全米トップ10ヒットを5曲ぐらいは持ち、一時はプロデューサー・チーム
のフォスター&マクエルロイの冴えをアイデンティファイする存在でもあっ
たベイエリア・ベースの女性R&Bコーラス・グループ。一時ルーシー・パ
ールに流れたドーン・ロビンソンはいないが、テリー・エリス、マキシン・
ジョーンズのオリジナル組に一時ソロとしてもレコードを出していたたロー
ナ・ベッネット、その3人がフロントに立ってのもの。

 バッキング・バンドはプリ・セット音併用で、キーボード、ベース、ドラ
ムという簡素な編成。本当はギタリストも欲しかったかな。うち、ベーシス
トはレイモンド・マッキンレー(2001年6月29日、2002年8月12日、
2003年2月11日、2004年4月15日)。ヘッドフォンをしながら叩い
ていたドラマーはかなり幼い顔をしていて、まだ10代のように見えた。

 3人は仲良くかわるがわるリードを取り、コーラスを付けあう。深く考え
ずとも声を重ねれば魅力的にハモるという感じで、そこらへんは積み重ねら
れた様式の深さと底力を感じさせる。老けた感じもなかったし、楽しそうに
歌っているのも良かったナ。途中、アリサの「リスペクト」、ラベルの「レ
ディ・マーマレード」、ルーファス(チャカ・カーン)の「テル・ミー・サ
ムシング・グッド」などを繋げた女性ソウル有名曲メドレーをやったが、そ
れもとても良かった。なんか、つながりをばっちり感じさせるし。そして、
彼女たちのあとに、デスティニー・チャイルド(2001年6月25日)他
がいるわけだ。

いや、それにしても。前半部のほうでやたらエリスがこっちを向き、隣の
同行者のうち一人を盛んに指さす。そして、ステージに上がることを促す。そ
して、椅子にすわらせ、3人は囲みちょかいを出しながら歌う。約5分間。
そんな幸せな、でも心臓の小さなぼくには到底できない境遇を楽しんだのは
日本一のラッパーである下町兄弟(2005年12月8日)。まあ、当人もか
なり身の置場にはこまったらしいが。やっぱ、ナイスな奴はすぐに分かるも
んなんですね。以上、丸の内・コットンクラブ。

  そしてブルーノート東京へ。ファースト・ショウとセカンド・ショウなら
、十分にハシゴが出来る。受け付け階に下りると、人だらけ。なんでも、1
時間40分ぐらいやって、客の入れ替えが遅れているらしい。先程の好演と十
分なお酒摂取で盛り上がっているせいもあり、もう期待は高まる。こちらは
、ジョン・スコフィールド(1999年5月11日、2001年1月11日、
2002年1月24日、2004年3月11日)。ただし、今回はスティーヴ・
ジョーダン(2005年11月11日)がプロデュースしたいろんなシンガーを
呼んでのレイ・チャールズ曲集『ホワット・アイ・セイ』の流れを組むもの
。カルテット編成バンド(キーボードはオルガン中心。ベースは電気アップ
ライトが中心)に、デイヴィッド・フュージンスキ率いていたスクリーミン
グ・ヘッドレス・トーソズのシンガーを勤めていた個性派ディーン・ボウマ
ンを従えた今回はそのアルバムに基づくもの。一行はホンコンからやってき
て、このあとは韓国、オーストリア、欧州一円をずずいと回る。

  ボウマンはどの曲でも歌うが(ときには、リオン・トーマス直系といった
感じのヨーデル調歌唱を聞かせたりも)、R&B好きでもあるスコは嬉しそ
うに延々とソロをとる。そりゃ、演奏時間ながくなるワ。往年の良質なソウ
ル・ジャズのエッセンスをチャールズ縁の曲と巧みに合わせているのがポイ
ント、たとえば「メリー・アン」ではフレディ・マッコイの「ファンク・ド
ロップス」を想起させる曲趣を重ね合わせていたりとか。いろいろ、くすぐ
るんだよな。とにかく、歌心ある、ソウルフルにして、ときにスリルのある
ジャジー演奏はとても楽しめた。

 ボウマンを見ながら、ハード・ロック・バンド(と、書いていいのか?)
のエクストリームのことをふと思い出す。昔、そのリーダーでスター・ギタ
リストのヌーノ・ベッテンコートにブラインド・フォールド・テスト(いま
はなき、ミュージック・ライフ誌の取材。90年代の中頃のころだったかな?
)をしたことがあったのだ。そのとき、かっとんだギター・ソロが聞けるス
クリーミング・ヘッドレス・トーソズもかけたのだが、彼はきっぱりと「不
毛。なんでこんなにひねくれた、まわりくどい曲構成にしなければならない
のか。頭わりぃ」。なるほど、そりゃ当たってなくはない(ごめん、フュー
ジンスキ)と、ぼくは思ったんだよな。ちなみに、そのときベッテンコート
が一番喜んだのはマリーザ・モンチだった。彼がポルトガル系(ポルトガル
語も喋れると言っていた)なので彼女の『Barulhinho Bom』のなかの曲を息
抜きで選んだのだが、おっぱいのイラストともどもニッコリしてたっけな。
やっぱり、何事も一筋縄ではいかない。だから、面白い。そういやあ、その
とき、マネージメントが同じでキャシー・デニス(一時、アメリカで大ヒッ
ト曲を連発した、UKダンス系シンガー・ソングライター。日本でも髪の毛
染のコマーシャルに出演したことがある。現在も裏方として活動中)とは顔
見知りだと言ってて、ビックリもしたっけ。なんで、そんときキャシー・デ
ニスの話になったのか。ちょうど当時、ロック寄りにシフトした彼女がレイ
・デイヴィス(ザ・キンクス)やアンディ・パートリッジ(XTC)と懇意
にし曲を共作したりしたからかなー?