この晩も、二つの公演を見る。ともに、何かと見所があり、ニッコリとなりました。

 まず、丸の内・コットンクラブで、1974年ボストン生まれの秀才ピアニスト(2011年7月4日、2012年6月8日、2013年4月1日、2014年5月15日)の、トリオでのショウを見る。新作『The Now』(Sunnyside、2015年)を出したばかりで、同作収録曲をけっこうやり、同作をフォロウするノリの実演とも言えるはずなのだが……。レレレレ、だよなあ。

 だって、『The Now』はルーベン・ロジャース(2005年5月11日、2008年9月22日、2009年4月21日、2013年1月6日、2014年5月15日)とエリック・ハーランド(2005年5月11日、2007年10月3日、2008年4月6日、2013年1月6日)とのトリオで、ギタリストのカート・ローゼンウィンケル(2009年3月1日、2010年3月12日、2013年11月20日、2014年3月4日)も部分的に入るというものだったのに、今回はレジナルド・ヴィール(2004年9月7日、2007年9月7日、2010年9月30日)とケンドリック・スコット(2009年3月26日、2013年2月2日、2013年8月18日、2013年9月11日)というリズム隊がついてのものだったから。

 ぼくは見ていないが、ゴールドバーグの昨年の来日公演のリズム・セクションは、今年1月にもコンビで来日しているベン・ウィリアムズ(2009年5月18日、2009年9月3日、2010年5月30日、2012年3月3日、2012年5月28日、2013年4月1日、2013年5月21日、2015年1月22日)とジャマイア・ウィリアムズ(2009年5月18日、2012年3月3日、2013年4月1日、2013年6月4日、2014年8月7日、2015年1月22日)だったらしい。端正なジャズ・ピアニストであるゴールドバーグではあるが、ちゃんと生理的に立ったリズム音を欲しているのは明らか。であるとともに、ぼくにとってはロジャース/ハーランドのコンビよりも(あまり、ロジャースに関心が持てない)、ヴィールとスコットのリズム隊のほうがうれしいのは確か。スコットはヒューストンの芸術高校でハーランドの後輩となり、スコットの1年後輩がジャマイア・ウィリアムズとなる。

 で、リズム隊の素晴らしさもあって、ぼくは聞き惚れた。この前の、大好きなジェイソン・モラン(2007年1月16日、2007年1月17日、2008年4月6日、2013年1月6日、2015年1月20日、2015年1月21日)のトリオ公演のほうよりもいいかと思えたほど。ええええ? 今のリアル・ジャズの一つの雛形と言いたくなるぐらい、好ましいピアノ・トリオ公演であるようにも思えた。

 久しぶりに見た、ヴィールは本当にぼくの好みの奏者。フレイジングとリズムの感覚がぼくのノリにあう、なんて書くと偉そうになってしまうが。とともに、彼はウッド・ベースの一弦の糸巻きを回して跳んだ音を出したり、ネックをぼこぼこ叩いたりとか、やんちゃな演奏を繰り出すのも、コドモなぼくの趣味にあう。一方のスコットも、アイデア抱負にいろんな奏法を駆使したフレイズ/音色作りで、サウンドを形作る。『The Now』はどうして、この顔ぶれで録音しなかったのだろう?

 そうなのかと思ったのは、『The Now』ではシコ・ブアルキの「トロカンド・エム・ミウドス」、トニーニョ・オルタ(2010年10月7日)の「フランシスカ」、ジャヴァンで知られる「トリステ・バイーア・ダ・グアナバーラ」らブラジル曲を取り上げていたのだが、この晩もブアルキ曲やオルタ曲は演奏するとともに、「黒いオルフェ」も披露。ゴールドバーグはブラジル的もやもやを愛好する人であることを、ぼくはこの晩きっちりと認知した。とくに、オープナーだったブアルキ曲はくぐもった感覚とメロディを愛でる気持ちを“光彩という名のポット”のなかで熟成させたようなバラードとなっていて、ぼくはシビれた。また、著名ルイス・ボンファ曲(「黒いオルフェ」)のほうでは、スコットのドラミングの真骨頂が味わえた。人力ダブみたいな効果を持つスネア扱いを下敷きにし、大げさに言えば、異なるテンポをこれでもかと交錯させる行き方で、イエ〜イ。
 
 それから、スティーヴィー・ワンダー(2005年11月3日、2010年8月8日、2012年3月5日)の「イズント・シー・ラヴリー」も演奏し、これもおおいにグっとくる。その際のベース・ラインはキャロル・キングの「イッツ・トゥ・レイト」のそれを早くしたようなリフを下敷きにする開き方を見せた。この曲、ロジャースとハーランドを擁するゴールドバーグ2010年作『Home』(Sunnyside)でやっていますね。

 そうした秀でたリズム隊を用いているからこそ、明解に浮かび上がるのは、ゴールドバーグの正統派と言える指さばき。乱暴な私見だが、ブラッド・メルドー(2002年3月19日、2003年2月15日、2005年2月20日)以降のピアニストに顕著であるのは、生理的にどこか曖昧な領域を感じさせる音選びを意識的に取って広がりを出していたり、不整合な両手のバランスを取ることで聞き手の興味を喚起していること。だが、彼は表面上においてはそれほどはみださない音選びのもと、今のジャズ・ピアノ表現、新鮮な知性を開こうとする。かといって、ハービー・ハンコック(2000年3月14日、2001年12月27日、2003年8月23日、2005年8月21日、2012年3月3日、2014年9月7日)的な気持ちよくアウトする感覚/スケールも彼はほとんど入れない(実は1曲だけ、そういう指さばきを見せたときはあったが、全体からすれば微々たるもの)。ピアノ演奏において、彼は奇をてらわず、新しい道を模索する姿勢を強く出す。とにかく、今日の彼の演奏に触れ、ぼくのゴールドバーグ株は急騰した。

 そんな好印象なためもあるだろう、演奏するゴールドバーグのシルエットは綺麗で、いい仕立てのスーツを着ているのかなと思えた。サイドのアフリカ系のリズム隊はジーンズとカジュアルなチェックのシャツを着ていた。なお、各曲は平均10分ぐらいであった。

▶過去の、アーロン・ゴールドバーグ
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▶過去の、ルーベン・ロジャース
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▶過去の、カート・ローゼンウィンケル
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▶過去の、スティーヴィー・ワンダー
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▶過去の、ブラッド・メルドー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-3.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-2.htm
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▶過去の、ハービー・ハンコック
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-3.htm
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http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-8.htm
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 その後は、南青山・ブルーノート東京で、ピーボ・プライソン(2006年2月9日、2008年1月28日、2010年1月28日 、2012年1月30日)の実演に接する。ショウの運び、MCの乗りなどは、過去の彼の公演と同様。でも、これだけまっとうな喉力とエンターテインメント精神を持っていれば、何度も見ても頷いちゃいちゃう。

 手弾きと鍵盤のベース(音楽監督)、鍵盤2、ギター、ベース、ドラム、打楽器というバンド。くわえて、2人の女性コーラスが入るが、この2人が若くて、なかなか綺麗。歌のほうはそれほど上手くなく(基本、ステージ上にずっといるが、歌う頻度も高くない)、見てくれで選ばれたのは間違いない。でも、主役が上手いんだけら、別にそれでいいぢゃん、視覚的に充実したほうがよろしいと、ぼくはしっかりそう思った。そして、この2人であわせる手振りが可愛い。歌は駄目でもいいから、それだけはちゃんとやりなさいと、言われていたりして。

 ぼくのいの一番の目当ては、本編最後のほうに出て来たレジーナ・ベル(2008年1月28日)。『ステイ・ウィズ・ミー』(コロムビア。ウィルター・アファナシエフの制作)という1989年R&Bチャート1位アルバムも持つ彼女は前もブライソンの付録のような形で来日しているが、ほんと彼女は歌える。その堂々のパフォーマンスに触れると、“誉れのヴォーカル”とか、形容したくなるよなあ。そんな彼女は、ブライソンンに感化されるかのように、ステージ出入りの際は観客と握手しまくり、足元のメモを見ながら日本語のMCをする。アイズリーズ(2001年12月6日、2004年3月1日)のカヴァー「フォー・ザ・ラヴ・オブ・ユー」に続いて、レイ・チャールズ等で知られる「イフ・アイ・クッド」を歌う。実はこの曲、日本語で「日本の皆さんと、後藤健二さんとその家族に捧げます」と言ってから、歌われた。

 その次の曲は一度引っ込んでいたブライソンが出て来て、ディズニー映画派生の1992年全米1位曲の「ホール・ニュー・ワールド」をデュエット。ああ、オリジナルもブライソンとベルの組み合わせであったのか。ベルおばさん、声量とブラック・フィーリングにおいてはブライソンを凌駕するわけで、歌う曲が3曲というのはなんとももったいない。これだけ圧倒的なR&B歌唱を披露し観客を沸かせているのだから、ブルーノート・ジャパン側は彼女に単独のショウをやりませんかと持ちかけるべきではないか。願、彼女のコットンクラブ公演……。

 アンコールはブライソン単独で、チャカ・カーン(2003年10月10日、2008年6月5日、2012年1月10日、2014年9月6日、2014年9月10日)の当たり歌「エイント・ノバディ」を会場後部に立ち、熱唱。そういやあ、このショウの幕開け曲はやはりチャカ・カーンの当たり曲である「フィール・フォー・ユー」であった(!)。蛇足だが、アレサ・フランクリンの新作『グレイト・ディーヴァ・クラシックス』(RCA)は女性シンガー名曲のカヴァー集(シニード・オコナー曲も選ばれている)だが、そこではカーンの「アイム・エヴリー・ウーマン」も取り上げていて実に腑に落ちる。1960年代以降の米国R&B女性シンガーの頂点の繋がりがパっと目の前に表れて、えも言われぬ気持ちになっちゃいます。

▶︎過去の、ピーボ・ブライソン
http://43142.diarynote.jp/200602101812050000/
http://43142.diarynote.jp/200801290949320000/
http://43142.diarynote.jp/201001291748093787/
http://43142.diarynote.jp/201202071446266092/
▶︎過去の、レジーナ・ベル
http://43142.diarynote.jp/201001291748093787/
▶︎過去の、ザ・アイズリー・ブラザーズ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-12.htm
http://43142.diarynote.jp/200403011119270000/
▶過去の、チャカ・カーン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-10.htm
http://43142.diarynote.jp/200806121525370000/
http://43142.diarynote.jp/201201131546344144/
http://43142.diarynote.jp/201409100929108025/
http://43142.diarynote.jp/201409111424501752/

<昨日の、訃報>
 R&B歌手、ドン・コヴェイが78歳で亡くなったことが、2月3日に大々的に報じられた。1月31日に死去、1992年に脳卒中で倒れて以降、なにかと障害にはなやまされていたようだが。1936年サウス・カロライナ州生まれ(これまでのバイオでは1938年生まれだったが、ローリング・ストーン電子版ので訃報記事は1936年になっている)、バプティスト伝道師の息子で、ゴスペル育ち。曲も書け(やはり、ギターでものを考える人であったはず)、ちゃんと音を見る事ができた御仁でもあり、1970年代頭ごろはマーキュリーのA&Rを務めたこともあった。そんな彼は1960年代はアトランティックに所属し、彼の「マーシー・マーシー」はザ・ローリング・ストーンズ(2003年3月15日)にカヴァーされたりもしたし、アレサ・フランクリンが彼の曲でトップ10ヒットを出したこともあった。そんなコヴェイについては、純ロック・リスナーであるころから彼のアルバムをけっこう揃えていて、それはミック・ジャガーのそっくりさんであったから(本当は逆で、ジャガーがコヴェイの熱烈なフォロワーであった)。それはアトランティック期にせよ、1970年代のアルバム群にせよ、声質から奇声の発し方まで、笑っちゃうぐらいに両者は似ている。……ぼくにとっては、かなり印象深い人でした。こんど、DJする機会があるから、どさくさでかけちゃおうかな。
▶過去の、ザ・ローリング・ストーンズ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-3.htm