ギタリストの笹久保伸(2013年8月29日、2014年5月24日、2014年12月12日、2017年2月4日、2018年6月3日、2019年11月24日、2020年9月18日、2021年2月14日)は6月に、魔法のアルバム『CHICHIBU』(Chichibu、2021年)を出した。それにはブラジルのミュージシャンを中心に米国や日本の逸材たちとも1曲づつデーターの交換を1度だけした(ようは、笹久保のオリジナル曲のギター演奏を送り、それを受けて相手は楽器音や歌を入れて戻した)曲群が収められているが、その作法は大成功していて、ぼくは“魔法の”という形容をつけたくなる。

 『CHICHIBU』に収録されていたモニカ・サルマーゾ(2017年10月8日)との協調曲や、やはり1曲参加していたミナス派ベース奏者/シンガー・ソングライターのフレデリコ・エリオドロ(2018年7月26日)がインスタで発表していた曲なども、笹久保は漂う歌唱つきで披露する。詠唱をするというのは、過去のライヴではなかったことではありますね。また、ペルーのフォルクローレや過去のオリジナル曲なども演奏される。なんにせよ、独特の揺れと引っかかりが高度な次元で折り合うギター演奏はスペシャルにして清新であると痛感させる。

 そして、この晩はトーク・ショウとも銘打たれており、しっかりトークの時間を設けるのかと思いきや、曲間のトークを長めにするのに留める。ぼくは日本人のペラペラ喋るMCがとても苦手(ということは、過去何度も書いている)なのだが、彼は例外。シニカルにして率直、興味深い人間性が現れる彼の話は大好きなんだよなあ。もっと喋っていいとも、思えたもの。37歳の彼だが、40歳までに40枚目となるアルバムを出したいとの発言もあった。次作はまた大きく表現が変わるという話もある……。『CHICHIBU』はちょうど30枚目のアルバムとなる。

 終盤に中学生のころからの付き合いを持つサンポーニャの青木大輔(2020年9月18日)も加わり、一緒にフォルクローレ曲を演奏する。彼も、なにげな実力者。そして、彼も人間として面白そう。30代なかばの彼は携帯を所持していないようだ。

▶過去の、笹久保伸
http://43142.diarynote.jp/201309021134211584/
http://43142.diarynote.jp/201405271717357738/
http://43142.diarynote.jp/201412281015581474/
http://43142.diarynote.jp/201702081153548285/
http://43142.diarynote.jp/201710061415044353/
https://43142.diarynote.jp/201806051522321880/
https://43142.diarynote.jp/201911251210191459/
https://43142.diarynote.jp/202009190752549504/
https://43142.diarynote.jp/202102151301034903/
▶︎過去の、青木大輔
https://43142.diarynote.jp/202009190752549504/
▶︎過去の、モニカ・サルマーゾ
https://43142.diarynote.jp/201710121700178187/
▶︎過去の、フレデリコ・エリオドロ
https://43142.diarynote.jp/201807271129401694/

<今日の、ココロの揺れ>
 うわー、夏だぁ。という、1日。一杯目のビールがたいそう美味しゅうございました。なんかすべてが、多数が歓迎しない五輪の犠牲になっており(というのは、東京に住んでいると感じさるを得ない)、来週頭からは緊急事態宣言が8月下旬までしかれる。無観客とはいえ、そういう状況下で五輪が開かれるというのはおかしすぎる。コロナに打ち勝てなかったことを、そんなに派手に宣言したいのか。しかし、IOCってのもほんとロクでもないなあ。関係者みんなにバチがあたらないかああ。なんにせよ、再び店舗での酒類販売御法度になるわけであり、また公演にもいろいろと影響を及ばしそう。一緒にキューバに行ったこともあるという笹久保と青木は、7月下旬だか8月に一緒にロードに出るという。それが、ちゃんとできますように。ともあれ、会場で『CHICHIBU』のアナログを購入。それには、うしし。DJするときに使いたいという願望あり。

 やっとピアニストのアーロン・チューライのライヴが見ることができた。4年前に豪州人ジャズ・ピアニストのポール・グラボウスキー(2017年9月2日、2017年9月5日)絡みで立ち話したことがあって、気にはなっていた。そして、かなりヒップホップに接近したアルバムなども出しトラック・メイカーの活動もしていることは認知していたが、これまで実演を見る機会には恵まれなった。

 パプア・ニューギニア生まれで10代に豪州に移住し、大学でポール・グラボウスキーにピアノを習った人物。その後は、ニューヨークに渡る。そんな彼の(おそらく)デビュー作『Place』(Sunnyside,2003年)はジェイムズ・ジナス(2012年1月13日、2012年3月3日 、2013年9月3日、2014年9月7日、2015年3月3日、2017年9月12日、2018年9月1日)とクラレンス・ペン(2012年12月17日、2013年12月17日、2015年3月5日、2017年6月7日)のリズムに、ティム・リース(2005年7月3日)とスコット・ウェンドルトの2管がのる、視点のある大真面目ジャズ盤だ。そんなニューヨークに居場所を得た彼がどうして日本に来たかは知らないが、もともと大好きだったらしいヒップホップに拠ることで今は異彩を放っている。

 グランド・ピアノを弾く当人に加え、テナー・サックスの吉本章紘 (2020年8月16日)、トロンボーンの治田七海、ベースの須川崇志 (2010年3月14日、2011年7月25日、2016年6月27日、2017年6月21日、2018年1月19日、2018年4月7日、2019年3月29日、2019年12月14日、2019年12月20日、2020年10月29日、2021年4月6日、2021年4月19日)、ドラムの石若駿 ((2014年9月26日、2016年6月27日、2016年7月21日、2016年9月4日、2017年6月21日、2017年7月12日、2019年1月21日、2019年3月16日、2020年10月29日、2021年4月11日、2021年4月19日)、MCの仙人掌 という面々。頭と途中はインストゥメンタルの曲もあったが、3分の2はラップ入り。うち、1曲はラップ・チームのMONJUの二人も入り、3MCで繰り広げられた。

 スタンダードの「ムーン・リヴァー」から今様メロウなR&Bコード使いに流れる曲もあったが、曲はチューライのオリジナルだったのかな。サウンド自体は全アコースティックで、電気的な処理やPCを介する部分はなし。だが、ラップ入りの場合、今のもう一つの快活な日本のヒップホップ表現となっているわけであり、またクールなジャズ感性、技量もそこからはおおいに透けて見える。いい担い手を括っているし、それぞれのアンサンブルやソロは確か。『VADA TAUDIA』(アポロ・サウンズ、2017年)のようなジャズ・アルバムもあったよなと、そのライヴに触れながら思い出した。

▶︎過去の、アーロン・チューライ
https://43142.diarynote.jp/201709101059289712/ 最後の番外
▶︎過去の、ポール・グラボウスキー
https://43142.diarynote.jp/201709101059289712/
https://43142.diarynote.jp/201709110824329582/
▶︎過去の、吉本章紘
https://43142.diarynote.jp/202008171907569224/
▶︎過去の、須川崇志
http://43142.diarynote.jp/201003191715113498/
http://43142.diarynote.jp/201107310727152406/
http://43142.diarynote.jp/?day=20160627
http://43142.diarynote.jp/201706220952582448/
http://43142.diarynote.jp/201801200930278094/
https://43142.diarynote.jp/201804081516393408/
https://43142.diarynote.jp/201903301004154036/
https://43142.diarynote.jp/201912161052582124/
https://43142.diarynote.jp/201912220907352341/
https://43142.diarynote.jp/202010300958115053/
https://43142.diarynote.jp/202104071750586426/
https://43142.diarynote.jp/202104211350032210/
▶︎過去の、石若駿
http://43142.diarynote.jp/201409291402101328/
http://43142.diarynote.jp/201607221000152412/
http://43142.diarynote.jp/201606281737237220/
http://43142.diarynote.jp/201609201052518160/
http://43142.diarynote.jp/?day=20170621
http://43142.diarynote.jp/201707130853185809/
https://43142.diarynote.jp/?day=20180404
https://43142.diarynote.jp/201901231045028294/
https://43142.diarynote.jp/201903171331065828/
https://43142.diarynote.jp/202010300958115053/
https://43142.diarynote.jp/202104121207459452/
https://43142.diarynote.jp/202104211350032210/
▶過去の、ジャイムス・ジナス
http://43142.diarynote.jp/201201141645353138/
http://43142.diarynote.jp/201203062005542291/ ハービー・ハンコック
http://43142.diarynote.jp/201309051241384602/
http://43142.diarynote.jp/201409100930206205/ ハービー・ハンコック
http://43142.diarynote.jp/201503041619591535/
http://43142.diarynote.jp/201709130923483891/
https://43142.diarynote.jp/201809051532324111/
▶︎過去の、クラレンス・ペン
http://43142.diarynote.jp/201212190844487864/
http://43142.diarynote.jp/201312181034409673/
http://43142.diarynote.jp/?day=20150305
http://43142.diarynote.jp/201706081034584863/
▶︎過去の、ティム・リース
https://43142.diarynote.jp/200507061225530000/

<今日の、追記>
 チューライはしきりに、右手を宙に降ったり、肘の上のほうを抑えたりしていた。それ、右手に違和感を覚えていたから? というのも、途中演奏部が前に出るときに、彼は弾かないときもあったから。ソロもそれほど取ったは言えない。でも、トロンボーン(結構、ソロをフィーチャーされていた)とドラムのデュオの部分があったりとか、それも構成通りであったのかもしれない。ラップが入る曲の場合、須川はすべてエレクトリック・ベースを弾いた。少し後に新宿ピットインのスケジュールには、大友良英とチューライのデュオ公演が入っている。
 ピーター・バラカンズ・ミュージック・フィルム・フェスティバル開催中の角川シネマ有楽町で、ファニア制作の1972年米国映画「アワ・ラテン・シング」を見る。当時のNYサルサの中心レコード会社が作った、ドキュメンタリー調の映画だ。その柱となるのは、1971年8月26日にマンハッタンの中心部にあったダンス・クラブ“チーター”で行われた、ファニア・オールスターズの公演だ。そこ、2000人収容とも言われる。

 ニューヨーク・サルサ、同ラティーノの興隆を切り取る映画だ。これを見たのははるか昔であったが、演奏シーンとともに、スパニッシュ・ハーレムのストリート模様をいろいろと伝える映像に胸が高鳴ったことはよく覚えている。とともに、そんなに映し出される訳ではないが、サルサはダンス・ミュージュックなんだと痛感させられたことも蘇る。とはいえ、多くの詳細は忘れていて、ワワワとなりながら見た。途中にラリー・ハーロウ(1999年8月28日、2014年1月25日、2014年1月28日、2015年1月15日、2016年3月30日)楽団の多数の人を前にする野外コンサートの模様も入れられるが、街頭映像の記憶が強いためか、ぼくはそのことを忘れていた。そのシーンで原始的なかき氷売りをしていたのは、打楽器奏者のレイ・バレットであったのか。また、バタ・ドラムや大きなシェケレ(と言っていいのか)が使われるサンテーリアの儀式も紹介されるが、いろいろ知識を重ねた今こそ分かる部分もいろいろあるナ。

 映画には、ジャズの人気ラジオDJだったシンフォニー・シド(シド・トーリン。1909〜1984年)も出てくる。彼の名前を冠した名テナー・サックス奏者のレスター・ヤング作曲の「ジャンピング・ウィズ・シンフォニー・シド」はスタンダードになっている。ぼくがその曲を知ったのが、ジョー・ジャクソンが『ジャンピン・ジャイヴ』(A&M、1981年)のオープナーに置いたから。彼はラテン・ジャズの紹介にも力を注いだので、その流れの登場だろうか。担い手たちはやはり広く自分たちの音楽が聞かれてほしいと思っていたはずで、そんな彼らにとってシンフォニー・シドはとても歓迎すべき存在であったのは想像に難くない。ちょいワルおやじな感じのシド・トーリンはこの2年後に引退し、フロリダ州で余生を送った。

 ↑というのは、やはり大昔映画を見たときには一切わからなかった事項だが、もう一つ今見て合点がいったのは、サルサがトロンボーンを重用する表現であるということ。ジャズだとまずトランペットやサックスのような音の輪郭のはっきりした楽器が前面に出るところ、サルサでは音の輪郭がメロウで流動的なパッセージを出すトロンボーンがまず主役となる。バリー・ロジャースやウィリー・コローンらの勇士を認め、ぼくはサルサが熱と乖離しないロマンティックな表現なのだと再確認した。

 ファニア共同設立者のジョニー・パチェーコや色男然としたエクトル・ラボーをはじめ、輝ける名手たちに胸高鳴る。最後のメンバー紹介の際のに、出演者の映像が静止画像になるのは格好いい。とかなんとか、その様に触れながら<PCが介在しない時代の、確固としたコミュニティに根ざしたアナログ表現の精華>なんて言い方もぼくはしたくなる。それほどサルサを聞いていないためかもしれないが、ぼくはサルサというと。1971年8月26日録音のファニア・オールスターズの『ライヴ・アット・チーター』をまず思い浮かべる人間だ。

▶過去の、ラリー・ハーロウ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/augustlive.htm オーシャン・ブルー・ジャズ・フェスティヴァル
http://43142.diarynote.jp/201401271737069409/
http://43142.diarynote.jp/201401291105093975/
http://43142.diarynote.jp/201501161004061742/
http://43142.diarynote.jp/201603310813244084/
▶︎今年の、ジョニー・パチェーコの訃報
https://43142.diarynote.jp/202102161541047237/

<今日の、追記>
 8月26日は、ぼくの誕生日でもある。そして、このファニア・オールスターズのチーターでのライヴが行われた、その1年前の同日には、ジミ・ヘンドリックスのエレクトリック・レディ・スタジオのオープニング・パーティが開かれた。
 グリニッジ・ヴィレッジにある同スタジオはその後もヘンドリックス流れの創造性が宿るスタジオとして稼働し(1977年にはヘンドリックス財団が売却)、今も残っている。1970年9月18日のヘンドリックスの死後、ストーンズやパティ・スミスほか様々な人たちがそのスタジオを用いているが、ぼくはまずスティーヴィー・ワンダーが1970年初頭のクリエイティヴィティ爆発3部作を録ったスタジオとして思い浮かべる。また、1990年後期から2000年代前期にかけてはクエストラヴやジェイ・ZやJ・ディラやジェイムズ・ポイザーらのソウルクエリアンズが拠点とにしていたことも思い出す。面々の手により、エリカ・バドゥやデイアンジェロらの好作が送り出され、いろんな妄想が溢れ出るコモンの『エレクトリック・サーカス』(MCA、2002年)はぼくの中ではいかにもエレクトリック・レディ録音の作品という印象を得ている。当時の華々しいソウル・クエリアンズのプロダクツは同スタジオでのちんたらしたセッションが不可欠なものであった。
 2000年代以降も持ち主が変わるなか同スタジオはミキシング・ルームを併設するなど規模を拡大し、稼働している。その内装はヘンドリックスのモヤモヤを引き継ぐようなサイケデリックなそれが取られているようだ。

<New York On Our Mind>
1 Broadway / Diana Krall 『Trust Your Heart』 (GRP,1995年)
2 Indian Summer / Chris Botti 『A Thousand Kisses Deep』 (Columbia,2003年)
3 Monday Night Village Gate / Terumasa Hino ‎『Spark』(Blue Note,1994年)
4 West 42nd Street / Deodato『Whirlwinds』(MCA,1974年)
5イングリッシュマン・イン・ニューヨーク/仲宗根かほる『フラグランス』(M&I,2000年)
6 53丁目のブルース/小曽根真 ザ・トリオ『スリー・ウィッシズ』(ポリドール、1998年)
7 Franklin Avenue / Brad Mehldau 『Largo 』(Nonesuch,2002年)
8 Big City Blues / Gerry Mulligan Concert Jazz Band 『Jazz Masters 36 』(Verve,1961年)
9 Lullaby Of Birdland / Ella Fitzgerald『First Lagy Of Song』(Decca,1958年)
10 Taxi Driver / Terence Blanchard 『Jazz In Film』(Sony,1999年)

<今日の、追記>
 選曲の流れと縛りは、以下のような感じかな。まず、一般性のある〜非ジャズ・リスナーにも興味を持ってもらえるような〜テーマを決める。当然、音のよくない古いものや、フリー・ジャズっぽいものは外される。とともに、フュージョンやヒップホップぽい今様なのもあまり聞かれないというデーターがあるので、考慮に入れる。結果、わりとアコースティックで、メロディ性とジャズをジャズ足らしめる閃きや風情を併せ持つ曲を集めようとするか。現在、曲数は10曲となっている。そして、ソースはジャスラック登録してある曲であるのが必須で、7分以内のものというのが大前提としてある。その後、曲と曲順を決めると、該当曲の入ったCDを現物提出する(→それを用いて、先方でオーディオ・チャンネルで流れるものは作られる)。のだが、この後がなかなか大変でもある。それをJAL側が各レコード会社に使用許諾を求めるのだが、すると許諾がおりない曲が多々あるのだ。契約ライセンスが切れていそうなものははなから選んでいないが、原盤をきっちり持っていそうなものでも許諾がおりない場合が出てきて、そのおりるおりないの傾向はまったく???  今回は最初組んだ曲目の半数がNGとなり、なかなか大変だった。最初の曲順に自信があったりすると、ダメージが大きい。とはいえ、部屋とトランクルームに溜め込んでいるCDが再活用される機会ができて、精神衛生上とても良い。

 まず、ピーター・バラカンズ・ミュージック・フィルム・フェスティヴァル開催中の角川シネマ有楽町に行く。2015年アメリカ映画「ジャズ・ロフト」(原題:The Jazz Loft According to W. Eugene Smith)を見る。日本とも多大な関わりを持つ写真家のユージン・スミス(1918年12月30日〜1978年10月15日)を題材に置くこの映画の情報は断片的に知っていたが、ほうこんなん。素晴らしいモノクロームの作品だった。フェス日間中にはあと1回上映されて、最終日の15日の最終回(18時20分〜)だ。

 スミスはカンザス州ウィチタ生まれ(ネイティヴ・インディアンの血も少し継ぐ)で、ハタチ頃からニューヨークで写真家として活動をはじめ、第2時世界大戦中は従軍カメリマンとして沖縄にも行き、その後ライフ誌に文章込みの連載を持つなどもして写真ジャーナリストの地位を獲得。そして、1971年から3年間は水俣病の実態を世界に知らせる記録を撮ろうと水俣市に住みもした。

 そんな彼は1957年から1970年ごろにかけて、当初は花屋の問屋街でもあったという6番街にあるアバンダンなビルのロフトに住んでおり、彼はそこから見える風景や事象を撮り、記録マニアであったのだろうテープレコーダーで周りの音〜電話の会話までも〜を録音していた。その一方、スミスはジャズ・エンスーで、彼のロフトを訪れるジャズ・マンを快く迎え、交流やリハの場を与え、当然のことながら彼はそんな面々を撮影したり、演奏を録音していた。この映画は、そうしたスミス周辺のロフト模様(1950年代が中心となる)を材料にする。当時、彼はライフ誌と喧嘩して縁を切っていたが、ロバート・キャパらが設立した権威ある写真家集団であるマグナム・フォトの正会員にもなっていた。

 カーラ・ブレイやフィル・ウッズ(2011年3月26日)、スティーヴ・ライヒら当時出入りしていた音楽家や関連者の証言映像もいろいろ入れられるが、誰が撮ったものかスミスのロフトでの姿を押さえた写真もたくさん出てくる。そう、この映画の主役はまぎれもなくスミスで、彼の人となりも紹介しながら、米国のアートや報道を育んだ環境の一端もわずかだが示唆もする。当時の彼の活動や作品も紹介され、スミスは紙焼きやトリミングには凝りまくる、周到なポスト・プロダクションを介してストーリー・テリングする写真家であったことも語られる。彼、その作業がもっと自在となるデジカメ時代に生きていたら、どうしただろう?

 ハイライトは、セロニアス・モンクが7人の管楽器奏者を擁する10人編成のバンドでライヴ録音された『The Thelonious Monk Orchestra at Town Hall』(Riverside, 1959年) の3週間にわたるリハの模様を伝える終盤のシーン。そのアレンジに寄与したホール・オヴァートンの存在は、これを見るまでぼくは知らなかった。
 
 一人の偏屈な我が道を行くクリエイターと、その周りにいたジャズ・ミュージシャンやジャズ表現のさりげなくも、さりげある交錯……。ロフト・ジャズというとフリー・ジャズ・ムーヴメント流れの1970年代に入ってからの動きを思い浮かべるが、そのずっと前から安く住めるロフトという場はあり、同時代の表現は育まれていたのだ。スミスは1960年代中期まで録音は続けていたようだ。

 なお、ジョニー・デップがスミス役を務める2020年米国/英国映画『Minamata』が9月に日本上映されるのに合わせて、この映画はまた公開される予定もあるようだ。

▶過去の、カーラ・ブレイ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live1.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-3.htm
▶︎過去の、フィル・ウッズ
https://43142.diarynote.jp/201103271555032719/

 その後は、近くの丸ノ内・コットンクラブに。セカンド・ショウ。リード奏者の西口明宏(2016年7月21日、2019年1月21日)のリーダー・グループの公演を見る。ピアノのハクエイ・キム (2010年11月26日、2011年2月19日、2011年4月10日、2011年8月6日、2013年9月13日、2020年9月9日 )、エレクトリック・ベースのマーティ・ホロベック (2019年3月16日、2021年4月11日)、ドラムの吉良創太 ( 2021年4月8日)を擁してのもの。実は、そのFOTOSは2管編成を取り、ホロベックと同じく日本に住む豪州人トロンボーン奏者であるジェームス・マコーレーもメンバーだが、帰国して戻ってこれなくなり、この日はカルテットでの演奏となった。面々は、現在ツアー中という。

 西口というとテナー・サックスというイメージを持つが、結構ソプラノ・サックスもこの回は吹く。また、一部フルートも吹いた。オリジナルのもと、気概ある現代ジャズを志向する。ただし、ホロベックがいろんな弾き方(一部エフェクターも通す)のもとエレクトリック・ベースを弾く(実演に触れるたびにいい奏者だと思います)のと、ハクエイ・キムが時々右手でアナログ・シンセサイザーの単音演奏を入れるのは何気に効く。それが普通の今のジャズからもう一つ別な位置に行きたいという感覚を与える。確かな手応えを受けた。

▶︎過去の、西口明宏
https://43142.diarynote.jp/201607221000152412/
https://43142.diarynote.jp/201901231045028294/
▶︎過去の、ハクエイ・キム
http://43142.diarynote.jp/201012051849242327/
http://43142.diarynote.jp/201102190813437159/
http://43142.diarynote.jp/201104142208096884/
http://43142.diarynote.jp/201108101632022013/
http://43142.diarynote.jp/201309161512043853/
https://43142.diarynote.jp/202009100827229764/
▶︎過去の、マーティ・ホロベック
https://43142.diarynote.jp/201903171331065828/
https://43142.diarynote.jp/202104121207459452/
▶︎過去の、吉良創太
https://43142.diarynote.jp/202104100834546125/

<今日の、あ“—>
 ぼくは予定の管理は、完全アナログ。事あるごとに、小さなカレンダーに予定を書き込む。のだが、なんのこっちゃという記載があって戸惑う。この11日の枠に16時20分と書いて、わざわざその日を囲んである。少し、重要案件? 時間が半端なのは面妖な。まったく、なんの予定か思い出せない。このまま行けば、どこに行くのかも分からないのでスルーするしかないが、はたして? →ワクチン注射の予定でした。もっと早い予約が別に取れたので、そちらはキャンセルしていた。

 ところで、日本と縁がある一人の女性シンガー・ソングライター/ギタリストがお亡くなりになったのを、少し遅れて知った。エレン・マキルウェイン。1945年10月1日〜2021年6月23日。ナッシュヴィル生まれながら宣教師の養子となり、神戸で育ち高校までカナダ系インターナショナル・スクールに通った。そんな彼女は日本のラジオでかかる曲でブラック・ミュージックに目覚めた。帰国後、彼女はアトランタに居住したが、1966年にはNYグルニッジ・ヴィレッジのカフェ・オー・ゴー・ゴーでジミ・ヘンドリックスとお手合わせしたこともあったという。
 たっぷりスライド・バーも用いる土臭かったりサイケだったりするロック盤をポリドール他から10数枚リリース。なんかファンキーでもある、竹を割ったような感覚を抱える人でした。最終作になるのか、自主リリースの『Mystic Bridge』(2007年)はエスノ性やジャズ性も抱えたアーシー盤だった。オーストラリアでは人気でライヴのために結構行ったりもしていたようだが、途中で日本に寄ったこともあったんだろうな。一度、お会いしてみたかった。1987年に、カナダのカルガリーに引っ越していたという。


 KAKUBARHYTHM Presents "Weekend Opener!" と副題されていて、音楽プロダクション/レーベルのカクバリズム所属の2人による、ダブル・ビルの公演となる。丸ノ内・コットンクラブ、ファースト・ショウ。それぞれ、45分づつする。開演は2時45分。このおり席配置は間引きされているとはいえ、平日なのにほぼ満席だった。

 先発は、昨年初アルバム『Triptych』をリリースしている、cero(2016年6月16日)の髙城晶平のソロ・プロジェクト。ギターを手に歌う当人に加え(ある曲の短いソロで、ぶっ壊れ演奏をする。フフ)、アコーディオンやトランペットやコーラスの中山うり、アルト・サックスやフルートのハラナツコ、キーボードとコーラスの伴瀬朝彦、ダブル・ベースの秋田ゴールドマン(2005年7月29日、2007年5月6日、2009年6月12日、2011年1月30日、2011年6月23日、2012年3月3日。2012年9月9日、2015年9月27日、2018年6月2日、2019年7月22日、2019年11月26日、2021年4月25日)、でかい口径のキックやシンバル用いるドラムの光永渉 ( 2019年3月16日)、パーカッションの松井泉 という面々がサポート。なるほど趣味の良い、落ち着いたなかに棘を抱えるポップ・ミュージックを送り出す。

 その新作はもわーんとした現代的と言いたくなる覚醒感が付帯していたが、実演ではそれを出しておらず。すると残念ながら、髙城のヴォーカルが音程を外しているのが気になってしまう。難しい旋律取りをする曲群ではあるのだが。とはいえ、MCはとても好ましい人間性を持っているように思えもし、差し引きチャラと感じた? 細野晴臣曲カヴァーの際は、ダブル・ベース奏者を起用する意義が出ていた。また、ソロとしても活動する中山うりは、結構きいていた。なんにせよ、随所に大人の趣味性の高い興味のゆくえがいろいろな表情を持つ楽曲に昇華されていたのは間違いない。

▶︎過去の、髙城晶平/cero
https://43142.diarynote.jp/201606171730294884/
▶過去の、秋田ゴールドマン/SOIL & “PIMP” SESSIONS
http://43142.diarynote.jp/200508042335560000/
http://43142.diarynote.jp/200705181805330000/
http://43142.diarynote.jp/200906160733018341/
http://43142.diarynote.jp/201102091715522875/
http://43142.diarynote.jp/201107020946473690/
http://43142.diarynote.jp/201203062005542291/
http://43142.diarynote.jp/201209191229057579/
http://43142.diarynote.jp/201510021129591335/
https://43142.diarynote.jp/201806051311346158/
https://43142.diarynote.jp/201907230915151851/
https://43142.diarynote.jp/201911270846588562/
https://43142.diarynote.jp/202104270842552952/
▶︎過去の、光永渉
https://43142.diarynote.jp/201903171331065828/

 ステージ上の楽器を転換、20分の間をおいて 二階堂和美(2017年7月8日)と松下マサナオ(2013年8月22日、2017年6月21日、2017年7月8日、2020年1月19日)のデュオが始まる。舞台設定はこのままに、セカンド・ショウは二階堂×松下が先発となるようだ。

 白い不思議目のドレスをまとった二階堂が歌い始めると即、意思が込められた歌が全開。おお、個と力があるとすぐに思ってしまう。その際、松下は手でタムらを叩く。その後、二階堂はベースやギターを手にしながら歌うのだが、二階堂印というしかない、スッコーンと抜けた味が舞いまくり。スキャットをかましたりする一方、和的な色も出したりするのだが、それらはどれも彼女の音楽としての普遍性を求めたものだのだ思わされる。松下はそれらに優しく寄り添う。

 先の髙城晶平の曲で、彼も披露していた「ミッドナイト・ランデヴー」を彼女たちもやる。リハの際、この曲に8割の時間を使ったと言っていたか? このスウィートな情緒を持つ曲の際、ドラムを叩きつつ松下は右手で小鍵盤も抑えた。また、過去共演をしている渋谷毅(2005年12月20日、2011年6月23日、他)がメロディを書き、二階堂が歌詞を書いたというTV用に作ったという曲もあった。

▶︎過去の、二階堂和美
https://43142.diarynote.jp/201707101243147840/
▶︎過去の、松下マサナオ/Yasei Collective
http://43142.diarynote.jp/201308251333326263/
https://43142.diarynote.jp/?day=20170621
https://43142.diarynote.jp/?day=20170708
https://43142.diarynote.jp/202001201340286359/
https://43142.diarynote.jp/202104270842552952/
▶︎過去の、渋谷毅
https://43142.diarynote.jp/200512231956580000/
https://43142.diarynote.jp/201107020946473690/

<今日の、アフター>
 コットンクラブに行く際、毎度のように有楽町線有楽町駅から、東京国際フォーラム突っ切って行こうとしたら、地下も地上も封鎖されている。ここ、五輪の何かの競技の会場になっているはずだが、そのため? 地下通路には飲食店が入っているが、休業させるためにお金をはらっているのだろうな。しょうがないのでJR横を歩いて会場に向かったのだが、ハンパな昼下がりに高架下に並ぶ飲食店はけっこうやっていた、しかも、ハッピー・アワーで半額だの、500円で1時間飲み放題とか、魅力的な表示看板が出ている。
 けっこうな降雨。長靴を履いて出かけました。ライヴを見た後は、神楽坂・K-Westに回る。プーさんのラスト・アルバム『花道-The Final Studio Recordings』(Red Hook、2021年)のアナログがあるというので、それを真空管アンプのもと聞きたかった。CDは持っていたものの、そこは……。7,500円の値付けがされた日本流通元を介した帯付きのそれには、ジャケ大のモノクロ写真ブックレットが付いていた。しかし、飲み代はともかく、アルバム1枚に7000円出すのには躊躇すると思うオレって。だって、プールさんだよ。ともあれ、この前人未到の音楽家のプロダクツをリアル・タイムで享受でき、幸運にも3度インタヴューできた僥倖を改めて胸に刻み直す。どういう流れか、その後、セシル・マクビー(1999年11月10日、2018年11月2日)のインディア・ナヴィゲイション盤で、盛りがった。ぼくが行ったとき、お客さんが一人。途中から、お客はぼく一人……。カウンター内には二人。贅沢なり。
▶︎過去の、セシル・マクビー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/movember1999live.htm
https://43142.diarynote.jp/201811031304537727/

響喜乱舞

2021年6月30日 音楽
 代官山・晴れたら空に豆まいて。会場に入ると、普段はステージに置かれたピアノがフロアに置いてあり、ダンスするためのスペースも大きく取られている。舞踏のATSUSHI(2018年3月22日) とSOIL & “PIMP” SESSIONS (2005年7月29日、2007年5月6日、2009年6月12日、2011年1月30日、2011年6月23日、2012年3月3日。2012年9月9日、2015年9月27日、2018年6月2日)のピアノのJOSEI (2010年5月9日、2011年7月31日、2012年3月24日)、1対1のお手合わせなり。イヴェント名は狂喜乱舞となっていたが、静的な重なりのなかに緊張やテンションが存在する出し物となっていた。

 丈青はあまり鍵盤を見ずに、ATSUSHIの動きを見ながら、指を動かす。そして、ときどき笑顔を見せる。一期一会な、もう一つのセッションですね。両者、お互いの様を受けて、フリーフォームで気持ちを交換し合う。40分強やった後、15分ほどは丈青がソロ演奏をし(たゆたふ、と形容したし)、その後、また一緒に。終演後に、ちょっと難しいことやっちゃったかなと、丈青は言っていた。ぼくには、とてもなめらかなものに聞こえたけど。

▶︎過去の、ATSUSHI
https://43142.diarynote.jp/201803231446465272/
▶過去の、SOIL & “PIMP” SESSIONS
http://43142.diarynote.jp/200508042335560000/
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http://43142.diarynote.jp/201203062005542291/
http://43142.diarynote.jp/201209191229057579/
http://43142.diarynote.jp/201510021129591335/
https://43142.diarynote.jp/201806051311346158/
▶︎過去の、丈青
https://43142.diarynote.jp/201005101856373393/
https://43142.diarynote.jp/201108101624025366/
https://43142.diarynote.jp/201203260807415637/

<先日の、追認>
 今日の夕刊の特集で、コロナにかかり入院を強いられた60歳記者の手記が掲載されていた。本当に感染経路が分からないよう。うーむ。……新聞って本当にいろいろな情報が載っているので、ばくはそのうちの15%ぐらい、興味惹かれる記事を見ているという感じかな。うち、ラテ欄(結線していないので、映らないもん)、読者投稿欄(痒いのが多そう)、4コマ漫画(いかにもつまらなさそう)、株価欄などにはまったく目を向けない。たまに掲載される人生相談もそのはずだったが、数日前にたまたま一瞥してしまった。そこでの28歳の女性の質問は<6年関係が続いている29歳年上の不倫相手の奥さんが病気で亡くなり、結婚しようと言われ戸惑っている。自分にとっては父親のような存在で、他の男性ともいろいろ遊んできた。どうしたら、その覚悟を決められますか>。回答者は、作家の高橋源一郎。彼、ユーモアを介し、精神的なノマドというものを例に挙げて、遠回しにおやめなさいと答えている。彼の著作を読んだことはなかったが、プロだな。でも、ぼくも白黒言いにくい物件をやんわりと否定するやり口は引き出しのなかに持つか。気配りと腰砕けは、別であると思う。

 外苑前・ギャガ試写室で、2020年スウェーデン/アメリカ映画「元カレとツイラクだけは絶対に避けたい件」を見る。原題は「Horizon Line」。試写状には、「元カレとセスナに乗ったらパイロットが死んじゃった話」となっていたが、変えられたようだ。それら邦題付けに触れると、スプラスティック・コメディの流れにある作品かとも思ってしまうが、そんなことはなかった。最初のほうは軽くコメディぽい感じもあるのだが、それは冒頭のほうで途中からはまあシリアスになる。

 舞台はインド洋、マダガスカルの横のほうにあるモーリシャス→インコグニートのブルーイ(2002年12月20日、2006年9月3日、2011年3月31日、2013年6月17日、2015年7月9日、2015年9月27日、2018年8月11日、2018年12月11日)はここの出身だが、英連邦所属なんだよなー。冒頭のほうは南のリゾートといった感じの光景がいろいろ出てきて、あ〜南の島に行きてえと誘われることしきり。その際用いられる音楽は、モーリシャスとは関係がないポップなレゲエだった。

 日本題にあるように、島から島へ移動するために元彼と小さい飛行機に乗ったら、肝心のパイロットが心臓発作で死んでしまい、なんとか二人でサヴァイヴァルを試みるという内容。多くは2人の飛行機内でのシーンで、それで娯楽性を持たせようとするのはなにげに力ワザだな。生き延びたと思ったら最後にサメに食べられちゃうてなオチになってもそんなに首を傾げない妙なドキドキ、ある種のペーソスを抱えているか。監督は、1970年生まれのスウェーデン人のミカエル・マルシメーン。8月上旬からロードショー公開される。

▶過去の、インコグニート/ブルーイ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-12.htm
http://43142.diarynote.jp/?day=20060903
http://43142.diarynote.jp/201104041101072561/
http://43142.diarynote.jp/201306190743528192/
http://43142.diarynote.jp/201507110856518338/
https://43142.diarynote.jp/201510021129591335/
https://43142.diarynote.jp/201808120917002515/
https://43142.diarynote.jp/201812121252088734/

 その後は、錦糸町へ。トロンボーン奏者の中川英二郎 (2019年01月/7日、他)とトランペッットとフリューゲルホーンを吹くのエリック・ミヤシロ(2010年5月11日、2011年3月10日、2011年3月28日、2011年4月21日、2011年8月6日 、2014年9月7日、2015年9月27日、2016年1月7日、2017年7月28日、2017年11月8日、2018年5月16日、2019年1月7日)、そしてアルト・サックス奏者の本田雅人((2011年3月28日、2015年7月23日、2016年10月9日、2019年1月7日、他)の3人による、SUPER BRASS STARSの公演を見る。19時開演で、すみだトリフォニーホール。完全生音にて、MCをするときだけ3人はマイクを手にする。

 1部は、まさにこの3人が無伴奏で重なる。3人でやったり(その際、まさしくいろいろな重なり方をする)、2人でやったり、中川と本田はソロでも演奏する。技術のありようが手に取るように分かる。聞き応え、あり。しかし、3人のMCを聞くと、本当に仲がいいな。

 2部はその3人(やはり3人でやったり、1人だけで吹いてみたり)に、新日本フィルハーモニー交響楽団との共演の巻。また、ピアノの宮本貴奈(2012年6月19日、2014年2月5日)、ベースの川村竜(2017年11月8日、2018年6月8日)、ドラムの髭白健もそこに加わる。指揮は1984年生まれの川瀬賢太郎、彼はかつて吹奏楽でクラリネットを吹いていたことがあるそうだ。1部から一転、絢爛豪華にして、華あり。曲はスタンダード、有名映画曲、オリジナル、チック・コリアの有名曲などいろいろ。アレンジはエリック・ミヤシロや中川の兄の中川幸太郎がしている。

▶過去のエリック・ミヤシロ/ブルーノート東京・オールスターズ・ジャズ・オーケストラ
http://43142.diarynote.jp/?day=20100511
http://43142.diarynote.jp/?day=20110310
http://43142.diarynote.jp/201104041100266528/
http://43142.diarynote.jp/?day=20110421
http://43142.diarynote.jp/201108101632022013/ ノー・ネーム・ホー^セズ
http://43142.diarynote.jp/201409100930206205/ ノー・ネーム・ホーセズ
http://43142.diarynote.jp/201501131019359012/
http://43142.diarynote.jp/201510021129591335/
http://43142.diarynote.jp/201601090750252990/
http://43142.diarynote.jp/201708081429085086/ B.B.STATION
http://43142.diarynote.jp/201711091333526195/ マシュー・ハーバートツ・ビッグ・バンド
http://43142.diarynote.jp/201712061006171627/
https://43142.diarynote.jp/201805201310351671/
https://43142.diarynote.jp/201901090933013218/
▶過去の、本田雅人
http://43142.diarynote.jp/?day=20110328
http://43142.diarynote.jp/201507251003319800/
https://43142.diarynote.jp/201610141746599845/
https://43142.diarynote.jp/201901090933013218/
▶過去の、宮本貴奈
http://43142.diarynote.jp/201206210944302024/
https://43142.diarynote.jp/201402071150071550/
▶︎過去の、川村竜
https://43142.diarynote.jp/201711091333526195/
https://43142.diarynote.jp/201806130948515941/

<今日の、TV番組>
 ライヴが終わり、一目散で帰宅する。そして、光通信TVチャンネルに入っているナショナル・ジオグラフィックの22時から始まる番組を見る。お、ナショジオ見るの久しぶり。TVをつけると少し始まっていて、場面はアラバマ州マッスル・ショールズのフェイム・スタジオでの、その人にとってアトランティック初録音となる「アイ・ネヴァー・ラヴド・ア・マン」のレコーディングのシーン。スタジオには、ジェリー・ウェクスラーもリック・ホールもいる。おお。音楽が生まれる現場の描写に胸高鳴る。思わず、レイ・チャールズを描いた映画「レイ」(2004年11月15日)のスタジオのシーンを思い出す。その番組は、アリサ・フランクリンの人生を描く「ジーニアス:アレサ」(原題Genius: Aretha)。本国でもこの春にオンエアされたらしい、役者を立ててのアレサ・フランクリン物語なり。この晩は全8話シリーズの、頭の2話の放映。うひょーーー。結構マニアックな話も織り込み、その回の現在と過去を行き来させたりもし、初心者には分かりづらいところがあるかもしれないが、質は高い。役者選びも問題ない。フランクリンはローティーンで最初の子を産んでいるが、それは初めて父親のC.L.フランクリンのゴスペル・キャヴァン(クララ・ウォードを含む)に同行した際、誰かとヤっちゃってできたのか。
▶過去の、映画「レイ」
http://43142.diarynote.jp/200411170827380000/
▶︎過去の、マッスル・ショールズ+を扱った映画
https://43142.diarynote.jp/201406270933515875/ 2013年米国映画「黄金のメロディ マッスル・ショールズ」

 作曲家/トランペッターであるハッセルは、ロチェスター大学イーストマン音楽学校(クラシックが看板ながら、スティーヴ・ガッドやトニー・レヴィンはそこで学んでいる)の大学院を出て、その後にカールハインツ・シュートックハウゼンに師事するためにドイツに留学したり、帰国後はテリー・ライリー(2017年11月7日)の薫陶を受けるなどもしており、現代音楽の前線を歩んでいる人と言えるのか。民族音楽に多大なインスピレーションを求め、またエレクロや即興にもまたがっていた彼の存在がロック好きの人間にも知られるようになったのは、1980年にブライアン・イーノとの双頭作『Fourth World, Vol. 1: Possible Musics 』(Editions,EG)を出して以降のこと。トーキング・ヘッズ、デイヴィッド・シルヴィアン(2004年4月24日)、ピーター・ゲイブリエル、ポーラ・コール(2000年4月9日)、アーニー・ディフランコ(2000年1月28日、2001年7月29日、2004年3月8日)、ライ・クーダー(2009年11月5日)といったロック実力者たちともすんなり絡んだ彼であったが、何をやろうと明解な現代性を抱え、門外漢にもとっつきやすいクリエイターであった。ここのところ闘病中であったという。

▶︎過去の、テリー・ライリー
https://43142.diarynote.jp/201711080729053828/
▶過去の、デイヴィッド・シルヴィアン
http://43142.diarynote.jp/200404271931000000/
▶︎過去の、ポーラ・コール
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-4.htm
▶過去の、アーニー・ディフランコ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-7.htm フジ・ロック3日目
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-1.htm
http://43142.diarynote.jp/200403081053300000/
▶︎過去の、ライ・クーダー
http://43142.diarynote.jp/200911071134384805/

 アルトとソプラノ・サックスを吹く土岐英史(2009年5月30日、2013年6月13日、2015年1月29日)が、肺がんで亡くなった。デビュー時は純ジャズの畑から出てきたが、徐々に広い趣味を出すかのように幅を広げ、ブラジル音楽傾向のグループを組んだこともあったし、ソウル・フュージョン・バンドのチキン・シャックでも活躍した。ここのところはリーダー作においては、比較的アコースティックな路線を取っていたが、ゆったりした物腰やしなやかな吹き口は同様だった。近作だと、ピアノの片倉真由子(2013年10月21日)とのデュオによる『アフター・ダーク』(デイズ・オブ・ディライト、2019年)は簡素なお膳立てのもと、彼のたっぷりした演奏が味わえる。

▶︎過去の、土岐英史
https://43142.diarynote.jp/200906061045286071/
https://43142.diarynote.jp/201306171646424744/
https://43142.diarynote.jp/201501301446383781/
▶︎過去の、片倉真由子
https://43142.diarynote.jp/201310210730403296/

<今日の、なんだかなあ>
 自分について「変人ぶりたがる、常識人」と言ったら、逆だろ「常識人ぶりっ子する、変人」と反撃を受けた。まあ、どっちでもいいや。一頃たまに言っていたのは、「自分の人生はなめているが、世間はなめていない」でありんす。←これについても、反駁を受ける? とほっ。

 16 時から南青山・REDSHOESで、ベースと歌のジャック・ブルース(2008年12月16日)、ギターと歌のChar (2002年3月12日、2008年4月20日、2008年6月12日、2008年10月5日、2009年7月25日、2017年7月31日、2018年4月6日)、ドラムの屋敷豪太(1999年7月31日、2006年4月2日、2015年11月19日, 2017年8月8日、2017年10月21日)の3人が、クリーム関連曲(選ばれる曲はファーストから4作目まで。まんべんなく)に臨んだライヴを収めた映像作品の上映会に臨む。2012年8月2日、六本木・ビルボードライブ東京の模様を収めたもので、いくつかのカメラでショウを追っており、商品化を意識して撮られたのではないか。

 1曲めはインスト曲で、2曲め以降はヴォーカル・ナンバーだが演奏部はたっぷり取られ、クリームの様式に則る3人のかみ合いも存分に受け取ることができる。ブルースは早弾きをプリプリしながら、歌う。「クロスード」と「バッジ」はCharがリード・ヴォーカルを取るが、オリジナルでエリック・クラプトン(2006年11月20日)がリードを取っていた曲を彼は歌っているのか。言わずもがな、ギター演奏は当時のクラプトンのそれを十全に咀嚼する。屋敷豪太もめちゃ嬉しそうに叩き、ときにくっきりとコーラスを入れる。おお、やはりジンジャー・ベイカー(2012年11月21日)のそれをモノにしている演奏を聞くと、彼も原点にあるのはこの辺なのかと思わせられる。

 クリームの有名曲というと、「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」と「ホワイト・ルーム」がまず思い出されるし、3人もここで演奏しているが、なるほどこの二つはマイナー・コードを用いる曲だ。メジャー・コード大好きなぼくは、少年期にだから過剰にクリームにハマることはなかったのかと思ったりもした。のちに、「ホワイト・ルーム」の不思議な含みには頷けるようにもなったが。ともあれ、クリームというバンドはいろんな要素を織り込んでいたというのはおおいに認識できたし、1960年代下半期にベイカー、ブルース、クラプトンの3人はブルースやジャズを基に置く、技ありのハイブリッドなロックを作ったんだなと了解できた。そして、そのオリジネイターの三分の一と、それに胸を焦がした日本人が重なった公演は、クリームが当時抱えていた神通力を示唆してあまりある。この映像は、有料配信にて公開されるようだ。

▶過去の、ジャック・ブルース
http://43142.diarynote.jp/?day=20081216
▶︎過去の、チャー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-3.htm マイク・クラーク・バンド
http://43142.diarynote.jp/200804220006510000/
http://43142.diarynote.jp/200806180850060000/
http://43142.diarynote.jp/200810061857413394/
http://43142.diarynote.jp/?day=20090725
http://43142.diarynote.jp/201708081443281390/
https://43142.diarynote.jp/201804071041255956/
▶過去の、屋敷豪太
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/julylive.htm 7月31日、シンプリー・レッド
http://43142.diarynote.jp/200604050124430000/ニトロ・マイクロフォン・アンダ
ーグラウンド
http://43142.diarynote.jp/201511200934467321/ 小坂忠、The Renaissance
http://43142.diarynote.jp/201708141221583726/ DUBFOECE
https://43142.diarynote.jp/201710240957109863/ The Renaissance
▶︎過去の、エリック・クラプトン
http://43142.diarynote.jp/200611221236140000/
▶︎過去の、ジンジャー・ベイカー
https://43142.diarynote.jp/201211231437358985/
https://43142.diarynote.jp/201910070759405954/ 訃報

 そして、その後は本当のビルボードライブ東京に行く。18時からのセカンド・ショウで、出演者はクレイジー・ケン・バンド。うひょ、ぼく、CKBのライヴを見るのは初めてなんだよー。2曲めだったか、オリジナル・ラヴ(2002年7月7日、2010年5月23日、2014年5月5日)の「接吻」をやってびっくり。あまりにも自然で一瞬、この好メロディ/情緒曲ってCKBの曲だったっけとボケる。なんでも、ファン・クラブでカヴァー曲を募り、その流れのカヴァーのようだ。

 3管を含む、全11人による実演。ほぼ、なんとなく頭のなかに描いていた像とそれほど乖離しないものを受け取る。やっぱり断片的なものでも、印象が鮮やかで、強いんだろうな。ときに芝居っ気もあるステージ運びのもと、メロウ・ソウルの洒脱さや豊饒さを音楽性の柱にし、いろんな要素を折衷したポップスをいろんなやり方で送り出す。もちろん、真ん中にいるのは横山剣だが何気に民主的と言うか、皆で表現を作っていきたいという意思を感じもした。また、ヨコハマの都会感や男の照れをいい隠し味にして、キャラクタリスティックな表現に邁進していると思った。

 なんとなく横山剣の歌声が枯れているかなと思っていたら、MCで今新作レコーディング中で少し声が枯れいるというようなことを言う。もし何かと煮詰まるだろうレコーディングの気分転嫁のような感じで、自分たちの過去や聞き手を再認識するためにライヴをその最中に持ったとしたら、それはクールだなと思ってしまう。

▶過去の、田島貴男/オリジナル・ラヴ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-7.htm 7日
http://43142.diarynote.jp/?day=20100523
https://43142.diarynote.jp/201405071013173150/

<今日の、納得>
 昨日の番外編で触れたが、ビルボードライブ東京もアルコールは提供なし。なるほど、これでライヴをやる場はアルコール解禁になっていないというのが分かった。こんなところにも、ライヴ関連産業が軽んじられ&いじめられているを実感した。レッドシューズでは飲めた。そういえば、だいぶ昔に知人が横浜の山下町の外車ディーラーが一階に入っているマンションを買ったら、CKBの事務所があるのか、ときにエレヴェイターで横山と会うというようなことを言っていたっけ。ものすごく、人当たりがいいとも。一昨年病気で亡くなってしまった彼女のことをふと思い出し、少ししんみり。

竹村一哲 GROUP

2021年6月24日 音楽
 『村雨』(デイズ・オブ・ディライト)という新作を出す、ドラマーの竹村一哲(2016年9月27日、2018年9月2日、2019年10月6日、2019年12月20日、2020年10月5日、2019年10月28日、2021年6月23日 )のリーダー・カルテットの公演を、新宿ピットインで見る。レコ発を名乗るもので、ギターの井上 銘((2016年6月27日、2017年6月21日、2019年1月21日、2020年1月19日)、ピアノの魚返明未、ダブル・ベースの三嶋大輝という同年代の録音参加者たちが集まってのもの。竹村はサントリーホールの渡辺貞夫のマチネー公演を終えて、自分のショウに臨んだ。

 リズム・セクションはアコースティック。もう生理的にストロングで、今の立ちも抱え、それらはインタープレイするリアルな意思を持つ。カルテット編成の場合、これまでならそこにサックスが入るのが普通だろう。だが、ギタリストを入れているのが、竹村一哲 GROUPの大きな要点となる。しかも、ギタリストの井上は旧来のジャズ・ギタリスト流儀から離れる暴れたノリで、ここに関わる。当然のことながら、その指針は今の我々のストレイト・ジャズをやろうとする30歳ぐらいの担い手の意欲と技を鮮やかに浮かび上がらせる。

 とはいえ、CDだと井上はもっと音響的エフェクターがかかった、いかにも今のECM系ギタリストたちのような音色で勝負していたと思うのだが、ここでの井上はそこまでエフェクターは決めておらず、そうするとぼくの耳にはよりロッキッシュな演奏をしているように思えた。とくに、3曲やったファースト・セットはそう感じた。

 竹村のMCによれば、この顔ぶれで2年ほどやっているそうで、相互関係は蜜。魚返はときにアヴァンな弾き口を出すとともにキース・ジャレット(2001年4月30日、2007年5月8日)愛好が垣間見れる本当に正統な現代ピアニストであるし(本編最後の曲では、それまで出さない黒っぽい〜当人はゴスペルを意識したのかもれないが〜指さばきを見せた)、ベースの三嶋は重心を持ちながら歌心のある演奏をしていて、ソロは何気に切ない。それぞれが、より顔の見えるパフォーマンスをしていると、間違いなく言えた。

 楽曲はアルバムに入っていた曲(竹村や魚坂らの曲が中心)で、ブラシから入るスロウな曲もあるのだが、相互作用と個性を持つ4人の演奏は見事に渦を巻き、熱を放ち、聞く者に入り込む。情の付帯の仕方がハンパなく、それもこのカルテットの魅力であると大きく頷いた。

▶︎過去の、井上銘
http://43142.diarynote.jp/201606281737237220/
https://43142.diarynote.jp/201706220952582448/
https://43142.diarynote.jp/201901231045028294/
https://43142.diarynote.jp/202001201340286359/
▶過去の、渡辺貞夫
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-12.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-5.htm  6日
http://43142.diarynote.jp/20041221210502000
http://43142.diarynote.jp/200512231955480000/
http://43142.diarynote.jp/200608091255180000/
http://43142.diarynote.jp/200609070211000000/
http://43142.diarynote.jp/200610080946310000/
http://43142.diarynote.jp/200712171350530000/
http://43142.diarynote.jp/200812281440093394/
http://43142.diarynote.jp/200907310048137248/
http://43142.diarynote.jp/200909120646397236/
http://43142.diarynote.jp/201107111008176019/
http://43142.diarynote.jp/201207031353196616/
http://43142.diarynote.jp/201212171647134119/
http://43142.diarynote.jp/201304031026406106/
http://43142.diarynote.jp/201307291053021427/
http://43142.diarynote.jp/201310050701201281/
http://43142.diarynote.jp/201407091243129270/
http://43142.diarynote.jp/201410061850124929/
http://43142.diarynote.jp/201412281017371613/
http://43142.diarynote.jp/201512151504068292/
http://43142.diarynote.jp/201607100827363436/
http://43142.diarynote.jp/201609201032322395/
http://43142.diarynote.jp/201610141747514263/
http://43142.diarynote.jp/201612171245154424/
http://43142.diarynote.jp/201710121700178187/
http://43142.diarynote.jp/201712181015052794/
http://43142.diarynote.jp/201805290906425481/
http://43142.diarynote.jp/201712061006171627/
http://43142.diarynote.jp/201806130948515941/
http://43142.diarynote.jp/201809071509481583/
https://43142.diarynote.jp/201810090958036278/
https://43142.diarynote.jp/201812201004266842/
https://43142.diarynote.jp/201908071557182844/
https://43142.diarynote.jp/201912161054076351/
https://43142.diarynote.jp/202010060748585515/
https://43142.diarynote.jp/202106240847332337/
▶過去の、キース・ジャレット
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-4.htm
http://43142.diarynote.jp/200705181807060000/

<今日の、とほほ>
 五輪対策で、緊急事態宣言が弱められ(今後は感染数の意図的な操作が行われたとしても、ぼくは不思議に思わない)、一応19時まではお酒を出すようになったわけだが、18時開演にも関わらず、7月11日まではお酒を販売しませんとの掲示がピットインにされていた。ええ、どうして。サーヴしたほうが、お店の利益には繋がるはずなのに。まあ、それも見識ではあるか。19時までにおかわりも頼むぞと思っていたぼくは、シュ〜ン。かわりにジンジャエールを頼んだが、それを飲むのはいつ以来になるだろうか。実演は上にあるように素晴らしく、20時1、2分前で終わる。おお、あれだけちゃんとインタープレイしているのに。プロだな、プロ。その『村雨』の発売は7月1日。ぼくはジャズ・ジャパン誌の記事を書くため聞き込んでいたが、一般のお客にとってはまっさらで聞く曲群であったのか。
 店を出て、やっぱり飲みたいという黒いボクが出てきて、馴染みの店にもしかして不良店だったりしないと問い合わせの電話をしようとする。すると、<電話に接続することができません>という表示が出る。実はお昼頃に知人に電話したときも、この文言が画面に出た。だが、まさか自分の電話がいかれているとは思わず、相手に不都合があるのだと思い込んでいた。メール受信やラインは普通にできていたしね。試しに自宅の固定電話にかけてみたら、同じ表示が出る。うわわあ。ぼくの携帯、こわれているじゃん。これは飲み屋によらずにまっすぐ帰れというお達しであると悟り、直帰する。うまくできているもので、電車の接続がよく、ピットインを出た25分後には家のドアを開けていた。改めて確認したら、ぼくの携帯にかけると、電波が入っていないか電源が入ってませんというアナウンスが流れるという。あ〜ん。修理のため一度auショップの予約をPCで取った後に、そういえば一度アイフォンの電源を落としてみようとなった。PC ならそうするはずなのに、なぜすぐに思いつかなかったか。ぼくはかつて、こんな経験もしている→https://43142.diarynote.jp/200811062252544168/。なんか、思考がコーチョクしている? その結果は、復帰。非常に、気持ちがあわてた1時間であった。
 いかんなあー。俺のスケール、小せえなあ。今日の毎日新聞夕刊3面は、<ポリオ、根絶前に足踏み コロナの陰で弱まる支援>という記事だった。それによれば、先進国の新型コロナ・ウィルスの対策に躍起になるあまり、途上国(アフリカでは根絶し、今残っているはアフガニスタンとパキスタンのよう)へのポリオ制圧のためのワクチン接種が一時停止しているそう。小児麻痺を引き起こすポリオのことをぼくはスタッフ・ベンダ・ビリリの登場で知ったが、この記事の後半は以下のようなことを記す。広く行き渡らせるためにコロナ・ワクチンを製薬会社にその特許の一時放棄を求める議論も出てはいるものの、それは実現していない、と。その是非については、ぼくの狭い頭ではよく判断がつかない。だって企業としての努力ある経済行為だからなあ。もっと人の道から外れたお金儲けをしている会社はたくさんあるはずで(日本だと、五輪を無理やりやることでヒキョーに経済的算段を図っているところはいろいろあるはず)、非常時のもと、それに直接関連する部分だけをあげつらうのもなあ。とはいえ、今の日本は先進国かという疑念は別としても、”持たざる”国を考慮にいれないのは駄目でしょう。記事によれば、1955年にポリオのワクチンを開発した米国人のジョナス・ホーク博士は特許を取得せず、そのため多くの国がポリオを制圧でき、それは日本もそうだった。博士はTVのインタヴューで、「特許は存在しない。太陽に特許は存在しないでしょう」と答えたという。ぼくの周りに、たくさん太陽がありますように。
▶︎過去の、スタッフ・ベンダ・ビリリ
https://43142.diarynote.jp/201007081545497624/ 映画
https://43142.diarynote.jp/201010050803424611/ いわき公演
https://43142.diarynote.jp/201010191155486031/ ワールド・ビート
https://43142.diarynote.jp/201010191405067654/ 三鷹公演

渡辺貞夫

2021年6月23日 音楽
 会場は、赤坂・サントリーホールの大ホール。<70周年記念コンサート JAZZ & BOSSA with STRINGS>という副題つきの公演を見る。延期になっていたもので、2部制にて行われた。休憩時、ホワイエでアルバム販売に列がずらりと。フォジカル、強し。そういう様は触れて精神衛生上、良い?

 アルト・サックスの渡辺貞夫(2002年12月14日、2003年5月6日、2004年12月17日、2005年12月18日、2006年8月8日、2006年9月3日、2006年10月4日、2007年12月16日、2008年12月14日、2009年7月22日、2009年9月3日、2011年7月4日、2012年6月29日、2012年12月15日、2013年4月1日、2013年7月27日、2013年9月29日、2014年7月8日、2014年10月5日、2014年12月14日、2015年12月12日、2016年7月3日、2016年12月11日、2017年10月8日、2017年12月16日、2018年5月28日、2018年9月2日、2018年10月6日、2018年12月15日、2019年8月6日、2019年11月12日、2019年12月15日、2020年10月5日)、ピアノの林正樹(2013年9月6日、2015年9月27日、2015年12月17日、2016年7月16日、2018年5月13日 、2019年1月7日、2019年10月6日、2019年11月19日、2019年11月21日、2019年12月18日、2020年8月28日、2020年10月29日、2020年11月14日、2021年4月19日)、ダブル・ベースのコモブチキイチロウ((2011年1月21日、2012年4月10日、2012年11月10日、2012年11月25日、2013年7月10日、2013年7月27日 、2018年10月6日、2019年10月6日 )、ドラムの竹村一哲(2016年9月27日、2018年9月2日、2019年10月6日、2019年12月20日、2020年10月5日、2019年10月28日 )。そこに、押鐘貴之(2015年12月12日)ストリングスがつく。1部と2部に入らない曲が1曲づつあったが、あとはアンコールの1曲を除き、すべての曲で弦群は重なる。アレンジは過去、御大がいろいろやってきた“ウィズ・ストリングス”ものでたまったものを使ったようだ。

 1部は、ゲイリー・マクファーランドやオリヴァー・ネルソンら非オリジナルのジャズ曲を多くやり、こちらが<ジャズ>編と言えるか。15人ほどのストリングス陣は、指揮者がいずともすりと重なっていく。

 休憩を挟んでの2部は、アコースティック・ギターでブラジル出身のマルセロ木村(2019年10月28日)が入り、クインテット編成となる。こちらは冒頭にバーデン・パウエルらブラジル曲を2つ置くとともに、ボサ(一部サンバ)調のビートを介する渡辺曲を演奏する。こちらは、<ボサ>編となるものですね。

 PAなし。ベースとギターはアンプリファイドしていたろうが、生音による公演。だから、渡辺貞夫の手元にはマイクは置かれておらず、MCなしで通した。今回はどうしてメンバー紹介をしないのといぶかった人もいたかもしれないが、そういうことです。

 しかし、渡辺貞夫は矍鑠。表現に燃えているのが分かる。それは同じ昭和8年生まれの母親訪問を前日にしたばかりだと、よけいにその元気さを痛感する。ぼくの母親は歩行器がないと歩けなく、また耳も記憶力も悪くなっているから。副反応が出ることも考え、貞夫さんは今日/明日の公演を終えた後に2度目のワクチン接種をするようだ。うちの母親も今度の日曜日に2度目の注射をする。

▶過去の、渡辺貞夫
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-12.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-5.htm  6日
http://43142.diarynote.jp/20041221210502000
http://43142.diarynote.jp/200512231955480000/
http://43142.diarynote.jp/200608091255180000/
http://43142.diarynote.jp/200609070211000000/
http://43142.diarynote.jp/200610080946310000/
http://43142.diarynote.jp/200712171350530000/
http://43142.diarynote.jp/200812281440093394/
http://43142.diarynote.jp/200907310048137248/
http://43142.diarynote.jp/200909120646397236/
http://43142.diarynote.jp/201107111008176019/
http://43142.diarynote.jp/201207031353196616/
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▶過去の、林正樹
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http://43142.diarynote.jp/201510021129591335/
http://43142.diarynote.jp/201512271306411506
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https://43142.diarynote.jp/202104211350032210/
▶︎過去の、コモブチキイチロウ
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http://43142.diarynote.jp/201307291053021427/
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https://43142.diarynote.jp/201910291633402258/
▶︎過去の、竹村一哲
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https://43142.diarynote.jp/201809071509481583/
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https://43142.diarynote.jp/201912220907352341/
https://43142.diarynote.jp/202010060748585515/
▶︎過去の、マルセロ木村
https://43142.diarynote.jp/?day=20191028
▶︎過去の、押鐘貴之
https://43142.diarynote.jp/201512151504068292/

<今日の、そうだったナ>
 ライヴ前に新宿に行き、BEAMS JAPANにちょい寄る。 4階<トーキョー カルチャート by ビームス>の一角で、ラッパー/トラックメイカーの下町兄弟の結成30周年を記念した展示がなされている(6月11日〜30日)ので。ぼくが下町兄弟/工藤ちゃん(2005年12月8日、2006年12月21日、2014年10月9日、2015年12月15日、2017年1月30日)と知り合ったのは、彼が前身のバナナ・ベンダースから下町兄弟に移行するころ。すでにバナナ・ベンダースはテイチク・レコードから『廃盤』というアルバムを出していた(そういうアルバム表題をつけるセンスが大好き)が、彼はまだ当時はアルファ・レコードの社員だった。当時同社がライセンスしていたジャイヴ・レコードやディスコもののA&Rをしていて、DJジャージー・ジェフ&フレッシュ・プリンスの『ホームベース』(1991年)のライナーノーツ執筆を頼みたいので、一度会えませんかと連絡を取ってきたのが最初だった。そして、飲んだらめちゃ意気投合、工藤ちゃんはぼくもよく知っていた当時ビクター音産の洋楽A&Rのよっちゃんと仲良しで、以後はその3人でつるんでいた。いい思い出しかないなー。ある種の青春があったなー。展示には、ぼくが大昔に日之出出版の女性誌「SEDA」に書いた記事のコピーもあった。あれ、1ページでアルバム1枚をきっちり紹介していたんだよなー。って、そんなことでも、当時はまだ音楽情報がヴァリューがあったことが分かる? 当時、このページ目当てで月1でプロモーション家庭訪問してくる、フォーライフの宣伝担当者がいたっけ。ぼくがブルータス誌に頼んだ工藤ちゃん/自己スタジオの紹介記事も出して欲しかったな(あの号、本特集が銀座のクラブだった)。展示物にはラジカセも置いてあったが、それは下町兄弟が少し甘酸っぱい新曲の「Lifetime」をカセット・テープで出したからだ。そのときの結構気のあったSEDAの編集者は出版社を移りゆるやかな付き合いを保ち(その後釜の編集者に、すごいスライ・ストーンが好きなんですという人がいたような……)、よっちゃんは某音楽著名企業に移ったら少し経って執行役員/制作本部長になってしまったり。工藤ちゃんもラッパー/音楽制作をずっと続けているのは変わりがないが、俺のほうがよりやっている仕事は変わらねーか。ブルータスの編集者だった信ちゃんはお元気かなー。あら、「Lifetime」にそい、後ろ向き?
 その後、少し早目に着いたので、サントリー・ホールの手前のドイツ・ビール屋のテラスで1杯。再び、短時間であってもおおっぴらに飲めるはうれしい。今、日が一番長いのか? 禁酒法時代のキモチが少し分かったという、知人がいたな。ぼくも歩いていると、ココは外飲みに適しているなとか思うようになったりも。ここアークヒルズは店が閉まっても椅子やテーブルが外に出しっ放しで、それにはかなり吉。って、実際外飲みしている会社員らしきグループもいた。サントリーホールのホワイエの飲み物販売は休止されていた。
▶過去の、下町兄弟
http://43142.diarynote.jp/?day=20051208
http://43142.diarynote.jp/200612270253390000/
http://43142.diarynote.jp/201410160819402945/
http://43142.diarynote.jp/?day=20151215
https://43142.diarynote.jp/201701310904097357/
https://43142.diarynote.jp/201808230939167399/ こんなこともありました。下の方。
 セックス・ピストルズ→パブリック・イメージ・リミテッド(PIL)のフロント・マンの半生を扱う2017年英国映画「ザ・パブリック・イメージ・イズ・ロットン」(原題:The Public Image is Rotten)をオン・ライン試写で見る。グループ名と旧芸名(ジョニー・ロットン)の姓を用いた表題はうまいな。8月中旬から、公開される。   
 
 1976年のデビューであり、何より本人が元気なだけに、いかようでも、というところはあったか。監督はスケード・ボード好きでベーシストをしていたこともあったメキシコ出身のタバート・フィーラーで、これがデビュー作となるよう。

 複数にわたる自宅でのジョン・ライドンへのインタヴュー映像を柱に、いろんな周辺の人たちの取材マテリアルも用い、とうぜん写真や映像もいろいろ。PILの日本でのライヴ映像も少し出てくる。パジャマだったり、PILのTシャツを着ていたり、テーブルにコロナ・ビールが置いてあったりと、いろんなシチュエーションで自分語りをするライドンは、尊大さを感じさせるところも含め、そのパブリック・イメージからは離れない。

 一方で、なにげに小心者(ピストルズ期にマルコム・マクラーレンに搾取されたことで、マネージャーに多大なわだかまりを持つ。ジョン・ライドンへの改名も、ピストルズ解散後の使用を禁じられたからのよう)だったり、意外に真っ当なところを伝えるところ(本は好きなようで、それは率直にして、核心を射抜く歌詞にも表れているか)もある。だいたい時系列で話は進められるが、長い付き合いを持つ妻でグルーピーとして英国ロック界で名を鳴らしたこともあったドイツ新聞王の娘であるノラ・フォスターには誠実な思いを持っていることを語る部分もある。また、今世紀に入ると、英国のリアリティ番組に出演したりして、おちゃめなおっさんというイメージが本国で広がったのは知っていたが、そこから出演依頼がきたバターのTV-CFも紹介される。

 PILはライドン以外のメンバーの出入りが多いバンドであったが、それについてはけっこうマニアックに追われる。それはロックをやる人間のダメさやロック・ビジネスのやっかいさを伝えてくれるだろう。たくさん出てくる証言者のうち、サーストン・ムーアの外見や発言のまっとうさは際立っている。

 へえ、ノラの孫たち(ザ・スリッツのアリ・アップの娘。双子だ)を引き取ったりもしていたのか。それを語るライドンは生理的に爽やかだ。昨年、14歳年上のノラが認知症になり、彼はフルタイムの介護に入ったというニュースが流れた。………ある種の勘の良さを持ち、またライドンが個性豊かなシンガーであったことを再確認できるドキュメンタリー映画だ。

▶︎過去の、アリ・アップの訃報
https://43142.diarynote.jp/201010241834415571/

<今日、感じたこと>
 映画は、劇場か試写会で見る。そう決めているのは、その方が大きな画面や迫力ある音声で楽しめるから。という以前に、集中して対象を受け止めることができるからだ。もう配信を介しての家でのチェックだと集中力が散漫なため、他のことことに思いが向いたり、関係ないことをホイっとしたくなってしまう。ただの楽しみなら別にストリーム受容でいいのだが〜とはいえ、PCの画面ではなく、小さくはないTVモニターでは見たいけど〜ちゃんと原稿を書くなら、ぼくは家でぼさあと見ることをできるだけ避けたい。この時節がら試写案内にはオンライン試写の案内も付記されているが、まだそれを活用したことなかった。だが、オン・ラインの試写を見て原稿を書いてネという依頼が来て、その映画を見てみたいとも思ったので、今回引き受けたわけだ。ドキュメンタリー映画だと発言などの再確認をすぐにできるので、確かに楽で、有用な部分もあるナ。でも、それに慣れるとその場の作品理解力はどんどん落ちて行きそう、物事を他者に伝える職業に必要な勘のようなものは減じてしまいそうな気もする。また、やはりデスクトップの13インチの画面では絵が小さすぎる。なんか、音楽を安いPCの音で聞いている気になってしまう。秀でた音楽はどんな音で聞いても良い。というのは真理であるが、やっぱりいい音で、できるならアナログな環境で楽しみたいという気持ちはずっと持っていたいな。

 築地市場前・BLUE MOODで、賑やかしの陽性バンド(2010年12月27日、2011年2月11日、2011年5月8日、2012年6月8日、2012年10月27日、2013年2月11日、2013年8月24日、2014年5月3日、2014年6月15日、2016年2月11日、2016年5月22日、2016年12月1日、2017年2月11日、2018年2月11日、2018年6月17日、2019年2月11日、2020年9月10日)のライヴを見る。クラウド・ファウンディングによる新作『素敵な未来予報』のリリースに合わせてのもので、明日も同所で行われる。

 今年1月に録音されたその新作は、部分的に活劇的なノリを強くしてもいるのだが、そのアルバム収録曲を中心に、過去の曲も何曲か。例によって、新作にも入れられたガブリエル・モウラ(2016年10月8日、2020年9月10日)との出来の良い共演曲も、モウラの歌う映像を用い披露される。

 現在の正式メンバーは5人(ヴォーカル、ギター、キーボード、ドラム、アルト・サックス)で、そこにトランペット、トロンボーン、エレクトリック・ベース、パーカッション2人のサポート奏者が加わり、総勢10人(と一人のサンバ・ダンサー)でライヴは進められた。ホーン音や打楽器音の美点も介しブラジル音楽要素と親しみやすいJポップ語彙を広い素養や機微とともに交錯させる、とも彼らの表現は説明できるが、新作においてはコアにいるメンバーが前に出て鷹揚な幅広さを持つようになってきている部分はある。だが、ライヴにおいてはサポート奏者も含めた大所帯グループとしての剛性感や彩を再確認しているような部分も感じた。メンバー紹介も平等にするしね。

 フロントに立つ村田はより歌声が太くなったかなと思える部分はあり。他のメンバーたちも歌声を重ねる部分もある。ものの、それはもっと活発に、烏合の衆的なざわざわした感じをより出した方をもっと吉と出るのではないか。ちょっと演歌っぽい洒落を入れた曲もあり、それもなんか悪くはない。それを確認し、エチオ・ジャズ/エチオ歌謡に通ずるような曲をやっても面白いだろうなーと、ぼくは思った。

▶過去の、サンバマシーンズ/カルナバケーション/カンタス村田関連
http://43142.diarynote.jp/201101061047294455/
http://43142.diarynote.jp/201102121002078478/
http://43142.diarynote.jp/201105140858559432/
http://43142.diarynote.jp/201206120854205300/
http://43142.diarynote.jp/201211151028209850/
http://43142.diarynote.jp/201302181123344904/
http://43142.diarynote.jp/201308281519499994/
http://43142.diarynote.jp/201405051105329639/
http://43142.diarynote.jp/201406161000365031/
http://43142.diarynote.jp/?day=20160211
http://43142.diarynote.jp/201605240833401202/
https://43142.diarynote.jp/201806181751451387/
https://43142.diarynote.jp/201908071557182844/
https://43142.diarynote.jp/201902141412599444/
https://43142.diarynote.jp/202002120812258847/
https://43142.diarynote.jp/202009111437086137/
▶︎過去の、ガブリエル・モウラ
https://43142.diarynote.jp/201610140945007657/
https://43142.diarynote.jp/202009111437086137/

<今日は、1回目のワクチン接種を受けた>
 64歳以下にもワクチン接種の枠を広げるとの情報を受けたら、15日に世田谷区から接種券が届く←しかし、ちゃんと住民票がないと対応してもらえないんだなー。年長のご近所さんから世田谷区の施設だと予約が早い時期に取りにくく大手町に設置された接種大会場で注射をすませたという話を聞いていたので、そちらに翌日アクセスしたら、早々に1回目接種の予約が取れちゃった。区の方はファイザー社のところ、自衛隊が運営するこちらはモデルナ社のワクチン。それについては、モデルナ社の方がアジア人には合っているとの結果が出ているんだよ、と友人に言われる。へえ、そうなの。大手町の大会場(隣には日経新聞本社や経団連会館があった。何の建物を転用したのだろう?)は案内/導線がよく取られていて、すぐに臍を曲げるぼくでもまったくストレスなし。すぐに注射してもらえたし、よく整備されていて感心した。最初の受け付けの女性が綺麗なお姉さんで、思わず「自衛隊にいるんですか」と聞いてしまう。答えは否。十分すぎるほど丁寧で、たくさんいた係員の方々は普段は何をなさっている人たちなんだろう。ここは都下から来た人にも対応し、東京駅との連絡バスも運行されているようだ。2回目は1ヶ月後となる。とりあえず、注射後も平穏。躊躇せず、ライヴに向かえました。ところで、ライヴ会場近くのかつての築地市場のあった更地もワクチン接種会場となっていた。そちらは都の運営で、警察官や消防署員などの枠にいる人たちにワクチン注射を行っているようだ。

 梅雨な空模様のなか、2つの米国映画を見る。アフリカ系とヒスパニック系が主役となる。

 まず、不世出のジャズ・シンガー/ソングライターであるビリー・ホリデイ(1915〜59年)を扱う2019年英国ドキュメンタリー映画(原題:Billie)を新橋・TCC試写室で見る。冒頭にはBBCやユニヴァーサルのロゴも入る。彼女の肩書きにソングライターとつけたが、あっと驚く内容を持つ「ゴット・ブレス・ザ・チャイルド」、そして「ファイン・アンド・メロウ」や「ドント・イクスプレイン」や「ビリーズ・ブルース」など数は多くないものの、彼女が曲作りに関わった曲の歌詞には相当に魅力を覚えるからだ。ソングライターとしてのホリデイに焦点をあてる企画があってもいいと思えるほどに。

 彼女の自伝を書こうとしていた米国人ジャーナリストのリンダ・リップナック・キュールによる1960年代から約10年にわたる関係者への取材テープ〜それは、200時間にも及ぶという。そして、彼女は志半ばで亡くなってしまった〜をもとに、いろいろな写真や映像を掘り起こながら巧みに構成している。いや、カウント・ベイシーをはじめとする共演ミュージシャンから薬方面の関係者まで、本当にいろんな人に取材していたのだな。

 そして薬と酒とダメ男(彼女はバイ・セクシャルでもあった)にまみれた、マゾヒストという側面も多分に抱えたホリデイの人生と音楽が語られる。へえ、そうなんですかという部分はいろいろ。かなり悲惨な人生を送り、それが生理的に重い歌唱に繋がった人ではあったが、映画を見るとわりと円満な顔つき(年取る前はわりと体格もふくよか)であったことが分かり、なんかそれにぼくは救われた。映像や写真は最新技術で着色されてもいるようだが、彼女の顔の色はそれほど黒くない。彼女はアイルランド系のプランテーションの主が奴隷女性をコマして生まれた末裔であるようだが、映画では彼女が顔を黒く塗ってステージに立つことを強いられたことも伝える。あと、ホリデイは犬好きで、彼女のお葬式はそれなりに立派だったんですね。

 米国20世紀前〜中盤の黒人芸能と境遇を編み込むこの映画は、7月2日から15日にかけて角川シネマ有楽町で開かれる<ピーター・バラカンズ・ミュージック・フィルム・フェスティヴァル>のメインの映画(一番上映回数が多い)として公開される。

 その後は、2021年映画「イン・ザ・ハイツ」(原題:In the Heights)を、ワーナー・ブラザース神谷町試写室で見る。評判の高い同名のブロードウェイ・ミュージカル(日本人キャストで、本邦上演もあったよう)を映画化したもののようだが、本国でもコロナ禍のなか公開が留められ、先週の金曜日に上映が始まったばかりなよう。日本では7月30日より、公開される。

 プエルトリコにルーツを持つようであるリン・マニュエル・ミランダが音楽込みで原作を作ったのは大学2年生のときで、80分の一幕ものとして大学で3日間披露された。それをもとに膨らまされて、オフ・ブロードウェイ→ブロドウェイと公開規模が大きくなり、ついに映画化にも至ったよう。監督はジョン・M・チュウで、ラテン姓がずらりと並ぶキャストはこの映画のために選ばれ、リパブリック/ユニヴァーサル(アンソニー・ラモス)やソニー・ミュージック・ラテン(メリッサ・バレラ)などからアルバムを出している人もいる。

 タイトルにある“ハイツ”とはマンハッタンの155丁目以北の、かつてはドミニカ移民が多数居住していた地区であるワシントン・ハイツから来ている。ドミニカをはじめとするラテン・ルーツの人々/コミュニティの希望や挫折を今の街の風景とともに描いており、音楽の多くはラテン調。そこに歌やラップが載せられるわけで、英語主体ながらときにスペイン語も使われる。それは、全体の4分の1ほど(かな?)のセリフの部分も同様だ。音楽はもう少し打楽器群の効用が出たものにして欲しかったが、映画化にあたり新たに3人が音楽に関与しているようだ。

 絵に描いたような明解なフックを持つ甘ちゃんストーリーであり、音楽がポップ化されたものでもあっても、やはりラテン系移民による気概や歌の力や躍動感にフフフとなれる。終盤のアパートの壁を使ったシーンとか感心しちゃう部分もある。ちゃんと音楽のシーンが収められているため、尺は143分。さすが、長いな。基本ハレの感覚を持つ映画であり、ワクチン接種が進んで以前の人間関係/生活が戻りつつある現況を祝う意味合いで、米国ではこの映画は受け取られるのではないだろうか。話が離れるが、サッカーのEUROの試合で、スタジアムがマスクなしの観客に埋まっているを見て驚いた。

<今日の、追記>
 ビリー・ホリデイと言えば、ダイアナ・ロスである。彼女は映画産業に進みたがったモータウンがお金を出した1972年米国映画「ビリー・ホリディ物語/奇妙な果実(原題:Lady Sings The Blues)」に主演した。しかし、ベリー・ゴーディJr.はよくこんなカラードの悲哀を山ほど背負った業の深いシンガーの役を、都会洗練派で売っていたダイアナ・ロスに演じさせることにしたよナ。両者のイメージは水と油のはずなのにロスの演技は大好評を得て、サウンドトラックはチャート1位になり(ロスの唯一の全米1位アルバムになるよう)、彼女がよりスターダムに登るのを後押しした。また、その映画によりホリデイの存在が広く伝わったのも間違いない。とか、偉そうに書いているが、40年近く前に一度見ただけで、おぼろげな記憶しか残っていない。今週、ダイアナ・ロスの新曲「サンキュー」が発表になった。その曲を含む22年ぶりの同名となる新作は9月にリリースされるという。
 ところで、映画「Billy ビリー」の頭のほうで、彼女がビッグ・バンドを歌う映像が長めに流されるが、その満たされいてて、メロウな味にはうっとり。それは、ジャズが当時の一番の洗練を抱えていた“メインストリーム”であったからこそ導かれる味ではないのか。彼女が内に様々な闇を抱えていたとしても、彼女にとって歌うことは最大の自己表現であったのだとも思わせられる。そして、1970年代はロスがメインストリームに君臨した時期だった。

 ブラジル人トロンボーン奏者の、ラウル・ジ・スーザの訃報が入った。癌を患っていたようだ。カリオカで、ワイルドかつ陽性な外見を持つ人物でした。1950年代から同国で活動。セルジオ・メンデス(2003年9月2日、2005年8月9日、2006年9月29日、2008年2月7日、2012年5月1日、2015年5月27日、2016年9月4日、2018年11月12日)のボサ・リオにいたこともあった。リーダー作は1960年代中期以降出すようになり、メキシコを経て、1970年代に入るとアメリカに居住した。アイアート・モレイラ(2000年7月10日)やフローラ・プリムとはずっと仲良しだった。

 1970年代後半は米国キャピトルと契約し、うち2枚はジョージ・デューク(2004年10月28日、2010年3月15日、2012年12月5日、2013年8月7日)のプロデュース。その頃は、特殊なエレクトリック・トロンボーンも手にしたと言われる。その後、ディスコっぽい方にも手を伸ばしたが、基本はペーソスあふれるジャズ感覚、歌心を持つトロンボーン・ソロがあった人だと思う。そして、そこにはなんかうれしくなるフレキシブルさがあり、大雑把に言えば、生涯に渡り属性をナチュラルに活かしたブラジリアン・ジャズを送り出した御仁であった。2020年秋に引退を発表していたが、今年5月にはブラジル人としての矜持を抱える好ジャズ作『Plenitude』(Pao)を出した。

 米国在住時代には、カル・ジェイダー、ソニー・ロリンズ(2005年11月13日)、エルメート・パスコアール( 2004年11月6日、2017年1月8日)、ミルトン・ナシメント(2003年9月23日)他、いろいろなアルバム録音にも参加。だが、いつからかブラジルに戻り、その後はパリと行き来するようになり、彼はパリでお亡くなりになった。

▶過去の、セルジオ・メンデス
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-9.htm
http://43142.diarynote.jp/?day=20050809
http://43142.diarynote.jp/200610020643550000/
http://43142.diarynote.jp/200802101517380000/
http://43142.diarynote.jp/201205080621274204/
http://43142.diarynote.jp/201505281537538677/
https://43142.diarynote.jp/201609201052518160/
https://43142.diarynote.jp/201811141355524842/
▶︎過去の、アイアート・モレイラとフローラ・プリム
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-7.htm 10日
▶過去の、ジョージ・デューク
http://43142.diarynote.jp/200410310519500000/
http://43142.diarynote.jp/201003191716161050/
http://43142.diarynote.jp/201212131141531884/
https://43142.diarynote.jp/201308110827534904/ 下の方、訃報
▶過去の、ロニー・ロリンズ
http://43142.diarynote.jp/200511130413390000/
▶︎過去の、エルメート・パスコアール
http://43142.diarynote.jp/200411071407550000/
https://43142.diarynote.jp/201701091249004326/
▶過去の、ミルトン・ナシメント
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-9.htm

<わあ、この二人は関わっていたのか>
 ジョー・ジャクソンとトッド・ラングレン(2001年11月9日、2002年9月19日、2002年9月28日、2008年4月7日、2010年10月10日)。間違いなく、ぼくの音楽人生においてヤラれ、一時は熱をあげまくり、ぼくの音楽観にも深い何かを与えているお二人だ。そんな彼らが2005年4月25日にニュージャージーの劇場で一緒に共演公演を行なった際の実況盤が出ると知ったのは、ゴールデン・ウィーク明けだったろうか。Bandcampに全曲が挙げられ、CD2枚とDVD1枚のフォジカルがリリースされることも発表されていた。それはNYの弦楽四重奏団であるエセルも入ったもので、弦音付きのアンプラグド・ライヴかと思ったら……。CD1はまずエセルだけの演奏が続き(ピッチがそろっていないように感じ、楽曲もいまいちだし、ぼくはその部分を2度と聞きたいと思わなかった)、その後はジョー・ジャクソンのグランド・ピアノの弾き語りが11曲。やっぱり、『ナイト・アンド・デイ』の曲をやられるとうれしいな。そして、CD2はラングレンのピアノ弾き語りがまず11曲。それら、まあジジイになった今、キャリアを穏健に振り返る感じもあるか。だが、ぼくは弦楽四重奏ともっと重なったり、一緒にやる場面もあるのかと思ったので、少なからず肩透かしをくらった。そして、アンコールとなる2曲はそれぞれエセルと絡む曲を1つづつ披露し、また最後の2曲は主役のお二人が一緒にやり、エセルも音を入れる。その際の曲は、ザ・ビートルズ曲「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」とラングレン曲「ブラック・マリア」なり。あー、うれしさも中ぐらいなり。調べてみたら、同公演の一部の映像はyoutubeに挙げられていた。
▶︎過去の、ジョー・ジャクソンへの言及
https://43142.diarynote.jp/201109151818437240/ 下の方
http://43142.diarynote.jp/201312200917503345/
▶過去の、トッド・ラングレン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/LIVE-2001-11.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm
http://43142.diarynote.jp/200804081929500000/
http://43142.diarynote.jp/201010111257003810/

 そういえば、ポール・ウェラー(2000年9月12日)がBBC交響楽団と共演するライヴを、同楽団が本拠に置くロンドンの2000人級のバービカン・ホールで5月15日に行っている。実は彼、2年前にもオーケストラとの共演を行ったことがあるそう。今回のオーケストレイションと指揮はジュールズ・バックリー(2016年3月9日)で、彼はガキのころにウェラー表現に親しみ、今回の選曲にも大きくかんでいるようだ。ザ・ジャムやスタイル・カウンシル時代の曲から、今度出るアルバムの新曲まで、いろんな曲が披露されたよう。オーケストラに側近ギタリストのスティーヴ・クラドックが加わるとともに、セレステ(エイミー・ワインハウスがシャーデーのノリで歌っているような若手逸材で、かなりジャズ好き)、ボーイ・ジョージ(2000年3月1日)、ジェイムズ・モリソンらがゲストに入り華を添えたという。かなり感染症対策が緩くなった開放感のもと、この公演は開かれたのだと思う。
▶過去の、ポール・ウェラー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-9.htm
▶︎過去の、ジュールズ・バックリー
https://43142.diarynote.jp/201603111218495183/
▶︎過去の、カルチャー・クラブ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-3.htm


 ダウン症。という言葉は多くの人が知っているだろう。だが、染色体異常から来る1000人に1人の割合でかかるというこの症状を、ぼくはちゃんと認知したことがなかった。情緒的な発達の遅れや特徴的な風貌に症状は顕れ、白血病を発症する場合もあるという。だいぶアバウトな要約だが、そんなダウン症候群(英国人ダウン博士により、19世紀中頃に報告された)の35歳で元気かつ聡明にスーパーで働いている娘とその父親の物語を描く2019年イタリア映画を見る。渋谷・映画美学校試写室。7月3日より、岩波ホールほかで公開される。

 実はこの試写の案内が来たときにとっくに公開された映画じゃなかったかと思ったのだが、本来は昨年春に公開予定だったものが、1年強延期さていたらしい。なんか、印象的な邦題だったので、ぼくの頭の片隅に残っていたわけですね。原題は主人公の名前である「DAFNE」、監督は1975年生まれのイケ面っぽいフェデリコ・ボンディが務める。フィレンツェ大学で文学と哲学を学んだ彼はCMやドキュメンタリーに関わってきて、本作がフィクション長編映画としては2作目になるという。

 音楽担当者として名前クレジットは出てくるものの、いわゆる劇伴はなし。ダンス・パーティのシーンとかで既発曲が流されることはあっても。エンドロールに流れる、レトロなロック調から広がっていく技あり曲は書き下ろしなのだろうか。ようは、普通のシーンで音楽が入らない映画であるのだが自然な淡々さを導き、それで全然OK とぼくには思える。というか、通常の映画は音楽効果に頼りすぎのところがあるのではないのか。主人公の悲しみを表現するところで、泣いている彼女の顔のアップを捉えつつ無音にし、ちょい低音の効果音を敷く場面が一箇所だけあった。

 (映像理解力が低いかもしれないぼくゆえ、)ストーリーを事前に読んでいなかったらちゃんと筋が分かるのかともほんの少し思える、静かな映像運びのもとヒューマン・ストーリーは綴られる。亡くなってしまった母親〜それにより、娘と父親双方のメンタルや関係に綻びが出る〜の故郷へ二人で歩いて旅をする終わりの3分の1はロード・ムーヴィと言っていいのかな。字幕を見ての判断だが、ときにセリフが渋いと感じる部分あり。もう一つの、真面目なイタリアン感性の表出がここにはありました。

<ここのところの、そうだったのか>
 リードの川下直弘(2005年12月22日)とダブル・ベースの不破大輔(2004年9月1日、2005年12月22日、2006年1月14日、2006年1月21日、2006年8月27日、2006年11月15日、2006年12月1日、2007年1月13日、2007年6月3日、2007年6月13日、2008年7月6日、2009年7月26日、2009年9月27日、2010年4月22日、2010年9月19日、2013年5月19日、2015年6月15日、2015年11月23日、2016年4月30日、2017年11月23日2018年4月28日)とドラムの大沼志朗(2012年11月24日、他)。その3人からなるフェダインの旧作がリマスター再発売された。そのなかの『フェダイン・ジョイント』(Nutmeg、1993年)は今回ぼくが初めて聞く作品であるのだが、とても驚いた。<フィーチャリング・南正人>との表記、文字通り全面的に南正人が入っていて、しかも歌い口が立派でイケている。南正人(1944〜2021年)の名前はもちろん知っていたが、ちゃんと聞いたことはなく、うわあとなった。シンガー・ソングライターというにはあまりに規格外な御仁であったとを思い知る。彼の歌い方はソウルフルではないが、例えを出すなら、ヴァン・モリソンがリチャード・デイヴィスら米国人純ジャズ・マンのサポート(デイヴィスたちにとっては、それは完全なスタジオ仕事であったものの……)のもと録った『アストラル・ウィークス』(ワーナー・ブラザーズ、1968年)の演奏部をもっと過激にして、長くした感じ。いや、南正人と不破たちの絡みはもっと有機的で、『フェダイン・ジョイント』は非ジャズ・ヴォーカル表現とリアル・ジャズ方策溶解の、稀有に大成功したアルバムだと言わざるを得ない。楽曲作者が知りたいところだが、CDブックレットにクレジット記載はなし。どういう経緯のもと録音されたかも知らないが、これはもっと広く知られるべき、意義深く価値ある奇盤だ。あ、ここには加藤崇之(2005年11月28日、2005年12月11日、2012年11月24日、2017年1月9日、2019年8月29日、2021年4月14日)も入っていて、ときににいろんな効果音的な音を加えている。同時にリイッシューされたフェダインの1990年録音作セルフ・タイトル作(Chocolate City)は3人による疾走作だが、オディアン・ポープ・トリオを思い出させるところもあるか。1曲めは勝井祐二(2000年7月29日、2000年9月14日、2002年9月7日、2002年9月14日、2003年3月6日、2003年7月29日、2004年1月16日、2004年5月28日、2004年5月31日、2004年6月2日、2004年6月3日、2004年11月19日、2005年2月15日、2005年2月19日。2005年4月11日。2005年10月30日、2006年5月30日、2006年7月7日、2006年8月27日,2006年12月3日,2006年12月28日、2007年6月29日、2008年1月30日、2008年2月18日、2012年12月23日、2013年1月7日、2013年2月11日、2013年6月6日、2014年7月8日、2014年12月26日、2017年11月12日、2018年10月21日、2021年4月25日、他)の曲で勝井本人が入ってもいる同盤はライヴ・レコーディング作だが、エンジニアはエマーソン北村(2003年3月11日、2005年2月15日、2006年8月24日、2010年9月19日、2015年7月27日、2015年10月3日、2016年12月29日、2019年5月21日)が務めている。ともに、ジャケット・カヴァー絵は鈴木コージ画伯による。ぼく、彼と飲んでお話しした記憶があるのだが、どこでだったろう?
▶︎過去の、川下直弘
https://43142.diarynote.jp/200512231958440000/
▶過去の、不破大輔/渋さ知らズ
http://43142.diarynote.jp/200407290730290000/
http://43142.diarynote.jp/200409010713470000/
http://43142.diarynote.jp/200512231958440000/
http://43142.diarynote.jp/200601161256540000/
http://43142.diarynote.jp/200601271857530000/
http://43142.diarynote.jp/200609031311580000/
http://43142.diarynote.jp/200611190320370000/
http://43142.diarynote.jp/200612060135390000/
http://43142.diarynote.jp/200706061351450000/
http://43142.diarynote.jp/200701141431470000/
http://43142.diarynote.jp/200706162321180000/
http://43142.diarynote.jp/200807081247190000/
http://43142.diarynote.jp/200908180046187200/
http://43142.diarynote.jp/200910071809361076/
http://43142.diarynote.jp/201004231559516550/
http://43142.diarynote.jp/201009231554333481/
http://43142.diarynote.jp/201305260923241736/
http://43142.diarynote.jp/201506161247423392/
http://43142.diarynote.jp/201511250531202253/
http://43142.diarynote.jp/201605170939589783/
http://43142.diarynote.jp/201711241828493970/
https://43142.diarynote.jp/201804290935481570/
▶︎過去の、大沼志朗
https://43142.diarynote.jp/201211261639115632/
▶︎過去の、加藤崇之
http://43142.diarynote.jp/amp/200512020244540000/
http://43142.diarynote.jp/200512140951100000/
http://43142.diarynote.jp/201211261639115632
http://43142.diarynote.jp/?day=20170109
https://43142.diarynote.jp/201908310944135574/
https://43142.diarynote.jp/202104151741019185/
▶過去の、勝井/ROVO
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-7.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-9.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-3.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-7.htm
http://43142.diarynote.jp/200401160000000000/
http://43142.diarynote.jp/200406080043380000/
http://43142.diarynote.jp/200406100011020000/
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http://43142.diarynote.jp/?day=20050219
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http://43142.diarynote.jp/200606071931300000/
http://43142.diarynote.jp/200607100307170000/
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http://43142.diarynote.jp/200612291257400000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20070629
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http://43142.diarynote.jp/201301151819527787/
http://43142.diarynote.jp/?day=20130211
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http://43142.diarynote.jp/201407091243129270/
http://43142.diarynote.jp/201412291146465218/
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https://43142.diarynote.jp/202104270842552952/
▶過去の、エマーソン北村
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-3.htm 11日
http://43142.diarynote.jp/200502161844550000/
http://43142.diarynote.jp/200608271342350000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20100919
http://43142.diarynote.jp/?day=20150727
http://43142.diarynote.jp/201510051403147675/
https://43142.diarynote.jp/201612310826453297/
https://43142.diarynote.jp/201905220902467859/

 ついでに、最近の吹っ切れたジャズの新作のことも書いておこう。なんか、ヤサぐれつつ(ここんとこ、そーゆーモードが続いているんだよな)、何度も聞いている(しかも、大音量でずばんと)のは、ポーランドの好レーベル“ノット・トゥー”発のワンダリング・ザ・サウンド・クインテットの『WHAT IS』。2019年クラコウ・ジャズ・オータム・フェスティヴァルにおけるアルケミア・クラブで録られた実況作で、構成員はピアノの藤井郷子(1999年8月16日、2000年6月2日、2000年10月1日、2002年8月5日、2003年1月21日、2003年4月7日、2004年7月27日、2005年2月10日、2005年11月28日、2005年12月11日、2006年7月3日、2008年8月24日、2008年12月17日、2010年1月9日、2010年6月7日、2010年8月6日、2012年7月1日、2016年1月28日、2017年1月9日、2017年9月13日、2018年1月8日、2019年1月13日、2019年1月13日、2019年6月29日、2019年12月20日、2020年1月13日)、アルゼンチン出身の在米リード奏者(ここではクラリネットを吹く)のギジェルモ・グレゴリオ、トランペットと肉声の田村夏樹(1999年8月16日、2000年6月2日、2000年10月1日、2002年8月5日、2003年1月21日、2003年4月7日、2004年7月27日、2010年8月6日、2012年7月1日、2005年2月10日、2005年11月28日、2005年12月11日、2006年7月3日、2008年8月24日、2008年12月17日、2010年1月9日、2010年6月7日、2016年1月28日、2017年1月9日、2017年9月13日、2018年1月8日、2019年1月13日、2019年3月22日、2020年1月13日) 、ポーランド人ベーシストのラファウ・メイザー(アコースティック・ベース・ギターとクレジット。アコースティック・ギターの形の4弦を弾く)、在仏スペイン人ドラマーのラモン・ロペスという多国籍の奏者を擁する。44分(いくつかのパートをつなげるが、出たしが風情あるなあ)、12分、8分の3曲を収録。ざっくり言ってしまえばアヴァン・ジャズだが、確かな詩情とどうして今吹っ切れた我が道を行くかというような覚悟が渦巻いていていて鼓舞される。メイザーのライナーノーツは琵琶湖の話から始まり、一休宗純(一休さん、ですね)による短い英訳文章も掲載されて、そのグループ名や曲名はそこから取られたことが示されている。おれ、有名な漫画も見たことがないし、一休のことなんも知らねえ。
▶過去の、藤井郷子
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/augustlive.htm 藤井カルテット
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-6.htm 藤井3+1
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-10.htm 藤井カルテット
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/framepagelive.htm 藤井3+1
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-1.htm 藤井4
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-4.htm 田村カルテット
http://43142.diarynote.jp/200407271618520000/ 藤井3+1
http://43142.diarynote.jp/?day=20050210 田村カルテット
http://43142.diarynote.jp/200512020244540000/ ザ・レイモンド・マクドナルド・トウキョウ・インプロヴァイザーズ・オーケストラ
http://43142.diarynote.jp/200512140951100000/ エリオット・シャープ
http://43142.diarynote.jp/?day=20060703  藤井オーケストラ名古屋/同東京
http://43142.diarynote.jp/?day=20080824 レイモンド・マクドナルド・インターナショナル・ビッグ・バンド
http://43142.diarynote.jp/200812281445103402/ 藤井4
http://43142.diarynote.jp/201001101203088126/ ガトー・リブレ、ファースト・ミーティング、ma-do、オーケストラ東京
http://43142.diarynote.jp/?day=20100607 ファースト・ミーティング
http://43142.diarynote.jp/201008261616172628/
http://43142.diarynote.jp/?day=20120701
http://43142.diarynote.jp/201601301017037781/ KAZE
http://43142.diarynote.jp/201701101136544400/  Quartet Maho。Maho、 Satoko Fujii Orchestra Tokyo、Tobira―one、Satoko Fujii Quartet
http://43142.diarynote.jp/201709141146381271/ 藤井オーケストラ東京
https://43142.diarynote.jp/201801100512178732/ あれもこれも
https://43142.diarynote.jp/201901141236416025/ あれもこれも
https://43142.diarynote.jp/201903231350548821/ モリ・イクエ
https://43142.diarynote.jp/201906280923527705/ 2019年ダウンビート誌クリティクス・ポール
https://43142.diarynote.jp/201906301115529387/ +齊藤貿子
https://43142.diarynote.jp/201912220907352341/ 東京トリオ
https://43142.diarynote.jp/202001141031439634/ あれもこれも
▶過去の田村夏樹
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/augustlive.htm 藤井カルテット
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-6.htm 藤井3+1
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http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-4.htm 田村カルテット
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http://43142.diarynote.jp/?day=20040820 板橋オーケストラ
http://43142.diarynote.jp/200410162220330000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20050210 田村カルテット
http://43142.diarynote.jp/200512020244540000/ ザ・レイモンド・マクドナルド・トウキョウ・インプロヴァイザーズ・オーケストラ
http://43142.diarynote.jp/200512140951100000/ エリオット・シャープ
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http://43142.diarynote.jp/201701101136544400/ Quartet Maho。Maho、 Satoko Fujii Orchestra Tokyo、Tobira―one、Satoko Fujii Quartet
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 浅野いにおの同名の漫画を、ウエダアツシが映画化した作品の試写を見る。渋谷・映画美学校試写室。なかなか評価の高いというお二人のことを、ある意味音楽バカのぼくはまったく知らなかった。だが、挿入歌にはっぴえんどの「風をあつめて」が使われ、音楽はworld‘s end girlfriendが担当するという情報だけで、ぼくは見にいくことに決めた。「風をあつめて」が使われる映画というと、ソフィア・コッポラの2003年映画「ロスト・イン・トランスレーション」が思い出されるが、こちらは漫画のほうにもこの曲が出てくるようだ。8月20日から公開される。

 海に面した地方の街を舞台に置く、中学生たちの青春模様を描く映画だ。←”癖のある中学生”と書こうとしたが、思春期だし、まあそれぞれに皆そうだろう。最初、映画は散文ぽい感じで流れていき、そのままドロドロした内容をこういう感じで綴っていくのかと思ったら、少し具体的になるな。とはいえ、けっこうどぎつい内容も淡々と語られていく感じではあるか。現代を舞台をしながらはっぴえんどの曲が用いられるということにも示唆されているように、じじいのぼくはけっこうおやじ臭いストーリーかもとも思った。決して明るくない筋を持つが、最後は爽やかで、それは精神衛生上よい。終盤の「風をあつめて」の入り方もインパクトありかな。world‘s end girlfriendの劇中音楽は、もう少し電気色を抑えたほうが映画にあったかもしれない。

 ただ、20歳すぎの役者が中学生を演じるのは、キツくないか。高校生というのが、妥当だろう。性交も話の大きなフックゆえ、10代に演じさせることはできないので、しょうがないことなのかもしれないが。それから、この監督の力量なら肌を出さずにセックスを想起させ、筋を進めさせることも可能ではなかったか。

<最近の、めでたいニュース>
 ルイジアナ州ニューオーリンズ(NOLA)が生んだ最良の音楽家であるアラン・トゥーサン(2006年5月31日、2006年6月1日、2007年10月21日、2009年5月29日、2011年1月10日、2012年10月15日、2013年10月22日、2015年1月21日)のスピリチュアルにして幻想的(NOLA初のロボ声曲となる?)な1975年名曲「サザン・ナイツ」がルイジアナ州の公式州歌になるそうだ。ジョージア州における、レイ・チャールズの「ジョージア・オン・マイ・マインド」みたいなものか。NOLA情報はおまかせのオフビートの7日のネット記事によれば、民主党議員により提案され下院は100対1で、上院は36票満場一致の賛成を得て、あとは州知事の署名を持つだけという。同記事によれば、「サザン・ナイツ」はスタジオに〜そのとき、アルバム録音が終盤にさしかかりながらも、煮詰まっていた〜遊びに来たヴァン・ダイク・パークス(2013年1月29日)のサジェッションがあって出来た曲であるとか。彼に「2 週間後に死ぬことを考えてみて。もしそれを知ったなら、あなたは何をしたいと思う?」と言われて、頭に残っていた幸せな情景をもとにすぐにトゥーサンはあのピースフルな南部風土礼賛曲を書いたという。同曲は彼自身が子供のころにニューオーリンズから親の実家へと旅した際の円満な記憶が元になっているという話もあったはずだ。
▶過去の、アラン・トゥーサン
http://43142.diarynote.jp/200606071933120000/
http://43142.diarynote.jp/200606071936190000/
http://43142.diarynote.jp/200710221206190000/
http://43142.diarynote.jp/200906051614524790/
http://43142.diarynote.jp/201101111202336229/
http://43142.diarynote.jp/201210201217291727/
http://43142.diarynote.jp/201310241000242214/
http://43142.diarynote.jp/201501220923108418/
▶過去の、ヴァン・ダイク・パークス
http://43142.diarynote.jp/201301311032072367/

 渋谷・ヒューマントラストシネマ渋谷で、映画音楽に引っ張りだこのロック・バンド出身の作曲家であるヨハン・ヨハンソン(1969年〜2018年。アイスランド生まれで、レイキャビクの大学を出ている。薬物過剰摂取で亡くなったのはベルリンの自宅)が監督した2020年アイスランド映画『最後にして最初の人類』(原題:Last and First Men)の試写を見る。彼の生前に完全に仕上がってはいなかったようで、死後に関与したスタッフたちが71分の作品に整えたよう。7月下旬より、公開される。

 うわー。こんなん。いまいち事前紹介の文章を見てもどんな映画なのか像を結ばなかったのだが、なるほどねー。頭のほう、どう接していいのか分からず、ぼくはマジ困惑してしまった。そして、映画館で見ていて、よかったァとすぐに思った。たぶん、家で見ていたら放り出しちゃう。だが、他にもする事はないし、ワケ分かんねえなあと思いつつスクリーンと向かい合っていたら、不思議な感興を覚えてきて、ふーむ、ほうと、見てしまった。

 原作があって、それは英国人哲学者/作家のオラフ・ステープルドン(1886年〜1950年)の1930年同名著作。20億年先の未来を描いたというその本でステープルドンは世間に認められ、続くSF作家たちに大きな影響を及ぼしたそう。本にもSFにも興味を持ったことがないぼくは、とうぜん彼の著述を読んだことがない。だが、当初覚えた困惑は、その本から抜粋され(ているのだと思う)た、ト書きのような文言の数々による。ほぼ今となっては気取りの入った荒唐無稽な戯言としか、ぼくにはそれが思えなくて……。

 なお、その言葉群は、英国女優のティルダ・スウィントンのナレーションで提示される。そんなに作品を見ているわけではないが、ぼくのなかでは英国最高峰とイメージできる女優さんで、彼女の凛とした綺麗な英語を聞きながら字幕を追うのは文章自体になんじゃらほいとなりつつも、けっこう興味深い作業となったかな。

 そして、言葉に従い、モノクロームの映像とポスト・クラシカルな音楽が綴られる。それら、不思議と文言と合っているし、さすがに映像と音楽もかなり粛々としたトーンのもと噛み合っている。ストリングス音やコーラスや電気音を巧みに使う音楽のほうは想像通りだ(それは、先日ドキュメンタリー映画を見たマックス・リヒターのそれと重なる)が、映像のほうはどこか雲をつかむような感覚を与える。自然のなかにある、人間の不可解な営みや創造性を感じさせる造形物/オブジェを撮影したものを遠近法を超越する感覚でぬぼーっと構成した〜また、一部では巧みにCGも使っているのかもしれない〜それは、なんか妙な働きかけを持つ。言葉の余韻をひずるようにそうした映像と音楽がすうーと続く場面もある。

 そうした異形な造形物/オブジェ群は、旧ユーゴスラビアにある記念碑”スポメニック”というもののよう。旧共産主義政権がユニティをプロパガンダするために建築家や彫刻家を動員してこの60年以内にあちこちに作られたようで、それ自体にも目が点になる。うがった見方をすれば、この未来的な何かも抱えた旧ユーゴの造形物の存在を知り、ヨハンソンはこのこの映画を作る気になったのではないか。

 正の????と、定石を超えたクリエイティティは確かにあり。ヨハン・ヨハンソンにはもう少し創作活動を続けて欲しかった。そう、思わせもする作品でもありました。

▶︎過去の、マックス・リヒターのドキュメンタリー
https://43142.diarynote.jp/202103200814239677/

<渋谷には、人がたくさんいる>
 緊急事態宣言下、人出はなかなか。自分の利益誘導と虚栄心しかない人たちによる思いつき/ご都合主義的な日常制限がされているのに、五輪をやられてもな…。そういえば、昨日一昨日の土日、アリサ・フランクリン『アメイジング・グレイス』やデイヴィッド・バーン×スパイク・リーの『アメリカン・ユートピア』の上映館in渋谷は盛況だったよう。複数、知人情報を得た。試写の後、本当はグビグビ飲みたかったナ。気候もまあまあなので歩いて帰りたいとも思ったが、スクランブル交差点〜道玄坂と人混みを抜けるのがおっくう。すぐ地下道におり、素直に電車に乗る。車内は、少し時間の遅かった昨日の方が混んでいた。
▶︎過去の、映画「アメイジング・グレイス」
https://43142.diarynote.jp/201909260737052277/ 下部のほう
▶︎過去の、映画「アメリカン・ユートピア」
https://43142.diarynote.jp/202103191206316331/

 資料は、ヤニス・クセナスキを20世紀を代表する現代音楽作曲家の一人、と説明。なるほど。名前はなんとなく知っていたものの、建築家でもあったという、このルーマニア生まれのギリシャ系フランス人(1922年5月29日〜 2001年2月4日)については、ぼくの引き出しになかった。理系知識を活かした独創的作風で、オーケスラ、もっと小さな単位や歌を使ったもの、そして電子音楽までいろいろなことをやった人であるという。そして、彼は日本の文化にも興味を持ち、日本と繋がったりもしたことで、こういう表題付けの出し物が、生誕100年ということもあり企画されたようだ。芸術監督は、加藤訓子(2012年6月7日)が務める。今は、米国から戻ってきているようだ。

 都立大学・めぐろパーシモンホール。入場時になかなか細かいパンフレットをいただく。本来は昨年に予定されていたものが、この日に延期となった。大ホールや小ホールを用い、クセキナスの財産が今の日本人の手により紹介されるらしい。夕方に、会場(同じ建物の横は、新型コロナ・ウィルスのワクチン注射の会場になっていた)に行き、まず地下の小ホールを覗く。もう少し早い時間には、高橋アキ他によりクセナキス曲が演奏されたようだ。

 この時間の小ホールは、ホール中央に円形に椅子が並べられ、外側に6枚の縦長の平面透明ヴィジョンが設置されていた。流されていたのは、インダストリアル・サウンド/ノイズっぽい音。その際の映像はレーザー光線調グラフィック。途中から音が凶暴になり、ルー・リードの『マシン・メタル・ミュージック』やザ・ビートルズの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」のアヴァンギャルドな弦音パートを思い出させるようなものになる。おお。琴の音が途中で入ったりする場面もあったこの「響・花・間」という曲はクセナキスが大阪万博で鉄鋼会社の連合が出した鉄鋼館用に出したもので、制作手法的にも会場音響設定のうえでも度を越した作法が取られ、彼自身も来日したらしい。鉄鋼館といえば、フランソワ・バシェの音響オブジェ(2015年5月9日)も展示していたわけで、いやはや〜〜〜。

 そのあとは、クセナキスの「プレイアデス」を加藤訓子がマリンバ類で多重録音したものが流される。その際、映像は加藤の演奏映像を映すのだが、それはちゃんとそれぞれの演奏の様を撮影したものだった。もっと、そこにいたかったが、大ホールのホワイエで開演前に出し物があるというので、そちらも好奇心で見たかった。

 二つ出演し、一つはジャンベみたいなのを叩く3人のユニット。掛け合いっぽい感じで流れていくが、奏者たちの前には譜面がどーんと置かれ、かなり頼っている感じもあり。内容はアフリカのどこかでやっているものを、譜面におこしたというノリ濃厚。スリルもグルーヴもない。不毛。あんなの、今の経験値の高い非クラシック系パーカッショニストだったらすぐにできちゃいそう。それをわざわざ譜面を前にアカデミックにやるなら、原サンプルを換骨奪胎しもう聞いていてどこがどこなんだか分からない、こりゃ絶対にこの複雑怪奇な演奏には混ざれないと思わせるものをやらなきゃ。演奏者は幼く見えもし、そんなに目くじら立てなくてもとも思ったが、こういうお題目のなかで出されるのはナッシング。

 次にヴィオラ奏者が出てきて、濁った音を多用しつつ、もう一つの弧を描こうとする。こっちのほうが全然共感できるが、徹頭徹尾スコアとにらめっこだとシラける。普通の人が演じる狂気という感じよりも、狂人がやる普通やマジメの方をぼくは求める。な〜んて。そりゃ、狂人がさらりと出す狂気に触れたら、ヤラれてしまいますね。

 そして、大ホール。まず、加藤訓子と能楽観世流シテ方/能舞の中所宜夫が出てきて、クセナキスの「ルボンと舞」を披露する。大小の太鼓をいろいろ叩く加藤の音に合わせて、中所はひたひた間を存分に抱えた動きをとる。15分ちょい、しかし加藤はあんなに力一杯たたいていて、リストを痛めたりはしないのだろうか。彼女は譜面なし。

 すぐに、「18人のプレイアデス」という演目が始められる。広いステージにはいろいろと鍵盤打楽器や打楽器が置いてあり、以降は18人の奏者(女性中心。皆、音大や同大学院を出た人たちのよう)が出てきて、面々が4パートに分かれた「プレイアデス」を演奏する。その構成員は、悪原 至、東 廉吾、伊藤すみれ、齋藤綾乃、佐藤直斗、篠崎陽子、高口かれん、谷本麻実、戸崎可梨、冨田真以子、中野志保、新野将之、原 順子、藤本亮平、古屋千尋、細野幸一、眞鍋華子、三神絵里子、横内 奏。このプロジェクトは、持続して持たれてきているようだ。

 <金属><鍵盤><太鼓><合奏>と分けられ、3つのパートはそれぞれ6人の奏者で演奏され、最後の<合奏>部は6×3=18人の奏者が一緒に音を重ね、そのときのみ加藤が中央に出てきて指揮をする。
 
 広義のミニマム曲、と言っていいか。<金属>はクセナキスの創作楽器らしい、ジクセンという音階が取れないらしい19鍵の鉄琴を6つ横一線に並べて、いろいろと重なり合う。その様は何気に複雑で、キラキラした迷宮でチョウが舞っているような音像を、一筋縄ではなく作っていく。いや、覚えるの大変だったろうなー。

 <鍵盤>は同様の曲調/作法が、マリンバやヴァイブラフォンやシロフォンなどを用い演奏される。各奏者の重なり、それを受けての広がりはただただ興味深い。そして、<太鼓>部はボンゴ、トムトム、ティンバニ、べース・ドラムなどを並べた微妙にセッティングの異なる6つの打楽器の塊を同様に6人の奏者が演奏する。この部分のみ、担当奏者たちは譜面を置いていた。とくに、このパートが難しいのだろうか。

 そして、それらを聞いて曲調などから、バリ島のガムラン・アンサンブルとの近似性〜どこかトランシーになる部分も含めて〜を覚える。そういえば、会場に行く前に偶然聞いたクセナキスの1967年合唱曲「Nuits」はもろにガムランの肉声を思わせる掛け声も入っていて、彼がインドネシアの民族音楽からインスパイアされていたのは間違いない。

▶︎過去の、加藤訓子
https://43142.diarynote.jp/201206110945571082/
▶︎過去の、フランソワ・バシェの音響オブジェ
https://43142.diarynote.jp/201505111008456782/
▶︎過去の、ガムラン/ジェゴグのグループ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/framepagelive.htm
https://43142.diarynote.jp/201610110956409068/

<今日の、追記>
 実は、18人の中に友人が一人。今年になって入ったそうで、一番若いのかな。知り合いの勇姿、うれしいもんです。ところで、クセナキスは1997年に京都賞を思想・芸術部門でもらったという。副賞、現在は1億円だっけか。京セラの稲盛和夫が作ったもので、メシアン、ケイジ、ナム・ジュン・パイク、パナ・ビウシュ、セシル・テイラーらも同賞を受賞している。稲盛がお金を出している京都サンガF.C.は今年は好位置につけているが、久しぶりにJ1に上がれるか。一度、亀岡市にあるスタジアムに行ってみたいな。

▶︎過去の、ピナ・バウシュ トリビュート
https://43142.diarynote.jp/201207031354181031/

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