英国の愛すべき変わり者ミュージシャンがサム・リー。現在33歳の彼は大学では美術を学んだものの、音楽の経験はなし。であるのに、彼は20代半ばにしてトラヴェラーズと呼ばれるブリティッシュ・ジプシー(という言い方もリーはしていた)がコミュニティ内で歌い継いでいる歌に感動し、その移動コミューン内に入り伝承歌(それは無伴奏によるもののよう)やそれを支える考え方や生活様式を学んだ末に、自分の響くフォーキー・ミュージックとして送り出し直している。青山・CAY。
口琴やインド式ハーモニウムも扱う時に扱うシンガーのリーに加え、トランペットやコルネット奏者、琴やウクレレ奏者、チェロ奏者(女性)の3人がサポートでつく。普段、一緒にやっている人たちであるようだ。アルバム以上に生だともっと隙間があり、よりナュラル。謙虚(それは、めっぽうナイス・ガイさも導く)という形容もそれは導き、ひいては彼のトレヴェラーズ文化に対する真面目な思慕も、なんの知識もない者にも感じさせるだろう。原典を素直に開きつつ、リーの好奇心や個性がそこには無理なく張り込み、瑞々しい素朴歌唱表現として結晶していた。タブラなどで、ASA-CHANGが無理なく加わった曲もあり。
<今日の記憶>
トラヴェラーズと呼ばれる移動する人々が英国に存在するという事実を、ぼくがおぼろげに認知したのは1990年代初頭のこと。当時、日本のポニーキャニオンがレヴェラーズという英国バンドのアルバムを何枚も出し、彼らはトラヴェラーズの大人気バンドというような紹介のされ方もされたのだった。プロテスト意識も高いビート・バンド〜フォーキー・バンド(トラッドぽい要素も入る)という感じの音楽性を持っていた彼らはオリジナルをやっており、その音楽性から、ぼくはヒッピー憧憬を持ちつつ自由を求める若い世代たちによるムーヴメントというように、それを了解をしていた。当時、ザ・ポーグス(2005年7月29日)と似ているという声もあったと記憶するし、マヌ・チャオ(2010年10月4日、他)がソロになったときにはスペイン語圏のレヴェラーズという形容もできるかと、ぼくはほんの少し思ったこともあった。だが、サム・リーの音楽や情報にふれるにつけ、トラヴェラーズはすごい歴史を重ねて来ているもので、ぼくが想像していたものとは違うのだろうなという気になった。それとも、英国のジプシーにもいろいろあって、一緒くたにトラヴェラーズと括られているのだろうか。なお、レヴェラーズは今も元気に活動しているようで、けっこうコンスタントにアルバムをリリースし続けている。
口琴やインド式ハーモニウムも扱う時に扱うシンガーのリーに加え、トランペットやコルネット奏者、琴やウクレレ奏者、チェロ奏者(女性)の3人がサポートでつく。普段、一緒にやっている人たちであるようだ。アルバム以上に生だともっと隙間があり、よりナュラル。謙虚(それは、めっぽうナイス・ガイさも導く)という形容もそれは導き、ひいては彼のトレヴェラーズ文化に対する真面目な思慕も、なんの知識もない者にも感じさせるだろう。原典を素直に開きつつ、リーの好奇心や個性がそこには無理なく張り込み、瑞々しい素朴歌唱表現として結晶していた。タブラなどで、ASA-CHANGが無理なく加わった曲もあり。
<今日の記憶>
トラヴェラーズと呼ばれる移動する人々が英国に存在するという事実を、ぼくがおぼろげに認知したのは1990年代初頭のこと。当時、日本のポニーキャニオンがレヴェラーズという英国バンドのアルバムを何枚も出し、彼らはトラヴェラーズの大人気バンドというような紹介のされ方もされたのだった。プロテスト意識も高いビート・バンド〜フォーキー・バンド(トラッドぽい要素も入る)という感じの音楽性を持っていた彼らはオリジナルをやっており、その音楽性から、ぼくはヒッピー憧憬を持ちつつ自由を求める若い世代たちによるムーヴメントというように、それを了解をしていた。当時、ザ・ポーグス(2005年7月29日)と似ているという声もあったと記憶するし、マヌ・チャオ(2010年10月4日、他)がソロになったときにはスペイン語圏のレヴェラーズという形容もできるかと、ぼくはほんの少し思ったこともあった。だが、サム・リーの音楽や情報にふれるにつけ、トラヴェラーズはすごい歴史を重ねて来ているもので、ぼくが想像していたものとは違うのだろうなという気になった。それとも、英国のジプシーにもいろいろあって、一緒くたにトラヴェラーズと括られているのだろうか。なお、レヴェラーズは今も元気に活動しているようで、けっこうコンスタントにアルバムをリリースし続けている。