5月10日(月)
レイラ・ハサウェイ。アメーリュ・ラリュー

 まず南青山・ブルーノート東京で、レイラ・ハサウェイ(2002年5月
13日)。キーボード、電気ベース、ドラムというシンプルなバッキング
を受けてのもの。で、今回のポイントはダニー・ハサウェイ味を感じさ
せるフランク・マッコム(2004年4月15日)がキーボード奏者として同
行していること。となると、阿呆な受け手になっちゃうが、やっぱりハ
サウェイの曲をやることを期待しちゃうよにゃー。結局、ダニー・ヴァ
ージョンの「ユーヴ・ガット・ア・フレンド」をやっただけ。ただし、
エレピ一本をバックにデュオったこの曲にはパブロフの犬になっちゃっ
た。マッコムはバックのときのほうが余裕があったのか、ピアノがうま
く聞こえた。

 ファースト・セットを見たあと、渋谷のDUOに。エリック・ロバー
ソンとアメール・ラリュー(2000年6月13日)。ありゃ、ロバーソンは
ラリューのバンドで3曲歌っただけとかで、すでに終わっていた。

 ラリューはこんなに陽性というか、活発な印象を与える人だっけ。バ
ンドはかみ合い良好、ちょっとアフリカ的な何かを出す二人のバッキン
グ・ヴォーカルもいい感じ。ただ、本人気張って歌いすぎ。逆に、ピッ
チが悪いのがもろに伝わるものになってしまっていて、ほんの少し退く
。暖簾に腕押しという形容もありかもしれない、ぬめぬめ、とらえどこ
ろのなさが魅力のインディ発新作の雰囲気を期待していたゆえ、余計に
そう感じたかも。

 その後、BMR誌を辞める編集者のお疲れ様パーティに言ったら、後
からロバーソンも登場。さらりとア・カペラで2曲。

5月13日(木)
中村善郎。ザ・バッド・プラス

 まず原宿・ブルージェイウェイで、日本人ボサ・ノヴァ歌手。ギター
弾き語り。よく異文化にある、微妙な洒脱様式とその楽曲をモノにして
いると思う。ものすごい、レパートリーがあるんだろうな。

 続いて南青山・ブルーノート東京。はみ出しピアノ・トリオ、昨年の
来日(2003年8月1、2日)に続く来日公演。物凄く近くで見たのだが
、ドラムがいろんなものを持って叩くんだな。トランシーバーとか。う
ひひ。前回よりずっと印象良い。彼は彼らなりつっぱり、今を行こうと
している。             
5月6日(木)
Limited Express (has gone?),ズボンズ,flok enough

ほう、10日ぶりのライヴ行きとなるのか。どこに行くにも混んでいる
し、毎年ゴールデン・ウィーク中は東京でまったりしているが、今年は
けっこう原稿仕事していたな。知己とは合ったりしたが、多くの人が集
まるような場に行ったのは、4日に新宿・ロフトプラスワンでの<著作
権法改正の実態を知るためのシンポジウム>に行ったぐらい。やっぱ、
できるだけ多彩な選択肢のもと自由に、いろんな音楽を享受したい。ラ
イヴも同様に。

 渋谷・クラブクアトロ。洋楽の好影響を受けた3つの日本人バンドが
出るイヴェント、偶然だろうけど女性メンバーがどのバンドにもいます
ね。
 
 まず、Limited Express (has gone?) 。なるほど、小野島さんのニュ
ー・ウェイヴ・トリビュート盤『Fine Time 』に入っていたバンドだが
、こーゆーバンドでしたか。説明するのになかなか困るが、逃げの紹介
の仕方するなら、若い世代によるハード・コア感覚抜きのメルト・バナ
ナ、なるもの。ぼくは溜めの効いた一番スロウな曲が気に入った。

 続いてズボンズ。事前にもらったちらしに、<ジャム・バンドと化し
た>という記載があったがなるほど。ずりずりっとした質感を持つイン
ストで流れていって、このまま歌が入らずに行くのかと当初は思わせた
。途中から多少歌も入ったが、インスト主体でエキサイトメントを獲得
しよう(2ドラムスに、パーカス付きの編成)とする方向に今のズボン
ズがあるのは間違いない。最初のほうのマツオのギターは少しカルロス
・サンタナを想起させたりも。

 そして、最後に出てきたのが福岡のfolk enough 。知人がフォーク・
インプロージョンとジョン・スペとの間を行き来するようなバンドと説
明していたが、当たらずも遠からず。喋るの好きなんです、と言いつつ
やってたMCはぼくにはNG。

5月9日(日)
ステレオラヴ

 あれ、これ本当にあのステレオラヴ(2000年2月16日)? ちゃんと
した実演、歌もまっとう。ライヴの前に、久保田麻琴さんにお誘いを受
けて鈴木茂さんや小原礼さん、沼澤尚らが参加しているモータウンへの
トリビュート盤のレコーディングを見に行き、「さっすがプロは一発で
決まるナ」なぞと感服したあとだけに余計に脆弱に感じるんじゃないか
、なんて危惧を覚えて渋谷・クアトロに行ったのだが、全然そんなこと
はなし。ちと、驚く。

 その久保田さん主導のレコーディング/アルバム制作(『SAKURA MOT
OWN REVUE 』という名前になるよう)は、映画『永遠のモータウン』(
2003年12月2日)に触発されてのもの。基本的にこのレコーディングは
一発録音で、歌手もバンドと一緒に歌っているという。ぼくが立ち会え
た曲はLA在住のmimi(2003年2月13日)があちらで歌入れするので、
演奏陣だけの一発だったが。

 話は飛んだが、実に大人な、プロっぽさもちゃんと感じさせるパフォ
ーマンス。おや、と思ったのはクラヴィア社のノード・エレクトロを3
台もステージ上に置いていたこと。綺麗な赤いボディなので目立つ。先
程触れた久保田セッションに参加していたマレーシアから来ていたキー
ボード奏者もグランド・ピアノ以外はそれ一台で済ませていて、その威
力を目の当たりにしたばかりだったので、なんか過剰に目についてしま
った。ついでに言えば、この前のデイヴィッド・シルヴィアンの公演(
4月24日)でも、シルとスティーヴ・ジャンセンはノード・エレクトロ
をそれぞれ使用していましたね。

 アンコールの最後はジャム・バンド(いまや死語となった往年のニュ
ー・エイジ・ミュージックのような情緒的な用語だが、最近この言葉、
けっこう便利だなあと思っている。ロック・バンドのりで、インスト主
体でなりゆきまかせでずんずん行くようなたスタイルを指す言葉として
……使える)っぽく行く。メンバー一人の死がどのぐらい影響している
か判らないが、へーえ。ドラムもヴァイタルに叩きまくり。やっぱり、
バンドは生き物。ステレオラブなんてすでに出来上がっているバンドと
思っていたが、とんでもない。やっぱ、ライヴは見てみないと判らない

4月24日(土)
デイヴィッド・シルヴィアン

 昭和女子大の人見記念講堂。学生証にクレジット・カードを初めて
くっつけた学校だっけ。10年以上ぶりに行く。硬いお嬢さん女子大と
いう印象があるが、かつてはコンサートがあるときは構内に車を止め
させてくれるなどサバけた一面も。場内奥(下だったけな?)のほう
では確かビールも提供していたし。今もそうなのかな。
  
 1時間50分ぐらいの実演。昨年出した、音響静謐冒険ポップの大傑
作『プレミッシュ』のノリを引き継ぐもの。ま、とっても“暗い”と
も言えるんだが、それを堂々開いてましたね。基本の淡い効果音/伴
奏音を出す人として、ジャパンからの同僚というか、弟のスティーヴ
・ジャンセンがつく。伴奏は彼だけ。一部はコーラスを付け、何曲も
で手弾きでドラム音(少し、セコい音色)を付けたりもし、そのとき
はキック経由でバス・ドラムの音を出す場合も。彼も秀でた才能をや
はり感じさせたな。

 まだ青年ぽさを保つジャンセンに対しかなり中年ぽくなったシルヴ
ィアンではあるが、歌の存在感は凄い。暗黒とつながった、野太い声
(と言いたくなるぐらい、よく出ている)はとても存在感あり。新作
での、フリー・ジャズ・ギタリストのデレク・ベイリーとの共演曲も
コンピューターに落としてある音に合わせて我が道を行く感じで歌う
。そういう人が一時は化粧し、“ビック・イン・ジャパン”最たる存
在であったのだ。アンコール終了後嬉しそうな彼だったが、それは今
もあるていど変わらないのかな? ともあれ、ルックスには惹かれた
ことはなかったけど、ファンキーでもあったその初期から音楽は大好
きでした。

 ステージにはもう一人、映像/音楽両刀で活躍する高木正勝が構
成員の3分の1という感じで上がっていて、背面に映し出される映像
をいろいろとオペレイトする(中盤は高木が退席して映像なしで進め
られた)。彼自身のクリップもまんま流していたりしたようだ。その
色彩感ある映像群は起伏の少ないパフォーマンスに新たな観点を加え
ていたものの、ぼくにはちょっとうざく感じる部分も。だが、彼を鋭
意起用したのはシルヴィアン自身だろうし、そこにはモノトーンの生
理的にはシンプルな自分の音楽だけでは客が飽きるだろう、客を突き
放しすぎるのはいかがなものかという本人の心持ちがあったのか……
。確かに『プレミッシュ』は実演向きではないのかと思わせるところも
あり、それも判らなくもないのだが、だとするとぼくは複雑に感じる
部分も。これぞ孤高の男の生きる道、これこそが私の今の音楽じゃあ
と淡々と、傍若無人に行ってほしかったとも思うもの。そのドン・キ
ホーテぶりもシルヴィアンだとぼくは思うから。腹の底で世間に唾は
いてる(のを秀でた音楽として昇華し出せる)ところ、それが昔から
彼を好きだった理由だったのだなと、ぼくは再確認。ともあれ、途中
からはシルヴィアンは生ギターを持って歌ったりして(それ以外は歌
だけか、少しキーボードを触って歌う)、彼らしいことをスポイルし
ない親しみやすさが出たりもしていた。

4月27日(火)
ザ・ベイカー・ブラザーズ

 P−ヴァインからリリースされて意外なセールスを上げているとい
う、英国の白人3人組ファンク・バンド。ちょっとジャジーでもある
。少し、ロックっぽいところもある。リズム隊とオルガンとギター両
刀奏者による編成で、ベース奏者もときにギターを弾いたりし、一部
の曲ではプリセット音も使用。また、半分近くの曲で、日本人サック
ス奏者が客演する。ダイと呼ばれていた彼、けっこういろんな吹き方
できる人でした。

 3人、下手ではないがものすごく腕がたつわけではない。だが、米
国黒人とは別の回路でお気に入りのファンク表現(けっこう歌が入る
曲が多い)にニコニコと向かっているという感じがたっぷりあって、
ニコニコしながら見れる。好きなものに対しての、自分たちならでは
の差し込みの入れ方が上手い。人柄も良さそうなところも良かった。
渋谷・東京JZブラット。                
 青海・ゼップ東京。ほぼ、1年ぶりの来日(2003年4月12日)。…
…良かったな。バンドとしての生命線の重要な何かを持っているナと
思わずにはいられず。語彙の広がりは少し狭くなって、表現の間口を
広げずもう少しアメリン・ロック・バンドとしてのヴァリエーション
を開いていた感じもあったかな。無理にワールド・ミュージック的に
なるよりはそのほうが自然でぼくはより好ましく思う。
 
 約1時間と約1時間半のセットを二つ。アンコールはなかった(と
思う)。1部の最後にはYO-KING が出てきたボブ・ディランの「マイ
・バック・ペイジズ」を日本語で歌う。なんでも、取材で前日に両者
は会って、なら出なよと、なったらしい。そういう敷居の低さはいい
よな。

しかし、ここのミラー・ボールは綺麗。真っ暗ななかにミラー・ボ
ールの光が散り、正面に落ちついた感じの照明を受けてぽっかり浮か
ぶチーズの面々の姿は思わず“夢のバンド" みたいだと酔っぱらった
頭で思ってしまった。公演終了後に知人と立ち話をしていたのだが、
会場が明るくなっても客がニコニコとずっといるし、会場の外にも人
が沢山ゆるゆるとたむろしている。そういう光景はあまり見れるもの
ではないし、そういうのに触れ、やっぱりチーズはいいバンドだなと
思った。彼らは翌日もここで。金曜だし、もっと盛り上がるんだろう
な。

ジン・チ

2004年4月21日
 ロベン・フォード(1999年8月28日)を中心とする、西海岸のロッ
クっぽいところもある、2枚のアルバムを出してもいるインスト中心
のトリオ・バンド。そして、今回はそこに西海岸の百戦錬磨のセッシ
ョン・ギタリスト、マイケル・ランドウが加わる(さらには、キーボ
ード奏者も)。南青山・ブルーノート東京。聞くところによると、夜
中から(いい席を録るために)並んだ人がいるそうだが、それはもし
かしてランドウのファンか。

 とにかく、そんな話も頷けるぐらい、客の反応が熱狂的。パット・
メセニーのときも感じたが(2002年9月19日)、一部のフュージョン
系の聞き手ってファンとして率直な反応を出すなあ。

 うわ、音がでかい。ここはサブ・ウーハーをPAに組み込んでいる
ということだが、この晩はそれを肌で感じたな。ドラムはフランク・
ザッパのバンドで活躍したヴィニー・カリウタ。彼が目鼻だちのくっ
きりしたリズムをどかすか叩く上に、2本のギターが泳ぐ。

 初めて(と思う)生で触れるランドウにはへえ。やってと言えば、
クラペトンもベックもすぐできそうな感じ。彼は1曲で歌ったりもし
た。ただ、キーボード奏者には大きく疑問を感じる。別に目立つこと
やってないのに、邪魔と感じる部分も。でも、フォードはそれを気に
入ってメンバーに入れているのだろうし……。

 途中、トイレに行くため席を立つと、後方においおいと反応する人
がいる。ありゃ、テリー・キャリアだ。横には白人女性マネイジャー
もいる(彼のマネイジメントは英国でやっている)。目敏く、ぼくを
見つけてくれた。ハグハグ。「ねえ、今回は“トーキョー・ムーン”
とは出会った?」。“トーキョー・ムーン”とは、彼の02年スタジオ
作に入っていた東京での反応に感激して作っただろう曲である。よう
は、今回の来日でも手応えを受けましたか、という意味合いでぼくは
彼に言った。そしたら、「次、次はね。モーション・ブルーではやる
よ」。ん? どうやら、彼は“トーキーョ・ムーン”はやらないの、
という意味に取ったよう。うるさいなかの会話とはいえ、もうぼくが
酔っぱらってのものとはいえ(でも、そのほうが調子いいときもある
しなあ)、なんだかなあ。これで、明日のギグで本当にやっちゃった
りしてなあ。行けねえんだよお。別なのに行くから。ともあれ、あん
たのアンプラグドが聞きたい。あなたの声はそれをやるべきだとも、
伝えておく。その後、彼と握手した手はずっとパフィームの臭いがプ
ーン。ハグしたぼくの首すじもそうだったのだったような。

テリー・キャリア

2004年4月19日
 前回の来日(2002年5月21日)でもうばっちりいい気分を味わい、
超笑顔になった私。今回も感動させていただきました。南青山・ブル
ーノート東京。
  
 いい曲、いいメッセージ、いい歌声、いい伴奏。前回と同じ楽器編
成ながら、リズム・セクションは変更されていた。ドラマーはフラン
ス人女性で今回でやるのが3度目とか。楽曲は30年前の曲も。本人に
確認したら、やる曲はリストをキーボード奏者が持っていて、そのな
かからギター奏者なども交えどれをやろうかなっと決めているという
。ライヴの最中にもひょいっと変えるそう。

 しかし、音楽的な才能とともに、本当にいい人間性を持つ人である
のが伝わってきて(だからこその、あの歌詞!)、得難い気持ちにな
れる。一時、引退していたのは娘をちゃんと育てるため(娘と二人生
きるため、なんて言っていたから、父子家庭だったのだろうか)、な
んてのも泣かせるよな。その娘さんも今は小学校の先生をやっている
そう。きっと、素晴らしい教師なんだろうな。
 
 それにしても、その声量たっぷりの素晴らしい声を聞いていると、
彼のアンプラグド聞きてえ。と、思わずにはいられず。今回はモーシ
ョン・ブルー・ヨコハマでもやるようだが、ノー・マイクでやっちゃ
えばいいのに。彼なら間違いなく出来る、と思わずにはいられず。

レディオヘッド

2004年4月18日
 ちょっと外で和むのにはベストの気候。爽やかに日がさし、湿度は
低め。それだけで、幸せを感じるなあ。

 千葉県・幕張メッセ(5時開演。明るい時間だと、場内上部から光
がいっぱい漏れ、非常に集中しずらい)。客、1万人ぐらいはいたの
かな? 彼らは昨年のサマーソニック(2003年7月3日)に出演し、
物凄く好評を受けたが、ぼくはその裏で“なんちゃってドアーズ”を
見ていたので、その前の来日時の横浜アリーナ(2001年10月4日)い
らいとなる。

 響き、蠢く、今の美意識あふれるロックを堂々、存分に送りだす。
すごいナ。少なくても2年半前のそれと比較すると、彼らはいろんな
面で前進していた。そりゃ感動度/衝撃度では、『キッドA』で示し
た新世界を初めて(日本の)ライヴの場で開こうとした横アリ公演の
ほうが確実に勝っていたと思う。だが、純粋なパフォーマンスとして
は、よりアブストラクト路線を消化し、有機的なライヴ音に移してい
た今回のほうがより完成度の高いものだったと断言できる。当然のこ
とながら、アグレッシヴ度や飛翔度なんかも今回のほうが上。本当に
プロで、研ぎ澄まされた実演。それから、愛想は売らないが、ちょっ
とした仕種にプロとしての自負やファンを大事にする気持ちが現れて
いるのことにも感心した。

 静か目の曲で、ギターがもろにジャズ・ギターの爪弾き方をしてい
るなど、芸が細かいというか、ちゃんと腕も立つ。2回のアンコール
を含めて、ちょうど2時間のショウ。ステージ左右には細長い長方形
のモニター・ヴィジョンが。決して見やすいものはなかったが、ピア
ノを弾くヨークを上方から納めるカットを流したりとか、ときにおい
しい情報はあり。そういう心配り、これだけの大会場公演だと必要だ
と思った。

フランク・マッコム

2004年4月15日
 オハイオ州クリーブランドの生まれ育ちで、一時はフィリーに身を
置き、今はLAに住むシンガー/ピアニスト。大手ソニーとインディ
から、ダニー・ハサウェイ的な持ち味を持つ2枚のアルバムを発表し
ている。

 ハサウェイっぽい味を受けられればOKと思って行ったら、想像し
える以上にジャジーにピアノ/エレピを弾くのが好きな人で(翌日に
取材したら、ハービー・ハンコックとチック・コリアのフリーク。シ
ンガーだとアリサ・フランクリンが一番共感持っているよう)あれれ
。インスト曲も少なくないし、歌っている時間よりもピアノを弾いて
いる時間のほうが確実に長い。ピアノを弾くと、ハンコックっぽいフ
レイズがいろいろと出でくるが、10代から現場で活動してきた彼は独
学で技量を得てきたという。とはいえ、ピアノだけだとわざわざ聞く
価値はそれほど認められないわけで、もっと歌ってほしいなとは素直
に思った。取材のときは(30分と短い時間だったし)さすがそれをス
トレートには伝えられず、少し遠回しに歌を聞きたがっている人がい
っぱいいるからね、と伝えておく。

 バンドはギター、電気ベース、ドラム。ベーシストは4月上旬にシ
ーラ・Eのバッキングで来日していたレイモンド・マッキンリーがそ
のまま日本に滞在し、加わっている(2002年8月12日のシーラ・Eも
彼。また、2003年2月11日や2001年6月29日のエディ・M〜沼澤尚が
らみのブルーノート東京公演も同様に)。なかなかシャープな叩き味
を見せた女性ドラマーはフォーリー(やはりクリーブランド生まれの
、リード・ベーシスト。晩年マイルス・バンドに在籍し、モージャズ
から珠玉リーダー作あり)のバンドで演奏していた人だそう。
       
 会場は横浜赤レンガ・モーション・ブルー・ヨコハマ。初日にも係
わらず、けっこう混んでいた。会場では知っている人となんか沢山あ
って、へ〜えこんなこともあるんだという感じ。                  
 今話題性大の、デトロイトのガレージ・ロック・バンド。当然、先
に来日したザ・ダートボムズ(2004年2月4日)とも関係を持つ(新
作でもメンバーに部分制作してもらっている)。彼らはマイケル・ジ
ャクソンの「スリラー」が流された後に登場する。

 まずなんと言っても、男性二人女性二人という、そのメンバー構成
がよろしい。女性が軽めのバック・コーラスを取るときは、一気にニ
ュー・ウェイヴっぽい風情が出る。やっぱり、ニュー・ウェイヴって
いうのは女性進出の機会を大いに与えたムーヴメントでもあったんで
しょうね。

 レコードで聞けるまんまの、がちんこ実演。彼らもレトロではある
んだろうけど、ぼくはあんましそういう感じは受けず。十分に今のも
の、というか、ぼくにとってはドキドキさせるまっとうな生っぽいロ
ック表現として存在しました。最後のほうにMCで、ギターウルフ賞
賛をしたりも。渋谷・クラブクアトロ。

ボー・ディッドリー

2004年4月12日
 見れるだけで嬉しいっとなる、リヴィング・リジェンド。ブルーズ
〜R&Bをコペルニクス展開させてもう一つのイナセな米国黒人ビー
ト表現を作った、元祖ロックンロール三人衆のうちの一人。ボー・デ
ィッドリー(1928年生まれ)。チャック・ベリー(1926年生まれ)。
リトル・リチャード(1935年生まれ)。前者二人は複数回見ているが
、リトル・リチャードだけ生は見たことないのだな。うえん。横浜赤
レンガ・モーション・ブルー・ヨコハマ。

 まずは、バック・バンドが出てくるわけだが、ありゃあ。ベース、
キーボード、サイド・ギター、ドラム。うち、ギター奏者とドラマー
は日本人。チャック・ベリーがそうするように、きっとこちらで雇っ
たのだろう。で、驚かされたのは、本国から連れてきたと思われるベ
ース奏者と鍵盤奏者が50才を過ぎてるだろう初老女性(しかも、非黒
人)であったこと。うは。なんか、変てこ、酔狂な感じは非常に出て
いた。

 そのバッキング陣にてトレイド・マークのジャングル・ビートを押
し出す。キーボード奏者は演奏せずに、両手でマラカスをシェイクす
る。そしてボーさんが登場、なんと彼も手にとっても小さなマラカス
を持っていて、振っている。フフフ。ニューオリンズのセカンド・ラ
インとの近似性も指摘される(実際、彼の出身地ミシシッピ州マッコ
ムはニューオリンズとけっこう近い)ジャングル・ビートの影にラテ
ンあり。彼はどういう経緯でマラカス活用を始めたのか、約34秒思い
を巡らす。

 で、椅子に座って、やはりトレイド・マークの長方形型のギターを
手にする。非常に持ちづらいはずで、完全に見てくれ優先のそれ。や
っぱ、酔狂。そして、妙なリヴァーブがかかりまくり、破綻もいろい
ろとあるギター・ソロをどんな曲でも悠々とかます。もうちょっと歌
ってほしいところではあったが。でも、たまに出てくる歌は非常に滋
味あり。じわん。終盤にやった、リフ一発のファンク曲には非常にP
−ファンクなるものを感じる。P−ファンクはボーさんに通ず、か。
最後になるとずっと椅子に座ってパフォームしていた彼が突然立ち上
がり、ドラマーのところにいき、ドラマーが叩く横で一緒にフロア・
タムを延々と叩きはじめる。どんどこどんどこどんどこ。なんか、そ
れエスコーラ・ジ・サンバのビートみたいに聞こえてきて、ディッド
リー表現の奥にあるオールマイティ性(?)に驚く。ととともに、や
はり音楽はまずビートありきなのだ、世のイナセな表現はつきつめる
ところアフリカの因子を内に持ちつづけるものなのだと思わずにはい
られず。

 なんか杜撰なところはズサンだったが、本当に嬉しいもの、得難い
ものを見せてくれた実演……。

クラスターTU

2004年4月10日
 キング・クリムゾン絡みリズム・セクションと、アコーディオン(
ボタン式)奏者、そしてサンプラー音担当者(なんか、ターンテーブ
ルみたいな形の装置を用いる)による、インスト主体の4人組。アコ
ーディオン奏者以外の3人は横にアップルのラップトップ・コンピュ
ーターを置く。アコーディオン奏者も足元にはエフェクターがずらり。

 お、おもしろい。トレイ・ガンは10弦のスティックを使用。ドラマ
ーのパット・マステロットもときに普通じゃない使い方も見せたりも
するし、他の二人は扱う楽器自体が通常のロック楽器ではないし、本
当に見ていて飽きない。もうキョロキョロ、ステージを見ちゃいまし
た。加工ヴォイスもときに担当するアコーディオン奏者は髪形や恰好
まで風情ある興味深いもので、なんかいいなあ、ああいうの。やっぱ、
芸(術)の道を思うまま進んでいるんだから普通の恰好してたってし
ょうがないじゃん、っていう意思あふれる? ぼーっとした曲には少
し飽きる部分もあったけど、ふむふむと頷きながら見てしまいました。

 会場後方にもスピーカーを配し、後ろからも音が露骨に聞こえる局
面もあったりして、それもときに効果的。とかなんとか、俺たちはこ
うする、みたいなところが横溢していた、大人のロック・ビヨンド表
現を展開。渋谷・エッグマン。  
 キップ・ハンラハン絡みのプロジェクトにおけるツイン・ドラム
・コンビ(2000年1月12日、2001年5月15日、2003年8月9日)で注目
を集めた、キューバン・ネイティヴ実践派とアメリカン学究派(?
)のでこぼこ二人組がリーダーシップを取る出し物。すでにアルバ
ムを2枚出しているが(1枚目の02作のほうがずっと出来が良い)
、その求めるところは、ウマの合うミュージシャンとの有機的なや
りとりを介して自分たちの根っこと今のヴァイヴや視点を重ね合わ
せた混沌音楽を送りだす……ということになるか。2002年7月24日
のライヴはやはりそのノリでの実演でしたね。蛇足だが、本欄では
他に2002年12月27日の項でも触れている(エル・ネグロは、2002年
10月3日も)。おお、オレいっぱい彼らのこと見てるな。でも、こ
こ2年ぐらい彼らは本当に度々日本に来ているから、ぼくが見てな
いときもそれなりにあるはずだが。

 南青山・ブルーノート東京。二管、六弦ベース、鍵盤、打楽器、
そして性格な良さそうな二人のシンガー(女性はラテン系。ラップ
主体の黒人男性は、マライア・キャリーのツアーでも来ていたらし
い:2003年7月6日)という編成にて。楽器奏者はみんな上手い。
主役のお二人は一緒にドラムをどかどか叩く曲は少なくて、どちら
かはドラム・セットから離れ、肩掛け式のランプラー(25個ぐらい
のボタンがついていて、手打ちで打ち込み音のような音を出す)を
扱う。

 話は前後するが、特別ゲストとして3曲目からラテン・ジャズの
大御所フルート奏者デイヴ・ヴァレンティンが加わる。意外に、外
見はそんなに爺になってはおらず。で、とってもエンターテインメ
ント精神ある人ね。ただ、やはり音楽的にはかなり離れている。で
も、そこは暗黙の了解とラテンの鼓動が繋ぐ鷹揚さで、コレデイイ
ノダという感じで控えめに重なる。両者、楽屋ではどんな感じなの
か。
 ともあれ、ラテン、ヒップホップ、ジャズ(とくに、管のアンサ
ンブルは電気マイルス的ね)、R&Bなどを自在に重ねた音楽を繰
り出す。ぼくは十二分に楽しみました。
 南青山・ブルーノート。今回のソウライヴ(2000年8月12日、20
01年3月1、2日、2002年3月26日、2003年3月31日)は、なんと
シアトルのロッキン・ファンク・バンドのマクチューブのシンガー
/キーボーディストで、ソロ作も一枚出しているレジー・ワッツを
伴ってのもの。マックチューブの2枚目がソウライヴが所属するヴ
ェロアからリイッシューされたのが縁で、今回の抱き合わせツアー
となったのだろう。

あたまの2、3曲はソウライヴだけの演奏。そして、それ以後は
デカいアフロ・ヘア(もう、10年ぐらいやってるそう)がトレード
・マークのレジー・ワッツが加わるのだが部分的ではなく、ずうっ
と出っぱなし。しかも、ノリとしてはレジー・ワッツが主役でソウ
ライヴはバック・バンドといった感じ。だが、それがまた良かった
のだ。ワッツさん、身体も太かったが、地声がまた太い。それが、
実に味と説得力を持つ。思った以上に、いい歌手。曲のブリッジ部
では、コントローラーを用い歌声をコーラス風に加工したりもする
。そこらへんは、コンポーザーやキーボーディストとしても才を発
揮する人ならではという感じも少しする。で、バッキングに回った
ソウライヴの演奏がまた新鮮でなかなか。なかなか有意義な共演ギ
グでした。

               
 山岸潤史(1999年8月5日、2000年12月7日、2001年7月16日)
がメンバーにいる(リーダーはキーボード奏者のジョン・グロウな
のかあ)、ニューオリンズの5人組ファンク・バンド。インスト主
体。小難しいこと抜きに、ジャム・セッションぽく流れていくのを
是とする、と言っていいかな。彼らはテーパーの存在も認めている
みたい。

 音楽的内訳は、ニューオリンズ・ファンク:30 、非ニューオリン
ズ・ファンク:25 、フュージョン:25 、ジミヘン的因子(これは山
岸が導く)ほかその他:20 、といった感じか。なんか、ドラマーが
力づくで叩きすぎて腕を傷めたみたい。それも、またライヴ、か。
山岸は、ヘリテッジ・フェス明けのこの5月にジョージ・ポーター
Jr. とジョン・ヴィダコヴィッチ(80年代後期、ジョン・スコフィ
ールド・バンドで強力なセカンド・ラインを叩いていたドラマー)
とのトリオで、シンガポールでの仕事のついでにまた来日するとい
う。とても、楽しみ。渋谷・クラブクアトロ。   
 渋谷・文化村オーチャードホール。こういう公演なら、非常
に合っている。

 ニール・ラーセン(主にキーボード)、トム・ブレックライ
ン(ドラム)ら西海岸のフュージョン/セッション界の腕利き
をバックにしての、ジャズっぽい隙間や揺れ、鷹揚さを効果的
に応用してのパフォーマンス。それを見ながら、ローラ・ニー
ロ(マイク・マイニエリ、リチャード・デイヴィスやジョン・
トロペイ:2004年1月27日、他。そこで吹いていた女性リード
と女性ペット奏者はブッダが送りだした女性ブラス・ロック・
グループのアイシスにいた人たちだった)とジョニ・ミッチェ
ル(マイケル・ブレッカー、パット・メセニー、パストリアス
他)、それぞれにジャズ系奏者を鋭意起用したライヴ盤(77年
と80年)を思い出す。あれらとも回路は違うが、ジョーンズも
またジャズの尻尾をうまく自分のシンガー・ソングライター表
現とつなげている。そして、ニーロは既に鬼籍に入り、ミッチ
ェルも引退とあれば、ジョーンズの重要性はより増すというも
のではないか。

 終演後(1時間半強。アンコールはなしだった)って、知り
合いと飲みにいった先で話題になったのは、唯一若そうだった
小柄なサックス奏者が男か女かということ。ぼくは女性だと思
っていたが、若い男だと思っていたという人もいる。帽子被っ
て、顔を隠していたからな……。あと、ジョーンズのずんぐり
むっくりした体型も話題になったが、それは約20年前の来日公
演のときにもそういう感じだったので(スパッツを履いて立派
な下半身を強調していた)ぼくはあまり驚かなかった。奔放な
、どこか少女っぽい歌声はけっこうキープしてましたね。
 
 ブッシュに対する厳しい視点を散りばめた新作からの曲を中
心に過去の有名曲も披露。MCでもきっちりとブッシュ批判を
する。まっとうなアメリカ人の毅然とした、優れたライヴでし
た。                
 何かと大型表現(デューク・エリントンへの憧憬が奥にあっ
た、とも書けるのかな)を好んだ故パストリアス表現をレパー
トリーにするオーケストラ。首謀者っぽい、指揮者はピーター
・グレイヴスという人。パストリアスの地元フロリダの音楽仲
間ということだが、確かに76年のソロ・デビュー作で吹いてい
たり、日本で録られたスター奏者満載の82年同ライヴ盤で指揮
を取っていたりする。彼は9人の管楽器奏者、そしてリズム隊
を率いる。故人の意思を尊重するなら何故スティール・ドラム
やハーモニカなどかつて彼が用いた“もう一つ”の楽器奏者を採
用しないのか、なんて突っ込みはナシにしときましょう。その
ぶん(?)、ここには本人がビッグ・バンド表現においては入
れることを嫌っていたようであるギター奏者や鍵盤奏者が入っ
ている。
 
 南青山・ブルーノート東京。演目はビッグ・バンド作からの
ものだけでなく、76年作やウェザー・リポート作からも。まあ
、もとが元だけにそんなに悪いものになるはずはない。娯楽性
に富んでもいましたね。参加奏者は名のある人もいないし、特
別腕の立つ人もいないが、いろいろとソロ・パートを与えられ
た太った恰好悪い中年サックス奏者だけは別。わわっ。もう、
異常と思えるぐらい器用。笑っちゃった。上手い人は本当にど
こにでもいるもんですね。

 興行的なことを考えてか、レギャラーのベーシストに加え、
名のあるベース・フレイヤーがさらに演奏に入る。イエロージ
ャケッツ(2003年9月11日)のジミー・ハスリップにベラ・フ
レック&ザ・フレックトーンズ(2000年8月12日)のヴィクタ
ー・ウッテン。そして、明日からはウッテンに代わりジェラル
ド・ビーズリー(cf. オーディアン・ポープ・バンド、ロチェ
スター・ビーズリー・バンド)が参加という予定になっていた
が、この日はビーズリーも特別に加わっちゃった。お得な一夜
、こーゆーハプニングは生理として嬉しい。で、そのビーズー
リーさんの恰好いいこと。カーティス・メイフィールドをヤッ
ピーにしたような感じのそれ、見ているだけでいいなあと思う
。ところで、フレットレスを持っていたのはウッテンだけ。恐れ
多すぎてか難しすぎてか、オイラはおいらという矜持からか、
みんな最初からパストリアスの超絶奏法を再現しようとした人
はいませんでしたね。

 最後の曲は、ベーシスト4人揃い踏みでブリブリ。これはも
ー、ゲラゲラ笑うしかない。とともに、この過剰な行き方をし
た曲が、パストリアスの持っていた何かを一番表出していたの
ではないか。そんな酔狂にベースが重なり合う曲を聞きながら
、大昔に来たとき(日本のグリーディ・グリーンと対バンで、
クアトロでやったとき)ジョン・メデスキ(MMW、2004年1
月24日他)がしていた話を思い出す。元々、フロリダで生まれ
育った彼はパストリアスとも面識があって、高校生のころ同オ
ーケストラの日本公演(というと、82年となる?)に誘われた
ことがあって行きたかったけど、親からあんな変な人と付き合
っちゃ駄目と言われて泣く泣く断念した……。先に触れたよう
に、あのオーケストラってキーボード奏者いなかったんだけど
な。でも、メデスキの年齢とは時期的には合うか。次に彼に合
ったら、そのことを問いなおしてみよう。

                
留守録できないので、サッカーのオリンピック最終予選の試
合に合わせて、録音ボタンを押して家を出る。お昼から急激に
寒くなり雨も振って中東勢には不利になり、なんか煮え切らな
い代表チームでも絶対勝つと思いながら。しかし、今回のテレ
朝の試合放映は酷い。どうして、なんの脈略もなく日本のゴー
ル・シーンのリプレイを試合中にしつこく入れるのか。ついで
に、松木安太郎の解説も大バツを。前から内容がなく退かせる
ものがあったが(何より嫌だったのは、ゲーム中の解説でゲス
ト同士で自分たちの現役時代のプレイをまんざらでもなく褒め
あうところ)、もう行くとこまでいっているナ。内容まるでナ
シ、ただ気合だけを強調するおっちょこちょいなそれは、隣の
駄目おやじ話と変わんねえ。あんなタコが監督やったときのチ
ームにいた選手が本当に可哀相。

渋谷・NHKの505 スタジオで、ライヴ・ビートの公開録音
。行くと大分押している感じで、日本のマハル・シャラル・ハ
シュ・バズがやっている。実は、このユニットのことはぼくは
ぜんぜん知らなかった。後でちょっと調べたら、けっこうキャ
リアを持つ人がやっているようで、かなり通受けしているのネ
。ふーん。

 バンドを率いる真面目そうな男(ギター、たまに歌も)、女
性ドラム、電気ベース、5〜6本のホーン隊による実演。みん
な、譜面を前にしている。で、一発でうひっと苦笑。まさに絵
に書いたような、よれよれ。ヘタウマならぬ、ドヘタ、ヘタ。
やる気もなそう。なんだこりゃ。でもって、歌付きのちゃんと
曲っぽい感じでやるものもあるが(ちょっとルー・リードっぽ
い?)、基本的にはリフの断片をやってすぐに辞める。最初、
冗談かと思った。だけど、すぐに、なんか不可解な含みや佇ま
いを覚えるようになり、3曲目ぐらいからはコレは絶対ありダ
と思いつつ、大笑いしながら聞いちゃった。そして、最終的に
は……こりゃ、すげえ。よくもまあ、こういう音楽表出の回路
を編み出したなあと脱帽。ぜったい、ぼくが音楽やるとしたら
、もっと通常の音楽のあり方、送りだし方の様式にとらわれち
ゃうもの。偉い偉い偉い。凄い凄い凄い。へたさやまとまりの
なさ、完成度の低さのなかから、音楽としてのなんか確かな意
義をきっちり出していた。それ、無意識のではなく、間違いな
く意識的だろう。飄々と、我が道を貫く変人ぽさはナンバーガ
ール(2000年5月13日、2001年2月13日)/ザゼン・ボーイズ
の向井秀徳をはるかに超えるな。降参。しかし、凄い人はいろ
んなところにいるもんだ。やっぱり、いろいろ見るのを不精し
ちゃいけない。とともに、国営放送も本当に偉いっ。だけど、
このへたへたが視覚なしでラジオでかかると一体どー聞こえる
のだろうか? 彼らの美味しさは実演を見たほうが良く伝わる
と思うが。

 機材セッティッグを代える休憩の間、収録スタジオの横のほ
うにある社員食堂でなんかお腹に入れようかと思ったが、そこ
のTVでサッカーの試合を映していおり、目に入れたくないので
やめにする。夜中に新鮮に見たかったから。しかしその社食、
そこそこ遅くまでやっているんだな。カレーは300 円。鉄火丼
とか定食みたいなのは600 円ぐらいだったか。

そして、ディアフーフ。去年も来ているが、ぼくは今回初め
て見る。サンフランシスコをベースとする4人組で、ベースと
歌は日本人女性。彼女のちゃんとした日本語MCを聞いてなる
ほどネイティヴなのねと思いつつ、ダモ・スズキ(1999年9月
22日)を思い出す。ブロンド・レッドヘッド(2002年1月27日
)もそうだが、日本人女性がんばってますね。ヨーコ・オノ・
ミーツB-52、なんて言われ方もあった彼女たちだが、不思議ち
ゃん風ヴォーカル曲をどんどん膨らむ感覚を持つギター・サウ
ンドにのせて披露。曲の展開は、“ノー・ニューヨーク”ぽい
のからプログレっぽいのまでを自由に行き来する、ポスト・パ
ンク調+アルファと言った感じ。

ステリオグラム

2004年3月16日
 平均年齢22才という、ニュージーランドのバンド。学祭に行
って偶然見たら、ほほえましいな、と思えるような連中(かな
?)。ヴォーカルはラップをかますことの多い、多少混合した
ロック・バンド。でも、まだ個性を確立してはいない。爽快な
パワー・コード系サウンドのもと皆でコーラス取り、フロント
・マンが軽目のラップをぶちかます曲には、おお青春しとるや
ないけ、とニヤニヤ。途中で、おやじ顔したギタリストがビイ
〜ン、ビイ〜ン、ビイ〜ンと音を出してチューニングし始める
。うひ。やるならやるで徹底的にすればいいのに、中途半端で
曲に行ったりするから、チューニングが半端で聞いてて気持ち
悪い。なんか、最初から不思議な団子状の音だなと思ったのだ
が、それはギターのチューニングの甘さから来るものだったの
かな。途中、AC/DCの「バック・イン・ブラック」をわり
かしストレートにやったりも。アコールを含めて50分、原宿・
アストロホール。
 南青山・ブルーノート東京。調べたら、この項4度目(19
99年5月11日、2001年1月11日、2002年1月24日に続く)の
登場ぢゃ。

 近く出る新作はけっこうストレート・ジャズ傾向でもある
トリオ編成によるライヴ録音作(昨年12月の録音)だが、今
度の来日公演は前2回と同様に電化効果活用跳ね返り傾向の
“ウーバージャム・バンド”編成によるもの。ただし、前回
ライヴの文章でぼくがまず褒めているベーシストのジェシー
・マーフィは脱退(彼はアップライトもいけるし、何があっ
ても彼は残したい、なんてスコは言っていたのだが)、今回
はマーク・ケリーという人が同行。すべて五弦電気ベースで
通す彼は貧相な若い黒人奏者。ドラムのアダム・ダイチ(レ
タスのドラマーにして、去年のミシェル・ンゲゲオチェロ・
パピロン・バンドでも叩いていた人。2003年11月18、22日)
も若く見えるし、サンプル音/サイド・ギターのアヴィ・ボー
トニックもまだ30才ぐらいに見え、ライヴを見るとウーバー
ジャム・バンドはスコが若い人達とのやりとりを主眼とする
場であるというノリも強調されますね。
 
 前回来日したときにある雑誌の企画でお気に入り5枚を挙
げてもらったりしたのだが、そのときまっさきに上げたのが
マウス・オン・マーズ(2000年4月8日)のアルバム(あと
は、ハウリン・ウルフ、61年コルトレーン、レディオヘッド
、50年代マイルス。あれれ、大好きなはずのニューオリンズ
ものはと問いかけると、忘れてたぁプロフェサー・ロングヘ
アー入れたかったなあと発言)だったりした彼だったが、今
回サンプル音/プリセット音採用度合いは少し高まる。でも
、そうなるとボートニックの力量では多少不足気味となりメ
ンバー・チェンジの必要をぼくは感じるが。彼の刻みのギタ
ーも今回見て、もの足りなかったし。

 スコのソロに関しては、ときに弦のこすり音を見事にソロ
・ラインに組み込んでいて、それは新たな感興あり。また、
本人もMCで“アフロ・ビート”と断ってたが、フェラ・ク
ティのリズム・パーターンを応用した曲を披露したりも(そ
こでのソロはリンガラぽかった)。この日(セカンド)、客
席側の男性比率がとっても高かった。

                   
 デグロウは黒もの路線を突っ走るクライヴ・デイヴィスの
J・レコーズが送り出した、27才の白人新人シンガー・ソン
グライター。聞いた人の多くはビリー・ジェエルを思い出す
部分を持つピアノ弾き語り系の人で、ドラム、ギター、ベー
スを率いてのもの(少しギターを持って歌ったりも)。実演
を見ると、オールド・ロック臭の強い、時代性に欠けたパフ
ォーマーと感じる。そういやあ、ベースとギターは長髪でい
かにもアナクロな感じの人達。鈍重というか、繊細さにも欠
けるところもあるような気がしたが、それは女々しさから完
全に離れるもので、それはそれでいいだろう。

 ありゃりゃと思わせられたのは、途中で朗々とマーヴィン
・ゲイの「レッツ・ゲット・イット・オン」をやったこと。
それ、別にイヤな感じゃない。で、それを聞きながら、彼は
古き良き時代のいいメロディを愛好する人で、そういう嗜好
からこうなった人なのネと了解。前座(スタンスが違いすぎ
る日本人グループ。ありゃ、あんまりだ)があった関係で最
後まで見れなかったのだが、セット・リストにはサム・クッ
クの「チェンジ・イズ・ゴナ・カム」が記されていたりも。
うーむ、ちょっと聞きたかったかも。恵比寿・ガーデンルー
ム。

 そして、南青山・ブルーノート東京でロイ・エアーズ。芸
人感覚横溢にして、広角型の黒人ジャジー・ポップをずっと
やりつづけている人。ヴァイブラフォン奏者の彼は2本のマ
レットを両手に持って演奏するが、その左右のフェルト部の
色が違う。赤と白(笑)。2000年3月23日の来日公演時は男
性シンガーを二人同行させており、そのときが一番ソウル濃
度は高かったかな(その項でグラミー賞をニュー・エイジ・
ミュージックの部門で取ったはずと書いてあるが、去年電話
で取材したところ、残念ながらそれはないとの答え。ぼくの
なかではそういう記憶があったのだが、訂正します)。その
あと見た、2002年8月11日の実演はジャズ・フェス出演だっ
たせいか、もう少しフュージョンぽかった。
 
 で、今回(昨年、モーション・ブルー・ヨコハマに来てい
るはずだが、ぼくは見ていない)は、キーボード、ギター、
ベース、ドラムを従えてのもの。英国のレア・グルーヴのブ
ームでまた人気を盛り返したことを裏付けるように、ギター
とベースは英国人のようだ。ともあれ、4年前のときほど歌
度数は高くないものの、鷹揚さがいい感じの、寛いだソウル
・ショウを展開。エアーズの歌を聞くと、あんまりうまくな
くつてもフィーリングがあればなんとかなるものなのだナと
思わずにいられない。

 途中で、日本人シンガー/コルネット奏者のTOKU(20
00年2月25日、2001年9月6日)が入るが、違和感まるでな
し。また、続いて、ブルーノートのLA期(70年前後)にデ
ビューしたフルート奏者のボビー・ハンフリーも登場。この
ころは可愛らしさでも売ってた人だが、今は60才ぐらいには
なってるのかな。なんかとっても嬉しそうに演奏し、小柄(
小太りでもある)なせいもあり、意外にかわいらしい。

              

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