、それはなってきているのではないか。

▶過去の、リチャード・トンプソン
http://43142.diarynote.jp/201204160900538745/
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-2.htm

 その後は、代官山・晴れたら空に豆まいて で、歌と三線の大島保克と、BEGINのメンバーであるアコースティック・ギターと歌の島袋優のデュオを見る。2人は石垣島の高校の仲良し同級生であったそうで、曲もいろいろ一緒に作っているよう。で、2人で共作曲やそれぞれの曲や島唄などを披露した模様。なんにせよ、そこには彼らが地元で自然に触れ、貯めた流儀や情緒の無理のない交換があるわけで、それには頷くしかない。

 ルーツがっつり掘り下げ方向とクロスオーヴァー方向の二つの行き方を持ってきている大島の実演は過去1度ぐらいは触れたような気持ちになっていたが、このブログ検索をかけてもヒットしないのでどうやら気のせいのよう。ジャズ・ピアニストのジェフ・キーザー(2005年1月18日、2006年9月17日)と双頭名義のアルバムやアルタン(2000年5月21日、2002年9月1日、2004年12月17日、2005年3月21日、2009年12月6日、2009年12月12日)他が録音参加したアルバムを雑誌のディスク評で過去書いたりしていたため(つまり、繰り返し聞いた)、脳内親密度が増したよう。←本当、か? 途中から1時間見たが、リード・ヴォーカルは主に大島がとる。その大島の、ファルセットが絶妙に混ざるメロウな歌い口には感心。こりゃ、味があるし、すごいワ。

▶過去の、ジェフ・キーザー
http://43142.diarynote.jp/200501222324430000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20060917
▶過去の、アルタン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-5.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm
http://43142.diarynote.jp/200412212105020000/
http://43142.diarynote.jp/200503240456350000/
http://43142.diarynote.jp/200912091113106654/
http://43142.diarynote.jp/201001051620426983/

<今日の、残像>
 沖縄(正確には、八重山か)の強固な、でも心地いい誘いを感じながら、思わずすっかり忘却の彼方にあった1枚のレコードを思い出す。ジョン・フレンチ、フレッド・フリス(2004年6月9日、2009年1月17日)、ヘンリー・カイザー、リチャード・トンプソンという曲者4人の名義の『Live,Love,Larf & Loaf』(Rhino,1987年)。そこで、喜納昌吉の「ハイ・サイ・オジサン」を激あっけらかんとカヴァーしていて、確かリード・ヴォーカルをとっていたのはトンプソンだったんだよなー。ああいうお茶目さも彼は持っている。トンプソンが大島に触れたら、どんな感想をもらすだろうか。
▶過去の、フレッド・フリス
http://43142.diarynote.jp/?day=20040609
http://43142.diarynote.jp/200901181343426080/

 昨日、<背番号10番のロック>と書いたが、ポップ・ミュージック史上もっともそうおいべき存在であるのが、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスではないか。な〜んて。ジミ・ヘンドリックスを扱った映画の試写に行った。4月中旬より、公開される。

 “軌跡”なんて言葉が邦題に付けられていたので、不世出のミュージシャンの生涯を追う映画かと思えば、違っていた。彼が英国に渡る前夜のカーティス・ナイトのサポートをしていた1966年夏前のNYのクラブ(チーター。それって、ファニア・オールスターズのライヴ盤で知られる所?)のライヴのシーンが起点。そして、ソロとして英国でデビューし、翌1967年6月のモンタレー・ポップ・フェスティヴァルに出演するため米国の空港に降り立つまでの、1年間のヘンドリックスと周りの英国人(主に、女性)との様々なやりとりを時系列的に、映画は追っている。世界的存在になろうとする変動期の動きに絞って、ヘンドリックスという人間や当時の群像が主題、なり。この映画は、“アート・ロック”期前夜のロンドン音楽状況を知るための副読本となりえよう。映画には、エリック・クラプトン役やポール・マッカトニー役なども出てくる。

 監督は、脚本やプロデュースもかねている、1965年生まれ米国人のジョン・リドリー。小説家/脚本家としての実績も持つ御仁のようだが、彼はソロ・デビュー前後のジミ周辺の女性(彼を最初に見いだしたのは、キース・リチャーズの元彼女である、いいとこのお嬢さんのリンダ・キース)を主とする人間模様に興味を持ち、周到にリサーチ。この映画を、ジミ・ヘンドリックスが主役であることを忘れて感動できるものを目指したという。なるほど、ヘンドリックスの音楽的革新性については、あまり言及しようとはしていない。映画は古いロンドンの雰囲気を求めて、ダブリンで撮影されたそう。

 ジミ・ヘンドリックス役は、前米総合アルバム/シングル・チャート1位も獲得しているアトランタのヒップホップ・デュオであるアウトキャストの2分の1のアンドレ3000こと、アンドレ・ベンジャミン。これは、リドリーが打診したとのこと。当初はおやじくせえ、身体がゴツいとか思って見ていたが、台詞回しやギターの弾く姿なんかは結構似ていたりもし、徐々に違和感はなくなったので、ベンジャミンは好演と言える。彼、心酔するヘンドリックスの研究/練習をかなりしたみたいだ。ベンジャミンはコプロデューサーとしてもクレジットされていて、これは撮影資金を提供してもいることを示すのか。

 音楽を担当するのは、西海岸スタジオ・ミュージシャンの重鎮であるワディ・ワクテル。劇中のヘンドリックス絡みの演奏音は、彼とリー・スクラー(ベース)とケニー・アロノフ(ドラム)という、米国西海岸ロックの立役者と言えるだろうヴェテラン3人が作っている。

 謎と思わせるのは、劇中にはボブ・ディラン曲やいろんなブルース・マン曲など既発のものがワクテル主導の劇中音楽とともに使われるが、ヘンドリックスの既発曲は一切使われないこと。かつ、先に触れたワクテルら3人が作る、劇中のヘンドリックスの実演シーン等で出てくる新規録音曲も「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」(このライヴのシーンは、相当にドキドキできた!)や「マニッシュ・ボーイ」とかのカヴァー曲だけで、「パープル・ヘイズ」や「フォクシー・レディ」といった著名ヘンドリックス曲は採用されていない。唯一ヘンドリックス作曲の「レッド・ハウス」は選ばれているが、これはブルース・コードの曲だからなあ。それ、ジミ・ヘンドリックス財産管理会社であるエクスペリエンス・ヘンドリックスとのコネクションを得られなかった(かどうか、まったく知りませんが)から? まあ、受話器で恋人を殴るなんていう、あまり見たくないシーンも映画には出てくるしなー。

<今日の、左利き>
 アウトキャストは2006年以降新作を出していないが、昨年フジ・ロックに出演した。女性ベーシストなんかも入っていて良かった、と聞ききました。ともあれ、アンドレ・ベンジャミンは2000年代を回ると俳優をしだして、いくつもの映画に出ているよう。ここでの姿を見ると、それもおおいにアリだろうと思わされる。LL・クール・J、アイス・T、ウィル・スミスら、俳優に転身し成功した米国人ラッパーは散見される。なるほど、楽器もなしにフロントに生身で立ち、そして肉声や言葉の力で勝負するラッパーは俳優業とつながる部分があるのかも、とは容易に思わせることだな……。