びっくり。ティトはブルース・マンだったんだア。
ジャクソン兄弟の次男にして、マイケル・ジャクソンより5歳上(その間には、二人いますね)。ギタリストとしてジャクソン5やザ・ジャクソンズの屋台骨を支え、性格は兄弟の中で1番温厚なんても伝えられる人物が、ティト・ジャクソン。彼の3人の息子たちは90年代中期にマイケル・ジャクソンの助力で3-Tという名前でソニーからデビューもしましたね。そんな彼が現在ソロ活動をやっているのも知らなかったワタシではありますが、あのMJと血のつながった人を一目確認しておきたかった。南青山・ブルーノート東京、セカンド・ショウ。
黒いシャツとパンツに赤色のベストという格好でそろえたバンド・メンバーたちがステージ上で早々に待機、キーボード2、ギター、ベース、ドラム、テナー、トランペット、トロンボーンという布陣。サックス奏者のカル・ベネットはスムース・ジャズ傾向のリーダー作を数作もつ人物で、ドラマーの沼澤尚(2010年1月13日、他)がLA在住だったころ、親交を持っていたはずだ。そして、健康的なお色気路線の格好をする3人の女性ヴォーカル陣(その様はステージにいるだけで、うれしくさせる)とともに、全身キンキラ赤の格好をしたティトが登場。それほど伸長は高くない人なんだな。
で、ギターを手にし、のっけからティトが歌い始めたのにはびっくり。歌はけっこう女性陣にまかせるのかと思った。そして、ギター・ソロを取ると、それが全編ブルーノート・スケールによるペンペンな単音弾き。ありゃあ、こりゃブルース・ギターじゃんと即思った次第。そしたら、2曲目以降は女性3人がステージをおりて、バンドとともに大ブルース大会に突入。もろブルース曲をうれしそうにやる。おお、堂にいっているし、まっとう。アタマのほうは歌は軽目かとも感じていたが、4曲目のマディ・ウォーターズの「フーチー・クーチー・マン」(だったかな?)あたりからは声も大きくなった。そして、ルイ・ジョーダンの「カレドニア」(このおどけた著名ジャンプ・ブルース曲を、彼はそこそこノヴェルティに紐解き直す)になだれこむ。ほんと、ティトがR&B成立以前の古い米国黒人音楽にぞっこんなのがひしひしと伝わってくる。うわー、変な奴。
ジャクソン5系の楽曲目当ての客はどんな気持ちで見ているのだろうと気にせずにはいられない(でも、そこは名のある人、そこそこ客は湧いていたかな)ほどの、怒濤のブルース路線。ギターはオーセンティックなブルース・マンのように指で弾かずにピックで弾いていたが、いろんなブルースのギター・パターンをちゃんと消化した演奏をばっちり披露。バンドの水準ともども、ティトの名前がなくても、ブルース・アクトとして十二分にそれは営業できるものを持っていましたね。
で、ショウの折り返し地点を少し過ぎて、再びコーラス隊が登場。ティトはアフロ・ヘアのウィッグをかぶり、69年に戻りたいかい、とアピール。好漢(ほんと、いい人そう)はとてもサーヴィス精神にも満ちた人でもありました。そして、「帰ってほしいの」や「アイル・ビー・ゼア」らジャクソン5時代の曲をやる。やっぱ、いいなー。オーディエンスは沸騰、以下は最後まで多くの人が立つ。ジャクソン5曲は他愛ないけどうれしい振り付けを伴う女性ヴォーカル陣で歌はまかなう。そりゃ、マイケルの子供のころの歌声は女性の声で置き換えたがほうが違和感はありませんね。そして、また後半は1コードのファンクとか、黒色度数が濃い曲をやったりも。名があるからこその、力ワザ的な選曲によるパフォーマンス。でも、米国黒人音楽界の(とても断片的ながらも)積み重ね/襞やエンターテインメント感覚のあり方をティトは天真爛漫に、確かに示唆。あのスーパー・スターに流れていただろう、血筋にある何かにぼくは触れたような気分にもなった。
ジャクソン兄弟の次男にして、マイケル・ジャクソンより5歳上(その間には、二人いますね)。ギタリストとしてジャクソン5やザ・ジャクソンズの屋台骨を支え、性格は兄弟の中で1番温厚なんても伝えられる人物が、ティト・ジャクソン。彼の3人の息子たちは90年代中期にマイケル・ジャクソンの助力で3-Tという名前でソニーからデビューもしましたね。そんな彼が現在ソロ活動をやっているのも知らなかったワタシではありますが、あのMJと血のつながった人を一目確認しておきたかった。南青山・ブルーノート東京、セカンド・ショウ。
黒いシャツとパンツに赤色のベストという格好でそろえたバンド・メンバーたちがステージ上で早々に待機、キーボード2、ギター、ベース、ドラム、テナー、トランペット、トロンボーンという布陣。サックス奏者のカル・ベネットはスムース・ジャズ傾向のリーダー作を数作もつ人物で、ドラマーの沼澤尚(2010年1月13日、他)がLA在住だったころ、親交を持っていたはずだ。そして、健康的なお色気路線の格好をする3人の女性ヴォーカル陣(その様はステージにいるだけで、うれしくさせる)とともに、全身キンキラ赤の格好をしたティトが登場。それほど伸長は高くない人なんだな。
で、ギターを手にし、のっけからティトが歌い始めたのにはびっくり。歌はけっこう女性陣にまかせるのかと思った。そして、ギター・ソロを取ると、それが全編ブルーノート・スケールによるペンペンな単音弾き。ありゃあ、こりゃブルース・ギターじゃんと即思った次第。そしたら、2曲目以降は女性3人がステージをおりて、バンドとともに大ブルース大会に突入。もろブルース曲をうれしそうにやる。おお、堂にいっているし、まっとう。アタマのほうは歌は軽目かとも感じていたが、4曲目のマディ・ウォーターズの「フーチー・クーチー・マン」(だったかな?)あたりからは声も大きくなった。そして、ルイ・ジョーダンの「カレドニア」(このおどけた著名ジャンプ・ブルース曲を、彼はそこそこノヴェルティに紐解き直す)になだれこむ。ほんと、ティトがR&B成立以前の古い米国黒人音楽にぞっこんなのがひしひしと伝わってくる。うわー、変な奴。
ジャクソン5系の楽曲目当ての客はどんな気持ちで見ているのだろうと気にせずにはいられない(でも、そこは名のある人、そこそこ客は湧いていたかな)ほどの、怒濤のブルース路線。ギターはオーセンティックなブルース・マンのように指で弾かずにピックで弾いていたが、いろんなブルースのギター・パターンをちゃんと消化した演奏をばっちり披露。バンドの水準ともども、ティトの名前がなくても、ブルース・アクトとして十二分にそれは営業できるものを持っていましたね。
で、ショウの折り返し地点を少し過ぎて、再びコーラス隊が登場。ティトはアフロ・ヘアのウィッグをかぶり、69年に戻りたいかい、とアピール。好漢(ほんと、いい人そう)はとてもサーヴィス精神にも満ちた人でもありました。そして、「帰ってほしいの」や「アイル・ビー・ゼア」らジャクソン5時代の曲をやる。やっぱ、いいなー。オーディエンスは沸騰、以下は最後まで多くの人が立つ。ジャクソン5曲は他愛ないけどうれしい振り付けを伴う女性ヴォーカル陣で歌はまかなう。そりゃ、マイケルの子供のころの歌声は女性の声で置き換えたがほうが違和感はありませんね。そして、また後半は1コードのファンクとか、黒色度数が濃い曲をやったりも。名があるからこその、力ワザ的な選曲によるパフォーマンス。でも、米国黒人音楽界の(とても断片的ながらも)積み重ね/襞やエンターテインメント感覚のあり方をティトは天真爛漫に、確かに示唆。あのスーパー・スターに流れていただろう、血筋にある何かにぼくは触れたような気分にもなった。