ブラッド・メルドー

2005年2月20日
 前回来日公演(2003年2月15日)と同様に墨田トリフォニー・ホールでのソ
ロ・パフォーマンス。で、そのとき指摘しているように、この人はリズム・セ
クションを必要とする人で、ソロだと魅力は半減する(文字通りに!)。だが
、今回メルドーはサイド・マンとともに来日し、地方公演ではちゃんとトリオ
編成でやっているのだという。それなのに、なぜ東京だけはソロ演奏の公演で
しかやらないのか。そりゃ、普段と異なることをやるというのは本人にとって
も変化が出てウェルカムではあるだろう。ましてや、彼の近作は前回の来日時
に同ホールで録られたライヴ盤であるし。でも、魅力が落ちるものは落ちる(
と思う人はけっこういる。少なくても、僕の回りでは)。1部はソロ、2部は
トリオという構成のショウにはできなかったのか。

 で、実際、演奏が始まるとなんとなくつまらない。飽きる。前回と違い、よ
く指裁きが見えるところから見ていたにも係わらず。妙にクラシックっぽいと
ころも鼻につくし……。根暗であることも、マイナスの情緒としてより増幅さ
れる。それから、前回も思ったが、ホールに合わせて遠目には小綺麗になって
んだよなあ。ヨレた恰好で刺青見せながら、くわえ煙草で演奏していたブルー
ノート公演(2002年3月19日)が懐かしい。ファースト・セット終了後の休憩
時、普段はあまりジャズを聞いてなさそうだが昔から彼の姿勢が好きなんです
と言う女史に「おい、つまんねえなあ」と話しかけ、大いに顰蹙を買う。

 で、2部。へえ、こんなことってあるんだあ。聞き味が、1部と違って聞こ
える。闊達。ぜんぜん、良い。遙かに上質。ザ・ビートルズ、レイディオヘッ
ド、ポール・サイモンなどポップ系の曲をいろいろやったからかもしれぬが(
蛇足だが、彼の女房はオランダ人のフルーリーンという歌手で、ジャズとポッ
プを行き来するようなことをやっている)、その変化の流れ具合がとっても興
味深く聞こえる。ニコっと指裁きを追える。ほう、とんでもなく指が動くぢゃ
んと素直に共感できる。でも、1部と2部でこれほど感じが違っていいの?
人間が素直なところでやる芸とはそういうものかもしれぬが。2部の演奏なら
、拍手で彼を認めます。これなら、お金も払える。

 ところで、クラシック系ホールの常でアンコールを要求する声はしつこい。
3回目に出てきたときはしょうがねえなあといった感じで彼は「リクエストは
」と問う。それが、彼が唯一ステージ上で発した言葉だ。そして、観客の声
に従ったかどうかは知らないが、セロニアス・モンクの「モンクス・ドリーム
」を披露。これも良かった。その後も、アンコールを求める拍手はやまず。だ
が、ステタンディング・オヴェイションする人はそれほど多くない。いかに、
シャクティのときの公演(2005年1月31日)の光景は例外であったかを再確認
した。

 ところで、パフォーマンスを見ていてぼくがなんとなく思ったのは、キース
・ジャレットがフリー・フォームのピアノ・ソロ集をごんごん出していたとき
、たとえば日本で『サンベア・コンサート』を録っていたときって、今のメル
ドーぐらいの年齢だったのかなあということ。満員の客の前でソロ・ピアノを
披露する彼を見ながら、日本で彼は第2のキース・ジャレット的な位置=平た
く言ってしまえば、ピアノの貴公子的な色彩も帯びた、非ジャズ層をも取り込
むジャズ文化人/名士というブランドを獲得できるだろうかと考えた。……今
回のパフォーマンスもまたライヴ盤化されたりして。
 グラマラスという芳垣安洋(2004年11月17日、他)が主催するイヴェント(
レーベル名でもある)で、渋谷・クラブクアトロ。昼さがりサッカーのA3チ
ャンピオンズ・カップの試合見てたら(昔からマリノスは贔屓にしているが、
どーしても岡田監督には親しみを覚えん。あのフランスW杯のときの戦術は予
選突破を現実的に見据えた名采配であったとは思うにも係わらず。俺、眉が薄
い人間を嫌いなのかな?)、扁桃腺が腫れ気味になってきて、ちょっとイヤな
面持ちで会場に(週開けて、少し熱を出す。それでダン・ヒックスをパスする
)。前日に続きとても寒く小雨が降る日だったが、入りはなかなか。それ、芳
垣人気(そーゆえば、誰かジャン・レノみたいじゃないと言っていたナ)だっ
たら素晴らしい。まあ、かなり出演者の顔ぶれは豪華だしな。

 まず、今回のイヴェント用に組んだというベーシスト、松永孝義(電気ベー
スだけを弾く)のスペシャル・グループ。ミュート・ビートの同僚であった増
井郎人(tb) 、リード楽器の矢口博康(元リアル・フィッシュ) 、ギターの桜
井芳樹(ロンサム・ストリングス、ストラーダ、シカラムータ)、ドラムの井
の浦英雄(海の幸、サンディ&サンセッツ)他、9人編成。また、一部3人の
女性コーラスも加わったりも。基本的にはレゲエのビートに根を置くが、置か
ないものも。生理としてのエキゾや越境がその奥にあったような。とくに、ホー
ン・セクションなしでピアニカを弾くHakase-sunをフィーチャーした有名曲カ
ヴァー(曲名おもいだせず)は素晴らしかった。時空を超えると書くと大げさ
だが、すうっと枠をかっとぶ感じがあったもん。それにしても、ベースの音レ
ヴェルがとっても高いのにはびっくり。いくらなんでも……。

そして、2004年11月19日のROVO公演にも出ていたGOMAが、セット・
チェンジの間パフォームする。デュジュリデゥを音処理しつつ(ぶっとい、音
になるんだなあ)、ラップトップ音なんかも絡ませつつ、今ノリで聞かせる。
アリですね。この後出てきた芳垣のMCによると、ROVOのときの共演が縁
での出演になったようだ。

 で、芳垣率いるヴィンセント・アトミクス。2ドラム、2ヴァイオリン、2
トンボーン、ヴァイブ、縦ベースという変則編成。岡部洋一、太田恵資、勝井
祐二、松本治、青木タイセイ、高良久美子、水谷浩章……、ROVOと大友良
英のONJQ/ONJEと渋さ関連者、プラス・アルファですね。で、けっこ
う構成されているようでどんどん自由に動いていくような表現(各曲は長目)
を触れて、なるほどと唸る。だって、どこにもない、誰でもない、彼らの音楽
になっていたもの。もうちょっと、明快な部分があってもいいとは思ったけど
。ともあれ、ジャズの冒険精神/ある種の流儀を糧に思うまま漂おうとする、
複雑にして不思議な流麗さを持つ音楽……。

テリー・キャリア

2005年2月17日
 2002年5月21日、2004年4月19日に続く、南青山・ブルーノート東京。キー
ボード、サックス、ギター、ベース、ドラム、打楽器という英国人を中心とす
るバッキング編成はこのところずっとのもの(前回の来日公演からは、ドラマ
ーと打楽器奏者が変わっている)。そして、なにより演奏パートの時間もたっ
ぷり取った、ジャジーなヒューマン・ミュージックが過去同様に展開される。
歌声は相変わらず良好。部分的には、よりスポンテニアスな歌い方をしていた
ような。本編だけで1時間半近く。そして、アンコールはキャリア一人で生ギ
ターの弾き語り。嬉しい。最初、バッキング・メンバーも出てきたのを彼が帰
らせたので、一人でやるのはその場で決めたのかな。それ、たっぷり10分を超
えるものでした。
 まず、オトゥール・ドゥ・リュシーというフランスのギター・バンドのフロ
ントに立つヴァレリー・ルーリオが男性キーボード奏者とともにパフォーマン
ス。さらり、でも丁寧なパフォーマンス。僕としては強い感興を覚えるもので
はなかったが、別にやられてもイヤな感じはない。彼女のパフォーマンスが終
わると少し会場の混み具合が緩和される。彼女目当ての人もいたようだ。

 そして、グラスゴーからやってきた、ザ・デルガドス。ステージ上には6人
、キーボード奏者が二人。それ、サポートなのかな。彼ら、一人のほうはヴィ
オラを弾いたり、もう一人はフィドルを弾いたり。なんか、スコットランドっ
ぽさをそんなところにも感じたかな。と、これはこじつけだが、お金稼いでも
その使い道を知らなそうだぞと思わせるところをはじめ、なにかとグラスゴー
という項目と結び付けて考えたくなるところはいろいろ。

 レコードと同様に男女がかわるがわるリード・ヴォーカルを取ったのだが、
それは男女でリベラルに事にあたっていると思わせるものであるナ。そう、総
じて感じさせられたのは、素朴ななかに溢れるまっとうさのようなもの。細か
いところにツっこみを入れたくなる部分もあったけど、人間が重なってやって
いるというキブンがあふれてて、ニコリとなれた。
 まず6時から、六本木・ブエナビスタインターナショナルジャパン試写室で
、ウェス・アンダーソン監督(「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」他)の「ラ
イフ・アクアティック」を見る。ビル・マーレイ扮する海洋冒険家/映画制作
家とそのクルー(チーム・ズィスーといい、お揃いの格好をしている。みんな
、それなりに癖アリ)たちと織りなす、海を舞台とする冒険譚。大半の舞台と
なる船のなかの描き方をはじめ、現実を十分に弁えた設定とまったくお伽話っ
ぽい(ポップと言うことも出来るはず)設定が絶妙な距離感とともに重ねられ
、不思議な味わいを出していておおいに頷く。

 含みと示唆とウィットに富む、他愛ないけど、なんとなくいい感じの娯楽映
画。黄色い潜水艦のシーンも出てきて、ザ・ビートルズのイエロー・サブマリ
ンへのオマージュとなっている感じの部分もあるか。なるほど、これはクスっ
と笑えて、ちょっと高揚させ、少しホロリともさせ、しいては人生は……人間
は……っても思わせる、大人の寓話というに相応しい映画だ。やるなあ、ディ
ズニー。

 そして、(ブラジル)音楽ファンは、ファロファ・カリオカ出身で、映画
「シティ・オブ・ゴッド」出演で多大な印象を残したセウ・ジョルジがクルー
の一員として出演していることに興味を惹かれるだろうか。彼がギターの弾き
語りをしているシーンは多数、それが風通しの良いアクセントとなったり、嬉
しい人間味を加味することに繋がっている。ジョルジの新作『クルー』は哀愁
や渋みに満ちた実直ギター弾き語り基調作となっていたが、それがもっと軽く
淡々とした感じで映画では披露されている。で、あらららと思わせられたのは
、「スター・マン」ほかパフォームする曲がどれもデイヴィッド・ボウイの曲
で、それをポルトガル語経由のいい加減なハナモゲラ調で披露していること。
ウヒヒヒ。
 
 とかなんとか、ポップ文化をいろいろと体内にため込んでいる人には、随所
に抗しがたい設定がなされている映画とも言える。そういえば、この前取材し
たマーカス・ミラーも同意していたが(それは、彼がケン・ヒックスというオ
ペラ歌手のプロデュースをしたことからそういう話になった。発売前のプロダ
クツを5曲ぐらい聞かせてもらったが、オペラとジャズの融合というお題目に
は鼻をつまみたくなるぼくもあっと驚く良好な出来を示していた)、現在ア
メリカ音楽界ではベイビー・ブーマー世代をはじめとするエルダー・マーケッ
ト(ロック最初期世代ですね)の再開拓に腐心しているそうだが、それは映画
界のほうにも当てはまるのだろうか。ともあれ、映画「ライフ・アクアティッ
ク」はちょっと先が見えた人たちのココロにもポッとなんらかの火を燈すよう
な作品だと思う。

 そして、終わったあとタクシーに飛び乗り、南青山・マンダラに。ブラジル
が誇る名パンデイロ奏者マルコス・スザーノを挟んでのセッション(2001年12
月19日、2002年7月21日、他)がちょうど始まるときに到着し、ニコっ。スザ
ーノ以外は、勝井祐二(2004年11月19日、他)、エマーソン北村(2003年3月
11日)、そして佐藤タイジ、森俊之、沼澤尚のサンパウロ(2002年1月30日、
2004年1月30日、他)組。それに、途中から、ブラジル人のキーボード奏者も
加わる。ずっと途切れなしの2時間セッション。佐藤タイジはギターよりもベ
ースを弾いているときのほ方が長かったかかも。スザーノのブラジル流儀を聞
かせますというよりは、日本人のお手合わせのほうにスザーノがおおそうくる
かいといった感じで重なる。彼はそのほうが新鮮だろうな。一番、自分の流儀
を出したのは勝井祐二か。勝井、沼澤を中心とするセッションが4月にモーシ
ョン・ブルー・ヨコハマであるそうな。それから、スザーノは今週末のシアタ
ーブルック(2000年7月29日、2001年12月22日、2003年6月22日)の公演にも
ゲスト入りするという。
 2000年2月8日、2002年7月27日以来、彼らのことを見るのかな。舞浜・N
Kホール。もう、クローズされて使われなくなると聞いていたけど……。車だ
と幕張から見れば都内と言っていいほどすぐに着いてしまうし(首都高だけの
料金で行けるし)、ヒルトン・ホテルの駐車場に留めればすぐに会場入りでき
るし、ちゃんとしたホールだし、今回そんなに悪くない会場なんだなと思った
。ただ、2回廊下の煙草の煙の充満し具合は絶望的なぐらい酷いが。

 入口できっちりとしたセット・リストをもらう。そりゃ、そうだわな。彼ら
のパフォーマンスってライティング/映像などのコンピューター仕掛けのいろ
んな効果が楽曲と厳密に噛み合ってこそのものであり(それをもっと徹底して
いるのが、クラフトワーク:2002年12月13日)、それゆえ彼らの演目はび
しっと定められているはずだから。そう、ケミカルのステージというと、純粋
な音楽コンサートという気があまりしない。でも、だからこそ、たまには触れ
てみたいという気にもなる。<お金と技術をたんまりかけた、現代エンターテ
インメントの一つのあり方>の確認というか。まあ、ステージ設定が大がかり
なことで知られるU2やストーンズにも同様の視点は持てるんだろうけど、パ
フォーマーの肉体性をあまり出さず、かつ音を出す過程を見せることがないケ
ミカルの場合はその度合いがより強い。
        
 会場内に入ると、踊るぞといった感じのT・シャツ姿になった若人がいっぱ
い。本当に普通の人が来ているだよなあ。みんな大勢になって騒ぎたいんだな
ー。アリーナはスタンディング、2階は椅子席。5000人は超える入りだろうと
推測する。

 心理学としての音楽パフォーマンス。どう、音と映像と光と煙などのステー
ジ効果をかみ合わせれば、より人を高揚させ、開放させ、満足感を与えられる
かという……。音は迫力あるし(でも、前のほうが感動を覚えたな)、レーザ
ー光線は綺麗だったし、当然のことながら楽しかったが、その組み合わせは最
良というまでは達していない。というか、もっともっと効果的な重なりを求め
られるはずと、ぼくは思った。

 ところで、髪の毛をやってくれているおにいちゃんからたまに飲むおねいち
ゃんまで20代のぼくの回りの何人かが、昨年秋に新設された金沢の21世紀美術
館にわざわざ行っててちと驚く。なかなかいいらしい。現代美術というと水戸
のそれは有名だったが(ぼくも梅を見がてら、行ったことが一度あった)、そ
こにいたキュレイターもそちらに流れているらしい。魚と海岸ドライヴ(隣県
には砂浜をゴンゴン走っていい海岸があるらしい)を絡めて行くのアリかな?

田村夏樹カルテット

2005年2月10日
 北朝鮮との、サッカーの試合の晩。なんとなく、街の人出が少ないような。
なーんて思ってしまうのも、テレ朝を筆頭とする、あまりに過剰な盛り上げ事
前報道のせいだ。野球のキャンプはあんなに報道するのにどうしてJリーグの
それは報道しないプンプン、なんて普段思っているぼくでも、ありゃ視聴率稼
ぎの偏向報道以外の何物でもないと思う。報道の倫理、なんてものはまったく
ないのダと今回痛感させられましたね。その反発から試合放映そっちのけでラ
イヴを見に行ったんじゃなく、この日あいていると問われて試合のこと忘れて
て、行けますよと言ってしまっての結果ではあったのだけど。基本的に、男に
二言はない。でも、やはりリアル・タイムで見たかった。だけど、そうしてた
ら、かなり鬱憤のたまる試合内容ではあったなー。

 渋谷・クラシックス。田村(2003年4月7日、2004年10月10日、他)の新カ
ルテット。藤井郷子(アコーディオン)、津村和彦(ガット・ギター)、是安
則克(ベース)という布陣によるもの。実は、レコーディングをすでに終えて
いるそうで、この日はそのアルバム収録曲をすべてやったようだ。ドラムレス
という編成が物語るように、ある意味室内楽的な、書かれたものを重視して、
音をやんわり重ねていきますという方向性を持つ。その楽曲は素朴でメロディ
アスながらけっこう暗めのものであり、民族音楽他の語彙も自然に入りこんで
いるもの。曲によっては、フェリーニなんかを思わせるという説明もありか。
本当に発展を前にして留めているような腹5分目の演奏もあった。でも、やは
りそれより先に進んで節度あるインプロを交換するの曲のほうがぼくは興
味ひかれたが。それから、アコーディオン一本で勝負した藤井(1999年8月16
日、2000年6月2日、2000年10月1日、2002年8月5日、2003年1月21日、20
04年7月27日、他)はいい根性してんじゃん。表層の音色の特徴だけを用いた
使用法で、ぜんぜん弾けてない。もうアコーディオンという楽器ならではの
持ち味/キャラをいっさい介さないそれを真面目なアコーディオン奏者が見た
ら、とっても悲しい気持ちになるんじゃないだろうか。それから、お互いの表
現になにかと関与しあう田村/藤井夫妻であるが、そのデュオ演奏は見たこと
ないな、やったことはあるのかなとふと思った。カーラ・ブレイとスティーヴ
・スワロウ・デュオではないが(ぼくは、大甘のそれ、けっこう嫌いです)。

 ジミー・スミスが2月8日に亡くなった。本当に、大きなものを提出してく
れた人。今度は、本当に鷹のように天空から見下ろしてくださいね(2001年1
月31日参照)。

ソニックマニア

2005年2月6日
 昨年に続く(2004年1月31日)、二日間の冬のロック・フェス。今年は二日
目に行く。場所は同じ幕張メッセながら、建物棟は前回と違っていて(千葉県
立の地下駐車場に止めるとすぐ近くなところ)、今年はモニター・ヴィジョン
を挟んで並列でステージが並んでいる。昨年より、ちょっと規模は小さめと言
えるのかな? その二つのステージにアーティストが交互に出るというのは去
年と同様だ。
 
 会場入りする前に、近所のアウトレットを覗く。いまさん(でも、サマソニ
のときも覗いちゃうのかなー)。で、近隣施設でちゃんとご飯を食べてから入
ったら、一時前に着いていたはずなのに、すでにコットンマウス・キングズの
出番だった。DJとドラム奏者以外はみんな前に立って、声を出したり動いた
りしている。オバカなヒップホップ乗りでやっているが、感じは悪くない。が
、飲み物を買いに出たら知り合いと会い喋りこんでしまう。そしたら、零れる
出てくる音の印象はどんどん曲調が軟弱になっていったような……。

 ブンブンサテライツ(2002年11月16日)にはうわ。まさか、生ギターを持
ってちゃんと歌う、生理的に甘い曲をやるとは。そんな新曲にも表れているよ
うに、もっと大きく両手を広げ、より多数の人を相手にしようという方向にシ
フトしているのは確か。さて、その勝負、どう出るか?

 ジュノ・リアクターはかつてフジ・ロックで見ていらい(文章では触れてい
ないが、00年のときかな? 01年だったかな?)。あのときは、ペイントした
半裸の有色巨漢さんたちがフロントに出ての、けっこうトライバルなパフォー
マンスという印象を得たが、今回もほとんど同じような乗りで迫る。でも、久
しぶりだし、ヘラヘラしながら見れました。オペラっぽい歌い方も出来る女性
シンガーは、前回加わっていなかったと思うが。

 続いては、ガンズ&ローゼズのアクセル・ローズ(2002年8月17日)抜き+
その他のバンドである、ヴェルヴット・リヴォルヴァー。スラッシュの大昔の
ソロとか大好きだったし、ニッコリ見れると思ったら、あれれ。なんで、こん
なにスリルないの? 5曲ぐらいで飽きて、外に出てしまいました。おれ、や
っぱロック嫌いになってんのかなーとふと思ったが、型にはまった、覇気と自
由度と艶に欠ける表現であったのは間違いない。

 そして、この日のトリはマリリン・マンソン(2001年3月11日。あと、触れ
てないけど、2001年8月19日のサマソニの球場会場のほうでも見ているナ)。
この日の会場のそこかしこにその手のファッションの人がいて、いまだちゃんと
人気あるんだなと素直に思う。とにかく、きっちりいろんな意味でプロのステ
ージ。スケールは小さくなったようにも少し感じたけど、他の出演者がちゃら
く感じちゃうもの。なるほど貴重な人、頷きました。途中で帰京しちゃったけ
ど。そういえば、2曲目と3曲目の間に、ザ・ビートルズの「レヴォルーショ
ン」の一節をチラリと歌ったような。
 新宿・ミノトール2、コレ発記念のライヴ。ジプシー・スウィング系ギター
表現の日本の第一人者率いるグループ(2004年2月1日)で、ギター3とアコ
ースティック・ベース。寛いで、悠々。すぐ側で聞くと、ギターの刻みの微妙
なズレが奥行きや揺れを作っているのが判る。ちょっとリズムが不安定に感じ
るところもあったけど……。1部の最後は、彼らのヴァージョンがスマップの
TV番組のお料理コーナーで用いられているという曲で、そのときは知り合い
という正装コックさんがそれに合わせて料理の真似事をする。なんか軽妙で、
そういう設定もいいかな。そういえばキヨシ小林は取材のときはぶっきらぼう
な答しか返さないくせに、MCだとなかなか勘どころをつかんだお喋りをさら
りとこなす。お客を前にしたときはちゃんとこなせる、という姿勢は正しいと
思う。

 2部には新作で入っていたアコーディオン奏者も客演ということだっだが、
1部で失礼して、渋谷に向かう。駅近くの、プラグ。こちらもレコ発で、ジャ
ズ・ファンク・バンドのグルーヴライン。ただし、こちらも2部構成でやって
んのかと思ったら、1部構成のそれですでに演奏は終盤にさしかかろうという
ところ。しかも、お客が入れ口まであふれてて、全然ステージは見えず。全然
、判んねえ。新宿にそのままいなさい、ということであったか。


ケイティ・メルア

2005年2月3日
 昨年、英国で超売れたグルジア出身の女性シンガー。春の日本リリースに際
しての、渋谷・デュオでのコンヴェンション・ライヴ。黒髪が印象的な整った
ルックスを持つ人で、ガット・ギターを弾きながら歌う。で、すぐに声が売り
の人であると納得。ベタな言い方をすればノラ・ジョーンズ的、ジョーンズの
ほうがもう少し柔らかくて漂う感じがあるが、肌触りのいい癒し系の声という
ことでは重なる。途中から、彼女のプロデューサーであり、所属するインディ
・レコード会社の社長であるマイク・バットという人が出てきてピアノで伴奏
をする。これが、自分の手癖でしか弾けない駄目おやじで(ブギウギっぽい引
用も少し赤面させられた)、こんな趣味の悪い人がアルバムで伴奏音を作って
いるかぎりは、普段洋楽を聞いている人には薦めにくいブツになるよなあと思
う。ただ、後からちょっと調べてみたら、シンガー・ソングライターとして、
またアレンジャー/プロデューサーとして、そこそこ英国では実績ある人のよ
うで、確かに彼女のリード曲「ザ・クローゼスト・シング・トゥ・クレイジー
」は良く出来ている。だが、繰り返すが、その感性は錆びた部分がいろいろ伺
われ、ソングライターとしては彼を残してもいいかもしれぬが、プロデューサ
ーはもっとマシな人に変えるべきと強く思う。ただ、メルア嬢はこのバット氏
をかなり信頼しているのが伺え、またマネージメント権のほうまで彼が握って
いるような感じもあるのでそのまま行くんだろうな。まだ20才という彼女は英
国生活も長いようだが(英語を普通に喋る)、ザ・バンド・フリークのノラ・
ジョーンズのように、過去のいいポップ・ミュージックにはあまり触れていな
いよう。それが、最終的な音にも表れているわけで、その野暮ったさが逆に受
けるというところもあるのかもしれない。よくリズムがダサいとか書くことが
ぼくはあるけど、それはぼくの主観的な好みであって、絶対ぼくがダメと感じ
るビートを心地いいと感じる人もいるはずなんだよなあ……。それは好みだも
ん、しょうがない。ま、歌だけでちゃんと支持を集めてもいいとはしっかりと
思わせる実演でした。
 スコットランド生まれのハープ奏者と、一応英国スコットランド圏に今は入
りつつ、かつてはノルウェー領だったこともあるというシェトランド諸島出身
のフィドル奏者のデュオ。20才半ば以上30才未満の二人はグラスゴーの音楽大
学で知り合っており、一緒にフィドラーズ・ビドというグループを組むととも
に、デュオ演奏の機会も持ち、またソロとしてもそれぞれリーダー作を出して
いる。

 青砥・かつしかシンフォニーヒルズのアイスリー・ホール。初めて京成線に
乗り、初めて葛飾区に足を踏み入れる。やっぱ、一人の人間がカヴァーできる
領域なんて微々たるものだし、東京も本当に広い。当然のことだ。

 例によってトラディッショナルを中心に取り上げる。粛々と、ときに、それ
ぞれのソロ演奏も。スコティッシュ・ハープ(そういえば、ギネスのマークは
ハープだ。アイリッシュ・ハープとはかなり近いらしい)はけっこう小さい。
マッケイ嬢はステージの出入り時に、さらりと持ち運びする。おきゃんな彼女
は少女時代はソニック・ユースが好きだったようだが、ブラジルのミュージシ
ャンと重なるプロジェクトも経験、ブラジルに演奏旅行に行ったときに買った
パンデイロに現在凝っているという。スタウトともども思った以上に上品な演
奏ではありましたが。とはいえ、本編最後の曲の終わりに彼女は低音のほうの
、太い弦を切った。

 終わってから、笑顔で飲んじゃった。でも、毎度のようにはごんごん飲みま
くりはしなかったような。でも、とっても楽しかった。ぼくはお酒が好きなん
ではなく、酒の場が好きなのダと思うことにしました。

シャクティ

2005年1月31日
 初台・東京オペラシティコンサートホール。とても久しぶりに行ったけど、
すごい木の質感を強調する内装が取られた、クラシック用ホールなんだな。英
国人ギタリストのジョン・マクラフリン(女房はラベック姉妹のどっちかなん
だっけか)が、大昔からたまにやっているインド古典音楽味応用ユニット。始
まる前、凄いコンサートにワタシは来ているのだ、というお客の自負のような
ものがもわーんと漂っているのに非常に気後れを覚える。まあ、ぼくはマクラ
フリンに少し偏見を持っているせいかもしれぬが(でも、最近日本盤リイッシ
ューされた35年前に出た彼のファート・アルバムを聞いたら、最上級のロック
経由ジャジー表現で驚きましたが)。なんにせよ、去年の夏に見たザキール・
フセインもいたタブラ・ビート・サイエンス(2004年9月5日)のインド特殊
技巧にあまりにこっくりさんしてしまったので、かなり楽しみな気分で会場に
来たのだ。

 ステージに出てきたマクラフリンとザキール・フセインほか3人のインド人
奏者(打楽器2、ギター1)はステージに作られた雛壇のようなものに裸足で
(たぶん)ちょこんと座る。で、ショールのようなものを胡座をかいた下半身
に巻く。インドって暑いイメージがあるけど、それがインド音楽の流儀なのか
。で、マクラフリンが導くフュージョン味とインド味の重ね合わせ表現がやん
わりと展開される。また、ときにはやはりインド古典の流れを汲むシンガーが
入って歌ったりもする。もう一人のギターはスラーを多用して、やはりどこか
インドっぽいと思う。一部はマクラフリンがラップ・トップでシタールのよう
な音やストリング系キーボード音やビート音を流していたようだ。

 もうずうっと長年LAに住んでいるはずのザキール・フセイン(若々しい、
老けないなあ)はさすがではあるが、タブラ・ビート・サイエンスのときの方
がはったりが効いててアトラクティヴであるとぼくは思った。もう一人の打楽
器奏者の、後半部で彼をフィーチャーするソロは完全にブラジルのパンデイロ
と同じの奏法によるもの。へえ。そういえば、そのスペシャリストであるマル
コス・スザーノのセッションが2月15日に南青山のマンダラであります。

 2時間はあったろう公演終了後、お客さんはみんな総立ち。こんなにすぐに
会場の全員がスタンディング・オヴェイションになる公演を初めて経験する。
本当にみんな感動たっぷりという感じで、満足そう。それ、ぼくの理解を超え
るものではありました。で、アンコールでは酔っぱらったとき変人だったら一
度ぐらいはしたことがあるだろう(でしょ?)、タブラ口真似合戦を二人の打
楽器奏者間でしたりもした。

 この会場、1時間分だけとはいえ、駐車券をくれるのは親切。距離的にはそ
んなに遠くはないのだが、家から初台は電車で行くとなると2本乗り換えない
と行けない不便な場所。ゆえに車で行ったので、それはありがたかった。

 ところで、中尊寺ゆつこが亡くなった。大学生のとき、彼女とは一緒の音楽
サークルにいたことがあった。だから、呼び捨てゴメン。幸子というのが本名
だったけど、その頃からユツコと呼んでくれと言ってましたね。当時、ケイト
・ブッシュのファン・クラブの会長をしていた彼女は、なんちゃってなパンク
・バンドでベースを弾いたりしていた。その後、ちゃんとした親交があったわ
けではないけど(でも、彼女がBMR誌で連載していた4コマ漫画で、昨年秋
、一回休載したあとの号に佐藤英ノ助という大惚けじじいとして登場させてい
ただいた〜それは50年後のことを題材にしたもので、おばあの中尊山湯子も登
場してた……)、やっぱり近くにいたことがある、近い歳の人の死にはうーむ
。いろいろ、感じますね。諸行無常。でも、おもいっきり生き、才(それは、
少女のとき彼女を熱心に洋楽に向かわせた好奇心/アンテナありき、なもので
あったと思う)を発揮できた、いい人生だったと思います。どうぞ、どうぞ安
らかに。小林くん、大変でしょうが、こんな仕事部屋で良かったらまた遊びに
来てください。

 ……それとは関係なく、お酒控えちゃおっかなーとか、この10日間ぐらいお
ぼろげに思っているワタシ。この2週間、洒落になんない量の仕事をこなして
いるのだが(あんまし遊んでないし、そんなに飲んでないよお)、そうなった
のも半分は自業自得。だって、結果的にこの1月の前半は本当に遊び惚けまく
ってたから。これほどまでに、朝まで飲んだくれるという生活パターンが毎日
続いた事はなかったのではないか。起きると昼下がりで、しばらくすると(お
酒、完全に抜けないまんま)飲み関連行事に喜々として出掛けるという日々。
ほんと、仕事なんかやる暇あんましなかったもん。お酒を愛好するという所作
はお金もかかるが、時間もとっても取られちゃう。でも、さすがにこれだけ酒
浸りになると清々しいというか、呆れるのを通りこして笑っちゃうというか。
で、ちょい飽きたかなァというか、自分が登るべき山は他にもあるんじゃない
か、な〜んてふと思ってしまったんだよなー。二日酔いで翌日反省したことは
あっても、そんなふうに感じたのは初めて。さあ、どうなることでしょう。“
ライヴ三昧”ってなんかお酒のことばかり書いてますね、って言う人もたまに
いるけど(内心、そういう感想を漏らす人について、ぼくとは別の場所に住む
可哀相な人物と判断させていただいております)、もうそんな感想は引き出さ
ないものになってたりして……。

ケリ・ノーブル

2005年1月27日
 アリフ・マーディン(cf;ノラ・ジョーンズ) がお目付役について米EMI
が送りだした、女性シンガー・ソングライター。彼女は基本的にピアノを爪弾
きながら歌い、キーボード(アコーディンオンなども)、ギター、ベース、ド
ラムがサポートについた。アルバムはしっとり目のピアノ基調の自作自演派表
現という感じだが、バンドを付けてのそれはけっこう大味にロックっぽい。途
中に、もろにハイ・サウンドを模したようなハモンド音を印象的に使った曲が
あって、それを聞きながらこれがハイのようにリズム・ボックス的なカチっと
したドラム音だったらどんなに気持ちいいことかと少し思った。

ちょっと体は締まりがないし、なんでそういう恰好をするかなという腹だし
の服を着ていたが、金髪色白でなるほどそれなりに綺麗。楽曲も確か。お気に
入りの人と断りを入れてから、エルトン・ジョンのマニアックな初期曲(「ア
モリーナ」)も1曲。そこらあたりも根っこにあるわけか。実演に触れて、実
はボニー・レイットの声に似ていると思った。それから、MCを聞くとほんと
にいい人っぽい(彼女の通訳を務めた人が横にいたのでその感想を漏らしたら
、事実こんにいい人でやっていけるのかという感じであるそう)。でも、肩と
背中に小さなタトゥあり。渋谷・デュオ。

ルピー

2005年1月25日
 バルバドス出身のソカのシンガーで、ケヴィン・リトル(2004年7月16日)
に続けと米国アトランティックが送り出し、スマッシュ・ヒットを出している
人。渋谷・デュオ。出てくると、ステージを動き回り、ほんとう一生懸命に聞
き手にアピールしようとする。30分強のパフォーマンスだったけど、それをず
っと続ける。サーヴィス満点というか、とにかく自分が置かれた立場を理解し
、自分をソツなくいいように持っていける人。というのは、取材したときに同
様の感想を得たから、思うことかもしれないが。歌詞を見るとよくまあこんだ
け次からつぎへと甘ったるい、生理的に空虚でもある言葉を並べられるもんだ
ナと思わせるが、この人の場合、プロに徹してそういう歌詞を作ってい
るところあるんじゃないか。なんて。ステージからアーティスト写真をばら蒔
き、それを拾った人には終演後サインをしてあげるそうな。
 まず、南青山・ブルーノート東京でジュリア・フォーダム(ファースト)。
これも、サポート・ギタリストを一人つけての簡素なパフォーマンス。アクア
ラング、リサ・ローブ、そしてフォーダムと、この1週間強の間に、3つもそ
の手の設定のシンガー・ソングライター公演に接することになるのだな。たま
にフォーダムもギターを持つときがあるが、基本的には男性ギタリストの伴奏
だけで、簡素度数はこの日が一番高い。その伴奏ギタリストは、なんとクリト
ーンズ(20年前強に西海岸ニュー・ウェイヴ・バンドとして話題を集めた)に
いて、その後は広くセッション・マンとして活動している(リンダ・ロンシュ
タットやボニー・レイット他、女性のバッキングが多い人というイメージがあ
るなあ)マーク・ゴールデンバーグ。で、これがあれれえと思えるぐらいにジ
ャジーな弾き方をしていて驚く。が、ときにジャズ・スタンダードを交える行
き方にはとても合っていて、へ〜え。もちろん、彼女の過去のヒット曲もなか
なか瑞々しく提出されていたのではないか。ゴールデンバーグは1曲ソロ演奏
の機会を与えられ(曲調はちょいパット・メセニーふう)、そのときフォーダ
ムは横にちょこんと座っていた。そう言えば、前日のファースト・ショウには
スティング・バンドで来日中で、フォーダムの過去盤に係わったこともあるド
ミニク・ミラーがゲスト入りしたのだとか。

 見かけは相変わらず英国人。デビュー時、インタヴューやったときは、ルッ
クスや静謐な曲調に似合わないギャピキャピした人であるという印象が強く残
っているが、もう彼女は英国から米国西海岸サンタモニカに引っ越して10年近
くたつらしい。なんでも、ご懐妊しているとのことで、日本のブルーノート・
ツアーのあと休養にはいるようだ。

 そして、渋谷・Oイーストに移動。9時から始まる、アンティバラス・アフ
ロビート・オーケストラの公演を見る。全11人。休憩を挟んで、たっぷりとパ
フォーマンスを披露。実は、最初はちとのめり込めず。というのも、少し前に
The Dig 誌の企画でユニヴァーサルから出されるフェラ・クティ26作品(けっ
こう2in1 もあり) を二日間に渡って一気通し聞きするという機会を持ち、散
々フェラ・クティ表現に浸ったから。あれと比較しちゃうなら、フェラのアフ
ロ・ビート表現を今のNYの環境に置き換えようとする彼らの演奏は、ビート
、管アンサブル、ソロ、ヴォーカル、あらゆる点で見劣りするのは確か。それ
に、男所帯でやっている彼らだが、やっぱり女性コーラス隊も欲したくなるよ
な。昨年見たとき(2004年9月19日)以上になんとなくフェラ表現に近い感じ
がしちゃって、余計にそう感じたところはあったかもしれない。とはいえ、や
っぱりパーティ・バンド(いろいろ問題意識をリンクさせようとするバンドで
あることは承知でそう書かさせていただく)としては、奇特な、得難い存在だ
とは思うが。やっぱ、気持ちがこめられた演奏でもあったんだろうな。

リサ・ローブ

2005年1月19日
 渋谷・クラブクアトロ。眼鏡がトレイド・マークの、オルタナ・ロック時代
の普遍的自作自演派歌手表現を聞かせますという感じで90年代中期にゲフィン
からデビューした米国西海岸の女性シンガー・ソング・ライター。サポート・
ギタリストを従えての、生ギター弾き語りのパフォーマンス。デビューしてそ
んなにたってないころ同じクアトロで見た記憶があるが、そのときはどんな編
成だったっけか。全然、覚えてなーい。観客にかなり女性の多いコンサート。
途中、彼女は大好きだったザ・ポリスの話をしたあと、ザ・ポリス曲を歌った
りも。また、終演後にはXTCが流されもし、彼女の根にあるのはニュー・ウ
ェイヴなのかな。それに憧れてギターを弾きながら自分の歌を歌ったら、こー
なった、みたいな。横に立つギタリストはこの前のアクアラングのサポート・
ギター奏者と比較すると、ロックだけしか(しかも、少し時代遅れな)知らな
い視野の狭いプレイヤーといった感じで少し興ざめ。その彼、とっても甲高い
声でハモるのも気持ち悪い。リサ・ローブの声が低めなので、余計に目立つん
だよなあ。

 終わったあと誘われて楽屋に行ったら、彼女がヒラヒラしたミニ・スカート
を履いていてびっくり。天真爛漫そうでした。その後、流れた飲み屋で、彼女
の前彼はなんとフランク・ザッパの息子のディージルであったと知人から聞か
され、またまたびっくり。で、実際数年前にローブはディージル・ザッパを伴
い来日公演を行ったこともあったそうだ。そんなの、全然知りませんでした。
 ブルーノート東京、セカンド。ジム・ホール(1930年生まれ)といえば、現
存するなかでは一番のジャズ・ギター・ヴァーチュオーソと言えるか。地味な
デュオ公演ながらなかなかの入り、最初彼が出てきたときの歓声の大きいこと
。さすが熱心な支持者が多いんだナと思わせられる。一方の、ジェフ・キーザ
ー(1970年生まれ)もちゃんとしたジャズ感覚/技量と視野の広さを持つ好ピ
アニストとぼくは思っている。
 
 ホールが係わったピアノのデュオ表現というとビル・エヴァンスの『アンダ
ーカンレント』(UA、62年)が思い出されるわけだが、すらり、すらすら草
書体の演奏。だが、その草書体はときにキーザーの名わき役ぶりもあって、と
きにフェルトペンで書いたようなものだったり、かなり特殊な自体を用いたも
のになっていたりしたのだった。ファースト・ショウでやってリクエストされ
たのでまたセカンドでやったという曲はなるほど淡々としたスリルと乾いた洒
脱やファンクネスが無理なく交錯した曲でなるほどと思わせられる。1時間ち
ょい。アンコールなし。そのあと、30分後に機材を見にまた出てきた御大に大
きな拍手が送られる。

アクアラング

2005年1月13日
 英国ウィンチェスターの男性シンガー・ソングライター、マット・ヘイルズ
のソロ・ユニット。キーボードを弾きながら歌う彼に、もう一人サポートのギ
タリストが付く。終演後流れた飲み屋で彼がウザかったという人がいたが、ぼ
くは巧みに効果的に装飾音やコーラスを付けていたと思うが。CDでもかなり
いい曲を作る人という印象を持ってたいたが、ライヴでもその実力を遺憾なく
発揮。一部はサウンドをそれふうにすればそのままレディオヘッドになると思
わせる、今っぽい奥行きやエッジを有していると実感。それはライヴに触れて
新たに得た感想。渋谷・クラブクアトロ。かなり混んでいた。

 お、中央にドラム・セットが向き合うように2台。そして、バイブラフォン
をはじめ各奏者がそれを囲む。ちゃんとトータスを見るのは、2001年11月7日
いらいか。冒頭のほう、すごく構成された演奏。彼らはやはりロックだなあ、
なぞと思う。奏者間でいろいろ持ち楽器を変えたりも。ツイン・ドラムスにな
ったときは示唆に富み、本当に面白かった。最後までいたかったが、40分強見
て移動。恵比寿・リキッドルーム。正月早々だからというわけでもないだろう
が、なんとなくカップル比率の高い公演なような気がした。恵比寿・リキッド
ルーム。

 続いて、目黒・ブルースアレイ。トロンボーン奏者/アレンジャー、村田陽
一のファンク傾向バンド。ギター2本(もっと刻んでほしい。ファンク失格!
)、キーボードに、昔のオリジナル・ラヴのリズム・セクション。そして、村
田はワン・ホーンでとばす。トロンボーンを所有する身としては感心するとと
もに、複雑な気持ちに。新年早々、9か月ぶりぐらいに唇をつけて絶望的な気
持ちになったばかりなもんで。いいなあ、あんなに吹けて。吉田美奈子さんも
見にきていたようで、終演後すこし言葉をかわす。ぼくはだいぶ昔にお亡くな
りになった旦那さんとは付き合いを持っていたんだけど、彼女と話をするのは
初めて。リキッドルームで2杯、こっちですでにワインを一本あけてぼくは程
よく酔っていたわけだが、彼女にとても柔らかな印象を得た。

デニス・ラサール

2004年12月20日
 作曲能力にも優れた、70年代以降のサザン・ソウルの良さを体現する大御所
女性シンガー。なんでも、80年以来、2度目の来日となるらしい。サポートは
、ギター、ベース、ドラム、キーボード、そして二人の女性コーラス。まず、
バンドが出てきて、彼女の有名曲のさわりをメドレーで演奏。R&Bではよく
あるパターン。そして1部、2部ともに、まず冒頭はバッキング・シンガーに
1曲づつ歌わせ、その後に彼女が登場し、歌う。別に足取り怪しいわけでもな
いのに(70才ぐらい。年齢よりは若く見えるかな)、マネージャーらしき白人
男性と付き人とおぼしき黒人女性に挟まれて出てくるのが面白い。女性のほう
はそのままステージ端に置かれた椅子に座り、彼女を見守り、ときに水のペッ
トボトルを差し出す。
 
 頭をパツキンに染めた彼女はちょい歌っただけで流石、とうならせる。とと
もに、バッキング・コーラス陣と比べると、愛想はいいが立つだけで何かを語
りかけるものあり。ワーキング・バンドはもう少し重量感があってもいいとは
思うが、そんな足を引っ張るものではない。客はおっさんは多いが、おばさん
はそれほど多くない。あちらでは彼女、あけすけなトークで同性からやんやの
喝采を受けるようだが。ブルーズン・ソウル調楽曲の手応えもさすが。ああ、
今年はパークタワー・ブルース・フェスティヴァル(1999年12月19日、2000年
12月7日、2002年12月15日、2003年12月12〜13日)がないのだなあ。寂しい。
歌った時間はファーストより短かったが、セカンド・セットのほうが声はより
出ていたはず。

 舞浜・クラブイクスピアリ。前回ここに来たときと同様に(2004年11月15
日)、この日も気分よくワインのボトルを2本あける。知り合いと会いふるま
ったとはいえ一人で行っているのに……ぼく、上客ですね。たとえば、先日
ブルーノート(ザップ・ママ)に行ったときは、飲み物に関しては二人でシ
ャンパンのハーフ・ボトルにハウス・ワインのデキャンタ(その後に、もう
一軒寄るわけだけど)。なるほど、ここは入れ替えがないのでいる時間が長
くなり、飲む量がそれに比して多くなるのだな。

 1時間のファースト・セットが終わったのはちょうど8時半、扉が開けられ
たロビーからディズニーランドで打ち上げらる5分間の花火がいい感じで見え
た。11時少し前の舞浜駅はディズニーランド帰りの人達で相当な込み具合、で
した。

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