まず、丸の内・コットンクラブで、南東部ベロオリゾンテ生まれのブラジル人シンガーのポウリーニョ・ガルシア(2014年6月24日)のソロ・パフォーマンスを見る。1979年からシカゴに住み(MCで、ブラジルから来たポウリーニョ・ガルシアです。と言っており、今は帰国しているの?)、1991年にそれまで弾いていたドラムやベースからギターにスイッチしたという経歴の持ち主。白髪痩身の初老紳士といった見かけは、何気に格好が良い。

 淡々、粛々と、ガット・ギター弾き語りのショウを進める。1曲ごとに、簡単に曲説明を英語で入れる。オープナーは「ウッパ・ネギーニョ」。その曲を始め、いくつかの曲においては、パーカッシヴなスキャットも彼は悠々と嚙ます。ジョビン他のブラジル曲を掘り起こす感覚のもと披露。そして、途中からはザ・ビートルズ曲や共演したことがあるというトゥーツ・シールマンス(2003年2月20日)の「ブルーセット」やジャズ・スタンダードなど英語曲が並べられる。それも、違和感なく良し。ザ・ビートルズの「ブラックバード」を聞きながら、ケニー・ランキンとかの洒脱ギター弾き語り米国人の手触りをブラジル側に持っていた感じもあるかと思えた。それから、曲によってはけっこうカエターノ・ヴェローゾ(2005年5月23日、2016年10月9日)を思い出させる歌いかたをしていると、今回思えた。

▶︎過去の、ポウリーニョ・ガルシア
http://43142.diarynote.jp/201406250953014247/
▶︎過去の、カエターノ・ヴェローゾ
http://43142.diarynote.jp/200506021846130000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20161009
▶︎過去の、トゥーツ・シールマンス
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-2.htm

 その後、南青山・ブルーノート東京へ。“ミュージック・ジャーニー インディア-アラブ-アンダルシア”という表題が付けられた、大人数による出し物を見る。なんでも、<インド舞踊、アラブ舞踊、スペイン舞踊(フラメンコ)の第一人者が一堂に会し、フラメンコの根源に迫る>、だそう。それはある意味、ロマの動きの流れを追うものでもあるのか。ぼくはアンダルシア地方のセヴィーリャに25年前に行ったときに、ジプシーのトレイラーによる大行進(海辺から三日三晩かけて内陸に来たと、聞いたような)に触れたことがあるが、かの地にはロマ文化も底にはしっかりとある。

 ステージがダンサー用に、普段客席になっているところまでせり出している。ステージにはゆるい楕円形状に、3組のミュージシャンたちがグループごとに(向かって左側から、インド、フラメンコ、アラブと)並ぶ。楽器演奏者だけでなく、それぞれシンガーやダンサーがつくのがポイント。HPのリストによれば、出演者は以下の通り。
▶︎ディーパック・アローラ(カタック・ダンサー)、シュブラ・アローラ(カタック・ダンサー)、サワン・ジョシ(シタール)、モヒット・ガンガニー(タブラ)、ロヒット・パリハール(ヴォーカル)▶︎ピラール・アストラ(フラメンコ・ダンサー、カンテもした)、奥濱春彦(フラメンコ・ダンサー)、アルバロ・ゴルディジョ、アントニオ・ゴンサレス(ギター)、高橋紀博(ギター)、エル・ボケロン(カンテ)、アルバロ・ゴルディジョ(パルマ〜手拍子)、アレハンドロ・ララ(パルマ〜手拍子)。▶︎E.メンドサ(アラビック・ダンサー)、常見裕司(ウード。2013年2月5日)、マハムー・ファリス(ヴォーカル)、ラビエ・ヤコービ(ヴォイオリン)。おお。

 そうした面々がグループごとのパフォーマンスをし、それがどんどん引き継がれていくノリでショウは進み、時には一緒に重なる場合も少しあった。なんかよくわからないという感じもなくはないのだが、各々の力量はちゃんとしているし、それぞれのグループの流儀を出しつつ、総体は人〜文化の流れが導く、ダイナミックな繋がりのようなものがぽっかりと浮かぶ。何より、それぞれに華や固有の美味しい癖をアピールしていて頷かされるし、一緒に並ぶ様に浮き浮きできる。なんか、ココロ弾む自分がそこにいた。

▶︎過去の、常見裕司
http://43142.diarynote.jp/201302091324078636/

<今日の、邂逅>
 後の方の交配実演を見て、2007年セヴィーリャでのWomex(2007年10月26日)で見た、フラメンコ勢とカッワリー勢の共演ライヴの様を思い出した。この晩はもうすこし丁寧に重なっている感じがあった。終演後、知人から日本のフラメンコ舞踏の第一人者であり、1950年代後半から10年強はスペインに居住するなどもし、現地でも多大な尊敬を受けている小松原庸子さんを紹介される。小柄ながら凛としており、美しくもあり、とても85歳とは思えない。浅草っ子らしいイナセな感じもあり、一回り以上年齢が下に見えた。そしたら翌日の朝日新聞夕刊に、彼女の小さくない記事が出ていてびっくり。それによると、3月2、3日(3日はマチネーもあり、計3回)はよみうり大手町ホールで、この3グループを起用した小松原庸子スペイン舞踏団の公演がもたれるとのこと。すると、この日は外タレ勢を前に出したブルーノート東京用の出し物であったのか。
▶︎過去の、スペイン⇄パキスタン
http://43142.diarynote.jp/200711121024550000/