3日目。フェス一番の山場となる日。

 この日は午後2時からのメインの出し物から見る。まず、イヴリン・グレ
ニーという英国人女性パーカッション奏者とフレッド・フリスのデュオ。大
がかりにセッティングされた打楽器を扱う彼女はなんと難聴であるのだとか
。びっくり。両者はいろいろと交信しあいながら、音という不定型な糸を紡
いでいく、といった感じの演奏をじっくり聞かせる。

 静謐な潤いが客席側にもたらされたあと、Collectif Slang というとって
も若いフランスの5人組。出だしの曲は間違いなく菊地雅章の「ススト」を
応用してのもの。技術も経験もまだ半端だが、でも発想はほほえましく、頑
張れと声をかけたくなる。          

 そして、やはり本場は違うと思わせたのが、今回フェスの臨時編成による
ネッド・ローゼンバークのダブル・バンド。2リード、2エレキ・ベース、
2ドラム。もう一曲目はもろに、オーネット・コールマンのプライムタイム
・バンドのり。プライムタイムは『オブ・ヒューマン・フィーリングス』(
ぼくは、これがプライム・タイムのベスト作と思う)のころは2ギター、2
ベース、2ドラムだった。まあローゼンバングのは、それ以前にオーネット
のダブル・カルテットが引き金になっているのだろうけど。オーネットの精
神、やり口を引き継ぐ者に悪いものなし(基本的に)。ぼくのココロは踊っ
た。
  
 巨大テントの横には、小さな公演テントが併設してある。ダーク・テント
だかブラック・テントだか(もう、忘れている)呼ばれているもので、入口
を閉じるとその中は本当に真っ暗。盲人の気持ちになって音楽に触れてみよ
うという提案のもと出来たものという。へえ。演奏者はソロかデュオにて。
横のメイン・ステージの演奏の合間にそれは行われる。で、ローゼンバーグ
の演奏のあとにここで、ROVOの勝井裕二と岡部洋一のデュオ演奏が披露
される。やっぱ、演奏者の様子が見えたほうがいいナ(って、このテントの
設営意味を理解していない)、もう一つの小規模演奏の場としてこれはあり


 一方、メイン・テントのほうではポルトガルのFernado Lamerinhasという
中年の生ギター弾き語りシンガーが、バンドを率いて登場。ポルトガルのポ
ップスにカエターノ・ヴェローゾ的なものをはじめとする、今様の意義あり
ポップ流儀やジャズ的な跳ねを穏健に少々加えている、と書けるか。聞いて
もいいけど、聞かなくてもいい。ジャズ的要素の重ね方はやはりポルトガル
のマリオ・ジョアン(2003年6月17日)を思い出させる部分も。

 ヒュー・レイン(フリー・ジャズ系列にありつつ、フレッド・ウェズリー
やカール・デンソンなどとも付き合いを持つ洒落の判るトランペッター。ア
ンソニー・グラクストンやAEOC系とも親しいのでシカゴ・ベースなのか
な)が中心となったザ・リヴェレイション・トリオ。リズムはハル・ラッセ
ルのNRDアンサンブルのメンバーだったこともあるケント・ケスラーと、
やはりシカゴ・フリー・シーンの辣腕ドラマーのハミッド・ドレイク(一時
は、ビル・ラズウェルと懇意にもしていた)。で、これが素晴らしい聞き味
を持つ三位一体演奏で興奮。もう、強い、潔い、尊い。これぞ、ジャズ!
で、そんな演奏に満員の観客は大盛り上がり。最後はスタンディング・オヴ
ェイション。す、すげえ。フリー・ジャズに山のようなお客がこれでもかと
称賛を送る。おお、これぞ、ぼくが長年思い描いていたメルスの美しい光景
だァ!ととんでもなく興奮する。いやあ、本当に素晴らしい光景だった。

 だが、ハイライトはその後に訪れた。この日のトリにはなんとペルウブの
デイヴィッド・トーマスがリフレクションズ・イン・ザ・ミラーマンという
ユニットを率いて登場、これが常軌を逸して素晴らしいものだった。

 ハゲでデブ、世の醜悪なものをことごとく引き受けているようなトーマス
なのだが、もう赤いエプロンをした恰好から、“響き”のある音楽的なサウ
ンドと存在感のある肉声とアーティストが持つバカヤロ精神が溶け合う一大
絵巻表現といいたくなる音まで、やはり喝采を叫びたくなるぐらい普通じゃ
なく、そうでありつつとんでもなく味を感じさせる。それらは、きっちりと
トーマス自身が細部までをコントロールしているのだなと思わせるのにも脱
帽。

 歪んだ精神が秀でた音楽性、そして確かな経験〜成熟を通して昇華された
、生理的に澄んでて、どうしようもなくロックでもある独自表現。えもいわ
れぬ雰囲気、情感がじわじわじわと押し寄せる。すごすぎ。こんなこととこ
の人しかできない。

 バンドの内訳は、キース・モリーン(ギター、エレクトロニクス)とアン
ディ・ディアグム(トンペット、エレクトロニクス)はここ10年ほどトーマスと一緒にやっている人たちで前者は最近ではフランク・ブラックのアルバ
ムに入っていて、後者はとスペースヘッズやジェイムズ他のメンバーでもあ
るよう。また、トランペットとキーボードを担当するマイケル・コスグーヴ
はエイリアン・アーント・ファームにいる人で、補助シンガーで参加のジャ
ッキー・レヴィン(この人も見た目、強力)はクッキング・ヴァイナル他か
らいろんなリーダー作を出している人物で、トマースとはお互いのアルバム
に参加しあう関係にある。

 壮絶。音が終わると同時に、ステージを照らす照明が落とされる。素晴ら
しい。彼はアンコールにも応えてくれたが、これでぴしゃりと終わったほう
が余韻はよりあったかも。終演後、関係者用の飲み食いテントでビール飲み
ながらよかったァと居残っていたら、突然うぉーと叫んで、ぬっと姿を表し
、すぐに去っていった男が。それ、トーマスでした。いやあ、何から何まで
期待を裏切らない変人。彼のセットに、相当高額払ってもいいとぼくは思っ
た。