昼下がり、14時半。新宿ピットインで、鍵盤打楽器奏者の山田あずさ(2013年5月19日、2014年6月13日、2014年6月15日、2014年10月19日、2014年11月21日、2015年4月17日、2015年5月2日、2015年5月6日)とドラマーの池澤龍作(2014年6月13日、2014年10月19日)のデュオ、MoMoを見る。おー、ピットインの<昼の部>に来るなんて、いついらい? その時分には午前中にやる<朝の部>もまだあったよな。ピットインの<朝の部>がなくなって、どのぐらいたつのだろう? 

 デュオの機微……。撥の魔力……。なんか、少しコロンブスの卵というか、意表をついているところアリとも思えた。阿吽の呼吸を持つ2人の気持ちの交錯を、背骨に置く。デュオゆえ、それは当然として、マレットなりスティックなり撥(バチ)系のものを身体と楽器の間に介在させる奏者同士が絡むという図式は、いろんなデュオがあるなか、MoMoならではの感興を生んでいるのは間違いない。棒を間におくからこその、もう一つの音の広がりや間〜パルスの存在がそこには確実にある。

 と、書きつつ、この日、山田はヴァイブラフォンだけでなく、ピアノも弾く。いくつかの曲を(オリジナルを中心に、エグベルト・ジスモンチ〜2008年7月3日、2013年3月27日〜の曲などもやったよう)切れ目なく続けた長尺演奏が2つ披露されたが、その塊のなかで、山田は両方の楽器を行き来するように扱った。ならせば半分は、ピアノとドラムのデュオであったのではないか。なんでも、2週間前のMoMoのライヴで初めてピアノを弾いたようだが、その個性的な音の連なりを持つピアノ演奏はおもしろかった。

 もちろん、専業のピアニストと比べるならぎこちないところはあるだろう。だが、専門の奏者ではないからこその音やテンポの取り方〜揺らぎ、音の連続性が、そこにはあり。とともに、それらはけっこう具体的な旋律を追っていたりもし、それは山田の作曲家としてしての側面にも光をあてるし、時々いれられる歪んだハーモニー、邪悪なひねくれが気持ちよく効く。なんか、ぼくはひかれたな。

 また、ピアノを弾く事で、ヴァイブの演奏(最高で6本のマレットを持つ)も対比的にフレッシュに舞う。ぼくがこれまで聞いた山田のヴァイブラフォン/マリンバ演奏のなかで、一番瞬間風速値が高かったと思えた。そして、それは遊び心のある、敏感にして細心なドラミングが引き出すものでもある。すでに4年ほど持たれ、相当なギグ数を2人はしているらしいので、密な相互関係があるのは当然であるだろうが。池澤のスネアやタム、シンバルの豊かな音色遣いに触れ、ぼくはなんとなくケンドリック・スコット(2009年3月26日、2013年2月2日、2013年8月18日、2013年9月11日、2015年2月4日)のそれを想起したりもした。それを当人に伝えると、彼がバークリー音楽大学に通っていたとき、スコットは一緒だったのだそう。彼、夜はヴェルヴェット・サンでソロ・パフォーマンスをすると言っていた。

▶過去の、山田あずさ
http://43142.diarynote.jp/201305260923241736/
http://43142.diarynote.jp/201406160956273046/
http://43142.diarynote.jp/201406161000365031/
http://43142.diarynote.jp/201407261220126653/
http://43142.diarynote.jp/201410251052527799/
http://43142.diarynote.jp/201411221353274586/
http://43142.diarynote.jp/201504181000432127/
http://43142.diarynote.jp/201505071132034325/
▶過去の、池澤龍作
http://43142.diarynote.jp/201406160956273046/
http://43142.diarynote.jp/201410251052527799/
▶過去の、エグベルト・ジスモンチ
http://43142.diarynote.jp/200807041128510000/
http://43142.diarynote.jp/201303290753133066/
▶過去の、ケンドリック・スコット
http://43142.diarynote.jp/?day=20090326
http://43142.diarynote.jp/201302041827243806/
http://43142.diarynote.jp/201308191407221107/
http://43142.diarynote.jp/201309161510164697/
http://43142.diarynote.jp/201502051100298160/

 その後は、モーションブルー・ヨコハマ(ファースト・ショウ)へ。赤レンガ倉庫の広場では沢山の仮設立て物が並んでいて、それは明日明後日の土日に持たれるグリーンルーム・フェスティヴァル関連のもの。で、その先の海の方を一瞥して、がひょーん。停泊している超デカい船がどっか〜んと見える。その細長い巨大ビルが突如表れたような景観には、胸が高鳴る。なんか、国際派港町ヨコハマに来たというキブンになるなあ。それ、大桟橋(かつてのグリーンルーム・フェスの会場でありました)に寄港したイタリア船籍の世界一周客船らしい。

 出演者は、LAのバンドであることを強く自認するオゾマトリ(2001年10月13日、2002年3月14日、2005年3月17日、2007年4月8日、2007年10月8日)。ぼくの“ココロの友”的バンドの一つで、わーい! 朝、久しぶりに初期のレコードを引っ張り出して聞いたのだが、ロス・ロボス(2004年10月7日、2005年7月31日、2011年1月19日)関連者(グラミー賞獲得の2作目は、ステォーヴ・バーリンがマリオ・カルダードJr.とともにプロデュース)とジュラシック5(2002年2月6日)関連者(チャリ・ツナとカット・ケミストはオゾとジュラ兼任だった)が一緒に録音参加しちゃっていて、そのバンドの立ち位置の特別さを再認識。なお、彼らの中期までの1枚を選べと言われたら、ぼくの場合は2004年コンコード発の『ストリート・サインズ』かな。

 お、7人から6人になっていた(いちおう新作となる『プレイス・イン・ザ・サン』のジャケも6人で写っていた)が、メンバーはもうずうっと一緒にやっている人たち。ずっとパーカッションを担当していたジロー・ヤマグチ(かつては、ダブラ・ソロを聞かせたこともあった)がドラムを担当する。彼以外の5人が横一線に前に立ち、皆で歌う様には望外に高揚しちゃう。なんか、正しいバンドの姿があるとも、生理的に思わせられた。ラテンからヒップホップ、レゲエまで、その雑食感覚とバカみたいに合致するオトコ気表出の様は、何度見ても鼓舞され、アツくなる。途中で一人の不審気味な客がステージに上がってしまったりもしたが、面々は余裕でフレンドリーに対応。それは一端だが、随所に得難いライヴ・バンドの体は出ていた。

 彼らは今年で設立20年、歩みを括るかのように曲断片を繋いだメドレーも彼らは披露。また、最後は例によって、でかいスルドから小物までをそれぞれ手にし、サンバ風のビートのもと、面々は場内を回り、会場後方で演奏し、歌う。やっぱり、あんたたちのライヴは絶品だアと痛感。月曜日の、インタヴューが楽しみだ。

<追記>
 インタヴューしたら、オゾは20周年のスペシャルなライヴを考えているという。直近では、7月にハリウッド・ボウル(2007年7月18日)で持たれる<プレイボーイ・ジャズ・フェスティヴァル>に彼らも出ることになっていて、そのときはいろいろゲストを入れて20周年を祝おうと思っているという。たとえば、ゲストは誰? と問えば、「ランディ・ニューマン」とジロー。!!!!!! どうして彼と問えば、「だって、彼もLAぢゃん」。仰せの通り。ある意味、LA音楽界の権化。彼はシニカルな意味で歌ったとされる「アイ・ラヴ・LA」という曲を1983年に発表。そして、その曲は、1984年のLAオリンピック期間中、ナイキのCMに使われもした。見に行きて〜。それから、モーションブルーのショウを見たことを伝えると、サックス、キーボード、ギター担当のウリセス・ベーリャが、ファーストとセカンドのどちらを見たのか知りたがった。あのお客乱入を見たのかいと、すかさず返してくる。百戦錬磨の彼らにとっても、あれはアラアラな出来事だったよう。

▶過去の、オゾマトリ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-10.htm 朝霧ジャム
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-3.htm
http://43142.diarynote.jp/200503240454330000/
http://43142.diarynote.jp/200710121730320000/
http://43142.diarynote.jp/200710121730320000/
▶過去の、ロス・ロボス
http://43142.diarynote.jp/200410162216580000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20050731
http://43142.diarynote.jp/201101231220535615/
▶過去の、ジュラシック5
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-2.htm
▶過去の、ハリウッド・ボウル
http://43142.diarynote.jp/200707232251010000/

 そして、東京に戻り、渋味米国ロッカーのジョン・ハイアット(1952年、インディアナ州生まれ)、のショウを見る。おー、27年ぶりの来日公演かあ。六本木・ビルボードライブ東京、セカンド・ショウ。なんと、アコースティック・ギター弾き語りのパフォーマンス。二十歳ちょいでエピックと契約し、MCA/ゲフィン、A&M、キャピトルと、ずっとメジャー畑を歩んできた人で(80年代アタマのアルバムには、ニュー・ウェイヴ風なものもありました)、2000年代に入ってからもインディからとっても順調にアルバム・リリースを、彼は重ねている。ホームページを見ると、この直後から始まる欧州ツアーはバンドとのものなので、もしかして生っぽいソロは珍しい? 新作『Terms of My Surrender』(New West)はシンプルなリズム・セクション音を用いつつ、アコースティック・ギターを主に手にしたアルバムだったので、違和感は少ないかもしれぬ。

 話はとぶが、8月からはタージ・マハール(2000年10月12日、 2007年4月6日)との全米ツアー、さらに10月にはライル・ラヴィットと組んでアメリカを回るなど、受け手からの求めと同業者受けはたっぷりなよう。ライル・ラヴィット、一度見てみたいけど、日本ではまず無理だろうなー。

 全編自然体の、随所にアーシーな味や好ましい揺れを持つ生ギター弾き語り。それは、ひいてはアメリカン・ロックの襞を浮かびあがらせる。凝ったアルペジオとかはしないので、基本はやはりエレクトリック・ギター派の人物か。曲によってはハーモニカを吹いたりもし、1曲では口笛も。それ、うまい。熱心なファンが集まり、観客からは曲をリクエストする声が飛び交い、応えられるものにはそれなりに応じたりも。そこらあたりは、ソロ・パフォーマンスの美点なり。終盤、ハイアットは声援に大きなアクションで応えたりもし、かなりうれしがっていたように見えた。

▶過去の、タージ・マハール
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-10.htm
http://43142.diarynote.jp/200704112101130000/
http://43142.diarynote.jp/200806121400260000/

<今日の、移動>
 →新宿→横浜→六本木→。と、書くとけっこうな移動のようだが、路線乗り入れの妙があり、わりと楽勝。新宿(新宿3丁目。ピットインはその駅が近い)からからは副都心線に乗り、それがそのまま東横線と横浜地下鉄と乗り入れており40分ちょいでモーションブルー最寄りの馬車道駅につく。その後の六本木行きも逆の筋道で戻り、今度は東横線中目黒駅で到着ホーム向かい側から始発で乗ることができる日比谷線に乗り換えると、3駅で六本木駅につく。頭に浮かぶよりは、時間も負担もかかりませんね。でも、六本木から家までが距離は短いはずなのに、なんか遠い。つかないよー。なんでだあー。