ニーボディ(2013年8月22日)、2度目の来日公演は、丸の内・コットンクラブ。もともとはLA拠点の5人組バンドであったが、現在メンバーの3人はNYに居住。主にMCもこなすベースのケイヴァー・ラステガー(プレシジョンを多様な右手遣いで弾く)、フェンダー・ローズだけを弾くエイドリアン・ベンジャミン、春のアントニオ・サンチェス公演のときにも来日しているテナー・サックスのベン・ウェンデル(2015年4月16日)、トランペットのシェイン・エンズリー、今様な叩き口をもつわりには頭が禿げているネイト・ウッドという顔ぶれなり。

 基本のノリは現代ジャズ志向をそれなりに抱えるが、ベーシストがエレクトリックというのはポイントかな。それが、ジャズ側に過度に入り込むのを妨げる。彼らのことをジャム・バンドと言う人がいるのもそこらへんの手触りがあるからだろう。すでに次作のレコーディングを済ませていて、そこからの曲も演奏。前よりも、ガチンコ疾走感を減らし、バンド演奏の陰影や機微を追求していると思わせるところはあったか。なんか、憎めない風情を感じさせるところが面々にあるのはいいな。

▶過去の、ニーボディ
http://43142.diarynote.jp/201308251333326263/
▶過去の、ベン・ウェンデル
http://43142.diarynote.jp/?day=20150416

 その後は南青山・ブルーノート東京に移動して、大御所ベーシストのスタンリー・クラーク(2008年9月8日、2010年12月3日、2012年12月5日)公演を見た。のだが、なんじゃこりゃ。ギャハハハ。

 乱暴者の、阿呆ジャズ。コクも滋味も奥行きも、なんもなく、イケイケのみ。力づく、あるのみ。はったり上等100%、という実演だったのだ。本人も、一部ブレインフィーダー系列とも繋がる若いプレイヤー(キーボード奏者はカマシ・ワシントン〜2014年5月28日〜作に名前が見られる)も、皆そう。当人、ベカ・ゴチアシュヴィリ(ピアノ。東欧出身、結構弾きまくる)、キャメロン・グレイヴス(キーボード。ピッチ・ベンド多用で、多くは右手だけで弾き、一人でフュージョン濃度を増させる演奏をする)、マイケル・ミッチェル(ドラム。滅茶、パワー・ドラマー。先に、ネイト・ウッドの生理的に美味しい綻びを持つビートに触れた後だと、旧態依然としたノリを持つ非ジャズ・ドラマーであると思わせられた)。そういえば、ドラマーは普通の眼鏡をかけていたが、クラーク他3名はサングラスをかけて演奏していた。

 野放し。曲の長さは、当然長い。いい歳こいて(でも、二十歳ぐらいでエリート奏者として世に出ているので、クラークはまだ60代半ばなんだよな。しかし、彼の1974年セルフ・タイトル作は若さの迸りや意欲と音楽的充実が綱引きしていて、本当に素晴らしい。ぼくにとっては、あれが彼のベスト作か)、マジよくやるわ。このショウ、ぼくが10代だったら、こんな吹っ切れたパワー・ジャズがあるのかと感激し、ジャズにもっと興味を持たなきゃと思うはず。だが、10代ではないぼくは、苦笑をしっぱなし。だけど、気取ったり、思慮を効かせたりするジャズがあるなか、こういう単純なエンターテインメント性で固まったものがあってもいいと思ったのは確か。実際、お客には受けていた。

 ???と言えば、途中で出て来て1曲だけ歌った非アフリカ系女性歌手のナターシャ・アグラマも謎。クラークがEPを制作(ブルーナー兄弟〜2009年9月15日、2014年9月10日~らも参加している)し、クラークの新作『UP』にもコーラスで参加している女性だが、歌声はデカいものの力量もルックスも平凡な人。彼女が歌ったのは、エリカ・バドゥ(2000年11月19日、2006年4月2日。2012年3月2日)の2008年茫洋電波曲「ザ・ヒーラー」。これ、マッドリブが作ったラップの入らないヒップホップ讃歌だが、狙いの分らないものになっていたなー。バドゥだからこそ映えるとも言える曲をよくぞ選んだ。あ、イケイケだもの、難しいこと考えていないか。

 クラークは全編アコースティック・ベースで通した。これも、謎。ロン・カーター(2001年6月7日、2004年1月14日、2010年5月6日、2011年1月30日、2012年3月3日、2012年12月11日、2014年1月19日、2014年9月7日)の酷いときのブースターをかけた音を凌駕するそれで、スラッピングをしたりもし、まったくもって俺様ノリで力づく……。『UP』ではエレクトリック・ベース主体でやっており、ステージには2本のエレクトリック・ベースも置かれていた。オープナーの故ジョージ・デューク「ブラジリアン・ラヴ・アフェアー」をはじめ曲だって、エレクトリックを弾いても成り立つものだったわけであり。なんか流れで、ベースを代えるの面倒くさい、このまま行っちゃえとなったのか。別のセットでは電気ベースを弾き倒し、ぜんぜん違うことをやったりして……。あ、おもしろそう。

 突っ込みどころ満載、というか、笑いをとることを第一義においていたパフォーマンス。見終わり、ぼくがまだ出会っていなかったライヴのパターンかもと少し思った。
 追記)ブレインフィーダー所属のサンダーキャット(2017年4月27日)の実演を見て、そうなのかあ。クラークの子供っぽい”過剰”はサンダーキャットの作法を参照したものではないか。

▶過去の、スタンリー・クラーク
http://43142.diarynote.jp/?day=20080908
http://43142.diarynote.jp/201012051906481605/
http://43142.diarynote.jp/201212131141531884/
▶︎過去の。カマシ・ワシントン
http://43142.diarynote.jp/?day=20140528
▶過去の、ロナルド・ブルーナーJr.
http://43142.diarynote.jp/200909181206531984/
▶過去の、エリカ・バドゥ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-11.htm
http://43142.diarynote.jp/200604050124430000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20120302
▶過去の、カーター
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-6.htm
http://43142.diarynote.jp/200401140000000000/
http://43142.diarynote.jp/201005071023536171/
http://43142.diarynote.jp/201102091715522875/
http://43142.diarynote.jp/201203062005542291/
http://43142.diarynote.jp/201212141028575543/ 
http://43142.diarynote.jp/201401221302405299/
http://43142.diarynote.jp/201409100930206205/
▶︎過去の、サンダーキャット
http://43142.diarynote.jp/201704280745098662/

<今日のお馬鹿さんは、かつてキース・リチャーズに魔法を吹き込んだ……。そして、ニーボディの付録>
 キース・リチャーズ(2003年3月15日)の23年ぶりの新作『クロスアイド・ハート』は相変わらず、黒人プロデューサー/ドラマーであるスティーヴ・ジョーダン(2005年11月13日、2006年11月20日2006、年12月22日、2010年10月26日)との二人三脚状態で制作。そのアルバム発表受けてシンコー・ミュージックから現在出ているムック「キーズ・リチャーズ」に<何ゆえに御大は、ジョーダンたちを必要としたのか>という4.500字の原稿を書いてマス。なんで、ここにそんなことを記したかというと、その奥にはスタンリー・クラーク(と、ジガブー・モデリステ〜2007年2月3日〜)の馬鹿演奏の魔力が働いたのかも……ということも、そこには書いているから。
▶過去の、ザ・ローリング・ストーンズ/キース・リチャーズ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-3.htm
▶スティーヴ・ジョーダン
http://43142.diarynote.jp/200511130413390000/
http://43142.diarynote.jp/200611221236140000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20061222
http://43142.diarynote.jp/201010301012548114/
▶過去の、ジガブー
http://43142.diarynote.jp/?day=20070203

 ついでに、ニーボディのメール・インタヴューを付けちゃおう。以下は、前回の日本公演の1ヶ月半後の2013年秋口に、彼らに答えてもらったたもの。トランペッターのシェイン・エンズリー、テナー・サックスのベン・ウェンデル、フェンダー・ローズのアダム・ベンジャミン、ベースのケヴィー・ラステガーの4人が答えている。

—— CAYでのパフォーマンスを見て、興奮しました。フロントの二管の噛みも抜群で、失礼ながら、“甘さを排した、コンテンポラリーかつエッジィなザ・ブレッカー・ブラザーズ”なんて、感想も持ってしまいました。
SHANE: ほんとうにありがとう。ザ・ブレッカー・ブラザーズと比べてもらえるなんて本当に光栄だ。ベンと僕は結構長い間一緒にやってきたっていうこともあって、ここまで来ると兄弟っていう感じがするんだ。
——もう10年以上、同じメンバーで活動しているんですよね。どういうメンバーが集まっているのでしょう?
KAVEH: バンドを始める前は、とても仲の良い友達同士たった。音楽的にお互いを尊敬しているだけではなく、人として共に成長してきたっていうこともあるから、その特別な絆が僕たちの音楽に反映されていると思うよ。
——普段、メンバーはブルックリンとLAと別れて住んでいるのですよね。その利点は何かありますか?
BEN: 僕たちは2001年、ロスに暮らしている時にこのバンドを始めた。テンプル・バーっていう素晴らしいヴェニューがあって、最初の数年そこが僕たちのホームになった。駆け出しでやっている頃は外からのプレッシャーもなかったという意味で、ロスは最高の場所だった。音を作り上げて、バンドとしてのアイデンティティーを築き上げることに集中できるチャンスを与えてくれたんだ。今は3人がニューヨークに暮らしている。ニューヨークは、世界でもミュージシャン密度が高い場所だから、クリエイティヴなエネルギーもインスピレーションにも溢れている。これはバンドにとってもとてもいい影響になった。
——リーダーはおらず、まったく対等な関係でバンドは運営されていると聞きましたが、それは本当ですか。
SHANE: そう、僕たちは共同体なんだ。たとえばパフォーマンスをするときも、メンバーの誰しもがその時のリーダーになれるような、そんな秘密の回路がある。そんなリーダーとしての役割は音楽を通して変わりうるものでもある。これがあるからこそ、とても民主的にやれるんだ。バンドとしてのクリエイティヴな決断も、ビジネス上の決断も、話し合いと投票によって決められる。皆がお互いのことを信用し、またお互いのアーティストとしてのヴィジョンを尊重し、共通の価値観を持っているから、リーダーを必要としないグループなんだ。
——グリーンリーフ(トランペッターのデイヴ・ダグラスが持つレーベル)からのアルバム、ウィンター&ウィンターからのアルバム、ライブ盤等、いろんなアルバムを出しています。そして、『The Line』(2013年。今のところ、これが新作)はコンコードからの1枚目となるんですよね。
KAVEH: そう、これがコンコードからの初リリース。このレーベルに所属できて本当に嬉しいし、彼らの手助けを得ながら、日本と世界中で僕たちの存在を知ってもらいたいね。
——どんな経緯で、コンコードと関係を持つようになったのでしょう? コンコード発ということで、一般のリスナーがあなたたちのCDに触れる機会は増えたと思いますが。
BEN: もう何年も前、ロスのアメーバ・レコード(ものすごく大きな、有名レコード店)でアルバムのリリース・イベントで演奏していたんだけど、そこにたまたまコンコードのクリス・ダンがいたんだ。彼は流れていた音楽を聞いてCDの音だと思ったんだけれど、それが実はライブ演奏だって気付いて驚いたみたい。それで、彼は僕たちの音にとても興味を持ってくれて、すぐに仲良くなった。何年もの間コンコードとやろうっていう話があったんだけど、今年になるまでタイミングが合わなかったんだ。
—— クリス・ダンは新作の共同プロデューサーとしてもクレジットされていますが、どんな人物ですか?
SHANE: クリスはジャズと音楽全般に対しての知識と愛情を持っている、僕たちの業界ではとても珍しいタイプ。彼は一緒に仕事をする前からニーボディのファンだった。僕たちの初期のアルバムに対しての彼のインプットもとても気に入っていたし、実際に2作品では曲順で手を貸してもらっていたんだ。『The Line』をレコーディングすることになったとき、彼こそこのアルバムの共同プロデューサーにぴったりの人間だって思った。レコーディングをする中で彼は、バランスのとれたアルバムにする必要性を理解させてくれる客観性を与えてくれる、本当に素晴らしい耳を提供してくれた。
——それで、新作はどんなものにしようと思いましたか。
KAVEH: 僕たちの音楽は、緊張感と解放感を中心に据えていることが多い。僕たちは、僕たちにできることの両極端を探求したかった。音楽が重くてエネルギッシュな時もあるし、同じように平静と美の瞬間とバランスをとらせることも好きなんだ。このアルバムを素晴らしいスタジオでレコーディングすることがとても重要なことだった。だからこそ、僕たちのお気に入りのロック・アルバムの多くがレコーディングされたハリウッドのサンセット・サウンドを選んだ。伝説的エンジニアのトッド・バークの助けも借りると同時に、とても仲の良い友だちであるトッド・シッカフースにミックスしてもらった。彼は長年尊敬してきた人であり、そして最高のミュージシャンでもあり、作曲家でもある。
——ジャズの流儀や衝動を根に持ちつつ、エレクトロ、ヒップホップ、現代ロックなど、様々な非ジャズの要素があなたたちの表現には入り込んでいます。それは、あなたたちのやりたいことですよね。また、それを成就させるため、気に留めていることはあったりしますか。
ADAM: 僕たちの周りを取り囲む幅広い音楽が原動力になったりインスピレーションになったりする。僕たちは皆オープン・マインドでやるようにしているし、知っている音楽だろうと知らない音楽だろうと、そこからアイディアを探したりするんだ。僕たちは、パンク、フュージョン、オペラ、ヒップホップ、グランジ、ビバップなど本当にいろいろな種類の音楽を聴いてきたから、もともと好きなものに対して扉を閉めたいとは思わない。作曲したり演奏したりするとき、僕たちの音楽がジャズか否かなんか考えないけれど、僕たちの音楽は21世紀に向けて、ジャズのごくごく自然な進み方だと感じている。
—— CDブックレットには曲ごとにソング・ライターによる説明がちゃんとのせられています。そういうことをするアーティストは珍しいと思いましたが。
ADAM: それぞれの曲の解説が載っているような古いジャズ・アルバムへの回帰みたいなものだね。僕たちは皆物凄い音楽オタクで、レコード狂だから、何時間も何時間も他者のアルバム・ジャケットやライナーについて細かいところまで話し合うんだ。それと同じことを僕たちのファンが僕たちの音楽に対してしてもらえたなら光栄だよね。特に今は音楽がいろいろなところで手に入るから、僕たちのファンやオーディエンスが僕たちのCDを手にした時には完全なもの、フル・パッケージを提供したいんだ。
—— 過去と現在、やりたいことは変化してきているのでしょうか?
ADAM: 年もとったし今は家族もいるから、もっと良く、長続きするようなキャリアを築かなければならなった。だから、現実的にならなければならないから、僕たちのビジネスでのゴールは変わった。でも音楽的ゴールはほぼ変わっていない。僕たちが楽しめる音楽を、お互いのために共に作る、そしてそれが誰だろうとも興味のある人と僕たちの作品を共有するっていうものだ。
—— 今、自分たちとスタンスが似ていると思える人は誰かいたりしますか。
ADAM: 多くの最近のアーティストに対して芸術的な共感を抱いているよ。The
Claudia Quintet、Meshell Ndegeocello、 Ahmir Thompson、 Kurt Rosenwinkel、
D’Angelo、 Dave Grohl、 Laura Mvula、 Art Lande、 Ralph Alessi、 Ambrose
Akinmusire、 David Byrne、 Dave Douglas、 Flying Lotus、 Kendrick Lamar、
Van Dyke Parks、 Tom Jenkinson.......。
——今後、どんなふう進んでいけたらいいと思っていますか?
ADAM: まずは、「既に改宗した」連中だけのためにやるのではなくて、より幅広いオーディエンスに届くことだね。僕たちの熱烈なファンは大好きだけれど、既に僕たちの音楽を知っている人だけのために演奏することは危険なこと。僕たちの音楽は複雑で珍しいものかもしれないけれど、幅広い層の人たちにも興味を持ってもらえて楽しめるものにしたいんだ。音楽的には、僕たちの音楽が僕たちの音楽的概念をより良く表現できるように日々努力している。さらなる明確さと集中、自然発生的な感じ、そして知恵のある感じにしたいんだ。これは人生を通してずっとやっていくことだって分るけれど、学びの最初の段階に常にあり続けられる状態っていうのはとても気持ちの良いものなんだ。
 なるほどなあ、ECMはいいなあと、うれしいため息。新宿・ピットイン。

 ルネ・グラモフォンやECMからリーダー作を出していて、英国人のイアン・バラミーと共にフードというやはりECMからアルバムが出ているグループも組んでいる、ノルウェー人敏腕ドラマーのトーマス・ストレーネンが今度新たに組んだ、タイム・イズ・ア・ブラインド・ガイドというバンドの実演を見る。ちょい変則編成で、ストレーネンに加え、キット・ダウンズ(ピアノ)、ルーシー・レイトン(チェロ)、ホーコン・オーセ(ヴァイオリン)、コナー・チャップリン(ベース)という編成。“Jazz Artせんかわ”出演を皮切りに8公演組まれ、この晩が日本公演の最終日となるよう。

 ザ・タイム・イズ・ア・ブラインド・ガイドはこの6月にスタジオ入りし、レコーディング。それはECMから、10月2日に発売。同社は鷹揚に録音ブツを寝せる場合もあり、これはかなりの早業と言える。

 この新バンドはストレーネンの作曲の才を活かすという触れ込みであったので、しかも弦楽器3本とピアノという編成でもあるので、高邁な音楽観のもとかなりスコアでコントロールされた弦音+ピアノ音のもと、ドラムの自在の叩き口をフィーチャーするのかと思った。そしたら、違った。もっと自然体というか緩い行き方のなか、個人の裁量の発揮も許されて進む総サウンドは、フツーにジャズ的。考え過ぎでしたね。だが、そこには現代ジャズとして出るべき技やイマジネイションがあり、ECMという門を通ることを念頭に置いた、温度の推移、色彩の濃淡、音の尻尾の見目麗しい流れといったものがあるわけで。。。。。

 サポートの奏者は皆20代か。とくに、ヴァイオリニストは個性あり。もしかして、これまで見たヴァイオリン奏者のなかで一番ぼくの耳に残る個性の持ち主ではないかと思った。ファーストとセカンドの終盤は、彼らを招聘した巻上公一(2004年11月6日、2013年8月11日)もゲストに加わる。テルミンとヴォイス、ほんのちょっと口琴。太い信頼関係のもと、いい感じで重なる。彼、ほぼ完璧にテルミンの音をコントロールしていた。

▶過去の、巻上公一
http://43142.diarynote.jp/201308130851402454/

<今日の、正解>
 原稿を書くのに煮詰まるということはまずないのだが、ずらずらと書いて行くとモードというものがあり、時期が重なる原稿の言葉尻や言い回しがどうしても似てきてしまうことがある。人間のキャパなんて、ちっぽけなモノよのお。そういうときはシャワーを浴びたり、ちょい散歩をしたるすると、新鮮な心持ちになり、クリシェに陥らない原稿が書きやすくなる。ほんのちょっとの変化は黄金を生む。今の時期はとっても適だが、もう少し寒くなると、そういう気分転換はしにくくなるなあ。ヤだなあ。ともあれ、今日はシャワーを浴びて大正解。編集者から極上の反応を受けると、バカはとてもうれしい。それは、来月売りのbsr誌の原稿なり。
 今年から始まった、野外音楽フェス。横浜・赤レンガ倉庫の海側に面する一角で持たれた。つまり、2010年以降は毎年ここで持たれているグリーンルーム・フェスティヴァル(2007年5月26日、2009年5月30日、2010年5月23日、2011年5月21日、2015年5月24日)と同じ感じですね。一時、黒い雲が遠方に見えたりもしたが、一切雨は降らず、いい感じの気候のもと出演者に触れられた。夜は満月(今年はマジ、この晩が“中秋の満月”であったよう。子供のころ、ススキとか飾ってお花見ご馳走会とかやっていたけど、もっと涼しかった記憶があるが……)が会場をぽっかり照らしていましたね。ステージはヴィジョン映像も複数用意される大ステージと反対側に位置する中ステージの二つ。さらに赤レンガ倉庫内のモーションブルー・ヨコハマの室内会場が一つ。の、計3つ也。

▶過去の、グリーンルーム・フェスティヴァル
http://43142.diarynote.jp/200706051231250000/
http://43142.diarynote.jp/200906061045286071/
http://43142.diarynote.jp/201006031536173725/
http://43142.diarynote.jp/201105230925539578/
http://43142.diarynote.jp/201505260835591800/
 
 ぼくの周りで誰もけなす人がいない、豪州の今様ソウル・バンドのハイエイタス・カイヨーテが一番手の出演者。いかにもディアンジェロ(2015年8月18日)登場以降の創意を抱え、その様から、レイ・マン・スリー(2010年5月23日)を生んだ豪州属性を感じる人もいるだろう。ま、プログラム/PC経由のヒップホップ期サウンドを鋭意“生”でやろうとしているのは間違いない。また、エスペランサ・スポルディング((2008年9月5日、2008年12月1日、2010年9月4日、2011年2月17日、2012年3月7日、2012年9月9日、2015年9月5日)の近作『ラジオ・ミュージック・ソサエティ』への共感を単純化してやっているような感じとも説明できるはず。女性ヴォーカル(ギターを持ったりも)、鍵盤。電気ベース、ドラムという編成で、違和感なくアルバムの音をバンドで出していた。

▶過去の、ディアンジェロ
http://43142.diarynote.jp/201508200741137207/
▶過去の、レイ・マン・スリー
http://43142.diarynote.jp/201006031537221581/
▶過去の、エスペランサ・スポルディング
http://43142.diarynote.jp/200809071430380000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20081201
http://43142.diarynote.jp/?day=20100904
http://43142.diarynote.jp/201102190814495504/
http://43142.diarynote.jp/?day=20120307
http://43142.diarynote.jp/201209191229057579/
http://43142.diarynote.jp/201509211331298145/

 パット・メセニー(1999年12月15日、2002年9月19日、2010年6月12日、2012年1月25日、2012年3月3日、2013年5月21日)はエリック・ミヤシロ(2010年5月11日、2011年3月10日、2011年3月28日、2011年4月21日、2011年8月6日 、2014年9月7日)率いるブルーノート東京・オールスター・ジャズ・オーケストラ(2015年1月9日)との、スペシャルな出し物。彼はヤン・ガルバレク(2002年2月13日、2004年2月25日)やゲイリー・バートン(2005年8月21日、2011年7月20日)らとエバーハルト・ウェバー(2004年2月25日)を追悼するオーケストラ入り盤『オマージュ』(ECM、2015年)を出したばかり。公演はそのレパートリーが流用されるという話もあったが、同作からの曲は1曲とかだったのではないか。オーケストレイションはミヤシロがやったとも聞く。ずっと前からメセニーとミヤシロは連絡を取り合い、またメセニーも早めに来日し、きっちり2日間合同リハーサルを取ったという。

 上音を入れる18人の日本勢(本田雅人、小池修、近藤和彦、山本拓夫、村田陽一、中川英二郎、佐野聡、林正樹、香取良彦など、ここの他プトジェクト原稿で名が出てくる人たちも参画)が入るが、リズム隊はメセニーが同行させた。それ、『オマージュ』に参加していた奏者だ。ベースのスコット・コリー(2012年3月15日、2012年6月4日)とドラムのダニー・ゴットリーブ。やはり、リズムが重要、それがちゃんとしていれば何とかなるという気持ちの表れだろうな。

 フェスとしては、けっこう演奏時間を取った出し物。後で録音されたものを聞くと不備に思えるところもあるのかもしれないが、ビール片手に後のほうからゆったり見る分には晴れ晴れ、快感を覚えた。

▶過去の、パット・メセニー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/december1999live.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm
http://43142.diarynote.jp/201006181520054406/
http://43142.diarynote.jp/201201271245417497/
http://43142.diarynote.jp/201203062005542291/
http://43142.diarynote.jp/201305260927026044/
▶過去のエリック・ミヤシロ/ブルーノート東京・オールスター・ジャズ・オーケストラ
http://43142.diarynote.jp/?day=20100511
http://43142.diarynote.jp/?day=20110310
http://43142.diarynote.jp/201104041100266528/
http://43142.diarynote.jp/?day=20110421
http://43142.diarynote.jp/201108101632022013/ ノー・ネーム・ホー^セズ
http://43142.diarynote.jp/201409100930206205/ ノー・ネーム・ホーセズ
http://43142.diarynote.jp/201501131019359012/
▶過去の、ヤン・ガルバレク
http://43142.diarynote.jp/200402251031510000/
▶過去の、ゲイリー・バートン
http://43142.diarynote.jp/?day=20050821
http://43142.diarynote.jp/201107230819362417/
▶過去の、エバーハルト・ウェバー
http://43142.diarynote.jp/200402251031510000/
▶過去の、スコット・コリー
http://43142.diarynote.jp/201203161146266803/
http://43142.diarynote.jp/201206110916017268/

 知人との“三休み”を挟んで、室内会場でSoil &” Pimp” Sessions(2005年7月29日、2007年5月6日、2009年6月12日、2011年1月30日、2011年6月23日、2012年3月3日。2012年9月9日)を見る。昔、ぼくはフロントの管2人をさして、<まさに、ダイナマイト・デュオ。サム&デイヴの管版>と言ったことがあったが、自在に、エネルギッシュに重なる様を見て、ほんとそうと再認識。とともに、よく動きもするこの2人の存在感がライヴにおける最たる武器であるとも感じる。

▶過去の、SOIL
http://43142.diarynote.jp/200508042335560000/
http://43142.diarynote.jp/200705181805330000/
http://43142.diarynote.jp/200906160733018341/
http://43142.diarynote.jp/201102091715522875/
http://43142.diarynote.jp/201107020946473690/
http://43142.diarynote.jp/201203062005542291/
http://43142.diarynote.jp/201209191229057579/

 UKジャジー・ソウル・バンドのインコグニート(2002年12月20日、2006年9月3日、2011年3月31日)は安定、いいヴァイブを送り出す。3ヴォーカルに9演奏者、この整備された大所帯バンドでハイエイタス・カイヨーテみたいなことやると、映えるだろうなとも思った。

▶過去の、インコグニート/ブルーイ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-12.htm
http://43142.diarynote.jp/?day=20060903
http://43142.diarynote.jp/201104041101072561/
http://43142.diarynote.jp/201306190743528192/
http://43142.diarynote.jp/201507110856518338/

 最後の出演者は、ジェフ ・ベック(2009年2月6日)。相変わらず、年齢不詳〜見える私生活観皆無で、悠々と振る舞う。キーボード奏者がおらず、ニコラス・メイヤーというサイド・ギター奏者がいる。そのためか、なんか前に見たときより、インスト部だけを比較してもロッキッシュに感じる。ロンダ・スミス(2006年8月10日)とニコラス・メイヤーのリズム・セクションはアフリカ系。ベックは女性ベーシストが好きだなあ。サザン・ロック・バンドのウェット・ウィリーのシンガー、ジミー・ホールも登場。昔、彼はテナー・サックスも吹いていた。ベックとは1985年からの付き合いなり。彼のパワフルな歌、好評だったようで何より。

 なんか、ジャズ・フェスという名目の場に出る彼を見ながら、一度硬派なジャズ・ミュージシャンを使った、真摯ジャズ志向のアルバムを出さないものかと夢想したり。それとも、ECM発のジェフ・ベック盤とか……。ECM最厚遇アーティストであるギタリストのテリエ・リプダルとベックのラインの親和性を、昔説いたことがありました。

▶過去の、ジェフ・ベック
http://43142.diarynote.jp/200902080200527638/
▶ロンダ・スミス
http://43142.diarynote.jp/201505271549266046/

<今日の、邂逅>
 盛況、たくさんの知り合いと会った。最初のリスト交換のときからいろんな人に声をかけられまくり。顔見知りのミュージシャンも来ていたし、ロック好きの方々の姿も見た。ジェフ・ベックが出演者にいるというのは大きいのかな。震災後に結婚し、55歳をすぎて父親になったご夫妻も来ていた。なんかコドモくんに挨拶できてうれしかったな。ハハ。そんなわけなんで(?)、かなりの時間は赤レンガ倉庫上階のゆったりできるところでワインをポンポン開けながら、知人と旧交を温め合う。ま、それも緩いフェスの醍醐味なり。そのため、ロバート・グラスパー・トリオは見ることができず。メセニー御大が飛び入りしたんだってね。それも、フェスの美味しさ。そういえば、フェス会場にいて、思ったこと。会場内にゆったりした感じでくつろげる、バー(やはり、ワインのボトルを提供してほしい)や食べ物を食べることができる一角を、望外な値段をとっても設けないか。野外フェス(のシャンパンやワイン)というと、1999年7月31日や2007年7月18日の様とかを思い出したりもしてしまうのだ。

▶過去の、記憶
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/julylive.htm
http://43142.diarynote.jp/200707232251010000/
 クラシックもいけちゃう、スペインの敏腕フラメンコ・ギタリスト(2013年12月18日)の公演。錦糸町・すみだトリフォニーホール。3つのパートに分かれていた。なんと、それは取り上げる楽曲の作者にて分けたものなり。作曲者はみな、スペイン人だ。カニサレスとサイド・ギタリストのファン・カルロス・ゴメスは譜面なしで悠々と演奏して行く。カンテ(歌)は入らず、すべてインストによる。

 一番目のブロックはマヌエル・デ・ファリァ(1876〜1946年)という人の曲をやる。基本、クラシックの側にいた作曲家のようだが、けっこうチャロ・エスピーノ(女性)とアンヘル・ムニョス(男性)というダンサーたちもなんなく加わる。ムニョスはカホンを叩き、エスピーノはカスタネット(←とても、お上手)も叩く。なんか、その二人も質が高いなと思うことしきり。2人は社交ダンスのように、リフトを見せたときもあり。

 二番目はホアキン・ロドリーゴ(1901〜1999年)の巻で、こちらはロドリーゴの有名曲「アランフェス協奏曲」の3つのパート(30分ぐらいだったかな)をオーケストラを伴い(40人弱、であったか。松尾葉子指揮)、開く。このパートには、ダンサー陣は登場しない。オーケストラ音にかんしてはシノゴ言うほど接していないのでよく分らないが、ときに響きにハっとした。

 そして、3つ目はファン・マヌエル・カニサレス(1966年〜)、つまり自作曲をサイド・ギタリストと、2人のダンサー/打楽器音担当者たちとともに披露する。こちらも、かなり普通のフラメンコから飛躍した曲調を持つものを取り上げながらも、ちょっとしたギターの刻みや揺れる感覚やらパルマの入り方やらからフラメンコの軸ときっちり繋がっていると思わせる。そこらへんの、核にあるものと広がる創意のただならぬ関係はうーむと唸らされる。

 とかいった設定のためもあるだろう、なんか前回の来日公演よも広がりがあって、とても面白かった。ギター演奏のことは何も触れていないが、余裕たっぷりのもと、パッションあり。
追記)同行の3人は前回と同じ顔ぶれとか。えっ。今回のほうが上等に思えました。

▶過去の、カニサレス
http://43142.diarynote.jp/201312191824334317/

<今日の、メール>
 <ブラジリアン・オリンピック・トラックス!>と表題されたメールが、ラテン音楽を扱っている英国インディのTumi Musicから送られてきた。レニーニ(2000年6月16日)とジューサ(2005年11月4日、2011年10月3日、2012年6月27日、2013年7月16日、2014年10月28日)が組んだ曲など、全11曲を聞くことができる。生まれたキューバを出て一時はブラジルを経てアルゼンチン勢と音楽作りやライヴをしていたキューバ出身のジューサだが、ここに来てブラジル勢との仕事が復活する? そういえば、キューバと米国の国交が回復したが、それはキューバの音楽や米国のラティーナの音楽にも影響を与えるのだろうか? 来月早々に来日するキューバ人ピアニストのロベルト・フォンセカは、どんな所感をもっているだろう。 以下、フォンセカさんに2013年1月にしたインタヴューを添付します。
▶過去の、レニーニ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-6.htm
▶過去の、ジューサ
http://43142.diarynote.jp/200511130412510000/
http://43142.diarynote.jp/201110091257135964/
http://43142.diarynote.jp/201207031324148473/
http://43142.diarynote.jp/201307210746577102/
http://43142.diarynote.jp/201410301514399746/
▶過去の、ロベルト・フォンセカ
http://43142.diarynote.jp/201001291746252351/
http://43142.diarynote.jp/201301161544336447/
http://43142.diarynote.jp/201403240917556171/

——今はどちらにお住まいなのでしょう。
「ハバナだよ。NYやヨーロッパに住んでいるとよく思われるけど、拠点はずっとキューバに置いている」
——でも、英語もお得意ですし……。
「人と通じ合わなきゃいけないから。英語もちゃんとしゃべらないといけないよねえ」
——今、海外には1年のうちどのぐらい出ているのでしょう。
「1年に6ヶ月は出ているよね。半々かなあ」
——さっそく、新作『ジョ』のことをお聞きします。このアルバムから新しい段階に入ったと、ぼくはおおいに感じているのですが。
「うんうん、もう一度生まれ変わった、新しいロベルト・フォンセカが生まれたという思いを、僕も持っている」
——西アフリカのシンガーやコラ奏者たちを複数入れているとう事実に皆おどろくと思います。どういう経緯で、彼らを起用することになったのでしょう。
「特に西アフリカにこだわったわけではないんだけど、今回素晴らしいミュージシャンが集まってくれ、本当にうまくスピリチュアルな協調ができた。これからも、アフリカ音楽とキューバ音楽の架け橋になるようなことをやっていくと思うけど、西限定ではなく、いろんなアフリカの人たちとやっていきたい」
——当然、アフリカの音楽は昔から関心を持っていたわけですよね。
「アフリカのシンガーたちが好きで、ずっと前からやりたいと思っていたんだ。実は子供のころ、サリフ・ケイタのアルバムを聞いたときのショックは忘れられない。それが僕の原体験にあり、以来こういう世界に入っていけたらと思っていた」
——長い間の希望が今回ガツっと形になったのには、何かきっかけがあったのでしょうか? それとも、自然な流れで到達したという感じなのですか。
「自然な流れというよりは、意識的にやった。ただ、どうなるかは、僕も完成するまで分らなくてね。アイデアがどう作品として昇華するかというのは、また別の話。で、今回は本当に期待以上の出来で、完成したときは僕も本当にびっくりし、うれしかった」
——確かにキューバで育ったからこその流儀と、さらにその奥にあるアフリカたる因子が見事に重なっています。かつ、一方ではちゃんとコンテンポラリーな要素も抱えており、実に刺激的で、雄弁な音楽になっていると思います。
「ありがとう。今回やりたかったのはまさにそういう近代的なものとルーツの融合だった。僕がどこから生まれてきたのか、それは絶対に忘れない。その気持ちを、自分たちの”時代の表現”として作りたかった」
——現代的なところも追求したいということで、2曲ではジャイルズ・ピーターソンにプロデュースを頼んだわけですか。
「ジャイルズは僕にとって重要な一角を担ってくれた存在だ。彼のテイストは本当に素晴らしい。一緒に作業をやっていてとても波長が合うし、確かに今作において彼の役割は大きかった」
——昔インタヴューしたとき、キューバではヒップホップのプロダクションもやっていると言っていたと思うのですが、それは今も続けているのでしょうか。
「うん、続けている。やはり、ヒップホップは大好き。ダブ・ステップとかのDJミュージックも好きだよ」
——自分では、MC(ラップ)をしたりしないのですか。
「無理無理(笑い)。昔トライしたことはあったけど、声が酷くて駄目だね」
——でも、2年前のブルーノート東京の公演のときは、けっこうピアノを弾きながら詠唱をしていました。それをつきつめるとミルトン・ナシメントみたいなことができるかなとも、ぼくは感じました。
「歌うのは好き。うん、歌う事はもっと頑張りたい。将来、そういう方向に出るかもしれない」
——今作は『yo(スペイン語で、私の意)』という非常に直裁なタイトルがつけられたわけですが、そこに込めた気持ちは?
「“自分が自分が”という俺様な意味で付けたと勘違いされるけど、そうじゃない。だって、大文字じゃないだろ。小文字で表記されると、そういう意味ではない。最初考えていたのは、“僕の音楽は世界のために〜”みたいな長いタイトル。それじゃ長過ぎるということで、シンプルに“yo”にした。アルバムのカヴァー写真に示唆されているように、<素の僕は音楽しかない人間で、僕が皆に提出できるのは音楽しかない。だから、僕は自分のピュアな音楽を作ろう>という意味を込めたタイトルだ」
——今作を聞くと、ロベルト・フォンセカという人はものすごく様々な音楽を聞いたうえで、ちゃんと地に足をつけて、本当に自分のしたいことをクリエイトしているというのが了解できます。そして、ひいては、自分の文化にプライドを持つ事は外にある文化の良さも受け入れることであると、伝えていると思います。
「おお、君は僕のブラザーかい? それこそはまさに僕の真意だ。説明しなくても、ちゃんと分ってくれているんだね」
——このアルバムから独エンヤから仏ワールド・ヴィレッジに移りました。レコード会社を変わるというのは、新方向に踏み出しやすかったのでしょうか。
「うんうん、エンヤにもとても世話になって感謝しているのだけど、でも次の段階に行くには、そしていろんな人と出会っていくためには、この動きが必要だったと思っている」
——今作はパリで録音されていますが、それはアフリカのミュージシャンを呼びやすかったからですか。
「そうだね。やりたい内容によっていろんな作り方があると思うけど、今回の場合は、呼びやすさゆえだ。僕が住んでいるキューバから欧州は遠いが、アフリカからは渡航しやすいし、フランスに住んでいる人もいるし。やはり、外国のミュージシャンと一緒に重なる時はそういうことを考慮にいれるな」
——でも、住むのはキューバ以外にありえませんか。
「ああ、キューバに住み続けることができる自分は幸福だと思っている。キューバはどこからも遠い位置にあるし、いろんな国に行くのに困難でもある。でも、好きな音楽をやっていて、キューバに住める幸福を僕は噛み締めているんだ。キューバは自分が充電できる場所。将来的には、たとえば映画のサントラを作ってくれと言われて、半年外国に暮らす事があるかもしれない。でも、自宅はやはりキューバしかないと思っている」
——次作は『ジョ』の延長にあります? それとも、また違う大地を求めますか?
「まだ、考え中。次はまた違うことを試してみたいという気もするけど、どうかなあ。今作で新しい手法に望んで予想を超えた成就を得た事を、今はまだ感受したい。僕が自分の音楽で楽しんでもらいたいのは、ピアノとかの技能ではなく、言葉や文化が違っていても分かちあえるスピリチュアルな部分。やはり、僕はそれを追求していきたい」
——ところで、このブレスレット(彼は印象的なそれをしていた)には意味があるんですか?
「僕が信仰しているサンテリアの、シャンゴという神様を象徴している色なんだ。ブレスレットは好きでいろいろ持っているんだけど、これが一番気に入っている。その宗教のなかでは、自分は神の息子である。そして、自分のお父さんは音楽の神であるんだ。やはりいつもスピリチュアルな部分と僕の音楽はつながっている」
——音楽外で一番興味を持っているのは?
「食べ物だね。食は大事。友達とリラックスして、おいしいレストランに行って、2、3時間楽しく過ごすというのが、唯一のリラックスの時間だな。音楽家って休める暇がない。クラブに遊びに行っても、流れている音楽をついつい分析しちゃったりするしね。うっかりすると、レストランでも流れる音楽に気を取られて、オフを台無しにしてしまう(笑い)。まあ、ジャンク・フードを食べちゃうときもあるし、まずいレストランでも、いい友人といれば僕は歓びを感じるな」
 ポーランド大使館で、ECMから4枚のトリオ作を出している、ポーランド人ピアニストのマルチン・ボシレフスキのトリオ演奏を聞く。その前身バンドであるシンプル・アコースティック・トリオ時代から、変わらぬ顔ぶれ。ボシレフシキとベーシストのスワヴォミル・クルキエヴィッツは1975年生まれで、ドラマーのミハウ・ミスキエヴィッツは1977年生まれ。3人は阿吽の呼吸を持ち合える関係であり、それゆえ躊躇なく冒険にも踏み出せるという。あ、長年ECM契約し続けているポーランド人トランペッターであるトーマス・スタンコ(2005年10月26日)のところで、まさしく秀英のサポート陣と書いているのは、彼らです(そのときはドラマーは別の人だったみたい)。

 詩的なアルバム演奏よりも、パッション度が高い演奏と思わせられたか。彼らの新作『Spark of Life』(ECM、2014年)には審美眼に満ちたボシレフスキの曲にまじえザ・ポリス「メッセージ・イン・ア・ボトル」やハービー・ハンコック/ザ・ヘッドハンターズの「アクチュアル・プルーフ」というナンパ目とも言える意外な曲を取り上げていたが、この日もそれらをきっちり披露した。また、本編最後にやった曲は黒っぽいというかゴスペル的と書きたくなる広がりを持つ曲で、これは美味しいなあと頷く。

 なお、この日のライヴはオノセイゲン(2000年3月12日、2009年1月17日、2011年8月4日、2012年6月7日、2013年1月30日、2014年4月20日、2014年7月28日、2014年9月23日、2014年10月8日、2014年10月11日)の手により、DSDライヴ・ストリーミング配信されたはず。

▶過去の、トーマス・スタンコ/マルチン・ボシレフスキ
http://43142.diarynote.jp/200511130011570000/
▶過去の、オノセイゲン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-3.htm
http://43142.diarynote.jp/200901181343426080/
http://43142.diarynote.jp/201108101630438805/
http://43142.diarynote.jp/201206110945571082/
http://43142.diarynote.jp/?day=20130130
http://43142.diarynote.jp/201404251643448230/
http://43142.diarynote.jp/?day=20140728
http://43142.diarynote.jp/201409261635077130/
http://43142.diarynote.jp/201410210814495715/

<2日前の、ボシレフスキ>
 ボシレフスキにインタヴューしたのだが、本当に文化系の人であり、ECM大好きな人。12歳のときキース・ジャレット(2001年4月30日、2007年5月8日)を知って以来、ジャズの道に進むのだと自認し、ECMに憧れたという。ECMと契約する前、彼は同国のジャズ・インディ“ノットトゥー”(現在は、アヴァンギャルド/インプロヴィゼーションのレーベルになったとのこと。なるほど、そうすると藤井郷子〜1999年8月16日、2000年6月2日、2000年10月1日、2002年8月5日、2003年1月21日、2003年4月7日、2004年7月27日、2005年2月10日、2005年11月28日、2005年12月11日、2006年7月3日、2008年8月24日、2008年12月17日、2010年1月9日、2010年6月7日、2010年8月6日、2012年7月1日〜のアルバムもリリースするわけだ)からシンプル・アコースティック・トリオ作を2枚出しているが、ECMから出す事を考慮に入れた演奏/録音をしたとのこと。彼は3年半マヌ・カチェ(2011年1月28日、2012年1月13日)のグループに在籍したこともあったが、それもマンフレート・アイヒャーの段取りであったそう。蛇足だが、ボシレフスキ・トリオのマネージャー氏はなかなか愛嬌のある顔つきと体つきの持ち主、かなりジャック・ブラックに似ている。
▶過去の、キース・ジャレット
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-4.htm
http://43142.diarynote.jp/200705181807060000/
▶過去の、藤井郷子
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/augustlive.htm 藤井カルテット
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-6.htm 藤井3+1
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-10.htm 藤井カルテット
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/framepagelive.htm 藤井3+1
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-1.htm 藤井4
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-4.htm 田村カルテット
http://43142.diarynote.jp/200407271618520000/ 藤井3+1
http://43142.diarynote.jp/?day=20050210 田村カルテット
http://43142.diarynote.jp/200512020244540000/ ザ・レイモンド・マクドナルド・トウキョウ・インプロヴァオザーズ・オーケストラ
http://43142.diarynote.jp/200512140951100000/ エリオット・シャープ
http://43142.diarynote.jp/?day=20060703  藤井オーケストラ名古屋/同東京
http://43142.diarynote.jp/?day=20080824 レイモンド・マクドナルド・インターナショナル・ビッグ・バンド
http://43142.diarynote.jp/200812281445103402/ 藤井4
http://43142.diarynote.jp/201001101203088126/ ガトー・リブレ、ファースト・ミーティング、ma-do、オーケストラ東京
http://43142.diarynote.jp/?day=20100607 ファースト・ミーティング
http://43142.diarynote.jp/201008261616172628/
http://43142.diarynote.jp/?day=20120701
▶過去の、マヌ・カチェ
http://43142.diarynote.jp/201102081259129769/
http://43142.diarynote.jp/201201141645353138/
 眼鏡とスーツという出で立ちのアーティスト写真を見た事があったが、この日の格好はあっさりと黒色のスリムのジーンズとTシャツと、プーマの灰色のスニーカー。どっちにしろ、なんの知識もなくパっと見たら、コモン(2004年6月11日、2005年9月15日)のことをラッパーと思う人はいないだろう。どっちにしろ、老けた感じもなく、スリムで長身で格好いい。妙なエスタブリッシュ感もそこここに出ているかな。六本木・ビルボードライブ東京、ファースト・ショウ。最初から、お客は盛り上がりを見せていた。

 かなり腕利きのDJと、別に腕利きじゃないキーボード奏者と女性コーラスを伴う。彼女は一部ラップもしたが、歌よりは存在感があった。MCによれば来日は2005年いらいだそう。前回公演と同じく、女性をステージにあげてやさしくイジるパートもあり。かつて絡んだJ・ディラ(ジェイ・ディー )について、MCで2カ所言及もする。乱暴にまとめるなら、多彩な行き方かつクレヴァーな視点の持ち方で、米国黒人芸能としてのヒップホップ流儀をきっちりと出していたと言えるショウ。ザ・ソウルクェリアンズ(ジェイ・ディー、クエストラヴ、ジェイムズ・ポイザーら)、プリンス、シーロウ、ジェフ・リー・ジョンソン、カニエ・ウェスト、ファレル・ウィリアムスとかいろんな才人たちと絡み、今もちゃんとメジャーからアルバムを発表しているのも、当然と思わされました。

▶過去の、コモン
http://43142.diarynote.jp/200406130120280000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20050915

 その後は、イタリア人ジャズ・ピアニストのエンリコ・ピエラヌンツィ(2013年9月2日)を見る。丸の内・コットンクラブ、ソロ・ピアノでのパフォーマンス。ステージ中央にどんとピアノが置いてあると、グランド・ピアノってほんと細長いんだなと再認識しちゃう。そして、ステージ両端には、でっかいマイクが2本立てられている。お、コレ、ライヴ・レコーディングしているのか。とはいえ、本人のまったく飾らない格好もあり、また暗い曲が少なくないにも関わらず、ピアノ・ソロ実演にあるときには山ほどある緊張感とは無縁ではあったのだが。それ、過剰に難しい指さばきはださないピエラヌンツィの演奏の様も関係していたかな? 

 頭のほうはわりとゆったりした曲がならび、浮かび上がる微妙なメロディの塩梅でかつてのニュー・エイジ・ミュージックにかするかもと思わせる。そういう演奏もするのか。なんにせよ、ソロ演奏をふんふんと楽しんでいる感じがあるのはいい。そこら辺は、なんとなくイタリア人と思わせもするか。途中とってもクラシックぽい演奏があったが、それはバロック曲を彼なりにジャズ崩しした曲であるよう。そして、後半は少し元気目だったり、指さばきが奔放だったりする曲が並び、ぼくにとってはニンマリできる時間だった。

▶過去の、エンリコ・ピエラヌンツィ
http://43142.diarynote.jp/201309051240372709/

<今日の、おどろき>
 東芝の粉飾決算にもたいそう驚いた(まあ、ウチは原発で稼ぐと決定した時点で、気がふれていたとしかいいようがないが)が、独VW社のディーゼル・エンジン排気ガス規制逃れの嘘みたいな暴挙にも本当に驚いた。どーなっているの? わりとまっとうな企業理念を持っていると感じさせていたVW社でもそうなのだから……。一方、近年一番良くないよなあと感じてしまうのは、食べ物関連企業の商道徳に関すること。安く上がれば、賞味期限が長持ちすればと、いけないものをごんごん入れて発売している様を見るにつけ(産地や品種のまやかしも同様)、いったいどーなっておるのかと暗くなる。この世に、正義や倫理はないのか? 雑で過剰に食い物にはいれこまないぼくでさえ(入れ込むと、やはり人にそれを開示したくなる。フード・ポルノにぼくは最大級の格好悪さを覚える)、本当にそう感じてしまう。食べ物はその人の人生に直接的に関わってくるもんなー。

 昨年公演をぼくが大絶賛しちゃったブラジル人4人による歌手が前に出たブラジリアン・ジャズ・カルテット(2013年9月7日、2014年9月27日)の2015年公演は、南青山・ブルーノート東京にて。セカンド・ショウ。すごいな、着々と支持層を広げているナ。

 顔ぶれも変わらないし、おおまかなところは昨年公演の項を参照されたし。今回、音がいい会場なので、細部までより見通せる感じはあったか。今回はファースト・ショウとセカンド・ショウが入れ替えであるので、できるだけいろんな曲を聞かせようと、お母さんのデボラのピアノ・ソロなどは短めにしたところはあったかもしれない。

 シンガーである娘ダニは相変わらず、天衣無縫にスキャットしまくり。それらをして、音程が不安定と言う人がいるが、それは違う。普通の歌い手は6ぐらいまでのところの安全地帯で歌っているのに対し、彼女は10ぐらいの地点で難しいメロディ取りをしている。ようは、人間基準を超えたところで舞っているわけで、音程を微妙に外れる箇所が出てくるのは致し方ないとぼくは思う。とともに、そんな壮絶な内実を持っているのに、彼女は微笑みの感覚や柔らかさをまずは前面に出す。それってすごいことだし、そこにはブラジル人ならではの美点が直截に出ているとも思う。それゆえ、彼女はポルトガル語で歌う方が味が良いというのも自明ですね。ダニは英語曲の場合、今回ニルヴァーナの「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」やスティーヴィ・ワンダー(2005年11月3日、2010年8月8日、2012年3月5日)の「サー・デューク」なども披露した。

▶過去の、ダニ&デボラ・グルジェル・クアルテート
http://43142.diarynote.jp/201309161507226186/
http://43142.diarynote.jp/201409291720019557/
▶過去の、スティーヴィー・ワンダー
http://43142.diarynote.jp/200511130015240000/
http://43142.diarynote.jp/201008261618276388/
http://43142.diarynote.jp/201203062006429595/

<今日の、訂正>
 前回のダニ&デボラ・グルジェル・クアルテートの項で、イリアーヌ・イリアス(2006年6月28日、2015年2月8日)よりデボラのほうがピアノの腕は上というようなことを書いているが、それは訂正します。純ピアニストとして同行したステップス・アヘッド公演(2015年2月8日)の 際のイリアーニの演奏は本当に熟達していたもの。やはり、長年NYでもまれてきたというのは、すごいことなんだと思う。グルジェルとイリアスの共通点は娘がシンガーをしていることと、その娘たちはスリムな体形を維持していること。今日、ステージ上の母娘を見比べて、しみじみしちゃった人は少なくなかったのではないか。
▶過去の、イリアーヌ・イリアス
http://43142.diarynote.jp/200607041956350000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20150208
▶過去の、ステップス・アヘッド
http://43142.diarynote.jp/?day=20150208

アビア

2015年9月20日 音楽
 一昨年見たベスト1R&Bアクト(昨年見たとしたら、2014年ベスト1R&Bアクトと、ぼくは書くだろう)の公演、ブルーノート東京(セカンド・ショウ)。
 
 歌に専念する本人に加え、ピアノのアンドレ・シェ・ルイス、ギターのデイヴィッド・ローゼンタール、ウッド・ベースの塩田哲嗣、ドラムのクリス・エドルトン、バックグラウンド・ヴォーカルのジェイミー・オーウェンスという面々。ミュージカル・ディレクターは唯一の白人奏者であるデイヴィッド・ローゼンタールが勤め、ブラシ多用のクリス・エドルトンはかなり簡素なドラム・セットを用いる。それ、グルーヴや構築性に頼らないビートを私は用いて黒人音楽としての美学を出すというアビアの意志表出に繋がっている。

 ファルセットをしなやかに用いて出す、もう一つの、価値と個性を持つ洗練R&B表現……。見るのが2度目となるゆえ、清新さや凛とした先鋭性のようなものは前より感じることはなかった。だが、ハっとさせ、浸れる世界を紡いでいるのは間違いないし、本人がどんどん成熟しているからこそ、マイルドに感じさせる部分も出て来たのではないか。それから、ファルセット・ヴォーカルのコントロールの部分に関してはもっと広がりを見せ、高音の使い方にも大きく頷かせる部分があった。とにかく、この我が道を行くR&Bシンガー/クリエイターに幸あれと思わずにはいられない。

▶過去の、アビア
http://43142.diarynote.jp/201304271355555556

<今日の、失礼なヤツ>
 近年外を歩くと、外国人観光客が多いなーと感じる。まあ、ぼくはその光景を見るのはイヤではないのだが。でなきゃ、洋楽にもハマらないよな。皆さん、原発事故とか地震とかカンケーないといった感じ。ちょい謎かもしれないと思ったが、気にする人はわざわざ訪日しないか。この観光客盛況はずっと、例えば東京オリンピック(飲みの席で、ちゃんと開かれるのかという話題になったりするが)までは、続くのか? 今、ホテルの空き室不足がよく言われるが、外国人観光客に部屋を個人貸しするシステムが出て来ているとも伝えられる。昼下がり、知人から空いている都内マンションを外国人観光客に部屋を貸す登録をしようかと思うのだが、どう思うと問われる。それについては新聞で特集記事が組まれていたりもし、わりと親身に答えたら、意外だと言われた。レコード室としてオレに安く貸せと言われると思ったそう。ああ、ほんの少し、頭のなかでは考えたよ。だったら、聞いてくるなっ。

 ジャズやブルース経由の渋味やノスタルジックさを抱えた女性シンガー/ギタリスト(2005年5月10日、2006年8月24日、2009年5月18日)の2015年来日公演はドラマーやキーボード奏者を排し、弦楽器奏者2人を伴う緩〜い編成にて持たれた。なお、ギタリスト(エレクトリック・控え目にスライド・バーを使うときも)はジョー・ヘリントン(2009年5月18日)で、ベーシストはバラク・モリ(2015年9月6日)という実力者なり。その男性陣、綺麗にスーツを来ていた。

 ペルーは太った。こんなコロコロしたおばさんになっちゃったんだもの、きちんと取り繕ったショウをやってもしょうがないので、隙間が一杯のサウンドを伴いなあなあでパフォーマンスをするワという彼女の意志を、実演に接したぼくは感じたか。じっさい、生理的には乱暴に、ほんとうに気分屋風情がいい感じのゆるゆるフォーキィなショウを切り広げたもの。以前の行き方はバシっとしたライヴ・クラブの出し物とするなら、今回はもう少しスステージと客席の垣根が低いコーヒー・ハウスの出し物といった感じもあったか。もしくは、綺麗な衣装を脱いで普段着を着たまま行うライヴという形容もできようか。いい人度数は、今回のほうが高く出る。一時、ペルーはかなり気難しい人という話が流れたこともあったが。

 アコースティック・ギターを達者に刻みながら歌う彼女に、2人の弦楽器奏者がうれしそうに寄り添う。一部、彼らはコーラスも付けたがそれもいい感じ。やっぱし、飾らないリヴィング・ルーム・コンサートいう感じは大。うち、2曲(だったかな?)はペルー一人の弾き語りを聞かせたが、それもマルだった。フランス語曲も一つ、くつろいだレゲエ調曲もやったが、それはリントン・クエシ・ジョンソン(1999年9月19日)曲だったのかな。彼女はかつてインタヴューでジョンソンのことを素晴らしい詩人と褒めていたことがあった。やっぱり、歌詞重視のところは多々あるみたいね。

 米国のルーツ・ミュージックにやられ、その底なしの迷宮をさばさばと旅する道程を無理なく指し示すような、実演だった。南青山・ブルーノート、ファースト・ショウ。

▶過去の、マデリン・ペルー
http://43142.diarynote.jp/200608271342350000/
http://43142.diarynote.jp/200905191118258984/
http://43142.diarynote.jp/200505141715430000/
▶過去の、リントン・クウェシ・ジョンソン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/september1999live.htm

<ここんとこの、焦燥>
 少し前から、PCが不調。普通に使っていたものが、朝起きたら電源がはいらない。忙しい時期で、いろいろ原稿を溜めていたりもしていた。ひえ〜。サポートに電話をするが要領をえず(ほんと、担当者の知識のバラつきが酷い)。スペシャリストに繋ぎますと言われずっと待たされて(2時間強)、電話を切られるという、信じられないこともなされた。その1年半前に買った同じマック・ブック・プロで原稿を打つが、キーのカヴァーが4つとれていて、とても原稿が打ちづらい。その後はと言えば、故障機種を一日寝かせたら、電源は入るようになったが、タイムマシーンのUSB接続は認知せずで、またサポートに電話をかける。そして、電話応答に従いリセット作業をやらされたら、今度はワードに入っていた原稿の文字が全部□□□で表記されるようになり……。ぎょ。もう、サポートとの不毛なやりとりや待ち時間に疲弊し、前のPCで原稿をやりずれええなあと打ちつつ、新しいマック・ブックを買おうと決意する。深い絶望のもと、溜めていた原稿も諦めようと踏ん切りを付けた。が、打たなければならない原稿が目白押しで、新しいものを買いに行く余裕がない。で、今日、試しに駄目にしようと思っていたPCに電気を入れたら、普通に開き、ワードもちゃんと使える。タイムマシーンも効く。どーなってんの? でも、いつまたおかしくなるか、気が気でなく、原稿を打ちつつ、度々前のマック・ブック・プロにワード原稿をメールする。ふう〜、ストレス溜まる。そんな状況のなかの8日間でのべ40.000字の原稿を作った自分をほめたい。あー、とにもかくにも、アップルに対する罵詈雑言は山ほど言えます。でなきゃ、まっとうなサポートは出来ないので、バカとPCに疎い人間はマックを使うなと明示してください。もー、大嫌い! まじ、ワープロ専用機として安いウィンドウズ商品を買おうかな。……ここのブログ原稿も半月は放置していたよなー。

 コントラバス・クラリネットというとっても珍しい大型クラリネットを演奏する在日英国人であるヒュー・ロイドが作曲した、“The Jazz Meditation Suite”という13曲からなる組曲を披露するライヴ。インド人のシュリー・ラマナ・マハルシ(1879〜1950年)が残したヒンズー教の思想に基づく言葉の中から11の句を選び、メロディを付けたという(オープナーとクローザーはインストゥメンタル)。

 ヒュー・ロイドが参画するnouon(2015年4月17日)のメンバーであるケヴィン・マキュー(エレクトリック・ピアノ)、山田あずさ(ヴァイブラフォン)、山本淳平(ドラム)の3人に加え、新井薫(ヴォーカル、ハープ)とアンディ・ビーヴァン(フルート、ソプラノ・サックス)が入る。神宮前・Tokyo Salon。

 <リアリティはいつもリアルでなくてはならない>とか綴られる歌詞は英語。それを歌う新井(歌詞を覚えていた感じあり)と全面的に叩く山本(楽譜と首っ引き。少し、気の毒だった)は大変だったのではないか。スペースに留意したサウンドを求めるためだろう、他の奏者たちは休んでいるパートもけっこうあったのだが、2人はフル回転。曲はけっこう難解な旋律取りをするもの、どこかインド的断片(?)を感じさせるもの、所謂スピリチュアル・ジャズ的なものまでいろいろ。中にはソプラノ・サックスが効果的に使われることもあり、スティング(2000年10月16日)のそれを想起させる曲もあった。ま、含蓄がいろいろと活かされているのは間違いありませんね。インストゥメンタル部にも力が入れられ、即興で有機的に流れて行く部分ももちろんあり、緩急自在。サード・ストリーム的な位置にある、オリジナリティある大人の表現を聞くことができた。

 それから演奏参加者は、東京に住む、外国人が3人。わざわざ日本に居住する外国人音楽家の控え目さの奥に持つ強さ、意欲というものも、なんとなく感じたかな。

▶過去の、uouon
http://43142.diarynote.jp/201504181000432127/
▶過去の、スティング
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-10.htm

<今日の、絶望>
 あ”—。こんな時代が来ちゃうとは。。

 NY在住のブラジル人シンガー/ギタリスト(2013年5月26日、2013年11月9日)の今回のリーダー公演は3人のブラジル人ミュージシャンを伴ってのもの。わーい、やっぱりバンドはいいナ。丸の内・コットンクラブ、セカンド・ショウ。

 ブラジル音楽流儀の美点を持ちまくるギターを弾き語りをする本人を、エリオ・アルヴェス(ピアノ)、ポール・スコロウ(エレクリック・ベース)、アドリアーノ・サントス(ドラム)がサポート。実は今回、カントゥーアリアはアコースティック・ギターよりもエレクトリック・ギターを弾いたほうが魅力的であるときっちり認知する。

 そして、ぼくが今回主役以上に釘付けになってしまったのは、ピアニストのアルヴェス。ジョイス((2004年7月15日、2005年7月13日、2007年7月24日、2008年9月7日、2009年9月29日、2010年7月29日、2011年8月3日、2012年8月15日、2013年7月30日、2014年7月15日、2015年8月3日)のサポートで何度も来日している人物だが(1ヶ月前にも!)、まさかこんな“シルクの指さばき”とも言うべき、超イケてる演奏をする人とは思いもしなかった。もう柔らか繊細に踊らせ、“音珠”(まさに!)を紡ぐ様は魔法のよう。今回彼の指さばきが見やすい位置から見たということはあったろうが、本当に驚きつつ、注視してしました。

▶過去の、ヴィニシウス・カントゥアリア
http://43142.diarynote.jp/?day=20131109
http://43142.diarynote.jp/201305280925006733/
▶過去の、ジョイス
http://43142.diarynote.jp/200407151608250000/
http://43142.diarynote.jp/200507161357340000/
http://43142.diarynote.jp/200708051737070000/
http://43142.diarynote.jp/200809081534510000/
http://43142.diarynote.jp/200910021138591223/
http://43142.diarynote.jp/201008111723131487/
http://43142.diarynote.jp/201108101628235325/
http://43142.diarynote.jp/201208201259398163/
http://43142.diarynote.jp/201308021400578638/
http://43142.diarynote.jp/201407161154441780/
http://43142.diarynote.jp/201508091203108498/

<今日の、お題目>
 なんも、見つからねー。ということに、しておこう。

第14回 東京JAZZ

2015年9月6日 音楽
 東京国際フォーラム・ホールA。知人とけっこう外部で飲んだり食べたりして、学祭キブンを満喫しちゃったな。

 エリ・デジブリ・カルテットはイスラエル人たちによるカルテットで、テナーのエド・デジブリ、ピアノのガディ・レハヴィ、ベースのバラク・モリ、ドラムのオフリ・ネヘムヤという面々。そしてそこに、トランペットのアヴィシャイ・コーエン(2010年8月22日)も入る。かなり、良かった。静謐さや繊細さのなかに芯と質量(それらを、まっとうなジャズ流儀と言い換えてもいいか)があり、とても説得力に富んでいた。終盤、ピアニストの山中千尋(2005年8月21日、2009年6月7日、2010年3月14日、2011年8月6日、2013年3月3日、2015年5月31日)が加わった。

▶過去の、アヴィシャイ・コーエン(tp)
http://43142.diarynote.jp/201008261620103318/
▶過去の、山中千尋
http://43142.diarynote.jp/200508230545510000/
http://43142.diarynote.jp/200906091637138003/
http://43142.diarynote.jp/201003191715113498/
http://43142.diarynote.jp/201108101632022013/
http://43142.diarynote.jp/?day=20130303
http://43142.diarynote.jp/201506031918248506/

 日野皓正&ラリー・カールトン・スーパー・バンドはトランペットの日野(2005年6月5日、2006年11月3日、2011年3月28日、2011年7月25日、2011年9月2日 、2013年9月22日、2014年4月4日、2015年3月10日)、ギターのカールトン(2007年9月19日、2009年10月6日、2011年4月12日)、ピアノの大西順子(1999年10月9日、2007年9月7日、2010年9月30日、2010年12月22日、2011年2月25日、2011年8月6日)、ベースのジョン・パティトゥッチ(2001年8月3日、2002年8月25日、2004年2月9日、2006年9月3日、2012年6月13日、2014年2月12日、2014年4月14日、2015年5月27日)、ドラムのカリーム・リギンズ(2005年9月15日)という内訳なり。おおリギンズの参加はうれしいなあ。彼は1990年代から純ジャズとヒップホップに分け隔てなく関与している逸材だ。

 どういうところからこの奏者たちがリストアップされたのかぼくは知る由もないが、それなりに立ったビートのもと、ただのセッション・ギグにはならにものを目指したと書けるか。大西はソロのとき、あまり左手を使っていなかった。これ、上部から移す映像が場内モニターに映し出されるのでよく分る。

▶過去の、日野皓正
http://43142.diarynote.jp/200506120639310000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20061103
http://43142.diarynote.jp/?day=20110328
http://43142.diarynote.jp/201107310727152406/
http://43142.diarynote.jp/?day=20110902
http://43142.diarynote.jp/201309260930584072/
http://43142.diarynote.jp/201404070654593139/
http://43142.diarynote.jp/201503110740041978/
▶過去の、ラリー・カールトン
http://43142.diarynote.jp/200709201052530000/
http://43142.diarynote.jp/200910140950452362/
http://43142.diarynote.jp/201104142209393004/
▶過去の、大西
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/octber1999live.htm
http://43142.diarynote.jp/200709131138020000/
http://43142.diarynote.jp/201010030952428017/
http://43142.diarynote.jp/201012241100592422/
http://43142.diarynote.jp/201102261254532443/
http://43142.diarynote.jp/?day=20110806
▶過去の、ジョン・パティトゥッチ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-8.htm 2001年8月3日
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/framepagelive.htm   2002年8月25日
http://43142.diarynote.jp/200402091738240000/
http://43142.diarynote.jp/200609070211000000
http://43142.diarynote.jp/201206141343402196/
http://43142.diarynote.jp/201402140843255048/
http://43142.diarynote.jp/201404161959228005/
http://43142.diarynote.jp/201505281537538677/
▶過去の、カリーム・リギンズ
http://43142.diarynote.jp/?day=20050915

 ハービー・ハンコック(2000年3月14日、2001年12月27日、2003年8月23日、2005年8月21日、2012年3月3日、2014年9月7日)とウェイン・ショーター(2001年8月3~5日、2002年8月25日、2004年2月9日、2014年9月7日)のデュオは指しのアコースティック演奏になるのかと勝手に思っていたら、ハンコックはエレクトリック・キーボード弾き、プリセット音を出したりもした。ショーターはそれを鷹揚に受け止め、リード楽器をならす。なんか、ハンコックの純ジャズに対する飽きやショーターのあまのじゃく資質が透けて見えるような気がして、おもしろかった。

▶過去の、ハンコック
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-3.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-12.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-8.htm
http://43142.diarynote.jp/200508230545510000/
http://43142.diarynote.jp/201203062005542291/
http://43142.diarynote.jp/201409100930206205/
▶過去の、ウェイン・ショーター
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-8.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/framepagelive.htm
http://43142.diarynote.jp/200402091738240000/
http://43142.diarynote.jp/201404161959228005/

<今日の、おふたり>
 ハンコック/ショーターのデュオの演奏の後半に触れ、DUブックス発のハンコックの語りおろし自伝を思い出す。あれ、レコード・コレクターズ誌で書評を受けたので、ちゃんと読みました。本人、そこでかなりぶっちゃけていて、1990年代にクラック(コカイン)中毒だったこともあかしている。あの本では当人がいかに楽天的で、フランクであるかがおおいに示されるわけだが(それは、なにより本人の物腰やMCに表れているだろう)、その脱線も悩みとかいった負の何かが引き金になったというよりは、持ち前の好奇心から行っちゃったという側面もあったとぼくは感じもする。そして、脱アコースティック/4ビートへの表現への移行も、そういう流れで説明できる。それに、才あるジャズ・マンとはいっても、インプロヴィゼーションの拡大には限界があるわけで、結果として楽曲やサウンドの新規開拓に向かわんとするのは当然だろう。ショーターもいろいろと曲/サウンドの拡大希求をしてきた天賦のインプロヴァイザーだが、今は自己表現としてはアコースティック・ジャズの文脈でもう一度勝負して結果を得ている。アーティストとしてどちらかを選べといったら、ぼくはハンコックを取るが、やはり訳のわからなさはショーターが勝つな。そんな彼は、クスリ方面はどうだったんだろ? 脳内ドラッグの分泌だけで新たな大地に渡り続けたという話のほうが、最高なんだが。ちなみに、オーネット・コールマン(2006年3月27日)は生涯クスリいらずのカっとび大王でした。
▶過去の、オーネット・コールマン
http://43142.diarynote.jp/200603281335030000/

第14回 東京JAZZ

2015年9月5日 音楽
 有楽町・東京国際フォーラムと、無料会場となる中庭の野外ステージを行ったりきたり。以下、ざっと国際フォーラムのホールAで見たものの感想を書く。

 ボブ・ジェイムス(2013年9月3日、2015年3月5日)には驚いた。東京フィルハーモニー交響楽団(指揮・ケヴィン・ローズ)を従え、自作の曲を披露したのだが、自分のメロディのもと、きっちり才気の在り処が見えるオーケストレイションを施していて、これは聞きがいたっぷりあるゾと思わされたもの。彼が若い時分には前衛ジャズをやっていたこともすうっと見透かせさせる部分があるのもよかった。そこにスティーヴ・ガッド(2004年1月27日、2010年12月1日、2012年11月26日、2013年9 月3日、2014年10月17日)もドラマーとして加わったが、うまくオーケストラの音に合わせる。なるほど、彼もクラシック教育を昔受けたことを伝えたか。
▶過去の、ボブ・ジェイムス
http://43142.diarynote.jp/201503060912185943/
http://43142.diarynote.jp/201309051241384602/
▶過去の、スティーヴ・ガッド
http://43142.diarynote.jp/200402051855170000/
http://43142.diarynote.jp/201012051903113851/
http://43142.diarynote.jp/201212101904379741/
http://43142.diarynote.jp/201312171510083393/
http://43142.diarynote.jp/?day=20141017

 在NYの米日混合ジャズ・クインテットのニュー・センチュリー・ジャズ・クインテットは二管+リズム・セクションという王道ジャズ編成のもと、変わらなくてもいいものを真っすぐに披露。ドラムのユリシス・オーウェンズJr.、ピアノの大林武司(2014年5月25日)、縦ベースの中村恭士(2009年10月15日)、アルト・サックスのティム・グリーン、トランペットのベニー・ベネックという固定メンバーでのパフォーマンス。全員スーツに身を固めるものの、靴は白いスニーカー。それは、若さ、颯爽とした様を強調するためのものか? 唯一の白人のベネックは動きがトっぽい。結構、オーディエンス受けも良く、善戦していたんじゃないか。
▶過去の大林武司
http://43142.diarynote.jp/?day=20140525
▶過去の、中村恭士
http://43142.diarynote.jp/200910161214535124/

 ポーランド人歌手のアンナ・マリア・ヨペックにも驚いた。パット・メセニー(1999年12月15日、2002年9月19日、2010年6月12日、2012年1月25日、2012年3月3日、2012年3月4日、2013年5月21日)や小曽根真(2011年3月28日、2011年8月6日、2012年8月24日、2012年9月8日、2013年8月1日、2013年10月26日、2014年9月7日)がレコーディング等において助力していることは知っていたが、こんなに吹っ切れたタレントであるとは……。かなりスポテニアスな行き方を取っているものの、これはジャズ歌手と言わないほうが、あの得体の知れないうれしい広がりは伝わりやすいだろうな。同胞が集まったバンド(皆芸達者で、多くが楽器を持ち替える)にプラスしてNYで活動するパーカッショニストのミノ・シネル(2013年5月31日)が入る編成。最初はヨペックがコントラーラーを自分で操りつつヴォイス・パーフォーミングのようなものを見せつつ、徐々に加わっていったバンド音ともに様々な弧や文様を描いていき……。それは民俗音楽〜ポップ・ミュージック〜ジャズを独特な“気”とともに自在に交錯させるものであるのだが、いやはやこんな独創的なヴォーカル表現が聞けるとは思わなかった。たまたま隣に座っていた小曽根さんが、ピアノの彼はもう天才ですよとか、解説してくれたのだが、なんと彼女たちは彼が仕切る翌日の4大学選抜ビッグ・バンドの無料ステージ出演のときも最初に(予定外に)出て来て演奏した。学生たちはあんな腕の立つ人たちに最初にやられたら、やり辛くてしょうがなかったろうな。
▶過去の、ミノ・シネル
http://43142.diarynote.jp/?day=20130531
▶過去の、パット・メセニー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/december1999live.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm
http://43142.diarynote.jp/201006181520054406
http://43142.diarynote.jp/201201271245417497/
http://43142.diarynote.jp/201203062005542291/
http://43142.diarynote.jp/201203062006429595/
http://43142.diarynote.jp/201305260927026044/
▶過去の、小曽根
http://43142.diarynote.jp/?day=20110328
http://43142.diarynote.jp/?day=20110806
http://43142.diarynote.jp/?day=20120824
http://43142.diarynote.jp/?day=20120908
http://43142.diarynote.jp/?day=20130801
http://43142.diarynote.jp/201310280755386500/
http://43142.diarynote.jp/201409100930206205/

 エスペランサ・スポルディング(2008年9月5日、2008年12月1日、2010年9月4日、2011年2月17日、2012年3月7日、2012年9月9日)は<エミリーズ・D+エヴォルーション>という新プロジェクトによる出し物だったのが、これには口あんぐり。彼女がこんなに気*いだとは思いもしなかった。電気ベースを弾きながら歌う当人に加え、男女のバックグランド・ヴォーカル、ギター、ドラムという編成によるものなのだが、みんな一体どうやって曲を覚えたのと思わずにはいられないその総体をなんと説明していいものか。

 まず、曲そのものが、とってもくにゃくにゃしていて覚えづらい。それは彼女の過去の曲も同様ではあるのだが、それがより“電波”が入った感じ。そんな捉えどころのない曲をきっちり道は見えているとばかりブリブリとベース弾き倒しつつ、清楚な歌声をこれでもかとぐいのりで載せて行く彼女は本当に格好いい。けっこうロックっぽい手触りを持つ曲も少なくなく、なんとなく近年のミシェル・ンデゲオチェロ(2002年6月18日、2003年11月18日、2003年11月22日、2008年5月7日、2009年5月15日、2013年11月18日、2014年7月14日)の電波ニュー・ウェイヴ・ロック路線を思い出させるところはあるかもしれない。でも、そのカっとび度はスポルディング嬢のほうが上なわけで……。

 基本曲は切れ目なしに連なって行くのだが、本人はともかく、他の奏者や歌手も有機的になんなく入ったり消えたりしていく様はもうマジック。しかも、時にそこにシアトリカルなパフォーマンスも彼女たちは入れるのだから! この難解にしてお見事というしかない内容の米国ツアーをエスペラサ・スポルディングたちは春からやっているらしく、その一糸乱れない様も了解させらもするか。いやはや、サポート陣もとんでもない実力者たちですね。

 なお、”エミリー”というのは、エスペランサ・スポルディングの別人格という設定のようで、だとすると、このいつもの私じゃないんです的なあっち側への吹っ切れ具合も納得できる。とともに、トレードマークのアフロヘアーをやめ、でかい眼鏡をかけて、派手な出で立ちでパフォーマンスをしているのも、なるほどと思う。2015年の東京ジャズのベスト・アクトは? そう問われたら、ぼくは迷わず彼女の名を出す。
▶過去の、エスペランサ・スポルディング
http://43142.diarynote.jp/200809071430380000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20081201
http://43142.diarynote.jp/?day=20100904
http://43142.diarynote.jp/201102190814495504/
http://43142.diarynote.jp/?day=20120307
http://43142.diarynote.jp/201209191229057579/
▶過去の、ンデゲオチェロ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-6.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-11.htm
http://43142.diarynote.jp/200805090836380000/
http://43142.diarynote.jp/200905161026033788/
http://43142.diarynote.jp/201311191050581790/
http://43142.diarynote.jp/201407151135353688/

 ホールの最後は、ドラム(一部ピアノ)もジャック・デジョネット(2001年4月30日、2003年8月23日、2007年5月8日、2014年5月22日)とテナー・サックスのラヴィ・コルトレーン(2013年8月18日、2014年5月22日)と電気ベースのマシュー・ギャリソン(2009年11月12日、2014年5月22日)のトリオ。実はこれ、2014年5月のブルーノート東京公演と同じ顔ぶれによるものであったが、けっこう異なる所感を得る。端的に書けば、マシュー・ギャリソンの仕切る裁量が相当に増した。彼の操るPC音、PC経由ベース演奏が基調となって曲が動き、三人が流れていくと説明できそうなものが多かったもの。そして、それが通り一遍のジャズはやりたくないというディジョネットの意志とも合致しており、ほうと接することができたのだ。ギャリソンのペラ男的ベース演奏は好きになれないが、サウンド統括者としての彼に評価を与えたくなったぼくなり。コルトレーンも無理なく、堂々ブロウしていた。
▶過去の、ジャック・ディジョネット
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-4.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-8.htm
http://43142.diarynote.jp/200705181807060000/
http://43142.diarynote.jp/201405231458349566/
▶過去の、ラヴィ・コルトレーン
http://43142.diarynote.jp/?day=20130818
http://43142.diarynote.jp/201405231458349566/
▶過去の、マシュー・ギャリソン
http://43142.diarynote.jp/200911141111322146/
http://43142.diarynote.jp/201405231458349566/

 それから、外のステージのほうでは、東欧ルーツを持つ、20代半ばのカナダ人女性歌手のバーブラ・リカを見る。YouTubeの映像を見ると完全なジャズ・シンガー。だが、計3作出ているリーダー作はジャジー・ポップ傾向にある(曲も作る人)というシンガーだが、基本この昼下がりのライヴも確かなジャズ・マナーを出していた。実は彼女、日本のアニメおたくで、日本語の単語も良く知り、アニメ主題歌は日本語で歌えたりする。また、ピアニストの高木里代子も見たが、露出度の高い格好であったためか、ステージ前はけっこうな混み具合なり。ジャズ・ギタリストとDJを従えてのもので、かつてのジャズ・ギターとクラブ・ビートの折衷表現をやって当たりをとったギタリストのロニー・ジョーダン(2012年4月25日)のピアノによるアップデイト版という言えそうなことをやっていた。
▶過去の、ロニー・ジョーダン
http://43142.diarynote.jp/201205080617258733/

<今日の、??>
 ギターのマット・スティーヴンス、ドラムのジャスティン・タイソン、コーラスはコーリー・キングとエミリー・エルバート。後から、エスペランサの同行ミュージシャンの名前をチェック入れたのだが、コーラスの男性のほうの名前にええっ。あの、NY今様ジャズ周辺でいろいろ活躍しているトロンボーン奏者(2013年2月15日、2013年6月4日、2014年5月25日、2014年8月7日、2015年1月30日)と同じではないか。確かにエリマージのときはキーボードを弾くとともに歌も歌っていたりもしていたわけだが。しかし、あの複雑なコーラスの付け方でのスマートな身のこなしは器楽奏者であると判断したほうが、納得できちゃうところはある。あ、ドラマーのジャスティン・タイソンと彼は、ロバート・グラスパー(2007年10月3日、2009年4月13日、2009年12月19日2010年12月16日、2012年6月12日、2013年1月25日、2014年8月20日、2015年6月8日)制作関与のニーナ・シモン・トリビュート盤にも名が見られますね。
▶過去の(?)、コーリー・キング
http://43142.diarynote.jp/201302181044151204/
http://43142.diarynote.jp/201306060730086224
http://43142.diarynote.jp/201405271755563079/
http://43142.diarynote.jp/201408091058201133/
http://43142.diarynote.jp/201501310942048841/
▶過去の、ロバート・グラスパー
http://43142.diarynote.jp/200710121727100000/
http://43142.diarynote.jp/200904150840164356/
http://43142.diarynote.jp/201001051625155901/
http://43142.diarynote.jp/201012171104366095/
http://43142.diarynote.jp/201206141342549869/
http://43142.diarynote.jp/201301270742196778/
http://43142.diarynote.jp/201408210931581467/
http://43142.diarynote.jp/201506070919133558/
http://43142.diarynote.jp/201506091124003170/

 夕方、有楽町・東京国際フォーラムへ。東京ジャズが来ると、夏が終わりなんだなと、思えたりもする?

 この日は、日暮れ後の野外無料ステージのみの開催。国際フォーラムの中庭には二つのステージとともに、様々なお店が出店しているが、今年はそこにスイス大使館も二つ分のスペースを取って、スイス紹介ブース/店舗を出している。なかなか、張り切っているな。

 そして、この晩に野外ステージに出演したのは、俊英ヴァイオリン奏者率いるトビアス・プライシク・カルテット(2014年10月8日)、グランド・ピアノラマックス(2014年9月5日)、インペリアル・タイガー・オーケストラという、スイスの担い手たち。

 ぼくのお目当ては、初来日となる、6人組のインペリアル・タイガー・オーケストラ。エチオピアン・グルーヴ/エチオ・ジャズに感化されたことをやるグループ(うち、2人はフランス人)で、脳みそとろけそうな1970年代エチオピアン・グルーヴを世界的に広めた“エチオピーク”シリーズの編纂者であるフランシス・ファルセトとも、彼らは親しい。バンド代表者の2人には夕方にインタヴューしたのだが(ちょうどその時間に演奏したトビアス・プライシク・カルテットは見ることができなかった。エレクトリック・ピアノを使ったりし、少し立った方向の演奏を求めたはずだが)、どうしてアフロ・ビートではなく、エチオピアの濃厚伝統音楽をやることにしたのと問うたら、ウケた。答えは、10月20日発売のラティーナ誌にて出します。

 二番目のグランド・ピアノラマックスはピアノ+電気音とドラムの相乗が核となる総花的表現を披露。マジなピアノも弾けるレオ・タルディンのポップスやクラブ・ミュージックまでを見渡したおいらのピアノ妄想表現とでもなるか。ステージを囲む客はけっこうな数で、週末の会社帰りの娯楽として、東京ジャズの無料ステージを組み込んでいる人もいるのだろうな。

 その後、ちょうど21時に、ステージ上にインペリアル・タイガー・オーケストラが出てくる。新作『ワックス』で、彼らはエチオピアだけでなく、隣国のスーダンやソマリアのトラッドを取り上げることもしているが、ネタは主にネットで探すという。また、スイスにもエチオピア/エルトリア・コミニティがありもし、そこからリサーチもしているそう。また、アルバムにはそこの人にちょい肉声で入ってもらったりもしている。

 独自の音階(彼らは、それと日本の演歌が共通することを知っていた)と揺れと濃い情念の三位一体表現のアダプテイションに触れ、エチオピアがアフリカ最古の独立国である(それゆえ、フランス語や英語ではなく、アムハラ語が公用語だ)ことの重大な何かをぼくは探そうとしたか。リーダーのトランペッタ—であるラファエル・アンカーは今回から電気トランペットも吹くようになったと言っていたが、それはEWIのトランペット版というもので、へんな音ともにリフ構築に貢献していた。彼ら、前日は六本木・Super Deluxeスーパー・デラックスでやったようだが、そのラファエルとここのキーボードのアレクサンドル・ロドリゲスは以前来日したとき、2人で同所でやったそう。

▶過去の、トビアス・プライシク
http://43142.diarynote.jp/201410141140507485/
▶過去の、グランド・ピアノマックス
http://43142.diarynote.jp/?day=20140905

<今日の、中庭>
 国際フォーラムの中庭に行ったら、相当な雨が降ったと思えるほどに、濡れている。スコール、あったのか。今日は久しぶりに蒸し暑く、亜熱帯の東京、なり。結構、汗をかいた。そういえば、この夏はこんだけ汗をかいているんだからしっかり塩分をとらなきゃと、臆することなくばかばか塩分を摂ったナリ〜。 業務連絡、財布に名詞を補充しておくように。

 代官山・晴れたら空に豆まいて。この日は同店の開店9周年パーティをやっていて、22時ほどに赤い顔をして行ったらしばらくして、イスラエルの雑食ビート・バンドのブーム・パムが出て来た。

 サーフ・ロック的妙味を前面に出すギター、不思議音を出したりもするキーボード(女性)、実直にベース音を供給するチューバ、立ったビートを叩くドラムという変則編成で、中東的旋律を柱に置きつつ、お茶目にいろんな曲をやる。あと、低音を管楽器が担うこともあるためか、シプシー(・ブラス)音楽との親和性を受けるところもあり。←そこらへん、バルカン/シプシー混合飛躍DJのシャンテルの力添えでデビューしているのも納得か。なんにせよ、何をするにも違和感や変テコを笑顔で入れ、彼らが考えるイナセや諧謔を仁王立ちさせているのは確か。とともに、彼らはイスラエル外の人からの目もちゃんと意識しているところがあると思わせて、それが弾けた風情の奥にあるクールネスや親しみやすさに繋がっていると思った。

 そんな4人を見ながら、やはりサーフ・ロック的な奏法を繰り出すときもあったイスラエル人先輩のバルカン・ビート・ボックス(2007年10月25日、2008年7月6日。2012年9月9日)のことを思いだす。ぼくの知るかぎり、アルバムは2012年以降だしていないが、ライヴはいろいろやっているよう。オリやトーマ、元気かな? BBBはプリセット音併用だが、ブーム・パムは名音勝負でGO! それも、またよし。

 なんか、女性客が多いなあと思ったら、ベリー・ダンスをやっている人たちだそう。へえ、ベリー・ダンスの音楽って、許容性が広いのね。それから、途中で彼らを起用したアルバムを作った小島麻由美(2010年9月19日)が出て来て、一緒にパフォーマンス。普通に、“バンド”となっていた。なるほど、イスラエルのあんな奴らを介して“私の考える、エキゾなポップ”を作る彼女はおもしろいな。普通に、“バンド”となっていた。

▶過去の、バルカン・ビート・ボックス
http://43142.diarynote.jp/200711121022550000/
http://43142.diarynote.jp/200807081247190000/
http://43142.diarynote.jp/201209191229057579/
▶過去の、小島麻由美
http://43142.diarynote.jp/201009231554333481/

<今日の、ポジティヴィティ>
 お盆のあたりにシコシコとまとまって受けた原稿をやっておかないと、8月下旬以降に大変なことになるなあと思っていたのだが。そのとおりな感じになってしまった。普段、仕事に関してだけはちゃちゃちゃと予定通りに進めるぼくとしては、この状況は珍しい。やっぱり、猛暑の夏が、ぼくの行動を狂わせた? ずっと夜遊びも過剰にしてしまっていて、なんかまずい。ダイジョーブ、すらすらいけるはず。いままで迷惑かけたことないじゃないか……。(力なく)ははは。

 何度も来日公演もしているし、名前は聞いてはいたが、オランダのアコースティック・プログ(レッシヴ)・ロック・バンドのフレアークの音楽や実演には触れたことがなかった。今回の彼らの夏のツアーは、そのスペシャル拡大版。にして、よりロマ音楽妙味を経由したものを志向する、と言えるのか。その編成は、5人のアコースティック・ギター、ツィンバロム/アコーディオン、フルート/サンポーニャ/横笛、3人のヴァイオリン、コントラバス、カホン/シンバル……全12人。バジリー姓の奏者が4人もいるが、それはオランダのロマの有名苗字であるようで、彼らは血縁関係にあるという。

 メンバーの国籍はオランダ8人、メキシコ、ルーマニア、インドネシア、ハンガリー。うち、女性は2人。ふむ、確かにグローバルな編成ではあるな。ステージ上に弧を描くように座った面々はきわめて自然、私たちはいるべき所にいますよという風情を出している。会場は、後楽園・文京区シビックホール。今回彼らはMIN-ON主宰のもと、立派なホールが会場となるツアーを全国13会場で行う。

 メンバーのオリジナル、ジャンゴ・ラインハルト曲(「マイナー・スウィング」)、工夫ある編曲がほどこされた各所トラッド曲が、長目の尺とともに送りだされる。すぐに了解できるのはリーダーのエリック・ヴォセル(ギター)をはじめ、皆腕が立つ。そして、音の重なりに準備が行き届いているということ。起伏を持つ曲のなかには、ミニマル・ミュージック基調と言えるものも散見。なんか、音大出身者もそれなりにいそうだよな、なんてことも思ったか。

 だが、その一方かしこまっていたり、お高くとまっているいるところは皆無。もう下世話というしかなく、客に両手を広げまくり、笑いの要素を随所に盛り込みまくる。実はそこらあたりの、臭い仕草や二人羽織状態でギターの掛け合いをしたり(その手の所作はいろいろとあった)とかいうエンターテインメント性表出については、ぼくは退いてしまうところもあるのだが、お客さんへのアピール度はめっぽう高い。ヴィセルは最初のほうと終盤に、延々と日本語でMCをする。彼、他は英語で行った。山あり谷あり、重厚洒脱、その総体は遊園地のよう。それが、王道のダンス音楽やポップスではなく、ちょいひねくれた視点も持つ、変な楽器も用いるアコースティック表現でまっとうしているのだからすごいっちゃすごい。子供でも飽きずに、彼らのことを笑顔で見通せちゃうはずだ。

 アンサンブルや随所組み込まれる娯楽性を持つ各楽器ソロは精緻に(予定調和的にとも、書ける)編み込まれている。そこらへんは、やはりプログ・ロック的と指摘できるだろう。そういえば、とくにヴィセルはロック畑の人物と思わせるものを出して、ある曲ではザ・ローリング・ストーンズ(2003年3月15日)の「無情の世界」のフレーズを出した場面もあり。前半部のトラッドをアレンジした曲はななんかストーンズの「アンジー」の哀愁と重なった?

 手が行き届きすぎる=臭いところも含めて、プロのステージ。1部45分、2部はアンコールを含めて、1時間15分ぐらいやったかな。

▶過去の、ザ・ローリング・ストーンズ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-3.htm

<今日の、疑問>
 地下鉄後楽園駅直結(とか言いつつ、少しは時間がかかるが。でも、ときに強い雨も降った今日は、直結はありがたかった)の文京区の建物内にあるシビッック・ホールには10年ぶりに来る(2004年のボビー・マクフェリンやウェイン・ショーター公演いらい、だな)が、ここも立派なクラシック用途のホールだな。ときに、他の官設のもので、クラシック用途をばっさり切ったホールってどのぐらいあるのだろう? 
 そして、クラシック用途ホールがあちこちにって状況は、トラックなどの陸上競技施設をいれた競技場ばかりを自治体が作る(……そういうの込みで利ざやを稼ごうとする業者が幅を利かせてもいるのだろう)ことと同じなんだろうなと思った。たとえばサッカー観戦において、陸上競技トラックがある会場とないスタジアムを比較すると、その見え方のストレートさ/受ける感興の高さは見る位置にもよるが最低でも3倍は差がつく。だから、チケット代も会場によっては3倍ほど値段の差を付けなければおかしい。というのはともかく、クラシックを除く音楽公演や催しにあんなに高い天井や生音音響を考えぬいた会場設計などは必要ではないだろう。PAを用いる公演だと、逆に音が悪くなる場合もある(→例、東京芸樹劇場でのカエターノ・ヴェローゾの公演〜2005年5月23日〜)。高尚なクラシック公演は他所にまかせ、より大衆を相手にできるPA仕様公演のためのホールを持ちますという、合理性を持った自治体があってもいいと思うが。しかし、ホールは民営のものも沢山あるわけで、それよりも日本で球技専用スタジアムがなかなか増えないことに、ぼくはすこし暗くなる。どこの自治体もツブシの効かない野球場はけっこう作るくせにぃ。ごめんよー、クラシック愛好家、非サッカー・ファンの方々〜。
▶過去の、カエターノ・ヴェローゾ
http://43142.diarynote.jp/200506021846130000/
 アルゼンチンの我が道を行く個性派女性シンガー・ソングライター(2008年4月4日、2014年6月16日)をロス・オンゴス・オリエンタレス(2014年2月22日)と名乗る日本人バンドが密にサポートする公演。日本ツアーの一環の一日なり。渋谷・クラブクアトロ。

 バンド員はもちろん不動。ギターの鬼怒無月(2003年3月6日、2003年6月30日、2004年1月16日、2005年4月11日、2006年1月21日、2009年10月8日 、2010年3月20日、2012年2月10日、2012年6月13日、2012年6月28日、2012年11月21日、2013年2月11日、2014年2月9日、2014年2月22日、2014年6月16日)、エレクトリック・ベースやヴァイオリンを弾く佐野篤(2006年3月24日、2012年6月13日、2014年2月9日、2014年2月22日、2014年6月16日)、パーカッションのヤヒロトモヒロ(2007年11月14日、2009年2月8日、2009年10月12日、2010年7月22日、2011年10月26日、2012年6月13日、2014年2月9日、2014年2月22日、2014年6月16日)、という3人なり。

 この両者の組み合わせのライヴは、昨年6月にも見ているわけだが、今年のショウには驚いた! いやあ、去年と全然ちがうっ。これまでの積み重ねがここに来てこんなに実を結んだのかあと、ぼくは感激。でも、それは、当事者たちも同じ思いであったよう。うーぬ、この晩の実演には、音楽にまつわるマジカルな何か(でも、それはあって然るべき何かでもある)を覚えずにはいられなかったな。

 いや、ルイスと日本勢の重なり/関係性はそんなに変わるものではないだろうし、ルイスは日本向け手作りパッケージのCDを用意しきたものの正規アルバムは出していないので、演目だって重なっているはず。でも、曲はもっと輝いたものに聞こえ、彼女の歌もより精気をまし、バンド・サウンドもずっと立体的になり曲趣を引き立てたのだから! そういえば、ヤヒロは今回ドラム・セット的な設定で演奏したのだが、歌うようなドラミングにぼくは聞き惚れてしまったな。そして、ひいてはルイスというブエノスアイレスで飄々と自分の表現を紡ぐ立ち位置のようなものも浮き上がるのだから、本当にぼくは頷いた。

 アンコールには、前座で演奏した日本の 森は生きている の面々が全員くわわり、和気あいあいと一緒にやる。その雰囲気もとっても良かった。素晴らしすぎたので、思わずラティーナ誌に働きかけて、ライヴ評を書くことにしました。

▶過去の、ルイス
http://43142.diarynote.jp/200804052110160000/
http://43142.diarynote.jp/201406180852131370/
▶過去の、ロス・オンゴス・オリエンタレス
http://43142.diarynote.jp/?day=20140222
http://43142.diarynote.jp/201406180852131370/
▶過去の、鬼怒無月
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-3.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-6.htm
http://43142.diarynote.jp/200401160000000000/
http://43142.diarynote.jp/200504151004040000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20060121
http://43142.diarynote.jp/200910140952248669/
http://43142.diarynote.jp/?day=20100320
http://43142.diarynote.jp/?day=20120210
http://43142.diarynote.jp/?day=20120613
http://43142.diarynote.jp/201207031352302181/
http://43142.diarynote.jp/?day=20121121
http://43142.diarynote.jp/?day=20130211
http://43142.diarynote.jp/201402111029354181/
http://43142.diarynote.jp/201402240940377749/
http://43142.diarynote.jp/201406180852131370/
▶過去の、佐野篤
http://43142.diarynote.jp/200603281333540000/
http://43142.diarynote.jp/201206141343402196/
http://43142.diarynote.jp/201402111029354181/
http://43142.diarynote.jp/201402240940377749/
http://43142.diarynote.jp/201406180852131370/
▶過去の、ヤヒロトモヒロ
http://43142.diarynote.jp/?day=20071114
http://43142.diarynote.jp/200902102121513506/
http://43142.diarynote.jp/200910141731349364/
http://43142.diarynote.jp/201007241308021448/
http://43142.diarynote.jp/201111141210356758/
http://43142.diarynote.jp/201206141343402196/
http://43142.diarynote.jp/201402111029354181/
http://43142.diarynote.jp/201402240940377749/
http://43142.diarynote.jp/201406180852131370/

<今日の、疑問>
 夕方、かなりなオフィス地区で、軽くつまみながら打ち合わせ。勤め人向けのお店がいっぱいある。不況なんて、どこのことという気にもなったな。その後、地下鉄で渋谷に向かったのだが、アレレと気になったことが一つ。駅や電車にのっている人は会社員が多いのは間違いないはずだが、何気にノーネクタイの人が目についたこと。今、ノーネクタイの会社が増えているというニュースは聞かないし、今日は月曜なのでカジュアルな格好で働きましょうという日でもあるまい。とすると、退社とともに多くはネクタイを外していると考えられるが、そうなんだろうか。じゃあ、朝はどうなのか? 朝は時間もないし家から素直につけて出勤する人が多いのかな。とか、余計なことを考えてしまったー。
追記) 後日飲んださい、この話題を振ったら。今まっとうな企業は28度とかに社内温度を設定していて、暑いのでノー・ネクタイ、ノー・ジャケットになっているんじゃないの、涼しくなれば普通の会社員定型ユニフォーム になりますよ、と言う人アリ。あー、そうなの。また、フリーランスの無知さを自覚。別に、恥じいっちゃいないけど。

 3日目のこの日の会場は、青山・月見ル君思フ。最初に出た、キウイとパパイヤ・マンゴーズ(2010年12月27日、2012年1月28日)のショウには残念ながら間に合わず。メキシコ人、韓国人、日本人からなる4人組のクアトロ・ミニマムのパフォーマンスはちゃんと見ることができた。

 2011年に富山のスキヤキ・ミーツ・ザ・ワールドの合宿プログラムで組まれた多国籍グループで、エフェクターを駆使する肉声のフアン・パブロ・ヴィヤ、アコースティック・ギターのフェルナンド・ヴィゲラス、伝統打楽器や歌を担当するチャン・ジェヒ、三線みたいな鹿児島の弦楽器であるプラグドされたゴッタンやエレクトリック親指ピアノや歌を担当するサカキ・マンゴー(2008年9月12日、2008年9月12日、2012年1月28日)が構成員。そして、そこにステージ背後に映し出される流動的ドロウィングのアルトゥロ・ロペス・ピオが加わる。彼、今年のメキシコ・ツアーにも同行もしたと、聞いたような。面々は、メキシコではアルバムも録っているし、今後も海外で公演する予定もあるようだ。

 曲は、各人が出しあっているのかな。その際、楽曲選出者がリード・ヴォーカル取る傾向にあるのだろうと推測される。その際、チャンとサカキは個性全開。そこに大人の物腰でメキシコ人たちは寄り添う。メキシコ人たちはもっと自分を出してもいいとも思ったが、パっと見て了解したのは、その2人は音響派と言えるようなコンテンポラリー味を持つということ。ヴィヤはもっとフィーチャーされればいろんなことをやりそうだし、一切ヴォーカルも取らず淡々とギターを弾いていたヴィゲラスの方も、ときに一弦をごんごんこするか叩いたりして獰猛なチェロ音のようなものを出したり、弦6本をボウで弾いて濁った音の波を出したりする。曲中で、持ち味の異なる4人の奏者のお手合わせをそれなりに全開にさせるインスト展開もアリ。

 水溶性の黒いインクとペンを用いる、ピオの絵はおもしろい。一つの画面にどんどん筆を加えて行き、それを布や水で御破算にしたりもして、とにかくずっとステージ背後に映し出される絵は動いていく。それはどこか水墨画的というか東洋的なところも持つと思わせるが、彼はアーティストとして金沢の20世紀美術館に出展だか実演だかしたことがあるという。

▶過去の、キウイとパパイア・マンゴーズ
http://43142.diarynote.jp/?day=20101227
http://43142.diarynote.jp/201202071445258085/
▶過去の、サカキ・マンゴー
http://43142.diarynote.jp/200809160031546361/
http://43142.diarynote.jp/200809160031546361/
http://43142.diarynote.jp/201202071445258085/

<今日も、HB>
 昨日に続き今日も会場で、誕生日おめでとうございますと言われたり。Facebookの浸透、ゆえだなー。オレ、自分で書き込みをしないので、自から友達申請を出す事はないので、そんなに友達数は多くない(それでも、昨日はFacebookのおめでとうメールに一言づつ返信をするので、昼間の時間が潰れたナリ。←そういうことは、わりと律儀。他に、PCメールにくれる人もいれば、携帯メールに送ってくれる人もいたりして、少してんてこ舞い)。で、会場で会った知人と流れ、そこでまた複数の人がおごってくれる。ほんと、皆ありがとねー。

 渋谷・www、2日目。この日は、ブラジルのチガナ・サンタナと、西海岸のマリの5人組であるベカオ・カンテットが出演した。
 
 チガナ・サンタナは、北東部サルヴァドールの担い手。同地のヨルバ族系宗教であるカンドンブレの音楽にも親しみ、私の考える静謐なアフロ・ブラジリアン表現を紡ごうとしている人と言っていいのかな。左利きの構えで変則チューニングらしい5弦のアコースティック・ギターを爪弾きながら歌う当人に、白人のウッド・ベース奏者と趣味良くアクセントを送り出す白人パーカッション奏者が寄り添う。ベース奏者はリズミカルにボディを叩いているときもある。まだ30歳ちょいだそうだが、40歳以上の人がやっているような、生理的に成熟した、漂う、含みのある弾き語り表現をサンタナは聞かせる。実に静的、大人なテイストじゃ。ちょいがっかりしたのは低音のヴォーカルがのぺーっとしていて期待したほど深みがなく、スピリチュアルでもなかったこと。とはいえ、ぼくがこれまで聞いていないブラジル音楽があったのは疑いがない。

 続くは、マリの首都であるバマコを拠点に置くベカオ・カンテット。まず、フロントに並ぶアンプリファイドされた二つの伝統弦楽器奏者が注意をひくが、リーダーはドラムを叩く唯一の白人(フランス人)であるそう。彼がバマコで伝統的な打楽器技法を習得していくなかで、西洋音楽視点も取り込みつつマリの新しい伝統音楽をやろうと組んだのがこのグループらしい。コラをエレキ・ギターのように横にしたような楽器のドンソンゴニと葉っぱのような形をした小さな弦楽器のジェリンゴの絡みは印象に残るし、3人のドラム/パーカッションの絡みは疾走感に満ち、そこに重なる高音のヴォーカルも聞き手のセンサーを刺激する。とかなんとか、これは確かな発想のもと、今のマリの音楽を送り出していると思った。

<今日の、ほどこし?>
 誕生日だ。誕生日だけは近い人と静かに祝いたい、また他者に誕生日であるのを声だかに伝えるのはいかがなものかという奥ゆかしさ(?)ゆえに、誕生日に大勢と会う可能性のある音楽公演に行くことはこれまでかなり避けてきたのだが(あ、知人の口車にのってしまい、店をかしきって大々的に誕生会をやったことが6年前にありました……)、余生も短くなってくると、まいっかとなり、会場入りする。まあ、毎日新聞のライヴ評を受けちゃっているので、今回はちゃんと見なきゃいけないのだけど。結果、マジいろんな人がお酒や食べ物をおごってくれたー。もう、次々〜。さらには、わざわざプレゼントを手渡されもして、うれしかった。ライヴ後も、いろいろとドトー。昨日も某社軍団と流れておごってもらったりもし、誕生日ってすごいと肌で感じまくりなり〜。こりゃ、阿呆は味をしめちゃうナ。

 富山県でずっと開かれている、ワールド・ミュージック系フェス“スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド”の東京版、なり。毎年8月下旬の、3日に渡る帯イヴェント。今年で、5年目となる。また、今年はその沖縄編もあったようだ。

 渋谷・www。この晩の出演者は、ホンジュラスのアウレリオ・マルティネスとセネガルのシェイク・ロー。彼らは、ともに気心の知れたバンドを伴いパフォーマンスを行う。

 先発はマルティネスで、中米のアフリカ文化色の強いガリフナ・コミュニティの音楽をやるアーティスト。生ギターを弾きながら歌う本人に加え、エフェクターをかましちょい場外れな感もあるスペイシーなリード・ギターを取るエレクトリック・ギター奏者、エレクトリック・ベース奏者、そして2人のシンプルな打楽器奏者(ともに、手でパカパカ叩く太鼓のみ)という陣容での実演。ガリフナのアーティストというとかつてギジェルモ・アンダーソン(2009年12月9日)を見たことがあるが、こっちのほうがかの地のトラッドと繋がっていると思わせるか。いや、よく分かんねー。愛嬌も持つマルティネスは1976年生まれのようで、40 歳前であるのか。打楽器奏者の一人は息子であると、紹介していた。哀愁と躍動を併せ持つ表現は、水が横にある手触りを持つ、なんてことも感じさせる。いろいろ、マルティネスたちの居住環境について想像をめぐらせちゃう。かつ、そのコミュニティの成り立ち上、やはり奥に母なる大陸を透かし見させる所があって、その感覚が音の総体におおらかな動きの感覚を与えるのは間違いない。

 その後には、いろんなアルバムを出している、ヴェテランのシェイク・ローが登場。まず、見た目のアトラクティヴさにおおっ。カラフルかつどこか今っぽい衣装をまとい、かなり格好いい。それだけで、インターナショナルなシーンで勝負してきているアーティストとも思わせられるな。こちらは、優しさと弾みの感覚を併せ持つ喉を持つ本人に加え、テナー・サックス(彼の格好風情も目を引く)、エレクトリック・ギター、エレクトリック・ベース、ドラム、パーカッションという陣容。バンドの絡みがこっちのほうが闊達で、身体ももっと大きく揺れるようになる? ときにロー自身がティンバレスを叩くことでも分るように、西アフリカの伝統音楽諸要素を柱に置きつつ、ラテン色も強し。なんか、こちらもアフリカと中南米の目に見えぬパイブのようなものを接する者に感じさせる。そして、それは音楽のダイナミズムに繋がる。サウンド強度がロック的な前半部にやったある曲はサンタナ(2013年3月12日)みたいと思った。そんな彼らは、観客への働きかけもお見事……。

▶過去の、ギジェルモ・アンダーソン
http://43142.diarynote.jp/201001051617365872/
▶過去の、サンタナ
http://43142.diarynote.jp/201303211531189619/

<今日は、長袖を着る>
 ここのところ、だいぶ涼しい。とくに、夜は。素直にうれしい。この晩は長袖とジャケットでいても、問題なし。それ、マイアミのリタイア生活しているおじさんのイメージの格好なり。アハハ。涼しくなると、格好のヴァリエーションが増えてくるのもうれしい。そして、早朝、寒くて目が覚めた。注意、ちゅうい。

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