1980年代に活躍したUKニュー・ウェイヴ・ポップのトンプソン・ツインズのフロント・マンの公演を、六本木・ビルボード東京(ファースト・ショウ)で見る。その全盛期は優男白人と女性と少し肌の濃い人の3人組で、ベイリーにはプロデューサー・クレジットもついていたりしたはずだ。1990年代初頭にグループは解散し、ベイリーはトンプソン・ツインズ表現を忘れ、また基本ニュージーランド拠点で、ダブやインド風味フュージョン(それらは総じて、ラリったとき吉と出るチル・アウト音楽と理解していいのだろうか。それは、開演前にステージに出て来たメネージャーの弁による)など作っていたそうだが、今年ハワード・ジョーンズ(2012年2月6日)の誘いで米国ツアーをやったことで、“こっち側”に戻ってきたようだ。来日は四半世紀ぶりと言っていたっけ?
演目はずべて、トンプソン・トゥインズ曲か。新たに作り直しただろうトラック(オープナーには、途中でインド風がインサートされていた)とともに、かつての面影はゼロの悠々感を持つおっさんはヘッドセットをつけてサーヴィス満点に動きながら歌い、ときに鍵盤やギターやタンバリンも手にする。歌声は30分でヘロったが、四つ打ち調シンセ・ポップ曲はまだ色あせず。と、思えた。彼はけっこう背後に流す映像も用意していて、ちゃちいのもあったが、歌詞とかをうまく出すやつは何気に感心。
プリセットの音を補完するノリで、女性3人のバック・バンド(キーボード2、ドラム)がつくのだが、それがいい。音的にではなく、見かけ的に。3人ともバック・コーラスを付ける風情も良いし、ポップ・ミュージックとしてもその設定は輝く。ぼくは、ドラマーのルックスにけっこうウキキでありました。とかなんとか、ポップ・ミュージックをポップ・ミュージックたらしめる鍵のようなものを彼はちゃんと知っているし(ポップ・ミュージックの世界から離れていたからこそ?)、ちゃんとプロとしてそれをまっとうしていた。
▶過去の、ジョーンズ
http://43142.diarynote.jp/201202091203275169/
<今日の、お祝い>
ビルボードライブ東京の後、青山・プラッサオンゼに回る。中原仁さんの還暦パーティ。現在の日本におけるブラジル音楽愛好盛況を導いた、最たる人ですね。なんか、来ている人がみんな楽しそうだったのが、とても良かった。それも、<楽しむことを知っている、永遠のシティ・ボーイ>たる中原さんの人柄ゆえか。同じ沿線の若い知人が電車なくなるよと声をかけてくれなかったら、朝までコースになっちゃった?
演目はずべて、トンプソン・トゥインズ曲か。新たに作り直しただろうトラック(オープナーには、途中でインド風がインサートされていた)とともに、かつての面影はゼロの悠々感を持つおっさんはヘッドセットをつけてサーヴィス満点に動きながら歌い、ときに鍵盤やギターやタンバリンも手にする。歌声は30分でヘロったが、四つ打ち調シンセ・ポップ曲はまだ色あせず。と、思えた。彼はけっこう背後に流す映像も用意していて、ちゃちいのもあったが、歌詞とかをうまく出すやつは何気に感心。
プリセットの音を補完するノリで、女性3人のバック・バンド(キーボード2、ドラム)がつくのだが、それがいい。音的にではなく、見かけ的に。3人ともバック・コーラスを付ける風情も良いし、ポップ・ミュージックとしてもその設定は輝く。ぼくは、ドラマーのルックスにけっこうウキキでありました。とかなんとか、ポップ・ミュージックをポップ・ミュージックたらしめる鍵のようなものを彼はちゃんと知っているし(ポップ・ミュージックの世界から離れていたからこそ?)、ちゃんとプロとしてそれをまっとうしていた。
▶過去の、ジョーンズ
http://43142.diarynote.jp/201202091203275169/
<今日の、お祝い>
ビルボードライブ東京の後、青山・プラッサオンゼに回る。中原仁さんの還暦パーティ。現在の日本におけるブラジル音楽愛好盛況を導いた、最たる人ですね。なんか、来ている人がみんな楽しそうだったのが、とても良かった。それも、<楽しむことを知っている、永遠のシティ・ボーイ>たる中原さんの人柄ゆえか。同じ沿線の若い知人が電車なくなるよと声をかけてくれなかったら、朝までコースになっちゃった?
アヌーナ、リアム・オメンリー、サム・リー。ライラ・ビアリ・トリオ
2014年12月4日 音楽 場所は、赤坂・草月プラザ。地下にあるホールには公演が持たれるためたまに行っているが、その上部にあるほうには初めて行く。イサム・ノグチによる“天国”と名付けられた石庭が立体的に広がるなかなか大きな吹き抜け空間。へえ、こんなものが、丹下健三設計のこのガラス張りの建物にはあったのか。いけばなの草月流の総本山ゆえ、そこに生け花派生のオブジェもおかれ(ていたと思う)、そのなかでアイルランド/英国勢が、その空間を活かす形でパフォーマンスするという出し物。アヌーナやサム・リーらがこの秋にプロモーション来日した際に草月と関係ができ、今回こういう催しが企画されたという。来場者は場内の様々な場所に座る。場内では、シャンパンや白ワインが提供された。
日本人だってへえと思うのだから、外国人だと余計にこの場にはいろんな感慨を覚えるだろうな。基本はアヌーナ(2007年12月15日、2009年12月12日、2011年12月7日、2011年12月10日)のパフォーマンスをベースとして、適所でオメンリー(1999年9月23日、2000年10月3日、2001年7月28日、2009年5月20日、2011年12月6日、2011年12月7日、2011年12月10日、2011年12月12日)やサム・リー(2013年6月20日、2014年9月22日)が出張る。もちろん、ノーPAの生声による。月並みになるが、場と音楽という項目について、いろいろと考えました。
▶過去の、アヌーナ
http://43142.diarynote.jp/200712161423560000/
http://43142.diarynote.jp/201001051620426983/
http://43142.diarynote.jp/201112171633334584/
http://43142.diarynote.jp/?day=20111210
▶過去の、オメンリー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/september1999live.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-10.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-7.htm(フジ・ロック、ホット・ハウス・フラワーズ)
http://43142.diarynote.jp/?month=200905
http://43142.diarynote.jp/201112171632304826/
http://43142.diarynote.jp/201112171633334584/
http://43142.diarynote.jp/?day=20111210
http://43142.diarynote.jp/201112191500441741/
▶過去の、リー
http://43142.diarynote.jp/201306241438288191/
http://43142.diarynote.jp/201409261634155792/
その後、一息おいて、丸の内・コットンクラブ。カナダ人シンガー/ピアニスト(2008年1月24日、2008年6月1日、2012年3月22日)に、縦ベーシストとドラマーがつく形での公演。過去見た所感を超えるものはなかったが、人間性の良さも伝わる、手触りの良いパフォーマンスを披露。ショウのオープナーとクローザーはスタンダードだった。ベーシストが立った演奏音を出していて、ぼくの好みと思う。彼は弓弾きをするときもあったが、そのときは少し音程が悪いとも思ったか。弓弾きって、こわいな。とともに、この前聞いたアトラスの小林真理子(2014年11月21日)のアルコ演奏はとても音程が正確だったんだなとふと記憶がフラッシュ・バック。
▶過去の、ビアリ
http://43142.diarynote.jp/?day=20080124(スザンヌ・ヴェガ)
http://43142.diarynote.jp/200806030205120000/
http://43142.diarynote.jp/201203260806009239/
▶過去の、小林
http://43142.diarynote.jp/201410251052527799/
http://43142.diarynote.jp/201411221353274586/
<今日の、発見>
アタマのほう、終演後にアフター・パーティがあり。今回オメンリーは8歳だかの娘を連れて来ているが、ぜんぜん物怖じしない娘(それは後日、クアトロのショウでより露に)。ペマという名前で、それはチベットの名前とかオメンリーは言っていたっけ。なるほど、この娘のため、彼は早起きだったのね(http://43142.diarynote.jp/201112171632304826/ 参照)。アヌーナは今回過去とは一新する構成員のもと来日。この10月にリーダーのマイケル・マクグリンに話をきいたとき、よりデカい声を求めてアイルランド外に人材を求めたと言っていたが、先日のアイルランド大使公邸のパーティで何人かのメンバーと話したら、けっこうアイルランド人もいたのにはあれれ。メンバーのなか、一番デカいのはデキサス在住の米国人だ。この晩ちょい話したとても品行方正そうな男性シンガーはまだ19歳だそう。彼もアイルランド人だそうだが、今はロンドンに居住し、BBC他のために“プロフェッショナル・シンガー”(と、本人は強調)として活動しているという。うう、オレの19歳のころと言えば。。。。
日本人だってへえと思うのだから、外国人だと余計にこの場にはいろんな感慨を覚えるだろうな。基本はアヌーナ(2007年12月15日、2009年12月12日、2011年12月7日、2011年12月10日)のパフォーマンスをベースとして、適所でオメンリー(1999年9月23日、2000年10月3日、2001年7月28日、2009年5月20日、2011年12月6日、2011年12月7日、2011年12月10日、2011年12月12日)やサム・リー(2013年6月20日、2014年9月22日)が出張る。もちろん、ノーPAの生声による。月並みになるが、場と音楽という項目について、いろいろと考えました。
▶過去の、アヌーナ
http://43142.diarynote.jp/200712161423560000/
http://43142.diarynote.jp/201001051620426983/
http://43142.diarynote.jp/201112171633334584/
http://43142.diarynote.jp/?day=20111210
▶過去の、オメンリー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/september1999live.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-10.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-7.htm(フジ・ロック、ホット・ハウス・フラワーズ)
http://43142.diarynote.jp/?month=200905
http://43142.diarynote.jp/201112171632304826/
http://43142.diarynote.jp/201112171633334584/
http://43142.diarynote.jp/?day=20111210
http://43142.diarynote.jp/201112191500441741/
▶過去の、リー
http://43142.diarynote.jp/201306241438288191/
http://43142.diarynote.jp/201409261634155792/
その後、一息おいて、丸の内・コットンクラブ。カナダ人シンガー/ピアニスト(2008年1月24日、2008年6月1日、2012年3月22日)に、縦ベーシストとドラマーがつく形での公演。過去見た所感を超えるものはなかったが、人間性の良さも伝わる、手触りの良いパフォーマンスを披露。ショウのオープナーとクローザーはスタンダードだった。ベーシストが立った演奏音を出していて、ぼくの好みと思う。彼は弓弾きをするときもあったが、そのときは少し音程が悪いとも思ったか。弓弾きって、こわいな。とともに、この前聞いたアトラスの小林真理子(2014年11月21日)のアルコ演奏はとても音程が正確だったんだなとふと記憶がフラッシュ・バック。
▶過去の、ビアリ
http://43142.diarynote.jp/?day=20080124(スザンヌ・ヴェガ)
http://43142.diarynote.jp/200806030205120000/
http://43142.diarynote.jp/201203260806009239/
▶過去の、小林
http://43142.diarynote.jp/201410251052527799/
http://43142.diarynote.jp/201411221353274586/
<今日の、発見>
アタマのほう、終演後にアフター・パーティがあり。今回オメンリーは8歳だかの娘を連れて来ているが、ぜんぜん物怖じしない娘(それは後日、クアトロのショウでより露に)。ペマという名前で、それはチベットの名前とかオメンリーは言っていたっけ。なるほど、この娘のため、彼は早起きだったのね(http://43142.diarynote.jp/201112171632304826/ 参照)。アヌーナは今回過去とは一新する構成員のもと来日。この10月にリーダーのマイケル・マクグリンに話をきいたとき、よりデカい声を求めてアイルランド外に人材を求めたと言っていたが、先日のアイルランド大使公邸のパーティで何人かのメンバーと話したら、けっこうアイルランド人もいたのにはあれれ。メンバーのなか、一番デカいのはデキサス在住の米国人だ。この晩ちょい話したとても品行方正そうな男性シンガーはまだ19歳だそう。彼もアイルランド人だそうだが、今はロンドンに居住し、BBC他のために“プロフェッショナル・シンガー”(と、本人は強調)として活動しているという。うう、オレの19歳のころと言えば。。。。
フライング・ロータス
2014年12月5日 音楽 品川・ステラボール。いろんな奏者が入っていた新作『ユーアー・デッド』発表後のショウゆえ、サンダーキャット他の奏者を伴うものかと思いきや、一人によるもの。生演奏を介したパフォーマンスを期待した身としては不満も出てきそうだが、100%満足の実演であり、さすが現代ビート・ミュージックの寵児であると思わされました。
広いステージの前面には、ハイパー・キューブと名付けられている10面の半透明スクリーンが置かれる。それに加え、ステージ背後にあるスクリーンなども用い、フライング・ロータスが繰り出すDJ音と拮抗する映像ががんがん展開されるわけで、それがうわあって感じで素晴らしい。それ、鮮烈なビートとシンクロする“体験”と言うしかない。前面スクリーンを通してDJするフライング・ロータスのシルエットも確認できるわけだが、これがアレレというぐらいその存在感を伝えるものであるのにも驚く。匿名性を伴いがちなこの手の設定のなかでは、常規を逸してフィジカルな何かを聞き手に与えていたのではないか。終盤、彼はスクリーンの前に出て来てラップもかましたが、それも直接的な肉体感の提供という文脈に沿うものだろう。毎日新聞18日夕刊に公演評が載ります。
話は前後するが、 フライング・ロータスのライヴ・セットのキーボード奏者を務めたりもしているオーストリア人クリエイターのドリアン・コンセプトが前座でパフォーマンス。DJミキサーの左右にシンセサイザーとサンプラーを置くセットの前でのパフォーマンスはかなりフィジカル。オペレーションの様が良く分り、ウキウキしてくる。一部、メロディアスな行き方を取るものは、YMO(2011年8月7日、2012年8月12日)的と思えたか。あ、それはフライング・ロータスのものにも一部感じた。
▶過去の、YMO
http://43142.diarynote.jp/201108101635051749/
http://43142.diarynote.jp/201208201258419318/
<今日の、へえ>
いろんなアーティストがひっきりなしにやってくる日本、それゆえ誰が来ても驚かないのだが、年明け早々にヴェテラン・ドラマー(1937年、デトロイト生まれ)のルイ・ヘイズが自己バンドで、コットンクラブにやってくるという話には少し驚く。ホレス・シルヴァーやユセフ・ラティーフ、アダレイ兄弟、ジョン・コルトレーン、ジョー・ヘンダーソン、ウディ・ショウ等いろんな達人とやっている、まさに名ドラマー。リーダー作はヴィー・ジェイ、ミューズ、32ジャズ、スティープル・チェイス、タイムレス、キャンディドら様々なレーベルから出ているが、そうしたなか異彩を放つ(?)のはグリフォン発の1979年録音盤『ヴァラエティ・イズ・ザ・スパイス』。これ、リオン・トーマスが歌う曲もあったりする、寛ぎグルーヴィ・ジャズ盤なのだが、実は2000年代中期に日本のミューザック・レコードでCD化されたときに4500枚も売れた(!)のだとか。ジャズ・コミュニケイターズと名付けられたテナー・サックスやヴァイブラフォン付きクインテットでやる今回の実演は当然あの路線とは重ならないもののはずだが、その風体に顕われたちょいワルでシャープな黒人都市感覚はどう露にされるのか?
広いステージの前面には、ハイパー・キューブと名付けられている10面の半透明スクリーンが置かれる。それに加え、ステージ背後にあるスクリーンなども用い、フライング・ロータスが繰り出すDJ音と拮抗する映像ががんがん展開されるわけで、それがうわあって感じで素晴らしい。それ、鮮烈なビートとシンクロする“体験”と言うしかない。前面スクリーンを通してDJするフライング・ロータスのシルエットも確認できるわけだが、これがアレレというぐらいその存在感を伝えるものであるのにも驚く。匿名性を伴いがちなこの手の設定のなかでは、常規を逸してフィジカルな何かを聞き手に与えていたのではないか。終盤、彼はスクリーンの前に出て来てラップもかましたが、それも直接的な肉体感の提供という文脈に沿うものだろう。毎日新聞18日夕刊に公演評が載ります。
話は前後するが、 フライング・ロータスのライヴ・セットのキーボード奏者を務めたりもしているオーストリア人クリエイターのドリアン・コンセプトが前座でパフォーマンス。DJミキサーの左右にシンセサイザーとサンプラーを置くセットの前でのパフォーマンスはかなりフィジカル。オペレーションの様が良く分り、ウキウキしてくる。一部、メロディアスな行き方を取るものは、YMO(2011年8月7日、2012年8月12日)的と思えたか。あ、それはフライング・ロータスのものにも一部感じた。
▶過去の、YMO
http://43142.diarynote.jp/201108101635051749/
http://43142.diarynote.jp/201208201258419318/
<今日の、へえ>
いろんなアーティストがひっきりなしにやってくる日本、それゆえ誰が来ても驚かないのだが、年明け早々にヴェテラン・ドラマー(1937年、デトロイト生まれ)のルイ・ヘイズが自己バンドで、コットンクラブにやってくるという話には少し驚く。ホレス・シルヴァーやユセフ・ラティーフ、アダレイ兄弟、ジョン・コルトレーン、ジョー・ヘンダーソン、ウディ・ショウ等いろんな達人とやっている、まさに名ドラマー。リーダー作はヴィー・ジェイ、ミューズ、32ジャズ、スティープル・チェイス、タイムレス、キャンディドら様々なレーベルから出ているが、そうしたなか異彩を放つ(?)のはグリフォン発の1979年録音盤『ヴァラエティ・イズ・ザ・スパイス』。これ、リオン・トーマスが歌う曲もあったりする、寛ぎグルーヴィ・ジャズ盤なのだが、実は2000年代中期に日本のミューザック・レコードでCD化されたときに4500枚も売れた(!)のだとか。ジャズ・コミュニケイターズと名付けられたテナー・サックスやヴァイブラフォン付きクインテットでやる今回の実演は当然あの路線とは重ならないもののはずだが、その風体に顕われたちょいワルでシャープな黒人都市感覚はどう露にされるのか?
ケルティック・クリスマス
2014年12月6日 音楽 錦糸町・すみだトリフォニー・ホールにおける、師走恒例の出し物。舞台上には草月流の手による、デカいいけばなオブジェが3つ。へ〜え。出演者それそれをイメージしたものという。出演者、うれしいだろうな。
最初は、サム・リー&フレンズのパフォーマンス。歌と口琴と手持ちハーモニウムを扱うリー(2013年6月20日、2014年9月22日、2014年12月4日)に加え、ピアノ/(日本の)琴、トランペット/ピアノ、フィドル(女性)、ドラム/打楽器、チェロ(女性)という伴奏者を伴うもの。素材をイングリッシュ・ジプシーの伝承歌に求めつつ、それをいかにしなやかに今のものとして浮き上がらせるか。その目的するところはより明晰に出ていたのではないか。彼の2作目となる『ザ・フェイド・イン・タイム』は曲によってはかなりアレンジに凝っていて、伝統/豊かな鉱脈とつながった摩訶不思議なモダン・ミュージックという姿を出している。それから、“フレンズ”と名乗ろうとするだけあって、メンバー間の佇まいが和気あいあいとしていてそれがよろしい。それは、自然発生的な感覚、人間的な手触りをナチュラルに外に出す。今回、生で聞いて、軽妙なリーの歌は質感が澄んでいるとも再認識した。
2番目は、リアム・オメンリー(1999年9月23日、2000年10月3日、2001年7月28日、2009年5月20日、2011年12月6日、2011年12月7日、2011年12月10日、2011年12月12日、2014年12月4日)のソロ・パフォーマンス。まずは、ステージ中央背後上部にあるパイプ・オルガンの鍵盤の前に座り。荘厳な音を出しはじめる。そして、トラッドなのかどうかは知らないが、スピリチュアルに歌声を重ねもする。おお、これは興味深い。この会場においてどのぐらいの頻度でこのお化けのような鍵盤楽器が使われるかは知らないが、通常とは異なる流儀の使い手の登場で、さぞやパイプ・オルガンもうれしかろうとも、ふと思った。話は飛ぶが、ガース・ハドソン(2013年8月2日)のパイプ・オルガン公演を誰か組んでくれないかなー。←と、思いつきで書きつつ、それをとっても切望している自分がいる。その後は、ボーランを叩いたり、ピアノを弾きながら歌ったり。ゴスペルっぽいピアノ演奏を聞かせもする。気まま、その最良の例たるパフォーマンス、なり。 生ギターもステージには置かれもしたが、それを手にすることはなかった。
そして、アヌーナ(2007年12月15日、2009年12月12日、2011年12月7日、2011年12月10日、2014年12月4日)のパフォーマンスはリーダーのマイケル・マクグリン以外の構成員を全取り替えしてのもの。より歌えるシンガーたちに換えた理由は、さらに力強い肉声表現を求めたがゆえ。一気に全員取り替えちゃうところが、生理的に真っすぐでツっぱったマクグリンらしい、とは間違いなく言えるはず。メンバー入れ替えの利益が端的に出たのは、メンバーが会場客席のいろんな所に散って歌う際。それで肉声のサラウンド効果というべきものが作られるわけですね。過去はそうするとき、シンガーたちはヘッド・セットのマイクをつけて歌っていたが、今回は完全にみんな生声で事にあたっていたようだ。彼らは今回、日本語の曲を二つ披露したが、それはちゃんと歌詞を覚えて日本語で歌っていた。
▶過去の、アヌーナ
http://43142.diarynote.jp/200712161423560000/
http://43142.diarynote.jp/201001051620426983/
http://43142.diarynote.jp/201112171633334584/
http://43142.diarynote.jp/?day=20111210
http://43142.diarynote.jp/201412151250144917/
▶過去の、オメンリー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/september1999live.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-10.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-7.htm(フジ・ロック、ホット・ハウス・フラワーズ)
http://43142.diarynote.jp/?month=200905
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http://43142.diarynote.jp/201112171633334584/
http://43142.diarynote.jp/?day=20111210
http://43142.diarynote.jp/201112191500441741/
http://43142.diarynote.jp/201412151250144917/
▶過去の、リー
http://43142.diarynote.jp/201306241438288191/
http://43142.diarynote.jp/201409261634155792/
http://43142.diarynote.jp/201412151250144917/
▶過去の、ハドソン
http://43142.diarynote.jp/201308110826574632/
<10月の、やりとり>
マイケル・マクグリンがアイルランド人歌手に固執しない姿勢を出しているのは、純粋なコーラス力の向上をもとめるとともに、アヌーナの肉声表現をアイルランドという属性で語られたくないという気持ちがあるからだ。オレたちの表現は過去の情報には明るいものの、どこにも属さない発想のもと、どこでもない音楽をやっている、という自負を、彼は抱えている。「アヌーナのコーラスのどこがアイルランドっぽいと言うんだい? もう、アイリッシュだ、ケルトだ、ヒーリングだ、といったレッテル付けはたくさんだ」と彼は言ったし、「レッテル付けされていない初期の自由なアヌーナに戻るための構成員の選取っ替えでもある」とも、彼は明言した。その発言を聞いて、横にいたマクグリンのプロモーションやワークショップに同行した新メンバーのローラ・インマン(米国人)は、「でも、あなたはアイルランドに生まれ育っているわけであり、アヌーナにはそんなあなたのいろいろなものが出てるので、アヌーナはアイルランドの音楽であると言えんじゃないかしら」と、口を挟む。アヌーナの全舵取りはマクグリンに委ねられているわけだが、自由な発言の機会は十全に残されているようだった。そんなやりとりを受けて、「たとえば、オスカー・ニーマイヤーの建造物に深く心を奪われても、そこにブラジル人としての直接的な属性を感じるわけではない。でも、こんなものを作る人を生んだブラジルって国はなんかすごいと、興味を喚起させられる。と、同様に、あなたたちの音楽を聞いて、こういう音楽を生み出すアイルランドという国は興味深いとなることは、イヤじゃないですよね」と、僕が発言をしたところで、取材時間は彼らの移動もあり、タイムアップ。続きは、次回のインタヴュー時にとなったのだった。
最初は、サム・リー&フレンズのパフォーマンス。歌と口琴と手持ちハーモニウムを扱うリー(2013年6月20日、2014年9月22日、2014年12月4日)に加え、ピアノ/(日本の)琴、トランペット/ピアノ、フィドル(女性)、ドラム/打楽器、チェロ(女性)という伴奏者を伴うもの。素材をイングリッシュ・ジプシーの伝承歌に求めつつ、それをいかにしなやかに今のものとして浮き上がらせるか。その目的するところはより明晰に出ていたのではないか。彼の2作目となる『ザ・フェイド・イン・タイム』は曲によってはかなりアレンジに凝っていて、伝統/豊かな鉱脈とつながった摩訶不思議なモダン・ミュージックという姿を出している。それから、“フレンズ”と名乗ろうとするだけあって、メンバー間の佇まいが和気あいあいとしていてそれがよろしい。それは、自然発生的な感覚、人間的な手触りをナチュラルに外に出す。今回、生で聞いて、軽妙なリーの歌は質感が澄んでいるとも再認識した。
2番目は、リアム・オメンリー(1999年9月23日、2000年10月3日、2001年7月28日、2009年5月20日、2011年12月6日、2011年12月7日、2011年12月10日、2011年12月12日、2014年12月4日)のソロ・パフォーマンス。まずは、ステージ中央背後上部にあるパイプ・オルガンの鍵盤の前に座り。荘厳な音を出しはじめる。そして、トラッドなのかどうかは知らないが、スピリチュアルに歌声を重ねもする。おお、これは興味深い。この会場においてどのぐらいの頻度でこのお化けのような鍵盤楽器が使われるかは知らないが、通常とは異なる流儀の使い手の登場で、さぞやパイプ・オルガンもうれしかろうとも、ふと思った。話は飛ぶが、ガース・ハドソン(2013年8月2日)のパイプ・オルガン公演を誰か組んでくれないかなー。←と、思いつきで書きつつ、それをとっても切望している自分がいる。その後は、ボーランを叩いたり、ピアノを弾きながら歌ったり。ゴスペルっぽいピアノ演奏を聞かせもする。気まま、その最良の例たるパフォーマンス、なり。 生ギターもステージには置かれもしたが、それを手にすることはなかった。
そして、アヌーナ(2007年12月15日、2009年12月12日、2011年12月7日、2011年12月10日、2014年12月4日)のパフォーマンスはリーダーのマイケル・マクグリン以外の構成員を全取り替えしてのもの。より歌えるシンガーたちに換えた理由は、さらに力強い肉声表現を求めたがゆえ。一気に全員取り替えちゃうところが、生理的に真っすぐでツっぱったマクグリンらしい、とは間違いなく言えるはず。メンバー入れ替えの利益が端的に出たのは、メンバーが会場客席のいろんな所に散って歌う際。それで肉声のサラウンド効果というべきものが作られるわけですね。過去はそうするとき、シンガーたちはヘッド・セットのマイクをつけて歌っていたが、今回は完全にみんな生声で事にあたっていたようだ。彼らは今回、日本語の曲を二つ披露したが、それはちゃんと歌詞を覚えて日本語で歌っていた。
▶過去の、アヌーナ
http://43142.diarynote.jp/200712161423560000/
http://43142.diarynote.jp/201001051620426983/
http://43142.diarynote.jp/201112171633334584/
http://43142.diarynote.jp/?day=20111210
http://43142.diarynote.jp/201412151250144917/
▶過去の、オメンリー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/september1999live.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-10.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-7.htm(フジ・ロック、ホット・ハウス・フラワーズ)
http://43142.diarynote.jp/?month=200905
http://43142.diarynote.jp/201112171632304826/
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▶過去の、リー
http://43142.diarynote.jp/201306241438288191/
http://43142.diarynote.jp/201409261634155792/
http://43142.diarynote.jp/201412151250144917/
▶過去の、ハドソン
http://43142.diarynote.jp/201308110826574632/
<10月の、やりとり>
マイケル・マクグリンがアイルランド人歌手に固執しない姿勢を出しているのは、純粋なコーラス力の向上をもとめるとともに、アヌーナの肉声表現をアイルランドという属性で語られたくないという気持ちがあるからだ。オレたちの表現は過去の情報には明るいものの、どこにも属さない発想のもと、どこでもない音楽をやっている、という自負を、彼は抱えている。「アヌーナのコーラスのどこがアイルランドっぽいと言うんだい? もう、アイリッシュだ、ケルトだ、ヒーリングだ、といったレッテル付けはたくさんだ」と彼は言ったし、「レッテル付けされていない初期の自由なアヌーナに戻るための構成員の選取っ替えでもある」とも、彼は明言した。その発言を聞いて、横にいたマクグリンのプロモーションやワークショップに同行した新メンバーのローラ・インマン(米国人)は、「でも、あなたはアイルランドに生まれ育っているわけであり、アヌーナにはそんなあなたのいろいろなものが出てるので、アヌーナはアイルランドの音楽であると言えんじゃないかしら」と、口を挟む。アヌーナの全舵取りはマクグリンに委ねられているわけだが、自由な発言の機会は十全に残されているようだった。そんなやりとりを受けて、「たとえば、オスカー・ニーマイヤーの建造物に深く心を奪われても、そこにブラジル人としての直接的な属性を感じるわけではない。でも、こんなものを作る人を生んだブラジルって国はなんかすごいと、興味を喚起させられる。と、同様に、あなたたちの音楽を聞いて、こういう音楽を生み出すアイルランドという国は興味深いとなることは、イヤじゃないですよね」と、僕が発言をしたところで、取材時間は彼らの移動もあり、タイムアップ。続きは、次回のインタヴュー時にとなったのだった。
恵比寿・リキッドルーム。前回公演(2011年6月30日)の際、ぼくにほぼパーフェクトと思わせた、フランスの好ポップ・バンドを見る。新作『ボールルーム』を出してのライヴで、スウィートネスやメロウネスがいい感じで送り出され、いい気分になれた。新作をプロデュースしているのは、ここ数年はザ・シンズ(2007年11月13日)のメンバーとなってもいる、知る人ぞ知る名ポッパーのリチャード・スウィフト! なるほどの選択だよなあ。
▶過去の、タヒチ80
http://43142.diarynote.jp/201107081123376582/
▶過去の、ザ・シンズ
http://43142.diarynote.jp/200711141503340000/
<今日の、前座>
Awesome City Clubという5人組が出て来てパフォーマンス。キーボード/ヴォーカルとドラマーは女性。結成して1年半とかで、まだフィジカルな音源は出していないとのMCであったが、なかなかまとまったバンド。基本プリセットのトラックを下敷きに、ダンサブルなビート・ポップを聞かせるが、メロディやアレンジはとてもこなれている。リード・ヴォーカルを取る男性が音程が不安定である(ヴォイス・トレーニング、がんばってください)とともに、ファルセットで歌うため女性キーボード奏者のサブ・ヴォーカルとの落差が出にくい。そこらあたり改善されれば、メジャーからデビューしてもなんらぼくは驚かない。
▶過去の、タヒチ80
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▶過去の、ザ・シンズ
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<今日の、前座>
Awesome City Clubという5人組が出て来てパフォーマンス。キーボード/ヴォーカルとドラマーは女性。結成して1年半とかで、まだフィジカルな音源は出していないとのMCであったが、なかなかまとまったバンド。基本プリセットのトラックを下敷きに、ダンサブルなビート・ポップを聞かせるが、メロディやアレンジはとてもこなれている。リード・ヴォーカルを取る男性が音程が不安定である(ヴォイス・トレーニング、がんばってください)とともに、ファルセットで歌うため女性キーボード奏者のサブ・ヴォーカルとの落差が出にくい。そこらあたり改善されれば、メジャーからデビューしてもなんらぼくは驚かない。
サム・リー&フレンズ+上間綾乃、リアム・オ・メンリー+OKI
2014年12月10日 音楽 アイルランドとイングランド、2人の自然体のシンガー/音楽態度者がカップリングされ、 “ヴォイス・オブ・グラウンド“という、なるほどのタイトル付けがなされた公演。渋谷・クラブクアトロ。ただし、両者単体でやらせるだけでなく、そこに日本人ゲストを組み合わせているのがポイントなり。
まず、サム・リー&フレンズ(2013年6月20日、2014年9月22日、2014年12月4日、2014年12月6日)の面々がパフォーマンス。途中で、沖縄の歌手、上間綾乃が加わり歌い、少し三線も弾く。
一方、オ・メンリー(1999年9月23日、2000年10月3日、2001年7月28日、2009年5月20日、2011年12月6日、2011年12月7日、2011年12月10日、2011年12月12日、2014年12月4日、2014年12月6日)の頭のほうは無勝手流のソロ・パフォーマンスだが、なんと可愛らしい娘のペマが出て来て、ピアノや歌をちょい披露。それ、学校の授業でやりました的なもの←やはり、オ・メンリーも親バカだな。とはいえ、8歳だか10歳だかの彼女の全然ものおじしない様にはへえ。なんか、そこから父親の超然としたサムシングを感じたりして。また、途中からOKI(2004年8月27日。2006年8月11日、2006年9月24日、2007年1月26日、2012年10月10日)が歌とトンコリで加わり、それには両者対等のパフォーマンスという所感をぼくは得た。なんでも、オ・メンリーはOKIの住む旭川に行き、リハーサルをしたのだという。共感が導くものだろう、OKIはもう目一杯自分を出し、オ・メンリーの“ブラックホール”と絡まんとしていたのが印象的だった。「ビッグ・メイビー」と断りをつけたうえで、共演アルバムを作るとオ・メンリーはステージ上で言っていた。
最後は、全員で「アメイジング・グレイス」。ゲール語(オ・メンリー)、沖縄方言(上間)、英語(リー)にて、歌われる。上間が歌った歌詞は古謝美佐子(2012年10月6日)のもののよう。
▶過去の、リー
http://43142.diarynote.jp/201306241438288191/
http://43142.diarynote.jp/201409261634155792/
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http://43142.diarynote.jp/201412221527313725/
▶過去の、オメンリー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/september1999live.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-10.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-7.htm(フジ・ロック、ホット・ハウス・フラワーズ)
http://43142.diarynote.jp/?month=200905
http://43142.diarynote.jp/201112171632304826/
http://43142.diarynote.jp/201112171633334584/
http://43142.diarynote.jp/?day=20111210
http://43142.diarynote.jp/201112191500441741/
http://43142.diarynote.jp/201412151250144917/
http://43142.diarynote.jp/201412221527313725/
▶過去の、OKI
http://43142.diarynote.jp/?day=20040827
http://43142.diarynote.jp/200608141732470000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20060924
http://43142.diarynote.jp/200702010111560000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20121010
▶過去の、古謝
http://43142.diarynote.jp/201210111833163436/
<今日の、自然児たち>
本当に我が道を飄々と歩んでいるオ・メンリーとリーであり、2人の組み合わせにはなるほどと膝を打つが、実は2人は来日時にビミョーに意識し合っていたとか。で、いくつかの一緒のプログラムを終えて、両者はホっとの体であったという。年齢も拠点とする場所も違うのに、お主やるなという感じで意識してしまうのだろうか。そういうエゴは風を受けんとする自立型音楽家は逆に強いのかもしれない。とはいえ、若輩のリーはともかく、いろんなしがらみから解き放たれているような、オ・メンリーもそうだとは少し意外だ。そういえば、普段裸足でステージにあがるリーであったが、この晩はスニーカーであがっていたな。
まず、サム・リー&フレンズ(2013年6月20日、2014年9月22日、2014年12月4日、2014年12月6日)の面々がパフォーマンス。途中で、沖縄の歌手、上間綾乃が加わり歌い、少し三線も弾く。
一方、オ・メンリー(1999年9月23日、2000年10月3日、2001年7月28日、2009年5月20日、2011年12月6日、2011年12月7日、2011年12月10日、2011年12月12日、2014年12月4日、2014年12月6日)の頭のほうは無勝手流のソロ・パフォーマンスだが、なんと可愛らしい娘のペマが出て来て、ピアノや歌をちょい披露。それ、学校の授業でやりました的なもの←やはり、オ・メンリーも親バカだな。とはいえ、8歳だか10歳だかの彼女の全然ものおじしない様にはへえ。なんか、そこから父親の超然としたサムシングを感じたりして。また、途中からOKI(2004年8月27日。2006年8月11日、2006年9月24日、2007年1月26日、2012年10月10日)が歌とトンコリで加わり、それには両者対等のパフォーマンスという所感をぼくは得た。なんでも、オ・メンリーはOKIの住む旭川に行き、リハーサルをしたのだという。共感が導くものだろう、OKIはもう目一杯自分を出し、オ・メンリーの“ブラックホール”と絡まんとしていたのが印象的だった。「ビッグ・メイビー」と断りをつけたうえで、共演アルバムを作るとオ・メンリーはステージ上で言っていた。
最後は、全員で「アメイジング・グレイス」。ゲール語(オ・メンリー)、沖縄方言(上間)、英語(リー)にて、歌われる。上間が歌った歌詞は古謝美佐子(2012年10月6日)のもののよう。
▶過去の、リー
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▶過去の、オメンリー
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▶過去の、OKI
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▶過去の、古謝
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<今日の、自然児たち>
本当に我が道を飄々と歩んでいるオ・メンリーとリーであり、2人の組み合わせにはなるほどと膝を打つが、実は2人は来日時にビミョーに意識し合っていたとか。で、いくつかの一緒のプログラムを終えて、両者はホっとの体であったという。年齢も拠点とする場所も違うのに、お主やるなという感じで意識してしまうのだろうか。そういうエゴは風を受けんとする自立型音楽家は逆に強いのかもしれない。とはいえ、若輩のリーはともかく、いろんなしがらみから解き放たれているような、オ・メンリーもそうだとは少し意外だ。そういえば、普段裸足でステージにあがるリーであったが、この晩はスニーカーであがっていたな。
ラウル・ミドン。サム・リー&フレンズ+東野珠実、稲葉明徳
2014年12月11日 音楽 まず、ブルーノート東京で、アルゼンチンとアフリカの血を引く米国人シンガー/ギタリスト(2003年7月20日、2005年10月24日、2007年9月1日、2007年11月26日、2009年10月8日、2011年9月2日、2013年12月2日)を見る。
前回の来日はリチャード・ボナ(2000年12月6日、2002年1月9日、2002年9月19日、2002年12月14日、2004年12月15日、2006年2月16日、2008年10月19日、2010年2月5日、2010年6月6日、2011年1月25日、2012年5月14日、2012年12月15日、2013年12月2日)たちとのパフォーマンスだったが、今回は通常のようにソロでの実演。過剰な変化は出るはずもないが、どこか輝やかしいミドンの“人ギター一体”の実演はやはり訴求力アリ。実は1ヶ月前のホセ・フェリシアーノの公演(2014年11月11日)を見て、ミドンの偉大な先達であり影響源という感想を得たが、改めて彼のショウに触れると、それぞれに別の味と美点を持つと実感できたりも。←多忙な時期で、細かくそれを指摘する余裕なし。トホホ。この来日で、彼の今年のライヴ日程は終了。来年2月にはチリ、アルゼンチン、ウルグアイでライヴをする予定が入っている。
▶過去の、ラウル・ミドン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/livezanmai.htm
http://43142.diarynote.jp/200511130010390000/
http://43142.diarynote.jp/200709041842400000/
http://43142.diarynote.jp/200711290931440000/
http://43142.diarynote.jp/200910140952248669/
http://43142.diarynote.jp/201109121438367147/
http://43142.diarynote.jp/201312171132096072/
▶過去の、リチャード・ボナ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/livezanmai.htm
http://43142.diarynote.jp/200412212102130000/
http://43142.diarynote.jp/200602171950040000/
http://43142.diarynote.jp/200810211839169096/
http://43142.diarynote.jp/201002072246423695/
http://43142.diarynote.jp/201006071818281946/
http://43142.diarynote.jp/201102081256565179/
http://43142.diarynote.jp/201205221056242128/
http://43142.diarynote.jp/201212171647134119/
http://43142.diarynote.jp/201312171132096072/
その後は、渋谷・プレジャープレジャーでサム・リー&フレンズと雅楽の奏者との協調ライヴを途中から見る。日本人奏者は、東野珠実(笙)と稲葉明徳(篳篥)。お2人はそれが雅楽のスタンダードであるのか、“麻呂”みたいな(雑な例えだな)格好をしている。
一体どんな感じになるのかと思っていたら、うわあ、これはなかなか。サム・リー(2013年6月20日、2014年9月22日、2014年12月4日、2014年12月6日、12月10日)は元々バンドに琴を弾く人を入れたりして日本の伝統表現に多大な興味を持っているとしても、またちゃんと前準備に時間をかけているにせよ、ぜんぜん違和感のないことになかば驚く。とともに、そのいい感じの重なりはちゃんと発展や萌芽を抱えていて、その様にもうなる。これは、意義あるコラボレーションではないか。リーたちの出来たばかりの2作目『ザ・フェイド・イン・タイム』はアーサー・ジェフス(2014年9月27日)の制作だが、この様に触れたら彼の父親のサイモン・ジェフスも滅法刺激を受けたに違いない(父サイモンは京都にちょい住んだため、ロンドンの家には日本の伝統楽器がいくつも置いてあった)。すごいぞ、和楽器! とともに、その日本人奏者たちがきっちり広い音楽観や技巧を持ってもいるのも大きいのだろう。
とくに、笙の音は無敵と、頭をたれた。それは天から降ってくる光の音と形容したいものであり、浮世離れを通り越してモダン。笙を入れれば、誰でもレイディオヘッド(2001年10月4日、2004年4月18日、2008年10月4日)なるものが出来ちゃうなんて軽口を叩きたくなっちゃう? 実際、リーの新作に収められているイングランドのトラッド曲「ブラックバード」(もちろん、ザ・ビートルズ曲とは別)はアルバムのなかでもコンテンポラリーな手触りを持っていたのだが、笙が効いたこの晩のヴァージョンはレイディオヘッド的と説明していい聞き味を持っていたはず。いやはや。なお、この共演公演は東京都から援助が出ていたとのこと(だからか、入場料も3000円と低目だった)。
▶過去の、リー
http://43142.diarynote.jp/201306241438288191/
http://43142.diarynote.jp/201409261634155792/
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http://43142.diarynote.jp/201412221527313725/
▶過去の、ジェフス
http://43142.diarynote.jp/201409291720019557/
▶過去の、レディオヘッド
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-10.htm
http://43142.diarynote.jp/200404180058130000/
http://43142.diarynote.jp/200810061856366600/
<今日の取材と、2番目の会場>
ライヴ前に楽屋で、全然構えるところのないミドンさんにインタヴュー。身体のでっかいマネージャー(白人、30歳ぐらい)はいい奴そう。2人で、動いているのかな。で、質疑応答した所感は、答えが冗長にならず、的をいたことを返してきて、かなり客観的な見方ができる人物であると判断。その様に接し、彼が通常ソロでライヴをやっているのは、目が見えないハンデやストレスを一人でやることで軽減させるというよりは、一人でパフォーマンスしてこそ、自らの魅力は最大に発揮されると考えているからかと思った。その感想はインタヴュー終了後に出てきたもので、彼に尋ねることはかなわなかったが。なお、ラリー・クライン制作の前作はオーヴァー・プロデュースであるということで、お互いの見解は一致。そして、その所感が自己プロデュースによる新作『ドント・ヘジテイト』には反映されてもいる。なんか、クラインはアダルト&都会派の担い手のプロデュース仕事が途切れない感じだが、“元妻(ジョニ・ミッチェル)の七光り”というところはあると思う。というのが、意地悪なぼくの見解デス。
渋谷のほうの映画館を改装したハコの正式名称はマウントレーニアホール渋谷プレジャープレジャーというが、なんと頭のマウントレーニアというのはネーミング・ライツを森永乳業が買い取り、自社コーヒーの名を掲げているからのよう。かつてサントリーが権利をとって、渋谷公会堂をC.C.レモンホールと名乗らせていたのと同じか。ともあれ、ここの売店はとってもいろんなフレイヴァーのポップコーンを販売していてびっくり。それは買わなかったが、お酒をたっぷりついでくれて、ニッコリ。←そういう単純なことで好感度があがるという、単純な性格はどうしたものか。
前回の来日はリチャード・ボナ(2000年12月6日、2002年1月9日、2002年9月19日、2002年12月14日、2004年12月15日、2006年2月16日、2008年10月19日、2010年2月5日、2010年6月6日、2011年1月25日、2012年5月14日、2012年12月15日、2013年12月2日)たちとのパフォーマンスだったが、今回は通常のようにソロでの実演。過剰な変化は出るはずもないが、どこか輝やかしいミドンの“人ギター一体”の実演はやはり訴求力アリ。実は1ヶ月前のホセ・フェリシアーノの公演(2014年11月11日)を見て、ミドンの偉大な先達であり影響源という感想を得たが、改めて彼のショウに触れると、それぞれに別の味と美点を持つと実感できたりも。←多忙な時期で、細かくそれを指摘する余裕なし。トホホ。この来日で、彼の今年のライヴ日程は終了。来年2月にはチリ、アルゼンチン、ウルグアイでライヴをする予定が入っている。
▶過去の、ラウル・ミドン
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http://43142.diarynote.jp/201109121438367147/
http://43142.diarynote.jp/201312171132096072/
▶過去の、リチャード・ボナ
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http://43142.diarynote.jp/200412212102130000/
http://43142.diarynote.jp/200602171950040000/
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http://43142.diarynote.jp/201312171132096072/
その後は、渋谷・プレジャープレジャーでサム・リー&フレンズと雅楽の奏者との協調ライヴを途中から見る。日本人奏者は、東野珠実(笙)と稲葉明徳(篳篥)。お2人はそれが雅楽のスタンダードであるのか、“麻呂”みたいな(雑な例えだな)格好をしている。
一体どんな感じになるのかと思っていたら、うわあ、これはなかなか。サム・リー(2013年6月20日、2014年9月22日、2014年12月4日、2014年12月6日、12月10日)は元々バンドに琴を弾く人を入れたりして日本の伝統表現に多大な興味を持っているとしても、またちゃんと前準備に時間をかけているにせよ、ぜんぜん違和感のないことになかば驚く。とともに、そのいい感じの重なりはちゃんと発展や萌芽を抱えていて、その様にもうなる。これは、意義あるコラボレーションではないか。リーたちの出来たばかりの2作目『ザ・フェイド・イン・タイム』はアーサー・ジェフス(2014年9月27日)の制作だが、この様に触れたら彼の父親のサイモン・ジェフスも滅法刺激を受けたに違いない(父サイモンは京都にちょい住んだため、ロンドンの家には日本の伝統楽器がいくつも置いてあった)。すごいぞ、和楽器! とともに、その日本人奏者たちがきっちり広い音楽観や技巧を持ってもいるのも大きいのだろう。
とくに、笙の音は無敵と、頭をたれた。それは天から降ってくる光の音と形容したいものであり、浮世離れを通り越してモダン。笙を入れれば、誰でもレイディオヘッド(2001年10月4日、2004年4月18日、2008年10月4日)なるものが出来ちゃうなんて軽口を叩きたくなっちゃう? 実際、リーの新作に収められているイングランドのトラッド曲「ブラックバード」(もちろん、ザ・ビートルズ曲とは別)はアルバムのなかでもコンテンポラリーな手触りを持っていたのだが、笙が効いたこの晩のヴァージョンはレイディオヘッド的と説明していい聞き味を持っていたはず。いやはや。なお、この共演公演は東京都から援助が出ていたとのこと(だからか、入場料も3000円と低目だった)。
▶過去の、リー
http://43142.diarynote.jp/201306241438288191/
http://43142.diarynote.jp/201409261634155792/
http://43142.diarynote.jp/201412151250144917/
http://43142.diarynote.jp/201412221527313725/
▶過去の、ジェフス
http://43142.diarynote.jp/201409291720019557/
▶過去の、レディオヘッド
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-10.htm
http://43142.diarynote.jp/200404180058130000/
http://43142.diarynote.jp/200810061856366600/
<今日の取材と、2番目の会場>
ライヴ前に楽屋で、全然構えるところのないミドンさんにインタヴュー。身体のでっかいマネージャー(白人、30歳ぐらい)はいい奴そう。2人で、動いているのかな。で、質疑応答した所感は、答えが冗長にならず、的をいたことを返してきて、かなり客観的な見方ができる人物であると判断。その様に接し、彼が通常ソロでライヴをやっているのは、目が見えないハンデやストレスを一人でやることで軽減させるというよりは、一人でパフォーマンスしてこそ、自らの魅力は最大に発揮されると考えているからかと思った。その感想はインタヴュー終了後に出てきたもので、彼に尋ねることはかなわなかったが。なお、ラリー・クライン制作の前作はオーヴァー・プロデュースであるということで、お互いの見解は一致。そして、その所感が自己プロデュースによる新作『ドント・ヘジテイト』には反映されてもいる。なんか、クラインはアダルト&都会派の担い手のプロデュース仕事が途切れない感じだが、“元妻(ジョニ・ミッチェル)の七光り”というところはあると思う。というのが、意地悪なぼくの見解デス。
渋谷のほうの映画館を改装したハコの正式名称はマウントレーニアホール渋谷プレジャープレジャーというが、なんと頭のマウントレーニアというのはネーミング・ライツを森永乳業が買い取り、自社コーヒーの名を掲げているからのよう。かつてサントリーが権利をとって、渋谷公会堂をC.C.レモンホールと名乗らせていたのと同じか。ともあれ、ここの売店はとってもいろんなフレイヴァーのポップコーンを販売していてびっくり。それは買わなかったが、お酒をたっぷりついでくれて、ニッコリ。←そういう単純なことで好感度があがるという、単純な性格はどうしたものか。
打ち合わせがおして1部の最後のほうに、会場にすべりこむ。渋谷・サラヴァ東京。一部はペルーの形而上をたっぷりと通った、笹久保伸(2013年8月29日、2014年5月24日)表現の王道にあるギター・ソロ演奏であったよう。
2部は、熱心に掘り起こした秩父で歌われた旧い労働歌を、今を生きる笹久保伸の息吹のようなものを通して(コードも、彼流に置き換える)披露する。おお、サム・リー(2013年6月20日、2014年9月22日、2014年12月4日、2014年12月6日、12月10日、2014年12月11日)と同じ方向性を持つじゃあないか。秩父にアイデティティーを持っているような笹久保はここのところ、同地古謡の再提示にのぞんでいたわけだが、その成果をきっちりと歌つきで披露する。彼の歌唱はとても朗々。ほう! それは、澄んだ情念のようなものを呼んでいたのは間違いない。いやあ、興味深し。その一連の作業は今年発表された『秩父遥拝』(チチブ/ビーンズ)として送り出されたわけが、MCによれば、(やはり、それは借り物にすぎないと感じ)これで打ち止めにしようかという気持ちを本人は持っているようだ。それを、今日聞けたのはラッキー? 今年彼はロンドン在住の藤倉大とのデーターの交換による精霊が宿るようなエレクトロニカ傾向作『マナヤチャヤ』(ソニー)を出してもいる。また、他のCDリリースや他にも自主映画作りから劇伴まで、彼のここのところの精力的な活動は量的にもハンパなく、すげえ。ツっぱった感覚も全然減じていないのもすばらしい。
一部オリジナル曲もやり、また少し12 弦ギターも彼は手にする。なんにせよ、素のパフォーマーとしての、強い存在感と熟達あり。そんな彼は、曲間にチューニングを周到にする。それ、MCをしながらするものの、ショウの流れを切るものではある。せっかちなぼくは“調弦時間”が嫌いなのだが、音楽家としての厳格さが表われる笹久保のそれに接すると仕方がないかとも思えるか。それに、ちゃんとギター・テックが袖でチューニングをしたものを手にしたとしても、彼は自分の耳のもと、会場の音の響きなどを考慮して、やっぱりもう一度調弦するのではないか。いい加減なぼくには気の遠くなるような、表現者として責任の発露がそこにはあった。
▶過去の、笹久保
http://43142.diarynote.jp/201309021134211584/
http://43142.diarynote.jp/201405271717357738/
▶過去の、リー
http://43142.diarynote.jp/201306241438288191/
http://43142.diarynote.jp/201409261634155792/
http://43142.diarynote.jp/201412151250144917/
http://43142.diarynote.jp/201412221527313725/
http://43142.diarynote.jp/201412251103164767/
<今日の、投票>
理不尽解散にともなう衆議院選挙の不在者投票をする。なんとぼくの住む地域の選挙区が隣の区のほうに変更されていて、驚く。郵便番号の下4桁が0001ということが示すように元々区の外れではあったわけだが。新しいほうには、ドクター中松が候補者にいるのが、すこし嬉しかった。入れないけど。
2部は、熱心に掘り起こした秩父で歌われた旧い労働歌を、今を生きる笹久保伸の息吹のようなものを通して(コードも、彼流に置き換える)披露する。おお、サム・リー(2013年6月20日、2014年9月22日、2014年12月4日、2014年12月6日、12月10日、2014年12月11日)と同じ方向性を持つじゃあないか。秩父にアイデティティーを持っているような笹久保はここのところ、同地古謡の再提示にのぞんでいたわけだが、その成果をきっちりと歌つきで披露する。彼の歌唱はとても朗々。ほう! それは、澄んだ情念のようなものを呼んでいたのは間違いない。いやあ、興味深し。その一連の作業は今年発表された『秩父遥拝』(チチブ/ビーンズ)として送り出されたわけが、MCによれば、(やはり、それは借り物にすぎないと感じ)これで打ち止めにしようかという気持ちを本人は持っているようだ。それを、今日聞けたのはラッキー? 今年彼はロンドン在住の藤倉大とのデーターの交換による精霊が宿るようなエレクトロニカ傾向作『マナヤチャヤ』(ソニー)を出してもいる。また、他のCDリリースや他にも自主映画作りから劇伴まで、彼のここのところの精力的な活動は量的にもハンパなく、すげえ。ツっぱった感覚も全然減じていないのもすばらしい。
一部オリジナル曲もやり、また少し12 弦ギターも彼は手にする。なんにせよ、素のパフォーマーとしての、強い存在感と熟達あり。そんな彼は、曲間にチューニングを周到にする。それ、MCをしながらするものの、ショウの流れを切るものではある。せっかちなぼくは“調弦時間”が嫌いなのだが、音楽家としての厳格さが表われる笹久保のそれに接すると仕方がないかとも思えるか。それに、ちゃんとギター・テックが袖でチューニングをしたものを手にしたとしても、彼は自分の耳のもと、会場の音の響きなどを考慮して、やっぱりもう一度調弦するのではないか。いい加減なぼくには気の遠くなるような、表現者として責任の発露がそこにはあった。
▶過去の、笹久保
http://43142.diarynote.jp/201309021134211584/
http://43142.diarynote.jp/201405271717357738/
▶過去の、リー
http://43142.diarynote.jp/201306241438288191/
http://43142.diarynote.jp/201409261634155792/
http://43142.diarynote.jp/201412151250144917/
http://43142.diarynote.jp/201412221527313725/
http://43142.diarynote.jp/201412251103164767/
<今日の、投票>
理不尽解散にともなう衆議院選挙の不在者投票をする。なんとぼくの住む地域の選挙区が隣の区のほうに変更されていて、驚く。郵便番号の下4桁が0001ということが示すように元々区の外れではあったわけだが。新しいほうには、ドクター中松が候補者にいるのが、すこし嬉しかった。入れないけど。
トリコロールはアイルランドの伝統音楽への共感を軸に置く、男性2人女性1人のインストのグループ。アコーディオンやブズーキ(中村大史)、フィドルやコンサーティナ(中藤有花)、生ギターやバンジョー(長尾晃司)といった楽器を曲により持ち替えて、聞き手に送り出す。彼らは新作用の合宿レコーディングをしてきたばかりで、そのレコーディングにも参加したというイーリアン・パイプやホイッスルの奏者(野口明生)もそこに加わり、色彩感を強めた。日本人がアイリッシュ・ミュージック要素に体当たり。というと、なんか酔狂そうな風情も持っていそうだが、面々はほんわか自然体。それは憧憬の先にちゃんと自らの機微を出していたからではないか。また、女性シンガー/ピアニスト(中川理沙)が加わる曲もあった。
メンバー3人と野口は、ケルティック・ミュージック要素もうまく取り込んでいるHNK連続ドラマ小説「マッサン」の音楽のレコーディングにも参加しているが、3曲ではその音楽を担当する作曲家の富貴晴美がピアノで加わり、「マッサン」絡みの3曲を5人で披露。一気に場内のヴァイブは華やぎ、微笑みの感覚に満ちる。メロディの力を感じたか。音楽の妖精が舞ってもいました。吉祥寺・キチム。
<今日の、尻尾>
この晩の模様の原稿は、日経新聞の電子版のほうに掲載。ネット向け原稿だと、文字数が多く(通常のワクの倍以上の字数となる)ていいな。住宅地にさしかからんとする場所の地下にあるこの会場には、初めて行く。有名グループの女性シンガーが、妹と持っているお店と聞いた。その二部構成による公演後、某忘年会に駆け込む。遅かったのに、けっこう人が残っていたな。ツブれて顔にマジックでいろんな落書きされるセンセイも、お一人。それも、毎度この宴会のならわしなり。深夜、家への帰り、道がすいているなあと思ったら、土曜日(すでに日付は変わっていたが)であったか。なんか、運転手さんの芸能人をたくさん乗せてマスという自慢話に閉口。かといって、静かにしてもらえませんかと言う、根性もなし。師走の尻尾がわさわさ、動いている。
メンバー3人と野口は、ケルティック・ミュージック要素もうまく取り込んでいるHNK連続ドラマ小説「マッサン」の音楽のレコーディングにも参加しているが、3曲ではその音楽を担当する作曲家の富貴晴美がピアノで加わり、「マッサン」絡みの3曲を5人で披露。一気に場内のヴァイブは華やぎ、微笑みの感覚に満ちる。メロディの力を感じたか。音楽の妖精が舞ってもいました。吉祥寺・キチム。
<今日の、尻尾>
この晩の模様の原稿は、日経新聞の電子版のほうに掲載。ネット向け原稿だと、文字数が多く(通常のワクの倍以上の字数となる)ていいな。住宅地にさしかからんとする場所の地下にあるこの会場には、初めて行く。有名グループの女性シンガーが、妹と持っているお店と聞いた。その二部構成による公演後、某忘年会に駆け込む。遅かったのに、けっこう人が残っていたな。ツブれて顔にマジックでいろんな落書きされるセンセイも、お一人。それも、毎度この宴会のならわしなり。深夜、家への帰り、道がすいているなあと思ったら、土曜日(すでに日付は変わっていたが)であったか。なんか、運転手さんの芸能人をたくさん乗せてマスという自慢話に閉口。かといって、静かにしてもらえませんかと言う、根性もなし。師走の尻尾がわさわさ、動いている。
渡辺貞夫オーケストラ
2014年12月14日 音楽 渡辺貞夫(2002年12月14日、2003年5月6日、2004年12月17日、2005年12月18日、2006年8月8日、2006年9月3日、2006年10月4日、2007年12月16日、2008年12月14日、2009年7月22日、2009年9月3日、2011年7月4日、2012年6月29日、2012年12月15日、2013年4月1日、2013年7月27日、2013年9月29日、2014年7月8日、2014年10月5日)、17年ぶりのビッグ・バンドを率いる公演(と言いつつ、今年リハをかねてのものか、何度かライヴをやっているようだが)とか。実力者がそろう日本人13人のホーン・セクションは、昔とほぼ同じ顔ぶれだという。渋谷・オーチャードホール。入場時に渡されたセット・リストを見て、まず驚く。2部制で、20曲近い。おお、かなり前から準備/リハをしているとは伝え聞いていたが、ぼくが感じていた以上に、気合いと手間をかけたんだなと、直截に思わせられる。83歳の意欲に少したじろぎました。
もう一つ驚いたのは、リズム・セクションをわざわざ米国から呼んでいたこと。今回はこの日のほかにも数カ所で公演を行っているようだが、ちゃんと予算があるのだな。ピアノはおなじみのラッセル・フェランテ(2007年12月16日、2009年3月23日、2012年6月21日、2014年1月15日、2014年7月8日)で、ドラマーがピーター・アースキン(2012年6月21日、2013年6月26日)。彼の絶妙の強弱や切れを持つ演奏に触れると、ジャズ・ビッグ・バンド表現のドラミングは日本人が苦手なものと思わされるかも。←あー、なんかそれ、サッカーにおける日本人GK弱点説と重なるか。そして、ベースはアースキンの推薦であるというエドウィン・リヴィングストン。ワイルドな髪型をしているアフリカ系である彼(40歳ぐらい?)は曲によってはエレクトリック・ベースも手にしたが、実はヘッドハンターズ(2005年8月21日)の欧州ライヴ盤に彼の名前が見られたりもする。そんな彼、今は南カリフォルニア大学で教鞭も取っているようだ。
主アレンジャーは17年前と同じく、トロンボーン奏者の村田陽一(2005年1月7日、2006年1月21日、2010年3月9日、2011年12月20日、2012年9月8日)。とともに、フェランテがアレンジを担当するものあり。彼の編曲、少しおもしろかった。「ラウンド・トリップ」や「マイ・ディア・ライフ」など代表曲の大編成版を披露するとともに、3.11後に発表した「ホワット・アイ・シュッド」や「ウォーム・デイズ・アヘッド」など近年の慈しみに満ちた曲も奥行き深く披露。ではあったのだが、驚いたことに1部のオープナーは米国留学時代の畏友ゲイリー・マクファーランド(http://43142.diarynote.jp/201310050701201281/、の下部を参照のこと)の「キチ」。非オリジナルは2曲やったが、もう一つはセロニアス・モンクの「ブルー・モンク」(これは、フェランテの編曲だと言っていたか)。MCによれば、留学中にあるフェスでディジー・ガレスピーやスタン・ゲッツ他錚々たる奏者が参加したビッグ・バンドの出し物があり、渡辺貞夫はフルートでそれに加わったのだそう。その際のアレンジを請け負っていたのはやはりマクファーランドだったが、彼はオリジナルのキーをかえたのだそう。そしたら、そのビッグ・バンドでピアノを弾くはずだった(!)セロニアス・モンク御大はキーが変えられているのにムクれて急に出るのを取りやめたとか。へ〜え。米国時代とか、日本に戻ってきたときのこととか、本当に面白い話が山ほどあるんだろうなー。とともに、そういう見聞がいろいろと渡辺貞夫の音楽の襞に息づいているに違いない。とともに、渡辺表現にはすべからくどこかに、米国時代への追憶が秘められているのかもしれない。
▶過去の、渡辺
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-12.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-5.htm
http://43142.diarynote.jp/20041221210502000
http://43142.diarynote.jp/200512231955480000/
http://43142.diarynote.jp/200608091255180000/
http://43142.diarynote.jp/200609070211000000/
http://43142.diarynote.jp/200610080946310000/
http://43142.diarynote.jp/200712171350530000/
http://43142.diarynote.jp/200812281440093394/
http://43142.diarynote.jp/200907310048137248/
http://43142.diarynote.jp/200909120646397236/
http://43142.diarynote.jp/201107111008176019/
http://43142.diarynote.jp/201207031353196616/
http://43142.diarynote.jp/201212171647134119/
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http://43142.diarynote.jp/201407091243129270/
http://43142.diarynote.jp/201410061850124929/
▶過去の、フェランテ
http://43142.diarynote.jp/200712171350530000/
http://43142.diarynote.jp/200903260425159549/
http://43142.diarynote.jp/?day=20120621
http://43142.diarynote.jp/201401171005571275/
http://43142.diarynote.jp/200712171350530000/
(2012年6月21日、2013年6月26日)
▶過去の、アースキン
http://43142.diarynote.jp/201207031311348277/
http://43142.diarynote.jp/201306271617516710/
▶過去の、ヘッドハンターズ
http://43142.diarynote.jp/200508230545510000/
▶過去の、村田
http://43142.diarynote.jp/200501170151560000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20060121
http://43142.diarynote.jp/201003101342028780/
http://43142.diarynote.jp/?day=20111220
http://43142.diarynote.jp/?day=20120908 ベン・E・キング
<今日の、渋谷>
会場に向かい渋谷を歩いているときに、サンタクロースの赤い格好をしている若人を何人も見かける。なるほど、お店で終電前に終わるクリスマス・パーティが行われていたりするのだろうな。会場入りする直前、唐突に降雪。とっても粒が大きくて、驚く。これが、東京の初雪であるそう。ホール横にはNHKの中継車が停車。CD用ライヴ・レコーディングをすることは聞いていたが、TV放映用の映像もおさえられるようだ。NHK職員、社屋から近くてニッコリだろうな。
もう一つ驚いたのは、リズム・セクションをわざわざ米国から呼んでいたこと。今回はこの日のほかにも数カ所で公演を行っているようだが、ちゃんと予算があるのだな。ピアノはおなじみのラッセル・フェランテ(2007年12月16日、2009年3月23日、2012年6月21日、2014年1月15日、2014年7月8日)で、ドラマーがピーター・アースキン(2012年6月21日、2013年6月26日)。彼の絶妙の強弱や切れを持つ演奏に触れると、ジャズ・ビッグ・バンド表現のドラミングは日本人が苦手なものと思わされるかも。←あー、なんかそれ、サッカーにおける日本人GK弱点説と重なるか。そして、ベースはアースキンの推薦であるというエドウィン・リヴィングストン。ワイルドな髪型をしているアフリカ系である彼(40歳ぐらい?)は曲によってはエレクトリック・ベースも手にしたが、実はヘッドハンターズ(2005年8月21日)の欧州ライヴ盤に彼の名前が見られたりもする。そんな彼、今は南カリフォルニア大学で教鞭も取っているようだ。
主アレンジャーは17年前と同じく、トロンボーン奏者の村田陽一(2005年1月7日、2006年1月21日、2010年3月9日、2011年12月20日、2012年9月8日)。とともに、フェランテがアレンジを担当するものあり。彼の編曲、少しおもしろかった。「ラウンド・トリップ」や「マイ・ディア・ライフ」など代表曲の大編成版を披露するとともに、3.11後に発表した「ホワット・アイ・シュッド」や「ウォーム・デイズ・アヘッド」など近年の慈しみに満ちた曲も奥行き深く披露。ではあったのだが、驚いたことに1部のオープナーは米国留学時代の畏友ゲイリー・マクファーランド(http://43142.diarynote.jp/201310050701201281/、の下部を参照のこと)の「キチ」。非オリジナルは2曲やったが、もう一つはセロニアス・モンクの「ブルー・モンク」(これは、フェランテの編曲だと言っていたか)。MCによれば、留学中にあるフェスでディジー・ガレスピーやスタン・ゲッツ他錚々たる奏者が参加したビッグ・バンドの出し物があり、渡辺貞夫はフルートでそれに加わったのだそう。その際のアレンジを請け負っていたのはやはりマクファーランドだったが、彼はオリジナルのキーをかえたのだそう。そしたら、そのビッグ・バンドでピアノを弾くはずだった(!)セロニアス・モンク御大はキーが変えられているのにムクれて急に出るのを取りやめたとか。へ〜え。米国時代とか、日本に戻ってきたときのこととか、本当に面白い話が山ほどあるんだろうなー。とともに、そういう見聞がいろいろと渡辺貞夫の音楽の襞に息づいているに違いない。とともに、渡辺表現にはすべからくどこかに、米国時代への追憶が秘められているのかもしれない。
▶過去の、渡辺
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-12.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-5.htm
http://43142.diarynote.jp/20041221210502000
http://43142.diarynote.jp/200512231955480000/
http://43142.diarynote.jp/200608091255180000/
http://43142.diarynote.jp/200609070211000000/
http://43142.diarynote.jp/200610080946310000/
http://43142.diarynote.jp/200712171350530000/
http://43142.diarynote.jp/200812281440093394/
http://43142.diarynote.jp/200907310048137248/
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http://43142.diarynote.jp/201307291053021427/
http://43142.diarynote.jp/201310050701201281/
http://43142.diarynote.jp/201407091243129270/
http://43142.diarynote.jp/201410061850124929/
▶過去の、フェランテ
http://43142.diarynote.jp/200712171350530000/
http://43142.diarynote.jp/200903260425159549/
http://43142.diarynote.jp/?day=20120621
http://43142.diarynote.jp/201401171005571275/
http://43142.diarynote.jp/200712171350530000/
(2012年6月21日、2013年6月26日)
▶過去の、アースキン
http://43142.diarynote.jp/201207031311348277/
http://43142.diarynote.jp/201306271617516710/
▶過去の、ヘッドハンターズ
http://43142.diarynote.jp/200508230545510000/
▶過去の、村田
http://43142.diarynote.jp/200501170151560000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20060121
http://43142.diarynote.jp/201003101342028780/
http://43142.diarynote.jp/?day=20111220
http://43142.diarynote.jp/?day=20120908 ベン・E・キング
<今日の、渋谷>
会場に向かい渋谷を歩いているときに、サンタクロースの赤い格好をしている若人を何人も見かける。なるほど、お店で終電前に終わるクリスマス・パーティが行われていたりするのだろうな。会場入りする直前、唐突に降雪。とっても粒が大きくて、驚く。これが、東京の初雪であるそう。ホール横にはNHKの中継車が停車。CD用ライヴ・レコーディングをすることは聞いていたが、TV放映用の映像もおさえられるようだ。NHK職員、社屋から近くてニッコリだろうな。
ディー・ディー・ブリッジウォーター&ザ・カウント・ベイシー・オーケストラ
2014年12月22日 音楽 うわあ〜い。無敵のディー・ディー(2003年8月1~2日、2007年8月24日、2008年12月4日、2009年11月27日、2014年5月3日)、今年2度目の来日公演ぢゃあ。彼女がいかに素晴らしいバケモノかというのは、過去の記載を見ていただきたいが、端的に書けば、米国黒人音楽要素/感覚の最良の体現者ということになると思う。そして、そのショウのなかから随時浮き上がる、ガハハなフランクさやブっちゃけたノリがなんとも胸をすかせる。“ダーティー”という形容もあるかもしれぬが、それは積み重ねられてきたアフリカン・アメリカン・ミュージックを語る形容としては最上級の褒め言葉である。
今回は、大御所の名を継ぐビッグ・バンドとの共演という設定によるもの。もう、才能と本能と人間味に長けた彼女ゆえ、コンボだろうとビッグ・バンドだろうと、ワタシが全開であるのは疑いがないのであるが。南青山・ブルーノート東京、ファースト・ショウ。見た者は皆ひれ伏しちゃう姉御ライヴの好評判と現在安定した集客を持つビッグ・バンドの出演ということで、場内はフル・ハウス。なんか、いつもより年配者が多いナとも感じた。
まず20分ぐらい、ザ・カウント・ベイシー・オーケストラだけで、パフォーマンス。構成員は黒人主体(40歳代ぐらいまでが多いか)ながら、バリトン・サックスは若い(見た目も売りにできるかもしれない)白人女性だ。指揮をしていたのは、ザ・クレイトン-ハミルトン・オーケストラ(2011年12月21日)のトランペット・セクションで来日しているスコッティ・バーンハート(1曲、ソロも取った)。ちゃんと分析するなら、管アンサンブルは何気に乱暴というか不揃い。前だったら威勢がいいなあという感想で終わっていたかもしれないが、近年ビッグ・バンドの実演に触れる機会が増えており、ぼくの耳も鍛えられてきているんだろうなと思った。
そして、スキンヘッドに黒いワンピースを来たディー・ディー・ブリッジウォーターが登場。もう、奔放極まりない弾けまくった歌を、でかいバンドを従え、これでもかとかます。彼女がステージ上に登ったとたん、コンダクターとバンド員はまさに従者。それが誰にも負けない米国黒人感覚を伴いつつ自由に開かれるのだから、もうグの音もない。曲はビリー・ホリデイ絡み曲からクリスマス・ソングまで。もちろん、お得意の客いじりもあり。ステージを降りて前方席で寝ていた男性客の前で膝まずき手を取り延々と歌うという、大傑作な場面もあり。ほんと、あなたには誰もかないません。前にも書いたことがあるが、ジャズにしろR&Bにしろ、黒人音楽に興味を持つ人(歌う人は余計に、かな?)は彼女の来日公演は絶対にミスしちゃいけないっ!
▶過去の、ディー・ディー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-8.htm
http://43142.diarynote.jp/200708270316020000/
http://43142.diarynote.jp/200812150311286788/
http://43142.diarynote.jp/20091181706108905/
http://43142.diarynote.jp/201405051105329639/
▶過去の、ベイシー・オーケストラ
http://43142.diarynote.jp/201101061048518045/
http://43142.diarynote.jp/201109121452527893/
▶過去の、ザ・クレイトン-ハミルトン・オーケストラ/バーンハート
http://43142.diarynote.jp/201112261518003058/
<今日の、絶賛>
ディアンジェロの新アルバム 『Black Messiah』、傾聴。やっぱ、いいナ、才能あるナ。ライヴは少し前にやったりしたが、よくもまあこれだけのもん作れちゃうのにこんなにも(14年ぶりとか)出さなかったものだ。ぶっちゃけ前作『ヴードゥ』で出していたものを超える“宝”は出されていないはず。だが、スライ・ストーン(2008年8月31日、2008年9月2日、2010年1月20日)やプリンス(2002年11月19日)の好影響を感じさせる楽曲群にぼくはひたすら聞きほれる。で、比較対象としてけなすものをあげるやりかたは質の低い書き手の手口と認知しつつ、プリンスの新作『アート・オフィシャル・エイジ』より遥かに優れていると思う。また、アフリカン・アメリカン有名人の新作についてもう一つ。ファンカデリックの3枚組新譜『First Ya Gotta Shake The Gate』が唖然としちゃうぐらいにいい。もう、まじぃ〜ワワワワって感じ。今、雑誌の年間ベスト・レコード企画は11月の締め切り設定となるのが常でぼくはファンカ新作をその手のリストに当然あげていないが、今だったら、この大作を間違いなく入れる。というか、全ジャンルでぼくはファンカ新作を2014年1位盤としたい。なにより、ジョージ・クリントン(2002年7月28日、2009年9月5日、2011年1月22日、2013年4月12日)一流のドロドロ感覚/音楽折衷感覚を口惜しいほど抱えつつ、滅茶現代的な輝きを放っているのが素晴らしい。その様、フライング・ロータス(2014年12月5日)の新作以上に格好良く、整合性が高いと、ぼくは感じてしまう。そんなことって、アリ? で、近年ツルんでいるスライ・ストーンが滅茶いい働きをしている事実にもとても驚く。いやはや。その、長めの大絶賛ディスク・レヴューは来年1月発売のベース・マガジンに書きます。そんなに内容が変わることはないだろうが、4月にビルボードライブで予定されているクリントン一座公演がより楽しみになっちゃなー。
▶過去の、ストーン
http://43142.diarynote.jp/200809011923060000/
http://43142.diarynote.jp/200809071428140000/
http://43142.diarynote.jp/201001211346277187/
▶過去の、プリンス
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/livezanmai.htm
▶過去の、クリントン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-7.htm
http://43142.diarynote.jp/200909120648439512/
http://43142.diarynote.jp/201102081256005311/
http://43142.diarynote.jp/201304150853287353/
▶過去の、フライング・ロータス
http://43142.diarynote.jp/201412151251045801/
今回は、大御所の名を継ぐビッグ・バンドとの共演という設定によるもの。もう、才能と本能と人間味に長けた彼女ゆえ、コンボだろうとビッグ・バンドだろうと、ワタシが全開であるのは疑いがないのであるが。南青山・ブルーノート東京、ファースト・ショウ。見た者は皆ひれ伏しちゃう姉御ライヴの好評判と現在安定した集客を持つビッグ・バンドの出演ということで、場内はフル・ハウス。なんか、いつもより年配者が多いナとも感じた。
まず20分ぐらい、ザ・カウント・ベイシー・オーケストラだけで、パフォーマンス。構成員は黒人主体(40歳代ぐらいまでが多いか)ながら、バリトン・サックスは若い(見た目も売りにできるかもしれない)白人女性だ。指揮をしていたのは、ザ・クレイトン-ハミルトン・オーケストラ(2011年12月21日)のトランペット・セクションで来日しているスコッティ・バーンハート(1曲、ソロも取った)。ちゃんと分析するなら、管アンサンブルは何気に乱暴というか不揃い。前だったら威勢がいいなあという感想で終わっていたかもしれないが、近年ビッグ・バンドの実演に触れる機会が増えており、ぼくの耳も鍛えられてきているんだろうなと思った。
そして、スキンヘッドに黒いワンピースを来たディー・ディー・ブリッジウォーターが登場。もう、奔放極まりない弾けまくった歌を、でかいバンドを従え、これでもかとかます。彼女がステージ上に登ったとたん、コンダクターとバンド員はまさに従者。それが誰にも負けない米国黒人感覚を伴いつつ自由に開かれるのだから、もうグの音もない。曲はビリー・ホリデイ絡み曲からクリスマス・ソングまで。もちろん、お得意の客いじりもあり。ステージを降りて前方席で寝ていた男性客の前で膝まずき手を取り延々と歌うという、大傑作な場面もあり。ほんと、あなたには誰もかないません。前にも書いたことがあるが、ジャズにしろR&Bにしろ、黒人音楽に興味を持つ人(歌う人は余計に、かな?)は彼女の来日公演は絶対にミスしちゃいけないっ!
▶過去の、ディー・ディー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-8.htm
http://43142.diarynote.jp/200708270316020000/
http://43142.diarynote.jp/200812150311286788/
http://43142.diarynote.jp/20091181706108905/
http://43142.diarynote.jp/201405051105329639/
▶過去の、ベイシー・オーケストラ
http://43142.diarynote.jp/201101061048518045/
http://43142.diarynote.jp/201109121452527893/
▶過去の、ザ・クレイトン-ハミルトン・オーケストラ/バーンハート
http://43142.diarynote.jp/201112261518003058/
<今日の、絶賛>
ディアンジェロの新アルバム 『Black Messiah』、傾聴。やっぱ、いいナ、才能あるナ。ライヴは少し前にやったりしたが、よくもまあこれだけのもん作れちゃうのにこんなにも(14年ぶりとか)出さなかったものだ。ぶっちゃけ前作『ヴードゥ』で出していたものを超える“宝”は出されていないはず。だが、スライ・ストーン(2008年8月31日、2008年9月2日、2010年1月20日)やプリンス(2002年11月19日)の好影響を感じさせる楽曲群にぼくはひたすら聞きほれる。で、比較対象としてけなすものをあげるやりかたは質の低い書き手の手口と認知しつつ、プリンスの新作『アート・オフィシャル・エイジ』より遥かに優れていると思う。また、アフリカン・アメリカン有名人の新作についてもう一つ。ファンカデリックの3枚組新譜『First Ya Gotta Shake The Gate』が唖然としちゃうぐらいにいい。もう、まじぃ〜ワワワワって感じ。今、雑誌の年間ベスト・レコード企画は11月の締め切り設定となるのが常でぼくはファンカ新作をその手のリストに当然あげていないが、今だったら、この大作を間違いなく入れる。というか、全ジャンルでぼくはファンカ新作を2014年1位盤としたい。なにより、ジョージ・クリントン(2002年7月28日、2009年9月5日、2011年1月22日、2013年4月12日)一流のドロドロ感覚/音楽折衷感覚を口惜しいほど抱えつつ、滅茶現代的な輝きを放っているのが素晴らしい。その様、フライング・ロータス(2014年12月5日)の新作以上に格好良く、整合性が高いと、ぼくは感じてしまう。そんなことって、アリ? で、近年ツルんでいるスライ・ストーンが滅茶いい働きをしている事実にもとても驚く。いやはや。その、長めの大絶賛ディスク・レヴューは来年1月発売のベース・マガジンに書きます。そんなに内容が変わることはないだろうが、4月にビルボードライブで予定されているクリントン一座公演がより楽しみになっちゃなー。
▶過去の、ストーン
http://43142.diarynote.jp/200809011923060000/
http://43142.diarynote.jp/200809071428140000/
http://43142.diarynote.jp/201001211346277187/
▶過去の、プリンス
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/livezanmai.htm
▶過去の、クリントン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-7.htm
http://43142.diarynote.jp/200909120648439512/
http://43142.diarynote.jp/201102081256005311/
http://43142.diarynote.jp/201304150853287353/
▶過去の、フライング・ロータス
http://43142.diarynote.jp/201412151251045801/
クール&ザ・ギャング。勝井祐二×ミト
2014年12月26日 音楽 聞き手によって、そのアーティスト観が大きく異なるという担い手がいる。たとえば、ロス・ロボス(2004年10月7日、2005年7月31日、2011年1月19日)。もともとはイーストLAの土着チカーノ・ロックンロール・バンドであったが、アルバム・デビューして約15年後に彼らは大きく舵を取った。少なくてもアルバム上においては、音色/音響に大胆細心に凝ったサイバーなロック・バンドへと、彼らは転換する。新路線にあった清新さは、そのプロデューサーであるミッチェル・フルームとチャド・ブレイクを一躍時代の寵児な制作者にした。あの鮮やかな変化は、ファン層を大きく二分したかもしれない。
クール&ザ・ギャングという、1970年代のウォー(2007年11月6日、2009年8月9日)やEW&F(2006年1月19日、2012年5月17 日)と肩を並べたNYのアフリカンたちのバンドも、同様。いや、ぼくにてっては、ロス・ロボス以上に大きな聞き手の“断絶”を自ら持ち込んだグループと言わざるをえない。その変換期は1977年とか1978年。それ以前は豪快に彷徨するブラス体をかかえたグルーヴィ極まりない超弩級のファンク・バンド。そして、メロディアス要素も少し入れた1977年の『ザ・フォース』をリリースした後は、柔和な、過去と比較するなら猫をかぶりまくったポップ・ソウル・バンドとして、彼らは活動する。見事なぐらい、変化前も変化後も、セールスは上々。秀でたソング・ライティング力があったことが前提となるが、リーダーのロバート“クール”ベルは見事に米国ブラック・ミュージックのメインストリームの変化を読み取ったというしかない。
だけどさあ、オレは昔のギトギトしていてイナたいクール&ザ・ギャングが好きなんだよお。ポップ期クール&ザ・ギャングのフロント・マンであるJ.T.テイラー公演(2006年11月27日、2014年3月4日)の項で触れているように、今ならばポップ期のクール&ザ・ギャングもにっこり聞けちゃう。だけど、どっちかしか聞けないとなったら、ぼくは当然1970年代上半期の彼らを取る。そのころの彼の表現は代えがないが、後の彼らに代えがある。
ベーシストのロバート”クール”ベルは健在なのだな。横を通った彼を見たら、そんなに老けてない。あと、打楽器とキーボードのジョージ“ファンキー”ブラウン(彼もそんなにじじいに見えない)もオリジナル・メンバーと言っていいのかな。他に構成員はギター、ドラム、キーボード、トランペット2、サックス。そして、ヴォーカルを取る青年が2人いて、主に歌うほうはときにギターも手にする。もう一人は背が高く、格好いい。ステージ前にいるヴォーカル2人と管奏者はよく動き、健気にポーズを決める。ポップ期のクール&ザ・ギャング曲はあまり管音を必要としないので、それも当然。というか、途中で3曲昔のファンク・チューン(「N.T.」、「ジャングル・ブギー」、「ハルウッド・スウィング」。なぜに、「ファンキー・スタッフ」はやらん?)を披露した以外はすべて1970年代後期以降の曲(やはり、いい曲が多い、とは素直に思う)をやったのだから、基本ブラス奏者は演奏で活躍する場があなりない。15〜20分ぐらいだけのために、よく3人の管奏者を抱えているナ。そうした効率化をはからない姿勢は偉い。だけど、クール・ベルの中にも、<今クール&ザ・ギャングと言えば、1970年代後期以降の姿>という認識があるのか。
トランペッター1/2のマイケル・レイは1970年代からサン・ラー・アーケストラ(2000年8月14日、2002年9月7日、2003年7月25日、2014年7月4日)にいて、1980年代に入ると、クール&ザ・ギャングも掛け持ちするようになった。実は、「ジャングル・ブギー」のリフを聞きながら、本当にあの頃の彼らの管セクション音って個性があり格好いいと思ったが、この晩聞いた音はけっこう不揃いであった。それを目の当たりにし、クール&ザ・ギャングのホーン・セクション音って難しいんだなと実感もした。
南青山・ブルーノート東京、ファースト・ショウ。視覚的にも、いろんな楽しみを提供したショウであり、満場の客もけっこう立っていた。でも、上に書いた理由で、ぼくにとってはうれしさも中ぐらいナリ。で、ありました。だけど、次来たら、また行くゼっ!
▶過去の、ロス・ロボス
http://43142.diarynote.jp/200410162216580000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20050731
http://43142.diarynote.jp/201101231220535615/
▶過去の、ウォー関連
http://43142.diarynote.jp/200711101235120000/
http://43142.diarynote.jp/200908181436378859/
2006年1月19日、2008年3月21日、2011年9月15日、2012年5月17 日)
▶過去の、E.W.&.F.関連
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-10.htm フィリップ・ベイリー
http://43142.diarynote.jp/200601271855390000/
http://43142.diarynote.jp/200803051002560000/ モーリス・プレジャー
http://43142.diarynote.jp/200804030045430000/ アル・マッケイ
http://43142.diarynote.jp/200910021138591223/ ラリー・ダン シェルドン・レイノルズ
http://43142.diarynote.jp/201011140051119042/ フィリップ・ベイリー モーリス・プレジャー
http://43142.diarynote.jp/201109171048385669/ アル・マッケイ
http://43142.diarynote.jp/201207031311348277/ モーリス・プレジャー
http://43142.diarynote.jp/201209191235365909/ アル・マッケイ
http://43142.diarynote.jp/201301051329276221/ アル・マッケイ
http://43142.diarynote.jp/201205301252113538/
http://43142.diarynote.jp/201412011305372891/ アル・マッケイ
▶過去の、J.T.テイラー
http://43142.diarynote.jp/200611281428510000/
http://43142.diarynote.jp/201403051230433466/
▶過去の、サン・ラー・アーケストラ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-8.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-7.htm
http://43142.diarynote.jp/201407051336285619/
その後、千駄木・Bar Issheeに行く。セカンド・セットから見た。
出し物は勝井祐二(2000年7月29日、2000年9月14日、2002年9月7日、2002年9月14日、2003年3月6日、2003年7月29日、2004年1月16日、2004年5月28日、2004年5月31日、2004年6月2日、2004年6月3日、2004年11月19日、2005年2月15日、2005年2月19日。2005年4月11日。2005年10月30日、2006年5月30日、2006年7月7日、2006年8月27日,2006年12月3日,2006年12月28日、2007年6月29日、2008年1月30日、2008年2月18日、2012年12月23日、2013年1月7日、2013年2月11日、2013年6月6日、2014年7月8日、他)とクラムボン(2007年9月24日)のミトのデュオ。勝井は5弦のエレクトリック・ヴァオリンをエフェクター込みで扱い、ミトはアナログ・シンセサイザーとリズム・マシーンをオペレートしていたのかな。ミトがピンク・フロイドの「虚空のスキャット」の出だしのサウンドみたいなのを出すのから、2人の演奏は始まったそれは、乱暴に書けば、プログ・ロック・ビヨンドのインプロ表現……。店主の石田さんの思いつきのもと、両者は今日初めての顔合わせだったよう。噛み合っているんだかいないんだかよく分らぬ会話でも、2人は延々と丁々発止しておりました。
▶過去の、勝井/ROVO
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-7.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-9.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-3.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-7.htm
http://43142.diarynote.jp/200401160000000000/
http://43142.diarynote.jp/200406080043380000/
http://43142.diarynote.jp/200406100011020000/
http://43142.diarynote.jp/200406111859060000/
http://43142.diarynote.jp/200411231717590000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20050215
http://43142.diarynote.jp/?day=20050219
http://43142.diarynote.jp/200511130013450000/
http://43142.diarynote.jp/200606071931300000/
http://43142.diarynote.jp/200607100307170000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20060827
http://43142.diarynote.jp/200612060136540000/
http://43142.diarynote.jp/200612291257400000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20070629
http://43142.diarynote.jp/200802051634040000/
http://43142.diarynote.jp/200802212248350000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20121223
http://43142.diarynote.jp/201301151819527787/
http://43142.diarynote.jp/?day=20130211
http://43142.diarynote.jp/201306111556299464/
http://43142.diarynote.jp/201407091243129270/
▶過去の、ミト/クラムボン
http://43142.diarynote.jp/200709261218590000/
<今日の、念願>
1年半の休息を経て、この8月から新店舗で営業をはじめたBar Issheeにやっと行った。年内、なんとか間に合った。渋谷にあった(ぼくは”渋谷フリー・ミュージックの聖地”なんて、知り合いに説明したりしていたな)ころには時々顔を出していたが、千代田線で東京を横断する感覚を持ってしまう千駄木は生理的な距離感も感じてしまい、なかなか行けなかった。ともあれ、駅を出てからは近い。地下一階にあり、同フロアのもう一つのお店は居酒屋(食べ物の出前、取れるそう)。今度のお店は、長方形なのか。やるほうにとっても、見るほうにとってもやりやすいか。前は、ジャズのライヴをやっていたお店だったそう。
クール&ザ・ギャングという、1970年代のウォー(2007年11月6日、2009年8月9日)やEW&F(2006年1月19日、2012年5月17 日)と肩を並べたNYのアフリカンたちのバンドも、同様。いや、ぼくにてっては、ロス・ロボス以上に大きな聞き手の“断絶”を自ら持ち込んだグループと言わざるをえない。その変換期は1977年とか1978年。それ以前は豪快に彷徨するブラス体をかかえたグルーヴィ極まりない超弩級のファンク・バンド。そして、メロディアス要素も少し入れた1977年の『ザ・フォース』をリリースした後は、柔和な、過去と比較するなら猫をかぶりまくったポップ・ソウル・バンドとして、彼らは活動する。見事なぐらい、変化前も変化後も、セールスは上々。秀でたソング・ライティング力があったことが前提となるが、リーダーのロバート“クール”ベルは見事に米国ブラック・ミュージックのメインストリームの変化を読み取ったというしかない。
だけどさあ、オレは昔のギトギトしていてイナたいクール&ザ・ギャングが好きなんだよお。ポップ期クール&ザ・ギャングのフロント・マンであるJ.T.テイラー公演(2006年11月27日、2014年3月4日)の項で触れているように、今ならばポップ期のクール&ザ・ギャングもにっこり聞けちゃう。だけど、どっちかしか聞けないとなったら、ぼくは当然1970年代上半期の彼らを取る。そのころの彼の表現は代えがないが、後の彼らに代えがある。
ベーシストのロバート”クール”ベルは健在なのだな。横を通った彼を見たら、そんなに老けてない。あと、打楽器とキーボードのジョージ“ファンキー”ブラウン(彼もそんなにじじいに見えない)もオリジナル・メンバーと言っていいのかな。他に構成員はギター、ドラム、キーボード、トランペット2、サックス。そして、ヴォーカルを取る青年が2人いて、主に歌うほうはときにギターも手にする。もう一人は背が高く、格好いい。ステージ前にいるヴォーカル2人と管奏者はよく動き、健気にポーズを決める。ポップ期のクール&ザ・ギャング曲はあまり管音を必要としないので、それも当然。というか、途中で3曲昔のファンク・チューン(「N.T.」、「ジャングル・ブギー」、「ハルウッド・スウィング」。なぜに、「ファンキー・スタッフ」はやらん?)を披露した以外はすべて1970年代後期以降の曲(やはり、いい曲が多い、とは素直に思う)をやったのだから、基本ブラス奏者は演奏で活躍する場があなりない。15〜20分ぐらいだけのために、よく3人の管奏者を抱えているナ。そうした効率化をはからない姿勢は偉い。だけど、クール・ベルの中にも、<今クール&ザ・ギャングと言えば、1970年代後期以降の姿>という認識があるのか。
トランペッター1/2のマイケル・レイは1970年代からサン・ラー・アーケストラ(2000年8月14日、2002年9月7日、2003年7月25日、2014年7月4日)にいて、1980年代に入ると、クール&ザ・ギャングも掛け持ちするようになった。実は、「ジャングル・ブギー」のリフを聞きながら、本当にあの頃の彼らの管セクション音って個性があり格好いいと思ったが、この晩聞いた音はけっこう不揃いであった。それを目の当たりにし、クール&ザ・ギャングのホーン・セクション音って難しいんだなと実感もした。
南青山・ブルーノート東京、ファースト・ショウ。視覚的にも、いろんな楽しみを提供したショウであり、満場の客もけっこう立っていた。でも、上に書いた理由で、ぼくにとってはうれしさも中ぐらいナリ。で、ありました。だけど、次来たら、また行くゼっ!
▶過去の、ロス・ロボス
http://43142.diarynote.jp/200410162216580000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20050731
http://43142.diarynote.jp/201101231220535615/
▶過去の、ウォー関連
http://43142.diarynote.jp/200711101235120000/
http://43142.diarynote.jp/200908181436378859/
2006年1月19日、2008年3月21日、2011年9月15日、2012年5月17 日)
▶過去の、E.W.&.F.関連
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-10.htm フィリップ・ベイリー
http://43142.diarynote.jp/200601271855390000/
http://43142.diarynote.jp/200803051002560000/ モーリス・プレジャー
http://43142.diarynote.jp/200804030045430000/ アル・マッケイ
http://43142.diarynote.jp/200910021138591223/ ラリー・ダン シェルドン・レイノルズ
http://43142.diarynote.jp/201011140051119042/ フィリップ・ベイリー モーリス・プレジャー
http://43142.diarynote.jp/201109171048385669/ アル・マッケイ
http://43142.diarynote.jp/201207031311348277/ モーリス・プレジャー
http://43142.diarynote.jp/201209191235365909/ アル・マッケイ
http://43142.diarynote.jp/201301051329276221/ アル・マッケイ
http://43142.diarynote.jp/201205301252113538/
http://43142.diarynote.jp/201412011305372891/ アル・マッケイ
▶過去の、J.T.テイラー
http://43142.diarynote.jp/200611281428510000/
http://43142.diarynote.jp/201403051230433466/
▶過去の、サン・ラー・アーケストラ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-8.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-7.htm
http://43142.diarynote.jp/201407051336285619/
その後、千駄木・Bar Issheeに行く。セカンド・セットから見た。
出し物は勝井祐二(2000年7月29日、2000年9月14日、2002年9月7日、2002年9月14日、2003年3月6日、2003年7月29日、2004年1月16日、2004年5月28日、2004年5月31日、2004年6月2日、2004年6月3日、2004年11月19日、2005年2月15日、2005年2月19日。2005年4月11日。2005年10月30日、2006年5月30日、2006年7月7日、2006年8月27日,2006年12月3日,2006年12月28日、2007年6月29日、2008年1月30日、2008年2月18日、2012年12月23日、2013年1月7日、2013年2月11日、2013年6月6日、2014年7月8日、他)とクラムボン(2007年9月24日)のミトのデュオ。勝井は5弦のエレクトリック・ヴァオリンをエフェクター込みで扱い、ミトはアナログ・シンセサイザーとリズム・マシーンをオペレートしていたのかな。ミトがピンク・フロイドの「虚空のスキャット」の出だしのサウンドみたいなのを出すのから、2人の演奏は始まったそれは、乱暴に書けば、プログ・ロック・ビヨンドのインプロ表現……。店主の石田さんの思いつきのもと、両者は今日初めての顔合わせだったよう。噛み合っているんだかいないんだかよく分らぬ会話でも、2人は延々と丁々発止しておりました。
▶過去の、勝井/ROVO
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-7.htm
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http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm
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http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-7.htm
http://43142.diarynote.jp/200401160000000000/
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http://43142.diarynote.jp/200606071931300000/
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http://43142.diarynote.jp/201407091243129270/
▶過去の、ミト/クラムボン
http://43142.diarynote.jp/200709261218590000/
<今日の、念願>
1年半の休息を経て、この8月から新店舗で営業をはじめたBar Issheeにやっと行った。年内、なんとか間に合った。渋谷にあった(ぼくは”渋谷フリー・ミュージックの聖地”なんて、知り合いに説明したりしていたな)ころには時々顔を出していたが、千代田線で東京を横断する感覚を持ってしまう千駄木は生理的な距離感も感じてしまい、なかなか行けなかった。ともあれ、駅を出てからは近い。地下一階にあり、同フロアのもう一つのお店は居酒屋(食べ物の出前、取れるそう)。今度のお店は、長方形なのか。やるほうにとっても、見るほうにとってもやりやすいか。前は、ジャズのライヴをやっていたお店だったそう。
レキシ&オシャレキシ(上原ひろみ)
2014年12月28日 音楽 わらったー。おもしろかったー。たのしかったー。
豊洲ピット。うわ、けっこうでかい会場。で、スタンディングでぎっしり。多くはレキシ(2013年8月11日)のファンと思えるが、さすがこの夏に日本武道館公演をやっているだけあるなあ。この日の変てこな組み合わせのライヴは、大阪、名古屋と続く帯の最終日。実は上原ひろみ((2004年11月25日、2005年7月31日、2006年9月3日、2009年9月4日、2010年12月3日、2011年9月3日、2011年9月9日、2011年12月11日、2012年7月25日、2012年12月9日、2014年9月6日、2014年9月7日)はレキシが大好きで、この笑い〜ツっこみ所満載のお祭りソウル調ポップ・ユニットのステージに何度か飛び入りしたりもしているよう。そして今回、いわゆる対バンではなく、一緒にバンドをやりますという出し物に繋がったようだ。
レキシこと池田貴史のMCを聞いて判断するに、この晩の選曲(すべてレキシの曲)とアレンジは上原がやっているよう。あれだけ、自己バンドであるザ・トリオ・プロジェクトの公演を世界中でやっているのに、いつそんな時間を見つけるのか。→あ、外国にいると、レキシをレキシたらしめるテーマや歌詞の歴史ネタはなんとも好ましいものに感じられるのか?
冒頭、池田(歌や語り、ほんの少しキーボード)らレキシの面々が出て来てパフォーマンスをはじめる。なるほどショウの中盤から上原ひろみが大々的に加わるかと推測したら、その1曲目の途中から上原が出て来て、すぐに猛烈な勢いでピアノ・ソロを取りはじめた。頭のほうの1時間でやった曲数は、4曲(それ以降は勘定なんかできません)。もともとレキシは客やバンド員とコミュニケーションをはかりながら流動性に長けた行き方をとっている(←それは完璧に真正R&B流儀を会得しているから也)わけだが、上原ひろみ入りのレキシはより発展性(と、難しいキメ)に長けた演奏を見せる。
池田と上原に加えて、今回のバンド員はNona Reevesの奥田健介(ギター)、風味堂の渡和久(キーボード、ヴォーカル)、リトル・クリーチャーズの鈴木正人(電気ベース。2003年12月4日、2004年7月6日、2004年11月30日、2005年6月9日、2005年10月30日、2005年11月15日、2007年1月27日、2007年10月17日、2008年1月31日、2009年1月16日、2009年10月31日、2011年3月2日、2011年5月22日、2013年1月29日、2013年2月19日、2013年8月29日、2014年2月20日、2014年4月3日)、玉田豊夢(ドラム)、武嶋聡(サックス、フルート)、今や板橋文夫(2004年8月19日、2004年10日10日、2005年11月15日、2009年1月22日)カルテットや森山威男(2002年1月20日、2009年7月19日)セクステットに参加してもいる類家心平(トランペット。2011年5月5日、2014年6月13日、2014年9月25日)という面々。へえ、ジャズのほうで活躍している鈴木や類家がレキシに関与しているとは知らなかった。
ショウの流れ/構図は、レキシに乱入したオシャレキシ(上原)が、池田以外のメンバーを感化し、演奏陣はどんどんジャジーだったり洗練された演奏をしだしちゃう。それに池田は抵抗するが、他の演奏者たちはオシャレ度の高いアンサンブル(実は、かなり獰猛でもあるんだけどね)で突き進み……。が、最後は和解して、大団円というもの。途中で1曲半、上原がしりぞいて、4つ打ちビートの純レキシ表現になったときもあったが、2時間半をおおきく超えたショウは上原がほぼ四つに組んでの、レキシ・ビヨンド表現と言っていいだろう。それなりに、相談やリハもしたはず。上原はMCはしなかったが、(再登場の際)電柱が描かれた板を持って出て来てコントをしたりもした。
とのかく、才能を持ち&しょーもない笑いの感覚を愛でる、ミュージック・ラヴァー同士の見事な邂逅。それは音楽ジャンルなんてどーだっていいじゃないか的自在さと、ポップ・ミュージックがもたらす無形の歓びをたんまり浮かび上がらせていた。
▶過去の、レキシ
http://43142.diarynote.jp/201308130851402454/
▶過去の、上原
http://43142.diarynote.jp/200411292356580000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20050731
http://43142.diarynote.jp/200609070211000000/
http://43142.diarynote.jp/200909120647256771/
http://43142.diarynote.jp/?day=20101203
http://43142.diarynote.jp/201109121452527893/
http://43142.diarynote.jp/201109151818437240/
http://43142.diarynote.jp/201112191449196187/
http://43142.diarynote.jp/201207310933428147/
http://43142.diarynote.jp/201212140959573710/
http://43142.diarynote.jp/201409100929108025/
http://43142.diarynote.jp/201409100930206205/
▶過去の、鈴木
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-12.htm コンボ・ピアノ
http://43142.diarynote.jp/200407062149440000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20041130
http://43142.diarynote.jp/?day=20050609
http://43142.diarynote.jp/?day=20051030
http://43142.diarynote.jp/200511221816310000/
http://43142.diarynote.jp/200702010112550000/
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http://43142.diarynote.jp/201105230926029205/
http://43142.diarynote.jp/201301311032072367/
http://43142.diarynote.jp/201302201720351212/
http://43142.diarynote.jp/201309021134211584/
http://43142.diarynote.jp/201402210802184994/
http://43142.diarynote.jp/201404050818444425/
▶過去の、類家
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▶過去の、板橋
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http://43142.diarynote.jp/200511221816310000/
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▶過去の、森山
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<今日の、会場>
豊洲ピット、初めて行きました。速度がトロい ゆりかもめで行くのがなんとなく生理的に負担で、途中の乗り換えも楽な有楽町線豊洲から歩いた(駅に降りた際、早速どっちに行っていいか分らなく、交番で道を聞く)のだが、想像していた以上に遠い。帰り道、なんか同じ道のりを味わうのがイヤで、逆のほうの晴海通りをてくてく都心に向かう。おお、綺麗な夜景。レインボー・ブリッジ、東京タワー、東京スカイツリーが一つの視野で見えるではないか。で、30分近く歩いて、月島ヘ。はい、お好み焼き(もんじゃ はいまいち苦手かな)、その他を飲食して帰りました。
会場で知人から教えてもらったのだが、池田ってカップ・ラーメンのTV-CFに出ているんだってね。地上波TV放送が映らない家に住んでいると、そういうことには疎くなる。なお、上原はいろいろとピアノ・ソロをとっていたが、自身の名を出した公演から見れば、量的にも質的にも、別にどうこう言うものではない。でも、お茶目なアレンジャー/パフォーマーとしての姿は新鮮であった。
追記:ここでのレキシの受け方を見て、そういえば思ったこと。J・ポップの定番である(と、ぼくには思える)痒いラヴ・ソングや臭い人生応援歌のような歌詞に辟易している人もそれなりにいるんだろうな……。だって、レキシのそれって、諧謔に富むアンチの発露ではないか。
豊洲ピット。うわ、けっこうでかい会場。で、スタンディングでぎっしり。多くはレキシ(2013年8月11日)のファンと思えるが、さすがこの夏に日本武道館公演をやっているだけあるなあ。この日の変てこな組み合わせのライヴは、大阪、名古屋と続く帯の最終日。実は上原ひろみ((2004年11月25日、2005年7月31日、2006年9月3日、2009年9月4日、2010年12月3日、2011年9月3日、2011年9月9日、2011年12月11日、2012年7月25日、2012年12月9日、2014年9月6日、2014年9月7日)はレキシが大好きで、この笑い〜ツっこみ所満載のお祭りソウル調ポップ・ユニットのステージに何度か飛び入りしたりもしているよう。そして今回、いわゆる対バンではなく、一緒にバンドをやりますという出し物に繋がったようだ。
レキシこと池田貴史のMCを聞いて判断するに、この晩の選曲(すべてレキシの曲)とアレンジは上原がやっているよう。あれだけ、自己バンドであるザ・トリオ・プロジェクトの公演を世界中でやっているのに、いつそんな時間を見つけるのか。→あ、外国にいると、レキシをレキシたらしめるテーマや歌詞の歴史ネタはなんとも好ましいものに感じられるのか?
冒頭、池田(歌や語り、ほんの少しキーボード)らレキシの面々が出て来てパフォーマンスをはじめる。なるほどショウの中盤から上原ひろみが大々的に加わるかと推測したら、その1曲目の途中から上原が出て来て、すぐに猛烈な勢いでピアノ・ソロを取りはじめた。頭のほうの1時間でやった曲数は、4曲(それ以降は勘定なんかできません)。もともとレキシは客やバンド員とコミュニケーションをはかりながら流動性に長けた行き方をとっている(←それは完璧に真正R&B流儀を会得しているから也)わけだが、上原ひろみ入りのレキシはより発展性(と、難しいキメ)に長けた演奏を見せる。
池田と上原に加えて、今回のバンド員はNona Reevesの奥田健介(ギター)、風味堂の渡和久(キーボード、ヴォーカル)、リトル・クリーチャーズの鈴木正人(電気ベース。2003年12月4日、2004年7月6日、2004年11月30日、2005年6月9日、2005年10月30日、2005年11月15日、2007年1月27日、2007年10月17日、2008年1月31日、2009年1月16日、2009年10月31日、2011年3月2日、2011年5月22日、2013年1月29日、2013年2月19日、2013年8月29日、2014年2月20日、2014年4月3日)、玉田豊夢(ドラム)、武嶋聡(サックス、フルート)、今や板橋文夫(2004年8月19日、2004年10日10日、2005年11月15日、2009年1月22日)カルテットや森山威男(2002年1月20日、2009年7月19日)セクステットに参加してもいる類家心平(トランペット。2011年5月5日、2014年6月13日、2014年9月25日)という面々。へえ、ジャズのほうで活躍している鈴木や類家がレキシに関与しているとは知らなかった。
ショウの流れ/構図は、レキシに乱入したオシャレキシ(上原)が、池田以外のメンバーを感化し、演奏陣はどんどんジャジーだったり洗練された演奏をしだしちゃう。それに池田は抵抗するが、他の演奏者たちはオシャレ度の高いアンサンブル(実は、かなり獰猛でもあるんだけどね)で突き進み……。が、最後は和解して、大団円というもの。途中で1曲半、上原がしりぞいて、4つ打ちビートの純レキシ表現になったときもあったが、2時間半をおおきく超えたショウは上原がほぼ四つに組んでの、レキシ・ビヨンド表現と言っていいだろう。それなりに、相談やリハもしたはず。上原はMCはしなかったが、(再登場の際)電柱が描かれた板を持って出て来てコントをしたりもした。
とのかく、才能を持ち&しょーもない笑いの感覚を愛でる、ミュージック・ラヴァー同士の見事な邂逅。それは音楽ジャンルなんてどーだっていいじゃないか的自在さと、ポップ・ミュージックがもたらす無形の歓びをたんまり浮かび上がらせていた。
▶過去の、レキシ
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▶過去の、上原
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▶過去の、鈴木
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-12.htm コンボ・ピアノ
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http://43142.diarynote.jp/201309021134211584/
http://43142.diarynote.jp/201402210802184994/
http://43142.diarynote.jp/201404050818444425/
▶過去の、類家
http://43142.diarynote.jp/?day=20110505
http://43142.diarynote.jp/201406160956273046/
http://43142.diarynote.jp/201409261635554506/
▶過去の、板橋
http://43142.diarynote.jp/200408202133070000/
http://43142.diarynote.jp/200410162220330000/
http://43142.diarynote.jp/200511221816310000/
http://43142.diarynote.jp/200901241915537583/
▶過去の、森山
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-1.htm
http://43142.diarynote.jp/200907221011377741/
<今日の、会場>
豊洲ピット、初めて行きました。速度がトロい ゆりかもめで行くのがなんとなく生理的に負担で、途中の乗り換えも楽な有楽町線豊洲から歩いた(駅に降りた際、早速どっちに行っていいか分らなく、交番で道を聞く)のだが、想像していた以上に遠い。帰り道、なんか同じ道のりを味わうのがイヤで、逆のほうの晴海通りをてくてく都心に向かう。おお、綺麗な夜景。レインボー・ブリッジ、東京タワー、東京スカイツリーが一つの視野で見えるではないか。で、30分近く歩いて、月島ヘ。はい、お好み焼き(もんじゃ はいまいち苦手かな)、その他を飲食して帰りました。
会場で知人から教えてもらったのだが、池田ってカップ・ラーメンのTV-CFに出ているんだってね。地上波TV放送が映らない家に住んでいると、そういうことには疎くなる。なお、上原はいろいろとピアノ・ソロをとっていたが、自身の名を出した公演から見れば、量的にも質的にも、別にどうこう言うものではない。でも、お茶目なアレンジャー/パフォーマーとしての姿は新鮮であった。
追記:ここでのレキシの受け方を見て、そういえば思ったこと。J・ポップの定番である(と、ぼくには思える)痒いラヴ・ソングや臭い人生応援歌のような歌詞に辟易している人もそれなりにいるんだろうな……。だって、レキシのそれって、諧謔に富むアンチの発露ではないか。
ザ・オリジナル・ジェイムズ・ブラウン・バンド
2014年12月30日 音楽 ん? となるアーティスト名だが、これは往年のジェイムズ・ブラウン(2000年8月5日)表現に関与した人たちが集まったバンドですよ、ということから来ているらしい。
確かに、花形MCのダニー・レイ(2014年9月7日)、ヴォーカルのRJやマーサ・ハイ(2005年9月6日、2007年9月13日、2013年2月2日)、1962年のアポロ劇場のライヴ盤に入っているバリトン・サックスのウォルド・ウェザース、ブーツィ・コリンズ(2011年8月12日、2012年5月31日)と入れ替わるように入ったベーシストのフレッド・トーマスらがいる。総勢15名、MC1、ヴォーカル2、バリ・サックス1、トランペット1、ギター2、ベース2、ドラム2、パーカッション1、女性バックグラウンド・ヴォーカル3という布陣なり。ドラムが複数なのはうれしい。→JBのバンドに、ドラマーが複数いた理由 http://43142.diarynote.jp/200704251224130000/
なんとバンド・リーダーは、バンドのなか唯一の白人であるギタリスト(コーラスの一人も白人。コーラス陣は効果的にフリをつけていた)。けっこう、彼はマメにバンド音をケアしているように見受けられた。そして、その姿を見ながら、1970年前後のころも畑違いの白人ピアニストであるデイヴィッド・マシューズ(2011年4月21日)がJBのアレンジをしていたことをふと思い出す。そういえば、今日の編成を見ながら、JBサウンドはキーボード奏者をあまり必要としない表現なのだなと気付かされた。
厚い編成のもと、黄金のJB曲が次から次へと繰り出される。やはり、パブロフの犬状態へ。曲は基本、ノンストップ。ダニー・レイは冒頭でMCをかましたほか、途中で2、3度、そして締めのMCも担当(ショウの間、ずっとステージ横で面々を見守っていた)。頭の3曲(だったかな?)はマーサ・ハイがリード・ヴォーカルをとり、その後はずっとRCが中央にたつ。彼はJBぽいステップも見せて、客を湧かせる。RC、健闘していると思った。マーサ・ハイとRCが一緒にステージにたつことはなかった。
サウンドはオリジナルのいなたさには少し欠けるかもしれないが、そのぶん今っぽい“立ち”は加味されていたか。ギターだけでなくベースも最初から終わりまで、2人一緒に演奏。ドラムのほうは基本一人のドラマーとパーカッション奏者(盛り上げるときのティンパニー音がうれしい)がペアで演奏し、もう一人のドラマーはずっと待機状態でたまにアクセントとなる音をサクと叩く感じで、全体の5分の1も演奏には加わらなかったはず。なるほど、喧嘩していなくなってもちゃんとライヴが出来るようにJBはホケンでドラマーを複数置くようになった、という話が頷ける立ち位置に彼はいた? ただ、レギュラー・グリップで叩くそのサブのドラマー、たまにやったときのスティック裁きはなかなか。最後の「セックス・マシーン」ではツイン・ドラム+パーカションの3人できっちり重なり、ガツガツ盛り上げる。それから、ホーン。昔のJBズはもっと管奏者の人数がいたはずで、2人で大丈夫なのかなと少し危惧したら、違和感なし。ソロ演奏を振られたとき、2人とも上手いのにやや驚く。
やっぱり、いろいろとグっと来る。1年の締めにふさわしいライヴと思えたな。
▶過去の、JB
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-8.htm サマーソニック
▶過去の、ダニー・レイ
http://43142.diarynote.jp/201409100930206205/ 小曽根真ノー・ネーム・ホーセズvs.クリスチャン・マクブライド・ビッグ・バンド
▶過去の、マーサ・ハイ
http://43142.diarynote.jp/?day=20050906
http://43142.diarynote.jp/?day=20070913
http://43142.diarynote.jp/201302041827243806/
▶過去の、ブーツィ
http://43142.diarynote.jp/201108131129381378/
http://43142.diarynote.jp/201206011834355756/
▶過去の、マシューズ(JBズ編曲についての、インタヴュー付き)
http://43142.diarynote.jp/201104220822547067/
<昨日の、フィッシュボーン>
ディー・ディー、クール&ザ・ギャング、そして今晩のRJたちと、アフリカン・アメリカンの偉大な文化を伝えるライヴが並び、また彼らの勇士を確認して、なかなかオツな年末ではないかと思ふ。そうした米国黒人音楽の財産をお茶目に活用し、オリジナリティの高い魅力的なJポップにまで高めたレキシ(+上原ひろみ)のショウも良かったしな。
ところで、昨日の昼間にヤフーのライヴ・チャンネルで、フィッシュボーン(2000年7月28日、2007年4月5日、2007年4月6日、2009年11月25日、2010年7月31日、2011年8月8日、2013年6月3日)のライヴ実況を見た。アンジェロ他、多くのメンバーはネームやロゴの刺繍が入ったツナギを着ていた。構成員は直近の日本公演と同じかな? 会場はNYマンハッタンのグラマシー・パークという旧い劇場をライヴ用ヴェニューにリノヴェイションしたところ。ステージも奥行きがあり、キャパもそこそこありそう。実は、会場が米国であったのはうれしかった。エクレクティックな音楽性を持つフィッシュボーンは本国以上に欧州や日本で評価が高く、特に同胞たるアフリカン・アメリカンの支持者が少ないことに昔からアンジェロはフラストレーションを溜めていたから。本編終了後の際、アンコールを求めるスタンディングの観客の愛ある歓声や手拍子が、ぼくにはとてもうれしかった。好きなバンドは? そう問われると、「現役のバンドなら、絶対服従なのはフィッシュボーン!」と、答えていたことが(ずっと長い期間)ありました。
▶過去の、フィッシュボーン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-7.htm フジ・ロック
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-10.htm
http://43142.diarynote.jp/200704112101130000/ 豪バイロン・ベイ
http://43142.diarynote.jp/200806121400260000/ 豪ベイロン・ベイ
http://43142.diarynote.jp/200911281704335025/ アンジェロ単独
http://43142.diarynote.jp/?day=20100731 フジ・ロック
http://43142.diarynote.jp/201108101638376353/
http://43142.diarynote.jp/201306060729285922/
確かに、花形MCのダニー・レイ(2014年9月7日)、ヴォーカルのRJやマーサ・ハイ(2005年9月6日、2007年9月13日、2013年2月2日)、1962年のアポロ劇場のライヴ盤に入っているバリトン・サックスのウォルド・ウェザース、ブーツィ・コリンズ(2011年8月12日、2012年5月31日)と入れ替わるように入ったベーシストのフレッド・トーマスらがいる。総勢15名、MC1、ヴォーカル2、バリ・サックス1、トランペット1、ギター2、ベース2、ドラム2、パーカッション1、女性バックグラウンド・ヴォーカル3という布陣なり。ドラムが複数なのはうれしい。→JBのバンドに、ドラマーが複数いた理由 http://43142.diarynote.jp/200704251224130000/
なんとバンド・リーダーは、バンドのなか唯一の白人であるギタリスト(コーラスの一人も白人。コーラス陣は効果的にフリをつけていた)。けっこう、彼はマメにバンド音をケアしているように見受けられた。そして、その姿を見ながら、1970年前後のころも畑違いの白人ピアニストであるデイヴィッド・マシューズ(2011年4月21日)がJBのアレンジをしていたことをふと思い出す。そういえば、今日の編成を見ながら、JBサウンドはキーボード奏者をあまり必要としない表現なのだなと気付かされた。
厚い編成のもと、黄金のJB曲が次から次へと繰り出される。やはり、パブロフの犬状態へ。曲は基本、ノンストップ。ダニー・レイは冒頭でMCをかましたほか、途中で2、3度、そして締めのMCも担当(ショウの間、ずっとステージ横で面々を見守っていた)。頭の3曲(だったかな?)はマーサ・ハイがリード・ヴォーカルをとり、その後はずっとRCが中央にたつ。彼はJBぽいステップも見せて、客を湧かせる。RC、健闘していると思った。マーサ・ハイとRCが一緒にステージにたつことはなかった。
サウンドはオリジナルのいなたさには少し欠けるかもしれないが、そのぶん今っぽい“立ち”は加味されていたか。ギターだけでなくベースも最初から終わりまで、2人一緒に演奏。ドラムのほうは基本一人のドラマーとパーカッション奏者(盛り上げるときのティンパニー音がうれしい)がペアで演奏し、もう一人のドラマーはずっと待機状態でたまにアクセントとなる音をサクと叩く感じで、全体の5分の1も演奏には加わらなかったはず。なるほど、喧嘩していなくなってもちゃんとライヴが出来るようにJBはホケンでドラマーを複数置くようになった、という話が頷ける立ち位置に彼はいた? ただ、レギュラー・グリップで叩くそのサブのドラマー、たまにやったときのスティック裁きはなかなか。最後の「セックス・マシーン」ではツイン・ドラム+パーカションの3人できっちり重なり、ガツガツ盛り上げる。それから、ホーン。昔のJBズはもっと管奏者の人数がいたはずで、2人で大丈夫なのかなと少し危惧したら、違和感なし。ソロ演奏を振られたとき、2人とも上手いのにやや驚く。
やっぱり、いろいろとグっと来る。1年の締めにふさわしいライヴと思えたな。
▶過去の、JB
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-8.htm サマーソニック
▶過去の、ダニー・レイ
http://43142.diarynote.jp/201409100930206205/ 小曽根真ノー・ネーム・ホーセズvs.クリスチャン・マクブライド・ビッグ・バンド
▶過去の、マーサ・ハイ
http://43142.diarynote.jp/?day=20050906
http://43142.diarynote.jp/?day=20070913
http://43142.diarynote.jp/201302041827243806/
▶過去の、ブーツィ
http://43142.diarynote.jp/201108131129381378/
http://43142.diarynote.jp/201206011834355756/
▶過去の、マシューズ(JBズ編曲についての、インタヴュー付き)
http://43142.diarynote.jp/201104220822547067/
<昨日の、フィッシュボーン>
ディー・ディー、クール&ザ・ギャング、そして今晩のRJたちと、アフリカン・アメリカンの偉大な文化を伝えるライヴが並び、また彼らの勇士を確認して、なかなかオツな年末ではないかと思ふ。そうした米国黒人音楽の財産をお茶目に活用し、オリジナリティの高い魅力的なJポップにまで高めたレキシ(+上原ひろみ)のショウも良かったしな。
ところで、昨日の昼間にヤフーのライヴ・チャンネルで、フィッシュボーン(2000年7月28日、2007年4月5日、2007年4月6日、2009年11月25日、2010年7月31日、2011年8月8日、2013年6月3日)のライヴ実況を見た。アンジェロ他、多くのメンバーはネームやロゴの刺繍が入ったツナギを着ていた。構成員は直近の日本公演と同じかな? 会場はNYマンハッタンのグラマシー・パークという旧い劇場をライヴ用ヴェニューにリノヴェイションしたところ。ステージも奥行きがあり、キャパもそこそこありそう。実は、会場が米国であったのはうれしかった。エクレクティックな音楽性を持つフィッシュボーンは本国以上に欧州や日本で評価が高く、特に同胞たるアフリカン・アメリカンの支持者が少ないことに昔からアンジェロはフラストレーションを溜めていたから。本編終了後の際、アンコールを求めるスタンディングの観客の愛ある歓声や手拍子が、ぼくにはとてもうれしかった。好きなバンドは? そう問われると、「現役のバンドなら、絶対服従なのはフィッシュボーン!」と、答えていたことが(ずっと長い期間)ありました。
▶過去の、フィッシュボーン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-7.htm フジ・ロック
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-10.htm
http://43142.diarynote.jp/200704112101130000/ 豪バイロン・ベイ
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http://43142.diarynote.jp/200911281704335025/ アンジェロ単独
http://43142.diarynote.jp/?day=20100731 フジ・ロック
http://43142.diarynote.jp/201108101638376353/
http://43142.diarynote.jp/201306060729285922/