オマー、キャロル・トンプソン
2006年2月5日 UK発新感覚のコンテンポラリー・ソウルの今後を担う男と言われてもう
15年がたつオマー(2001年3月25日、2004年6月28日)と、UKラ
ヴァーズ・ロック(スウィート・レゲエ)の美声実力者キャロル・トンプソン
が一緒の出し物。南青山・ブルーノート東京。セカンド・ショウ、最終日の
、最終公演。
まず、トンプソンが登場。バッキング・バンドは、キーボード(日本にこ
れてとても嬉しいという感じで、一生懸命日本語でMCしようとしていた)
、ギター(ほとんど、存在を感じさせず)、ドラム(かなりイケる。気に入
った。ソロのときはダブっぽい音処理がなされたりも)、ベース(ソロ・パ
ートを与えられたときだけ、電気アップライト・ベースを手にする)、そし
て太っちょの男女コーラスという布陣。凛としつつ、しなやかに。まず、高
潔な人間性ありきと思わす、歌い口。大昔、取材したときも人間ができた人
だと思ったよなあ。そんな彼女の出番は25分弱、もう少し歌ってほしかった
ナ。
そして、すぐに入れ代わりでオマーのパフォーマンス。バンドは彼のもの
で、白い肌した女性バック・シンガーはオマーの妹なのだという。顔つきも
、肌の色も、体格も(まあ、オマーも太り気味ではあるが)、どれも似てい
ない(が、名前を見てみたら、ライ・フックというファミリー・ネームは同
じ)。彼は喉を傷めていたという話も聞いたが、とっても声が出ていて、ぼ
くはそんなの気づかなかった。歌いつつ、合いの手を入れるような感じのシ
ンセ単音演奏も非常に存在感あり。デビュー時と根本的なものは何も変わっ
ていないが、彼が現在充実していること、彼がひどく美味しい個性の持ち主
であることを痛感。中盤以降はボサっぽい曲が並んだが、それもまた彼のデ
ビュー時からの持ち味。そういえば、フォーキーなオマーという感じも少し
あるヴィクター・デイヴィス(2001年3月19日、2003年7月17日)に
半月前に取材したとき、「ボサノヴァの要素を愛好するようになったのは、
スティーヴィ・ワンダーの表現を聞いてから。そのときはそれがブラジル音
楽の要素とは知らずに、そのテイストにひかれた」みたいなことを言ってい
たが、オマーも似た経路はあるかもしれない。話はズレるが、そのスティー
ヴィやEW&F(2006年1月19)のブラジル味はセルジオ・メンデス(
2005年8月9日)&ザ・ブラジル66から来ているというのがぼくの持論
だが。
実は3月に出る彼の新作はスティーヴィ・ワンダー(2005年11月3日)
との共作曲が収められている。そこで、ワンダーは歌い、キーボード・ソロ
も弾いている。そのアルバム『シング』の解説を書いたから散々聞いた。だ
が、その後、レコード会社のA&Rからもしかするとワンダーの歌パートだ
け差し替えになるかもという連絡を受けたのだが、どーなるんだろうか。ア
ンコール時には、オマーとトンプソンが仲良く手を繋いで出てくる。些細な
ことだけど、そういうの良いな。そして、歌ったのはウィリアム・デヴォー
ンのカヴァー「ビー・サンクスフル」。アルバム(前作の『ベスト・バイ・
ファー』)ではエリカ・バドゥ(2000年11月19日)がデュエット役で
参加し、シングルのヴァージョンではアンジー・ストーン(2005年3月22
日)が歌っていた曲。ワンダーとの関わりや、そんな贅沢な事実が示すよう
に、オマーは大きな評価は得ていないが、アメリカの才ある今の本格派のR
&Bの担い手からは厚い支持を受けているのだ。
15年がたつオマー(2001年3月25日、2004年6月28日)と、UKラ
ヴァーズ・ロック(スウィート・レゲエ)の美声実力者キャロル・トンプソン
が一緒の出し物。南青山・ブルーノート東京。セカンド・ショウ、最終日の
、最終公演。
まず、トンプソンが登場。バッキング・バンドは、キーボード(日本にこ
れてとても嬉しいという感じで、一生懸命日本語でMCしようとしていた)
、ギター(ほとんど、存在を感じさせず)、ドラム(かなりイケる。気に入
った。ソロのときはダブっぽい音処理がなされたりも)、ベース(ソロ・パ
ートを与えられたときだけ、電気アップライト・ベースを手にする)、そし
て太っちょの男女コーラスという布陣。凛としつつ、しなやかに。まず、高
潔な人間性ありきと思わす、歌い口。大昔、取材したときも人間ができた人
だと思ったよなあ。そんな彼女の出番は25分弱、もう少し歌ってほしかった
ナ。
そして、すぐに入れ代わりでオマーのパフォーマンス。バンドは彼のもの
で、白い肌した女性バック・シンガーはオマーの妹なのだという。顔つきも
、肌の色も、体格も(まあ、オマーも太り気味ではあるが)、どれも似てい
ない(が、名前を見てみたら、ライ・フックというファミリー・ネームは同
じ)。彼は喉を傷めていたという話も聞いたが、とっても声が出ていて、ぼ
くはそんなの気づかなかった。歌いつつ、合いの手を入れるような感じのシ
ンセ単音演奏も非常に存在感あり。デビュー時と根本的なものは何も変わっ
ていないが、彼が現在充実していること、彼がひどく美味しい個性の持ち主
であることを痛感。中盤以降はボサっぽい曲が並んだが、それもまた彼のデ
ビュー時からの持ち味。そういえば、フォーキーなオマーという感じも少し
あるヴィクター・デイヴィス(2001年3月19日、2003年7月17日)に
半月前に取材したとき、「ボサノヴァの要素を愛好するようになったのは、
スティーヴィ・ワンダーの表現を聞いてから。そのときはそれがブラジル音
楽の要素とは知らずに、そのテイストにひかれた」みたいなことを言ってい
たが、オマーも似た経路はあるかもしれない。話はズレるが、そのスティー
ヴィやEW&F(2006年1月19)のブラジル味はセルジオ・メンデス(
2005年8月9日)&ザ・ブラジル66から来ているというのがぼくの持論
だが。
実は3月に出る彼の新作はスティーヴィ・ワンダー(2005年11月3日)
との共作曲が収められている。そこで、ワンダーは歌い、キーボード・ソロ
も弾いている。そのアルバム『シング』の解説を書いたから散々聞いた。だ
が、その後、レコード会社のA&Rからもしかするとワンダーの歌パートだ
け差し替えになるかもという連絡を受けたのだが、どーなるんだろうか。ア
ンコール時には、オマーとトンプソンが仲良く手を繋いで出てくる。些細な
ことだけど、そういうの良いな。そして、歌ったのはウィリアム・デヴォー
ンのカヴァー「ビー・サンクスフル」。アルバム(前作の『ベスト・バイ・
ファー』)ではエリカ・バドゥ(2000年11月19日)がデュエット役で
参加し、シングルのヴァージョンではアンジー・ストーン(2005年3月22
日)が歌っていた曲。ワンダーとの関わりや、そんな贅沢な事実が示すよう
に、オマーは大きな評価は得ていないが、アメリカの才ある今の本格派のR
&Bの担い手からは厚い支持を受けているのだ。
ノーマン・ブラウン&ピーボ・ブライソン
2006年2月9日 モータウンのジャズ・レーベル=モージャズから90年代初頭にデビューし
、現在はワーナー・ブラザーズに所属するジョージ・ベンソン・フォロワー
・タイプのギタリストと、映画主題歌がらみでグラミー賞とアカデミー賞を
ともに受賞しているビッグ・ネーム歌手のジョイント公演(昨年、アメリカ
でやっているらしい)。キーボード2(うち、音楽ディレクターは女性)、
ベース、ドラム、女性バッキング・ヴォーカル(ほぼ、消えていた)というバ
ンドはブラウンのもののよう。ブラウンは最初から最後まで出っぱなし。ブ
ライソンは出たり入ったり(本編で3度。そのたびに、ジャケットを変えた)
、という流れをショウは持っていた。
ブラウン、なかなか良かったナ。もう嬉しそうに弾いたり、声を出したり
する風情がいいし、演奏自体も思っていた以上に実があり、アトラクティヴ
。個人的趣味としてはフュージョン傾向にある表現というのは70パーセント
は駄目なのだが、彼の場合はしっかり伝統と繋がりつつ、今の都会的な黒人
感覚を出していると思わせるものがしっかりとあって全面的にOK。ときに
、ゴツゴツとした側面も見えるし。感じとしては、歌のないアーバンR&B
という感じもあり、ときどきブラウンは歌ったりもするし、アイズレー曲な
どのカヴァーの断片もピタリと決まる。ソウル派フュージョン・ギタリスト
としては、トップ・クラスにいい感じの人ではないかと思った。
一方のブライソンはそのかっこわるいルックスもあり(受付カウンターの
横にロバータ・フラックとのデュオ・アルバムのCDが置いてあったが、い
ろんな意味で外見が相当に変化しているのを了解)、喉の力だけでのし上が
ってきた人なんだなと思わせる。もう、朗々。口とマイクの距離、たっぷり
。サントラ曲他、いくつかの曲はアマアマ。彼はメモを見ながらではあった
ようだが、MCで何度も長目の日本語を話す。また、最初と最後のほうは観
客と執拗に握手をする。……お客様は神様デス。もう本当に、エンターテイ
ンメントどっぷりの人だとも痛感。そういやあ、彼は1曲は生ギターを弾きなが
ら、歌った。へえ、彼もカーティス・メイフィールドやボビー・ウーマック
のように、ギターで物事を考えるソウル・マンなの? 彼の肉声とブラウン
のギターとの掛け合いはちょっと子供ぽくてぼくにはNG。
アンコールは一緒に、「ホワッツ・ゴーイン・オン」。それが始まる前に
だったか、二人は一緒に女性客に赤い薔薇を配る。これもまた、ソウル・シ
ョウ。計1時間半のパフォーマンス。南青山・ブルーノート東京、セカンド
。
、現在はワーナー・ブラザーズに所属するジョージ・ベンソン・フォロワー
・タイプのギタリストと、映画主題歌がらみでグラミー賞とアカデミー賞を
ともに受賞しているビッグ・ネーム歌手のジョイント公演(昨年、アメリカ
でやっているらしい)。キーボード2(うち、音楽ディレクターは女性)、
ベース、ドラム、女性バッキング・ヴォーカル(ほぼ、消えていた)というバ
ンドはブラウンのもののよう。ブラウンは最初から最後まで出っぱなし。ブ
ライソンは出たり入ったり(本編で3度。そのたびに、ジャケットを変えた)
、という流れをショウは持っていた。
ブラウン、なかなか良かったナ。もう嬉しそうに弾いたり、声を出したり
する風情がいいし、演奏自体も思っていた以上に実があり、アトラクティヴ
。個人的趣味としてはフュージョン傾向にある表現というのは70パーセント
は駄目なのだが、彼の場合はしっかり伝統と繋がりつつ、今の都会的な黒人
感覚を出していると思わせるものがしっかりとあって全面的にOK。ときに
、ゴツゴツとした側面も見えるし。感じとしては、歌のないアーバンR&B
という感じもあり、ときどきブラウンは歌ったりもするし、アイズレー曲な
どのカヴァーの断片もピタリと決まる。ソウル派フュージョン・ギタリスト
としては、トップ・クラスにいい感じの人ではないかと思った。
一方のブライソンはそのかっこわるいルックスもあり(受付カウンターの
横にロバータ・フラックとのデュオ・アルバムのCDが置いてあったが、い
ろんな意味で外見が相当に変化しているのを了解)、喉の力だけでのし上が
ってきた人なんだなと思わせる。もう、朗々。口とマイクの距離、たっぷり
。サントラ曲他、いくつかの曲はアマアマ。彼はメモを見ながらではあった
ようだが、MCで何度も長目の日本語を話す。また、最初と最後のほうは観
客と執拗に握手をする。……お客様は神様デス。もう本当に、エンターテイ
ンメントどっぷりの人だとも痛感。そういやあ、彼は1曲は生ギターを弾きなが
ら、歌った。へえ、彼もカーティス・メイフィールドやボビー・ウーマック
のように、ギターで物事を考えるソウル・マンなの? 彼の肉声とブラウン
のギターとの掛け合いはちょっと子供ぽくてぼくにはNG。
アンコールは一緒に、「ホワッツ・ゴーイン・オン」。それが始まる前に
だったか、二人は一緒に女性客に赤い薔薇を配る。これもまた、ソウル・シ
ョウ。計1時間半のパフォーマンス。南青山・ブルーノート東京、セカンド
。
アトミック
2006年2月12日 たとえば、陽光を受けてジャンプして水に飛び込んだとき。まず、ふっと
身体が宙に浮き、そしてざっぷ〜んと水に入り、肌に触る感触や見える世界
、外音の聞こえ方、すべてがさあっと変わる。たとえば、新雪つもっている
なか、エッジをきかせて雪をけちらし滑降するとき。これも、自分が知って
いる感触や世界はちっぽけなもので、自分の知らないものが鬼のようにすぐ
横にあるんだと痛感させられよう。それは素敵な食事や美味しいワインでも
、もしかすると恋愛関係初期の所感だって同様かもしれない。なんか、それ
まで自分がいるところと違うところにぐわりと入り込む感覚。それまで自分
が持っていた世界とはぜんぜん違うものに触れる感覚。それはとても刺激的
で、抗しがたく快楽的で、人生に確かなスパイスとなるのは間違いない……。
なんか、ワケが判らないことを書いているが、ぼくはこのスウェーデン〜
ノールウェーの合体ジャズ・コンボを聞きながら、ふとそんなことを思った
りしていたのだ。彼らの精気と野心とジャズへの愛着たっぷりの演奏には、
違うところを行き来する、異なるスピード感や間の感覚、情緒を移行したり
、するりと重ねたりる感覚がある。いや、リアルな(よりフリー寄りの)ジ
ャズという表現は……と書いたほうが適切か。いいや、ジャズだけでなく、
ロックにせよ、ファンクにせよ、テクノせよ、秀でた音楽(だけではないん
だよな……)はそうした、いろんな事象を飛び越える力を持つはずだ。だが
、ジャズという表現はもっとも人間力に則したかたちで、もっともシンプル
にそれを出そうとする器なのではないのか。オーネット・コールマンやレニ
ー・トリスターノら“ワープの天才”たちのツボを知り尽くした彼らは、今
現存するジャズ・バンドとしては最高級のものをやっていると言わざるをえ
ない。
前回(2005年4月12日)より、もっといいと思った。ぶっちゃけると
ころはぶっちゃけ、ジャズ的美意識のもと構成された感じで流れていくとこ
ろもより味を持ってストーリー性豊か。共通のゴールを見つめつつ、インタ
ープレイしあいながら5人が絡み昇華していく様を、いろんな思いを誘発さ
れながら堪能。ゲキ混みだった前回と違い、ゆったり座って見ることができ
たせいもあるし、今回は寒さにおののいて車で行ってしまったので、飲まず
に見ていたという違いはあるが。でも、後者のほうが妄想はより誘発するは
ずだよなあ。1時間半強の演奏。新宿・ピットイン。
身体が宙に浮き、そしてざっぷ〜んと水に入り、肌に触る感触や見える世界
、外音の聞こえ方、すべてがさあっと変わる。たとえば、新雪つもっている
なか、エッジをきかせて雪をけちらし滑降するとき。これも、自分が知って
いる感触や世界はちっぽけなもので、自分の知らないものが鬼のようにすぐ
横にあるんだと痛感させられよう。それは素敵な食事や美味しいワインでも
、もしかすると恋愛関係初期の所感だって同様かもしれない。なんか、それ
まで自分がいるところと違うところにぐわりと入り込む感覚。それまで自分
が持っていた世界とはぜんぜん違うものに触れる感覚。それはとても刺激的
で、抗しがたく快楽的で、人生に確かなスパイスとなるのは間違いない……。
なんか、ワケが判らないことを書いているが、ぼくはこのスウェーデン〜
ノールウェーの合体ジャズ・コンボを聞きながら、ふとそんなことを思った
りしていたのだ。彼らの精気と野心とジャズへの愛着たっぷりの演奏には、
違うところを行き来する、異なるスピード感や間の感覚、情緒を移行したり
、するりと重ねたりる感覚がある。いや、リアルな(よりフリー寄りの)ジ
ャズという表現は……と書いたほうが適切か。いいや、ジャズだけでなく、
ロックにせよ、ファンクにせよ、テクノせよ、秀でた音楽(だけではないん
だよな……)はそうした、いろんな事象を飛び越える力を持つはずだ。だが
、ジャズという表現はもっとも人間力に則したかたちで、もっともシンプル
にそれを出そうとする器なのではないのか。オーネット・コールマンやレニ
ー・トリスターノら“ワープの天才”たちのツボを知り尽くした彼らは、今
現存するジャズ・バンドとしては最高級のものをやっていると言わざるをえ
ない。
前回(2005年4月12日)より、もっといいと思った。ぶっちゃけると
ころはぶっちゃけ、ジャズ的美意識のもと構成された感じで流れていくとこ
ろもより味を持ってストーリー性豊か。共通のゴールを見つめつつ、インタ
ープレイしあいながら5人が絡み昇華していく様を、いろんな思いを誘発さ
れながら堪能。ゲキ混みだった前回と違い、ゆったり座って見ることができ
たせいもあるし、今回は寒さにおののいて車で行ってしまったので、飲まず
に見ていたという違いはあるが。でも、後者のほうが妄想はより誘発するは
ずだよなあ。1時間半強の演奏。新宿・ピットイン。
リチャード・ボナ。Salt,Toku,Gen
2006年2月16日 どんどん支持者を増やしているように思える、カメルーン出身の電気ベー
シスト/シンガー(2000年12月6日、2002年1月9日、2002年9月1
9日、2002年12月14日、2004年12月15日)。喋り好きで、耳が確
かな人(確かなイントネーションで、日本語の単語をすぐに覚える)。かつ
てユニヴァーサル・フランスに移籍した際に取材したとき、「ソニーのA&
Rはスティングの曲をカヴァーしろと言いやがった。なんで、昨日まで車の
セールスをやってような人間にそんなことを言われなきゃいけないのか。だ
から、俺は言ってやったんだよ。俺のなかにスティングなんかはない。ある
のは、アフリカとジャコ(・パストリアス)だけだ!って」。
そんな人だから、フュージョンぽい何かをはらむのはしょうがない。でも
、全員国籍が異なるプレイヤーを従えてのパフォーマンスはいい音を出して
いた。小気味よくも温かく、いいインタープレイもあったし。MCによれば
、サックス奏者は米国シアトル出身、黒人キーボード奏者はオランダのロッ
テルダム出身、ドラマーはキューバのハバナ(だったっけかな?)出身、パ
ーカッションはコロンビアのボゴタ出身、ギター奏者はブラジルのリオ出身
とか。ただ、「アフリカの人間にとって歌うことと楽器を弾くこととは同義
語なんだ」と言うわりには、今回は歌パートが少なかったような。リーダー
作においては、歌の比重はどんどん増しているというのに。例によってジャ
コ在籍時のウェザー・リポートのカヴァーもあり。曲は「ティーン・タウン
」だったか(ウェザーのファンじゃないので自信ありません)。
あと、ボナはやっぱり音を出している風情がよい。それが、マル。ブルー
ノート東京・ファースト。
そのあと六本木・スイートベイジル139 で、塩谷哲(ピアノ)、TOKU
(フリューゲルホーン)、大儀見元(パーカッション)の3人ユニットを見
る。当人たち曰く、ヴォーカル・グループだそうだが、なるほど。皆、リー
ド・ヴォーカルをとったりハモったりする。大儀見とTOKUはちょい生ギ
ターを触るときもあった。ああ、塩谷と大儀見はオルケスタ・デ・ラ・ルス
にいたのか。89年にマディソン・スクェア・ガーデンでのサルサ・フェステ
ィヴァルを見たことがあったが、そのとき二人はあの華やかな舞台にいたん
だろうな。ともあれ、ときどきこの顔ぶれでライヴをやっているらしい。今
回この場所は三日間通し、客は女性が多い。
まず楽曲ありきのグループか。ザ・ビートルズの「ブラック・バード」か
らオリジナル曲まで、まず歌いたかったり紐ときたかったりするネタを出し
合い、それをジャズやラテン他いろんな素養を持つ彼らが持ち味を軽妙に交
換しあいながら、やんわりと広げるといった感じ。聞き味は優しく、明快
。いろんな小業は効いているが、そうじては大人のもう一つのポップスとい
う感じも。へえ。
シスト/シンガー(2000年12月6日、2002年1月9日、2002年9月1
9日、2002年12月14日、2004年12月15日)。喋り好きで、耳が確
かな人(確かなイントネーションで、日本語の単語をすぐに覚える)。かつ
てユニヴァーサル・フランスに移籍した際に取材したとき、「ソニーのA&
Rはスティングの曲をカヴァーしろと言いやがった。なんで、昨日まで車の
セールスをやってような人間にそんなことを言われなきゃいけないのか。だ
から、俺は言ってやったんだよ。俺のなかにスティングなんかはない。ある
のは、アフリカとジャコ(・パストリアス)だけだ!って」。
そんな人だから、フュージョンぽい何かをはらむのはしょうがない。でも
、全員国籍が異なるプレイヤーを従えてのパフォーマンスはいい音を出して
いた。小気味よくも温かく、いいインタープレイもあったし。MCによれば
、サックス奏者は米国シアトル出身、黒人キーボード奏者はオランダのロッ
テルダム出身、ドラマーはキューバのハバナ(だったっけかな?)出身、パ
ーカッションはコロンビアのボゴタ出身、ギター奏者はブラジルのリオ出身
とか。ただ、「アフリカの人間にとって歌うことと楽器を弾くこととは同義
語なんだ」と言うわりには、今回は歌パートが少なかったような。リーダー
作においては、歌の比重はどんどん増しているというのに。例によってジャ
コ在籍時のウェザー・リポートのカヴァーもあり。曲は「ティーン・タウン
」だったか(ウェザーのファンじゃないので自信ありません)。
あと、ボナはやっぱり音を出している風情がよい。それが、マル。ブルー
ノート東京・ファースト。
そのあと六本木・スイートベイジル139 で、塩谷哲(ピアノ)、TOKU
(フリューゲルホーン)、大儀見元(パーカッション)の3人ユニットを見
る。当人たち曰く、ヴォーカル・グループだそうだが、なるほど。皆、リー
ド・ヴォーカルをとったりハモったりする。大儀見とTOKUはちょい生ギ
ターを触るときもあった。ああ、塩谷と大儀見はオルケスタ・デ・ラ・ルス
にいたのか。89年にマディソン・スクェア・ガーデンでのサルサ・フェステ
ィヴァルを見たことがあったが、そのとき二人はあの華やかな舞台にいたん
だろうな。ともあれ、ときどきこの顔ぶれでライヴをやっているらしい。今
回この場所は三日間通し、客は女性が多い。
まず楽曲ありきのグループか。ザ・ビートルズの「ブラック・バード」か
らオリジナル曲まで、まず歌いたかったり紐ときたかったりするネタを出し
合い、それをジャズやラテン他いろんな素養を持つ彼らが持ち味を軽妙に交
換しあいながら、やんわりと広げるといった感じ。聞き味は優しく、明快
。いろんな小業は効いているが、そうじては大人のもう一つのポップスとい
う感じも。へえ。
ジェフリー・オズボーン
2006年2月21日 良かったなあ。お酒、とまらなかったなあ(次の日、取材入ってなかった
ら、間違いなく朝までコースだったなー)。L.T.D.というA&Mと契約して
いたセルフ・コンテインド・グループにいて(そのときはドラマーだった
) 、80年代前半からソロとして活動しているソウル・シンガーの素晴らしい
ショウにニッコリ。ちゃんと声が出ていて、歌に訴求力があるし、進め方も
余裕があってうまい。身体もそれほど太っておらず(格好も、大人っぽくこ
ざっぱり)、さほど過剰に老けている感じはないし、現役感たっぷりのその
パフォーマンスはいいなあいいぞおと心の中で連呼させるに十分なものだっ
た。
丸の内・コットンクラブ(セカンド)。ちゃんと入っている客の大半はラ
フな格好の(オズボーン目当てで来ているだろう)人達。途中でお客3人に
歌わせたのだが上手すぎ、歌の道を進んでいる/進もうとしている人達もけ
っこういたのだろう。コチ発の新作『From The Soul 』はカヴァー曲集だっ
たのでカヴァーもやるのかと思ったら、L.T.D.時代の曲をふくめ、持ち歌で
起伏を付けながら勝負。アンコールはザ・スピナーズ「アイル・ビー・アラ
ウンド」。この曲をぼくが嫌いな予定調和的フュージョン・バンドのザ・リ
ッピントンズのアルバムに客演して彼が歌っていたとは。
バンドもよろしい。キーボード2台、ギター、ベース、ドラムス、男女ひ
とりづつのバッキング・ヴォーカル。ギターと音楽監督のほうのキーボード
は白人、もう一人のキーボード奏者はネイティヴ・アメリカンみたいに見え
る外見の持ち主。ドラマーはジェリー・ブラウンと紹介されていたがすると
ブルーノート末期(70年代中期)にジョン・リーとの双頭リーダー作を2枚
出した人だろうか。見た目はそほど老けてないよう見えたが、あの音は全盛
期のスタンリー・クラークが大お気に入りでもあったあの彼(70年代中期に
録られたマーヴィン・ゲイのロンドンでのライヴ盤にもクレジットされてい
た)だと、ぼくは高揚した頭で思うことにした。そのほうがもっと親近感を
持って見ることができる。
なお、ここの座席配置はステージに向かって右側は横に並んで座るような
カウンター式の座席が2列に渡って配置されている(それは、移転する前の
ブルーノート大阪を思い出させる。移転後もそうなっているのかは、行って
ないので知らぬが)。今回、その中列のけっこうステージ寄りの所に座った
のだが、これがなかかなか。ちょうど前の列に熱心な反応を示すお客さんが
いたこともあってか、オズボーンはけっこうこっち側を見て歌うし、意外に
ステージ上の人をみんな見ることができたし(それは、出演者のセッティン
グによっても異なるだろうけど)、キーボードの弾き方は手に取るように分
かるし(同)、一方ではお客の反応の様子も手に取るように分かりアーティ
スト側の視点も味わえるし(最後に、後部のソファー席にいたスーツ族が立
ち上がりギンギンになっている様子を見てジェフリーが大喜びする様も直截
に感知することができました)、うわあ、この席こんなにいい感じで見れち
ゃうのとびっくり。このポジション、大ありです。
ら、間違いなく朝までコースだったなー)。L.T.D.というA&Mと契約して
いたセルフ・コンテインド・グループにいて(そのときはドラマーだった
) 、80年代前半からソロとして活動しているソウル・シンガーの素晴らしい
ショウにニッコリ。ちゃんと声が出ていて、歌に訴求力があるし、進め方も
余裕があってうまい。身体もそれほど太っておらず(格好も、大人っぽくこ
ざっぱり)、さほど過剰に老けている感じはないし、現役感たっぷりのその
パフォーマンスはいいなあいいぞおと心の中で連呼させるに十分なものだっ
た。
丸の内・コットンクラブ(セカンド)。ちゃんと入っている客の大半はラ
フな格好の(オズボーン目当てで来ているだろう)人達。途中でお客3人に
歌わせたのだが上手すぎ、歌の道を進んでいる/進もうとしている人達もけ
っこういたのだろう。コチ発の新作『From The Soul 』はカヴァー曲集だっ
たのでカヴァーもやるのかと思ったら、L.T.D.時代の曲をふくめ、持ち歌で
起伏を付けながら勝負。アンコールはザ・スピナーズ「アイル・ビー・アラ
ウンド」。この曲をぼくが嫌いな予定調和的フュージョン・バンドのザ・リ
ッピントンズのアルバムに客演して彼が歌っていたとは。
バンドもよろしい。キーボード2台、ギター、ベース、ドラムス、男女ひ
とりづつのバッキング・ヴォーカル。ギターと音楽監督のほうのキーボード
は白人、もう一人のキーボード奏者はネイティヴ・アメリカンみたいに見え
る外見の持ち主。ドラマーはジェリー・ブラウンと紹介されていたがすると
ブルーノート末期(70年代中期)にジョン・リーとの双頭リーダー作を2枚
出した人だろうか。見た目はそほど老けてないよう見えたが、あの音は全盛
期のスタンリー・クラークが大お気に入りでもあったあの彼(70年代中期に
録られたマーヴィン・ゲイのロンドンでのライヴ盤にもクレジットされてい
た)だと、ぼくは高揚した頭で思うことにした。そのほうがもっと親近感を
持って見ることができる。
なお、ここの座席配置はステージに向かって右側は横に並んで座るような
カウンター式の座席が2列に渡って配置されている(それは、移転する前の
ブルーノート大阪を思い出させる。移転後もそうなっているのかは、行って
ないので知らぬが)。今回、その中列のけっこうステージ寄りの所に座った
のだが、これがなかかなか。ちょうど前の列に熱心な反応を示すお客さんが
いたこともあってか、オズボーンはけっこうこっち側を見て歌うし、意外に
ステージ上の人をみんな見ることができたし(それは、出演者のセッティン
グによっても異なるだろうけど)、キーボードの弾き方は手に取るように分
かるし(同)、一方ではお客の反応の様子も手に取るように分かりアーティ
スト側の視点も味わえるし(最後に、後部のソファー席にいたスーツ族が立
ち上がりギンギンになっている様子を見てジェフリーが大喜びする様も直截
に感知することができました)、うわあ、この席こんなにいい感じで見れち
ゃうのとびっくり。このポジション、大ありです。
映画『DIG!』。映画『Touch the Sound そこにある音』
2006年2月23日 うわ、2月はライヴ見てねえ。もともと数が多くない上に、外に出るのを
妨げようとする天候/気温のため直前に行くのを止めてしまったものもある
。遊びのほうを優先させた日もあるしな。この日の夜は音楽絡みの2本の映
画試写をハシゴ。京橋のメディアボックス試写室と渋谷・ユーロスペース(
引っ越して、新しくなった)。
まず、ビジネスをうまくやっていくことを要求される米国ロック・バンド
の普遍的模様を伝える、04年米国映画の『DIG!』。素材となるのはザ・
ブライアン・ジョーンズタウン・マサカーとザ・ダンディ・ウォーホルズ。
90年代中期には相当に密接な関係を持っていた二つの温故知新型の音楽性を
持つバンドを追いかけるドキュメンタリー作品で、オンディ・モナーという
女性監督によるもの。片方は天才と思い込むワンマン・リーダーのアントン
・ニューコムの超わがままな行動でビッグになるチャンスをどんどん潰して
いき、後者のほうはそれなりにうまく対応する。なんでも取材は7年もの間
に渡っているというが、よく両バンドとも撮影に協力したよな(ナレーショ
ンはダンディ・ウォーホルズのリーダーのコートニー・テイラーが担当する
)。けっこう、赤裸々な映像が出てきたりし(ドラッグ&ロックンロールは
出てきても、セックスのほうは皆無)、両バンドにとって一般的にプラスに
なるとは思えないもの。前者は見ようによっては只の勘違いで性格の悪い大
バカだし、ダンディ・ウォーホルズは対比的に立ち回りの上手いコスい連中
という印象を与える。まあ、両バンドとも太っ腹といえば、そうかもしれ
ぬが……。ともあれ、この映画が示すのは、ロックとはバカ者の音楽であり
、諸々とうまく折り合いをつけなきゃなかなかのし上がれない芸商売ってこ
とでしょうか。そうであっても、いいものはいいのダ、とぼくは思う。ロッ
ク・ファンは産業のあり方や裏側を知ることを含め、見ても損はないでしょ
う。
ところで、ザ・ブライアン・ジョーンズタウン・マサカーの99年3月の日
本公演が彼らのハイライトだったみたいな言い方もちらりと映画ではされる
。その、ゆるゆるで呪術的でもあり不思議な感興を与えた来日時のパフォー
マンスはよく覚えるている。彼らはそのときマーキュリー・レヴの前座(新宿
・リキッドルーム)と単独公演(渋谷・クラブクアトロ)をやった。ぼくは
新宿・リキッドルームのほうに行ったのだが、マーキュリー・レヴ(200
1年12月17日)の演奏が始まってからも知人とロビーでちょい話していたら
、そこに割り込んできた外国人がいたのだ。なんとそいつら、ザ・ブライア
ン・ジョーンズタウン・マサカーのメンバーたち。「日本はとっても厳しく
て、クスリが手に入りにくいことは知っている。でも、葉っぱでいいから欲
しいんだよねえ。なんとかならないか、後生だから」。と、ゆーよーなこと
を、彼らは言ってきたのだ。人懐こい感じで、そのときの印象は悪くない。
それにしても、アイツらはこういう連中で、その後ああなっていたのか。
でも、最後に映し出されるようにアントン・ニューコム/ザ・ブライアン・
ジョーンズタウン・マサカーはまだちゃんと存在している。一方、ダンディ
・ウォーホルズはその後セル・フォーンの欧州TV−CFに曲が使われたこ
ともあり、ヨーロッパではよりビッグなバンドになった。00年以降、クロスビ
ート誌からはなぜか2作品もアルバム・レヴューを頼まれて書いているよな
。でも、彼らはまだ日本の地を踏んでいない。
もう一つの、『そこにある音』は04年のトーマス・リーデルシェイマーと
いう人の監督/撮影によるドイツ作品。聴覚障害を持つ(8歳ごろから聴力
が落ちたという)女性打楽器奏者のイヴリン・グレイニーのことを扱った、
こちらもドキュメンター映画。おお、この人のこと、ぼくはドイツのメルス
・ジャズ祭(2004年5月31日)で見ているじゃないか。そのときはフレッド・
フリスとのデュオ演奏だったが、こちらもいい味出しているフリス(ケルン)
やオラシオ・エルナンデス(NY;2000年1月12日、2001年5月15日、2002年12月27日、2003年8月9日、2004年4月5日)や鬼太鼓座(富士市)など
との共演映像(括弧内はその演奏を行った場所)が出てくる。他にもいくつ
かの所に行って音を出したり、街や自然の音を感じたり、自己語りをしたり。
当然のことながら、我々とは異なる感覚や音楽観を持つ彼女を通して、音や
音楽の意味、自由な感性や感覚のあり方なんかを考えさせる映画と言うこと
も可能だろうか。スタイリッシュというか、かなり臭い映像構成が示される
場合もあるが、見る者をいろいろと考えさせ、触発させる内容であるのは間
違いない。グレイニーはクラシック畑の人だがとても自由でしなやか、その
ことも大きく印象に残る。
なんとなく、映画を見ながら“音の行方なるもの”を考えているうちにふ
と、この2月14日に亡くなってしまったUKソウル・マンのリンデン・デイ
ヴィッド・ホール(1999年7月31日、2001年4月24日)のことを思
い出す。このコーナーでは、ライヴとのなんらかの繋がりがあれば当然記す
けど、それほど鬼籍入りしたミュージシャンのことを熱心に書いたりはして
いない。だけど、ウィルソン・ピケット(1941〜2006年)と異なりホー
ルの死はそれほど報道されてないだろうし、ここに書き留めておこう。昨年
出た新作をBMR誌のベスト10に入れといて良かったと思うぼくはやはり浪花
節的感性の持ち主なのだろうか。そういうの、かなり嫌うタイプだと思って
いるが。
死去と言えば、1月末にプロモーション来日したデイヴィッド・シルヴィ
アン(2004年4月24日)の取材時には昨年のクリスマスに亡くなったデレ
ク・ベイリーとのことでひとしきり盛り上がった。なんでも、ロンドンで亡
くなったと報じられている彼はシルヴィアンと絡んだ(『ブレミッシュ』)
後、スペインのバルセロナに引っ越して新たな表現を練っていたのだそう。
妨げようとする天候/気温のため直前に行くのを止めてしまったものもある
。遊びのほうを優先させた日もあるしな。この日の夜は音楽絡みの2本の映
画試写をハシゴ。京橋のメディアボックス試写室と渋谷・ユーロスペース(
引っ越して、新しくなった)。
まず、ビジネスをうまくやっていくことを要求される米国ロック・バンド
の普遍的模様を伝える、04年米国映画の『DIG!』。素材となるのはザ・
ブライアン・ジョーンズタウン・マサカーとザ・ダンディ・ウォーホルズ。
90年代中期には相当に密接な関係を持っていた二つの温故知新型の音楽性を
持つバンドを追いかけるドキュメンタリー作品で、オンディ・モナーという
女性監督によるもの。片方は天才と思い込むワンマン・リーダーのアントン
・ニューコムの超わがままな行動でビッグになるチャンスをどんどん潰して
いき、後者のほうはそれなりにうまく対応する。なんでも取材は7年もの間
に渡っているというが、よく両バンドとも撮影に協力したよな(ナレーショ
ンはダンディ・ウォーホルズのリーダーのコートニー・テイラーが担当する
)。けっこう、赤裸々な映像が出てきたりし(ドラッグ&ロックンロールは
出てきても、セックスのほうは皆無)、両バンドにとって一般的にプラスに
なるとは思えないもの。前者は見ようによっては只の勘違いで性格の悪い大
バカだし、ダンディ・ウォーホルズは対比的に立ち回りの上手いコスい連中
という印象を与える。まあ、両バンドとも太っ腹といえば、そうかもしれ
ぬが……。ともあれ、この映画が示すのは、ロックとはバカ者の音楽であり
、諸々とうまく折り合いをつけなきゃなかなかのし上がれない芸商売ってこ
とでしょうか。そうであっても、いいものはいいのダ、とぼくは思う。ロッ
ク・ファンは産業のあり方や裏側を知ることを含め、見ても損はないでしょ
う。
ところで、ザ・ブライアン・ジョーンズタウン・マサカーの99年3月の日
本公演が彼らのハイライトだったみたいな言い方もちらりと映画ではされる
。その、ゆるゆるで呪術的でもあり不思議な感興を与えた来日時のパフォー
マンスはよく覚えるている。彼らはそのときマーキュリー・レヴの前座(新宿
・リキッドルーム)と単独公演(渋谷・クラブクアトロ)をやった。ぼくは
新宿・リキッドルームのほうに行ったのだが、マーキュリー・レヴ(200
1年12月17日)の演奏が始まってからも知人とロビーでちょい話していたら
、そこに割り込んできた外国人がいたのだ。なんとそいつら、ザ・ブライア
ン・ジョーンズタウン・マサカーのメンバーたち。「日本はとっても厳しく
て、クスリが手に入りにくいことは知っている。でも、葉っぱでいいから欲
しいんだよねえ。なんとかならないか、後生だから」。と、ゆーよーなこと
を、彼らは言ってきたのだ。人懐こい感じで、そのときの印象は悪くない。
それにしても、アイツらはこういう連中で、その後ああなっていたのか。
でも、最後に映し出されるようにアントン・ニューコム/ザ・ブライアン・
ジョーンズタウン・マサカーはまだちゃんと存在している。一方、ダンディ
・ウォーホルズはその後セル・フォーンの欧州TV−CFに曲が使われたこ
ともあり、ヨーロッパではよりビッグなバンドになった。00年以降、クロスビ
ート誌からはなぜか2作品もアルバム・レヴューを頼まれて書いているよな
。でも、彼らはまだ日本の地を踏んでいない。
もう一つの、『そこにある音』は04年のトーマス・リーデルシェイマーと
いう人の監督/撮影によるドイツ作品。聴覚障害を持つ(8歳ごろから聴力
が落ちたという)女性打楽器奏者のイヴリン・グレイニーのことを扱った、
こちらもドキュメンター映画。おお、この人のこと、ぼくはドイツのメルス
・ジャズ祭(2004年5月31日)で見ているじゃないか。そのときはフレッド・
フリスとのデュオ演奏だったが、こちらもいい味出しているフリス(ケルン)
やオラシオ・エルナンデス(NY;2000年1月12日、2001年5月15日、2002年12月27日、2003年8月9日、2004年4月5日)や鬼太鼓座(富士市)など
との共演映像(括弧内はその演奏を行った場所)が出てくる。他にもいくつ
かの所に行って音を出したり、街や自然の音を感じたり、自己語りをしたり。
当然のことながら、我々とは異なる感覚や音楽観を持つ彼女を通して、音や
音楽の意味、自由な感性や感覚のあり方なんかを考えさせる映画と言うこと
も可能だろうか。スタイリッシュというか、かなり臭い映像構成が示される
場合もあるが、見る者をいろいろと考えさせ、触発させる内容であるのは間
違いない。グレイニーはクラシック畑の人だがとても自由でしなやか、その
ことも大きく印象に残る。
なんとなく、映画を見ながら“音の行方なるもの”を考えているうちにふ
と、この2月14日に亡くなってしまったUKソウル・マンのリンデン・デイ
ヴィッド・ホール(1999年7月31日、2001年4月24日)のことを思
い出す。このコーナーでは、ライヴとのなんらかの繋がりがあれば当然記す
けど、それほど鬼籍入りしたミュージシャンのことを熱心に書いたりはして
いない。だけど、ウィルソン・ピケット(1941〜2006年)と異なりホー
ルの死はそれほど報道されてないだろうし、ここに書き留めておこう。昨年
出た新作をBMR誌のベスト10に入れといて良かったと思うぼくはやはり浪花
節的感性の持ち主なのだろうか。そういうの、かなり嫌うタイプだと思って
いるが。
死去と言えば、1月末にプロモーション来日したデイヴィッド・シルヴィ
アン(2004年4月24日)の取材時には昨年のクリスマスに亡くなったデレ
ク・ベイリーとのことでひとしきり盛り上がった。なんでも、ロンドンで亡
くなったと報じられている彼はシルヴィアンと絡んだ(『ブレミッシュ』)
後、スペインのバルセロナに引っ越して新たな表現を練っていたのだそう。
ダイナソーJr.(27日)
2006年2月28日 オリジナル・メンバーによる再編成バンド、昨年のフジ・ロックに続いて
来日。ヘナちょこ歌パートと轟音ギターパートの効果的なかみ合い。含みと
ぶっとばし感覚が交錯する、80年代後期の最たる風を持つロック表現と言え
るか。もう少しドラムの音をデカくしてほしいとか(事実、あれだけギター
・アンプをステージに並べるんだったら、ドラムの音の拾い方をもう細かく
やってもいいのではないか)、いろいろ感ずることはあったが、コレデイイ
ノダと感じる自分がいたりも。
あと、ほうと思ったのは、曲間にときにJ・マスシスがつまびくギターが
ジミヘンぽく聞こえたこと。このまま「ヘイ・ジョー」に行くのでは、な〜
んて思わせられる局面があったもの。ジミヘンのこと、好きなんでしょうか
。そういえば、J・マスシス&ザ・フォグでの来日(2001年2月13日)
のとき、ファンカデリックのロック曲「マゴット・ブレイン」のカヴァーや
ったっけなー。渋谷・アックス。
来日。ヘナちょこ歌パートと轟音ギターパートの効果的なかみ合い。含みと
ぶっとばし感覚が交錯する、80年代後期の最たる風を持つロック表現と言え
るか。もう少しドラムの音をデカくしてほしいとか(事実、あれだけギター
・アンプをステージに並べるんだったら、ドラムの音の拾い方をもう細かく
やってもいいのではないか)、いろいろ感ずることはあったが、コレデイイ
ノダと感じる自分がいたりも。
あと、ほうと思ったのは、曲間にときにJ・マスシスがつまびくギターが
ジミヘンぽく聞こえたこと。このまま「ヘイ・ジョー」に行くのでは、な〜
んて思わせられる局面があったもの。ジミヘンのこと、好きなんでしょうか
。そういえば、J・マスシス&ザ・フォグでの来日(2001年2月13日)
のとき、ファンカデリックのロック曲「マゴット・ブレイン」のカヴァーや
ったっけなー。渋谷・アックス。