南青山・ブルーノート東京。受け付けフロアに降りると、
いつもと違いムワっとアメリカ(的と感じる)香水の匂いが
。わ、なんで〜。

 新作からの曲はぜんぜんやらず、「さあ、1959年に戻って
みよう」みたいな感じで古い曲をかます。前回(2001月12月
6日)はメドレーで済ませたものもあったし、今回のほうが
きっちり旧曲をやったという印象も。初期の「シャウト」と
か「ツイスト&シャウト」は過去の来日公演でやってたっけ
か? 初めて聞くような気もするが。でも、聞けてとっても
うれしい。

 いいバンドとともに、実にこなれたソウル・ショウを美味
しく繰り広げる。なんど見ても、絶対にいいいいいいい、い
い。と頷いちゃう。ちょっとリメイクした感じの、後半にや
ったシールズ&クロフツ原曲「サマー・ブリーズ」なんかも
本当に心地よかった。この日はセカンド・ショウを見たが、
1時間半ぐらいはやったはず。もう、途中でダンサーも出て
きたりとか、その黒人芸能体質ムンムンのステージ運びはこ
れまでのホール公演同様のもの。しかし、それが至近距離で
、お酒をがんがん飲みながら接することができるのはマジに
至福。アーニー・アイズレーはギターの糸巻部分に薔薇の造
花を付けていたが、それはスペアのギターも同様。なだけで
なく、足元のエフェクター群にもそれをいくつも付けていて
いた。

インキュバス

2004年3月3日
 日本武道館。なんと、アリーナは椅子なしのスタンディン
グ。そんなの、コンサートのために武道館に来だしてから初
めて見る光景だ。なんでも、初めての瞬間を認識するのは、
ちょっとうれしいものではありますね。で、初めて来た武道
館のコンサートを思い出そうとするが、まるっきり思い出せ
ない。うーむ、なんだったのかなー。

 日本にはフェスを含め複数回やって来ているはずだが、ぼ
くは彼らを今回初めて見る。米国の混合ヘヴィ系に入るバン
ドだけど、多彩な顔を持つバンドであり、あれれれというと
ころをいろいろと見せたとは書けるか。まず、冒頭のほうで
思い浮かべたのはザ・ポリス。ドラマーがとってもスチュワ
ート・コープランドの影響が強い叩き方をしているせいもあ
って。ザ・ポリスのような豊かな奥行きを持つポップ・バン
ドがあの頃(70年代後期)はああなり、今だとこういう音楽
性を持つんだナ、な〜んて感じさせられたりも。ドレッド頭
の黒人DJがいたり、黒人ベーシストはなんとザ・ルーツ(
2002年12月29日、2003年12月2日)にいた人だ(そうだ)っ
たり、途中でヴォーカルのブランドン・ボイドはジャンベを
叩いたり。それ、物凄く凡庸な使い方でがっかりではあった
が。

 そのボイドのまっすぐさ加減は認めよう。いいシンガーだ
と思う。曲もいろいろと工夫したいる感じが伺えるし、演奏
陣の腕前もなかなかだ。だけど、そのぶん破天荒さはあまり
感じさせず、かなり行儀のいいバンドという印象も得た。実
演に触れながら、なんかこの人たち刺青がなさそう、とも思
う。風俗としてのロックではなく、音楽としてのロックにヤ
ラれた人たちのバンド、というか。それ、否定的に書いてい
るわけではありません。ぼくも学生時代は、そういうノリの
ところ少しはあったと思うもの。偶然だが、途中からボイド
は上半身ハダカになったけど、刺青なかったな。まあ、ぼく
が年相応のムスメの親だったら、すさんだ刺青野郎のコンサ
ートに行かれるよりはこっちのほうがさぞかし安心できちゃ
うんだろーな。なんて、突拍子もないことも、この公演を見
ながら思った。               
 実は、この日はベン・ハーパーにしようか、それともモー
ション・ブルー・ヨコハマでやるジョディ・ワトリーを見に
行こうか迷っていた。でも、ライヴ評の依頼が来たので素直
にこちらに。そんだけライヴに行ってて、やっぱりライヴ評
はけっこう書いているんですかと問われることがあるが、な
らせば月に1〜2本だと思う。基本的には夜は遊びの時間で
あり、(後で原稿を書くときのネタにはなるけど)ライヴを
見るのは完全に余暇です。

 今週はまた寒くなって、会場は行くのに時間と手間がかか
る青海のゼップ東京だから、普段だったら飲めなくても絶対
に車で行っちゃうところだが、昨日のインキュバスをクルマ
で行ってひもじい思いをした(なんか両隣の人達がアルコー
ル持ち込みしてて、余計にそう感じちゃった)のと、ハーパ
ーのライヴだったらそれなりに長いことが分かっていたので
、迷わず電車とモノレールを乗り継ぐ。原稿頼まれている手
前、途中で飲みたくってぷいっと帰ることできないしい。

 ほんと、強くなったよな。多少ボブ・マーリー的味つけあ
りの、地に足つけたどすこいアメリカン・ロックを繰り広げ
る様を見ながら、そう思わずにいられない私。少しソウル色
は後退し(かつてやってたマーヴィンの「セクシャル・ヒー
リング」のカヴァーなどはやらなくなった)、フォークっぽ
いパートも減少し、ロック度数が増している。レコード・デ
ビューして10年たつが、実のところ、当初ぼくは彼のことを
この業界では生き残っていけないと思っていた。その繊細さ
、あまりにいい人ぶりから。昔、日本初来日公演からしばら
くして、偶然NYの路上で会ったとき、日本での公演見まし
たよと話しかけたら、それだけでうるうるしながら抱きつい
てきた、なんてこともあったっけ(そのとき、スカンク・ア
ナウシーの公演会場でノーナ・ヘンドリックスと邂逅したり
も。今ちょっと音楽を離れてて、事業をやっているみたいな
ことを言ってた。ぜんぜん老けてなかった)。

 ステージに出てきたバンドを見てあれれと思ったのは、新
たにギターとキーボード奏者を入れていること。彼らは昨年
のフジ・ロックにも来ているが、そのときもこの新ラインア
ップだったらしい(ぼくは、そのとき別なものを見ているの
で、2001年6月18日以来ハーパーと接することになる)。彼
の強さの獲得は、バンドの充実に比例しているとも書けるか
な。ただし、ソロ・パートをそこそこまかされたギタリスト
(ソツなく、古臭いとも言える単音弾きでたっぷり歌う)は
ぼくのなかではペケ。アウトする感覚がまったくないそれは
、与えられた枠組のなかできっちり規則を守って危なげなく
存在しているという感じのもの。それは、ぼくの生理をイラ
つかせるものだった。なんで、みんなああいう“公務員ギタ
ー”が好きなの?
 何からなにまで一人でやっちゃったという弾き語り新作を
受けての、完全ソロ・パフォーマンス公演。オーストラリア
/ニュージーランドから回ってきたらしい。渋谷・Oイース
ト。2000年1月28日と2001年7月29日の項で彼女の実演に触
れているが、それ以降って彼女は日本に来ていなかったっけ
? 

 なんか、ステージに出てくる姿を一瞥しただけでうれしく
なっちゃっう。何かを持っているよな。ドレッド頭が大きく
なったような。そして、パフォーマンスが始まった途端、あ
あ瑞々しいナと頷いちゃう。やっぱ、優れた音楽家は例外な
くソロ・パフォーマンスができるべきなのダ、なんて思わせ
る実演。天衣無縫というのとも違うが、とにかく“表現の妖
精”が舞っているナとも思えました。ときにそれが導く流動
性からか、ジョニ・ミッチェルのことを今回は思い出したり
も。この2月19日の項で、ここのところのシンガー・ソング
ライター傾向の人について触れているが、やっぱり彼女はタ
マが違うゾという感じ。とにもかくにも、本当に貴重な表現
者。そりゃ、プリンスもアート・リンゼーもははあってなり
ますね。もうちょっと、出音が大きいともっと入り込めたか
と思う。 

 客の反応も、最近の実演のなかでは一番。やっぱ、熱烈な
ほうが見ていて気持ちはいいナ。と、思っていたのだが、横
のほうで外国人がべたぁと抱き合って、ときにでろでろにキ
スしてて、それがよーく見たら女性同志で……。向こうで彼
女のコンサート行くとレズビアンのカップルが多いのかなあ
とか、この熱烈な反応もこういう人達が出しているのかなあ
とか思いは飛び、すこし萎えちゃった。すんません、偏見者
で。
 場所は渋谷・デュオ。Oイーストの一階部分にある、今年
に入ってから開いたハコ。テーブルと椅子が配置され、食事
などもゃんとサーヴするなど、”ポップ版ブルーノート”的
なスタンスで運営していくようだ。

 ソウル・トゥ・ソウルのシンガーをやって注目を浴びたあ
と、ジャマイカン英国人であることを強調した活動で一世を
風靡した女性シンガー。英国を飛び出し、米国で作ったソロ
第2作『Beach of the War Goddess』(EMI 。やっぱ、傑作
だったと思いますね)を出したのが92年。それ以降、彼女は
アルバムを出していないわけだが、かつてその混合型ソウル
にやられ、取材で意気投合した身としては、これは行かずに
いられるかって心境ぢゃ。どんな、駄目なライヴでも。……
って、彼女だったら、そんな変なものにはならないだろうと
いう確信もあったけど。

 ギター、東洋系入った女性ベース、黒人のベースとドラム
というサポートの人達はみんなNY在住の人とか。すると、
ウィラーもそうであると考えたほうがいいだろうな。実は、
広い世界を求めて英国という属性から離れたのは彼女が失速
した最たる要因だろうが、でもそうなろうとも自分の思いを
貫く人だからこその" 引っ掛かりの表現" でもあるのだ。ミ
シェル・ンデゲオチェロも02年作でウィラーのことを起用し
たのはそのヴァイヴ持つゆえでしょう? バンドにせよ、彼
女の喉の輝きや伸びにしろ、全盛期のままと行かない部分は
あったろう。だが、いまだ変わらぬ彼女を支える立脚点や心
意気なんかはあっさりと透かして見せてくれた実演(彼女の
アクションはちょっと恥ずかしく感じる部分があったかな)
と言えると思う。                 
 デグロウは黒もの路線を突っ走るクライヴ・デイヴィスの
J・レコーズが送り出した、27才の白人新人シンガー・ソン
グライター。聞いた人の多くはビリー・ジェエルを思い出す
部分を持つピアノ弾き語り系の人で、ドラム、ギター、ベー
スを率いてのもの(少しギターを持って歌ったりも)。実演
を見ると、オールド・ロック臭の強い、時代性に欠けたパフ
ォーマーと感じる。そういやあ、ベースとギターは長髪でい
かにもアナクロな感じの人達。鈍重というか、繊細さにも欠
けるところもあるような気がしたが、それは女々しさから完
全に離れるもので、それはそれでいいだろう。

 ありゃりゃと思わせられたのは、途中で朗々とマーヴィン
・ゲイの「レッツ・ゲット・イット・オン」をやったこと。
それ、別にイヤな感じゃない。で、それを聞きながら、彼は
古き良き時代のいいメロディを愛好する人で、そういう嗜好
からこうなった人なのネと了解。前座(スタンスが違いすぎ
る日本人グループ。ありゃ、あんまりだ)があった関係で最
後まで見れなかったのだが、セット・リストにはサム・クッ
クの「チェンジ・イズ・ゴナ・カム」が記されていたりも。
うーむ、ちょっと聞きたかったかも。恵比寿・ガーデンルー
ム。

 そして、南青山・ブルーノート東京でロイ・エアーズ。芸
人感覚横溢にして、広角型の黒人ジャジー・ポップをずっと
やりつづけている人。ヴァイブラフォン奏者の彼は2本のマ
レットを両手に持って演奏するが、その左右のフェルト部の
色が違う。赤と白(笑)。2000年3月23日の来日公演時は男
性シンガーを二人同行させており、そのときが一番ソウル濃
度は高かったかな(その項でグラミー賞をニュー・エイジ・
ミュージックの部門で取ったはずと書いてあるが、去年電話
で取材したところ、残念ながらそれはないとの答え。ぼくの
なかではそういう記憶があったのだが、訂正します)。その
あと見た、2002年8月11日の実演はジャズ・フェス出演だっ
たせいか、もう少しフュージョンぽかった。
 
 で、今回(昨年、モーション・ブルー・ヨコハマに来てい
るはずだが、ぼくは見ていない)は、キーボード、ギター、
ベース、ドラムを従えてのもの。英国のレア・グルーヴのブ
ームでまた人気を盛り返したことを裏付けるように、ギター
とベースは英国人のようだ。ともあれ、4年前のときほど歌
度数は高くないものの、鷹揚さがいい感じの、寛いだソウル
・ショウを展開。エアーズの歌を聞くと、あんまりうまくな
くつてもフィーリングがあればなんとかなるものなのだナと
思わずにいられない。

 途中で、日本人シンガー/コルネット奏者のTOKU(20
00年2月25日、2001年9月6日)が入るが、違和感まるでな
し。また、続いて、ブルーノートのLA期(70年前後)にデ
ビューしたフルート奏者のボビー・ハンフリーも登場。この
ころは可愛らしさでも売ってた人だが、今は60才ぐらいには
なってるのかな。なんかとっても嬉しそうに演奏し、小柄(
小太りでもある)なせいもあり、意外にかわいらしい。

              
 南青山・ブルーノート東京。調べたら、この項4度目(19
99年5月11日、2001年1月11日、2002年1月24日に続く)の
登場ぢゃ。

 近く出る新作はけっこうストレート・ジャズ傾向でもある
トリオ編成によるライヴ録音作(昨年12月の録音)だが、今
度の来日公演は前2回と同様に電化効果活用跳ね返り傾向の
“ウーバージャム・バンド”編成によるもの。ただし、前回
ライヴの文章でぼくがまず褒めているベーシストのジェシー
・マーフィは脱退(彼はアップライトもいけるし、何があっ
ても彼は残したい、なんてスコは言っていたのだが)、今回
はマーク・ケリーという人が同行。すべて五弦電気ベースで
通す彼は貧相な若い黒人奏者。ドラムのアダム・ダイチ(レ
タスのドラマーにして、去年のミシェル・ンゲゲオチェロ・
パピロン・バンドでも叩いていた人。2003年11月18、22日)
も若く見えるし、サンプル音/サイド・ギターのアヴィ・ボー
トニックもまだ30才ぐらいに見え、ライヴを見るとウーバー
ジャム・バンドはスコが若い人達とのやりとりを主眼とする
場であるというノリも強調されますね。
 
 前回来日したときにある雑誌の企画でお気に入り5枚を挙
げてもらったりしたのだが、そのときまっさきに上げたのが
マウス・オン・マーズ(2000年4月8日)のアルバム(あと
は、ハウリン・ウルフ、61年コルトレーン、レディオヘッド
、50年代マイルス。あれれ、大好きなはずのニューオリンズ
ものはと問いかけると、忘れてたぁプロフェサー・ロングヘ
アー入れたかったなあと発言)だったりした彼だったが、今
回サンプル音/プリセット音採用度合いは少し高まる。でも
、そうなるとボートニックの力量では多少不足気味となりメ
ンバー・チェンジの必要をぼくは感じるが。彼の刻みのギタ
ーも今回見て、もの足りなかったし。

 スコのソロに関しては、ときに弦のこすり音を見事にソロ
・ラインに組み込んでいて、それは新たな感興あり。また、
本人もMCで“アフロ・ビート”と断ってたが、フェラ・ク
ティのリズム・パーターンを応用した曲を披露したりも(そ
こでのソロはリンガラぽかった)。この日(セカンド)、客
席側の男性比率がとっても高かった。

                   

ステリオグラム

2004年3月16日
 平均年齢22才という、ニュージーランドのバンド。学祭に行
って偶然見たら、ほほえましいな、と思えるような連中(かな
?)。ヴォーカルはラップをかますことの多い、多少混合した
ロック・バンド。でも、まだ個性を確立してはいない。爽快な
パワー・コード系サウンドのもと皆でコーラス取り、フロント
・マンが軽目のラップをぶちかます曲には、おお青春しとるや
ないけ、とニヤニヤ。途中で、おやじ顔したギタリストがビイ
〜ン、ビイ〜ン、ビイ〜ンと音を出してチューニングし始める
。うひ。やるならやるで徹底的にすればいいのに、中途半端で
曲に行ったりするから、チューニングが半端で聞いてて気持ち
悪い。なんか、最初から不思議な団子状の音だなと思ったのだ
が、それはギターのチューニングの甘さから来るものだったの
かな。途中、AC/DCの「バック・イン・ブラック」をわり
かしストレートにやったりも。アコールを含めて50分、原宿・
アストロホール。
留守録できないので、サッカーのオリンピック最終予選の試
合に合わせて、録音ボタンを押して家を出る。お昼から急激に
寒くなり雨も振って中東勢には不利になり、なんか煮え切らな
い代表チームでも絶対勝つと思いながら。しかし、今回のテレ
朝の試合放映は酷い。どうして、なんの脈略もなく日本のゴー
ル・シーンのリプレイを試合中にしつこく入れるのか。ついで
に、松木安太郎の解説も大バツを。前から内容がなく退かせる
ものがあったが(何より嫌だったのは、ゲーム中の解説でゲス
ト同士で自分たちの現役時代のプレイをまんざらでもなく褒め
あうところ)、もう行くとこまでいっているナ。内容まるでナ
シ、ただ気合だけを強調するおっちょこちょいなそれは、隣の
駄目おやじ話と変わんねえ。あんなタコが監督やったときのチ
ームにいた選手が本当に可哀相。

渋谷・NHKの505 スタジオで、ライヴ・ビートの公開録音
。行くと大分押している感じで、日本のマハル・シャラル・ハ
シュ・バズがやっている。実は、このユニットのことはぼくは
ぜんぜん知らなかった。後でちょっと調べたら、けっこうキャ
リアを持つ人がやっているようで、かなり通受けしているのネ
。ふーん。

 バンドを率いる真面目そうな男(ギター、たまに歌も)、女
性ドラム、電気ベース、5〜6本のホーン隊による実演。みん
な、譜面を前にしている。で、一発でうひっと苦笑。まさに絵
に書いたような、よれよれ。ヘタウマならぬ、ドヘタ、ヘタ。
やる気もなそう。なんだこりゃ。でもって、歌付きのちゃんと
曲っぽい感じでやるものもあるが(ちょっとルー・リードっぽ
い?)、基本的にはリフの断片をやってすぐに辞める。最初、
冗談かと思った。だけど、すぐに、なんか不可解な含みや佇ま
いを覚えるようになり、3曲目ぐらいからはコレは絶対ありダ
と思いつつ、大笑いしながら聞いちゃった。そして、最終的に
は……こりゃ、すげえ。よくもまあ、こういう音楽表出の回路
を編み出したなあと脱帽。ぜったい、ぼくが音楽やるとしたら
、もっと通常の音楽のあり方、送りだし方の様式にとらわれち
ゃうもの。偉い偉い偉い。凄い凄い凄い。へたさやまとまりの
なさ、完成度の低さのなかから、音楽としてのなんか確かな意
義をきっちり出していた。それ、無意識のではなく、間違いな
く意識的だろう。飄々と、我が道を貫く変人ぽさはナンバーガ
ール(2000年5月13日、2001年2月13日)/ザゼン・ボーイズ
の向井秀徳をはるかに超えるな。降参。しかし、凄い人はいろ
んなところにいるもんだ。やっぱり、いろいろ見るのを不精し
ちゃいけない。とともに、国営放送も本当に偉いっ。だけど、
このへたへたが視覚なしでラジオでかかると一体どー聞こえる
のだろうか? 彼らの美味しさは実演を見たほうが良く伝わる
と思うが。

 機材セッティッグを代える休憩の間、収録スタジオの横のほ
うにある社員食堂でなんかお腹に入れようかと思ったが、そこ
のTVでサッカーの試合を映していおり、目に入れたくないので
やめにする。夜中に新鮮に見たかったから。しかしその社食、
そこそこ遅くまでやっているんだな。カレーは300 円。鉄火丼
とか定食みたいなのは600 円ぐらいだったか。

そして、ディアフーフ。去年も来ているが、ぼくは今回初め
て見る。サンフランシスコをベースとする4人組で、ベースと
歌は日本人女性。彼女のちゃんとした日本語MCを聞いてなる
ほどネイティヴなのねと思いつつ、ダモ・スズキ(1999年9月
22日)を思い出す。ブロンド・レッドヘッド(2002年1月27日
)もそうだが、日本人女性がんばってますね。ヨーコ・オノ・
ミーツB-52、なんて言われ方もあった彼女たちだが、不思議ち
ゃん風ヴォーカル曲をどんどん膨らむ感覚を持つギター・サウ
ンドにのせて披露。曲の展開は、“ノー・ニューヨーク”ぽい
のからプログレっぽいのまでを自由に行き来する、ポスト・パ
ンク調+アルファと言った感じ。
 何かと大型表現(デューク・エリントンへの憧憬が奥にあっ
た、とも書けるのかな)を好んだ故パストリアス表現をレパー
トリーにするオーケストラ。首謀者っぽい、指揮者はピーター
・グレイヴスという人。パストリアスの地元フロリダの音楽仲
間ということだが、確かに76年のソロ・デビュー作で吹いてい
たり、日本で録られたスター奏者満載の82年同ライヴ盤で指揮
を取っていたりする。彼は9人の管楽器奏者、そしてリズム隊
を率いる。故人の意思を尊重するなら何故スティール・ドラム
やハーモニカなどかつて彼が用いた“もう一つ”の楽器奏者を採
用しないのか、なんて突っ込みはナシにしときましょう。その
ぶん(?)、ここには本人がビッグ・バンド表現においては入
れることを嫌っていたようであるギター奏者や鍵盤奏者が入っ
ている。
 
 南青山・ブルーノート東京。演目はビッグ・バンド作からの
ものだけでなく、76年作やウェザー・リポート作からも。まあ
、もとが元だけにそんなに悪いものになるはずはない。娯楽性
に富んでもいましたね。参加奏者は名のある人もいないし、特
別腕の立つ人もいないが、いろいろとソロ・パートを与えられ
た太った恰好悪い中年サックス奏者だけは別。わわっ。もう、
異常と思えるぐらい器用。笑っちゃった。上手い人は本当にど
こにでもいるもんですね。

 興行的なことを考えてか、レギャラーのベーシストに加え、
名のあるベース・フレイヤーがさらに演奏に入る。イエロージ
ャケッツ(2003年9月11日)のジミー・ハスリップにベラ・フ
レック&ザ・フレックトーンズ(2000年8月12日)のヴィクタ
ー・ウッテン。そして、明日からはウッテンに代わりジェラル
ド・ビーズリー(cf. オーディアン・ポープ・バンド、ロチェ
スター・ビーズリー・バンド)が参加という予定になっていた
が、この日はビーズリーも特別に加わっちゃった。お得な一夜
、こーゆーハプニングは生理として嬉しい。で、そのビーズー
リーさんの恰好いいこと。カーティス・メイフィールドをヤッ
ピーにしたような感じのそれ、見ているだけでいいなあと思う
。ところで、フレットレスを持っていたのはウッテンだけ。恐れ
多すぎてか難しすぎてか、オイラはおいらという矜持からか、
みんな最初からパストリアスの超絶奏法を再現しようとした人
はいませんでしたね。

 最後の曲は、ベーシスト4人揃い踏みでブリブリ。これはも
ー、ゲラゲラ笑うしかない。とともに、この過剰な行き方をし
た曲が、パストリアスの持っていた何かを一番表出していたの
ではないか。そんな酔狂にベースが重なり合う曲を聞きながら
、大昔に来たとき(日本のグリーディ・グリーンと対バンで、
クアトロでやったとき)ジョン・メデスキ(MMW、2004年1
月24日他)がしていた話を思い出す。元々、フロリダで生まれ
育った彼はパストリアスとも面識があって、高校生のころ同オ
ーケストラの日本公演(というと、82年となる?)に誘われた
ことがあって行きたかったけど、親からあんな変な人と付き合
っちゃ駄目と言われて泣く泣く断念した……。先に触れたよう
に、あのオーケストラってキーボード奏者いなかったんだけど
な。でも、メデスキの年齢とは時期的には合うか。次に彼に合
ったら、そのことを問いなおしてみよう。

                
 渋谷・文化村オーチャードホール。こういう公演なら、非常
に合っている。

 ニール・ラーセン(主にキーボード)、トム・ブレックライ
ン(ドラム)ら西海岸のフュージョン/セッション界の腕利き
をバックにしての、ジャズっぽい隙間や揺れ、鷹揚さを効果的
に応用してのパフォーマンス。それを見ながら、ローラ・ニー
ロ(マイク・マイニエリ、リチャード・デイヴィスやジョン・
トロペイ:2004年1月27日、他。そこで吹いていた女性リード
と女性ペット奏者はブッダが送りだした女性ブラス・ロック・
グループのアイシスにいた人たちだった)とジョニ・ミッチェ
ル(マイケル・ブレッカー、パット・メセニー、パストリアス
他)、それぞれにジャズ系奏者を鋭意起用したライヴ盤(77年
と80年)を思い出す。あれらとも回路は違うが、ジョーンズも
またジャズの尻尾をうまく自分のシンガー・ソングライター表
現とつなげている。そして、ニーロは既に鬼籍に入り、ミッチ
ェルも引退とあれば、ジョーンズの重要性はより増すというも
のではないか。

 終演後(1時間半強。アンコールはなしだった)って、知り
合いと飲みにいった先で話題になったのは、唯一若そうだった
小柄なサックス奏者が男か女かということ。ぼくは女性だと思
っていたが、若い男だと思っていたという人もいる。帽子被っ
て、顔を隠していたからな……。あと、ジョーンズのずんぐり
むっくりした体型も話題になったが、それは約20年前の来日公
演のときにもそういう感じだったので(スパッツを履いて立派
な下半身を強調していた)ぼくはあまり驚かなかった。奔放な
、どこか少女っぽい歌声はけっこうキープしてましたね。
 
 ブッシュに対する厳しい視点を散りばめた新作からの曲を中
心に過去の有名曲も披露。MCでもきっちりとブッシュ批判を
する。まっとうなアメリカ人の毅然とした、優れたライヴでし
た。                
 山岸潤史(1999年8月5日、2000年12月7日、2001年7月16日)
がメンバーにいる(リーダーはキーボード奏者のジョン・グロウな
のかあ)、ニューオリンズの5人組ファンク・バンド。インスト主
体。小難しいこと抜きに、ジャム・セッションぽく流れていくのを
是とする、と言っていいかな。彼らはテーパーの存在も認めている
みたい。

 音楽的内訳は、ニューオリンズ・ファンク:30 、非ニューオリン
ズ・ファンク:25 、フュージョン:25 、ジミヘン的因子(これは山
岸が導く)ほかその他:20 、といった感じか。なんか、ドラマーが
力づくで叩きすぎて腕を傷めたみたい。それも、またライヴ、か。
山岸は、ヘリテッジ・フェス明けのこの5月にジョージ・ポーター
Jr. とジョン・ヴィダコヴィッチ(80年代後期、ジョン・スコフィ
ールド・バンドで強力なセカンド・ラインを叩いていたドラマー)
とのトリオで、シンガポールでの仕事のついでにまた来日するとい
う。とても、楽しみ。渋谷・クラブクアトロ。