1929年ニューヨーク生まれ、東欧系ルーツの大御所女性ジャズ・ヴォー
カリスト……。ジャズにせよロックにせよ、ぼくはそんなに女性シンガー愛
好者ではないのだが、やっぱり“ニューヨークのため息”なんて異名も持つ彼
女には不思議な愛着を覚えるところあるかも。50年強前のクリフォード・ブ
ラウンとのエマーシー盤は本当に好きだな。南青山・ブルーノート東京、ファ
ースト。1週間やってた、最終日。遠目には顔ツルツル。皺取り手術、やって
るんだろうなあと思う。

 バックはテッド・ローゼンタール(ピアノ)が中心となる、とても紳士ぽい
風情を出しているトリオ。さすが、まだヴァリューは朽ちていないようで、い
いミュージャンたちを従えている。喉はときに音程が不安定だったりし、衰え
ている。とくに、「マイ・フェヴァリット・シングス」のとき結構旋律を外し
てておおおおって感じ。だが、痛々しいという感じはあまりなく、それも滋味
あるシンガーの今であるのだとマイナスの感想を持たずに受け止めることが出
来るのは、彼女のパフォーマンスにジャズ・シンガーらしい品格があったから
。媚びた、いやしらい所もなく。MCには日本語の単語を混ぜるが、彼女は67
年から約5年間、旦那の赴任かなんかで一緒についてきて日本に住んでいたん
だよなあ。その時期、けっこう日本のジャズマンとも絡んだはずだ。それ、た
とえば80年代にリンダ・ロンシュタットが突然東京に住みだしちゃうのと同じ
ような感じかな。

 向かってステージ右手にはギターが2本置かれていて?と思っていたら、途
中になんと息子のアラン・メリルが登場。両親と一緒にやってきて、アイドル
系グループサウンズを東京でやってた人。そのころの表現を聞いたことはない
が、東京期最後のほうに彼が組んだウォッカ・コリンズというロック・バンド
のことは子供ゴコロに記憶に残っている。それに彼はあの故ローラ・ニーロと
も従兄弟の関係にあるというのは有名な話だよな(すると、ニーロとヘレン・
メリルの関係は?)。日本語も達者な彼は2曲歌う。1曲目はブルース・ロッ
ク調の曲で、2曲目はジョーン・ジェットやブリトニー・スピアーズなんかで
知られる「アイ・ラヴ・ロックンロール」。へえ、これは彼の曲であったのか
。後で調べたら、ウォッカ・コリンズ(10年前弱に再結成盤とか出ているらし
い)の後、英国に渡って組んでいたジ・アロウズ時代の曲らしい。今もNYで
活動しリーダー作を出しているようなアラン・メリルだが、別にどうっていうこ
とはないパフォーマンス。そのとき、正調ジャズ・トリオは情けなく8ビート
のバッキングをつけてて大笑い。また、母親は横で本当に嬉しそうに息子の実
演を見守る。すげえ、親馬鹿。でも、なぜかイヤな感じはしなかった。そうい
えば、彼女は04年盤でレディオヘッドの曲(「ユー」)をカヴァーしていた
けど、それは息子の意向は関係ありか。