毎年恒例の“さとがえるコンサート”、マーク・リーボウ(ギター、バンジョー)、ジェニファー・コンドス(電気ベース)、ジェイ・ベラーローズルロウズ(ドラム)という3人の曲者米国人奏者たちによる年末公演(2008年12月14日〜このときのツアーはDVD化されている〜、2009年12年13日)の3年目。この顔ぶれは米国人名制作者T・ボーン・バーネット絡みの奏者たち、というか、バーネットが制作した08年作『akiko』を基とするもの。あのアルバムはベースレス編成での録音で、盤ではリーボウとベルロウズだけが参加し、コンドス姉さんは実演の場で開く際になって新たに加わったわけだが、彼女はバーネットの弟子筋と言えるジョー・ヘンリー(2010年4月2日、4日)の新作となる08年作『ブラッド・フロム・スターズ』に参加してもいる。そこには、ヘンリーが大好きなマーク・リーボウも関与。今年出たレイ・モンターニュ作にもコンドスは参加しているが、そっちにはベルローズが入っていますね。
話はズレるが、2010年のプロデューサー大賞は間違いなくT・ボーン・バーネットだと思う。もう10年ほど大家なノリで米国ロック界に君臨している彼ではあるが、特に今年はプロデュース関与作のリリースが多かった。ざっと挙げても、サントラ『クレイジー・ハート』、ウィリー・ネルソン、ジェイコブ・ディラン(2001年2月11日)、ジョン・メレンキャンプ、ロバート・ランドルフ(2009年7月24日、他)、ライアン・ブリンガム、シークレット・シスターズ、エルトン・ジョン&リオン・ラッセル(2005年11月24日)、エルヴィス・コステロ(2009年8月8日、他)の新作といった案配。今年は活躍したナという気持ちを本人も持ったためか、この10月中旬に彼は“ザ・スピーキング・クロック・リヴュー”というイヴェントを主宰、ボストンとNYで行われたそこには上出の有名人たちがみんな参加した(11年早々にバーネット制作のアルバムをリリースするグレッグ・オールマンも)のだった。その共通のバンドにはリーボーがいたのはもちろんのこと。うーぬ、堂々と自分のホーム頁で『akiko(英語版)』のことも紹介しているだけに、バーネットは同ショウに矢野顕子のことも呼んでほしかった。そこには耳の肥えた聞き手が集まったはずで、矢野顕子というギフトを米国により知らせるには絶好の機会であったと思うが。
渋谷・NHKホール。ミュージシャンシップを共有し合える同士による“4人組”、その第2幕と間違いなく言える行き方を悠然と披露。矢野+バック・バンドという図式はここに来て、完全になくなりましたね。実際、矢野のピアノ・ソロのパートはけっこう減じていたんでは。それと、彼女は少しキーボードも弾いていたが、前2回もそうだったっけか(グランド・ピアノしか置いてなかったような)。アンコール最終曲で、過去の2度のツアーでもやっている「ふなまち唄」のかけ声を皆でうれしそうに重ねる様を見て、3人の米国人達は本当に矢野と1年ぶりにライヴをやるのを心待ちにしていたんだな、ということを、肌で感じることができた。
今回はどう違っていたのか。まず、端的に指摘できるのは、5曲と『akiko』収録曲(うち、1曲はレッド・ツェッペリン「胸いっぱいの愛を」のカヴァー)披露比率がかなり減じたこと。それで、「House of Desire」(セカンド・ライン調と言える感じ、このバンドのタメはすげえと痛感させるノリで開く。きっとハリーとマックも身を乗り出したろう)とか矢野の旧曲を取り上げるとともに、いろんな属性を持つ他者曲のカヴァーをいろいろと披露したのが今度の要点だ。細野晴臣(「終わりの季節」)、忌野清志郎(「恩赦」。ベルローズとのデュオにて。ソロでやるところが、前日の大阪公演で思いつきでデユオにしたそう)、ジョン・コルトレーン(「ネイマ」。リーボーの生ギター演奏をバックに、センター・マイクのところに出てきて歌う。日本語歌詞を付けていた)、ウィーザー(「セイ・イット・エイント・ソー」)、ルシンダ・ウィリアムズ(「ジョイ」、スタンダードの「フィーヴァー」みたいな癖を持つ曲と感じた)、ランバート・ヘンドリックス&ロス(ハリー・エディソンの器楽曲にジョン・ヘンドリックスが歌詞を乗せた「センターピース」。原曲の雰囲気と男2女1という編成を少しかえて引き継ぎ、ジャジーかつ洒脱に矢野、リーボー、コンドスの3人で歌声を重ねる)……。
どのぐらいリハをやっているのかは知らないが、きっちりこの4人の機微ある表現となって届けられる。MCを聞くにまた来年師走はこの顔ぶれで<さとがえるコンサート>をやる予定のようだし、早くスタジオに入って! 途中のピアノ弾き語りのとき、彼女は自身の名曲「ひとつだけ」をやったが、その歌詞をもじるなら、今回のパフォーマンスにはより<いろんな音楽の輝ける扉 ひらく鍵>が機微たっぷりに息づいていたと思う。もう、ぼくはじーんとしつつ、凄く啓発も受けた。ほんと、うれしいことのテンコ盛り、僕はちょっと潤されつつ、今年も意義あるいい一年であるように思えてきちゃったな。ありがとう、矢野顕子さん!
話はズレるが、2010年のプロデューサー大賞は間違いなくT・ボーン・バーネットだと思う。もう10年ほど大家なノリで米国ロック界に君臨している彼ではあるが、特に今年はプロデュース関与作のリリースが多かった。ざっと挙げても、サントラ『クレイジー・ハート』、ウィリー・ネルソン、ジェイコブ・ディラン(2001年2月11日)、ジョン・メレンキャンプ、ロバート・ランドルフ(2009年7月24日、他)、ライアン・ブリンガム、シークレット・シスターズ、エルトン・ジョン&リオン・ラッセル(2005年11月24日)、エルヴィス・コステロ(2009年8月8日、他)の新作といった案配。今年は活躍したナという気持ちを本人も持ったためか、この10月中旬に彼は“ザ・スピーキング・クロック・リヴュー”というイヴェントを主宰、ボストンとNYで行われたそこには上出の有名人たちがみんな参加した(11年早々にバーネット制作のアルバムをリリースするグレッグ・オールマンも)のだった。その共通のバンドにはリーボーがいたのはもちろんのこと。うーぬ、堂々と自分のホーム頁で『akiko(英語版)』のことも紹介しているだけに、バーネットは同ショウに矢野顕子のことも呼んでほしかった。そこには耳の肥えた聞き手が集まったはずで、矢野顕子というギフトを米国により知らせるには絶好の機会であったと思うが。
渋谷・NHKホール。ミュージシャンシップを共有し合える同士による“4人組”、その第2幕と間違いなく言える行き方を悠然と披露。矢野+バック・バンドという図式はここに来て、完全になくなりましたね。実際、矢野のピアノ・ソロのパートはけっこう減じていたんでは。それと、彼女は少しキーボードも弾いていたが、前2回もそうだったっけか(グランド・ピアノしか置いてなかったような)。アンコール最終曲で、過去の2度のツアーでもやっている「ふなまち唄」のかけ声を皆でうれしそうに重ねる様を見て、3人の米国人達は本当に矢野と1年ぶりにライヴをやるのを心待ちにしていたんだな、ということを、肌で感じることができた。
今回はどう違っていたのか。まず、端的に指摘できるのは、5曲と『akiko』収録曲(うち、1曲はレッド・ツェッペリン「胸いっぱいの愛を」のカヴァー)披露比率がかなり減じたこと。それで、「House of Desire」(セカンド・ライン調と言える感じ、このバンドのタメはすげえと痛感させるノリで開く。きっとハリーとマックも身を乗り出したろう)とか矢野の旧曲を取り上げるとともに、いろんな属性を持つ他者曲のカヴァーをいろいろと披露したのが今度の要点だ。細野晴臣(「終わりの季節」)、忌野清志郎(「恩赦」。ベルローズとのデュオにて。ソロでやるところが、前日の大阪公演で思いつきでデユオにしたそう)、ジョン・コルトレーン(「ネイマ」。リーボーの生ギター演奏をバックに、センター・マイクのところに出てきて歌う。日本語歌詞を付けていた)、ウィーザー(「セイ・イット・エイント・ソー」)、ルシンダ・ウィリアムズ(「ジョイ」、スタンダードの「フィーヴァー」みたいな癖を持つ曲と感じた)、ランバート・ヘンドリックス&ロス(ハリー・エディソンの器楽曲にジョン・ヘンドリックスが歌詞を乗せた「センターピース」。原曲の雰囲気と男2女1という編成を少しかえて引き継ぎ、ジャジーかつ洒脱に矢野、リーボー、コンドスの3人で歌声を重ねる)……。
どのぐらいリハをやっているのかは知らないが、きっちりこの4人の機微ある表現となって届けられる。MCを聞くにまた来年師走はこの顔ぶれで<さとがえるコンサート>をやる予定のようだし、早くスタジオに入って! 途中のピアノ弾き語りのとき、彼女は自身の名曲「ひとつだけ」をやったが、その歌詞をもじるなら、今回のパフォーマンスにはより<いろんな音楽の輝ける扉 ひらく鍵>が機微たっぷりに息づいていたと思う。もう、ぼくはじーんとしつつ、凄く啓発も受けた。ほんと、うれしいことのテンコ盛り、僕はちょっと潤されつつ、今年も意義あるいい一年であるように思えてきちゃったな。ありがとう、矢野顕子さん!