三宿・Backstay Music Caféで、アメリカ人の来日パフォーマンス群を見る。ぼくと知人以外は客席は皆、外国人。なんか、米国のアット・ホームな音楽クラブに来たようなキブンにもなった?

 最初に出てきたのは、在シカゴのシンガー・ソングライターであるトム・シュレイダー。多作家として知られる彼は以前はバンドでやっていたらしが、近年はソロでパフォーマンス活動をやっており、アコースティック・ギターを弾きながら歌う。わりと通る声のもと、シカゴ生活者である彼の風景を淡々と綴って行くと、その様は説明できるか。

 続いて、たまたま来日中であったようなジャズ・ギタリストであるイーライ・カーンが、店のセミ・アコースティックの電気ギターをかりて2曲独奏。スタンダード「オーヴァー・ザ・レインボウ」とシンガー・ソングライター的な自作曲をコードを分解して行く感じで、フィンガー・ピッキングで爪弾く。後で話せば、なんと彼はチャーリー・ハンター(1999年6月22日、2002年1月24日、2006年4月17日、2009年1月16日、2015年2月18日)にギターを習っており、普段は彼ゆかりの変則7弦ギターを弾いているという。わ。普段、彼はドラマーのアーサー・シュローダーとアフター・アワーズ(After Ours)というデュオをやっている。二人で作ったものから、ブリタニー・リー・モフィットという女性シンガーをフィーチュアーしたものまで、彼らは複数のアルバムをリリース。また、一人では音をループさせたりしているよう。彼、自分の演奏時以外はけっこう他の2組のパフォーマンスを撮影していた。

 その後は、デトロイトで組まれ現在はシカゴで活動しているという男女ユニットのスカトルバッグスがパフォーマンス。歌とギターのケヴィン・ゴーデンとヴォーカル(1曲はハーモニカも軽く吹いた)クレア・カンダーによる男女デュオだ。その2018年新作『End of the Inch』は適切な肉声群や装飾音もつけられているが、二人で録音されているようだ。ショウにおいては生ギター一本の演奏のもと、二人は様々なヴォーカルの絡み方を見せるオリジナル曲を笑顔で開いて行く。ときに、ユーモラスな曲もあり、それは聞き手にアピールするだろう。

 このスカトルバックスとトム・シュレイダーは昨日から一緒に日本ツアー中で、21日まで全21回 (つまり、全日ギグをする! よくもまあブッキングしたな)の公演をするという。そんな2組を米国から連れて来ているのは、インディグロ・ミュージックという音楽プロダクションをしているガス・ベネット。いろいろと、いい奴。10年前に海軍勤務で横須賀にいたことがある彼は、米国の担い手を日本に紹介する仕事を今年から始めた。お店には、11月30日で日本ツアー全行程を終えた、やはりベネットを通して来日したザ・スモーキング・フラワーズ(2018年11月26日)のお二人も途中からやってきた。

▶︎過去の、チャーリー・ハンター
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/livejune.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-1.htm
http://43142.diarynote.jp/200604181149370000/
http://43142.diarynote.jp/200901171017206901/
http://43142.diarynote.jp/201502230940316504/
▶︎過去の、ザ・スモーキング・フラワーズ
https://43142.diarynote.jp/201811271055049781/

追記:イーライ・カーンより、自分の表現を伝えるメールあり。映像をみると、8弦ギターだな。
https://youtu.be/HyF57xp6kWE
https://youtu.be/odAOCez8DoM
https://youtu.be/ltwJ9VZ5XPU

https://open.spotify.com/album/433laoIQ3tMmXXRNdUo9Jb?si=DhcEzliXSUOFVd7cN433Kw
www.afterours.band.

<今日の、お店>
 三宿の、このヴェニューには初めて行く。バブルのころ、いろんな飲食店ができはじめ開発された通り(かつてはこの辺にも時々行ったが、ここ15年はとんと足を向けることもなかった)にある、ハコ。昨年の3月から開店したそう。通りの向かいは旧オダキューOX、現OKストアであった。OKストアはなかなかな企業努力をしているスーパーと聞いたことがあり、一度のぞいてみたいんだよなー。というのはともかく、この地下1階にあるハコの装備(?)には驚く。そんなにライヴのスケジュールが入っているわけではないようだが、ステージにはがつんとマーシャルのギター・アンプがあり、ドラムはラディングの70年代のモデル。鍵盤はといえば、フェンダー・ローズがありその上にはハモンド・オルガンが置かれ、さらにその奥にはヤマハの電気グランド・ピアノCP-80(一時の名機でハービー・ハンコック〜2000年3月14日、2001年12月27日、2003年8月23日、2005年8月21日、2012年3月3日、2014年9月7日、2015年9月6日、2016年9月3日、2018年9月1日〜も愛用し、彼の代表作の一つである2枚組ライヴ盤『V.S.O.P.』でのアコースティック・セットでも全面的にそれを弾いている)も鎮座! うわあ、だ。壁の両側には店主のものらしいギターやベースがずらりかけられていた。また、オーディオもマッキントッシュの真空管アンプやマイクロのターン・テーブルやJBLのスピーカーなどが設置され、オープン・リールのテープ・レコーダーも2台あった。こりゃ、こりゃ。その帰り道に、入り口横のセラーにずらりとオーガニック・ワインが並ぶ二階建てのビストロを発見してしまい、ジャック・ダニエルをたくさん飲んでいたのにかかわらず、思わず一杯いいですかと引き寄せられるように入ってしまう。+ruri-roという店だった。再訪したいと思うお店に、この晩は2軒も出会うとは……。
▶過去の、ハービー・ハンコック
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-3.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-12.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-8.htm
http://43142.diarynote.jp/200508230545510000/
http://43142.diarynote.jp/201203062005542291/
http://43142.diarynote.jp/201409100930206205/
http://43142.diarynote.jp/201509220833541918/
http://43142.diarynote.jp/?day=20160903
https://43142.diarynote.jp/201809051532324111/
 トランペットの黒田卓也(2012年2月18日、2012年9月13日、2013年2月15日、2014年5月25日、2015年1月30日、2015年2月15日、2016年9月17日、2016年12月16日、2017年7月12日、2018年2月21日、2018年4月4日、2018年9月21日)、テナー・サックスの馬場智章(2018年9月28日)、ピアノとキーボードの大林武司(2014年5月25日、2015年9月5日、2016年2月16日、2016年9月4日、2016年12月16日、2018年2月21日、2018年11月1日)、ダブル・ベースの中村恭士(2009年10月15日、2015年9月5日、2017年1月10日)、ドラムとパーカッションの小川慶太(2014年8月3日、2016年1月19日、2017年4月18日、2017年12月11日、2018年4月4日、2018年10月10日)、在NYの日本人たちで組まれたクインテットの実演を南青山・ブルーノート東京(ファースト・ショウ)を見る。

 ハービー・ハンコックの「処女航海」で実演は始められる。他は、面々のオリジナルをやったはず。大林は少しキーボードも弾くが、間違いなくアコースティック傾向にある生理的にストレートなジャズ。適切に今の“立ち”もどこかに宿していて、他力本願な成り立ち(TV「報道ステーション」のテーマ曲を録音するための企画で集められた。提出したデモに先方からなかなかOKが出ず、それでなにくそ今度こそはという気持ちになり、バンドの結成が固まったとインタヴューで言っていた)を持つにもの関わらず、きっちりグループの像が建立されているぢゃんと思わずにはいられず。全国ツアー中の一貫にある一つショウだが、面々が本当に伸び伸び楽しんでやっているのがわかる。中村の作(彼はいいコンポーザーでもある)の「G-Toku」の導入部の中村のソロ演奏がダンディで格好良すぎ、同曲における大林のソロも枠を一つ剥いたような鮮烈さがあり高揚した。黒田はマジなソロを取れるトランペッターであることを各曲示すし、彼より一回り下でまだ20代半ばの馬場も物怖じせずに対処(MCで、ミスター・チルドレンンの曲を歌ったよう)。小川はパンデイロを片手にドラミングする曲も1つ。新作でも、ブラジル味経由のそれは異彩を放っていたが、もっと多くの曲でやってほしかったな。

 会場は満場。意外に年配の人もいたような気がした。彼らがジャズの未来を切り開くとは思わない。だが、今の勢いあるジャズとしてのかなり輝かしいことを実演で示していたのは間違いない。

▶過去の、黒田卓也
http://43142.diarynote.jp/201202200901013744/
http://43142.diarynote.jp/201209191239346073/
http://43142.diarynote.jp/201302181044151204/
http://43142.diarynote.jp/201405271755563079/
http://43142.diarynote.jp/201501310942048841/
http://43142.diarynote.jp/201502170939564537/
http://43142.diarynote.jp/201609201835285184/
http://43142.diarynote.jp/201612181010384754/
http://43142.diarynote.jp/201707130853185809/
http://43142.diarynote.jp/201802221538438234/
http://43142.diarynote.jp/201804051207119119/
https://43142.diarynote.jp/201809221638262424/
▶︎過去の、馬場智章
https://43142.diarynote.jp/201809290719113115/
▶過去の大林武司
http://43142.diarynote.jp/?day=20140525
http://43142.diarynote.jp/201509211331298145/
http://43142.diarynote.jp/?day=20160216
http://43142.diarynote.jp/201609201052518160/
http://43142.diarynote.jp/201612181010384754/
http://43142.diarynote.jp/201702201427067352/
http://43142.diarynote.jp/201802221538438234/
https://43142.diarynote.jp/201811021046075049/
▶過去の、中村恭士
http://43142.diarynote.jp/200910161214535124/
http://43142.diarynote.jp/201509211331298145/
http://43142.diarynote.jp/?day=20170110
▶過去の、小川慶太
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http://43142.diarynote.jp/?day=20160119
http://43142.diarynote.jp/201704200801169451/
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https://43142.diarynote.jp/201810170924585002/
https://43142.diarynote.jp/?day=20181117

 次は、丸の内・コットンクラブで、ホワイト・ブルース畑のギターと歌のジョシュ・スミスを見る。1979年コネティカット州生まれですぐにフロリダに家族とともに引っ越し、結婚を期に2002年からはLAに住んでいるという担い手。新作『バーン・トゥ・グロウ』(Vizztone)にはオルガンやホーン奏者たちも入っていたが、こも晩はベースのトラヴィス・カールトン(2007年9月19日、2011年4月12日。原稿では触れていないが、父親ラリー・カールトンの公演に同行している)とドラムのゲイリー・ノヴァク(2016年6月17日)という、どちらかというとフュージョン側にいるリズム・セクションを伴うトリオでことにあたる。カールトンは新作でも弾いていた。

 子供のころから南グロリダのライヴ・クラブにでたりして、14歳で初CDを出しているという早熟ギタリスト。この4月に2度目の来日を果たすマーカス・キング(https://43142.diarynote.jp/201708081443281390/、その最後のほうを参照のこと)をはじめ、白人ブルース・ロックの担い手にはそういう人が少なくないよなあ。

 ストレートに、“ホワイト”なブルース・ロック表現を聞かせる。ほとんどがブルース・コード崩し曲(アルバート・キングなどのブルース曲もやったよう)で、インストもやるが、多くの曲では本人が歌う。少し汚れた感覚をぼくは欲しいと思ったが、声はよく出ていて音程も確か。ギターは3種類用いたが、どれもレギュラー・チューニングであったよう。一瞬ジャジーな弾き方を見せたときもあったが、大半はブルース・ロック的奏法の王道にあるものを聞かせる。1曲だけ、けっこうトリッキーにソロを披露する曲があり、それにぼくは一番馴染んだ。彼は2000年代前半の2年間はジェシー・ハリス(2002年12 月21日、2005年9月7日、2006年1月23日、2006年4月22日、2007年3月11日、2009年3月31日、2010年10月10日、2011年8月6日、2012年7月16日、2013年5月26日、2016年4月27日、2016年9月8日、2017年6月10日)が全曲作曲関与した『リワインド』(ヴァージン、2004年)を出した都会派R&B歌手のリッキー・ファンテのグループに入っていたそうだが、ソウルっぽい弾き方は一切しなかった。

▶︎過去の、トラヴィス・カールトン
https://43142.diarynote.jp/200709201052530000/
https://43142.diarynote.jp/201104142209393004/
▶︎過去の、ゲイリー・ノヴァク
https://43142.diarynote.jp/201606201007017702/
▶過去の、ジェシー・ハリス
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-12.htm
http://43142.diarynote.jp/200509130315380000/
http://43142.diarynote.jp/200601271859050000/
http://43142.diarynote.jp/200604251252010000/
http://43142.diarynote.jp/200703130418360000/
http://43142.diarynote.jp/200904040640421651/
http://43142.diarynote.jp/201010111257003810/
http://43142.diarynote.jp/201108101632022013/
http://43142.diarynote.jp/201207180824136323/
http://43142.diarynote.jp/201305280925006733/
http://43142.diarynote.jp/201605141103337291/
http://43142.diarynote.jp/?day=20160908
https://43142.diarynote.jp/201706111121479426/

<今日の、付記>
 ジョシュ・スミスの会場のホワイエにはギターやアンプが置いてあり、来場者が試奏できるようになっていた。楽器屋さんの一角が引っ越してきたみたい? 公演にはいくつものギター周辺機器メイカーが協賛としてついていたようだし、やはり客はギター好きの人が多かったんだろうな。そういえば、スミスはNAMM(アナハイムで1月に持たれるデカい楽器ショウ)で、そこに演奏モンストレイターでよく出ているらしい。向こうの知人がモノニオン(2017年9月1日、2018年3月22日)と彼がNAMMで一緒にやっているのを見たと言っていたよな。実はモノニオンもNAMMの常連で、そこでの確かな演奏と奇抜な外見で顔を広げたらしい。とともに、そういう楽器ショウで畑違いの奏者が出会うということもいろいろあるんだろうな。
▶︎過去の、モノニオン
http://43142.diarynote.jp/201709071307037021/
https://43142.diarynote.jp/201803231446465272/

 カナダ東海岸のケルト系トラッド3人組のライヴを、赤坂・カナダ大使館のオスカー・ピーターソン・シアターで見る。フィドル(けっこう。ギターのように横に抱えて指引きしている場合もあり)とヴォーカルとビート音とアコースティック・ギター(1曲だけ持つ)のティム・チェイソン、テナー・バンジョーとコーラスのコーディ・チェイソン(ティムとは従兄弟)、ギターとキーボードと口琴とコーラスのジェイク・シャロンからなり、<インストとヴォーカル曲>、<ダンス・ナンバーとシンガー・ソングライター的曲>、<メンバーの楽器の持ち替え>といったいくつかの要件を上手に合わさったパフォーマンスを1時間ほど披露。あ、3曲では彼らと一緒に来日した同じくカナダ人のステファニー・カドマン(2013年12月7日)が出てきて、彼らの演奏にステップ・ダンスを重ねた。そんな彼らのポイントは、まずティム・チェイソンがタンバリン音やパッド音を足ストンプで出すビート音の存在。実演ではそれが映え、今のトラッド・バンドであると思わせる剛性感やスピード感を持つことにそれは繋がる。かつ、その一方で人懐こいメロディアス曲も披露するなど、ご近所さん的伝統会得から来る滋味加減と今様なサバけたノリが自然に噛み合っているのがいいじゃないかとも思わすのだ。さらには、チェイソンたちが生まれ育ったプリンス・エドワード島の環境にも思いははせてしまおう。と、いろいろ触発させられるところがあったというわけです。

 その後は、劇場外の広いホワイエで、ザ・イースト・ポインターズの3人と15人ほどの日本人奏者たちが車座になってのセッションがはじまる。あら、ここではステファニー・カドマンはみんなに混じってフィドルを弾いているじゃないか。さらに複数のスーツ姿の日本人がステップ音をときに加えたりもするし、さらにその周りでダンスの話ができるときもあった。和気藹々、くだけた音楽の楽しみの前に国境なしみたいな様はTHE MUSIC PLANT 20周年記念コンサートの休憩時(2016年11月6日 )や、ピーター・バラカンズ・ライヴ・マジック2017 におけるウィ・バンジョー・スリー(2015年12月5日、2015年12月10日、2017年10月16日、2017年10月22日)主導のセッションと同様。別に音楽に限らず、こういう邂逅がいろいろとあれば、世の中もっと楽しくなるよなあ。

▶︎過去の、ステファニー・カドマン
https://43142.diarynote.jp/201312171612117786/
▶︎過去の、THE MUSIC PLANT 20周年記念コンサート
https://43142.diarynote.jp/201611101508243962/
▶過去の、ウィ・バンジョー・スリー
http://43142.diarynote.jp/201512091352434769/
http://43142.diarynote.jp/201512151502461490/
http://43142.diarynote.jp/201710181340402896/
https://43142.diarynote.jp/201710240958114009/

<おとといの、好漢たち>
 ザ・イースト・ポインターズの3人には、インタヴューをした。まさしく、ナイス・ガイ。終了後、みんなたいそう喜んでくれて何より。みんなサバけた若者然としており、パっと普段の姿を見たぶんにはトラッドをやっている人たちと思えないだろうな。とくにフィドルのチェイソンはイケ面だが、オフでは子供をあやすのが楽しくてしょうがないらしい。アルバムをだした昨年は特にツアーが多くて10か月もロードに出ていたそう。長髪のコーディは奥さんがオーストラリア人で、オフは豪州にいることも多いとか。

 12月初旬の毎年恒例のケルト・ミュージック系アーティストが集う出し物を、錦糸町・すみだトリフォニーホールで見る。今回は、カナダ東海岸、スコットランド、アイルランドの3国のミュージシャンが出たわけだが、民族と文化の壮大な移動の歴史を実感してしまったかな。

 一番手はカナダのザ・イースト・ポインターズ(2018年12月7日)で、気さくに客を沸かせ、まさしく最初の出演者であることをまっとう。同行のステファニー・カドマン(2013年12月7日、2018年12月7日)は2曲でステップ。後の2組がより成熟を感じさせるパフォーマンスを見せただけに、彼らのやんちゃさや若さは光った。

 ケルティック・ハープのカトリオーナ・マッケイ&フィドルのクリス・スタウト(2005年2月1日、2008年11月9日、2009年12月6日、2009年12月12日、2013年12月7日)は研ぎ澄まされつつ繊細に、かつ格調高い協調を見せる。なるほどこれは音大で教育を受けた末にトラッド・ミュージックで生きていくことを定めたユニットであるとも思わされるか。スタウトの動きは前よりアクションが大きくなり、それは内なるパッションを伝えもする。そう、彼らにある洗練は地縁が導く熱い情や哀愁を昇華させたものに違いないのだ。

 そして、トリのアルタン(2000年5月21日、2002年9月1日、2004年12月17日、2005年3月21日、2009年12月6日、2009年12月12日、2015年12月5日)。面々はフィドル奏者が二人いるグループだったのが、うち一人がやめて、フィドルと歌のマレード・ニ・ウィニーを中心に、ライヴではブズーキ、アコーディオン、アコースティック・ギター奏者の計4人でパフォーマンスするようになった。キャリア30年越え、またグループ陣容の変化もあり、より円熟した感覚を前に出すような演奏を聞かせる。永遠の清らかさ、と称したくなるレイニーの歌の味の良さはあらためて頷く。かつ、若い自分は美貌でも目をひいたんだろうなあという彼女のサバけた、どこかキャハハな佇まい(それは飲酒好きであることともつながっている?)がまったくもってよろしい。アイルランド人っていいなあと思わざるをえません。こちらにも、部分的にカドマンがステップ・ダンスで加わった。

 そして、最後は出演者全員がステージにあがり2曲。その共有できる軸をもとに無理なく重なる様に、冒頭の感想を得た次第。1曲目は「サイレント・ナイト」でレイニーはゲール語(たぶん)で歌い、ザ・イースト・ポインターズのティム・チェイソンは英語で歌う。その際の、ザ・イースト・ポインターズ残り二人のコーラスがいい感じで、グループなんだなあと思わされた。

▶︎過去の、ザ・イースト・ポインターズ
https://43142.diarynote.jp/201812081040285928/
▶︎過去の、ステファニー・カドマン
https://43142.diarynote.jp/201312171612117786/
https://43142.diarynote.jp/201812081040285928/
▶過去の、カトリオーナ・マッケイ&クリス・スタウト
http://43142.diarynote.jp/200502041827080000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20081109
http://43142.diarynote.jp/200912091113106654/
http://43142.diarynote.jp/201001051620426983/
https://43142.diarynote.jp/201312171612117786/
▶過去の、アルタン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-5.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm
http://43142.diarynote.jp/200412212105020000/
http://43142.diarynote.jp/200503240456350000/
http://43142.diarynote.jp/200912091113106654/
http://43142.diarynote.jp/201001051620426983/
http://43142.diarynote.jp/201512091352434769/

<5日前の、大使>
 月曜日に“アイリッッシュ・クリスマス・イヴィニング”というアイルランド大使館主催のパーティが元麻布・大使公邸であり、そこでアルタンはスペシャル・ゲストとして2曲、歌い演奏した。完全、生ですね。そこには、パフォーマンスはしなかったものの、カトリオーナ・マッケイとクリス・スタウトもやってきて、二人とは公邸宅に行くエレヴェイター待ちのところで偶然一緒になる。すぐにぼくを認めた二人は握手を求めてくる。対面でインタヴューしたのは10年以上前で、いろいろと風貌を変えるのが好きなぼくをよく覚えているなーとおおいに感心。ぼくは会った人の名前と顔をなかなか覚えられない人間〜その件に関してはなかばあきらめている〜であるので、余計にそう。スタウトにいたっては、コンサート終演後の混み合うホワイエで自身がサイン会の場に向かう際、後ろからぼくを認めてポンと肩をたたいてきたりもするしなあ。
 ところで、アイルルランド大使は女性のアン・バチントンからポール・カヴァナに新たに変わった。50代かな? 少し話をしたら、ジャズ好きとか。ジョニー・ハートマンが好きだそうで、ジョン・コルトレーンとのアルバムはいいよねえなどと応対したら、大きなパーティ会場の奥にある私邸部分に招く。そして、壁に飾ってある、クラブでコンボをバックに正装で歌っている写真をうれしそうに見せてくれる。音楽好きの好人物、とってもガヴァナさんを身近に感じました。

TOYONO

2018年12月10日 音楽
 青山・プラッサオンゼで、“ブラジリアン・ミュージック+の”のシンガーであるTOYONO (1999年6月3日、2007年8月23日、2008年1月31日、2009年6月12日、2009年9月26日、2009年12月18日、2010年2月23日、2010年12月22日、2014年7月23日、2015年1月10日、2015年6月17日、2018年1月6日)の実演、そのセカンド・ショウを見る。

 少し尖目のワーキング・バンドであるペリカーノ・ヘヴンのそれによるものではなく、ギターと一部コーラスの越田太郎丸(2013年3月6日)、コントラバスの西嶋徹(2012年11月21日、2017年6月27日。1曲ではエレクトリック・ベースも弾いた)、ドラムと一部コーラスの石川智(2012年11月10日、2016年7月25日、2018年4月11日)がサポートを務める。

 もっとアコースティックで、少しジャジーなしっとり感を求める行き方のなか、ポルトガル語の語感が活きたクールさのなかにどこか天衣無縫だったりお茶目だったりする感覚を持つ歌声をしなやかに載せる。アンコールで歌われたメル・トーメが作曲に関わった超有名曲「ザ・クリスマス・ソング」をはじめ、歌唱言語はすべてポルトガル語。ポル語歌詞作りを頼まれたりしている彼女だけに、安心して浸れますね。オリジナルは控えめに、映画「黒いオルフェ」絡みの大人っぽい曲から、イヴァン・リンス(2002年5月1日、2009年3月17日、2010年3月9日、2012年4月12日、2016年8月28日)やトニーニョ・オルタ(2010年10月7日、2016年10月27日)の曲までを取り上げる。彼女のMCは無駄に長い感じているぼくだが今回は短め? かつ歌うリンス曲「ヂノラー・ヂノラー」のあららな歌詞の説明など有益なものだった。

▶過去の、TOYONO
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/livejune.htm エスピリト
http://43142.diarynote.jp/200708270314500000/
http://43142.diarynote.jp/200802051630130000/
http://43142.diarynote.jp/200906160733018341/
http://43142.diarynote.jp/200909291504366263/
http://43142.diarynote.jp/201001051624161036/
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http://43142.diarynote.jp/?day=20140723
http://43142.diarynote.jp/201501131341317551/
http://43142.diarynote.jp/201506181125125625/
http://43142.diarynote.jp/201611101703321633/
https://43142.diarynote.jp/201801071035098671/
▶︎過去の、越田太郎丸
https://43142.diarynote.jp/201303070815313472/
▶︎過去の、西嶋徹
http://43142.diarynote.jp/?day=20121121
https://43142.diarynote.jp/201706281510173316/
▶︎過去の、石川智
http://43142.diarynote.jp/?day=20121110
http://43142.diarynote.jp/?day=20160725
https://43142.diarynote.jp/201804121236407352/
▶︎過去の、イヴァン・リンス
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-5.htm
http://43142.diarynote.jp/200903191857117123/
http://43142.diarynote.jp/201003101342028780/
http://43142.diarynote.jp/201204150908588685/
http://43142.diarynote.jp/201608291403509244/
▶過去の、トニーニョ・オルタ
http://43142.diarynote.jp/201010110934082197/
https://43142.diarynote.jp/201610310943306583/

<今日の、納得>
 急に寒くなって、軟弱な身体が悲鳴を少しあげているでおじゃる。軽いお疲れ様会に顔を出したあとに、ライヴ・ヴェニュー身近駅の表参道に降りる。階上に出ると246反対側ポルシェのデカい販売店ビルの手前の方に、薄いピンク色の2階建てバスが停車しているのを認める。21時。2階部は天井がない、観光仕様のやつ。うわあ、それに今乗ったら寒くてしょうないだろうナと思ったら、なんとその2階部にけっこう人が乗っている! なんと酔狂な。そう思っているうちに、バスは走りだし、綺麗なイルミネーションが施されている表参道に右折する車線に入っていった。なるほど、ホリデイ・シーズン期限定の頭上に広がるイルミネーションの通りを楽しみましょうという観光バスなのね。確かに寒いのを通り越して、ウフフな感興を得られるかもしれぬ。腑に落ちました。

 1987年生まれで、かつては神童奏者としてならす。そして、若手で現在トップ級に今のジャズ・ギタリストとしての視点を抱え、またちゃんと評価を受けていると思われるジュリアン・ラージ(2005年8月21日、2009年6月24日、2011年7月20日、2017年2月1日)、2017年11月13日)のトリオ公演を見る。丸の内・コットンクラブ、ファースト・ショウ。彼の今年の新作は前作につづいて、シンガー・ソングライターのジェシー・ハリス(2002年12 月21日、2005年9月7日、2006年1月23日、2006年4月22日、2007年3月11日、2009年3月31日、2010年10月10日、2011年8月6日、2012年7月16日、2013年5月26日、2016年4月27日、2016年9月8日、2017年6月10日)のプロデュース。その際のリズム・セクションは縦ベースのスコット・コリー(2012年3月15日、2012年6月4日、2015年9月27日)とドラムのケニー・ウォルセン(2000年7月21日、2005年9月7日、2009年5月8日)だったが、ベーシストは勝手知ったるホルヘ・ローデル(2011年7月20日、2016年6月11日、2017年2月1日、2017年9月3日、2017年9月6日)が同行した。

 おお。今回のラージはアグレッシヴ。例の情景描写的淡々路線の上にごんごん翔んだフレーズを乗っけてくる。それをエフェクターに頼らずにやるのだが、前々から一部にジョン・スコフィールド(1999年5月11日、2001年1月11日、2002年1月24日、2004年3月11日、2006年3月1日、2007年5月10日、2008年10月8日、2009年9月5日、2012年10月10日、2013年10月21日、2015年5月26日、2018年9月2日)好きなのと思わす音を入れるときがあったのだが、今回は1/3ぐらいはかなりスコフィールドだった! 

 なんにせよ、年齢相応に(?)激しく突き進むラージも魅力的。まあ、彼が録音参加しているザ・ネルス・クライン(2010年1月9日、2010年4月23日、2013年4月13日、2014年8月14日、2015年6月2日、2017年5月13日)4の『Currents, Constellations』(Blue Note,2018年)やジョン・ゾーン(1999年9月24日、2006年1月21日)の『Insurrection』(Tzadik、2018年)での演奏もキレキレで、彼が今そういうモードにあるのだろう。とにかく、そのオイラ乗りにノってまんねんオーラは接していて頼もしかった。ネルス・クラインがウィルコに入ったように、ラージもビッグで冒険心を持つ大人のロック・バンドに入らないかな。とともに、彼が描く風景(かつてやったインタヴューで、架空の土地の地図を書いていく感じで曲やサウンド設定をすると言っていた)の一部に新たな色が加えられたとも感じた。

 話は飛ぶが、彼のデビュー作『サウンディング・ポイント』(エマーシー、2009年)は静謐にしてとても高尚な仕上がり。1作目で、しかも外野から口出しされそうなメジャー盤で、よくぞこんなことやりましたねと思わずにはいられない。改めて聞いたら、孤高とも言えるその独自の聞き味に驚くしかない。それに比すと、今は本当に分かりやすいことをするようになったよなー。だからこその、ジェシー・ハリスの制作者起用でもあるのだろうけど。ラージはその『サウンディング・ポイント』でクリス・シーリー(2016年8月4日)やベラ・フレック(2000年8月12日、2007年10月1日)というマンドリン奏者やバンジョー奏者を録音に呼んでいたが、そのあとのワーキング・バンドでは意識的にホルヘ・ローデルら南米出身者で陣容を固めたりもして、本当に興味深すぎます。

▶過去の、ジュリアン・ラージ
http://43142.diarynote.jp/200508230545510000/
http://43142.diarynote.jp/200906300951327850/
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▶過去の、ジェシー・ハリス
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-12.htm
http://43142.diarynote.jp/200509130315380000/
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▶過去の、スコット・コリー
http://43142.diarynote.jp/201203161146266803/
http://43142.diarynote.jp/201206110916017268/
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▶︎過去の、ケニー・ウォルセン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-7.htm ビル・フリゼール
https://43142.diarynote.jp/200509130315380000/
https://43142.diarynote.jp/200905101005501321/
▶︎過去の、ホルヘ・ローデル
http://43142.diarynote.jp/201107230819362417/
http://43142.diarynote.jp/201606121230202174/
http://43142.diarynote.jp/201709101639096076/
https://43142.diarynote.jp/201709110842026988/
▶過去の、ジョン・スコフィールド
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live2.htm 5.11
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-1.htm 1.11
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-1.htm 1.24
http://43142.diarynote.jp/200403111821250000/
http://43142.diarynote.jp/200603011148430000/
http://43142.diarynote.jp/200705181809270000/
http://43142.diarynote.jp/200810111558046727/
http://43142.diarynote.jp/?day=20090905
http://43142.diarynote.jp/201210111837516874/
http://43142.diarynote.jp/201310210730403296/
http://43142.diarynote.jp/201505271549266046/
https://43142.diarynote.jp/201809071509481583/
▶過去の、ネルス・クライン
http://43142.diarynote.jp/?day=20100109 田村/藤井ファースト・ミーティング
http://43142.diarynote.jp/201004250658039897/ ウィルコ
http://43142.diarynote.jp/201304150854159566/ ウィルコ
http://43142.diarynote.jp/201408161131356136/ チボ・マット
http://43142.diarynote.jp/201506070750376864/ ネルス・クライン・シンガーズ
https://43142.diarynote.jp/201705140938439184/ スコット・アメンドラ
▶︎過去の、ジョン・ゾーン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/september1999live.htm
http://43142.diarynote.jp/200601271857530000/
▶過去の、クリス・シーリー/パンチ・ブラザース
http://43142.diarynote.jp/?day=20160804
▶過去の、ベラ・フレック
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/livezanmai.htm
http://43142.diarynote.jp/200710121726160000/

 その後は、ジャン“ブルーイ”モウニック(2002年12月20日、2006年9月3日、2011年3月31日、2013年6月17日、2015年7月9日、2015年9月27日)率いる長寿の温故知新指針を巧みに取る英国ジャジー・ソウル・バンドを見る。南青山・ブルーノート東京。

 モーリシャス出身のブルーイをサポートするのは、おなじみの面々。歌のジョイ・ローズ(ジャマイカ)とイマーニ(スリランカ)とモー・ブランディス(ドイツ)、キーボードのマット・クーパー(英国)、ベースのフランシス・ヒルトン(ジャマイカ)、ドラムのフランチェスコ・メンドリア(イタリア)、打楽器のジョアン・カエターノ(ブラジル)、ギターのフランシスコ・サレス(ポルトガル)、菅は3人でトランペットのシド・ゴウルドとテナー・サックスのパトリック・クラハーとトロンボーンのアリステア・ホワイト(彼らは英国人主体で、トランペッターだかはスコットランド出身と紹介されたっけ? トランペットとトロンボーンのソロがキャリアありそうな風体と裏腹に上手じゃなく、セクション音だけを出せば男を下げずにいられるのにと思った)。ファミリアなヴァイブが横溢しているが、見事に多国籍なメンバー構成なんだな。

 今回のショウの売りは、P-ファンク出身の辣腕キーボード奏者であるアンプ・フィドラー(2004年9月25日、2005年7月30日、2012年12月9日、2015年9月27日、2016年11月29日、2017年2月9日、2018年8月11日)がゲストで入るというもの。P-ファンク的なこともやるのかと思ったら、なんとフォドラーはあまりキーボードは弾かず、ショウの1/3にリード・シンガーとして関わる。専任の歌手じゃないのでプロに囲まれると不具合なところもちょいあるが、ぼくは彼の大ファンなのでウッキぃ〜とそれを受け止めた。

 途中でヴォーカル陣がさがり、インストで攻めるパートもあり。「オールウェイズ・ゼア」ほか代表曲はほぼやり、フィドラーが加わった部分以外は従来の彼らのショウ。バチバチと強固に重なる打楽器とドラムのデュオ演奏の部分はこの8月のブルーイの別プロジェクトであるシトラス・サンのときと全く同じ。また、最後にブルーイが愛と平和と音楽が地球を救うみたいなよどみのない語りをし、「ワン・ネーション・アンダー・ア・グルーヴ。ピース! ワン・ラヴ」と言って、ボブ・マーリーの「ワン・ラヴ」再演曲を流しながら、面々が退出するのもまた長年続くならわしなり。そろそろ違う構成もアリかと思うが、本当にブルーイはそれが似合う慈愛の御仁だからなあ。バンドの散った属性も、“ワン・ネーション・アンダー・ア・グルーヴ”であり“ワン・ラヴ”の率直な表れと理解したほうが自然だろう。ブルーイの奥さんは日本人(なはず)だが、彼のインコグニートに日本人歌手や奏者がメンバーとして加入する日は来るだろうか?

▶過去の、インコグニート/ブルーイ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-12.htm
http://43142.diarynote.jp/?day=20060903
http://43142.diarynote.jp/201104041101072561/
http://43142.diarynote.jp/201306190743528192/
http://43142.diarynote.jp/201507110856518338/
https://43142.diarynote.jp/201510021129591335/
https://43142.diarynote.jp/201808120917002515/
▶︎過去の、アンプ・フィドラー
http://43142.diarynote.jp/200409280745560000/
http://43142.diarynote.jp/200508060616450000/
http://43142.diarynote.jp/201212140959573710/
http://43142.diarynote.jp/?day=20161129
https://43142.diarynote.jp/201702100924466798/

<2年前の、アンプ・フィドラー>
 以下の質疑は、彼が2016年11月下旬にジョージ・クリントンのパーラメント/ファンカデリック公演に同行した際、CDジャーナルの記事用に取ったものである。

—新作『モーター・シティ・ブーツィ』を出しましたね。
「特別こうしようということはなかった。録音は結構していたんだけど、実は2012年に姉が亡くなり、その前に2006年に母が、2009年に息子が亡くなってしまい、そんなわけで茫然自失の日々が続いていた。そんなおり、(UKダンス音楽制作チームの)ヤム・フー?と話をして、幾つか曲があるんだけどと言ったら、じゃちょっとエディットをして作ってみようという話になった。最初はJBの曲をやってみて、どんどんファンキーな曲を作っていった」
——ヤム・フー?とはどうして知り合ったのでしょう?
「ヤム・フー?とは、彼が住むロンドンで会った。リミックスをやってもらったのがきっかけで結構大親友になって、それでロンドンに行くことになって実際に会ったんだ。そして、その後一緒に曲を書いたりするようになった」
——データーの交換でやっているんですか。
「うん。ほぼこっちで作ったものを送って、それにドラムを入れてきたり。返してもらったものに、僕がベース・シンセサイザーを入れたりとか、そういうやりとりをしている。あと、自分が一人でやってしまったものもある」
——『モーター・シティ・ブーツィ』。どうして、そういうタイトルにしたんですか。
「あははは。それ、ヤム・フー?のアイデアなんだ。最初は『モーター・シティ・ブーツィ・シェイキン』だった。でも、英国では“シェイキン”はいらない、それなしでも意味は通じるからと言われてそうした。ブーツィという言葉がファンキーだからと、ム・フー?は言っておった」
——デトロイトにずっとお住まいですよね。これを聞くと、やはりデトロイト産と感じます。
「俺もそう思う。本当、“モーター・シティ”のレコードだよね。そこここに、モータウンの精髄があると思っている。実際には、モータウンと関わったことはないけどね」
——いろんなところに行っているでしょうけど、やはり住むのはデトロイトですか?
「いや、アムステルダムも好きなんだよ(笑)。ドラッグとは関係なくね。運河が流れていて、車がそんなに走っておらず、自転車が多くて、花が多い風景もいいしね」
——あら、意外なことを言いますね。では、音楽を離れると、どんなことに興味を持っています?
「あー、でも音楽になってしまうかな。フィットネス、スポーツは好き。それから、ドイツ出身の85歳の人から、ピアノのリストアを教わっている。それは、僕が今新たにやっていることだよね。(携帯電話の写真をいろいろ見せながら)これは全部の弦の張り替えをしているところで、僕の家で撮ったものなんだ。こっちの写真はスタジオだね」
——これの延長で、アコースティック・ピアノのアルバムを作りたいとかはあります?
「イエス! オルガン・トリオの様式をピアノで作ってみたい。実は昨日もブラックバード(2012年5月31日、2016年11月29日、2017年4月8日。やはり、今回同行したギタリスト)とその話をした。でも、アルバムでやるのはもうちょっと練習が必要にはなるな。ハービー・ハンコックは僕の一番好きなピアニストの一人だよなあ。ジャズ・アルバムと言えば、ニコレットという女性シンガーと一緒に作ったりもしている」
——プリンス作(1990年の『Graffiti Bridge』や1992年の『The Love Symbol Album』、2016年作『4Ever』など)にはどういう形で入ったんでしょう。
「最初、ジョージ(・クリントン)に紹介してもらったのさ」
——大昔彼のP-ファンクに入った時は、やりぃみたいな感じでした?
「(両手を挙げて)まさしく、わーいだったねえ。ジョージとは出会って長いよねー」
——あなたはデトロイト・ハウスにも、またJ・ディラとも関わりを持っています。もう滅茶苦茶幅広いですが、自分でもよくやるわと思ったりしません(笑い)?
「ハハ。でも、いろんなことをやってこそが俺のパッションだし、それが好きだからやっている。自分が全ての点でベストであるとは感じていない、だけどいろんな事ができるということで、俺は頂点にいるかもしれない。なんだかんだ、俺をハウスの人と見るやつもいるよね。ま、実際、ハウス・ミュージックも好きなんだよなあ。今度、セオ・パリッシュとのレコードも出るぜ」
——やはり、その広さはデトロイトに住むからこそのものなんでしょうね。
「みんな友達だからねえ。まさに、デトロイト・コネクション」
——かつてリオン・ウェアと日本に来たのも、デトロイト・コネクションですか?
「うん。ブルーノート東京に出たよね。リオンはジョージと同じぐらいの俺のヒーローなんだ。まさに、師匠。そして、今はもう一人師匠がいて、それはのピアノのリストアの先生だね」
——そもそも古いピアノの徹底修繕に興味を持つきっかけは?
「その人もジョージというんだけど、長年俺ん家のピアノの調律をしてくれているんだ。で、最近暇していた時に、リストアをしているのは知っていたので、その様子を見せてくれないかと頼んだ。そしたら、ハマっちゃった。一方では、シンセサイザーも大好きなんだけどねえ。実は兄(エレクトラから1990年にミスター・フィドラー名義で『ウィズ・リスペクト』をフィドラー兄弟は出しているが、その1/2のバブス・フィドラーのことだろう)も今年亡くなってしまい、3年ごとに大切な人に先立たれて、辛い時期だったこともリストアに興味を持った理由かもしれない。ジョージもそんな打ちひしがれている俺を見てツアーを一緒にやらんかいと引っ張り出してくれている。それについては、すごく助かっている。忙しくしたり、曲を書いたりすのるが、心の支えになってしているからね」
——活力に満ち、また快活に見えるあなたですが、そんな悲しいことが裏にあるとは……。
「(笑顔で)このアルバムは兄がなくなる前に完成していたけどネ」
——スライ&ロビーとはどういう経緯で、双頭アルバム(2008年作『Inspiration Information Vo.1』)を作ることになったんですか。
「前の俺のマネージャーの流れで、スライ&ロビーのマネージャーとつながった。スライ&ロビーがアメリカ人と組んでレコードを作りたがっていたのがその端緒。でも、彼らは俺のことは知らなくて、音を聞かせたらこれはいいとなったみたいだな」
——ぼくはあのレコードが好きで、あれを聞くとあなたはスライ・ストーンも好きなんだなと分かります。
「おう。あれはレゲエ版スライ・ストーンみたいな仕上がりだよね。実は俺の親父はトリニダード・ドバゴの出身で、そんなこともあり俺もアイランド・ガイな血が流れているんだ。カリプソやレゲエはずっと聞いてきていて、そういうバンドに入っていたこともあったんだよ。そういう意味では、あの機会は運命だったかなとも思う」
——(イケてる格好をしているので)お洒落は好きですか?
「好き。見て分かるように色使いもヴィヴィッドで、こういうのを“ファンキー・ガイ・スタイル”って言うんだよ。ああ、服は好きだね。子供の頃の話だけど、母はファッション・デザイナーだったんだ。俺は、髪型も変であれと思っているぜ!」
ーーところで、あなたはちゃんと音楽は学んでいるんですよね。
「活躍する多くの人たちほどは習っていない。ピアノを4、5歳から始めているような人のなか、俺が始めたのは高校3年生のときだ。そして、大学に入るとツアー活動を始めてしまったので、実はピアノについて勉強はしていないんだ」

▶︎過去の、デュエイン・ブラックバード・マックナイト
https://43142.diarynote.jp/201612011925201175/
https://43142.diarynote.jp/201206011834355756/

 この後、彼はコンテンポラリーな2017年作『Amp Dog Knights』と、デトロイトの広角型ファンク・グループのウィル・セッションズとの連名による2018年作『The One』をリリースしている。

ルイス・コール

2018年12月12日 音楽
 おぉルイス・コール、10年近く組んでいる自己ユニットのノウワー(2018年5月27日)に続いて、今年2度目の来日じゃあないか。タイのフェスに出たあと訪日したようだが、もともとカリフォルニアンだし、余計に今の東京は寒さを感じるだろうなー。彼の3作目となるソロ新作『タイム』(Brainfeeder)はぼくにとっては、年間ベスト10枚に入る大好き盤。キャッチーでワクワク感を持つ的をえたエレクトロ・サウンドが実に適切だし(音を詰め込まず、ちゃんと空きをのこしているのが素晴らしい)、ポップなメロディや歌の入り方も気持ち良い。で、センスいいなあ、なぜか今があるあるなあと痛感させられてしまうのだ。
 
 渋谷・THE GAMEで、22時からのギグ。明日の正規公演が売り切れになったため、その短縮版が急遽組まれた。

 ソロによるパフォーマンス。プリセットの音を流しつつ、そこにキーボードで音を加えたり、ドラムを叩いたり。達者な指使いによるキーボード音は上乗せ音やベース音を取り込んでループさせる場合もあり、その際本人はマイクを持って歌ったりもする。『タイム』はすべて歌モノで占められていたが、こちらはインスト曲や長いインスト部(ドラムを叩く場合はそうなりますね)も用意される。

 彼がファニーな仕草やダンスをときに見せるのは、ノウワー公演と一緒。そういえば、彼はサウンドを流しつつ、シートを手に持ちつリーディングをしたりもした。それは彼が少しズレていると思わせるものではあるのだが、そこもラヴリーさや不思議な才気を倍加させる。そんな彼のポップ・ミュージック/行為にあふれているのは、音楽がもたらす歓び享受の謳歌であり、愛らしい変テコを愛でるしなやかなこだわり也。

 ちょうど60分の本編と、アンコール。そして、ステージを去る際、彼は80年代中期のスクリッティ・ポリッティ(2006年8月12日、2017年11月5日)を思い出させる“満たされメロディ”、その妙味を簡素化したようなキーボードのフレイズをシークエンスさせ、流す。らしくも、いい感じ。

▶︎過去の、ルイス・コール
https://43142.diarynote.jp/201805280520127056/
▶︎過去の、スクリッティ・ポリッティ
http://43142.diarynote.jp/200608141735120000/
https://43142.diarynote.jp/201711061122275253/

<今日の、ドラマー>
 ルイス・コールが叩いていたドラムはTAMAであったようだが、それはこのライヴ・ハウスに置いてあるものか。でも、ヌケのいい音が出ていたな。そういうことを認めると、今はあまりやらないのかもしれないが、彼がドラマーとしてガチ参加するセッションも見てみたい。なお、彼が影響受けたドラマーとして名を現在オフィシャルに出しているのは、トニー・ウィリアムズ(参照:https://43142.diarynote.jp/200812281442184528/ )、ジャック・ディジョネット(2001年4月30日、2003年8月23日、2007年5月8日、2014年5月22日、2015年9月5日)、ネイト・ウッド(2013年8月22日、2015年9月30日、2016年10月29日)、キース・カーロック(2010年2月19日)の4人。そんなコールが出たとされる南アルフォルニア大学ソーントン校音楽学部のジャズ科では、ピーター・アースキン(2012年6月21日、2013年6月26日、2014年12月14日、2016年3月9日、2017年5月10日)、ラッセル・フェランテ(2007年12月16日、2009年3月23日、2012年6月21日、2014年1月15日、2014年12月14日、2016年12月11日、2018年5月28日)、エドウィン・リヴィングストン(2014年12月14日)らが教えていますね。
▶過去の、ジャック・ディジョネット
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-4.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-8.htm
http://43142.diarynote.jp/200705181807060000/
http://43142.diarynote.jp/201405231458349566/
http://43142.diarynote.jp/201509211331298145/
▶︎過去の、ネイト・ウッド
http://43142.diarynote.jp/201308251333326263/
http://43142.diarynote.jp/201510021221454336/
http://43142.diarynote.jp/201610311234024646/
▶過去の、キース・カーロック
http://43142.diarynote.jp/201002211122268480/
▶過去の、ラッセル・フェランテ
http://43142.diarynote.jp/200712171350530000/
http://43142.diarynote.jp/200903260425159549/
http://43142.diarynote.jp/?day=20120621
http://43142.diarynote.jp/201401171005571275/
http://43142.diarynote.jp/201412281017371613/
http://43142.diarynote.jp/201612171245154424/
https://43142.diarynote.jp/201805290906425481/
▶過去の、ピーター・アースキン
http://43142.diarynote.jp/201207031311348277/
http://43142.diarynote.jp/201306271617516710/
http://43142.diarynote.jp/201412281017371613/
http://43142.diarynote.jp/201603111218495183/
https://43142.diarynote.jp/201705100944346055/
▶︎過去の、エドウィン・リヴィングストン
https://43142.diarynote.jp/201412281017371613/

 渋谷・オーチャードホールで、渡辺貞夫(2002年12月14日、2003年5月6日、2004年12月17日、2005年12月18日、2006年8月8日、2006年9月3日、2006年10月4日、2007年12月16日、2008年12月14日、2009年7月22日、2009年9月3日、2011年7月4日、2012年6月29日、2012年12月15日、2013年4月1日、2013年7月27日、2013年9月29日、2014年7月8日、2014年10月5日、2014年12月14日、2015年12月12日、2016年7月3日、2016年12月11日、2017年10月8日、2017年12月16日、2018年5月28日、2018年9月2日、2018年10月6日)の“ウィズ・ストリングス”公演を見る。1時間(2部は+アンコール2曲)を2セット。御大は本当に元気だ。

 サポートをするのは、ピアノのラッセル・フェランテ(2007年12月16日、2009年3月23日、2012年6月21日、2014年1月15日、2014年12月14日、2016年12月11日、2018年5月28日)、ダブル・ベースのベン・ウィリアムズ(2009年5月18日、2009年9月3日、2010年5月30日、2012年3月3日、2012年5月28日、2013年4月1日、2013年5月21日、2015年1月22日、2015年12月12日、2016年7月3日、2016年9月1日、2016年12月11日、2017年12月7日、2018年2月21日、2018年5月28日、2018年11月1日 、2018年11月26日 )、ドラムのピーター・アースキン(2012年6月21日、2013年6月26日、2014年12月14日、2016年3月9日、2017年5月10日)。そして、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ全20人からなる押鐘貴之ストリングス(2007年12月16日、2015年12月12日)がつく。各セット1曲づつとアンコール以外は、すべてストリングス陣がちゃんと重なった。

 渡辺貞夫は、1992年、1993年(なんと、ヴィンス・メンドーサが指揮をした)、1994年とオーチャードホールの“ウィズ・ストリングス”公演のライヴ盤『ア・ナイト・ウィズ・ストリングス』を3年連続で3作リリースしているが、約半数の曲のアレンジ(野力奏一 らがしたよう)をそこから持ってきて、他は新たにフェランテが奮闘したようだ。ぼくがみるようになってからの渡辺貞夫のライヴはほとんど自作曲で突っ走のを是としてきたが、この晩はオリヴァー・ネルソン「ストールン・モーメンツ」をはじめ、他人曲をずらり取り上げていて新鮮だった。とともに、留学時のオリヴァー・ネルソンとのやりとり他、渡辺貞夫は取り上げた曲の所以もそれぞれする。ある意味、ストリングス付きのゴージャズの体裁を借りて、彼のキャリアをまとめ上げているようにも思えた。このライヴは、ザ・サックス誌に書くので、ここではこれぐらいにしておこう。

▶過去の、渡辺貞夫
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-12.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-5.htm  6日
http://43142.diarynote.jp/20041221210502000
http://43142.diarynote.jp/200512231955480000/
http://43142.diarynote.jp/200608091255180000/
http://43142.diarynote.jp/200609070211000000/
http://43142.diarynote.jp/200610080946310000/
http://43142.diarynote.jp/200712171350530000/
http://43142.diarynote.jp/200812281440093394/
http://43142.diarynote.jp/200907310048137248/
http://43142.diarynote.jp/200909120646397236/
http://43142.diarynote.jp/201107111008176019/
http://43142.diarynote.jp/201207031353196616/
http://43142.diarynote.jp/201212171647134119/
http://43142.diarynote.jp/201304031026406106/
http://43142.diarynote.jp/201307291053021427/
http://43142.diarynote.jp/201310050701201281/
http://43142.diarynote.jp/201407091243129270/
http://43142.diarynote.jp/201410061850124929/
http://43142.diarynote.jp/201412281017371613/
http://43142.diarynote.jp/201512151504068292/
http://43142.diarynote.jp/201607100827363436/
http://43142.diarynote.jp/201609201032322395/
http://43142.diarynote.jp/201610141747514263/
http://43142.diarynote.jp/201612171245154424/
http://43142.diarynote.jp/201710121700178187/
http://43142.diarynote.jp/201712181015052794/
http://43142.diarynote.jp/201805290906425481/
http://43142.diarynote.jp/201712061006171627/
http://43142.diarynote.jp/201806130948515941/
http://43142.diarynote.jp/201809071509481583/
https://43142.diarynote.jp/201810090958036278/
▶過去の、ラッセル・フェランテ
http://43142.diarynote.jp/200712171350530000/
http://43142.diarynote.jp/200903260425159549/
http://43142.diarynote.jp/?day=20120621
http://43142.diarynote.jp/201401171005571275/
http://43142.diarynote.jp/201412281017371613/
http://43142.diarynote.jp/201612171245154424/
https://43142.diarynote.jp/201805290906425481/
▶過去の、ベン・ウィリアムズ
http://43142.diarynote.jp/200905191118258984/
http://43142.diarynote.jp/200909120646397236/
http://43142.diarynote.jp/?day=20100530
http://43142.diarynote.jp/?day=20120303
http://43142.diarynote.jp/201205301445023004/
http://43142.diarynote.jp/201304031026406106/
http://43142.diarynote.jp/201305260927026044/
http://43142.diarynote.jp/201501230914317086/
http://43142.diarynote.jp/201607100827363436/
http://43142.diarynote.jp/?month=201609
http://43142.diarynote.jp/201612171245154424/
http://43142.diarynote.jp/201712081715389473/
http://43142.diarynote.jp/201802221538438234/
https://43142.diarynote.jp/201805290906425481/
https://43142.diarynote.jp/201811021046075049/
https://43142.diarynote.jp/201811271055049781/
▶過去の、ピーター・アースキン
http://43142.diarynote.jp/201207031311348277/
http://43142.diarynote.jp/201306271617516710/
http://43142.diarynote.jp/201412281017371613/
http://43142.diarynote.jp/201603111218495183/
https://43142.diarynote.jp/201705100944346055/
▶︎過去の、押鐘貴之ストリングス
https://43142.diarynote.jp/200712171350530000/
https://43142.diarynote.jp/201512151504068292/
▶︎過去の、野力奏一
https://43142.diarynote.jp/201102091716363238/

 その後は、渋谷・クラブクアトロに向かう。気鋭の日本人サルサ・バンドのバンデラスの、アルバム『La Bandera』(P-ヴァイン)リリース・ツアーの楽日。とっくに演奏始まっているんだろうなあと思って会場入りしたら、まだDJタイム。場内、お祭り感あり。バー・カウンターには長い列。

 そして、ステージに現れたのは全11人だったか。面白いなあと思ったのは、リード・シンガーを絶対的に立てるということはせず、メンバーそれぞれが顔を出すような感じがあったこと。それは民主的なノリのもと、フランクなパーティ感覚を導く。だから、ゲスト・ダンサーが入っても違和感がない。面々の平均年齢は40歳ぐらい? 皆んな自由にいろんなポップ・ミュージックに接してきた末に今はサルサ・バンド活動に邁進しているはずで、だからこその広がりや強さ(会場であった知人は、なんかロックぽいところがあるのが好きと言っていた)やエンターテインメント性を持ち、それが通り一遍のサルサ表現になるのを避けているのではないか。一言でかたすなら、今様な勢いや賑やかし感覚があるということです。

<今日の、渋谷>
 いやあ、混んでいた。オーチャードホールからクアトロへの移動の際、人をかき分けていう表現もあながち間違いではない。土曜日なので、職場とかの関係ではなく、皆プライヴェイトな付き合いのもとで出てきているのだろう。センター街も混んでいて、本当に驚いた。

 ずっと引きずってきた懸案が解決。サクっと気分転換したくなって晴天の暖かい昼下がり、試写会を二つはしごする。二番目のほうは、本国でも一般公開されたばかりだ。

 まず、六本木・アスミック・エース試写室で、米/中2018年映画の「マイル22」。完全にハリウッドな、CIA工作員アクション・サスペンス映画。全95分、もうテンポが早い早い。おれ、事前にストーリー記載を見ていなかったら、話についていけただろうか? 音楽はジェフ・ルッソという人がやっているが、ハンス・ジマーを思い出させるはったり路線にある音をこれでもかとつけていた。米国TVの「24」とか「PERSON of INTEREST 犯罪予知ユニット」らを彷彿させる作風ながら、残酷シーンも散見され、なるほどこれはTV番組ではなく映画だなと思った次第。

 その後は、東銀座・松竹試写室で2018年米国映画「ビール・ストリートの恋人たち」を見る。アフリカ系米国人有名作家/公民権活動家であるジェイムズ・ボールドウィン(1924〜1987年)の1974年小説「f Beale Street Could Talk 」(映画原題もこれ)を原作にするもので、監督(バリー・ジェンキンス。脚本も担当)や主な出演者も皆アフリカ系。ブラック・ムーヴィとも言えるのか。

 こちらは119分の映画で、映像のテンポも役者のセリフ回しもとてもゆっくり。先に見た映画との対比で、とてつもなくゆったりした映画に思えた。主な舞台はNYであり、時代は小説が発表された1970年代中期か。家で、レコードをかけるシーンが出てくる。だが、主となる劇中音楽はストリングス主体の上品なそれであり、テーマは黒人差別や家族の絆だったりするもの(意外に、メロ・ドラマっぽいストーリーなり)の格調高い作風ということができよう。あと、劇中での主人公たちの格好が趣味よし。それ、リアリティからは離れるが、ふふふとなれる。

 エンド・ロールで用いられるのは、ビリー・プレストン(1946〜2006年)がピアノ弾き語りにてゴスペル調で開くUS国歌的有名曲「マイ・カントリー・ティズ・オブ・ジー」。これ、もともと彼がやはり映画の主題歌(1977年「Twilight’s Last Gleaming」)として吹き込んだ曲のよう。このリベラル曲は心に染み、この曲をもってきたことがこの映画の最大の功績のようにぼくには思えた。また、映画冒頭では、<ニューオーリンズは、黒人のレガシーの土地>みたいなニューオーリンズ礼賛のボールドウィンの一文が紹介されるが、その記述がとても素晴らしい。

<今日の、銀座線>
 乗った車両内のすべての広告が、バッグその他の米国ブランド“マイケル・コース”のもの。ただし、カッコつけた男女の写真とブランド名だけで、一切の能書きはナシという大胆なイメージ広告展開がなされている。わかる人だけ分かれば良い、とそれは語っていたか。とともに、日本最古の地下鉄である銀座線はお洒落路線として広告業界では格付けされているのだと思った。

 ジェシー・ハリス(2002年12 月21日、2005年9月7日、2006年1月23日、2006年4月22日、2007年3月11日、2009年3月31日、2010年10月10日、2011年8月6日、2012年7月16日、2013年5月26日、2016年4月27日、2016年9月8日、2017年6月10日)の2018年公演は、南青山・ブルーノート東京にて。ファースト・ショウ。

 ギターとコーラスのウィル・グレーフェ、エレクトリック・ベースのリカルド・ディアス・ゴメス、ドラマーのジェレミー・ガスティン(2016年9月8日、2017年6月10日)が同行者。彼の新作『アクアレル』はポルトガルのリスボン録音作で、その基本バンドがそのまま同行した。

実は、ウィル・グレーフェは知る人ぞ知る綻びた情感が魅力すぎの在NYのシンガー・ソングライター/ギタリストで、この晩もエレクトリック・ギター一本でいろんなフレイズを出していて、何気に目が行ってしまう。一方、リカルド・ディアス・ゴメスはカエターノ・ヴェローゾ(2005年5月23日、2016年10月9日)の数作に入っているブラジル人で、とっても堅実な演奏を続ける。1部彼は小さなキーボードで、効果音を担当するときもあった。そして、近年のハリス・バンドのレギュラーであるジェレミー・ガスティン(2016年9月8日、2017年6月10日)はこれまでで一番はっちゃけた演奏を披露。ときに棘の感覚も抱えるウィル・グレーフェの演奏と相まって、今回はロック度が高いと思わされた。

 新作からの曲を中心に、20曲強。インストも2曲やり、どの曲も演奏部に留意されているが、やりたいことの像はくっきり見えていると言わんばかりに、尺はコンパクトにまとめられる。ハリス、好調ですね。中盤にはギター弾き語りのパートももうけ、4曲披露。そこでは、「ドント・ノウ・ホワイ」もしっとり歌う。この曲、恋人とやり直せたかもしれないのになぜかそうしなかったという後悔を詩的に綴った失恋歌であるが、今聞くと健全なアメリカが去ってしまったのを止めることができなかったことに対する懺悔の歌のようにも聞こえる。とか、一聴マイルド気味ながら、視野の広さや感覚の鋭敏さを持つ“賢者”たる彼の歌は、受ける者の解釈をいろいろと引き出す。この公演は日経新聞の電子版(ゆえに、1600字ぐらいは平気でOKだ)に書くことになっているが、いろいろ書きたくなることがあるなあと思いつつ、ぼくはうんうん頷きながら実演を見ていた。

▶過去の、ジェシー・ハリス
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-12.htm
http://43142.diarynote.jp/200509130315380000/
http://43142.diarynote.jp/200601271859050000/
http://43142.diarynote.jp/200604251252010000/
http://43142.diarynote.jp/200703130418360000/
http://43142.diarynote.jp/200904040640421651/
http://43142.diarynote.jp/201010111257003810/
http://43142.diarynote.jp/201108101632022013/
http://43142.diarynote.jp/201207180824136323/
http://43142.diarynote.jp/201305280925006733/
http://43142.diarynote.jp/201605141103337291/
http://43142.diarynote.jp/?day=20160908
https://43142.diarynote.jp/201706111121479426/
▶︎過去の、カエターノ・ヴェローゾ
http://43142.diarynote.jp/200506021846130000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20161009
▶︎過去の、ジェレミー・ガスティン
https://43142.diarynote.jp/201605141103337291/
https://43142.diarynote.jp/201706111121479426/

 その後、渋谷・クラブクアトロに移動。オーサカ=モノレール主導のもと、ワシントンDCのファンク・レジェンドを見る。英国のフェスでオーサカ=モノレールはサー・ジョー・クォーターマンと出会い、2014年に招聘。今回が2度目になる。

 会場に入ると、御大は一度ステージから下がっていて、THE BAWDIES(2014年3月17日)のROYが前に出て客を湧かせている。ああ、ザ・たこさん(2016年10月13日)の安藤八主博のパートには間に合わなかったか。ROYはなるほど好青年的に格好良いね。オーサカ=モノレールのフロント・マンの中田亮と豪快な掛け合いをみせたりもした。中田は電気ピアノを弾いたり、鳴り物を手にしたりもし、ホスト役を十全に勤めていた。

 その後、熱い空気が渦巻く中、(再び)サー・ジョー・クォーターマンが出てくる。73歳になって間もないそうだが、太ってもおらず禿げてもおらず、お元気そう。彼は若く見えるタイプの人ですね。円満な感じで、紳士的な人であるとも、ぼくは一瞥しただけで感じた。普段はそんなに歌っていないようで完全な喉力を示すわけではないが、もう日本人たちとつながりながら歌っていくだけで、うれしいわあとなっちゃう。スタックス・ナンバー「ノック・オン・ウッド」から、JB調応用の1973年あたり曲「(アイ・ガット・)ソー・マッチ・トラブル・イン・マイ・マインド」までを悠々と披露。彼はピカピカのトランペットを一吹きする場面も二箇所。どってことないが、その所作もOK。最後は安藤八主博とROYも出てきて、歌声を重ねた。

▶︎過去の、THE BAWDIES
https://43142.diarynote.jp/201403181811432414/
▶︎過去の、ザ・たこさん
https://43142.diarynote.jp/201610141749551400/

<今日の、そうなんですか>
 南青山の港区の児童施設建設が理解不能な住民エゴでもめている件、オレそこ近隣の住人だったら恥ずかしくて引っ越したくなるよな。あの辺に居住している知人が3人いるが、彼らも同様の心持ちであると思いたい。ときに表参道駅からブルーノート東京に向かう途中にとても広い空き地があるのだが、それが施設の建設予定地であることを今日知った。ぼくの前を歩いていたおじさんたちが、ここがあの場所なんだと話しておりました。
 サー・ジョー・クォーターマンのあと、馴染みのソウル・バーに流る。ここも今はYouTubeを使い、店内音楽としている。味気ないっちゃそうなのだが、でもだからこその発見もある。一番おっとなったのは、TV「ソウル・トレイン」出演時のスライ&ザ・ファミリー・ストーン(2008年8月31日、2008年9月2日、2010年1月20日、2015年5月18日)の映像。曲は「サンキュー」だった(よな? もう記憶がはっきしない)が、陣容は1974年『フレシュ』時のもの。「ソウル・トレイン」というと口パク、テープを流して演奏しているフリというイメージがあるが、なんとこれはジャムっぽく実際に演奏しているように見えるじゃあないか。スライはサム・ピッキング主体でギターを弾き、ベースのラスティ・アレンはアフロ・ヘアもっこり、ドラムのビル・ロードンはレギュラー・グリップで叩き、フィドルのシド・ペイジはヤク中のような顔つきをしていた。
▶過去の、スライ・ストーン
http://43142.diarynote.jp/200809011923060000/
http://43142.diarynote.jp/200809071428140000/
http://43142.diarynote.jp/201001211346277187/
https://43142.diarynote.jp/201505201630381899/ 映画

 近年またいろいろなことをやっている27歳ピアニスト(2013年9月8日、2016年12月7日、2017年7月8日、2017年9月29日)の、「響楽 -KYOGAKU- 2018」と副題された弦楽四重奏との協調公演。赤坂・サントリーホールのブルーローズで見る。顔を出さなければいけない忘年会があったので、あたまの1時間に接したが、 なかなかに才気走っていて感心した。

 ヴァイオリンの吉田篤貴と須原杏(2016年12月7日)、ヴィオラの河村泉、チェロの関口将史が全面的に絡む。あ、1曲はヴァイオリンとチェロの男性陣だけが伴奏をつけた。

 7曲に触れたが、順にレナード・バースタインのミュージカル(2009年8月4日)曲「サムホエア」、自作の「ホエアアバウツ」、アストラ・ピアソラの「フィナーレ」、ビル・ウィーランのレヴュー曲「リヴァーダンス」、エグベルト・ジスモンチ(2008年7月3日、2013年3月27日 )の「パリャーソ」、ビョーク(2001年12月5日、2008年2月22日)の「アイヴ・シーン・イット・オール」、ビル・エヴァンスの「Bマイナー・ワルツ」。おお、なかなかにおもしろいセレクションなり。だが、もっと面白かったのは、肝心のピアノ演奏と弦音の絡みだった。

 弦のアレンジも桑原。家にこもり、地味に作業にあたったそうだが、がんばったなー。3年前にも彼女は弦付き公演をしているが、今回のほうがジャズ・ピアニスト=桑原あいのストリングス入りの出し物にしっかりなっていた。弦の4人全員にピチカートさせたり、ピアソラに特徴的なヴァイオリンかっ飛び作法を他の曲に持ってきたり、様々な冒険を介して“私が考える、ピアノと弦4人が四つに組んだ表現”をちゃんと作っていたもの。しかも、その協調は杓子定規なかっちり感に支配されたものではなく、流動性や広がりへの“窓”となる間(ま)の感覚を宿すものであったのに大きく頷いた。

▶︎過去の、桑原あい
http://43142.diarynote.jp/?day=20130908
http://43142.diarynote.jp/201612100926461885/
http://43142.diarynote.jp/201707101243147840/
https://43142.diarynote.jp/201710011917499392/
▶︎過去の、須原杏
http://43142.diarynote.jp/201612100926461885/
▶︎過去の、ミュージカル「ウェストサイド・ストーリー」
https://43142.diarynote.jp/200908071506127450/
▶過去の、エグベルト・ジスモンチ
http://43142.diarynote.jp/200807041128510000/
http://43142.diarynote.jp/201303290753133066/
▶過去の、ビョーク
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-12.htm
http://43142.diarynote.jp/200802230934310000/

<いろいろな、お疲れ様>
 81歳の誕生日である17日に、ニューオーリンズの大御所鍵盤奏者アート・ネヴィル(2004年9月18日、2009年7月25日、2014年1月17日、2015年5月10日)が引退を発表した。健康上の理由だろう、いたしかたありませんね。ザ・ミーターズ時代から積み上げてきたものはあまりに大きすぎ、ゆっくりしてください。1990年代前半だったか、来日時に彼とジョージ・ポーターJr.(2007年2月2日、2007年2月4日、2008年8月12日、2009年7月25日、2014年1月17日)に九段下のホテルで取材したことがあった。とんでもなく道が渋滞していて、車移動のぼくは珍しく遅刻。でも、彼らは笑顔でおっとりと応対。そんなこともあり、ぼくのなかでは<大人(たいじん)>という印象が大きいな。彼の次男のイアン・ネヴィル(2012年7月30日)はギタリストとして活躍しているが、50代半ばの長男のアーセルはジャーナリストで、週末のフォックス・ニュース・チャンネルのアンカーをしているそうだ。今晩の忘年会ではなかったが、先週行った忘年会はその職場の定年者の慰労も兼ねていて、なにげに心温まるやりとりがあって、職場〜仲間っていいネという気分になった。万全な姿を見せられないなら、ミュージシャンにも定年があってもいいよね。ボロボロになった姿でも大好きなミュージシャンならずっと接したいという人もいるが、その心地はぼくはわからない。
▶︎過去の、アート・ネヴィル
https://43142.diarynote.jp/200410121001170000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20090725
http://43142.diarynote.jp/201401181209502731/
https://43142.diarynote.jp/201505111009314451/
▶過去の、ジョージ・ポーター・Jr.
http://43142.diarynote.jp/200702090041480000/
http://43142.diarynote.jp/200702121118370000/
http://43142.diarynote.jp/200808140129280000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20090725
http://43142.diarynote.jp/?day=20140117
▶︎過去の、イアン・ネヴィル
https://43142.diarynote.jp/200908180045212538/
https://43142.diarynote.jp/201208091321435870/

 甲田“ヤングコーン”伸太郎率いるジャンプ・ブルース・バンドのBloodest Saxophone(2014年6月28日、2015年7月28日2015年11月16日)が定期的にもっているイヴェント“Snuck宇宙”の2018年最後の回は、テキサス在住の女性ブルージィ&アーシィな歌い手のクリスタル・トーマスを迎えて持たれた。この9月に面々はテキサス州オースティンに行って、いろいろなライヴとレコーディングを敢行。それは、トーマスをはじめ5人の女性シンガーを迎えた『I JUST WANT TO MAKE LOVE TO YOU 』と『IN TEXAS』(ともに、Mr. Daddy-O/スペース・エイジ)という2枚となりすてにリリースされている。2作ともいい感じ。うむ、ともにかなりうまく録れていると思う。なお、レコーディング後にトロンボーン奏者とウッド・ベース奏者が円満に脱退。この日は新ベーシストが入り、管はテナー・サックスとバリトン・サックスの2管となった新体制によるパフォーマンス。2管となったことで、甲田の好ホンカーな持ち味はより前に出るようになっていた。

 下北沢・440。フル・ハウス。一つ酒宴をこなして会場入りすると、Bloodest Saxophoneが熱演中。粋にスーツをそれぞれに着こなし、それがまずいいナと思わせる。そして、そこにクリスタル・トーマスが呼び込まれ、彼女がフィーチャーされる。おお、ビッグ・ママ体型の彼女(30代?)は少し低めの声でディープに歌う。余裕、あり。「聖者の行進」や時節がら最大のクリスマス・ブルース・ソングである「メリー・クリマス・ベイビー」も披露する。両者のくだけたノリは場をテキサスにワープさせる? ブラウンは『I JUST WANT TO MAKE LOVE TO YOU 』で山下達郎の「ユア・アイズ」もカヴァーしているが、それももちろん歌う。それは、アナログ・シングル盤も切られている。両者は、香港でカウントダウン・ライヴをするそうだ。

▶過去の、ブラッデスト・サキソフォン
http://43142.diarynote.jp/201406291238493838/
http://43142.diarynote.jp/201508050949338272/
https://43142.diarynote.jp/201511181202076051/

<今日は、少し迷子になる>
 久しぶりに下北沢駅に降り、いまだ工事中の同駅の出口の位置がまた少し変わったようでとまどう。あれれ。何口とか覚えず長い経験則ですたすた行っていたのに、今回はそれが通じない……。街の風景が変わってきているとともに、方向感覚が悪くなっているのも一因? それほどぼくにとって関わりのある街ではないが、どんどんシモキタが遠ざかっていく〜。その悪い印象もあり〜駅のほうには戻りたくない〜、寒くなかったので(天気予報によれば、最低気温が8度)、酔った勢いでちんたら歩いて家に帰る。細かい住宅地を歩かず、少し大回りの分かりやすい道を通ったので迷わず帰宅。ほいほい。
 1990年代上半期、ヒッポホップ界で音楽的にもスタンス的にももっとも清新さをまとい、またセールス上も大成功した南部アトランタのティームが、スピーチ(トッド・トーマス)率いるアレステッド・ディヴェロップメント(2000年4月27日、2000年8月5日、2001年2月3日、 2002年4月17日、2013年4月19日)だ。デビュー時にグラミー賞もちゃんととったにも関わらず、その約10年後には失速。じっさい、プロダクツはあまり光ったものではなかったが、それこそはデビュー作があまりに素晴らしすぎた担い手の悲劇とも言いたくなる。本国ではアレステッド・ディヴェロップメントとというと、4シーズン作られた同名TVドラマを多くの人は想起するというからなー。とはいえ、スピーチたちは活動を続けていて、アルバムも2〜4年おきにずっとリリースしてきている。で、2018年秋リリースの新作『Craft & Optics』(Vagabond)は肉声や管音の使い方に広がりと強さがあり、一部ジャジーな曲調も新鮮さを抱えており推すに足る。

 六本木・ビルボードライブ、セカンド・ショウ。冒頭、サンバのリズム音とともに面々は登場。ダンスと歌のファリーダ(ファリーダ・アレーム)がフロアからステージに上がり、それだけで観客は総立ちっぽくなる。わ、サンバの起爆力、すげえ。客はそれなりに若い人も見られたが、黄金時を同時代で体験していない人もそれなりにいたと思われる。

 その彼女、歌とラップのスピーチ、のど自慢女性ヴォーカルのラターシャ・ラレイ(ラターシャ・コンウェイ)とラップのワン・ラブ(スペンサー・ラヴ)、さらにギターのジェイ・ジェイ・ブギー(ジェイソン・ライヘルト)、ベースのウィリアム・モンゴメリー、ドラムのコーリー・レイモンドという陣容による。この3人によるキーボードレスのバンド・サウンドは良い。わりと途切れなく臨機応変な感じで曲は連ねられるのだが、肉声陣も伴奏者たちも一切セット・リストの類は置いておらず、リハを重ねた練り込まれたショウだったのかもしれない。本編60分、そして2曲10分強のアンコールという尺のパフォーマンスをきっちり彼らはやった。

 途中何度もスピーチは客とのコール&レスポンスを求めるが、それはちゃんと成り立つ。彼、なんかサバけたというか、吹っ切れた感じもあってマル。いろいろな重なり方をする肉声群と含蓄あるファンク・サウンドの拮抗表現は力あり。かつて前に出した南部土壌を土台に置く精神性は後退していたが、ワクワク感を持つヒップホップ・ソウル・バンドの確かな像を彼らはきっちり獲得していた。そういえば、終演後にメンバーたちはステージ前にできて笑顔でずうっとお客さんたち握手をしていて、ほっこり。ああ、良き心地ある集合体であるナと思わされました。

▶過去の、アレステッド・ディヴェロップメント/スピーチ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-4.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-8.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-2.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-4.htm
http://43142.diarynote.jp/201304211111189539/

<今日の、枯れきれない男>
 まあ洋風なもののほうが好みだったせいか、蕎麦やうどんにはあまり魅力を感じてこなかった。ゆえに、好んで自ら、その手に店に入るということもない。まあ、年をとると静かな蕎麦屋でお酒をちびちびという図は悪くないとも思うのだが、一人ではやったことがない。蕎麦屋の肴にそれほど惹かれないというのも理由かな。それから、周りの人間でそば打ちをやるようになりましたというのも複数いるが、それにも憧れない。第一、ちゃんと美味しいもの作るのは無理でしょ。けっこう、アヴェレイジを出すのはプロでも困難と聞いたことがある。”工作”は別な料理でしたい。でも、ここんところは年越しそばはいいかもとか思うようになっているワタシ。日本人のDNAがひょんなところで現れるわけだが、それは食べ物にまつわる項目が一番多いのかな。