オズ・ノイ
2007年7月3日 NYで活動する、イスラエル出身のギタリスト。リズム隊を従えたトリオ
によるパフォーマンスだが、もろにジョン・スコフィールド(2007年5月10
日、他)大好き、という演奏をする人だなあ。ロッキッシュというかがちん
こなサウンド(でも、微妙な仕掛けもアリ)を採用し、ちょっとした綻びの
感覚を拡大解釈しながらずんずん突き進んでいくような実演を披露。途中、
まったりものもやったが、全面的にぐいのり曲で行く根性を持ってほしかっ
た。スロウものは、ぼくは苦手だ。最後にスコフィールドもかつてカヴァー
していたザ・ミーターズの「シシィ・ストラト」を短めに。あの有名セカン
ド・ライン・ファンク曲を自己色を出そうとするためかリズムのパターンを
ひねっていたが、ぼくはそれに気持ち悪さを覚える。リズム隊はNYで活動
する日本人と紹介されていたが、ベーシストはニューオーリンズ生活も長いノ
リ・ナラオカ(2006年8月8日)。彼はどう感じたろうか。
1時間ほどの演奏。渋谷・MI付属の小ホールでの、ショーケース・ライ
ヴ。プレイヤー系専門学校であるMI(ミュージシャン・インスティチュー
ト)って、ハリウッド本校以外の枝校は全部日本(しかも、7校も)にある
んだァ。やっぱ、日本人って習い事好きなんだなあ。
によるパフォーマンスだが、もろにジョン・スコフィールド(2007年5月10
日、他)大好き、という演奏をする人だなあ。ロッキッシュというかがちん
こなサウンド(でも、微妙な仕掛けもアリ)を採用し、ちょっとした綻びの
感覚を拡大解釈しながらずんずん突き進んでいくような実演を披露。途中、
まったりものもやったが、全面的にぐいのり曲で行く根性を持ってほしかっ
た。スロウものは、ぼくは苦手だ。最後にスコフィールドもかつてカヴァー
していたザ・ミーターズの「シシィ・ストラト」を短めに。あの有名セカン
ド・ライン・ファンク曲を自己色を出そうとするためかリズムのパターンを
ひねっていたが、ぼくはそれに気持ち悪さを覚える。リズム隊はNYで活動
する日本人と紹介されていたが、ベーシストはニューオーリンズ生活も長いノ
リ・ナラオカ(2006年8月8日)。彼はどう感じたろうか。
1時間ほどの演奏。渋谷・MI付属の小ホールでの、ショーケース・ライ
ヴ。プレイヤー系専門学校であるMI(ミュージシャン・インスティチュー
ト)って、ハリウッド本校以外の枝校は全部日本(しかも、7校も)にある
んだァ。やっぱ、日本人って習い事好きなんだなあ。
アール・グレイハウンド
2007年7月4日 02年結成のNYベースのロック・トリオ。ギターを弾きながら歌う長髪痩
身白人(ショウは彼のキーボード弾き語りから始まった)に、いろいろとコ
ーラスをつける黒人女性ベーシスト(メイシー・グレイを若くしたような
人)ととどかすか叩く黒人ドラマー(レニー・クラヴィッツを25キロ太らせ
たような外見を持つ人)が付く。おお、それってジミ・ヘンドリックス・エ
キスペリエンス編成の逆じゃないか。ベース嬢は頭にヘンドリックスを想起
させる羽飾りをしている。
ヘンドリックス濃度はそんなに高くはないが、オールドな、あの時代の開
かれた感覚〜山っ気を持つロック表現を3人はけれん味なく開いていく。C
Dで聞くほど楽曲は立ってないなと感じたのは残念だが(いかに、キャッチ
ーな曲を作るかが課題ですね)、標榜する方向性や内にもつ感覚なんかは間
違いがない。原宿・アストロホール。
身白人(ショウは彼のキーボード弾き語りから始まった)に、いろいろとコ
ーラスをつける黒人女性ベーシスト(メイシー・グレイを若くしたような
人)ととどかすか叩く黒人ドラマー(レニー・クラヴィッツを25キロ太らせ
たような外見を持つ人)が付く。おお、それってジミ・ヘンドリックス・エ
キスペリエンス編成の逆じゃないか。ベース嬢は頭にヘンドリックスを想起
させる羽飾りをしている。
ヘンドリックス濃度はそんなに高くはないが、オールドな、あの時代の開
かれた感覚〜山っ気を持つロック表現を3人はけれん味なく開いていく。C
Dで聞くほど楽曲は立ってないなと感じたのは残念だが(いかに、キャッチ
ーな曲を作るかが課題ですね)、標榜する方向性や内にもつ感覚なんかは間
違いがない。原宿・アストロホール。
ポンチョ・サンチェス
2007年7月9日 ブルーノート東京、セカンド・ショウ。米国のウェスト・コーストのラテ
ン・ジャズのリーダー/パーカッショニスト。ときに歌いもする本人(立派
な髭ネ)に加え、打楽器2、ピアノ、トランペット、サックス、トロンボー
ン、ベースという布陣。アンサンブルにせよ、烏合の衆的な声の重なりにせ
よ、なるほど肩肘張らずにきまっている。その新作『レイズ・ユア・ハンズ
』(コンコード)はタイトル曲とか「ノック・オン・ウッド」とかエディ・
フロイド/スタックスの曲を陽気に関連者をゲストに招いてカヴァーしたた
りもしていたアルバムだったが、なぜかやらず(ファーストでは「レイズ・
ユア・ハンズ」をやったようだが)。かわりに、JB曲スパニッシュ・ヴァー
ジョンやサンタナ曲をやる。サバけてて、楽しい。ウォーの「バエロ」を想
起させるようなタイプの曲も2曲。しっかり、ラテンのうま味と娯楽性が握
手してました。
ン・ジャズのリーダー/パーカッショニスト。ときに歌いもする本人(立派
な髭ネ)に加え、打楽器2、ピアノ、トランペット、サックス、トロンボー
ン、ベースという布陣。アンサンブルにせよ、烏合の衆的な声の重なりにせ
よ、なるほど肩肘張らずにきまっている。その新作『レイズ・ユア・ハンズ
』(コンコード)はタイトル曲とか「ノック・オン・ウッド」とかエディ・
フロイド/スタックスの曲を陽気に関連者をゲストに招いてカヴァーしたた
りもしていたアルバムだったが、なぜかやらず(ファーストでは「レイズ・
ユア・ハンズ」をやったようだが)。かわりに、JB曲スパニッシュ・ヴァー
ジョンやサンタナ曲をやる。サバけてて、楽しい。ウォーの「バエロ」を想
起させるようなタイプの曲も2曲。しっかり、ラテンのうま味と娯楽性が握
手してました。
ポンチョ・サンチェス
2007年7月17日 LAに来ている。今回はハリウッドに投宿、近くの有名複合モー
ル“ハリウッド・ハイランド”の中庭で“ジャズ&ワイン”と題したフ
リー・コンサートが開かれていて、なんと先週見たばかりのポン
チョ・サンチェスが偶然出演。バンドの顔ぶれ、ノリはそのブル
ーノート東京のときとまったく同じ。だが、かなりの集客ありで、
客の反応は熱く(踊る人達もけっこういて)、とてもいいヴァイ
ブが充満している。それ、ラテン系の人達にとって、ラテン・ジ
ャズもまた身近なライフ・ミュージックであるのだなと思わせら
れた。
その中庭を囲む、上のほうのレストランで流れてくる音ともに
テラス席でゆったり飲食。休憩を挟んで2時間、ちょうど、食事
を終えてまもなくパファーマンスは終わる。ステージ後方には人
が群がり、サンチェスが帰ったあともベース奏者やトロンボーン
奏者は彼らに気安く応対している。我等がヒーロー、なんだろ
うな。サックス奏者だけフツーの白人といった感じだが、彼は少
し前まではグリーン・デイ(2000年8月6日)のツアー・メンバ
ーで、そのときはキーボードとコーラスの担当だったのだとか。
実は、この晩にウェスト・ハリウッドのザ・トルバドールで、
再結成なったクラウデッド・ハウスの公演があった。渡米前から
ソールド・アウトなのは知っていて、根性と金銭感覚麻痺(ダフ
屋はどのぐらいで売ったんだろうか?)があれば行こうと思って
いたが、ラテンの喧騒と豊穣なワインにそんなのどーでもよくな
ってしまう。で、その後10時すぎに、やはり近くのザ・ニッティ
ング・ファクトリー・ハリウッドに。2004年9月15日の項で書い
ているように経営者が変わってからは只のロック箱になってしま
った同所(NYダウンタウンとハリウッドに一軒づつ。脱メイン
・ストリーム/フリー・ミュージック路線を突っ走っていたころ
は、東京やローマにも進出するなんて話があったよなあ)だが、
好調なようで3つのステージは別々にお金をとっている。5〜1
5ドル。どれも、知らぬ名前ばかりでチケット売り場の小娘にど
れがお勧めと問う。あんまりヘヴィじゃないのと断りつつ。する
と、私が好きなのはこれと、一番安く小さな<アルタニット・ル
ーム>を勧めてくれた。そこでは、キーボード兼任のトロンボー
ン奏者を擁する、スカ要素ありのポップ・ロック・バンドが演奏
中。まだ、10代とおぼしき、ルックス。残念ながら、バンド名を
確認したくなるほどではなかった。
LAは涼しい。あれれ、ここの夏ってこんなに涼しかったっけか、
という感じ。空港に到着したとき、22度とアナウンスされていた
が、ぼくはけっこう上着をはおっていた。もちろん、太陽が当たる
ところではTジャツで十分。サンタモニカの浜にちょっといただ
けでも、少し日にやけたな。夜はエアコンを切って寝ていたが、
寒くて目が覚めたりも。ある晩は朝起きると、予備のTジャツを
3枚着込んでました。
ル“ハリウッド・ハイランド”の中庭で“ジャズ&ワイン”と題したフ
リー・コンサートが開かれていて、なんと先週見たばかりのポン
チョ・サンチェスが偶然出演。バンドの顔ぶれ、ノリはそのブル
ーノート東京のときとまったく同じ。だが、かなりの集客ありで、
客の反応は熱く(踊る人達もけっこういて)、とてもいいヴァイ
ブが充満している。それ、ラテン系の人達にとって、ラテン・ジ
ャズもまた身近なライフ・ミュージックであるのだなと思わせら
れた。
その中庭を囲む、上のほうのレストランで流れてくる音ともに
テラス席でゆったり飲食。休憩を挟んで2時間、ちょうど、食事
を終えてまもなくパファーマンスは終わる。ステージ後方には人
が群がり、サンチェスが帰ったあともベース奏者やトロンボーン
奏者は彼らに気安く応対している。我等がヒーロー、なんだろ
うな。サックス奏者だけフツーの白人といった感じだが、彼は少
し前まではグリーン・デイ(2000年8月6日)のツアー・メンバ
ーで、そのときはキーボードとコーラスの担当だったのだとか。
実は、この晩にウェスト・ハリウッドのザ・トルバドールで、
再結成なったクラウデッド・ハウスの公演があった。渡米前から
ソールド・アウトなのは知っていて、根性と金銭感覚麻痺(ダフ
屋はどのぐらいで売ったんだろうか?)があれば行こうと思って
いたが、ラテンの喧騒と豊穣なワインにそんなのどーでもよくな
ってしまう。で、その後10時すぎに、やはり近くのザ・ニッティ
ング・ファクトリー・ハリウッドに。2004年9月15日の項で書い
ているように経営者が変わってからは只のロック箱になってしま
った同所(NYダウンタウンとハリウッドに一軒づつ。脱メイン
・ストリーム/フリー・ミュージック路線を突っ走っていたころ
は、東京やローマにも進出するなんて話があったよなあ)だが、
好調なようで3つのステージは別々にお金をとっている。5〜1
5ドル。どれも、知らぬ名前ばかりでチケット売り場の小娘にど
れがお勧めと問う。あんまりヘヴィじゃないのと断りつつ。する
と、私が好きなのはこれと、一番安く小さな<アルタニット・ル
ーム>を勧めてくれた。そこでは、キーボード兼任のトロンボー
ン奏者を擁する、スカ要素ありのポップ・ロック・バンドが演奏
中。まだ、10代とおぼしき、ルックス。残念ながら、バンド名を
確認したくなるほどではなかった。
LAは涼しい。あれれ、ここの夏ってこんなに涼しかったっけか、
という感じ。空港に到着したとき、22度とアナウンスされていた
が、ぼくはけっこう上着をはおっていた。もちろん、太陽が当たる
ところではTジャツで十分。サンタモニカの浜にちょっといただ
けでも、少し日にやけたな。夜はエアコンを切って寝ていたが、
寒くて目が覚めたりも。ある晩は朝起きると、予備のTジャツを
3枚着込んでました。
50 YEARS OF STAX
2007年7月18日 今回のLA行きはハリウッド・ボウルで行われる、スタックス(往年の名サ
ザン・ソウル・レーベルですね)設立50周年を祝う特別公演を見るため。ハ
リウッドとハイランドの交差点からハイランド通りを少し登った丘陵地にあ
るハリウッド・ボウルは1万7千人収録とかの、クラシック公演もけっこう
やる大野外会場。かなり傾斜ありの客席はけっこう升席になっているところ
もあり、それこそみんなワイン・ボトル片手に(まじ、そうなの。売店にも
ワイン・ボトルがずらり)ピクニック気分でやってくる。LAで野外会場でス
タックスというと、72年の“ワッツタックス”公演を想起もしちゃうわけだが、
もっとゆっったりしたヴァイヴが流れていたし、時代も違うし、安易な比較
は無理ですね。
新旧のアクトが登場し、往年の名曲を歌う。そんな設定で休憩を挟んでの
2部構成の3時間弱のショウ。ホストはアメリカン・アイドルの司会で人気
を博しているベース奏者でもあるランディ・ジャクソン。1部は共通バンド
のもと、エディ・フロイド、ウィリアム・ベル、ブッカー・T・ジョーンズ
ら顔役組と、今後大々的に復活する同レーベルが新たに契約したアンジー・
ストーン(2005年3月22日)やレイラ・ハサウェイ(2002年5月13日、他)
が登場。2部はまず往年のスタックス模様を伝える映像がヴィジョンに流さ
れ、ワッツタックスの主役でもあったアイザック・ヘイズが延々と自分のバ
ンドを率いて貫祿のパフォーマンスをする。そして、最後にオーティス・レ
ディングの「ドッグ・オブ・ザ・ベイ」を出演者一同にて披露。
じわーん。
ザン・ソウル・レーベルですね)設立50周年を祝う特別公演を見るため。ハ
リウッドとハイランドの交差点からハイランド通りを少し登った丘陵地にあ
るハリウッド・ボウルは1万7千人収録とかの、クラシック公演もけっこう
やる大野外会場。かなり傾斜ありの客席はけっこう升席になっているところ
もあり、それこそみんなワイン・ボトル片手に(まじ、そうなの。売店にも
ワイン・ボトルがずらり)ピクニック気分でやってくる。LAで野外会場でス
タックスというと、72年の“ワッツタックス”公演を想起もしちゃうわけだが、
もっとゆっったりしたヴァイヴが流れていたし、時代も違うし、安易な比較
は無理ですね。
新旧のアクトが登場し、往年の名曲を歌う。そんな設定で休憩を挟んでの
2部構成の3時間弱のショウ。ホストはアメリカン・アイドルの司会で人気
を博しているベース奏者でもあるランディ・ジャクソン。1部は共通バンド
のもと、エディ・フロイド、ウィリアム・ベル、ブッカー・T・ジョーンズ
ら顔役組と、今後大々的に復活する同レーベルが新たに契約したアンジー・
ストーン(2005年3月22日)やレイラ・ハサウェイ(2002年5月13日、他)
が登場。2部はまず往年のスタックス模様を伝える映像がヴィジョンに流さ
れ、ワッツタックスの主役でもあったアイザック・ヘイズが延々と自分のバ
ンドを率いて貫祿のパフォーマンスをする。そして、最後にオーティス・レ
ディングの「ドッグ・オブ・ザ・ベイ」を出演者一同にて披露。
じわーん。
ジョン・ブライオン
2007年7月19日 エイミー・マン(2005年10月4日)、フィオナ・アップル(2000年5月8
日)、カニエ・ウエスト(2007年3月31日)他を手掛ける人気プロデュー
サーのショウは、ウェスト・ハリウッドのラルゴにて。そのラルゴでのブラ
イオンの密かな楽しみ的なパーマンスが話題になったのは、やはりブライオ
ンがプロデュースしたブラッド・メルドー(2003年2月15日、2005年2月20
日)の02年作『ラルゴ』(同所でのブライオンの実演に触発されたアルバム
と言われる)がリリースされたころ。それがまだ続いていたのかと思ったら
、ずっと中断していたらしい。そのラルゴは殆どがテーブル席のしっかり食
事をして音楽を享受しましょうというお店。が、すでにテーブル席の予約は
一杯で、立ち見を当日受け付けるという。LAの知人と久しぶりに会って食
事をした後、店に行くと前にはそれなりの列が。が、一応ちゃんと入れた。
ステージ上にはピアノ、ハモンド・オルガン、数本のギター類、ドラムな
んかが置いてある。8時半の開演時間を1時間半ぐらい過ぎて、本人は登場
。白いスーツを着て、優男ふう。LAではかなり珍しい部類の風体と言える
だろう。で、おもむろにピアノを弾きだす。クラシックの素養があるのを示
す曲やジャズ・ストライド調の曲を弾く。そして、その後は演奏しながら歌
うのだが、意外にブライオンの歌は存在感がある。ギターに持ち替えても、
歌ったり。そして、もう一人オルガン専任(ベース音も出した)である痩身
のおじさん(終演後名前を聞いたら、ベンさんとか)が出てきて、以下はデ
ュオで表現にあたる。そのとき、ブライオンはギターやピアノやドラムを担
当。そのオルガンおじさんはなかなか達者でそれほどジャズ的ではない弾き
方をする人。ときに、ザ・バンドのガース・ハドソン的な噴出感のある指裁
きを見せるなと思ったら、1曲だけ彼が歌った歌はザ・バンドもカヴァーし
ているドジャー/ホーランド曲「ドント・ドゥ・イット」だった。
披露する曲の多くはナツメロ他人曲だったのではないか。誰の曲か判らな
いものが多かったが、ブライオンは何度も「リクエストは?」と尋ねていた
し、ときに店内は合唱状態になったから。おお、歌声喫茶ならぬ、歌声レス
トラン。という感じで、ラルゴの彼のパフォーマンスって先を見た実験的な
事をするのかとも思っていたが、少なくてもこの晩(でも、ずっとこんな感
じなのでは?)は完全に後ろ向きな、なごみ志向のものだった。ケっとちょ
っと思わなくはなかったが、しっかりいいメロディを愛でる気持ちと歌心が
あったので、ほとんどにっこり見れた。15ドルだしね(飲み代はその3倍は
つかっちゃったけど)。なお、後半は「ここにドラマーはいる?」と問いか
けて、お客をステージに上げて、一緒に延々と叩かせたりも。結局、2時間
以上、パフォーマンスしたはずだ。
日)、カニエ・ウエスト(2007年3月31日)他を手掛ける人気プロデュー
サーのショウは、ウェスト・ハリウッドのラルゴにて。そのラルゴでのブラ
イオンの密かな楽しみ的なパーマンスが話題になったのは、やはりブライオ
ンがプロデュースしたブラッド・メルドー(2003年2月15日、2005年2月20
日)の02年作『ラルゴ』(同所でのブライオンの実演に触発されたアルバム
と言われる)がリリースされたころ。それがまだ続いていたのかと思ったら
、ずっと中断していたらしい。そのラルゴは殆どがテーブル席のしっかり食
事をして音楽を享受しましょうというお店。が、すでにテーブル席の予約は
一杯で、立ち見を当日受け付けるという。LAの知人と久しぶりに会って食
事をした後、店に行くと前にはそれなりの列が。が、一応ちゃんと入れた。
ステージ上にはピアノ、ハモンド・オルガン、数本のギター類、ドラムな
んかが置いてある。8時半の開演時間を1時間半ぐらい過ぎて、本人は登場
。白いスーツを着て、優男ふう。LAではかなり珍しい部類の風体と言える
だろう。で、おもむろにピアノを弾きだす。クラシックの素養があるのを示
す曲やジャズ・ストライド調の曲を弾く。そして、その後は演奏しながら歌
うのだが、意外にブライオンの歌は存在感がある。ギターに持ち替えても、
歌ったり。そして、もう一人オルガン専任(ベース音も出した)である痩身
のおじさん(終演後名前を聞いたら、ベンさんとか)が出てきて、以下はデ
ュオで表現にあたる。そのとき、ブライオンはギターやピアノやドラムを担
当。そのオルガンおじさんはなかなか達者でそれほどジャズ的ではない弾き
方をする人。ときに、ザ・バンドのガース・ハドソン的な噴出感のある指裁
きを見せるなと思ったら、1曲だけ彼が歌った歌はザ・バンドもカヴァーし
ているドジャー/ホーランド曲「ドント・ドゥ・イット」だった。
披露する曲の多くはナツメロ他人曲だったのではないか。誰の曲か判らな
いものが多かったが、ブライオンは何度も「リクエストは?」と尋ねていた
し、ときに店内は合唱状態になったから。おお、歌声喫茶ならぬ、歌声レス
トラン。という感じで、ラルゴの彼のパフォーマンスって先を見た実験的な
事をするのかとも思っていたが、少なくてもこの晩(でも、ずっとこんな感
じなのでは?)は完全に後ろ向きな、なごみ志向のものだった。ケっとちょ
っと思わなくはなかったが、しっかりいいメロディを愛でる気持ちと歌心が
あったので、ほとんどにっこり見れた。15ドルだしね(飲み代はその3倍は
つかっちゃったけど)。なお、後半は「ここにドラマーはいる?」と問いか
けて、お客をステージに上げて、一緒に延々と叩かせたりも。結局、2時間
以上、パフォーマンスしたはずだ。
エリザベス・シェパード・トリオ
2007年7月21日 ふつう、飛行機内ではお酒をひっかけぐうぐう寝る人なのだ(それでも、
疲労が残り、到着した晩も寝れちゃうよなあ。今回の旅も時差ボケはなくて
、良かった)が、今回の帰りの便はなんとなく眠たくなく、『武士の一分』
と『大奥』の二本も映画を見てしまった。両方ともかなり他愛ないストーリ
ーで、少し唖然。ともに江戸時代を舞台とする映画だが、前者の日本語は役
者にかなりクセがある台詞まわしをさせている。それ、確かな時代考証ゆえ
? ともあれ、それで少しチョンマゲ・モードじゃ。
成田到着後(当初、意外に暑くなくてニコっとなったが、あまりの湿度の
差にやはり辟易。夏場の渡北米/渡欧はこれがきつい)、丸の内・コットン
クラブに直行、途中からとはなったが、カナダの女性シンガー/ピアニスト
のファースト・ショウを見る。無理したくはなかったが、彼女の公演の最終
日だったのでしょうがない。店内は平日より着飾った人が多いように感じた
が、休みの日だとここにしっかり“ハレの場”を求めてくる人が多いという
ことなのかな。
シェパードさんに、男性のアコースティック・ベース奏者とドラマーがつ
く。リーダー作ともどもトリオ名義で活動しているのは、この3人が重なっ
てこそワタシの表現は完結するとういう気持ちからか。英国DJ名士のジャ
イルズ・ピーターソン(2002年11月7日、2004年1月16日)に気に入
られているという事実が示すようにアコーステックなジャズ・ヴォーカル表
現の随所に控え目ながらクラブ・ミュージックの機微を入れたことをする人
。実演だと、歌はアストラッド・ジルベルト的な舌ったらずな感じが出たり
も。アルバムだと饒舌でお転婆な感じもあるが、ライヴのほうが女性的とい
う感じもあるかな。演奏時間はアルバム1枚しか出していない新人としては
かなり長めだった。
終演後、早々に帰宅しようと思ったら、キャッシャーで知り合いと会い、
荷物もったまま居酒屋に流れちゃう。おお、オレって........。
疲労が残り、到着した晩も寝れちゃうよなあ。今回の旅も時差ボケはなくて
、良かった)が、今回の帰りの便はなんとなく眠たくなく、『武士の一分』
と『大奥』の二本も映画を見てしまった。両方ともかなり他愛ないストーリ
ーで、少し唖然。ともに江戸時代を舞台とする映画だが、前者の日本語は役
者にかなりクセがある台詞まわしをさせている。それ、確かな時代考証ゆえ
? ともあれ、それで少しチョンマゲ・モードじゃ。
成田到着後(当初、意外に暑くなくてニコっとなったが、あまりの湿度の
差にやはり辟易。夏場の渡北米/渡欧はこれがきつい)、丸の内・コットン
クラブに直行、途中からとはなったが、カナダの女性シンガー/ピアニスト
のファースト・ショウを見る。無理したくはなかったが、彼女の公演の最終
日だったのでしょうがない。店内は平日より着飾った人が多いように感じた
が、休みの日だとここにしっかり“ハレの場”を求めてくる人が多いという
ことなのかな。
シェパードさんに、男性のアコースティック・ベース奏者とドラマーがつ
く。リーダー作ともどもトリオ名義で活動しているのは、この3人が重なっ
てこそワタシの表現は完結するとういう気持ちからか。英国DJ名士のジャ
イルズ・ピーターソン(2002年11月7日、2004年1月16日)に気に入
られているという事実が示すようにアコーステックなジャズ・ヴォーカル表
現の随所に控え目ながらクラブ・ミュージックの機微を入れたことをする人
。実演だと、歌はアストラッド・ジルベルト的な舌ったらずな感じが出たり
も。アルバムだと饒舌でお転婆な感じもあるが、ライヴのほうが女性的とい
う感じもあるかな。演奏時間はアルバム1枚しか出していない新人としては
かなり長めだった。
終演後、早々に帰宅しようと思ったら、キャッシャーで知り合いと会い、
荷物もったまま居酒屋に流れちゃう。おお、オレって........。
ジャパン・ブルース&ソウル・カーニヴァル’07
2007年7月22日 日比谷野外音楽堂、曇天ながら雨はふらず。満員、盛況。
トップは、腕に覚えありのの女性3人(長見順、かわいしのぶ、グレース
)によるバンチの効いたブルース。ブルースの持つ何かをやけくそな諧謔感
覚やパンク感覚でもって太平楽にぶちかましていく。20分ぐらいと、演奏時
間が短かったのが残念。
続いて、日本のジャンプ・ブルース・バンドの草分け、吾妻光良&ザ・スウ
ィンギン・バッパーズが登場。ホーン音が重なり合う小さめなビッグ・バン
ド・サウンドと対峙する、吾妻(しかし、その特異な風体は外国人が見ると
、何人に見えるんだろ?)のテキサス・スタイル+アルファのギター演奏は
切れ切れ。良い良い。やはり素晴らしい音楽家であり、キャラクターの持ち
主。笑える「150 〜300 」はバックマン・ターナー・オーヴァードライヴ
の「テイキン・ケア・オブ・ビジネス」を応用したような曲なんだな。すで
に結成28年とか。リーダー以下みんな正業を持つ(ボ・ガンボス他でも叩い
ている岡地曙裕は違うか)かけ持ちバンドゆえ、ほとんどメンバー・チェン
ジなしでここまでやんわりと維持され、随所髄所で気張ることが出来ている
。和気あいあい、ときに緩く意気軒昂な面々を見ながら、10年後の彼ら(吾
妻は1956年生まれ。大学卒業を記念して組んでみたというし、他のメンバー
も似たような歳だろう)が本当に楽しみだナと思う。みんな仕事をリタイア
し、もっと豊かな気持ちでバンドに打ち込み、海外公演なんかもやっちゃう
。う〜ん、素晴らしいじゃないか。
関係ないけど、吾妻光良には良くない印象もある。その1.)15年前ぐらい
にオリジナル・ラヴの田島貴男に吾妻さんに似てますね、と取材したときに
言われたこと。何を指して、彼がそう言ったかはいまだに判らない。それを
他人に言っても、?だよねとみんな言う。当時、田島は吾妻に客演を何度か
願っていて、ネガティヴな意味で言ったのではないのは確かだが。その2.)
名文家である吾妻は長年に渡り雑誌にコラム的連載ページをいろいろと持っ
ているが(大昔にプレイヤー誌で、ギターではなくブギウギ・ピアノ指弾の
コーナーを持っていたことがあった。そういえば、そのころ大学祭でのサー
クルでライヴ・ハウスをやるためのコンソール調達で、吾妻さんの市ヶ谷の実
家にそれを取りに行った事があったな。ピアノの先生をしているというお母
様が、そうぞ上がって持っていって下さい、というような感じで優しく応対
してくれたっけ)、一時はクロスビート誌に<吾妻流お宝探偵団>みたいな
連載を持っていたことがあった。で、そこにぼくがジョージ・クリントン直
筆のイラスト(90年ごろ取材の合間に、ピンク色の水性マジックでコースタ
ーに気儘に女性とかを描いていたので、もらえますかと言ったら、笑顔で署
名し、ぼくの名前も書いてくれた)を出したら、「こんなの価値なし。第一、
俺はファンクが嫌いなんだよ」といったコメントとともに、0円をつけられ
た。吾妻光良のバカぁ。
それ以後は本場勢。まず、シカゴ・ブルース界で名前を成すハーモニカ奏
者のキャリー・ベルの息子、ローリー・ベル(ギターと歌。58年生まれで、
82年いらいの来日らしい)。サイド・ギタリストとベースとドラムを従えて
のパフォーマンス。普通の年齢相応の格好、バシっとスーツ/ネクタイ、ブ
レイズ頭で少しボヘミアン調......フロントに立つ3人の格好がバラバラな
のにクスっ。サイド・ギタリストにも歌わせたりリードを取らせたりもし、
そうするとベルの力のあり具合がよく判る。まっとう。だが、突き抜ける何
か、引きつける何かが希薄と感じる(前日のパフォーマンスは物凄かったら
しいが)。
そんなふうに感じずにはいられなかったのは、次のココ・テイラー(まさ
に、クイーン・オブ・ブルース! やはりシカゴ在住)が素晴らしすぎたせ
い。頭にバック・バンドによるパフォーマンスを2曲やった(歌はギター奏
者が1曲づつ歌う)のだが、濃さや生理的なスピード感や華やかさが段違い
。そのバック・バンドはギター2(うち、一人はずっとシカゴで活動する菊
田俊介)、ベース、キーボード、ドラムという編成だが、伝統を受けつつ今
の輝きも適切に持つ本当にいいバンド。そして、鮮やかなオレンジ色の服を
着たココ・テイラーが登場、もう一声だけでもこりゃすごいと平伏させる手
応えや訴求力を与える。すでに78歳らしいが、貫祿たっぷり、力ありあり。
降参。とともに、今伸び盛りの年齢ではなく、鬼のようなベテランがこうい
う現役感覚に満ちたショウを思うまま展開できている様に多大な感動を覚え
る。ちょっとしたMCでも胸キュンさせるし、いやあいい物を見せてもらい
ました。
トップは、腕に覚えありのの女性3人(長見順、かわいしのぶ、グレース
)によるバンチの効いたブルース。ブルースの持つ何かをやけくそな諧謔感
覚やパンク感覚でもって太平楽にぶちかましていく。20分ぐらいと、演奏時
間が短かったのが残念。
続いて、日本のジャンプ・ブルース・バンドの草分け、吾妻光良&ザ・スウ
ィンギン・バッパーズが登場。ホーン音が重なり合う小さめなビッグ・バン
ド・サウンドと対峙する、吾妻(しかし、その特異な風体は外国人が見ると
、何人に見えるんだろ?)のテキサス・スタイル+アルファのギター演奏は
切れ切れ。良い良い。やはり素晴らしい音楽家であり、キャラクターの持ち
主。笑える「150 〜300 」はバックマン・ターナー・オーヴァードライヴ
の「テイキン・ケア・オブ・ビジネス」を応用したような曲なんだな。すで
に結成28年とか。リーダー以下みんな正業を持つ(ボ・ガンボス他でも叩い
ている岡地曙裕は違うか)かけ持ちバンドゆえ、ほとんどメンバー・チェン
ジなしでここまでやんわりと維持され、随所髄所で気張ることが出来ている
。和気あいあい、ときに緩く意気軒昂な面々を見ながら、10年後の彼ら(吾
妻は1956年生まれ。大学卒業を記念して組んでみたというし、他のメンバー
も似たような歳だろう)が本当に楽しみだナと思う。みんな仕事をリタイア
し、もっと豊かな気持ちでバンドに打ち込み、海外公演なんかもやっちゃう
。う〜ん、素晴らしいじゃないか。
関係ないけど、吾妻光良には良くない印象もある。その1.)15年前ぐらい
にオリジナル・ラヴの田島貴男に吾妻さんに似てますね、と取材したときに
言われたこと。何を指して、彼がそう言ったかはいまだに判らない。それを
他人に言っても、?だよねとみんな言う。当時、田島は吾妻に客演を何度か
願っていて、ネガティヴな意味で言ったのではないのは確かだが。その2.)
名文家である吾妻は長年に渡り雑誌にコラム的連載ページをいろいろと持っ
ているが(大昔にプレイヤー誌で、ギターではなくブギウギ・ピアノ指弾の
コーナーを持っていたことがあった。そういえば、そのころ大学祭でのサー
クルでライヴ・ハウスをやるためのコンソール調達で、吾妻さんの市ヶ谷の実
家にそれを取りに行った事があったな。ピアノの先生をしているというお母
様が、そうぞ上がって持っていって下さい、というような感じで優しく応対
してくれたっけ)、一時はクロスビート誌に<吾妻流お宝探偵団>みたいな
連載を持っていたことがあった。で、そこにぼくがジョージ・クリントン直
筆のイラスト(90年ごろ取材の合間に、ピンク色の水性マジックでコースタ
ーに気儘に女性とかを描いていたので、もらえますかと言ったら、笑顔で署
名し、ぼくの名前も書いてくれた)を出したら、「こんなの価値なし。第一、
俺はファンクが嫌いなんだよ」といったコメントとともに、0円をつけられ
た。吾妻光良のバカぁ。
それ以後は本場勢。まず、シカゴ・ブルース界で名前を成すハーモニカ奏
者のキャリー・ベルの息子、ローリー・ベル(ギターと歌。58年生まれで、
82年いらいの来日らしい)。サイド・ギタリストとベースとドラムを従えて
のパフォーマンス。普通の年齢相応の格好、バシっとスーツ/ネクタイ、ブ
レイズ頭で少しボヘミアン調......フロントに立つ3人の格好がバラバラな
のにクスっ。サイド・ギタリストにも歌わせたりリードを取らせたりもし、
そうするとベルの力のあり具合がよく判る。まっとう。だが、突き抜ける何
か、引きつける何かが希薄と感じる(前日のパフォーマンスは物凄かったら
しいが)。
そんなふうに感じずにはいられなかったのは、次のココ・テイラー(まさ
に、クイーン・オブ・ブルース! やはりシカゴ在住)が素晴らしすぎたせ
い。頭にバック・バンドによるパフォーマンスを2曲やった(歌はギター奏
者が1曲づつ歌う)のだが、濃さや生理的なスピード感や華やかさが段違い
。そのバック・バンドはギター2(うち、一人はずっとシカゴで活動する菊
田俊介)、ベース、キーボード、ドラムという編成だが、伝統を受けつつ今
の輝きも適切に持つ本当にいいバンド。そして、鮮やかなオレンジ色の服を
着たココ・テイラーが登場、もう一声だけでもこりゃすごいと平伏させる手
応えや訴求力を与える。すでに78歳らしいが、貫祿たっぷり、力ありあり。
降参。とともに、今伸び盛りの年齢ではなく、鬼のようなベテランがこうい
う現役感覚に満ちたショウを思うまま展開できている様に多大な感動を覚え
る。ちょっとしたMCでも胸キュンさせるし、いやあいい物を見せてもらい
ました。
ジョイス。リオネル・ルエケ・トリオ
2007年7月24日 南青山・ブルーノート東京で、大御所ブラジリアン・シンガー・ソングラ
イターのジョイス(2004年7月15日、2005年7月13日)を見る。ブルー
ノート東京のことを気にいっていて彼女は毎年夏場にやってくるわけだが、
いろんな有名人やゲストを同行させる過去来日時と違って、今年は彼女のグ
ループ単独による。そして、それは彼女なりのブラジリアン・ジャズを提出
した、旦那でもあるドラマーのトゥッチ・モレーノとの双頭作である新作『
サンバ・ジャズ&オウトラス・ボッサス』の内容を披露しようとするものと
なる。
ジョイス夫妻にプラスして、ピアノとスタンダップ・ベースというカルテ
ットにて。簡素と言えなくもないが、それらが重なった演奏はそれだけで十
分なもの(“サラリ”と“密度濃厚”が同義となるような。と、書いちゃっ
たりして)で、ある側面のジョイスの魅力とブラジルの素敵は口惜しいほど
に伝わってくる。とともに、本当にジャズも好きなんですという風情も出し
ていたそれは、米国ジャズ様式の素晴らしさも再認識させるものであったか
な。
インスト部に力を入れた実演だとジョイスのギターのうまさが実感できる
。あっさり弾いているんだけど、確かなグルーヴというか、リズム感を持っ
ているし。また、随所で全開になるスキャットもいい感じで、彼女の根にあ
るものを見事に伝える実質主義のとても充実したパーフォマンスだったと思
う。ジョイスと旦那とのデュオなんかもあったが、これも二人とは思えない
味わいにあふれたものだった。ただ、70年初頭のカエターノ・ヴェローゾ(
2005年5月23日)のアルバムに参加していたりもするモレーノのドラミング
は総じてぼくにとっては少し謎。ちょっと違和感を感じさせるアクセントを
持っていて、名前のない人だったらヘタという烙印を押しちゃうかも。そこ
らへん、ブラジル音楽にどっぷりの人はどう聞いたろうか。
そして、丸の内・コットンクラブに移動して、ベニン出身のギタリスト
/シンガーのリオネル・ルエケ(2002年7月3日、2005年8月21日)を見
る。いかにも喧嘩が弱そうな白人リズム隊を従えてのもの。ジャズやアフリ
カ音楽その他を水に溶けさせその上澄みを濾過したような、随所に肉声がつ
いた生ギター主体の繊細表現を淡々とルエケは披露する。もう少し破天荒に
なってェと思わなくはないが、もう一つ先にワープしたものを僕は求めたい
という意思がそこにはあったような。なんにせよ、うれしい“綾”の感覚と
微風があったのは間違いがない。アルバムだと、ブラジルっぽさを感じさせ
るときもあるが、この日はあまり感じず。それは、その前にジョイスを聞い
たせいもあったろうか。
イターのジョイス(2004年7月15日、2005年7月13日)を見る。ブルー
ノート東京のことを気にいっていて彼女は毎年夏場にやってくるわけだが、
いろんな有名人やゲストを同行させる過去来日時と違って、今年は彼女のグ
ループ単独による。そして、それは彼女なりのブラジリアン・ジャズを提出
した、旦那でもあるドラマーのトゥッチ・モレーノとの双頭作である新作『
サンバ・ジャズ&オウトラス・ボッサス』の内容を披露しようとするものと
なる。
ジョイス夫妻にプラスして、ピアノとスタンダップ・ベースというカルテ
ットにて。簡素と言えなくもないが、それらが重なった演奏はそれだけで十
分なもの(“サラリ”と“密度濃厚”が同義となるような。と、書いちゃっ
たりして)で、ある側面のジョイスの魅力とブラジルの素敵は口惜しいほど
に伝わってくる。とともに、本当にジャズも好きなんですという風情も出し
ていたそれは、米国ジャズ様式の素晴らしさも再認識させるものであったか
な。
インスト部に力を入れた実演だとジョイスのギターのうまさが実感できる
。あっさり弾いているんだけど、確かなグルーヴというか、リズム感を持っ
ているし。また、随所で全開になるスキャットもいい感じで、彼女の根にあ
るものを見事に伝える実質主義のとても充実したパーフォマンスだったと思
う。ジョイスと旦那とのデュオなんかもあったが、これも二人とは思えない
味わいにあふれたものだった。ただ、70年初頭のカエターノ・ヴェローゾ(
2005年5月23日)のアルバムに参加していたりもするモレーノのドラミング
は総じてぼくにとっては少し謎。ちょっと違和感を感じさせるアクセントを
持っていて、名前のない人だったらヘタという烙印を押しちゃうかも。そこ
らへん、ブラジル音楽にどっぷりの人はどう聞いたろうか。
そして、丸の内・コットンクラブに移動して、ベニン出身のギタリスト
/シンガーのリオネル・ルエケ(2002年7月3日、2005年8月21日)を見
る。いかにも喧嘩が弱そうな白人リズム隊を従えてのもの。ジャズやアフリ
カ音楽その他を水に溶けさせその上澄みを濾過したような、随所に肉声がつ
いた生ギター主体の繊細表現を淡々とルエケは披露する。もう少し破天荒に
なってェと思わなくはないが、もう一つ先にワープしたものを僕は求めたい
という意思がそこにはあったような。なんにせよ、うれしい“綾”の感覚と
微風があったのは間違いがない。アルバムだと、ブラジルっぽさを感じさせ
るときもあるが、この日はあまり感じず。それは、その前にジョイスを聞い
たせいもあったろうか。
アドリアーナ・カルカニョット+モレーノ+ドメニコ+カシン
2007年7月25日 恵比寿・リキッドルーム、ブラジルのピカ一現代女性ソンガー・ソングラ
イターを、同国新感覚ポップ仲良し3人組(2001年5月18日、2006年6月27
日)がサポートする公演。カルカニョットが歌う曲が中心だが、男性陣が歌
う曲ももちろんある。ステージに一緒に並ぶ4人はなんか姉弟たちといった
感じもあったな。
みんな、いろいろと担当楽器を変えつつ、楽曲を重ねていく。自由自在、
遊びゴコロあり。出演者が持ち楽器をコロコロ代える公演に悪いモノなし。
この晩も、それを証明していましたね。うっすらとした質感を持つ曲調が中
心(でも、生理的にとっても豊か)、もうちょっとビートを効かせてほしい
と思わなくもなかったが、音楽の妖精が終始ステージには舞っていたはず。
下のメインのフロア(の中ほどより後)はそんなに混んでいないのに、人
の通り道となる段差部はかなりの混み具合。で、そこにいた方々、人が通ろ
うとしてもしらんぷりでとうせんぼ、ごめんなさいと通ろうすると露骨にイ
ヤな顔を見せる人もいた。過去、そんなことあまりなく、かなり困惑。すみ
ませんねえ、珠玉の音楽に熱中せず、お酒買いに何度も往復しちゃって。ケ
っ。身長があまり高くない女性以外、通り道にはなるべく立たないでほしい
。って、書いてて、説教じじいになっちゃう気分でイヤ......。
イターを、同国新感覚ポップ仲良し3人組(2001年5月18日、2006年6月27
日)がサポートする公演。カルカニョットが歌う曲が中心だが、男性陣が歌
う曲ももちろんある。ステージに一緒に並ぶ4人はなんか姉弟たちといった
感じもあったな。
みんな、いろいろと担当楽器を変えつつ、楽曲を重ねていく。自由自在、
遊びゴコロあり。出演者が持ち楽器をコロコロ代える公演に悪いモノなし。
この晩も、それを証明していましたね。うっすらとした質感を持つ曲調が中
心(でも、生理的にとっても豊か)、もうちょっとビートを効かせてほしい
と思わなくもなかったが、音楽の妖精が終始ステージには舞っていたはず。
下のメインのフロア(の中ほどより後)はそんなに混んでいないのに、人
の通り道となる段差部はかなりの混み具合。で、そこにいた方々、人が通ろ
うとしてもしらんぷりでとうせんぼ、ごめんなさいと通ろうすると露骨にイ
ヤな顔を見せる人もいた。過去、そんなことあまりなく、かなり困惑。すみ
ませんねえ、珠玉の音楽に熱中せず、お酒買いに何度も往復しちゃって。ケ
っ。身長があまり高くない女性以外、通り道にはなるべく立たないでほしい
。って、書いてて、説教じじいになっちゃう気分でイヤ......。
フジ・ロック・フェスティヴァル
2007年7月29日 最終日だけは苗場にちゃんといました。でも、取材も飛んだし、飲んだく
れてて、ちゃんとは何も見てませーん。でも、それでも良かったし、フジは
いいナ・楽しいナという気持ちを望外に持ってしまった。
翌日、帰り道の雨はすごかったナ。台風の被害など、近年自然災害のひど
さにアレレ〜となること多々。そういえば、今年の夏にトライしているのは
、なるべくエアコンをつかわない、ということ。偉そうに書けば、いろんな
負を呼び込んでいる地球温暖化に自分なりに胸をいためてのこと。原発もや
だしなあ(今回の柏崎の地震はやっぱり日本に原発を置いてはいけないこと
を示していると思う)。無駄に自家用車も乗っているし、CDを聞くにせよ
コンサートを享受するにせよ電気を必要とする趣味/生業を持っているわけ
だし(そうじゃない人のほうが珍しいだろうけど)、だったら自分の出来る
範囲でなるべく電気消費量/熱放出量をおさえよっかとしているわけ。根性
なし、わがまま気分屋のぼくなのでどこまで続くか分からないが、今もこれ
を汗だくで打っている。ま、ゲーム感覚。窓を開け放つと意外と風が入って
くるので助かるが、1日に何度もTシャツを代えたりして、洗濯モノの量は
とても増えている。洗濯に使う電気消費量はそんなに多くないよな......。
れてて、ちゃんとは何も見てませーん。でも、それでも良かったし、フジは
いいナ・楽しいナという気持ちを望外に持ってしまった。
翌日、帰り道の雨はすごかったナ。台風の被害など、近年自然災害のひど
さにアレレ〜となること多々。そういえば、今年の夏にトライしているのは
、なるべくエアコンをつかわない、ということ。偉そうに書けば、いろんな
負を呼び込んでいる地球温暖化に自分なりに胸をいためてのこと。原発もや
だしなあ(今回の柏崎の地震はやっぱり日本に原発を置いてはいけないこと
を示していると思う)。無駄に自家用車も乗っているし、CDを聞くにせよ
コンサートを享受するにせよ電気を必要とする趣味/生業を持っているわけ
だし(そうじゃない人のほうが珍しいだろうけど)、だったら自分の出来る
範囲でなるべく電気消費量/熱放出量をおさえよっかとしているわけ。根性
なし、わがまま気分屋のぼくなのでどこまで続くか分からないが、今もこれ
を汗だくで打っている。ま、ゲーム感覚。窓を開け放つと意外と風が入って
くるので助かるが、1日に何度もTシャツを代えたりして、洗濯モノの量は
とても増えている。洗濯に使う電気消費量はそんなに多くないよな......。