カサンドラ・ウィルソン
2015年3月19日 音楽 南青山・ブルーノート東京で、“女王” (1999年8月27日、1999年9月2日、2001年2月12日、2004年9月7日、2008年8月11日、2010年6月13日、2011年5月5日、2013年5月31日)を見る。今回の来日公演は2ショウではなく、1日1回のみパフォーマンス。しかも、新譜を出したばかり(この来日公演に合わせ、日本は米国よりも20日ほど先倒しでリリース)なのに、取材は受けないないなど、ホントにクイーンになっちゃっている……? その『カミング・フォース・バイ・デイ』は、ビリー・ホリデイ・トリビュート作品。マイルス・デイヴィス(『トラヴェリング・マイルス』)に続く、彼女にとって2作目のトリビュート盤。今年はホリデイ生誕100年というお題目があるにしても、マイルスよりは必然性が高いと、ぼくには思える。
その帯の、最終日。その新作を全面的にフォロウする公演。なんと披露したのはすべて、新作でやっている曲。この晩はアンコール1曲を含め全11曲を歌ったが、アルバムに収録されていたのは12曲(日本盤はそこに、ボーナス曲が入る)だったので、ほぼ全曲披露したこととなる。やらなかった1曲は何? そう興味ひかれる人がいるかもしれないが、それは「ストレンジ・フルートゥ」なり。なんか、深読みできますね。と、思ったら、他の日はアンコールを4曲もやり(30分近かった、そう)、そこには「奇妙な果実」も入っていたようだ。ガクっ。
アルバムのプロデューサーは いろんなロック・アルバムを手がけているエンジニア流れのニック・ローネイ。アルバムには旧知のジャズ流れの人とともに、ローネイが制作したことがあるニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズのリズム・セクションやヤー・ヤー・ヤーズ(2010年1月16日)のギタリストたちが関与。カサンドラとケイヴは同じマネージメントに所属、ローネイ起用はカサンドラのマネージャーの勧めであったという。
2月20日から5月まで続く米国ツアーのなかにぽっこり入った、極東でのライヴ(このあとの香港での2公演以外は、公演会場はすべて米国都市)。ロック側プレイヤーの参加はなしに、周辺のジャズ・ビヨンド側奏者で主にまとめた陣容でショウを持った。
ブライアン・ブレイドやアリッサ・グラハムの来日公演同行でお馴染みのピアノのジョン・カウハード(2003年9月27日、2008年9月4日、2009年7月16日、2011年5月12日、2012年5月22日、2014年2月12日)、ベース・クラリネットやテナー・サックスを中心にフルートやクラリネットも手にしたロビー・マーシャル、自ら歌う渋味リーダー作を何作も出しいるギターのゲヴィン・ブリートの3人は新作レコーディング参加者たち。ありゃ、3人とも非アフリカンじゃん。もしかして、『カミング・フォース・バイ・デイ』はカサンドラ以外は白人だけで録音されたのかもしれない。わりとハンサムなマーシャルはポップ系のセッション奏者だがかなりの腕利きで、感心。ぼくが知る限り、ウィルソンが純管楽器奏者を同行させたのは初めてか。ノラ・ジョーンズ(2002年5月30日、2002年9月14日、2007年3月21日、2010年1月20日)作なんかにも入っているブリートは『ニュー・ムーン・ドーター』や『トラヴェリン・マイルス』でカサンドラと絡んでいる。
ヴァイオリンのチャールズ・バーナム(2004年9月13日、2013年5月31日)、ベースのロニー・プラキシコ(1999年9月2日、2001年2月12日、2001年9月6日、2008年8月11日、2010年6月13日、2011年5月5日、2013年5月31日)はカサンドラ作/ライヴ 参加でおなじみ。若い頃のレニー・ホワイト(2010年9月1日、2010年12月3日、2014年9月7日)と少し似ているドラマーのジョン・デイヴィスは、山中千尋(2005年8月21日、2009年6月7日、2010年3月14日、2011年8月6日、2013年3月3日)が一頃重用していた。この3人はアフリカ系だ。
バーナムだけ、譜面を前に置いていた。アルバムでの弦アレンジはヴァン・ダイク・パークス(2013年1月29日)がやっていたが、その甘美な響きが効いた1938年曲「ユー・ゴー・トゥ・マイ・ヘッド」はシングル・カット出来そうなほど、アルバムでは親しみやすいメロウ・ソウル曲になっていた。でも、実演でのヴァイオリン1本の伴奏はアルバム・ヴァージョンを何度も聞いていると少し辛かった。しかし、バーンハムとブリートの絡みは相当に魅力的。2人で絡みながら、グイグイせめて行く局面なんかはもう並んだ2人に注視するのみだった。
基本、伴奏も軽く漂う感覚を持つが、カサンドラの歌唱もまた軽く、力を込めず流れる。その腹6分目的な歌唱はライヴを見るたびに毎度指摘しているような気もするが、見るたびに説得力のある力の抜け具合に感心しちゃうのだから、しょうがない。けっこう胸の谷間を出すゆるめのワンピースを着た彼女は終始笑みを浮かべていて、それは今ホリデイの表現を自分なりに聞き手に出せるのがうれしくてしょうがない、冥利に尽きる、と、伏せることなく出しているようであり……。
アンコールの「アイル・ビー・イン・シーイング・ユー」のとき、TOKU(2000年2月25日、2001年9月6日、2004年3月10日、2006年2月16日、2008年8月19日、2011年3月16日、2012年6月19日、2013年9月22日、 2014年2月5日)が呼ばれて、フリューゲル・ホーンで無理なく、いやかなりいい感じで重なった。カサンドラも終始、微笑む。
ホリデイ←→カサンドラ、ホリデイの生きた時代や文化←→カサンドラが生きる今、20世紀上半期の先端ポップス←→21世紀のポップス……。様々な用件が交錯する、蜃気楼のような感覚も多分に持つ、ライヴ ・パフォーマンス。やはり、いまだウィルソンの活動を注視しなければならないと、痛感しきり。とともに、あの時代のジャズ歌手においては珍しくソング・ライターとしての才も部分的には出していたホリデイのことを一度ちゃんと追いたくなった。。。
▶過去の、カサンドラ・ウィルソン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/augustlive.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/september1999live.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-2.htm
http://43142.diarynote.jp/200409070203440000/
http://43142.diarynote.jp/200808121357410000/
http://43142.diarynote.jp/201006181521416566/
http://43142.diarynote.jp/201105101010399933/
http://43142.diarynote.jp/201306060609052151/
▶過去の、ヤー・ヤー・ヤーズ
http://43142.diarynote.jp/201001181041436282/
▶過去の、ジョン・カウハード
http://43142.diarynote.jp/200809071429250000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20090716
http://43142.diarynote.jp/201105140859559227/
http://43142.diarynote.jp/201205301327209613/
http://43142.diarynote.jp/201402140843255048/
▶過去の、ノラ・ジョーンズ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-5.htm 5.30
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm 2.09
http://43142.diarynote.jp/200703241326090000/
http://43142.diarynote.jp/201001211346277187/
http://43142.diarynote.jp/201211151032395193/
▶過去の、チャールズ・バーンハム
http://43142.diarynote.jp/200410071534460000/
http://43142.diarynote.jp/201306060609052151/
▶過去の、ロニー・プラキシコ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/september1999live.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-2.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-9.htm
http://43142.diarynote.jp/200808121357410000/
http://43142.diarynote.jp/201006181521416566/
http://43142.diarynote.jp/201105101010399933/
http://43142.diarynote.jp/201306060609052151/
▶過去の、山中千尋
http://43142.diarynote.jp/200508230545510000/
http://43142.diarynote.jp/200906091637138003/
http://43142.diarynote.jp/201003191715113498/
http://43142.diarynote.jp/201108101632022013/
http://43142.diarynote.jp/?day=20130303
▶過去の、レニー・ホワイト
http://43142.diarynote.jp/201009030955539620/
http://43142.diarynote.jp/?day=20101203
http://43142.diarynote.jp/201409100930206205/
▶過去の、ヴァン・ダイク・パークス
http://43142.diarynote.jp/201301311032072367/
▶過去の、TOKU
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-2.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-9.htm ロニー・プラキシコ
http://43142.diarynote.jp/200403101442170000/
http://43142.diarynote.jp/200602171950040000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20080819
http://43142.diarynote.jp/201103171354125352/
http://43142.diarynote.jp/201206210944302024/
http://43142.diarynote.jp/?day=20130922
<今日の、昭和>
午前中に取材を1本こなし、昼過ぎに知人と渋谷で会う。先方指定の、昼時でも混まないという場所は、東急プラザの渋谷店にある時間制のフリー・スペースのようなところ。へえ、こんな形態の商売もあるのね。PCも使えれば、子供用スペースもあり、無料の飲み物サーヴァーもある。何より、広々としているのがいい。これは使えるかもと思ったが、もうすぐクローズなのね。今度の日曜で、東急プラザは渋谷駅再開発の流れで、閉店とか。ま、そんな立ち寄ることはなかったが、紀伊国屋書店とかHISとかにはお世話になったし、ここの喫茶店(いつも、混んでいたよな?)で待ち合わせたことは何度もあるはずだ。あと、10年前ぐらいに知り合いが地階の蕎麦屋を飲み屋がわりに頻繁に使っていたことがあって、そのときは何度か、ここに足を踏み入れたかな。別に思い入れはない。だが、10代から時に入ったりはしていたわけで、少し寂しさは感じなくもないか。1970年代はお洒落なショッピング雑居ビルであったと思われ、そのまま店揃えは基本昭和のままで通して来た建物。次はどんな施設で、いつできあがるのか。ぼくが計画者だったら、JR渋谷駅と東急プラザの間にある広大なバス乗り場を含めてなんとかしようと思う。バスターミナルを地下にするにしろ、地上のままの置くにしろ、もう少し便利で、楽しくなるような、使い方があるような。ともあれ、自分のなかにある、なんとなくな昭和がまた消える……。
ところで、3月17日のこと。ブログに書いた2本目の試写を見合たあと、スペースシャワーの事務所(bmr.jpのマルヤに会いにいった。今放送に出ることが多くてと、アイツなんか自慢しておったなー)のすぐ近くの路上で、仲良さそうな外国人夫妻とすれちがった。ん、男性のほう、サッカー日本代表チームの前監督のハビエル・アギーレにかなり似ているぢゃん。ぼくのイメージより白髪なのと、小柄であることに加え(それから、写真で知るより、恐そうじゃなかった)、まさか今日本にいるなんて思いもしなかったので、さらりとすれ違った。が、現在日本に滞在とのこと。わー、やっぱりあれは、本人であったのか。でも、完全にプライヴェイトのりであったし、本人だと分っていても声をかけたかどうか。ぼくは何気にアギーレに期待しているところはあったナ。だが、彼に代わるヴァヒド・ハリルホジッチのほうが断片的に入る情報だと、もっとデキる人のように思えてしかたがない。楽しみではあるなあ。
*追記。以下のは、ちょっと失礼な対応をされたので、自らボツらせた、この日のライヴの原稿デス。(そんなこと、初……)
ビリー・ホリデイ・トリビュートとなる新作『カミング・フォース・バイ・デイ』を100%フォローする公演、それは蜃気楼のような、えも言われぬ詩情を携えていた。
冒頭、新作レコーディング参加者(カウハード、マシューズ、ブリート)と旧知の奏者(バーンハム、プラキシコ)らが主となる演奏陣が出て来て、演奏を始める。間の感覚を抱えた楽器音群が響きあい、漂う。コレハ、何カガ違ウ……。ちょっとした演奏音だけでも、聞く者を引き寄せる、磁力のようなものが確実に存在する。
そして、裸足のウィルソンがステージに上がり、例により、過度に力を抜いているのに、一方では確固とした質量感を持つ肉声を泳がせる。だいぶ前から、彼女はフェイクやスキャットを噛ますことを避けている。だが、揺らぎを持つサウンドのもと披露される抑えまくった歌唱は奔放な感覚を存分に抱えているのはどうしたことか。様式ではなく、哲学としてのジャズが、ここにある。そんな思いも、これは引き出されるというものではないか。
演奏された曲は、11曲全て新作に収録されていたホリデイ絡みの楽曲。潔い。とうぜん、バンドのサウンドもまたアルバム録音セッションで獲得したものを、今回の編成で開き直そうとするものだ。
それにしても、ウィルソンは柔和な笑顔を浮かべっ放し。毎度余裕たっぷりにパフォーマンスをする彼女だが、いつも以上の笑みの表出に、ぼくは唐突に菩薩という言葉を思い浮かべたりもした。それは、ホリデイの世界に対峙できる冥利の度合いを知らせるものではないか。そして、新作の持つ意味は、般若という側面もあったホリデイの表現を、今の視点やウィルソンの持ち味を介して菩薩の表現に転化させることであったのではないかと思えて来たりもしてしまった。少なくても、20世紀上半期前線のポップスという位置にあるビリー表現を、21世紀の奥行きある艶やかな大人ポップ・ミュージックに改変していたのは間違いない。
誘われつつ、ココロ射抜かれる。今回、材料が統一されているためもあったろう、よりブレない軸を持つカタチでカサンドラの確固たる音楽スタンスはアピールされたし、ビリー・ホリデイの神通力のようなものも明晰に出されていたと、ぼくは痛感した。
その帯の、最終日。その新作を全面的にフォロウする公演。なんと披露したのはすべて、新作でやっている曲。この晩はアンコール1曲を含め全11曲を歌ったが、アルバムに収録されていたのは12曲(日本盤はそこに、ボーナス曲が入る)だったので、ほぼ全曲披露したこととなる。やらなかった1曲は何? そう興味ひかれる人がいるかもしれないが、それは「ストレンジ・フルートゥ」なり。なんか、深読みできますね。と、思ったら、他の日はアンコールを4曲もやり(30分近かった、そう)、そこには「奇妙な果実」も入っていたようだ。ガクっ。
アルバムのプロデューサーは いろんなロック・アルバムを手がけているエンジニア流れのニック・ローネイ。アルバムには旧知のジャズ流れの人とともに、ローネイが制作したことがあるニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズのリズム・セクションやヤー・ヤー・ヤーズ(2010年1月16日)のギタリストたちが関与。カサンドラとケイヴは同じマネージメントに所属、ローネイ起用はカサンドラのマネージャーの勧めであったという。
2月20日から5月まで続く米国ツアーのなかにぽっこり入った、極東でのライヴ(このあとの香港での2公演以外は、公演会場はすべて米国都市)。ロック側プレイヤーの参加はなしに、周辺のジャズ・ビヨンド側奏者で主にまとめた陣容でショウを持った。
ブライアン・ブレイドやアリッサ・グラハムの来日公演同行でお馴染みのピアノのジョン・カウハード(2003年9月27日、2008年9月4日、2009年7月16日、2011年5月12日、2012年5月22日、2014年2月12日)、ベース・クラリネットやテナー・サックスを中心にフルートやクラリネットも手にしたロビー・マーシャル、自ら歌う渋味リーダー作を何作も出しいるギターのゲヴィン・ブリートの3人は新作レコーディング参加者たち。ありゃ、3人とも非アフリカンじゃん。もしかして、『カミング・フォース・バイ・デイ』はカサンドラ以外は白人だけで録音されたのかもしれない。わりとハンサムなマーシャルはポップ系のセッション奏者だがかなりの腕利きで、感心。ぼくが知る限り、ウィルソンが純管楽器奏者を同行させたのは初めてか。ノラ・ジョーンズ(2002年5月30日、2002年9月14日、2007年3月21日、2010年1月20日)作なんかにも入っているブリートは『ニュー・ムーン・ドーター』や『トラヴェリン・マイルス』でカサンドラと絡んでいる。
ヴァイオリンのチャールズ・バーナム(2004年9月13日、2013年5月31日)、ベースのロニー・プラキシコ(1999年9月2日、2001年2月12日、2001年9月6日、2008年8月11日、2010年6月13日、2011年5月5日、2013年5月31日)はカサンドラ作/ライヴ 参加でおなじみ。若い頃のレニー・ホワイト(2010年9月1日、2010年12月3日、2014年9月7日)と少し似ているドラマーのジョン・デイヴィスは、山中千尋(2005年8月21日、2009年6月7日、2010年3月14日、2011年8月6日、2013年3月3日)が一頃重用していた。この3人はアフリカ系だ。
バーナムだけ、譜面を前に置いていた。アルバムでの弦アレンジはヴァン・ダイク・パークス(2013年1月29日)がやっていたが、その甘美な響きが効いた1938年曲「ユー・ゴー・トゥ・マイ・ヘッド」はシングル・カット出来そうなほど、アルバムでは親しみやすいメロウ・ソウル曲になっていた。でも、実演でのヴァイオリン1本の伴奏はアルバム・ヴァージョンを何度も聞いていると少し辛かった。しかし、バーンハムとブリートの絡みは相当に魅力的。2人で絡みながら、グイグイせめて行く局面なんかはもう並んだ2人に注視するのみだった。
基本、伴奏も軽く漂う感覚を持つが、カサンドラの歌唱もまた軽く、力を込めず流れる。その腹6分目的な歌唱はライヴを見るたびに毎度指摘しているような気もするが、見るたびに説得力のある力の抜け具合に感心しちゃうのだから、しょうがない。けっこう胸の谷間を出すゆるめのワンピースを着た彼女は終始笑みを浮かべていて、それは今ホリデイの表現を自分なりに聞き手に出せるのがうれしくてしょうがない、冥利に尽きる、と、伏せることなく出しているようであり……。
アンコールの「アイル・ビー・イン・シーイング・ユー」のとき、TOKU(2000年2月25日、2001年9月6日、2004年3月10日、2006年2月16日、2008年8月19日、2011年3月16日、2012年6月19日、2013年9月22日、 2014年2月5日)が呼ばれて、フリューゲル・ホーンで無理なく、いやかなりいい感じで重なった。カサンドラも終始、微笑む。
ホリデイ←→カサンドラ、ホリデイの生きた時代や文化←→カサンドラが生きる今、20世紀上半期の先端ポップス←→21世紀のポップス……。様々な用件が交錯する、蜃気楼のような感覚も多分に持つ、ライヴ ・パフォーマンス。やはり、いまだウィルソンの活動を注視しなければならないと、痛感しきり。とともに、あの時代のジャズ歌手においては珍しくソング・ライターとしての才も部分的には出していたホリデイのことを一度ちゃんと追いたくなった。。。
▶過去の、カサンドラ・ウィルソン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/augustlive.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/september1999live.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-2.htm
http://43142.diarynote.jp/200409070203440000/
http://43142.diarynote.jp/200808121357410000/
http://43142.diarynote.jp/201006181521416566/
http://43142.diarynote.jp/201105101010399933/
http://43142.diarynote.jp/201306060609052151/
▶過去の、ヤー・ヤー・ヤーズ
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▶過去の、ジョン・カウハード
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http://43142.diarynote.jp/?day=20090716
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▶過去の、ノラ・ジョーンズ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-5.htm 5.30
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm 2.09
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▶過去の、チャールズ・バーンハム
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▶過去の、ロニー・プラキシコ
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▶過去の、山中千尋
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▶過去の、レニー・ホワイト
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▶過去の、ヴァン・ダイク・パークス
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▶過去の、TOKU
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http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-9.htm ロニー・プラキシコ
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<今日の、昭和>
午前中に取材を1本こなし、昼過ぎに知人と渋谷で会う。先方指定の、昼時でも混まないという場所は、東急プラザの渋谷店にある時間制のフリー・スペースのようなところ。へえ、こんな形態の商売もあるのね。PCも使えれば、子供用スペースもあり、無料の飲み物サーヴァーもある。何より、広々としているのがいい。これは使えるかもと思ったが、もうすぐクローズなのね。今度の日曜で、東急プラザは渋谷駅再開発の流れで、閉店とか。ま、そんな立ち寄ることはなかったが、紀伊国屋書店とかHISとかにはお世話になったし、ここの喫茶店(いつも、混んでいたよな?)で待ち合わせたことは何度もあるはずだ。あと、10年前ぐらいに知り合いが地階の蕎麦屋を飲み屋がわりに頻繁に使っていたことがあって、そのときは何度か、ここに足を踏み入れたかな。別に思い入れはない。だが、10代から時に入ったりはしていたわけで、少し寂しさは感じなくもないか。1970年代はお洒落なショッピング雑居ビルであったと思われ、そのまま店揃えは基本昭和のままで通して来た建物。次はどんな施設で、いつできあがるのか。ぼくが計画者だったら、JR渋谷駅と東急プラザの間にある広大なバス乗り場を含めてなんとかしようと思う。バスターミナルを地下にするにしろ、地上のままの置くにしろ、もう少し便利で、楽しくなるような、使い方があるような。ともあれ、自分のなかにある、なんとなくな昭和がまた消える……。
ところで、3月17日のこと。ブログに書いた2本目の試写を見合たあと、スペースシャワーの事務所(bmr.jpのマルヤに会いにいった。今放送に出ることが多くてと、アイツなんか自慢しておったなー)のすぐ近くの路上で、仲良さそうな外国人夫妻とすれちがった。ん、男性のほう、サッカー日本代表チームの前監督のハビエル・アギーレにかなり似ているぢゃん。ぼくのイメージより白髪なのと、小柄であることに加え(それから、写真で知るより、恐そうじゃなかった)、まさか今日本にいるなんて思いもしなかったので、さらりとすれ違った。が、現在日本に滞在とのこと。わー、やっぱりあれは、本人であったのか。でも、完全にプライヴェイトのりであったし、本人だと分っていても声をかけたかどうか。ぼくは何気にアギーレに期待しているところはあったナ。だが、彼に代わるヴァヒド・ハリルホジッチのほうが断片的に入る情報だと、もっとデキる人のように思えてしかたがない。楽しみではあるなあ。
*追記。以下のは、ちょっと失礼な対応をされたので、自らボツらせた、この日のライヴの原稿デス。(そんなこと、初……)
ビリー・ホリデイ・トリビュートとなる新作『カミング・フォース・バイ・デイ』を100%フォローする公演、それは蜃気楼のような、えも言われぬ詩情を携えていた。
冒頭、新作レコーディング参加者(カウハード、マシューズ、ブリート)と旧知の奏者(バーンハム、プラキシコ)らが主となる演奏陣が出て来て、演奏を始める。間の感覚を抱えた楽器音群が響きあい、漂う。コレハ、何カガ違ウ……。ちょっとした演奏音だけでも、聞く者を引き寄せる、磁力のようなものが確実に存在する。
そして、裸足のウィルソンがステージに上がり、例により、過度に力を抜いているのに、一方では確固とした質量感を持つ肉声を泳がせる。だいぶ前から、彼女はフェイクやスキャットを噛ますことを避けている。だが、揺らぎを持つサウンドのもと披露される抑えまくった歌唱は奔放な感覚を存分に抱えているのはどうしたことか。様式ではなく、哲学としてのジャズが、ここにある。そんな思いも、これは引き出されるというものではないか。
演奏された曲は、11曲全て新作に収録されていたホリデイ絡みの楽曲。潔い。とうぜん、バンドのサウンドもまたアルバム録音セッションで獲得したものを、今回の編成で開き直そうとするものだ。
それにしても、ウィルソンは柔和な笑顔を浮かべっ放し。毎度余裕たっぷりにパフォーマンスをする彼女だが、いつも以上の笑みの表出に、ぼくは唐突に菩薩という言葉を思い浮かべたりもした。それは、ホリデイの世界に対峙できる冥利の度合いを知らせるものではないか。そして、新作の持つ意味は、般若という側面もあったホリデイの表現を、今の視点やウィルソンの持ち味を介して菩薩の表現に転化させることであったのではないかと思えて来たりもしてしまった。少なくても、20世紀上半期前線のポップスという位置にあるビリー表現を、21世紀の奥行きある艶やかな大人ポップ・ミュージックに改変していたのは間違いない。
誘われつつ、ココロ射抜かれる。今回、材料が統一されているためもあったろう、よりブレない軸を持つカタチでカサンドラの確固たる音楽スタンスはアピールされたし、ビリー・ホリデイの神通力のようなものも明晰に出されていたと、ぼくは痛感した。