ザ・チーフタンズ
2007年6月1日 いろんな人から愛されつづける、アイリッシュ・トラッド・フォークの至
宝グループ(1999年5月29日、2001年5月20日)。結成して45年。ゆえに、
01年10月にはハープ/ピアノ奏者のデレク・ベルが亡くなっているし、
今回はフィドル奏者のショーン・ケーンにドクター・ストップがかかった
(前回のときは、病気でもう一人のフィドル奏者のマーティン・ファイが抜
けている)。そして、3人が残ったというわけだが、そこに若目の女性メン
バー(トレッドというバンドを組んでいる、ハープ奏者のトリーナ・マーシ
ャル)や、同行ゲストのダンサー3人(うち、男性一人はフィドルでも大活
躍)、フィドルとキーボードのマクニール兄弟、アイルランドの若い女性6
人組トラッド・グループのリアダンらが自在に入り、さらには日本からは元
ちとせ(2001年12月3日)、林英哲、東京パイプバンドなどもくわわる。伝
統をたっぷり受けた、崇高にして気安いザ・チーフタンズなるものを核とす
る、いろんな人達が笑顔で重なりあう2時間の贅沢な時間......。
渋谷・オーチャードホール。それにしても、ダンサーたちのうまいこと。
今週の火曜の夜半に、酔っぱらいついでにタップ・ダンス講習を少し受け、
その難しさを実感したばかりなので、その鮮やかな足裁きの凄さに驚愕しま
した。
宝グループ(1999年5月29日、2001年5月20日)。結成して45年。ゆえに、
01年10月にはハープ/ピアノ奏者のデレク・ベルが亡くなっているし、
今回はフィドル奏者のショーン・ケーンにドクター・ストップがかかった
(前回のときは、病気でもう一人のフィドル奏者のマーティン・ファイが抜
けている)。そして、3人が残ったというわけだが、そこに若目の女性メン
バー(トレッドというバンドを組んでいる、ハープ奏者のトリーナ・マーシ
ャル)や、同行ゲストのダンサー3人(うち、男性一人はフィドルでも大活
躍)、フィドルとキーボードのマクニール兄弟、アイルランドの若い女性6
人組トラッド・グループのリアダンらが自在に入り、さらには日本からは元
ちとせ(2001年12月3日)、林英哲、東京パイプバンドなどもくわわる。伝
統をたっぷり受けた、崇高にして気安いザ・チーフタンズなるものを核とす
る、いろんな人達が笑顔で重なりあう2時間の贅沢な時間......。
渋谷・オーチャードホール。それにしても、ダンサーたちのうまいこと。
今週の火曜の夜半に、酔っぱらいついでにタップ・ダンス講習を少し受け、
その難しさを実感したばかりなので、その鮮やかな足裁きの凄さに驚愕しま
した。
ずっと、多忙。おちつかない。余裕、あまりなし。仕事部屋、いつも綺麗
ではないが、散らかりまくりでもうヤ。で、ここのところ、行こうと思って
いたライヴを飛ばしたり、ライヴよりも飲みをとっちゃったりしている。こ
この一筆書き原稿もずっと、アップするのが遅れ気味。4月上旬の豪州バイ
ロン・ベイのフェスティヴァルの楽しい話もちゃんとまとめる余裕がない(
もう、けっこう忘れているかなあ?)。通常、月の上旬はちょっと仕事が落
ちつきホっと出来る時期なのだが、仕事山済みでむあ〜ん。忙しいが、今週
はグレなきゃ意地で毎日ライヴに行こうと思う。
南青山・月見ル君想フ。まず、ミュージック・フロム・ザ・マーズ。ジャ
ズを含む広いたしなみとリベラルな冒険心を内に持ちつつ、歌心のある日本
語のロックを志向しているバンドといっていいか。二管奏者が効果音的に少
し入ったりも。非常に共感を持つが、だからこそイバラの道を進んでいるナ
とも思う。単語が重なるということで、ザ・マーズ・ヴォルタ(2002年4月
7日、2004年1月7日、2006年11月21日)のファンには勧めたいかな。いや
、ザ・マーズ・ヴォルタ、彼らを前座に起用しないかなあ。
続いて、興味深い顔ぶれによるセッション。アルタード・ステイツ(2005
年9月6日)他のナスノミツル(ベース、2002年1月5日、2007年4月21日
)、渋さ知らズ(2006年12月1日、2007年1月13日、他)の不破大輔(ベー
ス、2005年12月22日)、今度のフジは3つのバンドで出るそうな沼澤尚(ド
ラム、2006年12月28日、他)、パニック・スマイル(2001年9月22日)の
古田肇(ギター)、ナツメンのA×S×E(ギター。彼がいたボートは超好
きでした。2001年9月22日)という、2ギター、2ベース、ドラムという内
訳による。即興40分強+アンコール。ナスノとともに、不破は全編エレクト
リックで通す。へ〜え。
ではないが、散らかりまくりでもうヤ。で、ここのところ、行こうと思って
いたライヴを飛ばしたり、ライヴよりも飲みをとっちゃったりしている。こ
この一筆書き原稿もずっと、アップするのが遅れ気味。4月上旬の豪州バイ
ロン・ベイのフェスティヴァルの楽しい話もちゃんとまとめる余裕がない(
もう、けっこう忘れているかなあ?)。通常、月の上旬はちょっと仕事が落
ちつきホっと出来る時期なのだが、仕事山済みでむあ〜ん。忙しいが、今週
はグレなきゃ意地で毎日ライヴに行こうと思う。
南青山・月見ル君想フ。まず、ミュージック・フロム・ザ・マーズ。ジャ
ズを含む広いたしなみとリベラルな冒険心を内に持ちつつ、歌心のある日本
語のロックを志向しているバンドといっていいか。二管奏者が効果音的に少
し入ったりも。非常に共感を持つが、だからこそイバラの道を進んでいるナ
とも思う。単語が重なるということで、ザ・マーズ・ヴォルタ(2002年4月
7日、2004年1月7日、2006年11月21日)のファンには勧めたいかな。いや
、ザ・マーズ・ヴォルタ、彼らを前座に起用しないかなあ。
続いて、興味深い顔ぶれによるセッション。アルタード・ステイツ(2005
年9月6日)他のナスノミツル(ベース、2002年1月5日、2007年4月21日
)、渋さ知らズ(2006年12月1日、2007年1月13日、他)の不破大輔(ベー
ス、2005年12月22日)、今度のフジは3つのバンドで出るそうな沼澤尚(ド
ラム、2006年12月28日、他)、パニック・スマイル(2001年9月22日)の
古田肇(ギター)、ナツメンのA×S×E(ギター。彼がいたボートは超好
きでした。2001年9月22日)という、2ギター、2ベース、ドラムという内
訳による。即興40分強+アンコール。ナスノとともに、不破は全編エレクト
リックで通す。へ〜え。
アクアラング
2007年6月4日 キーボードを弾きながら歌う英国人青年マット・ヘイルズ(翌日、レッド
・ホット・チリ・ペッパーズを見にいきましたね)の個人ユニット。渋谷・
クラブクアトロ。前回の単独公演(2005年1月13日)はギタリストを従え
たデュオによるパフォーマンスだったが、今回はちゃんとバンド(ギター、
ベース、ドラム)を率いてのもの(05年のフジ・ロック出演時はバンドだっ
たしいが)。うち、リズム隊は優男のヘイルズとはタイプの異なる熊男たち
で笑えた。
やっぱり、ポイントを持つ曲を書け、それをちゃんと開ける人。それに、
つきる。ヘールズはきっちりクラシックを学んでいる人らしいが、あんまし
コードの流れが見えない、ある意味技巧と歌心が高い次元で折り合う楽曲を
モノにしている。それは一緒に口ずさみにくいものでもあるのだが、入りが
今回もう一つだったのはそれと関係があるのだろうか。でも、彼のような表
現を聞くと、口ずさめないくてもしっかりと聞き手のなかに入ってくるメロ
ディというものがあるというのも実感できますね。
シンガー・ソングライター表現にもいろいろあり。提示する世界は様々に
して、深い。この6月下旬には、イギリスとアメリカのジョンさん、めっぽ
う聞きどころとひっかかりを持つ二人の自作自演派がつるんだ公演があった
りする。作家でもあるジョン・ウェズリー・ハーディングとポウジーズのジ
ョン・オウアーがジョイントするもので、6月30日(土)六本木・スーパー
デラックスと7 月2 日( 月) の横浜・サムズアップ。
www.myspace.com/jjtour
そのあとのハーディングは3、4、5と、中川五郎(1999年8月9日、20
04年2月1日、2005年6月17日)と長野〜京都を回り、大阪ではジョン各人
のソロ公演もあるようだ。
・ホット・チリ・ペッパーズを見にいきましたね)の個人ユニット。渋谷・
クラブクアトロ。前回の単独公演(2005年1月13日)はギタリストを従え
たデュオによるパフォーマンスだったが、今回はちゃんとバンド(ギター、
ベース、ドラム)を率いてのもの(05年のフジ・ロック出演時はバンドだっ
たしいが)。うち、リズム隊は優男のヘイルズとはタイプの異なる熊男たち
で笑えた。
やっぱり、ポイントを持つ曲を書け、それをちゃんと開ける人。それに、
つきる。ヘールズはきっちりクラシックを学んでいる人らしいが、あんまし
コードの流れが見えない、ある意味技巧と歌心が高い次元で折り合う楽曲を
モノにしている。それは一緒に口ずさみにくいものでもあるのだが、入りが
今回もう一つだったのはそれと関係があるのだろうか。でも、彼のような表
現を聞くと、口ずさめないくてもしっかりと聞き手のなかに入ってくるメロ
ディというものがあるというのも実感できますね。
シンガー・ソングライター表現にもいろいろあり。提示する世界は様々に
して、深い。この6月下旬には、イギリスとアメリカのジョンさん、めっぽ
う聞きどころとひっかかりを持つ二人の自作自演派がつるんだ公演があった
りする。作家でもあるジョン・ウェズリー・ハーディングとポウジーズのジ
ョン・オウアーがジョイントするもので、6月30日(土)六本木・スーパー
デラックスと7 月2 日( 月) の横浜・サムズアップ。
www.myspace.com/jjtour
そのあとのハーディングは3、4、5と、中川五郎(1999年8月9日、20
04年2月1日、2005年6月17日)と長野〜京都を回り、大阪ではジョン各人
のソロ公演もあるようだ。
レッド・ホット・チリ・ペッパーズ
2007年6月5日 冒頭、ジョン・フルシアンテがギターをファンキーに刻みはじめ、そこに
フリーが雄弁なベースのフレイズを絡める。おおカッコいいと、すぐに興奮
。そこにドラムのチャド・スミスが加わり、でだし1曲目はジャム・バンド
状態の流動的なインスト。いけてるじゃん。2曲目以降、フロント・マンの
アンソニー・キーディスが加わる。アンコール部(その冒頭、フリーはトラ
ンペット演奏をたっぷり披露したりも)でも歌のキーディスはいつのまにか
下がり、3人の丁々発止で終わった。本編でも、けっこうジャムぽいと思わ
せる断片はあったな。
3月に予定されていたものが延期になった公演、東京ドーム(その場内広
告ペイントの実に田舎臭いこと)。企業冠はついいていない。当然ここは野
球や大雑把なイヴェントのためのスペースであって、音楽を披露するには音
響の部分などで非常に不向き。メッセとかもそうだが、できるならここでは
音楽コンサートを見たくない。ましてや、ぼくは付和雷同を避けたいと思う
タイプの人間であり、今のレッド・ホット・チリ・ペッパーズにも積極的な
気持ちを持つことができない。最新作の2枚組には曲作りに息苦しさを覚え
(自然発生的ではなく、技巧的に作っているように感じてしまう)、好きじ
ゃない。なのに、やはりドキドキしちゃうのは、破格なもの、過剰なイヴェン
トに対して、心地よさを感じるからなのだろうか。
そんなぼくがドームのようなアリーナ会場の音楽公演に望むのは、技術と
アイデアの粋をとことん凝らしての、仕掛けたっぷりの大エンターテインメ
ント・ショウであること。が、そういう部分において、レッド・ホット・チ
リ・ペッパーズのコンサートはとてもフツー。芸がない。ステージ後方にヴ
ィジョンが置かれいろいろと用いられるがそれは常識的なものであるし、ス
テージ美術にもお金はかけてないし、通常のこの手のアリーナ公演より、レ
ッド・ホット・チリ・ペッパーズのそれの上がりは相当大きいと見た。
だが、ぼくはずっとニッコリしながら聞けた。たとえば、<ライヴ三昧>
が始まってからは、ジョージ・クリントンが最後に飛び入りした2002年7月
28日フジ・ロックと2002年11月2日幕張メッセ公演をぼくは見ているわけ
が、どー考えてもそのときより彼らは力を持ち、感情移入を誘った(クリン
トン乱入時は別。あの瞬間は興奮した!)。実は先の二つの公演は彼らが諦
観ロック期間に入ってからのもので、アンコールの「ギヴ・イット・アウェ
イ」以外はほぼリズムがはねない黄昏曲を取り上げていたわけだが、今回は
けっこうハネ曲を採用していたという事実はぼくの好印象につながる最大要
因となっているのだろう。それだと、キーディスの喉の弱さも表に出にくく
なるし、メロディアス曲の味わい深さも再認識できるし、やっぱアップな曲
あってのレッド・ホット・チリ・ペッパーズではないか。とはいえ、一般的
な観客の反応はビート曲より静か目の曲に対する反応のほうが大きいわけで
、多くの人の感想はまた異なるのかも知れない。また、今回の曲目は昨年
のフジ・ロック出演時のときと同じものだそうで、それに触れていたらぼく
もまた別の感想を持つかもしれない。
ただ、それほど仕掛けにこらず、彼らがきっちり4人で事をまっとうした
のはまぎれもない事実なのだ。
フリーが雄弁なベースのフレイズを絡める。おおカッコいいと、すぐに興奮
。そこにドラムのチャド・スミスが加わり、でだし1曲目はジャム・バンド
状態の流動的なインスト。いけてるじゃん。2曲目以降、フロント・マンの
アンソニー・キーディスが加わる。アンコール部(その冒頭、フリーはトラ
ンペット演奏をたっぷり披露したりも)でも歌のキーディスはいつのまにか
下がり、3人の丁々発止で終わった。本編でも、けっこうジャムぽいと思わ
せる断片はあったな。
3月に予定されていたものが延期になった公演、東京ドーム(その場内広
告ペイントの実に田舎臭いこと)。企業冠はついいていない。当然ここは野
球や大雑把なイヴェントのためのスペースであって、音楽を披露するには音
響の部分などで非常に不向き。メッセとかもそうだが、できるならここでは
音楽コンサートを見たくない。ましてや、ぼくは付和雷同を避けたいと思う
タイプの人間であり、今のレッド・ホット・チリ・ペッパーズにも積極的な
気持ちを持つことができない。最新作の2枚組には曲作りに息苦しさを覚え
(自然発生的ではなく、技巧的に作っているように感じてしまう)、好きじ
ゃない。なのに、やはりドキドキしちゃうのは、破格なもの、過剰なイヴェン
トに対して、心地よさを感じるからなのだろうか。
そんなぼくがドームのようなアリーナ会場の音楽公演に望むのは、技術と
アイデアの粋をとことん凝らしての、仕掛けたっぷりの大エンターテインメ
ント・ショウであること。が、そういう部分において、レッド・ホット・チ
リ・ペッパーズのコンサートはとてもフツー。芸がない。ステージ後方にヴ
ィジョンが置かれいろいろと用いられるがそれは常識的なものであるし、ス
テージ美術にもお金はかけてないし、通常のこの手のアリーナ公演より、レ
ッド・ホット・チリ・ペッパーズのそれの上がりは相当大きいと見た。
だが、ぼくはずっとニッコリしながら聞けた。たとえば、<ライヴ三昧>
が始まってからは、ジョージ・クリントンが最後に飛び入りした2002年7月
28日フジ・ロックと2002年11月2日幕張メッセ公演をぼくは見ているわけ
が、どー考えてもそのときより彼らは力を持ち、感情移入を誘った(クリン
トン乱入時は別。あの瞬間は興奮した!)。実は先の二つの公演は彼らが諦
観ロック期間に入ってからのもので、アンコールの「ギヴ・イット・アウェ
イ」以外はほぼリズムがはねない黄昏曲を取り上げていたわけだが、今回は
けっこうハネ曲を採用していたという事実はぼくの好印象につながる最大要
因となっているのだろう。それだと、キーディスの喉の弱さも表に出にくく
なるし、メロディアス曲の味わい深さも再認識できるし、やっぱアップな曲
あってのレッド・ホット・チリ・ペッパーズではないか。とはいえ、一般的
な観客の反応はビート曲より静か目の曲に対する反応のほうが大きいわけで
、多くの人の感想はまた異なるのかも知れない。また、今回の曲目は昨年
のフジ・ロック出演時のときと同じものだそうで、それに触れていたらぼく
もまた別の感想を持つかもしれない。
ただ、それほど仕掛けにこらず、彼らがきっちり4人で事をまっとうした
のはまぎれもない事実なのだ。
フィリップ・ウー
2007年6月6日 現在は日本で活動している、メイズにいた中国系アメリカ人キーボード
奏者が仕切るライヴで、ビリー・プレストン(1946年〜2006年)に捧げたも
の。プレストンはゴスペルの底無し/枠無しのマジックを素に鮮やかに多彩
なポップ表現を送りだした唯一無二の人。そんな大好きなプレストン曲が聞
ければと、丸の内・コットンクラブ(ファースト・ショウ)に行く。いつもより、女
性同士の客がとても多い。
各種キーボードを弾くウーに、在日アメリカ人が中心となった編成。曲に
よっては、三管もつく。で、実演に接しながらR&B/ファンクの特殊性に
も頭が向かう。だって、基本的にプライドあるプロのロッカーのライヴだっ
たら全部カヴァーのライヴなんて考えられないし、ぼくも絶対にいきたくな
い。それは、ロックは基本的にオリジナルで勝負するべきものという認識が
ぼくのなかであるからか。ロックは発想やアイデアがまず優先される音楽で
あり、R&Bは味や積み重ねを重視する音楽であるということなのだろうか。
ちょっと首をかしげたのは「ゲット・バック」と「レット・イット・ビ
ー」、ザ・ビートルズ曲を2曲やったこと。確かに、プレストンはザ・ビー
トルズとザ・ローリング・ストーンズという二つの名UKバンドの表現を助
けており、それも彼の天賦の才を語ることの大きな材料だ。だけど、やるな
らまずはストーンズ曲でしょう。ザ・ビートルズに係わったのは後期の一時
期だけだったが、ストーンズの場合は70年代初頭から5枚ものアルバムにじ
っくり関与、間違いなく同時期のストーンズ表現はプレストンから多大な貢
献を受けていた(確かキース・リチャーズだったか、あの頃はプレストンに
やんわり牛耳られていた、みたいな発言もあったはず)。そして、その時期
こそがストーンズの黄金期であるとぼくは確信する。『ブラック&ブルー』
収録の「メロディ」はプレストン既発曲を改作したもの、たとえばそれを演
奏してほしかった。
奏者が仕切るライヴで、ビリー・プレストン(1946年〜2006年)に捧げたも
の。プレストンはゴスペルの底無し/枠無しのマジックを素に鮮やかに多彩
なポップ表現を送りだした唯一無二の人。そんな大好きなプレストン曲が聞
ければと、丸の内・コットンクラブ(ファースト・ショウ)に行く。いつもより、女
性同士の客がとても多い。
各種キーボードを弾くウーに、在日アメリカ人が中心となった編成。曲に
よっては、三管もつく。で、実演に接しながらR&B/ファンクの特殊性に
も頭が向かう。だって、基本的にプライドあるプロのロッカーのライヴだっ
たら全部カヴァーのライヴなんて考えられないし、ぼくも絶対にいきたくな
い。それは、ロックは基本的にオリジナルで勝負するべきものという認識が
ぼくのなかであるからか。ロックは発想やアイデアがまず優先される音楽で
あり、R&Bは味や積み重ねを重視する音楽であるということなのだろうか。
ちょっと首をかしげたのは「ゲット・バック」と「レット・イット・ビ
ー」、ザ・ビートルズ曲を2曲やったこと。確かに、プレストンはザ・ビー
トルズとザ・ローリング・ストーンズという二つの名UKバンドの表現を助
けており、それも彼の天賦の才を語ることの大きな材料だ。だけど、やるな
らまずはストーンズ曲でしょう。ザ・ビートルズに係わったのは後期の一時
期だけだったが、ストーンズの場合は70年代初頭から5枚ものアルバムにじ
っくり関与、間違いなく同時期のストーンズ表現はプレストンから多大な貢
献を受けていた(確かキース・リチャーズだったか、あの頃はプレストンに
やんわり牛耳られていた、みたいな発言もあったはず)。そして、その時期
こそがストーンズの黄金期であるとぼくは確信する。『ブラック&ブルー』
収録の「メロディ」はプレストン既発曲を改作したもの、たとえばそれを演
奏してほしかった。
MONO
2007年6月7日 MONO(2001年10月18日) の実演は5年半ぶりに見る。渋谷・オネスト
、いつにも増して、混んでて見えにくい。すっかり海外拠点のバンドになっ
ちゃっているわけで、完全洋楽ノリの(って、変な言い方だが)、風情たっ
ぷりのインストのギター・ロックを披露。なるほど、立派になっているなあ
。つづく、主役はeksperimentoj 。残念ながら、次の予定があり、1曲も見
れず。
、いつにも増して、混んでて見えにくい。すっかり海外拠点のバンドになっ
ちゃっているわけで、完全洋楽ノリの(って、変な言い方だが)、風情たっ
ぷりのインストのギター・ロックを披露。なるほど、立派になっているなあ
。つづく、主役はeksperimentoj 。残念ながら、次の予定があり、1曲も見
れず。
NOON
2007年6月8日 ニューオーリンズ録音の『ウォーク・ウィズ・ジー・ニューオーリンズ』
リリースをフォロウする、女性シンガーのライヴ。六本木・スイートベイジ
ル139 。同作プロデューサー/トランペッターのリロイ・ジョーンズ(ハリ
ー・コニックJr. :2000年3月31日のバンドにずっといて、米国ソニーから
のリーダー作もあり) を迎えてのもので、他にニューオーリンズと日本を行
き来しているという女性ピアニスト、縦ベース、ドラム(BBBB:2000年
12月6日、2002年10月16日他、の人)、サックスがバッキング。管楽器音
が効果的に活きた演奏のなか、ふんわりと歌を乗せる。なんか、全体的に気
持ちがあったな。
リリースをフォロウする、女性シンガーのライヴ。六本木・スイートベイジ
ル139 。同作プロデューサー/トランペッターのリロイ・ジョーンズ(ハリ
ー・コニックJr. :2000年3月31日のバンドにずっといて、米国ソニーから
のリーダー作もあり) を迎えてのもので、他にニューオーリンズと日本を行
き来しているという女性ピアニスト、縦ベース、ドラム(BBBB:2000年
12月6日、2002年10月16日他、の人)、サックスがバッキング。管楽器音
が効果的に活きた演奏のなか、ふんわりと歌を乗せる。なんか、全体的に気
持ちがあったな。
リアダン
2007年6月11日 やっぱり、若い娘が嬉々として素朴な楽器音や清楚な歌声を重ねる様は無
条件にいいなあ。先々週のザ・チーフタンズ公演での客演の様子がなかなに
良かったので、単独公演を見に行く。代官山・晴れたら空に豆まいて。アイ
リッシュ・トラッドを奏でるだけでなく、ハモれたり、ダンスも出来たりす
るのは、とても強みになるな。とはいえ、この日はダンスはしなかったけど
。残念。彼女たちの風情とハコの大きさや雰囲気がけっこうあってたな。
条件にいいなあ。先々週のザ・チーフタンズ公演での客演の様子がなかなに
良かったので、単独公演を見に行く。代官山・晴れたら空に豆まいて。アイ
リッシュ・トラッドを奏でるだけでなく、ハモれたり、ダンスも出来たりす
るのは、とても強みになるな。とはいえ、この日はダンスはしなかったけど
。残念。彼女たちの風情とハコの大きさや雰囲気がけっこうあってたな。
渋さ知らズ大オーケストラ+ジャイムズ・チャンス
2007年6月13日 渋谷・CCレモンホール。なるほど、命名権獲得とともに、場内飲み物は
サントリー関連銘柄を出しておるのだな。ビールの量、もう少し多くしてく
れないかあ。あれだと、サントリーはセコい企業という印象を確実に与える
と思う。でなきゃ、CCレモンの無料サーヴァーぐらいは設置すればあ。あ
れだけ、会場をお金で買ったという姿勢(玄関ディスプレイ)を堂々と出す
ならば......。中学生のころ、偶然いかにサントリーのウィスキーは嘘っぱ
ちかという本(三一新書だったかな)を目にしていらい、どこかサントリー
には偏見もっちまってるな。
なんか会場音響良くなっているかも、と思えたとこも。サントリーから出
たお金で椅子とかは新しいものに代えられたわけだが、音響面でのリファイ
ンはあったか否や。ともあれ、響きや音色やリズムの感覚の重なりの妙の導
きから、渋さ=エスノ・ミュージック・オーケストラという好ましい印象を
これまで(2007年1月13日、他)以上に与えてくれるところはあった。
途中で、ジャイムズ・チャンス(2005年7月16日)が混ざる。彼はフリー
キーなサックスを吹いたり、歌ったり、電気キーボードを弾いたり、渋さの
女性ダンサーと絡んだり踊ったり。少しだけ重なるのかと思ったら、30分ぐ
らいは一緒にやっていたな。そのとき、リーダーの不破(2007年6月3日、
他)は横のほうで傍観者的ににやにやとヴィデオを撮っていたように遠くか
らは見えた。
全部の演奏時間は2時間強。最後はみんなで演奏しながらステージを列に
なっておりて、ロビーでそれを続けて幕。
終演後、ぼくと比較にならないほど”音楽生活道"を歩んでいる人たちと流
れ、アトランタ在住で日本語で勝負している黒人天才という黒人ラッパーの
事を教えてもらう。そして、さらに流れ、その酔狂な音を聞く。笑った。世
のなか、やっぱりいろんな事あるなあ。
サントリー関連銘柄を出しておるのだな。ビールの量、もう少し多くしてく
れないかあ。あれだと、サントリーはセコい企業という印象を確実に与える
と思う。でなきゃ、CCレモンの無料サーヴァーぐらいは設置すればあ。あ
れだけ、会場をお金で買ったという姿勢(玄関ディスプレイ)を堂々と出す
ならば......。中学生のころ、偶然いかにサントリーのウィスキーは嘘っぱ
ちかという本(三一新書だったかな)を目にしていらい、どこかサントリー
には偏見もっちまってるな。
なんか会場音響良くなっているかも、と思えたとこも。サントリーから出
たお金で椅子とかは新しいものに代えられたわけだが、音響面でのリファイ
ンはあったか否や。ともあれ、響きや音色やリズムの感覚の重なりの妙の導
きから、渋さ=エスノ・ミュージック・オーケストラという好ましい印象を
これまで(2007年1月13日、他)以上に与えてくれるところはあった。
途中で、ジャイムズ・チャンス(2005年7月16日)が混ざる。彼はフリー
キーなサックスを吹いたり、歌ったり、電気キーボードを弾いたり、渋さの
女性ダンサーと絡んだり踊ったり。少しだけ重なるのかと思ったら、30分ぐ
らいは一緒にやっていたな。そのとき、リーダーの不破(2007年6月3日、
他)は横のほうで傍観者的ににやにやとヴィデオを撮っていたように遠くか
らは見えた。
全部の演奏時間は2時間強。最後はみんなで演奏しながらステージを列に
なっておりて、ロビーでそれを続けて幕。
終演後、ぼくと比較にならないほど”音楽生活道"を歩んでいる人たちと流
れ、アトランタ在住で日本語で勝負している黒人天才という黒人ラッパーの
事を教えてもらう。そして、さらに流れ、その酔狂な音を聞く。笑った。世
のなか、やっぱりいろんな事あるなあ。
映画『LONDON CALLING』。バンダリアーナ
2007年6月15日 渋谷・ショーゲート試写室で、ザ・クラッシュの故ジョー・ストラマー(
2000年1月17日、2001年11月2日)を扱った映画を見る。監督は英国音楽
関連映画の顔役監督のジュリアン・テンプル。2001年11月2日の項に記して
あるように、印象に残る邂逅をしただけに感無量。彼って、パブリック・ス
クール出のぼんぼんだったのか。
そして、九段下・イタリア文化会館に向かい、イタリアの4人組グループ
のバンダリアーナを見る。オルガネット(小さな形のアコーディオン)、キ
ターと歌、各種サックス(2本同時に吹くときも)、パーカッションとドラ
ムが一緒になったような変則キット(主に手で叩き、ときにはドラムのよう
にスティックを用いたりも。変拍子もあり)という編成。メンバーはみんな
40歳代越えと思われるが、ものすごく興味深いグループ。なんでもトスカー
ナ地方の伝統音楽を受けているところもあるようだが、プログレッシヴ・ロ
ック、ジャズ、フォーク音楽、広義のエスノ音楽(中近東ぽい旋律が散見さ
れた)などいろんな要素が手作り感覚でミクスチャーされたことを、彼らは
飄々と披露する。いまいちどういう人が聞き手として付くのか想像しにく
い部分もあるが、ちょっと素朴でエキゾなことをしたいときのスティング
(ザ・ポリス) が彼らをバッキングに雇ったなんて聞いたら、ぼくは膝をう
っちゃうと思った。イタリア文化会館はこの1ケ月の間<地中海音楽の夕べ
>と称して毎金曜日にイタリア人グループが出るコンサートを開いていて、
これが5番目となる最後の出し物。都合がつかなくて、彼らだけを見ること
となったが、他の回の出し物はどんなのだったろう? て、思わせる好ア
クトではありましたね。
その後、ジェイムズ・チャンスのピアノ・ソロ公演を見るために、六本木
・スーパーデラックスへ。が、会場目前で知り合いに拉致られ、見ることが
出来ず。飲みを取っちゃうオレって、一体......。そして、代官山の夜は更
けていった。なんでも、チャンスはエリントン曲とかを彼なりの手癖で弾い
たという。
2000年1月17日、2001年11月2日)を扱った映画を見る。監督は英国音楽
関連映画の顔役監督のジュリアン・テンプル。2001年11月2日の項に記して
あるように、印象に残る邂逅をしただけに感無量。彼って、パブリック・ス
クール出のぼんぼんだったのか。
そして、九段下・イタリア文化会館に向かい、イタリアの4人組グループ
のバンダリアーナを見る。オルガネット(小さな形のアコーディオン)、キ
ターと歌、各種サックス(2本同時に吹くときも)、パーカッションとドラ
ムが一緒になったような変則キット(主に手で叩き、ときにはドラムのよう
にスティックを用いたりも。変拍子もあり)という編成。メンバーはみんな
40歳代越えと思われるが、ものすごく興味深いグループ。なんでもトスカー
ナ地方の伝統音楽を受けているところもあるようだが、プログレッシヴ・ロ
ック、ジャズ、フォーク音楽、広義のエスノ音楽(中近東ぽい旋律が散見さ
れた)などいろんな要素が手作り感覚でミクスチャーされたことを、彼らは
飄々と披露する。いまいちどういう人が聞き手として付くのか想像しにく
い部分もあるが、ちょっと素朴でエキゾなことをしたいときのスティング
(ザ・ポリス) が彼らをバッキングに雇ったなんて聞いたら、ぼくは膝をう
っちゃうと思った。イタリア文化会館はこの1ケ月の間<地中海音楽の夕べ
>と称して毎金曜日にイタリア人グループが出るコンサートを開いていて、
これが5番目となる最後の出し物。都合がつかなくて、彼らだけを見ること
となったが、他の回の出し物はどんなのだったろう? て、思わせる好ア
クトではありましたね。
その後、ジェイムズ・チャンスのピアノ・ソロ公演を見るために、六本木
・スーパーデラックスへ。が、会場目前で知り合いに拉致られ、見ることが
出来ず。飲みを取っちゃうオレって、一体......。そして、代官山の夜は更
けていった。なんでも、チャンスはエリントン曲とかを彼なりの手癖で弾い
たという。
ラヒーム・デヴォーン
2007年6月17日 有楽町・コットンクラブ、セカンド・ショウ。ジャイヴ・レコードから05
年にアルバムを出している(店内販売していたが、映像商品やCDなど仲間
たちといろいろ出しているのね)、ネオ・ソウル(70年頃のマーヴィン・ゲ
イらのしなやかソウルに対する、今の人達の憧憬表現についた呼称)の担い
手。が、多くの同勢が提出するものをはるかに超える内実を送り出してくれ
て、びっくり。感激した。
ステージに、楽器とともに絵が10枚ほど置かれている。DJが音楽を流す
なか、メンバーが登場。キーボード、電気ベース、ドラム、男性バッキング
・ヴォーカル二人。そして、ヴォーカルの当人とともに、ペインターがステ
ージに上がる。ペインターは演奏中、白いTシャツを張ったキャンバスの上
に絵をカラフルに描きはじめ、その終わりには1枚の完成品を仕上げる。な
るほど、ステージ上に飾ってあるのは、他の日(この日は3日目、のべ6度
目となるショウとなる)に描いた絵もあるのネ。なんか、仲間とともに自在
に自分たちにポップ・アート表現を求めたいのダ、という気持ちはよく伝わ
ってきた。
当人の冒頭のMCはヒップホップ風だが、とても歌える。終盤、DJやバ
ック・コーラス陣もフィーチャーされたが、みんなそれなりに歌えるな。そ
んな彼らは、ほとんど切れ目なしに、壮大なサウンドスケイプといった感を
抱かせるパフォーマンスをしなやかかかつエモーショナルに展開していく。
ラテンとレゲエのビートを肉感的に交錯させていく曲もあれば、オーセンテ
ィックなソウル感覚に貫かれた曲(ほんの少し、伝統的ソウル・ショウを受
けた、設定やステージ・アクションもあり)もあるし、EW&F曲やレッド
・ツッペリン曲の大胆な人力サンプリング使用曲もあり。それらは有機的に
繋がりながら、今の確かなソウルの形を作っていく。そして、それを支えて
いたのは、3人ながら強さや流動性を両立させていた演奏陣であったのは間
違いない。まだ若そうだったが、彼らも素晴らしい。
で、そんな人達を雇い、自分の意のまま演奏させているデヴォーンは凄い
ときっちり思わせられもするわけ。そんな、素敵な事ってあるかい。基本を
抑えたうえで、自分のソウルを、今のソウルをという気持ちがあふれ、結果
それを実に明晰に彼は具現。見事すぎました。
家に帰ってから資料を見て、彼の父親はジュリアス・ヘンフィルやアーサ
ー・ブライスとの共演でなにより知られるNYロフト・ジャズ系チェロ奏者
のアブドゥル・ワダッドであると知る。うわあ。ワダッドも参加のブライス作
『イリュージョンズ』(コロムビア、80年)はいまだはみ出しビート・ジャ
ズの金字塔だし、たまに聞いて高揚する。なるほど、あの才人の息子なら、
この才気のあり具合も当然ではないか、との感を強くした。
年にアルバムを出している(店内販売していたが、映像商品やCDなど仲間
たちといろいろ出しているのね)、ネオ・ソウル(70年頃のマーヴィン・ゲ
イらのしなやかソウルに対する、今の人達の憧憬表現についた呼称)の担い
手。が、多くの同勢が提出するものをはるかに超える内実を送り出してくれ
て、びっくり。感激した。
ステージに、楽器とともに絵が10枚ほど置かれている。DJが音楽を流す
なか、メンバーが登場。キーボード、電気ベース、ドラム、男性バッキング
・ヴォーカル二人。そして、ヴォーカルの当人とともに、ペインターがステ
ージに上がる。ペインターは演奏中、白いTシャツを張ったキャンバスの上
に絵をカラフルに描きはじめ、その終わりには1枚の完成品を仕上げる。な
るほど、ステージ上に飾ってあるのは、他の日(この日は3日目、のべ6度
目となるショウとなる)に描いた絵もあるのネ。なんか、仲間とともに自在
に自分たちにポップ・アート表現を求めたいのダ、という気持ちはよく伝わ
ってきた。
当人の冒頭のMCはヒップホップ風だが、とても歌える。終盤、DJやバ
ック・コーラス陣もフィーチャーされたが、みんなそれなりに歌えるな。そ
んな彼らは、ほとんど切れ目なしに、壮大なサウンドスケイプといった感を
抱かせるパフォーマンスをしなやかかかつエモーショナルに展開していく。
ラテンとレゲエのビートを肉感的に交錯させていく曲もあれば、オーセンテ
ィックなソウル感覚に貫かれた曲(ほんの少し、伝統的ソウル・ショウを受
けた、設定やステージ・アクションもあり)もあるし、EW&F曲やレッド
・ツッペリン曲の大胆な人力サンプリング使用曲もあり。それらは有機的に
繋がりながら、今の確かなソウルの形を作っていく。そして、それを支えて
いたのは、3人ながら強さや流動性を両立させていた演奏陣であったのは間
違いない。まだ若そうだったが、彼らも素晴らしい。
で、そんな人達を雇い、自分の意のまま演奏させているデヴォーンは凄い
ときっちり思わせられもするわけ。そんな、素敵な事ってあるかい。基本を
抑えたうえで、自分のソウルを、今のソウルをという気持ちがあふれ、結果
それを実に明晰に彼は具現。見事すぎました。
家に帰ってから資料を見て、彼の父親はジュリアス・ヘンフィルやアーサ
ー・ブライスとの共演でなにより知られるNYロフト・ジャズ系チェロ奏者
のアブドゥル・ワダッドであると知る。うわあ。ワダッドも参加のブライス作
『イリュージョンズ』(コロムビア、80年)はいまだはみ出しビート・ジャ
ズの金字塔だし、たまに聞いて高揚する。なるほど、あの才人の息子なら、
この才気のあり具合も当然ではないか、との感を強くした。
トリーナ・マーシャル
2007年6月18日 ザ・チーフタンズ(1999年5月29日、2001年5月20日、2007年6月1日
)の新ハープ奏者である、アイルランド生まれのもの静かなお姉さんの簡易
ショウ。彼女はずっとクラシックを学んでいたものの(大学はロンドンだっ
たとか)、ひょんなことからザ・チーフタンズに紹介されて一緒にやったら
パディ・モローニたちから気にいられ、2003年にアイリシュ・トラッド界に
転進しちゃったという、キャリアを持つ。ゆえに、いまだトラッド曲と出会
う日々は新鮮らしい。彼女のソロ『アイリッシュ・ハープ』はそういう日々
の積み重ねを素直にまとめたもの。クラシックのハープよりずっと小さいア
イリシュ・ハープは一時イングランドに統治されたときに、ケルト的色彩の
強い楽器であったためか、ご法度にされたことがあったという。もともと王
の前で演奏するような楽器で他のアイルランドのトラッド楽器よりは高尚な
感覚は強いそうであるが、そんな歴史もありハープはアイルランドの誇り高
き楽器と認知されもし、ギネス・ビールのマークにも冠されているわけだ。
恵比寿・イニシュモア。やっぱり、清らかな音色/情緒を持つ楽器であり
、確実に聞く者を誘う不思議な力を透明感とともに持つ楽器。途中、和な格
好でスキンヘッドなこともあり坊さんみたいな感じを与える外国人が琵琶(
少し、尺八も吹いたか)で加わり、一緒にやはりトラッドぽいのを演奏。シ
ョーンという名の生真面目そうな彼はなんとトリーナのお兄さん。ずっと、
日本に住んで薩摩琵琶の道を究めんとしているそうだ。
ザ・チーフタンズのツアーが空いたときトリーナや同行ダンサー/フィド
ラー陣(ビラツキ兄弟)はモローニに勧められたことがきっかけでザ・チー
フタンズのマット・モロイのパブで仲間を誘って“お楽しみライヴ”を行い
、それがトレッドというアイリシュ/カナディアンの若手混合グループの結
成に繋がった。彼らのアルバム『ライヴ・フロム・マット・モロイズ』はそ
ういうグループの成り立ちをタイトルに持ってきたスタジオ録音作だ。そのト
レッドは12月にやってくることになっている。ルーツと人の情が導く、尽き
ぬ連鎖......。
)の新ハープ奏者である、アイルランド生まれのもの静かなお姉さんの簡易
ショウ。彼女はずっとクラシックを学んでいたものの(大学はロンドンだっ
たとか)、ひょんなことからザ・チーフタンズに紹介されて一緒にやったら
パディ・モローニたちから気にいられ、2003年にアイリシュ・トラッド界に
転進しちゃったという、キャリアを持つ。ゆえに、いまだトラッド曲と出会
う日々は新鮮らしい。彼女のソロ『アイリッシュ・ハープ』はそういう日々
の積み重ねを素直にまとめたもの。クラシックのハープよりずっと小さいア
イリシュ・ハープは一時イングランドに統治されたときに、ケルト的色彩の
強い楽器であったためか、ご法度にされたことがあったという。もともと王
の前で演奏するような楽器で他のアイルランドのトラッド楽器よりは高尚な
感覚は強いそうであるが、そんな歴史もありハープはアイルランドの誇り高
き楽器と認知されもし、ギネス・ビールのマークにも冠されているわけだ。
恵比寿・イニシュモア。やっぱり、清らかな音色/情緒を持つ楽器であり
、確実に聞く者を誘う不思議な力を透明感とともに持つ楽器。途中、和な格
好でスキンヘッドなこともあり坊さんみたいな感じを与える外国人が琵琶(
少し、尺八も吹いたか)で加わり、一緒にやはりトラッドぽいのを演奏。シ
ョーンという名の生真面目そうな彼はなんとトリーナのお兄さん。ずっと、
日本に住んで薩摩琵琶の道を究めんとしているそうだ。
ザ・チーフタンズのツアーが空いたときトリーナや同行ダンサー/フィド
ラー陣(ビラツキ兄弟)はモローニに勧められたことがきっかけでザ・チー
フタンズのマット・モロイのパブで仲間を誘って“お楽しみライヴ”を行い
、それがトレッドというアイリシュ/カナディアンの若手混合グループの結
成に繋がった。彼らのアルバム『ライヴ・フロム・マット・モロイズ』はそ
ういうグループの成り立ちをタイトルに持ってきたスタジオ録音作だ。そのト
レッドは12月にやってくることになっている。ルーツと人の情が導く、尽き
ぬ連鎖......。
コルネイユ
2007年6月25日 翌日からのNY出張がインタヴューが出来なくなったとかで、ドタキャン
。そうじゃなくても、この10日間はかなりやらなきゃならない仕事が山済み
で、けっこう精神的においつめらて辛かったなー(年を取るにつれ、どんど
んプレッシャーに弱くなっているナ)......。困憊気味なのと、解放感が入
りまじるなか、カナダ大使館へ。
大使館付きホールが、オスカー・ピーターソン・シアターと新たに命名さ
れたよう。大御所ジャズ・ピアニストのピーターソンは米国人ではなくモン
トリオール生まれで、彼の快楽的でスウィンギンによく歌うピアノのスタイ
ルは黒人差別の少ないカナダ育ちという属性がもたらしたもの、なんて説明
がされたりもしたっけな。中学時代、そういう誰かの記載を読んで、カナダ
っていい国かもしれないとぼくは思ったはずだ。それとも、ジョン・レノン
がモントリオールで69年“ベッドイン”をしたりした(それって、一時米国入
国拒否され、カナダをシェルターにしていたんだっけか)情報のほうが、ぼ
くにカナダの正のイメージを与えたのかな。
この日見たのは、コルネイユという1977年ドイツ生まれの自作派のシンガ
ー。アフリカのルワンダ・ルーツの青年で、いかにもナイス・ガイな雰囲気
を持つ長身の人。育ちはルワンダで映画『ホテル・ルワンダ』にも描かれい
た94年ルワンダ虐殺で両親を失いドイツに渡り、最終的にモントリオールに
落ちついたという経歴を持つという。実演に先立つ大使の挨拶によれば、カ
ナダとう曲は難民に優しい国で、そういう意味で彼はカナダの側面を伝える
存在でもあるそう。本国ではすでに数枚リーダー作を出していて、過去作で
はフランス語で歌っているようだ。
非常にクリーンな演奏をするアコースティック・ギター奏者を従えての英
語曲によるパフォーマンス。米国的ソウル・フィーリングは皆無の喉自慢で
、パっと聞いて多くの人はそのヴォーカルにナイジェリアとブラジルの両親
を持つUKシンガーのシールを思い出すのではないか。アルバムにおいては
シールのようにカチとしたサンプリング・サウンドではなく、柔和な今様サ
ウンドを採用する彼ではあるが。哀愁あるメロディ曲のもと慈しみの感覚を
無理なく聞き手に与えるあたり、普遍的なポップ・ミュージックとしての需
要があるかもしれない。
。そうじゃなくても、この10日間はかなりやらなきゃならない仕事が山済み
で、けっこう精神的においつめらて辛かったなー(年を取るにつれ、どんど
んプレッシャーに弱くなっているナ)......。困憊気味なのと、解放感が入
りまじるなか、カナダ大使館へ。
大使館付きホールが、オスカー・ピーターソン・シアターと新たに命名さ
れたよう。大御所ジャズ・ピアニストのピーターソンは米国人ではなくモン
トリオール生まれで、彼の快楽的でスウィンギンによく歌うピアノのスタイ
ルは黒人差別の少ないカナダ育ちという属性がもたらしたもの、なんて説明
がされたりもしたっけな。中学時代、そういう誰かの記載を読んで、カナダ
っていい国かもしれないとぼくは思ったはずだ。それとも、ジョン・レノン
がモントリオールで69年“ベッドイン”をしたりした(それって、一時米国入
国拒否され、カナダをシェルターにしていたんだっけか)情報のほうが、ぼ
くにカナダの正のイメージを与えたのかな。
この日見たのは、コルネイユという1977年ドイツ生まれの自作派のシンガ
ー。アフリカのルワンダ・ルーツの青年で、いかにもナイス・ガイな雰囲気
を持つ長身の人。育ちはルワンダで映画『ホテル・ルワンダ』にも描かれい
た94年ルワンダ虐殺で両親を失いドイツに渡り、最終的にモントリオールに
落ちついたという経歴を持つという。実演に先立つ大使の挨拶によれば、カ
ナダとう曲は難民に優しい国で、そういう意味で彼はカナダの側面を伝える
存在でもあるそう。本国ではすでに数枚リーダー作を出していて、過去作で
はフランス語で歌っているようだ。
非常にクリーンな演奏をするアコースティック・ギター奏者を従えての英
語曲によるパフォーマンス。米国的ソウル・フィーリングは皆無の喉自慢で
、パっと聞いて多くの人はそのヴォーカルにナイジェリアとブラジルの両親
を持つUKシンガーのシールを思い出すのではないか。アルバムにおいては
シールのようにカチとしたサンプリング・サウンドではなく、柔和な今様サ
ウンドを採用する彼ではあるが。哀愁あるメロディ曲のもと慈しみの感覚を
無理なく聞き手に与えるあたり、普遍的なポップ・ミュージックとしての需
要があるかもしれない。
ケリー・スウィート。YUJI ONIKI
2007年6月29日六本木・オリベホールで、まだ19才という米国人女性歌手のショーケース
・ライヴ。渡された資料を見たら、ローティーンのころからけっこうドサ回
りをやったりしてて、その末に現在があるようでびっくり。実演はそんな苦
労は感じさせず、初々しくも、確かな喉を披露する。カラオケで歌ったり、
ピアノの伴奏をバックに歌ったり。デビュー・アルバムはセリーヌ・ディオ
ンのアレンジをやっている人が手掛けているということだが、なるほどその
系統に入ろうとしているんだろうな。バイオ見ておおと思ったのはマサチ
ューセッツ州ケープゴッドの生まれで、父親は同地でジャズ・ピアニストを
やっていたんだとか。避暑地ケープゴッドといえば、ジ・インンクレィブル
・カデュアルズ(2006年4月14日)の本拠地じゃないか。いろいろと妄想
が広がった。
そして、南青山・月見ル君想フに回る。行くと、ロンサム・ストリングス
(豪華メンバーだなあ。バンジョー奏者の方以外はいろんなとこで見ている
ものなあ)が淡々と演奏中。
そして、日系アメリカ人で現在は東京に居住する、伴奏音や響きにも自覚
的なシンガー・ソングライターであるYUJI ONIKIのショウになるわけだが、
ライヴが始まる前に本人が一旦でてきて、「新作『トーキョー』と同じ順序
でやります。だから、あんまり今日は喋りません」みたいなことをわざわざ
言う。見た目は普通に日本人だし、日本語もいたって普通。
つまり、勝井祐二(2006年12月3日、他)らバッキング・メンバーもレコ
ーディングのときと同じなのかな。ギターを弾きながら歌う本人に加え、ヴ
ァイオリン、ギター2、アイリッシュ・ハープ、ベース、ドラムスという布
陣。へえ、キーボードを排し、メロディ楽器はすべて弦楽器でまとめている
んだな。生で聞く彼の歌はそんなに上手くない。でも、しっかりと自分を出
しているし、そういう個体が中央にあっての含みある統合的表現なのだとい
うのが納得できるので疑問は感じない。
・ライヴ。渡された資料を見たら、ローティーンのころからけっこうドサ回
りをやったりしてて、その末に現在があるようでびっくり。実演はそんな苦
労は感じさせず、初々しくも、確かな喉を披露する。カラオケで歌ったり、
ピアノの伴奏をバックに歌ったり。デビュー・アルバムはセリーヌ・ディオ
ンのアレンジをやっている人が手掛けているということだが、なるほどその
系統に入ろうとしているんだろうな。バイオ見ておおと思ったのはマサチ
ューセッツ州ケープゴッドの生まれで、父親は同地でジャズ・ピアニストを
やっていたんだとか。避暑地ケープゴッドといえば、ジ・インンクレィブル
・カデュアルズ(2006年4月14日)の本拠地じゃないか。いろいろと妄想
が広がった。
そして、南青山・月見ル君想フに回る。行くと、ロンサム・ストリングス
(豪華メンバーだなあ。バンジョー奏者の方以外はいろんなとこで見ている
ものなあ)が淡々と演奏中。
そして、日系アメリカ人で現在は東京に居住する、伴奏音や響きにも自覚
的なシンガー・ソングライターであるYUJI ONIKIのショウになるわけだが、
ライヴが始まる前に本人が一旦でてきて、「新作『トーキョー』と同じ順序
でやります。だから、あんまり今日は喋りません」みたいなことをわざわざ
言う。見た目は普通に日本人だし、日本語もいたって普通。
つまり、勝井祐二(2006年12月3日、他)らバッキング・メンバーもレコ
ーディングのときと同じなのかな。ギターを弾きながら歌う本人に加え、ヴ
ァイオリン、ギター2、アイリッシュ・ハープ、ベース、ドラムスという布
陣。へえ、キーボードを排し、メロディ楽器はすべて弦楽器でまとめている
んだな。生で聞く彼の歌はそんなに上手くない。でも、しっかりと自分を出
しているし、そういう個体が中央にあっての含みある統合的表現なのだとい
うのが納得できるので疑問は感じない。