渋谷・映画美学校試写室で、津軽三味線の大御所偉人である高橋竹山の人生や残したものと津軽の風土を重ねるドキュメンタリー映画を見る。監督、制作、撮影、編集は大西功一。試写の最終日ながら、受付に本人がいて気さくに接していて驚く。彼の上映前の挨拶は思慮深くも、溌剌としていた。宮古島のトラッド音楽をテーマにおいた、「スケッチ・オブ・ミャーク」に続く映画のよう。

 高橋竹山(1910年〜1998年)、そして彼に代表される津軽三味線。一切興味を持ったことがないはずなのに、それらはくっきりと思い浮かべることができる。それなりにエスタブリッシュされ、小僧のころにTVでなにげに触れていたからだと思う。実際、出てくる御大とその音楽はぼくのイメージとそれほど乖離していなかった。ではあったものの、いろんな音楽に触れ、かつての“和”アレルギーがなくなったぼくには、それはとっても興味深い表現である。

 過去の高橋竹山の映像もいろいろ使われており、それは彼がちゃんと認められていた証左になるだろう。とはいえ、津軽という場や高橋竹山の歩みを語られると、いかに高橋竹山が苦労したかは察するにあまりある。かつて津軽地方で盲目の場合、男性は差別の対象となる旅の流し三味線奏者となり、女性の場合はイタコとなるのを初めて知った。彼は多大な困難を受けつつ(生きるために、彼は尺八は独学で吹いた)、88 歳まで生きたのはなりより。

 高橋竹山や津軽を写す新旧の映像や写真があり、彼の縁者や弟子たちのいろんな映像が出てきて、それが効果的に噛み合わされる。と、それはドキュメンタリー作の常道ではあるのだが、対象がまったくぼくと繋がりがないものでありつつ、かなり興味を持てるものなので、うんうんと見てしまう。

 2代目・高橋竹山が女性であるというのも初めて知ったが(昔、ロック好きでしたと言われたら信じそうな感じの人ですね)、彼女が先代ゆかりの地を回るロード・ムーヴィ的なパートもあり、それにより津軽三味線/民謡が決して閉じられたものではないことを示唆できているのではないか。

 初代にせよ、2代目にせよ、けっこう海外公演もやっているはずだが、それについてはふれられてはいない。だが、本映画の求めるところは日本における地方の地縁や風習や文化の数奇な形而上をさし示すことであり、それらが日本においてどう他所/他者とつながりを持ったかということであろうから、間口を広げないのは正解か。いろんな地方がある日本という国、その人々の生活についていろいろ考えちゃうようなあ。

 高橋竹山が本当に善人でユーモアのあった人であったと、所縁の方々は語る。映画を見ていて、さもありなんと思う。そして、私見だが、出てくる人たちがけっこうサバけていて、いい感じ。悪い意味での辺境感がなく、ユニバーサルであるともぼくは思ってしまった。映画は11月10日より、ユーロスペースほかで公開される。

 夜は六本木・Super Deluxeで、スイス人アクトが中心となる“Match of Fuse”という出し物を見る。2日間あるうちの初日で、Art of Soloと副題されているように、3人の出演者がそれぞれにソロでパフォーマンス。するだけでなく、ちゃんとそれぞれに“この日、この時”と言えるような演奏をしていて、主催者側が丁寧にこの催しの趣旨を説明していたのだなと了解した。

 1番目は、近3枚のリーダー作をECMからリリースしている1980年生まれスイス人ピアニストのコリン・ヴァロン。先日はピットインでアルバム流れのトリオ公演をやったはずだが、この晩のパフォーマンスは大雑把に言えば静謐傾向にあるECM盤とまったく繋がらないものでほうっとなった。妙なエフェクト音に変換したフェンダー・ローズとアップライト・ピアノ(弦弾きもあり)をパートに分けてつらつらと弾く。一言で説明すれば過剰にして、おぼろげに酔狂。歪は美にあり、かような彼なりの定理を素直に露にしていたとも言いたくなるか。エレクトリック・ピアノ演奏部の終盤は、ザ・ビートルズの「アクロス・ザ・ユニヴァース」の“Nothing’s gonna change my world”という歌詞部分のメロディを臨機応変にデフォルメしながら執拗に反復させる。なんか、鍵盤に向かう彼の業の深さをあっさりと外に出していたな。ピアノ演奏の一部はなぜかチリー・ゴンザレス(2018年8月15日)の回路を思い出させたりもした。

▶︎過去の、チリー・ゴンザレスの映画
http://43142.diarynote.jp/201808160646059913/

 次は、石橋英子(2001年9月22日、2008年1月30日、2010年4月15日、2011年1月8日、2013年5月24日、2013年4月21日、2015年4月9日)。いろいろエフェクターをおいたコーグのキーボードは最初のうちはオルガン音色。それをサンプリングして音の波を作り、音色も変わっていく。最初のパートは淡いインダストリアル調ビートを下敷きにおいた。二つ目のパートはフルートを弾き、同様のやり方でそのうちフルートの音はオーボエみたいになったりもし、全体のサウンドは陰険なものに流れていく。彼女は歌を差し込むときもあったが、けっこうショウとしての構成を練っているんだろうなあと思わせられた。

▶過去の、石橋英子
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-9.htm パニック・スマイル
http://43142.diarynote.jp/?day=20080130
http://43142.diarynote.jp/201004180836405961/
http://43142.diarynote.jp/201101111201402329/
http://43142.diarynote.jp/201304230829016302/
http://43142.diarynote.jp/201305280923275394/
http://43142.diarynote.jp/201504131107563912/

 3番目は、スイス人ヴァイオリニストのトビアス・プライシク(2014年10月8日、2015年9月4日)のソロ。彼もいろいろエフェクターやつまみをいじり、ヴァイオリン音をいろいろに用いる。クラシックみたいな曲もやっていた(やはり、そっちのほうの造詣は深そう)が、プログ・ロックの愛好者に一番受けそうなことをやっていたのではないか。で、世が世なら、プログ・ロックの人気バンドに誘われて、世界的に有名な存在になっちゃうような人かもなーとも思った。

▶過去の、トビアス・プライシク
http://43142.diarynote.jp/201410141140507485/

 そして、最後にはなんと3人でジャム。いわゆるジャズ的一発ものではなく、ある種のムードを3人で見据えておっとり音を重ねる。10分強、やったかな。みんな真面目というか、音楽家としての誠意をたたえた協調をしていて、オマケを超えたものがありました。

<今日の、途中下車>
 試写会とライヴの間に、ちょい原宿と渋谷の間にあるトランク・ホテルに行って和む。なんか今年はパリ市と東京の仲良し年間にあたっているそうで、週末にかけて「パリ東京文化タンデム 2018」と題し代官山/渋谷周辺でいろんなイヴェントがもたれ、そのキックオフ・パーティみたいなのがそこで開かれていた。サーヴされた食べ物のなか、見た目はサーモンなのに野菜を調理したもので驚く。ともあれ、その流れでシャソル(2015年5月30日、2016年8月29日)がまた来たりもするんだなー。この前の、FESTIVAL TANDEM(2018年9月23日、2018年9月24日)もその一環だったのかー。
▶︎過去の、シャソル
http://43142.diarynote.jp/201505310957591440/
http://43142.diarynote.jp/201609200921301045/
▶︎過去の、FESTIVAL TANDEM
http://43142.diarynote.jp/201809261357472982/
http://43142.diarynote.jp/201809261358593168/