サム・ムーア(2006年11月14日、2008年8月31日、2010年12月15日、2011年7月27日)御大は、80歳なのだとか。ショウの最中に。それを祝うセレモニーも持たれた。その元気なショウにふれながら〜オフ・マイクで歌う時もあり〜、彼のこれまでの道程に思いを巡らし、、、、。ムーアが30歳のころ組んでいたサム&デイヴの全身ゴム毬のような1960年代の白熱ライヴ映像は本当に“ダイナマイト・デュオ”という異名がぴったり。(スタックスの欧州パッケージ・ツアーで一緒だった)あのオーティス・レディングが彼らと一緒にやるのをイヤがったという話もさもありなん。その陽性さはマイアミ生まれという出自は関係ありか。なお、サム&デイヴのもう一人、デイヴ・プレイターは1988年に亡くなっている。南青山・ブルーノート東京、セカンド・ショウ。
まさに、レジェンド。バンドの前奏のあと、まずコーラス隊がステージに上がり、その後に御大が出て来たのだが(ワイヤレスのマイクを持っていて、上がる前に少し歌っていた)、そこで観客はもう総立ち。終演後の熱い拍手歓声も含めて、それはおおおって思わせるものであったな。
サポートは、キーボード、ギター、ベース(ガンバの宇佐美をなんか思い出させる細長い顔の彼は毎度来ていて、ミュージカル・ディレクターを務める。本日のJ1のシーズン優勝を決める二分の一の試合で、サンフレッチェが勝って良かった)、ドラム、4管(2人が日本人)、3コーラス。ぼくが見た過去公演はドラマーだけがアフリカ系だったが、今回は全員非アフリカ系。でも、それでなんの問題もない。ギタリストもずっと来ている人のような気もしたが、彼が1曲でスライド・バー使用のソロを取る局面があった。その様は故デュエイン・オールマンのそれをいろいろコピーしましたというものでニコッ。デュエインもマッスル・ショールズでいろいろなソウルのレコーディングに参加していましたね。→http://43142.diarynote.jp/201406270933515875/ 参照。
演目は「ソウル・マン」や「ホールド・オン」や「アイ・サンク・ユー」といったサム&デイヴの黄金曲に加え、例によりソウル名曲のオン・パレード。それらは、例えば……
▶亡くなってそれほどたっていないアラン・トゥーサン(2006年5月31日、2006年6月1日、2007年10月21日、2009年5月29日、2011年1月10日、2012年10月15日、2013年10月22日、2015年1月21日)が1966年にリー・ドーシーのために書いた、「ゲット・アウト・オブ・マイ・ライフ、ウーマン」。ブルース・コード発展曲なので、この表題もしっくり来ますね。▶ハイ・サウンド発のソウル・スタンダード「アイ・キャント・スタンド・ザ・レイン」。もともとは1973年にアン・ピープルズがヒットさせ、この前来日したグラハム・セントラル・ステイション(2009年9月29日、2010年9月9日、2012年11月24日、2014年5月4日、2014年5月5日、2015年11月11日)も披露していた(彼らも、1975年作でヘヴィ・ファンク化し取り上げている)。共作者のドン・ブライアントはお元気なのかなあ。▶やはり、ハイ派生のソウル・スタンダード「テイク・ミー・トゥ・ザ ・リヴァー」。1974年アル・グリーン作であるこの曲はフォガット(昔、英国人にフォグハットと読むと言われたことがあるが)、故リヴォン・ヘルム、ブライアン・フェリー(2010年7月31日)、トーキング・ヘッズ(2009年1月27日。2013年5月21日)他、ロック・ミュージシャンからもいろいろ取り上げられている名曲ですね。▶ムーアがいつも歌っている、故ビリー・プレストンの1974年曲「ユー・アー・ソー・ビューティフル」。しかし、曲調もばっちりのこのパートナー讃歌曲はすごい。故マイルス・デイヴィスはずばり「ビリー・プレストン」という曲を1972年に録音している。
3分の2を過ぎたあたりで、トータス松本が出て来て、その後はずっとムーアと絡む。彼が出てきてまず嬉しそうに歌ったのは、故ボビー・ウォマック(2013年5月12日)がいたザ・ヴァレンチノズが1962年にヒットさせた「アイム・ルッキン・フォー・ア・ラヴ」(プロデゥーサーは故サム・クック)。これは、J.ガイルス・バンド(2013年11月22日、参照)のライヴ・ヴァージョンでばくは何より親しんだ曲なんだよなあ。
最後(だったかな?)はスライ&ザ・ファミリー・ストーン(2008年8月31日、2008年9月2日、2010年1月20日、2015年5月18日)の1968年曲「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」。うーむ、ザ・ファミリー・ストーンのシンシア・ロビンソンも今年の11月23日に亡くなっってしまった。この曲ではオリジナルの構成を咀嚼し、ドラム、ギター、ベース、オルガンのソロを回す。ギターは故アイザック・ヘイズ(2007年7月18日)の1971年映画曲「テーマ・フロム・シャフト」の印象的なイントロをそこで弾く。ヘイズはスタックスのソング・ライター/プロデヴューサーもしていて、サム&デイヴも世話になっている。それら各曲はソウルの積み重ねを俯瞰するような感じで適切にリアレンジもなされ、サム&デイヴと同時期のスタックス/アトランティック同僚のエディ・フロイド(2007年7月18日、2012年5月11日)の1967年ヒット曲「ノック・オン・ウッド」なども巧みにインサートされたりもした。
とかなんとか、絶対的なソウル・マンのもと、R&Bの“正”の積み重ねがこれでもかと開かれる。ワクワク、そして満たされまくる。ああ、”ソウル図鑑”。それにしても、上記の原稿でかなり物故者の名前が出てしまい、変わらなくていい成熟のソウル表現に触れるのは今のうちかもしれないとも思え、少ししんみり。滅茶楽しく、高揚させつつも、いろいろと考えを巡らせもするショウでした。
▶過去の、サム・ムーア
http://43142.diarynote.jp/200611190319380000/
http://43142.diarynote.jp/201012160928249431/
http://43142.diarynote.jp/201107310730365740/
http://43142.diarynote.jp/200809011923060000/
▶過去の、アラン・トゥーサン
http://43142.diarynote.jp/200606071933120000/
http://43142.diarynote.jp/200606071936190000/
http://43142.diarynote.jp/200710221206190000/
http://43142.diarynote.jp/200906051614524790/
http://43142.diarynote.jp/201101111202336229/
http://43142.diarynote.jp/201210201217291727/
http://43142.diarynote.jp/201310241000242214/
http://43142.diarynote.jp/201501220923108418/
▶過去の、ラリー・グラハム
http://43142.diarynote.jp/200910021138591223/
http://43142.diarynote.jp/201009171755535759/
http://43142.diarynote.jp/201211261639115632/
http://43142.diarynote.jp/201405071010101908/
http://43142.diarynote.jp/201405071013173150/
http://43142.diarynote.jp/201511120722274234/
▶過去の、ロキシー・ミュージック/ブライアン・フェリー
http://43142.diarynote.jp/201008251413325933/
▶過去の、デイヴィッド・バーンやトム・トム・トム√・クラブ/トーキング・ヘッズ関連者
http://43142.diarynote.jp/200901281359552953/
http://43142.diarynote.jp/201305260927026044/
▶過去の、ボビー・ウォマック
http://43142.diarynote.jp/201305141107016872/
▶過去の、J.カイルズ・バンド/マジック・ディック
http://43142.diarynote.jp/?day=20131122
▶過去の、スライ・ストーン
http://43142.diarynote.jp/200809011923060000/
http://43142.diarynote.jp/200809071428140000/
http://43142.diarynote.jp/201001211346277187/
http://43142.diarynote.jp/201505201630381899/
▶過去の、アイザック・ヘイズ
http://43142.diarynote.jp/200707232251010000/
▶過去の、エディ・フロイド
http://43142.diarynote.jp/200707232251010000/
http://43142.diarynote.jp/201205131715485366/
<今日の、クリスマス・キャロル>
まず、ポーランド広報センター主催の<ポーランド風忘年会>というのに、顔をだす。目黒・ポーランド共和国大使館のホール。ポーランドではクリスマス・イヴから2月2日の聖しょく〜漢字は火ヘンに蜀〜祭までの2月2日までの間に、コレンドヴァニェというキリスト教に根ざしたパーティが教会や家庭や職場や仲間内でもたれるという。そのコレンドヴァニェでは、キリスト生誕を祝うコレンダと呼ばれるクリスマス聖歌を皆で歌うらしい。そして、招待者にコレンダに触れてもらいつつ、ささやかな労いの師走の宴を、とうのがこの催しの主旨のよう。
ポーランド国立シロンスク歌舞団のテノール歌手のビュートル・ニキエルが出ていて、歌う。まだ30ちょいほどと見受けられるイケ面の彼は民俗衣装のようなものを身につけ、見事に朗々とした喉を披露する。もちそんアンプラグドで、ピアノ伴奏はポーランドで10年強学んだり教鞭を取ったりしたという栗原美帆が務める。クラシック流れの、清らかな(どこか牧歌的な部分もあるかもしれない)短い歌曲というのが、2人によって送り出されたコレンダの印象。確かに彼の地の文化に触れたという思いと、ポーランドのクラシック教育の高さの片鱗を感じたか。クラシックの分野では、日本居住のポーランド人音楽家もいるという。
サーヴされた食べ物のなかには、ポーランドの煮込み料理もあり。ビゴスというやつなのかな? なお、来年1月14日から、ポーランド航空が成田に乗り入れ、ワルシャワとの直行便が実現するそう。今なら往復7万円でチケットが購入できると、小耳に挟みました。
まさに、レジェンド。バンドの前奏のあと、まずコーラス隊がステージに上がり、その後に御大が出て来たのだが(ワイヤレスのマイクを持っていて、上がる前に少し歌っていた)、そこで観客はもう総立ち。終演後の熱い拍手歓声も含めて、それはおおおって思わせるものであったな。
サポートは、キーボード、ギター、ベース(ガンバの宇佐美をなんか思い出させる細長い顔の彼は毎度来ていて、ミュージカル・ディレクターを務める。本日のJ1のシーズン優勝を決める二分の一の試合で、サンフレッチェが勝って良かった)、ドラム、4管(2人が日本人)、3コーラス。ぼくが見た過去公演はドラマーだけがアフリカ系だったが、今回は全員非アフリカ系。でも、それでなんの問題もない。ギタリストもずっと来ている人のような気もしたが、彼が1曲でスライド・バー使用のソロを取る局面があった。その様は故デュエイン・オールマンのそれをいろいろコピーしましたというものでニコッ。デュエインもマッスル・ショールズでいろいろなソウルのレコーディングに参加していましたね。→http://43142.diarynote.jp/201406270933515875/ 参照。
演目は「ソウル・マン」や「ホールド・オン」や「アイ・サンク・ユー」といったサム&デイヴの黄金曲に加え、例によりソウル名曲のオン・パレード。それらは、例えば……
▶亡くなってそれほどたっていないアラン・トゥーサン(2006年5月31日、2006年6月1日、2007年10月21日、2009年5月29日、2011年1月10日、2012年10月15日、2013年10月22日、2015年1月21日)が1966年にリー・ドーシーのために書いた、「ゲット・アウト・オブ・マイ・ライフ、ウーマン」。ブルース・コード発展曲なので、この表題もしっくり来ますね。▶ハイ・サウンド発のソウル・スタンダード「アイ・キャント・スタンド・ザ・レイン」。もともとは1973年にアン・ピープルズがヒットさせ、この前来日したグラハム・セントラル・ステイション(2009年9月29日、2010年9月9日、2012年11月24日、2014年5月4日、2014年5月5日、2015年11月11日)も披露していた(彼らも、1975年作でヘヴィ・ファンク化し取り上げている)。共作者のドン・ブライアントはお元気なのかなあ。▶やはり、ハイ派生のソウル・スタンダード「テイク・ミー・トゥ・ザ ・リヴァー」。1974年アル・グリーン作であるこの曲はフォガット(昔、英国人にフォグハットと読むと言われたことがあるが)、故リヴォン・ヘルム、ブライアン・フェリー(2010年7月31日)、トーキング・ヘッズ(2009年1月27日。2013年5月21日)他、ロック・ミュージシャンからもいろいろ取り上げられている名曲ですね。▶ムーアがいつも歌っている、故ビリー・プレストンの1974年曲「ユー・アー・ソー・ビューティフル」。しかし、曲調もばっちりのこのパートナー讃歌曲はすごい。故マイルス・デイヴィスはずばり「ビリー・プレストン」という曲を1972年に録音している。
3分の2を過ぎたあたりで、トータス松本が出て来て、その後はずっとムーアと絡む。彼が出てきてまず嬉しそうに歌ったのは、故ボビー・ウォマック(2013年5月12日)がいたザ・ヴァレンチノズが1962年にヒットさせた「アイム・ルッキン・フォー・ア・ラヴ」(プロデゥーサーは故サム・クック)。これは、J.ガイルス・バンド(2013年11月22日、参照)のライヴ・ヴァージョンでばくは何より親しんだ曲なんだよなあ。
最後(だったかな?)はスライ&ザ・ファミリー・ストーン(2008年8月31日、2008年9月2日、2010年1月20日、2015年5月18日)の1968年曲「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」。うーむ、ザ・ファミリー・ストーンのシンシア・ロビンソンも今年の11月23日に亡くなっってしまった。この曲ではオリジナルの構成を咀嚼し、ドラム、ギター、ベース、オルガンのソロを回す。ギターは故アイザック・ヘイズ(2007年7月18日)の1971年映画曲「テーマ・フロム・シャフト」の印象的なイントロをそこで弾く。ヘイズはスタックスのソング・ライター/プロデヴューサーもしていて、サム&デイヴも世話になっている。それら各曲はソウルの積み重ねを俯瞰するような感じで適切にリアレンジもなされ、サム&デイヴと同時期のスタックス/アトランティック同僚のエディ・フロイド(2007年7月18日、2012年5月11日)の1967年ヒット曲「ノック・オン・ウッド」なども巧みにインサートされたりもした。
とかなんとか、絶対的なソウル・マンのもと、R&Bの“正”の積み重ねがこれでもかと開かれる。ワクワク、そして満たされまくる。ああ、”ソウル図鑑”。それにしても、上記の原稿でかなり物故者の名前が出てしまい、変わらなくていい成熟のソウル表現に触れるのは今のうちかもしれないとも思え、少ししんみり。滅茶楽しく、高揚させつつも、いろいろと考えを巡らせもするショウでした。
▶過去の、サム・ムーア
http://43142.diarynote.jp/200611190319380000/
http://43142.diarynote.jp/201012160928249431/
http://43142.diarynote.jp/201107310730365740/
http://43142.diarynote.jp/200809011923060000/
▶過去の、アラン・トゥーサン
http://43142.diarynote.jp/200606071933120000/
http://43142.diarynote.jp/200606071936190000/
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http://43142.diarynote.jp/200906051614524790/
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http://43142.diarynote.jp/201210201217291727/
http://43142.diarynote.jp/201310241000242214/
http://43142.diarynote.jp/201501220923108418/
▶過去の、ラリー・グラハム
http://43142.diarynote.jp/200910021138591223/
http://43142.diarynote.jp/201009171755535759/
http://43142.diarynote.jp/201211261639115632/
http://43142.diarynote.jp/201405071010101908/
http://43142.diarynote.jp/201405071013173150/
http://43142.diarynote.jp/201511120722274234/
▶過去の、ロキシー・ミュージック/ブライアン・フェリー
http://43142.diarynote.jp/201008251413325933/
▶過去の、デイヴィッド・バーンやトム・トム・トム√・クラブ/トーキング・ヘッズ関連者
http://43142.diarynote.jp/200901281359552953/
http://43142.diarynote.jp/201305260927026044/
▶過去の、ボビー・ウォマック
http://43142.diarynote.jp/201305141107016872/
▶過去の、J.カイルズ・バンド/マジック・ディック
http://43142.diarynote.jp/?day=20131122
▶過去の、スライ・ストーン
http://43142.diarynote.jp/200809011923060000/
http://43142.diarynote.jp/200809071428140000/
http://43142.diarynote.jp/201001211346277187/
http://43142.diarynote.jp/201505201630381899/
▶過去の、アイザック・ヘイズ
http://43142.diarynote.jp/200707232251010000/
▶過去の、エディ・フロイド
http://43142.diarynote.jp/200707232251010000/
http://43142.diarynote.jp/201205131715485366/
<今日の、クリスマス・キャロル>
まず、ポーランド広報センター主催の<ポーランド風忘年会>というのに、顔をだす。目黒・ポーランド共和国大使館のホール。ポーランドではクリスマス・イヴから2月2日の聖しょく〜漢字は火ヘンに蜀〜祭までの2月2日までの間に、コレンドヴァニェというキリスト教に根ざしたパーティが教会や家庭や職場や仲間内でもたれるという。そのコレンドヴァニェでは、キリスト生誕を祝うコレンダと呼ばれるクリスマス聖歌を皆で歌うらしい。そして、招待者にコレンダに触れてもらいつつ、ささやかな労いの師走の宴を、とうのがこの催しの主旨のよう。
ポーランド国立シロンスク歌舞団のテノール歌手のビュートル・ニキエルが出ていて、歌う。まだ30ちょいほどと見受けられるイケ面の彼は民俗衣装のようなものを身につけ、見事に朗々とした喉を披露する。もちそんアンプラグドで、ピアノ伴奏はポーランドで10年強学んだり教鞭を取ったりしたという栗原美帆が務める。クラシック流れの、清らかな(どこか牧歌的な部分もあるかもしれない)短い歌曲というのが、2人によって送り出されたコレンダの印象。確かに彼の地の文化に触れたという思いと、ポーランドのクラシック教育の高さの片鱗を感じたか。クラシックの分野では、日本居住のポーランド人音楽家もいるという。
サーヴされた食べ物のなかには、ポーランドの煮込み料理もあり。ビゴスというやつなのかな? なお、来年1月14日から、ポーランド航空が成田に乗り入れ、ワルシャワとの直行便が実現するそう。今なら往復7万円でチケットが購入できると、小耳に挟みました。
タル・ウィルケンフェルド。ジョジョ・メイヤー“ナーヴ”
2015年12月3日 音楽 豪州出身在米ベーシストのタル・ウィルケンド(2009年2月6日)のショウを、まず六本木・ビルボードライブ東京で見る。
ジェフ・ベック(2009年2月6日)に大々的に起用されたのを皮切りに、ウェイン・クランツ(2010年2月19日)、トッド・ラングレン(2001年11月9日、2002年9月19日、2002年9月28日、2008年4月7日、2010年10月10日)、ジャクソン・ブラウン(2003年5月2日)、ライアン・アダムス(2015年8月11日)、ハービー・ハンコック(2000年3月14日、2001年12月27日、2003年8月23日、2005年8月21日、2012年3月3日、2014年9月7日、2015年9月6日)、メイシー・グレイ(2003年7月28日、2011年2月22日、2011年12月13日、2012年1月4日、2012年10月17日 、2013年7月22日)など、いろんな人たちからレコーディングに呼ばれた可憐&技巧派ベーシスト。ちょうどハタチだった2007年にはリーダー作『ランスフォーメイション』をリリース。そこにはウェイン・クランツ(2010年2月19日)、ジェフリー・キーザー(2005年1月18日、2006年9月17日、2015年7月9日)、キース・カーロック(2010年2月19日)、シーマス・ブレイク(2015年8月5日)といったジャズ側にいる錚々たる奏者が参加した、インストのストレートアヘッドなフュージョン盤だった。
そんな彼女は2作目となるリーダー作の録音を終えていて、シンガー・ソングライターとしての姿を求めた来年発売のアルバムに今回のショウが準ずる内容となるのは事前情報として知っていた。そしたら、自ら”ワールド・プレミア”と言うショウはすべてヴォーカル曲によるもので驚く。ギター、キーボード/ギター、ドラマーがサポート、彼らはロック側にいる人たちだろうが、腕が立つ奏者だった。
達者にベースを弾きながら歌うだけでく、3曲ではアコースティック・ギターを手に歌う。1曲はオープン・チューニングで、ギターをライヴで弾くのも初めてとか。とはいえ、ウィルケンフェルドはミドルティーンでベースを取る前はギターを弾いていた。彼女は5弦ベースにカポタストを付けて、アルペジオ風に弾きながら歌うということもし、それは途中までは独奏にて披露された。
で、問題はその曲調。ジェフ・バックリーが大好きで彼の曲のカヴァーもやったのだが、ちょい変なコード使いのもと、とってもいろんな含みを持つ、内省的という指摘もできるだろう、かなり大人な手触りを持つ自作曲を開いて行く。たとえば、スティーヴ・ウィンウッド/ブラインド・フェイスの「キャント・ファインド・ウェイ・マイ・ホーム」的な質感とも繋がるという説明はどうだろう。→つまり、ブリティッシュ的な味を彼女は持つとも、指摘できるかもしれない。歌も含みやスペースを抱えたと言えるもので、その可愛らしい風体とは言い入れない。へえ〜、こんなアダルトなロック志向の人であるのかあと、ぼくは彼女のことを再認識した。
本編最後は、“ラウンド、ラウンド、ラウンド…”とリフレインが歌われる曲で、タルはマラカス、ドラマーはパンデイロ、他の2人は生ギターを持って、歌いながら場内を回った。
▶過去の、タル・ウィルケンフェルド
http://43142.diarynote.jp/200902080200527638/
▶過去の、ジェフ・ベック
http://43142.diarynote.jp/200902080200527638/
▶過去の、ウェイン・クランツ
http://43142.diarynote.jp/201002211122268480/
▶過去の、トッド・ラングレン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/LIVE-2001-11.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm
http://43142.diarynote.jp/200804081929500000/
http://43142.diarynote.jp/201010111257003810/
▶過去の、ジャクソン・ブラウン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-5.htm 5.02
▶過去の、ライアン・アダムス
http://43142.diarynote.jp/200410071540230000/
▶過去の、ハービー・ハンコック
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-3.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-12.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-8.htm
http://43142.diarynote.jp/200508230545510000/
http://43142.diarynote.jp/201203062005542291/
http://43142.diarynote.jp/201409100930206205/
http://43142.diarynote.jp/?day=20150906
▶過去の、メイシー・グレイ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-7.htm
http://43142.diarynote.jp/201102240921561671/
http://43142.diarynote.jp/201201061434397260/
http://43142.diarynote.jp/201112201157058751/
http://43142.diarynote.jp/201210201219525855/
http://43142.diarynote.jp/201307230845338219/
▶過去の、ウェイン・クランツ
http://43142.diarynote.jp/201002211122268480/
▶過去の、ジェフリー・キーザー
http://43142.diarynote.jp/200501222324430000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20060917
http://43142.diarynote.jp/201507110856518338/
▶過去の、キース・カーロック
http://43142.diarynote.jp/201002211122268480/
▶過去の、シーマス・ブレイク
http://43142.diarynote.jp/201508091204162305/
その後は丸の内・コットンクラブで、1990年代初頭以降NYに住むスイス人ドラマーのジョジョ・メイヤー(2012年6月25日)のトリオを見る。ずっと一緒にやっているそうなベーシストのジョン・デイヴィスと、変な髪型をしたキーボード奏者のジェイコブ・バーグソンがつく。
クラブ・ミュージックの生演奏バンド、乱暴に言ってしまうなら。その際、メイヤーのデジタル人力ビートがおおいに武器になるのだが、ベーシストもすごいな。エフェクトをいろいろかけた音で、鍵盤ベースかららしいシンセ音までなんの問題もなく弾いちゃうという感じ。2人でやっても、いける? よく見ると、客席フロアの左側に小さ目のコンソールが置かれ人がいたのだが、その彼は音にエフェクトをかけるだけでなく、デパッドを用いて出音を加えていたようだ。本編が終了したとき、彼もステージに上がって他の3人とお辞儀をしていた。
出音は小さくない。ドラムン・ベース調は1曲だけ。でも、それを聞くと、ジャズ・ドラミングのテンポを上げるとドラムン・ベースになるというのも、皮膚感覚で納得できるような。それはレギュラー・グリップで叩いていたが、今回はマッチド・グリップで叩くほうが多かった。
▶過去の、ジョジョ・メイヤー
http://43142.diarynote.jp/201207031323242844/
<今日の、共通点>
二つの公演は、ともに男性客が多かった。それと、ウィルケンフェルドもメイヤーも、いい人そうだった。それにしても、ウィルケンフェルドのほうはギターが沢山おいてあった。ちゃんとギター係も同行していたが、彼女たちは一体何本のギターを持って来たのか。一方、ナーヴのほうは公演後、メイヤーのドラムの前に来て写真を撮る人が続出していました。
ジェフ・ベック(2009年2月6日)に大々的に起用されたのを皮切りに、ウェイン・クランツ(2010年2月19日)、トッド・ラングレン(2001年11月9日、2002年9月19日、2002年9月28日、2008年4月7日、2010年10月10日)、ジャクソン・ブラウン(2003年5月2日)、ライアン・アダムス(2015年8月11日)、ハービー・ハンコック(2000年3月14日、2001年12月27日、2003年8月23日、2005年8月21日、2012年3月3日、2014年9月7日、2015年9月6日)、メイシー・グレイ(2003年7月28日、2011年2月22日、2011年12月13日、2012年1月4日、2012年10月17日 、2013年7月22日)など、いろんな人たちからレコーディングに呼ばれた可憐&技巧派ベーシスト。ちょうどハタチだった2007年にはリーダー作『ランスフォーメイション』をリリース。そこにはウェイン・クランツ(2010年2月19日)、ジェフリー・キーザー(2005年1月18日、2006年9月17日、2015年7月9日)、キース・カーロック(2010年2月19日)、シーマス・ブレイク(2015年8月5日)といったジャズ側にいる錚々たる奏者が参加した、インストのストレートアヘッドなフュージョン盤だった。
そんな彼女は2作目となるリーダー作の録音を終えていて、シンガー・ソングライターとしての姿を求めた来年発売のアルバムに今回のショウが準ずる内容となるのは事前情報として知っていた。そしたら、自ら”ワールド・プレミア”と言うショウはすべてヴォーカル曲によるもので驚く。ギター、キーボード/ギター、ドラマーがサポート、彼らはロック側にいる人たちだろうが、腕が立つ奏者だった。
達者にベースを弾きながら歌うだけでく、3曲ではアコースティック・ギターを手に歌う。1曲はオープン・チューニングで、ギターをライヴで弾くのも初めてとか。とはいえ、ウィルケンフェルドはミドルティーンでベースを取る前はギターを弾いていた。彼女は5弦ベースにカポタストを付けて、アルペジオ風に弾きながら歌うということもし、それは途中までは独奏にて披露された。
で、問題はその曲調。ジェフ・バックリーが大好きで彼の曲のカヴァーもやったのだが、ちょい変なコード使いのもと、とってもいろんな含みを持つ、内省的という指摘もできるだろう、かなり大人な手触りを持つ自作曲を開いて行く。たとえば、スティーヴ・ウィンウッド/ブラインド・フェイスの「キャント・ファインド・ウェイ・マイ・ホーム」的な質感とも繋がるという説明はどうだろう。→つまり、ブリティッシュ的な味を彼女は持つとも、指摘できるかもしれない。歌も含みやスペースを抱えたと言えるもので、その可愛らしい風体とは言い入れない。へえ〜、こんなアダルトなロック志向の人であるのかあと、ぼくは彼女のことを再認識した。
本編最後は、“ラウンド、ラウンド、ラウンド…”とリフレインが歌われる曲で、タルはマラカス、ドラマーはパンデイロ、他の2人は生ギターを持って、歌いながら場内を回った。
▶過去の、タル・ウィルケンフェルド
http://43142.diarynote.jp/200902080200527638/
▶過去の、ジェフ・ベック
http://43142.diarynote.jp/200902080200527638/
▶過去の、ウェイン・クランツ
http://43142.diarynote.jp/201002211122268480/
▶過去の、トッド・ラングレン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/LIVE-2001-11.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm
http://43142.diarynote.jp/200804081929500000/
http://43142.diarynote.jp/201010111257003810/
▶過去の、ジャクソン・ブラウン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-5.htm 5.02
▶過去の、ライアン・アダムス
http://43142.diarynote.jp/200410071540230000/
▶過去の、ハービー・ハンコック
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-3.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-12.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-8.htm
http://43142.diarynote.jp/200508230545510000/
http://43142.diarynote.jp/201203062005542291/
http://43142.diarynote.jp/201409100930206205/
http://43142.diarynote.jp/?day=20150906
▶過去の、メイシー・グレイ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-7.htm
http://43142.diarynote.jp/201102240921561671/
http://43142.diarynote.jp/201201061434397260/
http://43142.diarynote.jp/201112201157058751/
http://43142.diarynote.jp/201210201219525855/
http://43142.diarynote.jp/201307230845338219/
▶過去の、ウェイン・クランツ
http://43142.diarynote.jp/201002211122268480/
▶過去の、ジェフリー・キーザー
http://43142.diarynote.jp/200501222324430000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20060917
http://43142.diarynote.jp/201507110856518338/
▶過去の、キース・カーロック
http://43142.diarynote.jp/201002211122268480/
▶過去の、シーマス・ブレイク
http://43142.diarynote.jp/201508091204162305/
その後は丸の内・コットンクラブで、1990年代初頭以降NYに住むスイス人ドラマーのジョジョ・メイヤー(2012年6月25日)のトリオを見る。ずっと一緒にやっているそうなベーシストのジョン・デイヴィスと、変な髪型をしたキーボード奏者のジェイコブ・バーグソンがつく。
クラブ・ミュージックの生演奏バンド、乱暴に言ってしまうなら。その際、メイヤーのデジタル人力ビートがおおいに武器になるのだが、ベーシストもすごいな。エフェクトをいろいろかけた音で、鍵盤ベースかららしいシンセ音までなんの問題もなく弾いちゃうという感じ。2人でやっても、いける? よく見ると、客席フロアの左側に小さ目のコンソールが置かれ人がいたのだが、その彼は音にエフェクトをかけるだけでなく、デパッドを用いて出音を加えていたようだ。本編が終了したとき、彼もステージに上がって他の3人とお辞儀をしていた。
出音は小さくない。ドラムン・ベース調は1曲だけ。でも、それを聞くと、ジャズ・ドラミングのテンポを上げるとドラムン・ベースになるというのも、皮膚感覚で納得できるような。それはレギュラー・グリップで叩いていたが、今回はマッチド・グリップで叩くほうが多かった。
▶過去の、ジョジョ・メイヤー
http://43142.diarynote.jp/201207031323242844/
<今日の、共通点>
二つの公演は、ともに男性客が多かった。それと、ウィルケンフェルドもメイヤーも、いい人そうだった。それにしても、ウィルケンフェルドのほうはギターが沢山おいてあった。ちゃんとギター係も同行していたが、彼女たちは一体何本のギターを持って来たのか。一方、ナーヴのほうは公演後、メイヤーのドラムの前に来て写真を撮る人が続出していました。
カリフェ・シューマッハ・トリスターノ
2015年12月4日 音楽 ルクセングルク人2人とレバノン人によるトリオを、青山・カイで見る。クラシックの世界でエスタブリッシュされつつテクノ方面にも出張るピアニストのフランチェスコ・トリスターノ・シュリメとヴァイブラフォン奏者のパスカル・シューマッハ(2014年3月11日)は学生時代からの付き合いで、そこに打楽器奏者のバシャール・カリフェが関わるという成り立ちのユニット。3、4年前ほどから、3人はいろいろとライヴ・パフォーマンスを欧州で持っているようだ。
多くの曲は、トリスターノがリフ/反復音を延々と奏で、それに合わせるように2人が入る。ジャズ的なソロは、トリスターノに重ねるように反復的マレット裁きを繰り出すシューマッハが担い、トリスターノはほとんど取らない。だが、それでもシャープな変化〜動的感覚を、彼は持つ。シューマッハはヴァイブラフォンのほかにも木琴系の鍵盤打楽器(シロ・シンセかもしれぬ。ぼくのところからは楽器が見えなかった)を横において、それも叩いたりしていた。やはり、前に見たジェフ・ニーヴとのデュオとは感じも物腰もそれなりに違うな。
ミニマル系ビート曲以外には、主にトリスターノがソロをとった甘美なゆったり曲とレゲエ調ビートを下敷きにするミディアムも披露。後打ち曲ではトリスターノは電波系シンセ音も出す。また、この曲ではほのかなダブ効果も噛まされる。彼は左横にもキーボードを置いていて、全体の7割強ほどではそれを左手で弾いてベース音を出Sしていた。なんにしても、クラシック調の指さばきはできるだけ出さない方向で彼は演奏していたのではと、クラシックをあまり知らないぼくには思えた。
▶過去の、パスカル・シューマッハ
http://43142.diarynote.jp/201403131302543532/
<今日の、格好と汗>
黒系のシャツとジーンズ。3人とも、とてもカジュアルな格好をしていたな。トリスターノは汗を大量にかいてTシャツの色が変わっていた。それにしても、トリスターノと、ポンと書くと少し胸騒ぎを覚えてしまう。それは胸のすく不可解な領域を山ほど持つ、ジャズのクール派の代表ピアニストの米国人レニー・トリスターノ(1919年〜78年)のことを無意識に思い出すからだろう。なお、トリスターノのHPを見ると、彼のお気に入りだろう人たちを集めた70 分強のトラック群がポッドキャスィングされていて、そこには12世紀のトラッド、ケニー・ラーキン、ルーク・ヴァイバート、カール・クレイグ、ジョン・ケイジ、フィリップ・グラス、バッハなどいろんな曲が選ばれ、ミックステープ的に連ねられている。
多くの曲は、トリスターノがリフ/反復音を延々と奏で、それに合わせるように2人が入る。ジャズ的なソロは、トリスターノに重ねるように反復的マレット裁きを繰り出すシューマッハが担い、トリスターノはほとんど取らない。だが、それでもシャープな変化〜動的感覚を、彼は持つ。シューマッハはヴァイブラフォンのほかにも木琴系の鍵盤打楽器(シロ・シンセかもしれぬ。ぼくのところからは楽器が見えなかった)を横において、それも叩いたりしていた。やはり、前に見たジェフ・ニーヴとのデュオとは感じも物腰もそれなりに違うな。
ミニマル系ビート曲以外には、主にトリスターノがソロをとった甘美なゆったり曲とレゲエ調ビートを下敷きにするミディアムも披露。後打ち曲ではトリスターノは電波系シンセ音も出す。また、この曲ではほのかなダブ効果も噛まされる。彼は左横にもキーボードを置いていて、全体の7割強ほどではそれを左手で弾いてベース音を出Sしていた。なんにしても、クラシック調の指さばきはできるだけ出さない方向で彼は演奏していたのではと、クラシックをあまり知らないぼくには思えた。
▶過去の、パスカル・シューマッハ
http://43142.diarynote.jp/201403131302543532/
<今日の、格好と汗>
黒系のシャツとジーンズ。3人とも、とてもカジュアルな格好をしていたな。トリスターノは汗を大量にかいてTシャツの色が変わっていた。それにしても、トリスターノと、ポンと書くと少し胸騒ぎを覚えてしまう。それは胸のすく不可解な領域を山ほど持つ、ジャズのクール派の代表ピアニストの米国人レニー・トリスターノ(1919年〜78年)のことを無意識に思い出すからだろう。なお、トリスターノのHPを見ると、彼のお気に入りだろう人たちを集めた70 分強のトラック群がポッドキャスィングされていて、そこには12世紀のトラッド、ケニー・ラーキン、ルーク・ヴァイバート、カール・クレイグ、ジョン・ケイジ、フィリップ・グラス、バッハなどいろんな曲が選ばれ、ミックステープ的に連ねられている。
ケルティック・クリスマス。ティト・ジャクソン。ロスキウス
2015年12月5日 音楽 あぁ12月かあと思わせる毎年恒例のケルティティック・クリスマスは例年通り、錦糸町のすみだトリフォニーホールにて。同ホールのバーではギネス缶も500円でサーヴ。少しお得感があるかもしれない。
まず、 “アイリッシュ・ミュージック・ミーツ・ブルーグラス”てな音楽性を持つ、アイルランドの4人組(バンジョー2〜うち一人はマンドリンも〜、フィドル、ギターという編成)のウィ・バンジョー3が登場。みんな愛想よく、いろいろな日本語MCを何も見ずに繰り出す。とても(初)来日を光栄に思うとともに、日本人観客に働きかけたいという思いが伝わる。しかし、ホントに良くあれだけ覚えたなー。特に、一番ユーモラスな風情のフィドル奏者はイントネーションが日本のそれに準ずる。彼以外は、けっこう皆イケメン。で、精気と親しみやすさを兼ね備えたパフォーマンスにつられ、多くの観客はすぐに立ち上がる。いいグループじゃないか。彼らの『ギャザー・ザ・グッド』はラティーナ誌の年間ベスト10 に挙げたのだが、そうして良かったナとも思えた。
切れ目なしに、今はアイルランドの6人組のダーヴィッシュ(2002年12月8日、2004年6月8日、2008年12月13日)がパフォーマンスをする。こちらも、ダンス・ナンバーは鼓舞力抜群で、客はすぐに立つ。かと思えば、紅一点のキャシー・ジョーダンがアカペラで澄んだ歌を聞かせるなど、起伏もあり。彼女、昔インタヴューしたときに、結構ジャズ好きと言っていたことがあったっけか?
休憩を挟んで、しかし、ジョンとネイサンのピラツキ兄弟(2011年12月3日、2012年11月22日)の2人が出てくる。カナダのアイリッシュ・ダンス名人チーム。実はウィ・バンジョー3も2兄弟からなるという。ピラツキ・ブラザースはウィ・バンジー3とダーヴィッシュのパフォーマンスにも少し出てきて、華をそえましたね。2人だけによるこちらは椅子など小道具として使い、見せる。ジョンはフィドルも達者に弾いて客に訴求するわけだが、終始サングラスをしている彼は格好いい〜。往年のピーター・ウルフ(ex.J.ガイルス・バンド。ぼくが敬礼する最たるロック・シンガーであります)みたい。わーい。そして、そのままアイルランドを代表する新伝承派バンドであるアルタン(2000年5月21日、2002年9月1日、2004年12月17日、2005年3月21日、2009年12月6日、2009年12月12日)の実演に移る。堂々、滑らかにして、溌剌。その途中で、取材絡みで見なくてはならない公演が控えているので、会場を後にする。この催し恒例の、出演者全員が一緒にやる大団円も楽しかったんだろうなー。
▶過去の、ダーヴィッシュ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-12.htm
http://43142.diarynote.jp/200406201212300000/
http://43142.diarynote.jp/200812281439148118/
▶ピラツキ兄弟。
http://43142.diarynote.jp/201112091411311547/
http://43142.diarynote.jp/201211241109408189/
▶過去の、アルタン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-5.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm
http://43142.diarynote.jp/200412212105020000/
http://43142.diarynote.jp/200503240456350000/
http://43142.diarynote.jp/200912091113106654/
http://43142.diarynote.jp/201001051620426983/
次は、南青山・ブルーノート東京で、ティト“ザ・ブルース・マン”ジャクソン(2010年7月15日)のショウを見る。ザ・ジャクソンズ(2011年12月13日、2012年12月7日)のツアーもけっこうやっているジャクソン家次男の彼だが、今回日本にはソロの名義でやってきた。
ジャクソンが大好きなブルース曲とジャクソン5/ザ・ジャクソンズ曲が混在する形でショウは持たれる。女性比率の高い観客にそれら両方の曲がウケている様に触れ、なんかとっても不思議な心持ちを覚えた。女性ヴォーカル隊を連れてきたときの公演と異なり、実直さが前面を覆うジャクソンのリード・ヴォーカル比率は高まる。例によって、ソロはブルース・スケールに準ずるものだが、弾き倒さずコンパクトにまとめるあたりも、性格が出ているか。ポップで派手目な曲で高音気味の声でリード・ヴォーカルを取ったラリー・ボールデンは名古屋在住の御仁とか。彼が入ったほうがショウの広がりが出ると思う。
トミー・オーガンというサイド・ギタリストにもブルース曲で一部ソロを取らせたが、それがフラッシィで滅茶上手く、訴求力に富む演奏で驚く。彼、ジャネット・ジャクソンの“リズム・ネイション・ツアー”に参加したことがあるとともに、MJの映画「THIS IS IT」(2009年10月30日)でもオリアンティ(2013年5月13日)とともにギターを弾いている(彼の証言もある)。やはりギタリストは良いギタリストを雇いたくなる? ジョン・スコフィールドは反省するよーに。http://43142.diarynote.jp/201505271549266046/ の項、参照のこと……。
▶過去の、ティト・ジャクソン
http://43142.diarynote.jp/201007161048008489/
▶過去の、ティト・ジャクソン
http://43142.diarynote.jp/201007161048008489/
▶過去の、ザ・ジャクソンズ
http://43142.diarynote.jp/201112201157058751/
http://43142.diarynote.jp/201212111331075592/
▶過去の、映画「THIS IS IT」
http://43142.diarynote.jp/200911010930562162/
▶過去の、オリアンティ
http://43142.diarynote.jp/201305141229507449/
その後は一息おいて、表参道駅すぐそばのArc Tokyoに行く。こんなところに、こんなクラブがあったのか。外国人客の比率高し。夜半に、在英のフランス人DJのロスキウスが出演。彼は自ら、<ワールド・ミニマル・ディスコ>と名乗り、自己パフォーマンス関与度の高いことをやるということだったが、なるほど……。
基本は、リズムのトラックを流し、そこにサンプリング音や鍵盤や笛や鳴り物や詠唱などをのせ、それらはサンプリング反復使用もなされる。実はけっこうワールド・ミュージック度が高いかもと期待したのだが、それはそれほどでもなかった。でもキブンというか、自由に流れて行く感じはあって、その開放性もあってか、快楽/エンターテインメント度数をいい感じで持っていると感じる。けっこう、身体を揺らしながら、楽しんじゃった。
間をおいて、この後に昨日見たフランチェスコ・トリスターノ(2015年12月4日)のソロ・パフォーマンスがあったはずだが、じじいは無理をせず。ピアノはなかったので、電気キーボードを乱暴に弾く実演となったはず。
<翌日の、ティト>
ブルース話を聞くために、翌日ティト・ジャクソンに取材する。そしたら、ホントに大好きで笑っちゃった。円満な人、だったな。彼は昨日レスポールを使用し、取材中も座るソファーの横に置いていたが、実はそれ日本の前に公演をやっていたカナダで買ったものとか。B.B.(2007年2月3日)の「ロック・ミー・ベイビー」の話になったときは、うれしそうにそれを手に取り弾いてくれました。ともあれ、ザ・ジャクソン5やザ・ジャクソンズの話を聞かない、そんなインタヴュー(もちろん、流れでそちらのほうやMJに話が飛ぶことはあったが)はブルース&ソウル・レコーズ(bsr)誌用のもの也。
▶過去の、B.B.キング
http://43142.diarynote.jp/200702112125550000/
まず、 “アイリッシュ・ミュージック・ミーツ・ブルーグラス”てな音楽性を持つ、アイルランドの4人組(バンジョー2〜うち一人はマンドリンも〜、フィドル、ギターという編成)のウィ・バンジョー3が登場。みんな愛想よく、いろいろな日本語MCを何も見ずに繰り出す。とても(初)来日を光栄に思うとともに、日本人観客に働きかけたいという思いが伝わる。しかし、ホントに良くあれだけ覚えたなー。特に、一番ユーモラスな風情のフィドル奏者はイントネーションが日本のそれに準ずる。彼以外は、けっこう皆イケメン。で、精気と親しみやすさを兼ね備えたパフォーマンスにつられ、多くの観客はすぐに立ち上がる。いいグループじゃないか。彼らの『ギャザー・ザ・グッド』はラティーナ誌の年間ベスト10 に挙げたのだが、そうして良かったナとも思えた。
切れ目なしに、今はアイルランドの6人組のダーヴィッシュ(2002年12月8日、2004年6月8日、2008年12月13日)がパフォーマンスをする。こちらも、ダンス・ナンバーは鼓舞力抜群で、客はすぐに立つ。かと思えば、紅一点のキャシー・ジョーダンがアカペラで澄んだ歌を聞かせるなど、起伏もあり。彼女、昔インタヴューしたときに、結構ジャズ好きと言っていたことがあったっけか?
休憩を挟んで、しかし、ジョンとネイサンのピラツキ兄弟(2011年12月3日、2012年11月22日)の2人が出てくる。カナダのアイリッシュ・ダンス名人チーム。実はウィ・バンジョー3も2兄弟からなるという。ピラツキ・ブラザースはウィ・バンジー3とダーヴィッシュのパフォーマンスにも少し出てきて、華をそえましたね。2人だけによるこちらは椅子など小道具として使い、見せる。ジョンはフィドルも達者に弾いて客に訴求するわけだが、終始サングラスをしている彼は格好いい〜。往年のピーター・ウルフ(ex.J.ガイルス・バンド。ぼくが敬礼する最たるロック・シンガーであります)みたい。わーい。そして、そのままアイルランドを代表する新伝承派バンドであるアルタン(2000年5月21日、2002年9月1日、2004年12月17日、2005年3月21日、2009年12月6日、2009年12月12日)の実演に移る。堂々、滑らかにして、溌剌。その途中で、取材絡みで見なくてはならない公演が控えているので、会場を後にする。この催し恒例の、出演者全員が一緒にやる大団円も楽しかったんだろうなー。
▶過去の、ダーヴィッシュ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-12.htm
http://43142.diarynote.jp/200406201212300000/
http://43142.diarynote.jp/200812281439148118/
▶ピラツキ兄弟。
http://43142.diarynote.jp/201112091411311547/
http://43142.diarynote.jp/201211241109408189/
▶過去の、アルタン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-5.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm
http://43142.diarynote.jp/200412212105020000/
http://43142.diarynote.jp/200503240456350000/
http://43142.diarynote.jp/200912091113106654/
http://43142.diarynote.jp/201001051620426983/
次は、南青山・ブルーノート東京で、ティト“ザ・ブルース・マン”ジャクソン(2010年7月15日)のショウを見る。ザ・ジャクソンズ(2011年12月13日、2012年12月7日)のツアーもけっこうやっているジャクソン家次男の彼だが、今回日本にはソロの名義でやってきた。
ジャクソンが大好きなブルース曲とジャクソン5/ザ・ジャクソンズ曲が混在する形でショウは持たれる。女性比率の高い観客にそれら両方の曲がウケている様に触れ、なんかとっても不思議な心持ちを覚えた。女性ヴォーカル隊を連れてきたときの公演と異なり、実直さが前面を覆うジャクソンのリード・ヴォーカル比率は高まる。例によって、ソロはブルース・スケールに準ずるものだが、弾き倒さずコンパクトにまとめるあたりも、性格が出ているか。ポップで派手目な曲で高音気味の声でリード・ヴォーカルを取ったラリー・ボールデンは名古屋在住の御仁とか。彼が入ったほうがショウの広がりが出ると思う。
トミー・オーガンというサイド・ギタリストにもブルース曲で一部ソロを取らせたが、それがフラッシィで滅茶上手く、訴求力に富む演奏で驚く。彼、ジャネット・ジャクソンの“リズム・ネイション・ツアー”に参加したことがあるとともに、MJの映画「THIS IS IT」(2009年10月30日)でもオリアンティ(2013年5月13日)とともにギターを弾いている(彼の証言もある)。やはりギタリストは良いギタリストを雇いたくなる? ジョン・スコフィールドは反省するよーに。http://43142.diarynote.jp/201505271549266046/ の項、参照のこと……。
▶過去の、ティト・ジャクソン
http://43142.diarynote.jp/201007161048008489/
▶過去の、ティト・ジャクソン
http://43142.diarynote.jp/201007161048008489/
▶過去の、ザ・ジャクソンズ
http://43142.diarynote.jp/201112201157058751/
http://43142.diarynote.jp/201212111331075592/
▶過去の、映画「THIS IS IT」
http://43142.diarynote.jp/200911010930562162/
▶過去の、オリアンティ
http://43142.diarynote.jp/201305141229507449/
その後は一息おいて、表参道駅すぐそばのArc Tokyoに行く。こんなところに、こんなクラブがあったのか。外国人客の比率高し。夜半に、在英のフランス人DJのロスキウスが出演。彼は自ら、<ワールド・ミニマル・ディスコ>と名乗り、自己パフォーマンス関与度の高いことをやるということだったが、なるほど……。
基本は、リズムのトラックを流し、そこにサンプリング音や鍵盤や笛や鳴り物や詠唱などをのせ、それらはサンプリング反復使用もなされる。実はけっこうワールド・ミュージック度が高いかもと期待したのだが、それはそれほどでもなかった。でもキブンというか、自由に流れて行く感じはあって、その開放性もあってか、快楽/エンターテインメント度数をいい感じで持っていると感じる。けっこう、身体を揺らしながら、楽しんじゃった。
間をおいて、この後に昨日見たフランチェスコ・トリスターノ(2015年12月4日)のソロ・パフォーマンスがあったはずだが、じじいは無理をせず。ピアノはなかったので、電気キーボードを乱暴に弾く実演となったはず。
<翌日の、ティト>
ブルース話を聞くために、翌日ティト・ジャクソンに取材する。そしたら、ホントに大好きで笑っちゃった。円満な人、だったな。彼は昨日レスポールを使用し、取材中も座るソファーの横に置いていたが、実はそれ日本の前に公演をやっていたカナダで買ったものとか。B.B.(2007年2月3日)の「ロック・ミー・ベイビー」の話になったときは、うれしそうにそれを手に取り弾いてくれました。ともあれ、ザ・ジャクソン5やザ・ジャクソンズの話を聞かない、そんなインタヴュー(もちろん、流れでそちらのほうやMJに話が飛ぶことはあったが)はブルース&ソウル・レコーズ(bsr)誌用のもの也。
▶過去の、B.B.キング
http://43142.diarynote.jp/200702112125550000/
ウィ・バンジョー・スリー+上妻宏光
2015年12月10日 音楽 三鷹公会堂で、アイルランドの4人組に津軽三味線奏者が加わる出し物を見る。
一部は、ウィ・バンジョー・スリー(2015年12月5日)のみの出演。今、ツアー先で即売CDがばんばん売れて、本国から急遽物販用CD を送ってもらったということだが、<伝統を受けた確かな技>と<まっとうな音楽哲学>と<イケてるエンターテインメント性>と<ナイスなキャラクター>を併せ持つ彼らのパフォーマンスに触れると、それもさもあえりなん。そうしたいろいろな魅力の重なりは門外漢にも多大な取っ付きやすさや高揚を与えると思う。ヴォーカル曲で彼らは全員でコーラスをするが、リード・ヴォーカルは一番若いギター君が通る声で取っていた。彼は独身なようで、「日本人の奥さんをさがしています」みたいなMCもあり。好漢度100パーセント、今回の初来日ツアー大好評を受け、彼らはこれから何度も来日するようになるのではないか。
2部は海外公演も多い津軽三味線マスターの上妻宏光(2002 年5月13日、2004年2月3日)のソロからスタート。1973年生まれということなので40代になっているはずだが、若く見えるな。その後は、5人で重なり、アイルランド 勢からは「ボクたちはウィー・バンジョー・フォーです」というMCもなされる。双方のトラッドをやるなか、ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」派生のリチャード・ロジャース作のスタンダード「マイ・フェヴァリット・シングス」も合奏。それ、上妻のレパートリーなのかな。ともあれ、弦楽器は友達なり。リハのとき、ウィ・バンジョー・スリーはさぞや三味線に興味を持ったに違いない。
▶過去の、ウィ・バーンジョー・スリー
http://43142.diarynote.jp/201512091352434769/
▶過去の、上妻宏光
http://43142.diarynote.jp/200402051853580000/
<今日の、おっちょこちょい>
会場案内のHPに駅から1.2キロで徒歩15分と記載されており、道も太い道を一直線であったので、三鷹駅から歩く。ちょい余裕を持って駅についたしね。でも、でも。んん? あれれ。歩いても歩いても会場に着かない。思わず、途中の大きなスーパーの前にいた警備員のおじさんに、この道でいいのかと尋ねてしまった。結局、30分強歩いたな。なんだよ〜、公的施設のくせに悪徳不動産屋もびっくりの虚偽表記しやがって。後からもう一度、HPを引いたら、それは三鷹芸術文化センターのもの(ちょい紛らわしい案内の表記の仕方がなされてはいまいか?)で、公会堂のほうは徒歩は無理と判断しているのかバスによる行き方しか記載されていなかった。そんな距離を歩いてしまった自分がなんか誇らしく思えた(かな?)。
一部は、ウィ・バンジョー・スリー(2015年12月5日)のみの出演。今、ツアー先で即売CDがばんばん売れて、本国から急遽物販用CD を送ってもらったということだが、<伝統を受けた確かな技>と<まっとうな音楽哲学>と<イケてるエンターテインメント性>と<ナイスなキャラクター>を併せ持つ彼らのパフォーマンスに触れると、それもさもあえりなん。そうしたいろいろな魅力の重なりは門外漢にも多大な取っ付きやすさや高揚を与えると思う。ヴォーカル曲で彼らは全員でコーラスをするが、リード・ヴォーカルは一番若いギター君が通る声で取っていた。彼は独身なようで、「日本人の奥さんをさがしています」みたいなMCもあり。好漢度100パーセント、今回の初来日ツアー大好評を受け、彼らはこれから何度も来日するようになるのではないか。
2部は海外公演も多い津軽三味線マスターの上妻宏光(2002 年5月13日、2004年2月3日)のソロからスタート。1973年生まれということなので40代になっているはずだが、若く見えるな。その後は、5人で重なり、アイルランド 勢からは「ボクたちはウィー・バンジョー・フォーです」というMCもなされる。双方のトラッドをやるなか、ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」派生のリチャード・ロジャース作のスタンダード「マイ・フェヴァリット・シングス」も合奏。それ、上妻のレパートリーなのかな。ともあれ、弦楽器は友達なり。リハのとき、ウィ・バンジョー・スリーはさぞや三味線に興味を持ったに違いない。
▶過去の、ウィ・バーンジョー・スリー
http://43142.diarynote.jp/201512091352434769/
▶過去の、上妻宏光
http://43142.diarynote.jp/200402051853580000/
<今日の、おっちょこちょい>
会場案内のHPに駅から1.2キロで徒歩15分と記載されており、道も太い道を一直線であったので、三鷹駅から歩く。ちょい余裕を持って駅についたしね。でも、でも。んん? あれれ。歩いても歩いても会場に着かない。思わず、途中の大きなスーパーの前にいた警備員のおじさんに、この道でいいのかと尋ねてしまった。結局、30分強歩いたな。なんだよ〜、公的施設のくせに悪徳不動産屋もびっくりの虚偽表記しやがって。後からもう一度、HPを引いたら、それは三鷹芸術文化センターのもの(ちょい紛らわしい案内の表記の仕方がなされてはいまいか?)で、公会堂のほうは徒歩は無理と判断しているのかバスによる行き方しか記載されていなかった。そんな距離を歩いてしまった自分がなんか誇らしく思えた(かな?)。
渡辺貞夫+ジャキス・モレレンバウム
2015年12月12日 音楽 渡辺貞夫(2002年12月14日、2003年5月6日、2004年12月17日、2005年12月18日、2006年8月8日、2006年9月3日、2006年10月4日、2007年12月16日、2008年12月14日、2009年7月22日、2009年9月3日、2011年7月4日、2012年6月29日、2012年12月15日、2013年4月1日、2013年7月27日、2013年9月29日、2014年7月8日、2014年10月5日、2014年12月14日)の2015年作『ナチュラリー』はリオ録音作で、ジャキス・モレレンバウム(2005年5月23日、2005年7月24日、2008年8月22日、2014年8月3日)のプロデュース。この渋谷・オーチャードホール公演は、その新作レコーディングの演奏者をまんま呼んでのものとか。
軽快、闊達なブラジリアン・ジャズの夕べ。アルト一本に専念する御大に加え、ピアノのアタマール・アシェリ、ガット・ギターのルーラ・ガルヴァオン、コントラバスのアルベルト・コンチネンチーノ、ドラムのパウラ・ブラガ、パーカッションのシヂーニョ・モレイラ、そして、チェロのジャキス・モレレンバウム(2005年5月23日、2005年7月24日、2008年8月22日、2014年8月3日)という面々が飄々と演奏。なるほどと思ったのは、各曲が短めであること。米国人を呼んだときのように長いソロ回しをしないし、渡辺貞夫自身のソロも短めに披露される。それで明解に浮き上がるのは、彼が本当に歌うようにアルトを吹いているということ。新鮮だったし、いいディレクションではなかったか。
2部には、押鐘貴之ストリングス(8ヴァイオリン、2ヴィオラ、2チェロという、12人の編成)が加わり、モレレンバウムはそれを指揮したりもする。けっこう、瀟洒に弦音が重ねられていたのではないか。なんか貞夫さん、ウィズ・ストリングス作を録らないかなあなどとも、ぼくは頭のどこかで感じた。
▶過去の、渡辺貞夫
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-12.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-5.htm
http://43142.diarynote.jp/20041221210502000
http://43142.diarynote.jp/200512231955480000/
http://43142.diarynote.jp/200608091255180000/
http://43142.diarynote.jp/200609070211000000/
http://43142.diarynote.jp/200610080946310000/
http://43142.diarynote.jp/200712171350530000/
http://43142.diarynote.jp/200812281440093394/
http://43142.diarynote.jp/200907310048137248/
http://43142.diarynote.jp/200909120646397236/
http://43142.diarynote.jp/201107111008176019/
http://43142.diarynote.jp/201207031353196616/
http://43142.diarynote.jp/201212171647134119/
http://43142.diarynote.jp/201304031026406106/
http://43142.diarynote.jp/201307291053021427/
http://43142.diarynote.jp/201310050701201281/
http://43142.diarynote.jp/201407091243129270/
http://43142.diarynote.jp/201410061850124929/
http://43142.diarynote.jp/201412281017371613/
▶過去の、モレレンバウム
http://43142.diarynote.jp/200506021846130000/
http://43142.diarynote.jp/200507281000160000/
http://43142.diarynote.jp/200808221741070000/
http://43142.diarynote.jp/201403131302032810/
<今日の、しょぼん>
この前の、ケルティック・クリマスのときも思ったが、今年はそれほど寒くないんだな。毎年恒例の音楽催事に行くと、そういうことは敏感に感じることができる。そうだ、渡辺貞夫の昨年末のオーチャード・ホール公演のときは雪がちらついていたもの。暖冬であるという報道も流れているが、スキーの類を一切しなくなったぼくは、そうあってほしいな。ところで、トランク・ルームにしまった厚手のオーヴァー・コートが、見つからない。毎年、着るようになるのは年があけて、寒くなってからだが。この冬はあたたかくて、そのコートを着る必要がないのだと思うことにしよう。……嘘。見つけなきゃ。
軽快、闊達なブラジリアン・ジャズの夕べ。アルト一本に専念する御大に加え、ピアノのアタマール・アシェリ、ガット・ギターのルーラ・ガルヴァオン、コントラバスのアルベルト・コンチネンチーノ、ドラムのパウラ・ブラガ、パーカッションのシヂーニョ・モレイラ、そして、チェロのジャキス・モレレンバウム(2005年5月23日、2005年7月24日、2008年8月22日、2014年8月3日)という面々が飄々と演奏。なるほどと思ったのは、各曲が短めであること。米国人を呼んだときのように長いソロ回しをしないし、渡辺貞夫自身のソロも短めに披露される。それで明解に浮き上がるのは、彼が本当に歌うようにアルトを吹いているということ。新鮮だったし、いいディレクションではなかったか。
2部には、押鐘貴之ストリングス(8ヴァイオリン、2ヴィオラ、2チェロという、12人の編成)が加わり、モレレンバウムはそれを指揮したりもする。けっこう、瀟洒に弦音が重ねられていたのではないか。なんか貞夫さん、ウィズ・ストリングス作を録らないかなあなどとも、ぼくは頭のどこかで感じた。
▶過去の、渡辺貞夫
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-12.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-5.htm
http://43142.diarynote.jp/20041221210502000
http://43142.diarynote.jp/200512231955480000/
http://43142.diarynote.jp/200608091255180000/
http://43142.diarynote.jp/200609070211000000/
http://43142.diarynote.jp/200610080946310000/
http://43142.diarynote.jp/200712171350530000/
http://43142.diarynote.jp/200812281440093394/
http://43142.diarynote.jp/200907310048137248/
http://43142.diarynote.jp/200909120646397236/
http://43142.diarynote.jp/201107111008176019/
http://43142.diarynote.jp/201207031353196616/
http://43142.diarynote.jp/201212171647134119/
http://43142.diarynote.jp/201304031026406106/
http://43142.diarynote.jp/201307291053021427/
http://43142.diarynote.jp/201310050701201281/
http://43142.diarynote.jp/201407091243129270/
http://43142.diarynote.jp/201410061850124929/
http://43142.diarynote.jp/201412281017371613/
▶過去の、モレレンバウム
http://43142.diarynote.jp/200506021846130000/
http://43142.diarynote.jp/200507281000160000/
http://43142.diarynote.jp/200808221741070000/
http://43142.diarynote.jp/201403131302032810/
<今日の、しょぼん>
この前の、ケルティック・クリマスのときも思ったが、今年はそれほど寒くないんだな。毎年恒例の音楽催事に行くと、そういうことは敏感に感じることができる。そうだ、渡辺貞夫の昨年末のオーチャード・ホール公演のときは雪がちらついていたもの。暖冬であるという報道も流れているが、スキーの類を一切しなくなったぼくは、そうあってほしいな。ところで、トランク・ルームにしまった厚手のオーヴァー・コートが、見つからない。毎年、着るようになるのは年があけて、寒くなってからだが。この冬はあたたかくて、そのコートを着る必要がないのだと思うことにしよう。……嘘。見つけなきゃ。
高円寺 JIROKICHIで、女性アルト・サックス奏者のショウを見る。お父さんが牧師で子供のころからゴスペルに親しむとともに、父親や兄弟たちとファミリー・バンドをやったりもしてきた、20代半ばのプレイヤー。彼女は秋にミネアポリスでリッキー・ピーターソン(2000年3月21日、2003年7月18日、2012年3月3日、2013年5月10日、2014年4月23日、2014年11月6日)のプロデュースのもと初リーダー作『フロム・マイ・ソウル』を録っていて、それは近くビクターからリリースされる。
高円寺・JIROKICHI。ギターの竹内朋康(ハナレグミやレキシを輩出したスーパー・バター・ドッグにいた)、キーボードの寺田正彦、エレクトリック・ベースの瀧元風喜、ドラムの下久保昌紀という面々は、彼女がいつもやっている人たちのよう。頭のほう、ゴスペル曲をやって、なるほどこれはよくいるソウル/ファンキー派サックス奏者とは異なる味を持つと感じる。メイシオ・パーカー流れのフレイジングをぐいぐい出す曲もあった。
2部はスライ・ストーンの「シング・ア・シンプル・ソング」からスタート(だったかな?)。19歳だった彼女の野外練習の様を見初めて、以来共演を持ちかけてもいるドラマーの中村達也(2003年12月18日、2005年4月26日、2005年7月30日、2007年4月21日、2008年5月21日、2010年5月19日、2011年4月1日)はアンコール曲だけでなく、その2曲目から出て来て3曲叩く。うち、1曲は中村のオリジナル。本人が「ボブ・マーリーをパクりました」と言っていたが、確かに「ノー・マン、ウーマン・ノー・クライ」などを根っこに感じさせる曲。彼女はエスケンがプロデュースする女性ニューオーリンズ・ファンク・バンドのビッグ・バム・ブームの一員でもあるそうで、そちらも一度見てみたい。NOLA在住の山岸潤史御大も彼女たちのライヴ演奏をYouTubeで見つけ、喜んだとの話あり。彼は来年、デイヴィット・Tとのバンド・オブ・プレジャー(1月)、ニューオーリンズ・ファンク・バンドのチャ・ワ(2月)と、続けざまにブルーノート東京に出演する。
▶過去の、リッキー・ピーターソン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-3.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-7.htm
http://43142.diarynote.jp/?day=20120303
http://43142.diarynote.jp/201305131335092387/
http://43142.diarynote.jp/201404260900117482/
http://43142.diarynote.jp/201411101737513509/
▶過去の、中村達也
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/movember1999live.htm 映画「バレット・バレー」 11月19日
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-12.htm ロザリオス
http://43142.diarynote.jp/200504301042210000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20050730 ロザリオス
http://43142.diarynote.jp/200704251227010000/
http://43142.diarynote.jp/200805220853310000/
http://43142.diarynote.jp/201005211249422393/
http://43142.diarynote.jp/?day=20110401
<今日の、JR>
ぼくは学生時代から、驚くぐらいに中央線に縁のない人間なので、中央線に乗車するのは年に1回あるかないかだと思う。吉祥寺には年に1、2回は行っているかもしれないが、吉祥寺だとぼくは井の頭線を使っちゃうしね。あ、今は母親が国分寺に住んでいるので、もう少しはJRに乗っているか。そんなぼくが先週2度(三鷹、西国分寺)、そして今日と、中央線に乗っている事実に我ながら驚く。で、当然のことながら、不慣れで黄色いラインと橙色ラインの使い分け(どちらに乗ったほうが早く目的の駅に着くかということも含めて)などが不明で、どこか心細くも、お上りさん状態。すみませんねえ、携帯でネットを引く習慣がないぼくは、路線検索を外でしたりしないんっスよ。今、大半の人はすぐに携帯で調べると考え、案内告知が雑になっていない? 明日も吉祥寺に出向く予定だが、だんこ井の頭戦を使おうと思ってマス。
高円寺・JIROKICHI。ギターの竹内朋康(ハナレグミやレキシを輩出したスーパー・バター・ドッグにいた)、キーボードの寺田正彦、エレクトリック・ベースの瀧元風喜、ドラムの下久保昌紀という面々は、彼女がいつもやっている人たちのよう。頭のほう、ゴスペル曲をやって、なるほどこれはよくいるソウル/ファンキー派サックス奏者とは異なる味を持つと感じる。メイシオ・パーカー流れのフレイジングをぐいぐい出す曲もあった。
2部はスライ・ストーンの「シング・ア・シンプル・ソング」からスタート(だったかな?)。19歳だった彼女の野外練習の様を見初めて、以来共演を持ちかけてもいるドラマーの中村達也(2003年12月18日、2005年4月26日、2005年7月30日、2007年4月21日、2008年5月21日、2010年5月19日、2011年4月1日)はアンコール曲だけでなく、その2曲目から出て来て3曲叩く。うち、1曲は中村のオリジナル。本人が「ボブ・マーリーをパクりました」と言っていたが、確かに「ノー・マン、ウーマン・ノー・クライ」などを根っこに感じさせる曲。彼女はエスケンがプロデュースする女性ニューオーリンズ・ファンク・バンドのビッグ・バム・ブームの一員でもあるそうで、そちらも一度見てみたい。NOLA在住の山岸潤史御大も彼女たちのライヴ演奏をYouTubeで見つけ、喜んだとの話あり。彼は来年、デイヴィット・Tとのバンド・オブ・プレジャー(1月)、ニューオーリンズ・ファンク・バンドのチャ・ワ(2月)と、続けざまにブルーノート東京に出演する。
▶過去の、リッキー・ピーターソン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-3.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-7.htm
http://43142.diarynote.jp/?day=20120303
http://43142.diarynote.jp/201305131335092387/
http://43142.diarynote.jp/201404260900117482/
http://43142.diarynote.jp/201411101737513509/
▶過去の、中村達也
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/movember1999live.htm 映画「バレット・バレー」 11月19日
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-12.htm ロザリオス
http://43142.diarynote.jp/200504301042210000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20050730 ロザリオス
http://43142.diarynote.jp/200704251227010000/
http://43142.diarynote.jp/200805220853310000/
http://43142.diarynote.jp/201005211249422393/
http://43142.diarynote.jp/?day=20110401
<今日の、JR>
ぼくは学生時代から、驚くぐらいに中央線に縁のない人間なので、中央線に乗車するのは年に1回あるかないかだと思う。吉祥寺には年に1、2回は行っているかもしれないが、吉祥寺だとぼくは井の頭線を使っちゃうしね。あ、今は母親が国分寺に住んでいるので、もう少しはJRに乗っているか。そんなぼくが先週2度(三鷹、西国分寺)、そして今日と、中央線に乗っている事実に我ながら驚く。で、当然のことながら、不慣れで黄色いラインと橙色ラインの使い分け(どちらに乗ったほうが早く目的の駅に着くかということも含めて)などが不明で、どこか心細くも、お上りさん状態。すみませんねえ、携帯でネットを引く習慣がないぼくは、路線検索を外でしたりしないんっスよ。今、大半の人はすぐに携帯で調べると考え、案内告知が雑になっていない? 明日も吉祥寺に出向く予定だが、だんこ井の頭戦を使おうと思ってマス。
「幻想前夜 マハーバーラタより」
2015年12月15日 音楽 小池博史(2005年12月8日、2006年12月21日、2014年10月9日)の作/演出になる演劇を吉祥寺シアターで見る。舎弟の下町兄弟(2005年12月8日、2006年12月21日、2014年10月9日)が音楽を部分担当しており、打楽器を舞台横で叩くからなり。9人の出演者のうち、2人がアジアの人で、アジア公演を経て、東京で持たれているという。
マハーバーラタというインドの神話的叙事詩をもとにするもののよう。王位にまつわる2家族の軋轢を90分で描くものだが、最初にストーリーを知っていなかったら、その筋は全然分らなかったろう。でも、筋なんかわからなくても、9人の役者の周到にしてダイナミックな絡みに触れれば、何かを与えることができるはずと思い、送り手側は作っているのではないか。
役者は何役もこなし、頻繁に衣装を替える。そして、その多くの場合、ステージ後方、つまり照明は当たらないが客席から見えるところでそれがなされる。へえ。また、役者の動きのフォーメイションはすげえなと思わされるところあり。それについては、今回に限った事ではないが。
瞬発力ある下町兄弟の演奏音(プリセット音併用で、けっこう音量が大きい)で舞台が動いたりもし、これは本人気が抜けないな。終演後、面々は何度も舞台に出て来て挨拶をするが、それにも加わせられて、彼は恥ずかしそうだった。
▶過去の、下町兄弟/小池博史
http://43142.diarynote.jp/?day=20051208
http://43142.diarynote.jp/200612270253390000/
http://43142.diarynote.jp/201410160819402945/
<今日の、酒宴>
工藤ちゃん(下町兄弟)を知る旧知の4人が勢揃い。終わったあと皆んなで飲んでいて、当人も後からやってくる。いいね、こういうの。
マハーバーラタというインドの神話的叙事詩をもとにするもののよう。王位にまつわる2家族の軋轢を90分で描くものだが、最初にストーリーを知っていなかったら、その筋は全然分らなかったろう。でも、筋なんかわからなくても、9人の役者の周到にしてダイナミックな絡みに触れれば、何かを与えることができるはずと思い、送り手側は作っているのではないか。
役者は何役もこなし、頻繁に衣装を替える。そして、その多くの場合、ステージ後方、つまり照明は当たらないが客席から見えるところでそれがなされる。へえ。また、役者の動きのフォーメイションはすげえなと思わされるところあり。それについては、今回に限った事ではないが。
瞬発力ある下町兄弟の演奏音(プリセット音併用で、けっこう音量が大きい)で舞台が動いたりもし、これは本人気が抜けないな。終演後、面々は何度も舞台に出て来て挨拶をするが、それにも加わせられて、彼は恥ずかしそうだった。
▶過去の、下町兄弟/小池博史
http://43142.diarynote.jp/?day=20051208
http://43142.diarynote.jp/200612270253390000/
http://43142.diarynote.jp/201410160819402945/
<今日の、酒宴>
工藤ちゃん(下町兄弟)を知る旧知の4人が勢揃い。終わったあと皆んなで飲んでいて、当人も後からやってくる。いいね、こういうの。
渋谷・クラブクアトロ。わードレスが似合うのはいいナ、と素直に思った。やはり、人前に立つ職業ゆえ、それは重要な美点でありますね。2部制で、両方とも彼女(2009年1月29日、2009年6月22日、2009年7月26日、2010年2月25日、2010年5月31日、2011年5月21日、2011年6月5日、2012年6月4日、2012年10月16日、2013年7月4日)は黒のものを身につけていたが、後のほうは丈が短くなる。
ベルギー人ジャズ・ピアニストのエリック・レニーニとパリでレコーディングした2015年作『モノクローム』を下敷きにする公演で、ピアニストの林正樹(2013年9月6日、2015年9月27日)、テナー・サックス奏者の田中邦和(2010年7月1日、2010年12月16日、2012年10月16日、2012年12月11日)がサポート。2人はDouble Torusというデュオを組んでいて、アルバムもリリース。息の合い方はばっちりだ。
1部はジャズ・スタンダード集たる『モノクローム』収録曲を披露し、2部はこれまで発表してきたマイヤーのオリジナル曲をジャジーに紐解く。ほう、彼女のデビュー作の1曲目に置かれていた「ルーム・ブルー」なんてスタンダード的な香りを感じさせるではないか。どちらのセットにせよ、まず痛感させられたのは、彼女の声が良く出ているということ。スタンダードに、ジャズに(マイヤーは昔、ジャズ・ピアノを倣っていた)改めて望んだことがきっかけかどうかは知らぬが、彼女はミュージシャンとしてここにきて一歩上のステージに上がったと思わずにはいられなかった。
▶過去の、エミ・マイヤー
http://43142.diarynote.jp/200901310844354188/
http://43142.diarynote.jp/?day=20090622
http://43142.diarynote.jp/200907131157415716/
http://43142.diarynote.jp/201002280942269300/
http://43142.diarynote.jp/201006071814527618/
http://43142.diarynote.jp/201105230925539578/
http://43142.diarynote.jp/201106131248013805/
http://43142.diarynote.jp/201206110916017268/
http://43142.diarynote.jp/201210201218283712/
http://43142.diarynote.jp/201307071319405650/
▶過去の、林正樹
http://43142.diarynote.jp/201309121810294280/
http://43142.diarynote.jp/201510021129591335/
▶過去の、田中邦和
http://43142.diarynote.jp/201007081547031840/
http://43142.diarynote.jp/201012171104366095/
http://43142.diarynote.jp/?day=20121211
<今日の、新味>
会場で、普通のブラック・ラベルのジャック・ダニエルとともに、ジャック・ダニエル・テネシー・ハニーというホワイト・ラベルのボトルが置いてある。え、そんなのあるんだア? この新種が出て来たのはそれほど昔ではないらしく、さっさくテイスティング。まず、お勧めの飲み方という、テネシー・ハニーをジンジャエールで割ったものを所望する。お、甘い。メイプル・シロップ味のお酒を飲んでいるという感じ。これだと、バーボンに不慣れな婦女子も飲みやすいか。そんなにイヤではないが、元のテネシー・ハニー自体もハニーという単語が付いているだけあって、甘いのだろう。ふむ、ぼくには甘すぎるな。試しに次はロックでもらうと、やはり甘い。少しブラック・ラベルよりアルコール度は低目かな。
夜半、円山町のクラブの前を通ったら、けっこうなウェイティングの列が出来ている。ええ? もう2時半近く、週末でもないのに、これはどうしたことか。
ベルギー人ジャズ・ピアニストのエリック・レニーニとパリでレコーディングした2015年作『モノクローム』を下敷きにする公演で、ピアニストの林正樹(2013年9月6日、2015年9月27日)、テナー・サックス奏者の田中邦和(2010年7月1日、2010年12月16日、2012年10月16日、2012年12月11日)がサポート。2人はDouble Torusというデュオを組んでいて、アルバムもリリース。息の合い方はばっちりだ。
1部はジャズ・スタンダード集たる『モノクローム』収録曲を披露し、2部はこれまで発表してきたマイヤーのオリジナル曲をジャジーに紐解く。ほう、彼女のデビュー作の1曲目に置かれていた「ルーム・ブルー」なんてスタンダード的な香りを感じさせるではないか。どちらのセットにせよ、まず痛感させられたのは、彼女の声が良く出ているということ。スタンダードに、ジャズに(マイヤーは昔、ジャズ・ピアノを倣っていた)改めて望んだことがきっかけかどうかは知らぬが、彼女はミュージシャンとしてここにきて一歩上のステージに上がったと思わずにはいられなかった。
▶過去の、エミ・マイヤー
http://43142.diarynote.jp/200901310844354188/
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http://43142.diarynote.jp/201006071814527618/
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http://43142.diarynote.jp/201307071319405650/
▶過去の、林正樹
http://43142.diarynote.jp/201309121810294280/
http://43142.diarynote.jp/201510021129591335/
▶過去の、田中邦和
http://43142.diarynote.jp/201007081547031840/
http://43142.diarynote.jp/201012171104366095/
http://43142.diarynote.jp/?day=20121211
<今日の、新味>
会場で、普通のブラック・ラベルのジャック・ダニエルとともに、ジャック・ダニエル・テネシー・ハニーというホワイト・ラベルのボトルが置いてある。え、そんなのあるんだア? この新種が出て来たのはそれほど昔ではないらしく、さっさくテイスティング。まず、お勧めの飲み方という、テネシー・ハニーをジンジャエールで割ったものを所望する。お、甘い。メイプル・シロップ味のお酒を飲んでいるという感じ。これだと、バーボンに不慣れな婦女子も飲みやすいか。そんなにイヤではないが、元のテネシー・ハニー自体もハニーという単語が付いているだけあって、甘いのだろう。ふむ、ぼくには甘すぎるな。試しに次はロックでもらうと、やはり甘い。少しブラック・ラベルよりアルコール度は低目かな。
夜半、円山町のクラブの前を通ったら、けっこうなウェイティングの列が出来ている。ええ? もう2時半近く、週末でもないのに、これはどうしたことか。
すでに30年選手となる東海岸大人ロック・バンド(2003年7月27日、2007年2月19日、2009年12月17日、2012年11月6日)のカヴァー曲中心の2015年新作『スタッフ・ライク・ザット・ゼア』をフォロウする公演は、渋谷・O-イースト。忘年会最盛日なぞなんのその、ぎっしり入っていたなあ。
あれ、3人ではなく、4人いる。事情通に聞けば、初期に関わったことがあるギタリストが入っての編成らしい。でもって、驚いたのは、ベーシストがずっとウッド・ベースを弾いていたこと。前はエレクトリックを弾いていたよな。そんな行き方に表れているように、ショウは『スタッフ・ライク・ザット・ゼア』もそうであったように、ゆらゆら薄口、柔和で生理的にアコースティックな手触りを感じさせるパフォーマンス。いやあ、ほんと大人で、含みありまくりと、思わせられた。そういえば、ステージ上の後方には、絵画が何点もかざってあった。
▶過去の、ヨ・ラ・テンゴ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-7.htm フジ・ロック
http://43142.diarynote.jp/200702252107430000/
http://43142.diarynote.jp/201001051623304748/
http://43142.diarynote.jp/201211151031582896/
<今日の、大人の気配り?>
何かと重なる年の瀬、途中退去しなきゃなと思っていたら、2ショウと言うではないか。ぼくみたいな人が退出しやすいようにと、大人のヨ・ラ・テンゴは間に休憩を入れた? そんなことはないだろうが、ありがたかった。
あれ、3人ではなく、4人いる。事情通に聞けば、初期に関わったことがあるギタリストが入っての編成らしい。でもって、驚いたのは、ベーシストがずっとウッド・ベースを弾いていたこと。前はエレクトリックを弾いていたよな。そんな行き方に表れているように、ショウは『スタッフ・ライク・ザット・ゼア』もそうであったように、ゆらゆら薄口、柔和で生理的にアコースティックな手触りを感じさせるパフォーマンス。いやあ、ほんと大人で、含みありまくりと、思わせられた。そういえば、ステージ上の後方には、絵画が何点もかざってあった。
▶過去の、ヨ・ラ・テンゴ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-7.htm フジ・ロック
http://43142.diarynote.jp/200702252107430000/
http://43142.diarynote.jp/201001051623304748/
http://43142.diarynote.jp/201211151031582896/
<今日の、大人の気配り?>
何かと重なる年の瀬、途中退去しなきゃなと思っていたら、2ショウと言うではないか。ぼくみたいな人が退出しやすいようにと、大人のヨ・ラ・テンゴは間に休憩を入れた? そんなことはないだろうが、ありがたかった。
1999年に結成されて以来、すっと同じメンバーで活動を続けてきたカルテット(2005年5月2日、2005年7月29日、2005年9月21日、2006年5月29日、2006年8月9日、2006年10月24日、2007年4月14日、2009年10月29日、2012年4月22日)のラスト・ライヴ。三軒茶屋・昭和女子大人見記念講堂。
結成以来、同じ顔ぶれである5人だけのパフォーマンス。彼ららしく、なんのお別れMCもアンコールもなくスパっと終わるのかと思ったら、それはさすがになし。終盤に各メンバーが率直な思いを吐露するとともに、アンコールも2度応えて、3曲を演奏した。やはり、その16年の歩みが積み重ねて来たものは甚大であったことが端々うかがえもした。
一時はけっこうインタヴューをやったりもし、ライナーノーツも複数書いた。とくに、リーダーのOhyamaの(最後の1年は、ドラムの航がその責をになったようだ)ツぱった態度には大きく頷くものがあったりもしたし、いろいろ感じるところはあり。やはり、日本のジャズ/インスト音楽に新風を吹き込んだバンドであったと思う。日経新聞電子版に、この晩のことは書きます。
▶過去の、PE’Z
http://43142.diarynote.jp/?day=20050502
http://43142.diarynote.jp/200508042335560000/
http://43142.diarynote.jp/200510030017510000/
http://43142.diarynote.jp/200605300511290000/
http://43142.diarynote.jp/200608111018540000/
http://43142.diarynote.jp/200610251745190000/
http://43142.diarynote.jp/200704151310510000/
http://43142.diarynote.jp/200910300859204528/
http://43142.diarynote.jp/201205080614265555/
▶過去の、B.M.W./JAW
http://43142.diarynote.jp/200908071452433928/
http://43142.diarynote.jp/201111251251201578/
▶過去の、ヒイズミマサユ機
http://43142.diarynote.jp/200804081928430000/
<今日の、ほう>
家の側でやっている大規模建設工事現場に、小さくはない電飾ツリーが立てられているを知る。今はそんなこともして、周辺との軋轢を回避しようとしているのか。ときに来年3月、知人に子供が生まれる。父親は52歳。何人か、ぼくの周りには50歳を過ぎて父親になっている人がいるなあ。いろんな光が、皆に届きますように……。
結成以来、同じ顔ぶれである5人だけのパフォーマンス。彼ららしく、なんのお別れMCもアンコールもなくスパっと終わるのかと思ったら、それはさすがになし。終盤に各メンバーが率直な思いを吐露するとともに、アンコールも2度応えて、3曲を演奏した。やはり、その16年の歩みが積み重ねて来たものは甚大であったことが端々うかがえもした。
一時はけっこうインタヴューをやったりもし、ライナーノーツも複数書いた。とくに、リーダーのOhyamaの(最後の1年は、ドラムの航がその責をになったようだ)ツぱった態度には大きく頷くものがあったりもしたし、いろいろ感じるところはあり。やはり、日本のジャズ/インスト音楽に新風を吹き込んだバンドであったと思う。日経新聞電子版に、この晩のことは書きます。
▶過去の、PE’Z
http://43142.diarynote.jp/?day=20050502
http://43142.diarynote.jp/200508042335560000/
http://43142.diarynote.jp/200510030017510000/
http://43142.diarynote.jp/200605300511290000/
http://43142.diarynote.jp/200608111018540000/
http://43142.diarynote.jp/200610251745190000/
http://43142.diarynote.jp/200704151310510000/
http://43142.diarynote.jp/200910300859204528/
http://43142.diarynote.jp/201205080614265555/
▶過去の、B.M.W./JAW
http://43142.diarynote.jp/200908071452433928/
http://43142.diarynote.jp/201111251251201578/
▶過去の、ヒイズミマサユ機
http://43142.diarynote.jp/200804081928430000/
<今日の、ほう>
家の側でやっている大規模建設工事現場に、小さくはない電飾ツリーが立てられているを知る。今はそんなこともして、周辺との軋轢を回避しようとしているのか。ときに来年3月、知人に子供が生まれる。父親は52歳。何人か、ぼくの周りには50歳を過ぎて父親になっている人がいるなあ。いろんな光が、皆に届きますように……。
ザ・スタイリスティックス
2015年12月27日 音楽 「ユー・アー・エヴリシング」とか「ユー・メイク・ミー・フィール・ブランド・ニュー・デイ」とか「キャント・ギヴ・ユー・エニシング(バット・マイ・ラヴ)」とか……。胸とろけるような代表曲、キラー曲があるのは強いナ。そう、強く思わせられることしきり。それもまた。ポップ・ミュージックであるからゆえ。
フィラデルフィア・ソウルを代表するヴォーカル・グループの公演を、六本木・ビルボードライブ東京で見る。ファースト・ショウ。バンドはキーボード3人、ギター、ベース(日本人)、ドラムで、すべて生音にて。キーボードは、ブラスの音とストリングスの音を1台づつにふるのかと思ったら、あまりそういう感じはなし。2人いれば十分であったか? 彼らは黒基調の格好。そして、4人の主役はグレイ基調のきらびやかなスーツを着用。ハービー・マレルとアリオン・ラヴがオリジナルのシンガーなのかな。そんなにじじいに皆見えず。
なんにせよ、ファルセット主体の素直な肉声が豊穣なメロディのもと、振りやステップを伴いつつ送り出される。その奥には様々な米国ブラック・ミュージックの積み重ねやショウ・ビズ流儀が見え隠れするわけだ。アメリカのある主の娯楽をたっぷりと受けたという気持ちになった。
<今日の、働き者>
毎年やってきているザ・スタイリスティックスだが、今回はハワイ公演を経て、10日過ぎから大晦日まで日本ツアーをする。そして、開けて2日はインディアナ州のハモンドで公演。働くなあ。
フィラデルフィア・ソウルを代表するヴォーカル・グループの公演を、六本木・ビルボードライブ東京で見る。ファースト・ショウ。バンドはキーボード3人、ギター、ベース(日本人)、ドラムで、すべて生音にて。キーボードは、ブラスの音とストリングスの音を1台づつにふるのかと思ったら、あまりそういう感じはなし。2人いれば十分であったか? 彼らは黒基調の格好。そして、4人の主役はグレイ基調のきらびやかなスーツを着用。ハービー・マレルとアリオン・ラヴがオリジナルのシンガーなのかな。そんなにじじいに皆見えず。
なんにせよ、ファルセット主体の素直な肉声が豊穣なメロディのもと、振りやステップを伴いつつ送り出される。その奥には様々な米国ブラック・ミュージックの積み重ねやショウ・ビズ流儀が見え隠れするわけだ。アメリカのある主の娯楽をたっぷりと受けたという気持ちになった。
<今日の、働き者>
毎年やってきているザ・スタイリスティックスだが、今回はハワイ公演を経て、10日過ぎから大晦日まで日本ツアーをする。そして、開けて2日はインディアナ州のハモンドで公演。働くなあ。