まず夕方、新木場・スタジオ・コースト。“テイスト・オブ・ケイオス”
と題された今様な激情を抱えるロック・バンドがいろいろと出る催しをチェ
ック。ハーレイというアパレル・メイカーのスポンサードのもと昨年からス
タートし世界中を回っているパッケージ・ツアー、日本に来る前はオセアニ
アを回り、日本の後は欧州をいろいろと巡業するようだ。

まず、日本のバンドのニュースターティングオーヴァーが演奏。ちゃんと
自分たちの表現に対する自覚的な問い掛けを持つ連中(なよーな気がした)
で悪くないなと思って聞いていたが、次の米国カリフォルニア5人組( 歌、
ギター2 、リズム隊) のセイオシンが出てきたらパワーが違う。エンジニア
/機材などの問題もあるのだろうが、音圧がまるで違う。うひょー。とくに
感心したのはドラム。別にグルーヴはないが、すばらしくパワフルで、切れ
のある叩き方をする。そして、それはバンドに確実に今をもたらしていると
思った。うんうん。メジャーと契約を持っているバンドながらまだ日本盤は
出ていないが、(だからこそ?)客への働きかけ風情もとてもケナゲ。続く
米国東海岸出身のセンシズ・フェイルも同じ編成で突っ走る。見てくれはフ
ツーのロック・バンドみたい、と感じたっけか。音楽自体はぼくはずっとセ
イオシンのほうに共感が持てた。みんな30分前後の演奏時間なり。

 米国フロリダ出身のアンダーオースのパフォーマンスは笑えた。もう、み
んなちゃらく動き回り、見栄を切ったポーズを一生懸命に取る。ギャグ、見
事なコメディ……。このバンドにはキーボード奏者がいるがあんまり演奏に
は集中せずに(?)、夢中で身体を揺すっている(笑)。はははは。あと二
つは最低出たはずだが、それで新木場を後にする。この日、ぼくが見たバン
ドでヒッフホップ要素が入っていたバンドはゼロ。たまたまなのか、そうい
う選択基準があるのか。でも、だからこそ、彼らはフツーのハード・ロック
・バンドの今様版なのだと、思える部分はあったか。客も実に健全そうな風
体の若者だらけだった。

 そして、渋谷のO・ネストに向かう。アメリカの不可解、その素敵を体感
するために……。日本人前座複数、あり。あぶらだこ からちゃんと見る。
いや、聞く。だって、混みまくりだし、ここはステージ高がないから後方か
らだとステージがあまり見えないので、ドアの外に出て漏れる音を知人と話
ながら聞いていた。なんか、久しぶりにそのライヴに接するような気もする
が、あぶらだこをメインで見に来ている人もいるのかな。そうであっても不
思議はないゾと思わせるしっかりした内実とキャリアを持つバンド。壁を隔
てた音に触れる分には、依然として確かなテンションを維持、正義を感じた。

 そんなわけだから、ザ・レッド・クレイオラのパフォーマンスは上階のバ
ー・フロアでゆったりお酒を飲みながら当初は接した。そこでも、ぼやっと
した場内映像が映され、かなり小さいながら演奏音が流れるから。これぞ、
オトナ聞き、なんっちって。今回のメンバーは主体者メイヨ・トンプソン(
歌とギター)に加えて、ここ10年ぐらいつるんでいるベースのトム・ワトソ
ン、90年代中期のメイヨ・トンプスソン復活に尽力したトータス/シー・ア
ンド・ケイクのジョン・マッキンタイア(ドラム。2001年11月7日、2003
年1月30日、2005年1月7日)、新作でフィーチャーされているスコット
ランド在住のロックを全然知らないらしいアコーディオン奏者のチャーリー
・アヴェルという布陣。加えて、やはり90年代中期のトンプソン復活を手伝
った東京在住のジム・オルーク(2001年2月20日、2006年4月18日)も
ギターで全面的にからむ。彼が歌い、ハーモニカを吹いた曲もあった。
       
 で、途中からはたまらず場内に入って見たのだが、驚いたのは音の聞こえ
方がまるで違うこと。バー・フロアでは非常に非ロック的言語と言っていい
だろうアコーディオン音がしっかりと聞こえたのに、下だとあんまり聞こえ
ない。よく聞こえるともう一つの不思議なロックに聞こえ(お馬鹿に乱暴に
言ってしまえば、ワールド・ロック?)、会場内だともっとロックっぽい、
本来イメージできるトンプソン表現に近いように感じた。それぞれに感興を
与えるものであり、一度で二度おいしい……。
 
 まあ、そんなことは些細なこと、か。どう行こうと、どう聞こえようと、
それらは前代未聞な個体の才や持ち味と直結したものであり、だからこそ、
生理的に自由な、歌心も持つロックとなっていたもの。そこには、閃きから
嵐やエラーの感覚まで、澄んだ何かが口惜しいほど埋め込まれている。そう
いう部分では、トンプソン表現は見事に外れたロックと言える。でも、だか
らこそ、ロックなんだよなあ。なんか、禅問答みたいになっちゃうけど。彼
の表現はオルタナティヴとも言われるが、本当はロックの道理としてはまっ
とうというか基本となるべきものであり、エヴァーグリーンなものであるの
だと、ぼくは思わずにはいられなかった。