一時かなりラテンぽいサウンドを採用していたリチャード・ボナ(2000年12月6日、2002年1月9日、2002年9月19日、2002年12月14日、2004年12月15日、2006年2月16日、2008年10月19日、2010年2月5日、2010年6月6日、2011年1月25日、2012年5月14日、2012年12月15日、2013年12月2日、2015年1月9日、2015年1月11日)の今回のショウは、NYのサルサ系列にいる奏者たち(たぶん)を従えてのもの。ピアノのオスマニー・バレデス、パーカッションのルイス・キンテーロとロベルト・キンテーロ、ドラムのルドウィッグ・アルフォンソ、トランペットのデニス・エルナンデス、トロンボーンのレイ・アレハンドロという面々が、歌とエレクトリック・ベースの御大をサポートする。彼ら、本当にラテンの勘所を抱えていた。

 その顔ぶれで9月に出る新作『Heritage』を録音し、今年に入って彼らはライヴ・ギグを行っていたりもし、息の合い方は余裕。サイド・マンも譜面無しで、一緒にボナ流ラテンを作り出していく。曲はボナ曲をラテン色濃くしたものを中心に、ラテン有名曲「ビロンゴ」のようなものまで。そのスペイン語曲であっても、ボナは自らのカメルーン現地語で歌っているように聞こえた。ようは、どっちつかずになりそうなところ、ボナの弾みや柔和さや懐の深さを介して、なんとも活きたもう一つのラテン基調表現として浮かび上げる。そして、その奥からは、音楽をする喜びや音楽の属性を超える融和の素敵などが浮かび上がってくるのだから、これは高揚してしまう。

 終盤には他のメンバーがひけた中、一人で例のループによるヴォイス多重表現も聞かせる。そして、アンコールはキューバのカーニヴァル曲「ラス・ハルディネーラス」を始め、ラテン・メドレーでしめた。南青山・ブルーノート東京、ファースト・ショウ。

なお、協調作『Heritage』は10年強所属したユニヴァーサルから、クインシー・ジョーンズ(2013年8月1日)のレーベル“クエスト”に移籍してのものとなる。

▶過去の、リチャード・ボナ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-12.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-1.htm
http://43142.diarynote.jp/200412212102130000/
http://43142.diarynote.jp/200602171950040000/
http://43142.diarynote.jp/200810211839169096/
http://43142.diarynote.jp/201002072246423695/
http://43142.diarynote.jp/201006071818281946/
http://43142.diarynote.jp/201102081256565179/
http://43142.diarynote.jp/201205221056242128/
http://43142.diarynote.jp/201212171647134119/
http://43142.diarynote.jp/201312171132096072/
http://43142.diarynote.jp/201501131019359012/
http://43142.diarynote.jp/201501131648401181/
▶︎過去の、クインシー・ジョーンズ
http://43142.diarynote.jp/201308091149599475/

<今日の、奥行き>
 ちょい一泊で東京を離れ、久しぶりに新幹線にも乗った。なんか、改めて高速鉄道のシステムってすごいなと思った。駅レンタカーという存在も便利(車を借りると、列車チケットが割引になるのもありがたい)。だが、今回はレンタカーがまだ新しいにもかかわらず明けての出発時にエンジンがかからないというトラブルに見舞われ、系列店から代わりの車をホテルまで持ってきてもらったり。そしたら、やってきたのはまだ下ろし立ての新車だった。お詫びで、ガソリン満タンで返さなくてもいいと言われた。そういえば、前日ホテルにチェックインした際には、喫煙の部屋があてがわれてびっくり。予約時に禁煙としたはずで、新たな部屋はだいぶ上階となった。なんか、アンラッキーなんだかラッキーなんだかよく分からない2日間。そして、帰京し、ポジティヴィティあふれる弾むライヴを受けて、いろんなこと満載のラッキーな週末であったのだと思うことにした。そのあと、2件流れた飲み屋もいろいろな意味で情報量はあったかもしれぬ……。