有楽町・朝日ホールで、1978年から89年にかけてアストラ・ピアソラのグループにいこともある、自分の考えるタンゴ道を進んでいるアルゼンチン人ピアニスト(1944年、ブエノスアイレス生まれ)の公演を見る。北村聡(バンドネオン)、西嶋 徹(コントラバス)、鬼怒無月(ギター。2012年6月28日、他)という彼のお眼鏡叶った日本人奏者を起用してのもので、同様のお膳立てを持っていた昨年に続くツアーの最終日公演。シーグレルは今年来日して好評を受けたキケ・シネシ(2012年5月16日)とも一緒にアルバムを作ってもいる。彼の『Tango & All That Jazz』(Kind of Blue、2007年)は米国人ジャズ・ヴァイブラフォン奏者のステフォン・ハリス(2011年12月17日)を伴っての作品だ。

 ハイカラでダンディな行き方を、悠々と。やっぱ、タンゴは陰影を持つ都市の音楽なのだなあと思わせる演奏が繰り広げられる。客には年配の方もいるが、さぞや“モボ=モダン・ボーイ”だったろうなーと思ったりして……。で、驚かされるのは、二回りぐらいは年下だろう日本人の奏者たちを悠然と受け入れ、また日本人たちもシーグレルの調べに対応していたこと。だって、鬼怒(デュオ演奏のパートも与えられ、一番シーグレルの覚えもめでたいという感じもあった?)たちは子供のころの環境にタンゴという項目がなかったはずであり……。まあ、タンゴどっぷりではない発想を持つ奏者とやることに、進歩派シーグレルは歓びも受けるんだろう。

 2部構成による。ステージ後ろに演奏曲や、演奏する面々の様が映し出される。セカンド・セットには、赤城りえ(フルート)が加わる。ラテンっぽいものを得意とする奏者というイメージが漠然とあるが、けっこう情熱的な吹き口も見せ、一緒にみていた人が喜んでいた。先立つ別の東京公演では梅津和時(2012 年2月10日、他)が加わったはずだが、きっと聞き物だったんだろうな。

 そして、その後は近くの丸の内・コットンクラブに。芸能生活50年を超えるだろう、いまやリジェンダリーという形容もあるかもしれないUKロック・トリオのクリームにいたヴェテラン・ドラマーのジンジャー・ベイカー(1939年、ロンドン生まれ)のギグを見る。お、キック・ドラムを2つのセッティング。演奏上は、一つでも支障はないと思わされたが。

 ザ・JBズ/P—ファンク出身のテナー・サックス奏者のピー・ウィー・エリス(2012年4月9日、他)、UKジャズ/スタジオ界で活動するウッド・ベーシストのアレク・ダンクワース(ジャズ系のリーダー作もいくつかリリース。エイミー・ワインハウスのライヴなんかにも関与したことがあったらしい)、カリブ/南米系というよりはアフリカ出身と思われる叩き口を持つアバス・ドドュー(パーカッション)という3人ととものパフォーマンス。ベイカーとドドューが絡むアフリカ風味ありのビートのうえで、エリスやダンクワースがソロをとると説明できるインストゥメンタルを披露。まあ、グループ名にあるようにジャズと言えばジャズなんだが、どこか不器用というか、ベイカーの佇まいや癖に従うそれであるのは間違いない。

 まあ、彼にしてもストーンズのチャーリー・ワッツにしてもあの時代のドラマーはその出発点にはジャズがあるわけで、そういう志向をとりたがるのは驚かない。とともに、好奇心旺盛な彼は1970 年代初頭にはフェラ・クティと付き合い(共演作もでている)を持っていたわけであるから、今回の流れにも合点が行く。というか、今回の実演は彼のロックという項目を抜いた部分を、おおらかに出していると言えなくもないか。

 話は前後するが、ステージに出てきたベイカーを見てビックリ。ニコリともせず、偏屈そうで、すんげえ怖そう。で、アシスタントの若い青年が腫れ物を扱うようにかいがいしく横にいて(ドラム・キットの横に椅子がおいてあり演奏中はそれに座り一心不乱に見守り、演奏が終わると身内なのに拍手をする)、その様を見るとそういう感想はより強くなる。何が起こってもニコニコ悠然と構えていそうなシーグレルを見た後だと、余計にそう思える。まあ、途中から笑顔を見せて叩いたり(全編、マッチド・グリップで叩く)、MCもとったりしたが、その英語が非常に聞き取りづらいというのはともかく、息が上がっていたのには高齢を感じさせられた。ファーストは60分やったそうだが、セカンド・ショウは40分強の尺。曲はベイカーがリストされた紙を見ながら、その場で選んでやっている時もあった。

 彼の訪日は、1992年にビル・ラズウェル主導のマテリアルで来日して以来らしい。その際のライヴ盤は商品化されていたよな。ラズウェルはベイカー音楽界復帰の立役者。1980年代中頃に、オランダで貿易商をやっていた彼を自分関連のセッションに呼ぶようになったんだよね。1986年セルロイド発の、ラズウェル制作のベイカー作って好きだな。って、ずっと聞いていないけど。

 終盤やった2曲は、ソニー・ロリンズの「セント・トーマス」と、チャーリー・パーカーの「ナウズ・ザ・タイム」。そのパーカー曲では、それまでウッド・ベースを弾いていたベーシストがなぜか電気ベースを手にした。で、肝心のベイカーの演奏だが、パーカッション奏者が作るビートの上で、ビートをキープしたり、気ままにパーカッション的な演奏でアクセントを付けたりという感じ。で、その佇まいもあってかか、かなり硬質(それは、スウィンギンではないという意味も抱える)な感じもあり。逆に高齢だからといって、非弱な感じはなかった。別に上手いとは思わないけど、なんかロック史の一部分をきっちり担った人でもあるベイカーの叩き口にはしかと触れた、という気分にはなりました。

<今日の、ギャラリー>
 音楽公演を見る前に、銀座のギャラリー2つを回る。ともに、無料ナリ。
 まず、最初に資生堂ギャラリーで開催されている、“神話のことば、ブラジル現代写真展”をのぞく。1931年生まれから1980年前後の生まれまでの7組の写真家の作品(一点、映像も)を集めたもので、発表時期は1970年代半ばから現在まで。その表題にあるように神話をモチーフにしている(それについて、ぼくはよく分らず)そうで、ただ風景や人を撮ったものに加え、それなりの仕掛けや処理がなされたものが展示されていた。それが、ブラジル的と言っていいのかはよく分らないが、情緒的に異なる何かをはらんでいる作品に出会えたのは確か。来月23日まで、1965年生まれのブラジル人がキュレイターをやっているようだ。
 続いては、ギンザ・グラフィック・ギャラリーにて、“横尾忠則、初のブックデザイン展”(今月、27日まで)にふれる。書籍や雑誌(一部、雑誌内レイアウトも)などがずらり、2フロアに並べられている。さすが、文化人、そこそこ人が見に来ていたな。指定紙も少し展示してあったが、それにはPC画面を使う前の旧流儀編集経験者としては甘酸っぱい気持ちになる。
 少年マガジン、話の特集(これは、記憶がある)、週刊読売のような雑誌から、いろんな人の単行本まで。そして、自著ものがべらぼうにあるのに驚く。文章書くのも好きな人であるのか。とにかく、パワーがある。すぐに、彼の手によるものだと分る。うひょー、強烈。ただし、西城秀樹の本の装丁は普通ぽかったが。
 今回は書籍/雑誌関連アイテムをまとめたものだったが、やはり音楽関連のも見てみたいという気にもなる。サンタナの73年日本ライヴの22面折り込み3枚実況盤『ロータスの伝説』やマイルス・デイヴィスの1975年日本ライヴ盤『アガルタ』(ともに、CBSソニー)あたりは、すぐに頭に浮かぶブツだな。
 受けるもの、望外にあり。機会があれば、今月兵庫県にできた横尾忠則現代美術館に行ってみたいな。その開館にさいして、細野晴臣(2012年9月5日、他)が今度の日曜にそこでバンドで演奏をするようだ。そういえば、YMO(2012年8月12日、他)って当初は横尾忠則を含む4人でスタートするはずだった。