ブイカ

2017年3月7日 音楽
 アンコールのとき。頭の方は結構アカペラっぽいノリで進み、そのあとにブレイクを入れ、ブイカはこんなことを言った。「公式なのはこれでおしまい。後はクレイジーに行くわよ!」。そして、彼女はギンギン度を増して歌う。おいおい、ヴォーカルの照度がめっぽう上がったじゃないか。姐さん、どこまで行っちゃうんだい?

 女傑系という型にあるミュージシャンはいると思う。例えば、身近な現役担い手であれば、チャカ・カーン(2003年10月10日、2008年6月5日、2012年1月10日、2014年9月6日、2014年9月10日、2016年5月20日)とかミシェル・ンデゲオチェロ(2002年6月18日、2003年11月18日、2003年11月22日、2008年5月7日、2009年5月15日、2013年11月18日、2014年7月14日、2017年1月18日。彼女は、ブイカの2015年作に客演している)とか。ぼくはこの二人のことを姐さんと書いたりもするか。誰にも負けない才能や個性を持っているのは当然として、竹を割ったように潔く、自立している、といったような、キャラやスタンスの部分も天晴れな人だと、ぼくはそういう言葉を使いたくなるんだろうな。そして、その奥からは、規格外の素敵がさあっと湧き上がる……。

 1972年生まれ、赤道ギニア共和国出身の両親のもとスペインのマヨルカ島で生れたアフロ・スパニッシュ歌手の特別仕立て公演を、錦糸町・すみだトリフォニーホールで見る。20分パフォーマンスした1部はエレクトリック・ベース、スパニッシュ・ギター、カホン奏者を従えてのもの。手拍子も掛け声もない、私の考えるフラメンコ表現をあっさりと披露という感じか。この日に先立って持たれたブルーノート公演とは奏者が2人重なるものの、編成が異なる。そして、2部の本編は新日本フォルハーモニー交響楽団と共演する60分のものが用意された。その後、喝采を受けて、彼女は冒頭のパフォーマンスにつなげたのだった。そちらにも、オーケストラ音はついた。

 アフリカの血とスペインの環境が同居する属性のなんとうらやましいことか。彼女の表現は基本フラメンコに負っているが、歌っている側から、アフリカの空でも大地でもいいのだが、そういうものを思いださせ、それは聞き手に得も言われる俯瞰や移動の感覚を与える。ああ、今スケールのでかい異才の表現を聞いていると思わせられちゃう。

 他方、彼女はアメリカの音楽に対する憧憬もずっと持ち続けており、フラメンコ編成を逸脱するバンド(ダブルのパーカッションやトロンボーン奏者が、今のワーキング・バンドの編成だ)のもと、R&B、ジャズとも交錯することを見せる。このショウでも手慣れた感じで英語でMCし、随所で情感の太いスキャットを彼女は入れた。蛇足だが、エリカ・バドウ(2000年11月19日、2006年4月2日。2012年3月2日)のデビュー作とブイカのデビュー作のジャケット・カヴァーはかなり似ている。

 そして、彼女の表現にはさらに他所の音楽〜ワールド・ミュージック的な興味も加味され、ムラートの情の濃い音楽として、聞き手をノックすることになる。そして、そんな彼女にとって、オーケストラ表現も好奇心旺盛な彼女にとっては笑顔で向き合う対象であるというのが皮膚感覚で伝わるわけで、実際なんの違和感もなく、オーケストラ付き実演を繰り広げた。過去、何度もオーケストラ公演はやっているようで、そのスコアはジャズ・シンガーの“ウィズ・ストリングス”の音をもっとでっかくゴージャスにしたと言える感じのもの。その際、エレクトリック・ベース、ギター、カホン奏者は一部に続いてそのまま参加した。

 荘厳なサウンドをブイカは見事に乗りこなす。とともに、こちらで歌った曲はフラメンコ濃度の低い曲もいろいろやっていて、興味深かった。耳馴染みのあるクラシック曲も歌ったし、かつてアルバムでも披露していたパット・メセニー(1999年12月15日、2002年9月19日、2010年6月12日、2012年1月25日、2012年3月3日、2013年5月21日、2015年9月27日)の「イン・ハー・ファミリー」に自らスペイン語の歌詞をつけた曲もやったし、後UKポップ・グループのザ・コーギスの有名曲「エヴリバディズ・ゴット・トゥ・ラーン・サムタイムス」もいい感じで英語にて聞かせてくれた。

 かかえたキャパがデカい。アカペラでも、バンドでも、オーケストラでも行けて自分を出せちゃうし、フラメンコをはじめとする様々な音楽様式の抱え方も、無理はないのに猛烈に広い。とともに、やっぱり気持ちの人と思わせる所作に、随所で接することができるのがうれしい。この晩、突き抜けた才や胸のすく人間性を彼女は悠々とアピール、やはりブイカも女傑というに相応しいではないか。

▶過去の、チャカ・カーン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-10.htm
http://43142.diarynote.jp/200806121525370000/
http://43142.diarynote.jp/201201131546344144/
http://43142.diarynote.jp/201409100929108025/
http://43142.diarynote.jp/201409111424501752/
http://43142.diarynote.jp/201605240832424514/
▶過去の、ミシェル・ンデゲオチェロ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-6.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-11.htm
http://43142.diarynote.jp/200805090836380000/
http://43142.diarynote.jp/200905161026033788/
http://43142.diarynote.jp/201311191050581790/
http://43142.diarynote.jp/201407151135353688/
http://43142.diarynote.jp/201701191854055570/
▶過去の、エリカ・バドゥ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-11.htm
http://43142.diarynote.jp/200604050124430000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20120302
▶過去の、パット・メセニー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/december1999live.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm
http://43142.diarynote.jp/201006181520054406/
http://43142.diarynote.jp/201201271245417497/
http://43142.diarynote.jp/201203062005542291/
http://43142.diarynote.jp/201305260927026044/
http://43142.diarynote.jp/201510021129591335/

<今日の、ビックリ>
 一部では私服で軽く電気ベースを弾いていた御仁(スキン・ヘッドで、30代か)は、なんと2部では正装で登場し、指揮を始める! 驚いたなあ。彼はフラメンコ色の強い曲では電気ベースを弾き、そして指揮もした。横にはコントラバスも置いていたが、それはアンコールでやっと爪弾いた。その指揮者/ベーシストは、トミ・クエンカという名前のよう。