ジェフ・ベック

2009年2月6日 音楽
 午前中と午後、それぞれ1時間半ぐらいうとうと。それ、風邪薬を飲んでいるせいなのか。だましだまし机に向かい、なんとか夕暮れまでにライナーノーツを一本こさえ、有楽町・東京国際フォーラムへ。一番大きな、ホールA。ライヴ評を頼まれているので、熱っぽくても行こうかどうか迷う必要はなかった。実は、ぼくの外タレ初体験はジェフ・ベック(と、ザ・ニューヨーク・ドールズ)。ベックがちょうど飛躍作『ブロウ・バイ・ブロウ』をだした75年に後楽園球場で開かれたワールド・ロック・フェスティヴァルを見に行き、彼(そして、ドールズは)はその出演者だったのだ。外国人アーティストどころか、ぼくにとってはコンサート自体もそのときが初めてで(一人で東京に遊びに行ったのも初だったか)、そうとう高揚して水道橋にむかったはずだよなあ。ともあれ、30年以上ぶりに見たベックはなにかと興味深く、おもしろかった。

 ステージに登場した彼は白いスニーカー、ジーンズ、袖無しの上着を身につけている。わー、とても60半ばのじいさんがする格好じゃない。でも。見た目もかなり若い。体型は変わらずスリムだし、髪も黒く一応フサフサしている。元々あまり私生活が見えない人だが、その風体に接してそれが合う“変人”という印象をぼくは強めた。見てくれだけで、なんか我が道を行く人という感じを与えるナ。で、よく陽に焼けていて、精悍という感想も得た。それから、やっぱり鼻がデカかった。

 パフォーマンス内容は『ブロウ・バイ・ブロウ』以降に基本なされているヴォーカル抜きのインスト路線にあるもの。話題のハタチちょいの女性電気ベーシストのタル・ウィルケンフェルド(演奏じたいは、かなりフュージョンぽい)と近年ベックから重用されている西海岸セッション・ドラマーのヴィニー・カリウタがリズム隊を担う。ちょうど今、ブルーノート東京ではチック・コリアとジョン・マクラフリン(2005年1月31日)の双頭バンドが出演中で、そのCDにおいてはカリウタが叩いているのだが、来日メンバーは彼ではなくブライアン・ブレイド(2008年9月4日、他)。それ、カリウタが叩くよりお得という風評があったりもするわけだが、カリウタがベックのツアーに取られていたからそんなお年玉は実現したのか。まったくソロを取らないキーボード奏者は、ぼくが大好きなデイヴィッド・サンシャス(2006年7月2日)。けっこう、サイド・ギター的な演奏に終始したが、実のところ、彼はジミ・ヘンドリックス的なギターがうまい。ブルース・スプリングスティーン、ピーター・ゲイブリエル、ズッケロ、スティング(2000年10月16日)、エリック・クラプトン(2006年11月20日)などに続き、ジェフ・ベック。サンシャスは助っ人ロック・キーボードの第一人者と言っていいのではないか。彼、フュージョンぽいのとか、けっこうリーダー作を持っています。

 そんな3人にて(カリウタはけっこう、ドラスカ叩いていた)、ベックはトリッキーな演奏を次々に繰り出す。それ、自分のなかにあるパターンをランダムに組み合わせて出すというワンパターンな感じもあるのだが、なんか馬鹿まるだしというか、彼だけしかこんなのやらないだろうなという感じは見ていてウッシシとなれる。けっこう、フレイズのつながりが悪かったりする部分もあるのだが、彼は全然悪びれない。なんか、はなっから完成度やまとまり/落ち着きの良さを放棄している感じもあって、その俺サマな風情にゃうれしいと感じたな。

 ボトルネックは2カ所でしかもちいなかったが、トレモロ・アームとライト・ハンド奏法は随所で多用。で、彼はブルースマンのように、ピックを用いず弾く(だから、違った奏法にすぐに移れる)。拍手。驚いたのは、傍若無人な弾き方をしていても弦が切れるどころかチューニングもほとんど狂わなかったこと。彼はアタマからおわりまで一本のギターを使った、というか、予備のギターをおいてなかった(そりゃ、袖にはおいてあって、なんかあればローディが持ってかけつけるのだろうけど)。彼、見かけによらず、ギターにやさしい弾き方をするのだろうか。それこそは、ナチュラル・ボーン・ギタリストの証? その様に触れていて、イーグルズのギタリスト陣の趣味の悪い振る舞いが一瞬頭のなかに浮かぶ。大昔に武道館で見たとき、アイツらギターをこれみよがしにズラリと並べ一曲ごとにギターをちんたら換えていたんだよな。大好きだったジョー・ウォルシュを堕落させたバンドとしてイーグルズはぼくのなかでは穀潰し筆頭にいる存在。彼らの悪口、いくらでも言え升。

 曲はオープナーのジミー・ペイジ作「ベックス・ボレロ」(もっともベックの初期の曲)をのぞいては「ブロウ・バイ・ブロウ」以降の曲をやるが、80年作『ゼア・アンド・バック』からの曲を3曲もやったのにはびっくり。『ブロウ・バイ・ブロウ』はスティーヴィー・ワンダー曲だけやり、『ワイアード』からもチャールズ・ミンガス曲断片も含めれば3曲演奏。本編最後の曲は98年ジョージ・マーティン名義盤で弾いたザ・ビートルズの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」。全部で、1時間20分ぐらいのショウだったかな。

 やっぱ、ジェフ・ベックらしさが横溢というか、ジェフ・ベックでしかありえなかったパフォーマンス。ロック・インストでもジャズ・ロックでもなく、きっちり彼はジェフ・べックというジャンルをきっぱり提出していた……綺麗ごとでまとめるようだが、なんか、そういう印象が残りました。