1970年代アタマからロックを聞いてきているぼくにとって、ちょうどそのころ世に出たスコットランド出身の米国ファンク/ソウル憧憬白人バンドであるアヴェレイジ・ホワイト・バンド(2007年11月26日)は、変形のファンキー・ロック・バンドとして耳にしていたように思う。少なくても、1977年の2枚組ライヴ盤あたりまではそれなりに彼らのことを聞いていた。ものぐさなぼくはテーンテーブルにのせた盤を頻繁に代えるのがイヤで、当初からレコードはLP中心であまりシングルを購買してはいなかったが、彼らの「カット・ザ・ケイク」はシングルで持っていて、滅法聞いたよなあ。一緒にギターを持っても、あのリフはちゃんとできなかった。彼らの最新作はNYでのライヴ盤だが「ピック・アップ・ザ・ピーセス」は入っておらず、今回は聞けないかもとか思っていたら、ちゃんとやってくれて超うれしかった。

 1970年中期に米国マーケットでもっとも成功した、スコティッシュのバンド。その見事な黒人音楽咀嚼の様は元祖アシッド・ジャズ/UKジャジー・ソウル・バンドとすることもできるだろうか。英MCA発1973年デビュー作(ザ・クルセイダーズの「プット・イット・ホエア・ユー・ウォント・イット」に歌詞を付けてカヴァーしたものも収録)以後、アリフ・マーディン(アトランティック・ソウルの裏方〜ようは、ジェリー・ウィスクラーやトム・ダウドの舎弟でしたね〜を経て、大プロデューサーとなる。チャカ・カーン、スクリッティ・ポリッテイ、ノラ・ジョーンズ他)に見初められて米アトランティック入りし(最初に彼らを熱烈応援したのは、ボニー・ブラムレットであったという)、米国で馬鹿受け、彼らはマーディンの初期名声を高めた最たる存在であるはずだ。蛇足だが、アヴェレイジ・ホワイト・バンドは長年米国拠点で活動していると思う。

 1980年代初頭に一度解散したものの、1990年代を回って再結成。現在はアラン・ゴリー(ヴォーカル、ベース、ギター)とオニー・マッキンタイア(ギター)という、2人のオリジナル・メンバーを擁する形で活動していて、テナー・サックスと鍵盤を担当するフレッド・ヴィグダーと著名セッション・ドラマーのロッキー・ブライアント(2001年4月24日、2003年 9月16日)は前回時も同行。そして、今回はキーボードやフレットレス・ベースを弾くロバート・エアリーズとシンガーのブレント・カーターがつく。おお、そのカーターは1990年代中期から2000年代初頭にかけて、タワー・オブ・パワー(1999年11月4日、2002年8月11日、2004年1月19日2008年5月18日、2008年5月19日、2010年5月11日、2011年3月10日)に在籍していた人ではないか。

 カーターはなるほど、癖はないながら、よく歌える。そんな人を擁したことで、けっこう彼がリード・ヴォーカル取るのではと思ったら、それはなし。「アイ・ウォント・ユー」とかリオン・ウェア絡み曲は彼が悠々と歌ったりはしたが、曲の半分以上はゴーリーが歌い、カーターがコーラス部を取っていた。しかし、ベースやギターを巧みに弾き、ソウルフルな声ではないながら高めの地声とフェルセットを巧みに併用して歌うゴーリーはなかなかの才人ではあるなー。前にも本欄で書いたことがあるけど、アヴェレイジ・ホワイト・バンド解散期にダリル・ホール(2005年3月21日、2011年2月28日)がソロ作(1993年『ソウル・アローン』)制作の重要側近者として彼に声をかけたのもよく分る。一方、今ピンで活動している元同僚のヘイミッシュ・スチュアート(2006年3月8日)はポール・マッカートニーの作曲共作者を務めたことがありましたね。蛇足だが、ホール&オーツのデビューはアトランティックからで、やはりアリフ・マーディンが担当した。契約はホール&オーツのほうが1年早い。

 ギターやベースといった弦楽器の絡みやメロディを強調するサックスの使い方が決め手のファンキー・バンドであり、何気にグっと来るメロディをそこに付けるのにも長けていた担い手であることを、再確認。新たな血も導入して実演上において衰えもないし、フツーに接してウキウキとなれる。離れた席に座っていた普段はクールな英国人知人も立ち上がりギンギンに身体を揺らしているのを見て、ぼく以上に彼はアヴェレイジ・ホワイト・バンドに夢中だったんだろうなと思った。南青山・ブルーノート東京、ファースト・ショウ。

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<今日の、むーん>
 表参道駅からブルーノート東京に行く道(昔は、骨董通り、と言ったんだっけ?)の途中、今いつも人が並んでいる一角がある。なんちゃらベイキングという名前のカフェのような店(内装は低予算であるように、外からは見える)の横。ウィークエンドにしろ平日にしろ、寒々しいなか、人々がぞろり。せっかちでわがままでもあるぼくは待つのが超苦手。ましてや、気持ちいい気候じゃないなか、外に立って待つなんていうのは言語道断の行為。NYから出店した話題のお店のようだが、皆さん正気? とか、思ってしまう。ああ、価値観って、本当にいろいろですね。そんなぼくは自分がやられてイヤなことは、他人にもすまいといちおう心がける。やはり、どこかまっとうじゃないところもあると、自分のことを思うので。だから、待たされるのが大嫌いなぼくは、ちゃんと時間を守る。仕事についてはもちろん、遊びの約束においても、少し早めにつく。で、万が一、相手がおくれたりすると、いい大人なんで外には出すまいとは思うんだが、ムっとしてしまう。このけんについては、なんとか、ならんだろーなー。