メルドー(2002年3月19日、2003年2月15日、2005年2月20日、2015年3月13日、2019年5月31日)のソロによる公演、大手町よみうりホール。読売新聞本社の中にある綺麗なホールだ。収容500人クラスだと、そりゃチケットはすぐに売り切れるよな。

 ステージ中央に置かれたピアノは、スタンウェイだろう。3月にやったメール・インタヴューでメルドーは、「最近一つの楽器としてピアノの構造について、また調律について、これまでよりも熱心に学んでいる。その中でハンブルグにあるスタインウェイの工場を見学に行って、そこでピアノがどのように作られているのか見てきたりもした」と言っていたから。その一箇所にライトが照らさせる。なんか風情ありで、それだけで胸が高まる?

 ふらりとステージに出て、おもむろにピアノと向き合い、指を這わせる。彼と観客を妨げるものは何もなく、本当にそれだけ。そこからくる緊張感は、ちゃんとしたホール会場のソロ・ピアノ公演ならではのものか。彼の一挙一動にオーディエンスの目が集まり、メルドーはそれを受けとめ、思うまま音を紡ぎ出す。

 1曲めは30分と一番長くやったが、それはフリー・インプロヴァイズによるものであったよう。続く2曲もモチーフはあったものかもしれないが、同様。これは、貴重。魔法のような左右の指使いを介する彼のピアノ作法ははその後のジャズ・ピアノ表現のあり方を規定した(ようは“メルドー登場前/登場後”という図式がある)が、その技術の開陳だけに終わらないメルドーならではの詩情や歌心の発露がそこにはあり、一方では悪魔がペロリと舌を出したようなほつれや濁りもそこからは浮き上がりもするわけで、一連の彼の行為にはぐっと引き込まれるしかない。

 驚いたのは、トリオ公演においてはポップ曲を一切弾かなかった彼が、ソロ公演では、「ブラック・バード」、「アンド・アイ・ラヴ・ハー」、「マザー・ネイチャーズ・サン」と3つのザ・ビートルズの曲を演奏したこと。実はいろいろロック曲を取り上げる彼だが、今回はザ・ビートルズ曲だけ。なんか意図があったのか、偶然か。

 アンコールは4曲。その3曲目はジャズ・ピアニストのヴィンス・ガラルディがスヌーピーの映画のために書いた有名曲「ライナス&ルーシー」。いろんな人に取り上げられる好メロディ/情緒曲だが、終始清新なそよ風を伴い、また途中からはレトロな奏法も自在に入れるなど、これはメルドーのために書かれたのではと思えるほどの味を抱えていた。

 意外であったのは、今回トリオとソロ演奏を聞いて、どちらかを選べと意地悪な音楽の神様から言われたら、ソロの方を選ぶと思えたこと。15年ほど前にぼくは彼のトリオとソロに触れて、断然トリオの方が魅力的と感じたのにこれは一体どうしたことか。ぼくはグルーヴ派人間ゆえリズム音があった方がとっつきやすいと感じるタイプであるのは間違いない。だが、そんなぼくも齢を重ねるうちにもっと細やかな音楽の機微に目を向けられるようになったということなのか。もちろん、いろんな経験を積み、新作『ファインディング・ガブリエル』(ノンサッチ)のような非ジャズ要素もいろいろと抱える“歌心”満載アルバムを作るようにもなっている〜その一方では、近年クラシック側にクロスオーヴァーする活動を求めるようになっている〜メルドーの進化もあるだろう。また、この晩の調子も上々だったのではないか。ああ音楽って面白いし、人間の成長も頼もしい。なお、この晩の演奏について、クラシックぽいとは、ぼくはぜんぜん思わなかった。

「ピアノ・ソロは、僕にとっては挑戦なんだ。実は30歳になるころまでは、ソロ演奏について特に話すべきことはしてこなかった。ソロ演奏には絶対的なフリーダムがあるけど、絶対的な責任も自分にかかってくる。それはまるで、たった1人きりで他に誰も乗組員はいない船で広い海原を航海しているようなものだ」。これも、メール・インタヴューにおける、彼のソロ・ピアノ表現考である。

 ところで、会場入り口では彼のCD群が販売されていたが、一番スペースを取っていたのが、先に触れているメリアナ(2015年3月13日。「(メリアナを一緒にやっている)マーク・ジュリアナ〜2006年5月17日、2015年3月13日、2016年1月4日、2017年2月2日、2017年9月20日、2018年5月16日〜はグルーヴやグループでの演奏について、私に私とはまた違った新しい発想をくれる。そこで得た発想を私のソロ演奏に取り入れたりしている」)派生の歌感覚大開陳(ゆえに、すべてオリジナル)作で、キーボードやゲスト陣ヴォイスをおおいに活用した2019年新作『ファインディング・ガブリエル』。それぞれに聖書の引用が記載されていて非キリスト教信者には白けさせる部分も持つが、内容は“慈しみの情に満ち溢れた”もう一つの確かなジャジー・ポップと位置づけできるものになっている。感激でもう胸いっぱいというこの晩のお客さんたちは、それを聞いたらどう反応するのだろうか。

 そんな彼は、在LAの現代ビート・ポッパーであるルイス・コール(2018年5月27日、2018年12月12日)の2018年新作に一部ゲスト入りして軽くソロを取っているが、「ルイス・コールの作品に参加したのは、ジャック・コンテというルイスと演奏経験がある人物がルイスに私のことを紹介したのが発端。そこから、私たち3人は世にリリースしていないいくつかの曲を収録していったんだ。ジャックはその時パンプルマウスというプロジェクトを手掛けていて、今はパンテオンというクラウド・ファンデングの創立者として忙しくしている。ルイスはとてもクリエイティヴで、私は彼の音の大ファン。私は彼が書いた曲が好きなんだ」とのこと。あ、『ファインディング・ガブリエル』にはルイス・コールの影響もある?

▶過去の、ブラッド・メルドー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-3.htm
http://www.myagent.ne.jp/%7Enewswave/live-2003-2.htm
http://43142.diarynote.jp/200502232041270000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20150313 メリアナ
https://43142.diarynote.jp/201906050929394234/
▶︎過去の、メルドー『ラルゴ』を生む引き金となったジョン・ブライオンのライヴ@ラルゴ、LA
https://43142.diarynote.jp/200707232252110000/
▶過去の、マーク・ジュリアナ
http://43142.diarynote.jp/200605190943240000/
http://43142.diarynote.jp/201503150906115048/
http://43142.diarynote.jp/?month=201601
http://43142.diarynote.jp/201702081152242280/
http://43142.diarynote.jp/201709240954004876/
https://43142.diarynote.jp/201805201310351671/
▶︎過去の、ルイス・コール
https://43142.diarynote.jp/201805280520127056/
https://43142.diarynote.jp/201812130841251209/

<今日の、R.I.P.>
 インドの個性的というしかない女方ダンサーのクイーン・ハリシュ(2008年10月13日、2012年9月30日、2014年10月14日)が高速道路での交通事故で 亡くなった、という報が届く。日曜朝とか。伝統音楽の奏者3人の死亡も伝えられているので楽旅中、いわば業務中の悲劇であったのか。二言ぐらいしか言葉を交わしたことがなかったけど、柔らかな態度のなかに強さやユーモアを抱えていた。インド人の聡明さ、思慮の興味深さをぼくに感じさせてくれた御仁だった。
▶過去の、クイーン・ハリシュ
http://43142.diarynote.jp/200810151708588667/
http://43142.diarynote.jp/201210021531077830/
https://43142.diarynote.jp/201410210817229313/