まず、3時から丸の内・コットンクラブ。 モーニング娘。の事務所がベ
ン・シドランのレーベル“ナルディス”をライセンス、日本盤をリリースし
て行きますよ(配給はソニー)というお披露目会がそこで。ベン・シドラン
と息子のリオ・シドラン、そしてリオとジョイ・アンド・ザ・ボーイという
洒脱ポップ・ユニットを組んでいるジョイ・ドラグランドの3人が少しパフ
ォーマンス。シドラン親子は昨年に来て(2006年4月9日)いて、そのとき
リオ(30才だそう)はドラムを叩いていたが、今回はピアノを弾いたり、ボ
サ調の生ギターを弾いたり。器用ね。

 他に、映像でナルディス在籍アーティストが紹介されたが、興味深かった
のはそのなかの一人、JBファミリーの出身の名ドラマーであるクライド・
スタブルフィールド(1999年10月25日、2006年7月26日)の発言。家で大
きなチクタク音が出る時計があって夜寝ている時にそれがうるさくて、云々
。なるほど、その時計の音が彼の美味刻みドラミングを生み出したものか。
そのコメントを聞いて、ぼくは往年の名門南部ソウル・レーベルのハイ・サ
ウンドのドラム音のことも思い浮かべた。同社のドラム音/ビート感覚はよ
くリズム・ボックス音にそっくりなんて言われるが、それを導いたのも制作
者やドラマーたちがずっと聞き慣れ、体内にしみ込んだ時計音だった……。
なんて考えると、とっても楽しいじゃないか。

 ベン・シドランが言うには、70年代初頭に行ったクラブでジェイムズ・ブ
ラウン(2000年8月5日)と喧嘩してスタブルィールドがクビにされる場面
に出くわし、それで彼と一緒にやるようになったのだとか。で、リオのドラ
ムの先生はスタブルフィールドであるそう。スタブルフィールドはベンと同
じウィスコンシン州マディソンに在住し、リオは現在NYに住んでいる。

 次の公演まで少し時間が余ったので、奥さんのために夕食を作らなきゃい
けないんですうと言う先輩を拉致、有楽町のガード下の飲み屋に。疑似、サ
ラリーマン気分。ホッピー他、ぐびぐび。

 そして、渋谷・Oイーストへ。案の定、少し開演時間におくれてしまった
。フィリーの生演奏ヒップホップ・バンド、ザ・ルーツ(2002年12月29日
、2003年12月2日。2004年9月19日)の公演を見る。相変わらずでっかい
アフロ・ヘアのドラマーのクエストラヴを中心に、ギター、ベース、キーボ
ード、パーカッションという編成のバンドだったか。そして、ブラックソウ
トが肉声を噛ます。他の楽器担当者も烏合の衆的な声は出す。切れ目なしで
続けられたそれは、今までで一番バンドぽいパフォーマンスだなあと思わせ
るもの。これまでで一番まとまっているせいもあって、フュージョンぽいか
も、と思えた局面もあったか。ヒップホップらしく、シュガーヒル・ギャン
グ曲他有名曲リフ引用もいくつか。「移民の歌」だったか、レッド・ツェッ
ペリンの曲も。

 さらに南青山・ブルーノート東京へ行って、カナダ出身の洒脱系ジャジー
・シンガーの(セカンド・)ショウ。何度も日本に来ているがずだが、ぼく
は初めて見る。たぶんこんな感じかなあと予想していた感じのものながら、
バックの演奏(ピアノ、ベース、ドラム、リードという顔ぶれ)のためか、
よりジャジーかもと感じさせもしたか。ちゃんと、人に見せる回路を会得して
いるなとも感じる。実は翌日に取材をすることになっいたのだが、体調不
良とかでそちらは直前に飛んじゃう。カナダ人であることに焦点を絞ったイン
タヴューをしようと思ったのだが。この晩のパフォーマンスに触れる分には、
なんか体調に不都合がある感じはなかったが。
 
 そのアップライト・ベース奏者は終盤で取ったソロでシカゴの「長い夜」
と、ディープ・パープル(2005年8月13日、2006年5月21日)の「スモー
ク・オン・ザ・ウォーター」を引用。どちらも日本でヒットした曲なはずだ
し、双方とも70年代前半に武道館公演をやっている人気バンドの楽曲。だが
、シカゴ曲のほうには一切、客は沸かず。その温度差は奇異に感じる。なん
にせよ、この日は70年代にシーンを賑わせた大ロック・バンドの有名曲断片
を3曲も聞いたことになるのだなあ。