渡辺貞夫

2007年12月16日
 渋谷・オーチャードホール、2部構成にて。ラッセル・フェランテ(ピア
ノ)、デイヴィッド・フィンク(ベース)、マーカス・ベイラー(ドラム)
という3人を従えた、純アコースティックなパフォーマンス。フェランテと
ベイラーは西海岸の長寿コンテンポラリー・ジャズ・バンドのイエロージャ
ケッツのメンバー。今月13日の項で、偶然、ジーン・ベイラーとの関係を推
測しているが、マーカス・ベイラーはやっぱし旦那だそう。たまたま、それ
ぞれ別の仕事で東京に来ているわけだ。

 派手なフレーズを出すフィンクは今のジャズ界でやたら立った弾き方が
出来るアコースティック・ベース奏者の筆頭格。その演奏から少し似た弾き
口を持つジェシー・マーフィ(2002年1月24日、2005年8月17日)のような
多少今っぽい外見の持ち主なのかと思えば普通の行儀良さそうなおじさん(
すごく、長身)で多少拍子ぬけ。また、ベイラーも純4ビートとは少し(と
きに、だいぶ)離れる叩き方をする人で、そのリズム・セクションはそれだ
けで“安住の地”に止まることを拒否するノリを出していたか。フェランテ
の事を大昔にぼくはフュージョン界のなかでもっともセロニアス・モンク的
な美しい捩じれを持つ人物と書いた事があるが、今回の顔ぶれはフェランテ
とフィンクのことを大好きな渡辺貞夫がまず選択し、フェランテの推薦でベ
イラーがそこに加わったという流れを持つようだ。

 披露する楽曲は渡辺貞夫のオリジナルを中心に、スタンダードも。2部は
押鐘貴之ストリングスという15ピースの弦音隊がカルッテット演奏に加わる
。そのアレンジは部分的に指揮もしていたフェランテがやっている模様。ス
トリングス音が無指揮のもと途中からすうっと入ってくる場面もあったが、
それなりにリハは積んだのかな。当初、ぎこちなく感じる部分もなくはなか
ったが、優美だったりダンディだったりする情緒をストリングスは加えてい
たはずだ。“ウィズ・ストリングス”というと渡辺貞夫のなかにはチャーリー
・パーカーのそれが強くあるようだが、彼は今回すべてアルト・サックスで
押し切った。
 毎年ひらかれるケルト系アクトが出演する年末開催のイヴェント、錦糸町
・すみだトリフォニーホール。まず、チーフタンズ(1999年5月29日、20
01年5月29日、2007年6月1日)の若手外様メンバーたち、アイルランドと
カナダの若手ミュージシャンらによるトレッドがパフォーマンス。ハープ
(トリーナ・マーシャル:2007年6月18日)、フィドル、ギターによるト
ラッド曲演奏に、随所に挿入される男性2と女性1のダンス。やっぱ、踊りが
すごっ。もう、こっくりしちゃう。そして、もわーんとケルト圏文化の嬉し
い流儀を感じることができる。
    
 休憩を挟んで、アイルランドの中世の宗教曲から静謐オリジナル曲までを
清楚な混声コーラスにて届けるアヌーナ。キャンドルを沢山配した舞台上
が綺麗。ステージに登場したのは女性/男性ともに6人。一番若い女性メン
バーがこの日ハタチの誕生日を迎えたようだが、意外に皆さん若めに見えた
。で、1曲だけ生ギターを男性メンバーが弾いた曲があったが、それ以外は
どの曲も無伴奏にて。一応、マイクが立っている感じもあったけど、ほば生
音だったのではないか。というのも、曲によっては一部の女性メンバーが客
席側に下りて歌ったりもし(2階席に一人が出たときもあった)、それでも
ちゃんと歌声はホールに響いていたから。で、メンバーが通路を移動しなが
ら歌たったりもする(歌声の動きがよく判る)、アナログなサラウンド表現
は興味深くもとても感心。アヌーナは音響が練られたこのホールに向いた(
ある意味、ダイナミックな)出演者であったし、彼女たちは今トップ・クラ
スにSACDマルチ・チャンネル録音に適したグループであると言えるので
はないか。そんなわけで、当初は綺麗綺麗すぎてぼくには辛いかもな〜んて
思っていたのだが、かなり興味津々に聞くことができた。

 例年ケルティック・クリスマスには3組のアーティストが出るが、2組の
ほうが世話しなく各々のパフォーマンスを楽しめるし、最終部の両者の絡み
も丁寧になるし、2組のほうがぼくはいいと思う。出演者の数の多さを美徳
と考える客層でもないだろうし。
 電気ベースの人気者(2006年9月3日、他)、六本木・ビルボードライブ
東京のファースト・ショウ。毎度の面子(そっか、前回もギターレスの編成
だったんだ)による、マーカス・ミラー流儀横溢のショウ。キーボードのボ
ビー・スパークスはホーナーのクラヴィネット他ヴィンテージのキーボード
をずらりと並べる。ハーモニカのクレゴア・マレ(2004年9月7日、他)は
普通のホーン・セクションのように使われたりするが、それだと音が埋もれ
ちゃっていた。ぼくの今回のミラー実演の最大の興味はジャネイ(ノーティ
・バイ・ネイチャー人脈でデビューした女性二人組。「ヘイ・ミスター・D
J」という94年大ヒット曲あり)にいたジーン・ベイラー(昔は、ジーン・
ノリスと名乗る)がゲスト・シンガーとして同行していたこと。彼女は2曲
しか歌わなかったけど、柳腰的な滑らかさのなかに少しキリっとした質感を
感じさせる歌声は健在。かなり、崩した歌い方も見せていて、その手法も問
題ない。
 
 このハコはステージ裏がガラス張りになっていて、それを通して東京メト
ロポリス夜景が鮮やかに見えるようになっている。演奏中はデカいカーテン
がしかれ夜景は隠れるが、ライヴが終わりるとカーテンが開いて再び夜景が
さーと広がる。ぼくが見た回は本編が終わるとすぐに客電がつけられてしま
ったのだが、ミラーたちは再び出てきてアンコールを演奏(タワー・オブ・
パワーの「ホワット・イズ・ヒップ」)。そのとき、後ろのカーテンは開け
られたままだったのだが、注意が削がれる感じもなかったし、音もそれほど
変わる感じもしなかったし、ここのライヴはそれで行ったほうがいいんじゃ
ないか。その方がキブンです。

 終了後、誘われたので、楽屋に行く。プージーやマレは、それぞれにリ
ーダー・アルバムを練っている。ベイラーさん(たぶん、イエロージャケッ
ツのドラマーのマーカス・ベイラーと結婚して、苗字が変わったんだと思う
)に「ルックス変わらないね」(けっこう、そうなの)と言うと、喜ぶ。で
、自己プロデュース中心の5曲入りのCDをもらったが相当いい。大人のし
なやかR&B、うちアンソニー・ベル(ジル・スコット、ラヒーム・デヴォ
ーン他)が制作した曲は8分半のピアノだけをバックにするもの。どこか、
曲増やして出さないかな。
                 
 深夜、そんなに苦労せずにタクシー(そいうやあ飲むと、いつタクシー代
があがったんだという話になるな)を拾う。ホっ。ところで、アイク・ター
ナーが死んだ。2003年に入国できなかった(2003年5月25日の項、参照
のこと)のはかえすがえす残念……。
 うわあ、ココロを持って飛ばしていたな。ディー・ディー・ブリッジウォ
ーターのそれ(2007年8月24日)を思い出したりして。素晴らしい。頭が下
がります。バック・バンドは生ギターを弾くブラジル人が音楽ディレクター
を勤め、他の奏者(電気ギター、ベース、ドラム、打楽器)はアフリカ出身
者のよう(一人は西インド諸島出身と紹介していたかな)。アフリカのベニ
ン出身の国際派シンガー(2000年8月4〜5日、2004年8月5日)、本日も
晴天なり。南青山・ブルーノート東京、セカンドショウ。   

ギャラクティック

2007年12月11日
 アストロホールでやるリキッド・ソウルをほんの少し見てから(今、英国
でトレンドと言えるだろうレトロ気分なポップを実践する人達ゆえ、ちょい
実像をチェックしたかった)、ギャラクティック(2000年8月13日、2000年
12月7日、2001年10月13日、触れてないが、2002年7月28日:ジョージ・
クリントンが乱入、2004年2月5日)を見ようと思った。が、なんか面倒く
さくなり、最初から渋谷のクラブクアトロに行ってニューオーリンズのLA
混沌ファンク・バンドを見ちゃう。でも、正解。燃えたっ。オーとかヤーと
か、声をあげながら見る。デカ声を出す頻度としては今年トップの公演だっ
たかもしれない。

 とにかく、バンド音が強力。太くタイト、そして弾む。そんなスタントン
・ムーアたちのビートに触れると、いかに日々のライヴで触れるリズム音
が最上質なものではなかったか痛感させられちゃう。昔の実演だと、ザ・
ミーターズを想起してしまいどこかちゃらさを感じちゃうところがあったが
、それも過去の話。まあ彼ら、ニューオーリーンズ・セカンド・ラインのア
クセントがどんどん低めになっているのも確かだけど。

 今回の来日公演の売りは、ヒップホップ濃度が高い(それは、ジャム・バ
ンド〜ライヴ・バンドと括りから逃れたい彼らの意思の反映)新作に合わせ
るようにジュラシック5のチャリ・ツナ(オゾマトリにいたこともあり
ましたね)、DJシャドウとも仲がいいリリクス・ボーン、ブーツ・ライリ
ーの3MCを同行させていること。インスト・パートに挟まれるように3人
は別々に登場し、自慢の喉を鉄壁のファンク・サウンドに乗せる。高揚した
頭のなかで、かつてのメンバー(ヴォーカル担当)だったハウスマン・デク
ロウのことを少し思い出したりも。カトリーナ被災で非難したあと被害のひ
どい地区に住んでいた彼はまだ帰っていないと聞いたが(山岸潤史情報、07
年2月現在)、今はどうなのだろうか。

 ところで、会場暑すぎ。ここのところ4度ほどこの会場に来て、4度とも
すぐに閉口した。なぜ、大勢が集まり発散する場なのに、暖房を入れるのだ
ろう。皆を薄着にさせて、ロッカーを使用させるため? だったら、ロッカ
ーの数が足らんだろう。軽装の従業員の感覚に合わせているからかなあ。地
下鉄とかに乗っても暖房が入っていて暑くて辟易する(長距離線と違い、コ
ートとかは脱がんゾ)が、それもコートを着ていない運転手と車掌に合わせ
ているせいだと、ぼくは思い込んでいる。もっとお客本位の商行為を!
 まず、P−ヴァインが送るフィンランド出身の自作派ブルー・アイド・ソ
ウル・シンガーのトゥオモを見る。キーボードを弾きながらバンドを従え、
柔和に歌う。良き隣人、てな風情あり。ときに、キラリとしたものが出そう
な感じが少しするときも。精進精進。渋谷・クラブクアトロ。

 会場には最近退任したブルース・インターアクションズ/P−ヴァインの
創設者でもあった会長と社長の姿も。ご隠居ですか? と、ねぎらいになら
ない言葉をそれぞれにかける。……なんか、時代がまた移り変わっていくの
を感じたかな。考えてみれば、ぼくが最初に原稿を書いた雑誌が旧ブラック
・ミュージック・リヴューだった。学生時代は雲の上のような存在に感じて
おり、故に社会人になって付き合いができたときはうれしかった。かつての
ブラック・ミュージック・リヴューやP−ヴァインのアナログから得たもの
のなんらかは確実にぼくの音楽観を規定しているとこがあるはずだし、ぼく
の原稿にも出ているはず。お世話さまでした。

 六本木に移動、ビルボードライブ東京で60年代後期〜70年代中期ロックの
立役者/水先案内人と言えるだろうアル・クーパー(2003年6月18日)を
見る(セカンド・ショウ)。60年代にボブ・ディラン、ザ・フー、ザ・ロー
リング・ストーンズ(2003年3月15日)、ジミ・ヘンドリックスらのレコー
ディングに参加し、またBS&Tを作りブラス・ロックの流れを導き、また
マイク・ブルームフィールドらと即興要素をロック界に持ち込まんとするス
ーパー・セッッション・ブームを演出し、70年代にはレイナード・スキナー
ドをデビューさせてサザン・ロックの流れを作った人……。が、そんな名声
なんかどうでもいいじゃん的なやれたじいさんの、初老の仲間たち(かつて
クーパーがボストンの学校で音楽を教えていたときの同僚という触れ込みだ
が、それほど腕が立つとは思えない)との、カヴァーも少なくない、ときに
ジャジーでもある(二管を擁する)、飾り気のないパフォーマンスを例によ
って披露。御大はギーボードだけでなく、途中はギターを弾きながら歌った
りも。最後の2曲では三味線の上妻宏光(2002年5月13日、2004年2月3日
)も加わる。それ、クーパーの求めで実現したらしい。そういえば、05年の
梅雨時に彼に取材したことがあったけど、ものすごいiTunes のヘヴィ・ユ
ーザーで、米国のインディ・バンドに詳しいのに驚かされたことがあったっ
け。上妻への興味もそれと繋がるものかもしれない。白人である自分がブル
ースやR&Bが好きで音楽をやってきただけ、その取材ではそういう趣旨の
発言を繰り返していたことも印象に残っている。

 

チェカ

2007年12月7日
 代官山・晴れたら空に豆まいてで、カーボベルデのシンガー・ソングライ
ターを見る。基本、呑気な人物。島では釣り(もぐり)ばかりしているそう
。電気ベースと打楽器奏者がサポート、一人はポルトガルに住んでいるよう
だが、ともにカーボベルデ人のようだ。ラウル・ミドン(2007年11月26日
)のような技巧にたけた人に触れたばかりだと驚かないが、パーカッシヴな
ギター奏法は現地のパーカッション演奏の妙味をなんとかギター奏法に移そ
うとして会得したとか。

 彼のマネイジャーはマイラ・アンドラーデ(2007年10月25日)と同じパリ
在住の長痩身の人。先日セヴィーリャで会ったばかりなのに声を掛けられな
いとぜんぜん気づかないオレって……。でも、あのときアンドラーデの取材
を10分でやれと言ってきたりして(結局、25分ぐらいはやったけど。ラティ
ーナ誌の1月号にインタヴューが出ます)、ヤな奴だったんだよな。オマエ
なんかとはあんときゃちゃんと挨拶してねー。今回、やあやあという感じで
少し話をしたところ、ブラジル人の彼はレニーニ(2000年6月16日)のマネ
イジャーをかつてやっていて、日本に3度来たことがあるそうな。レニーニ
とけっこう似ているナと思ったら、血縁関係はないもののよく兄弟に間違え
られたりしたそう。その関係で、チェカの次作はレニーニがプロデュースし
ている。ショウ終了後、流れた飲み屋で某レコード会社邦楽宣伝ウーマンの
転勤お別れ会に遭遇。懐かしい人といろいろ会う。そういう引きがまたここ
のところ、強いんだよなー。
 

 六本木・ビルボードライブ東京。ファースト・ステージ。デビューして10
年となる、しなやかR&Bシンガー。ときに嬉しいスライ・ストーン趣味を
見せたりもし、同時期デビューの男性シンガーのなかではトップ・クラスに
好きなほうの人だな。キーボードのケネス・クラウチを音楽ディレクターに
、ギター、ベース、ドラム、二人のバック・ヴォーカルという編成にて。悠
々、伸縮性のある現代R&Bを展開。もう少し重量感があればなと少し思う
。それから、ポロ・シャツとジーンズというラフな恰好だったが、もう少
し着飾ってほしかったナ。そのあと、南青山・月見ル君想フに行ったらお目
当ての出し物は終わっていた。あー、うまく行かねー。そこで、パターソン
のベーシストはレイモンド・マッキンレー(2001年6月29日、2002年8月1
2日、2003年2月11日、2004年4月15日)であることを知る。
 多量ではないが年末行事がはいってきたり、宴会話を持ちかけられたりし
て、ああ師走。すでに5誌の年間ベストものを出しているしなあ。普段から
日が暮れたら机に向かわない主義のため、がんがん飲み会があろうがライヴ
があろうがそんなの関係ねえと涼しいカオしていたいのだが、だんだんそう
もいかなくなってきてるー。当然、ライヴ三昧原稿は後回しになりますね。
ハードな飲みが多いと、予備日(お酒が残って使い物にならなくなる日に充
当する。近年、また残りやすくなっているにゃ。そういえば、お酒に弱くな
ったと思う一つの根拠は、昔は夜半に帰宅してもライヴ三昧の原稿を酩酊の
なかエイヤっと書く事も少なくなかったが、今は絶対やる気がしない事)も多
めに取らなきゃいけないし、ふううはああ。てなわけで、今日も7時30分起
きできっちり原稿仕事をこなしている。

  で、ふひ今日も仕事をちゃんとやったなーという充実感のもと、南青山・
TIME & STYLEで米国在住ピアニストのケイ赤城の日本でのワーキング・ト
リオ(2004年8月18日。MCで、7年続いていると言っていたかな)を見る。
リズム隊の杉本智和(2007年4月12日、他) と本田珠也(2000年5月9
日)は菊地雅章オン・ザ・ムーヴ(2002年9月22日、2003年6月10日)のそ
れでもありますね。なお、本田は菊地成孔(2007年11月7日、他)の新しく
組んだダブ・セクステットのメンバーでもある。

 美意識と審美眼に富んだアコースティック・ピアノ・トリオ表現なのだが
、途中からこのトリオはけっこう凄いところに来ていると思わずにはいられ
ず。それはリズム隊のアグレッシヴさがもたらすものが大きい。もう、トニ
ー・ウィリアムズ流儀(ようは、ロック的感性も持つ爆裂ジャズ・ドラミン
グね)で叩きまくる本田にぼくは釘付け。快感。杉本はそれを繊細かつ大胆
に受け止める。こりゃいい現代ジャズ・ピアノ表現じゃあと身を乗り出しま
した。なお、杉本は5弦のアコースティック・ベース(チェロの領域もカヴ
ァーするものとして、ちゃんとクラシックの世界では昔からあるみたい)
を使用、本田のドラムはノーPAの生音だったはず。
   
 つづいて、原宿・アストロホールに来る。UK多少根暗系シンガー・ソン
グライターのトム・マクレー(2001年7月29日)の出演。彼、韓国で人気で
訪韓後についでに東京に寄ったという。当初はソロ・パフォーマンスの予定
だったが、韓国でのパフォーマンスで雇ったキーボード奏者とチェロ奏者を
そのまま自費で同行させてきたそう。で、頭のほうをマクレーがソロでやっ
た(1曲目はキーボードの弾き語り)後、まだ20代半ばぐらいだろう二人の
現代的な感じの女性奏者が加わる。見てて、中川五郎(1999年8月9日、20
04年2月1日、2005年6月17日。バッキング奏者に女性を雇う傾向にある)
が羨ましがりそうだなーと思ったら、終演後に見にきていた彼と会う。ここ
のところミュージシャン業に邁進し、自分のライヴが忙しくてほとんど他人
のライヴには来なくなっているので、なんか本当に会うのは久しぶり。予定
を変更、終演後に二人で居酒屋に流れる。やっぱ、マクレーのライヴを羨ま
しいなーと思って見ていたそうな。その前にマクレーや韓国女性陣と話す機
会を得たのだが、キーボード奏者の娘は英語が堪能。とてもいい感じで接し
てくれる。自国ではなんでもやっていて、日本には遊びで5回ほど来ている
という。あのー、明日以降もしお時間があるのなら美味しいお店でも行きま
せん&東京でどっか行きたい所ありません? とかお誘いしたかったが、予
定がきっちりつまっていて、不可能。師走なんか、嫌いだぁ〜。
 昨年(2006年11月13日)もやっている、ブルース・インターアクションズ
打ちの公演。最初に出てきたのは、ソウライヴ(2007年10月9日、他)を送
り出したヴェロアが新たに抱える白人オルガン・グループのビッグ・オルガ
ン・トリオ。ただし、オルガン、ギター、ドラムというオルガン・トリオの
定番編成ではなく、オルガン、ベース、ドラムという編成を若い彼らは取る
。でも、オルガンの指裁きに合わせてベース奏者は随時ブイブイっとプッシ
ュするわけで、これはこれで今の世代にアピールするところはあるはず。オ
ルガン奏者はちゃんと腕が立つしね。彼はオルガンの背のほう立ち、逆にオ
ルガンを弾いて沸かせたりもした。また、見たい。生理的にロックぽいが、
もっとロックぽく行ってもいいと、ぼくは感じた。

 続いて登場のデイヴィッド・パストリアス&ローカル518 はジャコ・パス
トリアスの甥を中心とするフロリダ州ベースのバンド。おお、デイヴィッド
さんは叔父と違って筋肉質で小柄なんだな。そんな彼はマイク・パットン(
2005年9月5日)の諸グループが好きとのことだが、基本はときにファンキ
ーな所もあるロッッキッシュなフュージョンを聞かせる。思っていたより、
稚拙だったな。渋谷・クラブクアトロ。
 シカゴの超党派ミュージシャンたちで組まれた、この4人組を見るのは20
03年1月30日以来のことか。が、サム・プレコップ(ヴォーカルとギター。
1999年6月6日)、2005年7月2日)、アーチャー・プレヴィット(ギター
。2005年7月2日)、ジョン・マッキンタイア(ドラム。2001年11月7日、
2005年1月7日)らは別プロジェクトで来日していたりしてて、4年半ぶり
の来日になるようには思えない。

 が、彼らの曲を一緒に歌える人はそんなにいないだろうと思わせる、暖簾
に腕押し的に捉えどころのない微妙な含みと揺れと刺を持つギター・ロック
表現に基本的な変化はなし。基本は渋いシンガー・ソングライター表現があ
り、そこに視野の広いバンド音が絶妙な噛み合いの仕方を見せながら絡み合
い、もう一つの文様を描いていく……。でも、なんか今回は活力ある、疾走
感がある。よーな気がして、その感想を横ににたぼくよりもこの辺に入り込
んでいるだろう同業者に言うと、「今回はロックっぽいですよ」と即答。今
回は練習してきたという話もあるが、07年師走のザ・シー・アンド・ケイク
はそういう案配だったのだ。渋谷・クラブクアトロ。


 飯田橋・東京日仏学院 ラ・ブラスリー。ハイチ出身の両親を持つカナダ人
女性シンガー・ソングライターのメリッサ・ラヴォーがまず出てきて、生ギター
(一部、ウクレレも)の弾き語りをする。ラウル・ミドン(11月26日)の実
演に触れて間もないとおとなしく感じるが、ちょっとひっかかりのあるピッ
キングをしながら、まっすぐに歌う人(英語中心)。ハイチ臭はそれほど強
くなく、トレイシー・チャップマンとかの系列に入れるべき人ですね。カナ
ダ生まれだし、普通に欧米の表現に触れてきたのは間違いない。メイシー・
グレイ(2003年7月28日)やニーナ・シモンが好きとか、言っていたな。
が、どこか揺れや温もりを持っているところはハイチの何かを引き継いでい
ると言えるかも。彼女はオタワに住んでいるが、契約するレーベルもフラン
スの会社だし、音楽活動の発展を求めて近くフランスに引っ越すという。そ
のあと、ソロ作を出したばかりだという、オトゥール・ドゥ・リュシーの女
性シンガーのヴァレリー・ルリオ(2005年2月16日)が登場。ギタリストと
打楽器奏者をしたがえての、アコースティック傾向のパォーンマンス。
 南青山・MANDARA。“沖縄のサウダージ・ヴォイス”の持ち主、デ
ビュー10周年を記念するアルバムをフォロウするツアーのなかの一環。前半
は笹子重治(2002年3月24日、2007年11月2日)の生ギター1本をバック
に歌う。後半はそこに高田漣(2007年1月27日)がスライド・ギターで加わ
り、さらにはSaigenji(2006年6月27日)とのデュオでも2曲やる。さら
り自然体、もう一つの空気の流れや弾み、あり。

 ところで、歌う声と喋る声がかなり違うのに、少し驚く。ぼくは公演中の
MCをかなり嫌う者だが、彼女のMCはとても面白い。いいキャラしている
。本当はもう少し短いほうがいいけど、これなら許せる。歌声もより自然な
感じがしてCD以上にいいような。彼女が歌詞を書き金延幸子がメロディを
作ったという曲はとくに素敵だったな。そういえば、シスコ在住の彼女の久
しぶりのコンサート(1999年5月31日)のときには高田のお父さんも来てい
たっけ(酔いつぶれて、ライヴの途中から床に寝ていた)なあ、なんてこと
も思い出した。
            
 その後、渋谷・JZブラット。ヴァイオリニスト、牧山純子のレコ発ライ
ヴのセカンド・ショウ。幾見雅博(ギター)、Penny-k(キーボード)、坂
本竜太(ベース)、大槻英宣(ドラム)と、けっこう豪華奏者を起用しての
もの。フュージョン調からR&B色の強いものまで、多彩なサウンドに奔放
な(身体を揺らしながら、エモーショナルに弾く人なんだなー)ヴァイオリ
ン演奏を乗せる。ノーブルな佇まいながら、情熱的というか、迸る感覚を持っ
ていますね。また途中、島健(ピアノ、アンダーレイテッドな人かもしれぬ)
がはいったりもし、ジャズ濃度を強める場面も。いろんなお膳立てで泳ぐ時
期を経て、もう少しサウンドの方向性を絞ったとき、また強い訴求力を持つ
んじゃないだろうか。アンコールの最後に、マイルス・デイヴィスの「セヴ
ン・ステップス・トゥ・ヘヴン」を演奏。昨日のラウル・ミドンに続いて、
二日続けての「セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン」。それぞれの、私の「
セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン」。みんな、各々に自分のミュージカル
・ヘヴンを求めている……。
 完全一人によるもので、渋谷・アックス。あらら、良かったな。そんなに
時間が長くないショーケース・ライヴ(2005年10月24日、2007年9月1日
)は2度ほど見ていたが、ショーケースは手抜きしていたのかと思えるほど
(ショーケース・ライヴだと、ぼくがどこか醒めた接し方をしているかもし
れない……)、感興の差があった。そう感じた要因の一つは彼の一挙一動が
ちゃんと見れた事と音の良さ(やっぱ、アックスは音がいい)があったから
か。ボディなんかも叩きパーカッシヴな弾き方をするそのギター演奏の真価
がくっきりと受け取れたし、歌心も存分に伝わってきたし。やっぱり、いい
タレントですね。実は、最初のうちはちょいシラけて見ていた。だって、通
常のコンサートはちゃんとバンドを用いてやるのだるものだと思っていたら
、ショーケース・ライヴと同様にギター弾き語りのソロ・パフォーマンスだ
ったから。でも、気儘に進めていくそのパフォーマンスは彼の中で完結して
いるものであり、第三者を交えないほうがその美味しさは溢れ出るのかもし
れないと途中から思えた。そういえば、彼はマイルス・デイヴィスの「セヴ
ン・ステップス・トゥ・ヘヴン」を得意のマウス・トランペット(肉声によ
るトランペット擬音)を活かす形でやったりも。肉声とギターのフレイジン
グの絡みが気持ちい〜い。それ、セット・リストには入っていなかった。

 そして、南青山・ブルーノート東京に移動して、アヴェレイジ・ホワイト
・バンドのセカンド・ショウを見る。全盛期は30年以上も前になるスコット
ランド出身のホワイト・ファンク/ソウル・バンドで、オリジナル・メンバ
ーのアラン・ゴーリーとオニー・マッキンタイアの二人が今も残る。もう一
人の雄、ヘイミッシュ・スチュアートは昨年に単独名義で来日公演を行って
(2006年3月8日)いますね。また、やはりオリジナル・メンバーのロジャ
ー・ボールもソロでやっているようだ。

 彼らは曲によってせわしなく楽器を持ちかえるバンドだったが、それは現
在も踏襲。ゴーリーと彼のソウル・メイトらしい黒人クライド・ジョーンズ
(ダリル・ホール作とかに関与している)はギター/ベース/キーボードを
いろいろ持ちかえる。そのジョーンズは2曲ぐらいリード・ヴォーカルも取
った(チャカ・カーンがヒットさせた、ネット・ドヒニーの「ワッチャ・ゴ
ナ・ドゥ・フォー・ミー」を歌ったりも)。ドラムのロッキー・ブライアン
トはダイアン・リーヴス(2001年4月24日)やビル・エヴァンス(2003年
9月16日)なんかとも来日している人で、サックス/キーボードのおじさ
んはぼくが全然知らない白人。でも、「ゴー・メイシオ」という掛け声が入
る彼のメイシオ・パーカー(2007年9月13日、他)・マナー気味アルトを大
々的にフィーチャーした曲(なんか、キャンディ・ダルファーがやりそうな
感じのファンキー曲)もやった。なにより嬉しかったのは、毎度やる「ピッ
ク・アップ・ザ・ピーセス」だけでなく、「カット・ザ・ケイク」をやって
くれたこと。その二つが彼らの二大曲と思う。ギミギミギミギミギミギミギ
ミギミ・ギミザットケイク、と一緒に歌えてとっても嬉しかった。
 とっても壮絶なパフォーマンス。今年のジャズNo.1の公演かもしれぬ。南
青山・ブルーノート東京、ファースト・ショウ。彼(05年3月16日)は来年2
月に二管を擁する新カルテット(スティーヴ・コールマンやグレッグ・オズ
ビーなんかと絡みを持つ若手たちが中心)による『アヴァター』(大傑作。
もう、これぞ冒険心と美意識に富んだジャズだと太鼓判を押す)をリリース
するが、まったく同じ編成のもと今回やってきた。で、偉そうな書き方にな
るがジャズ・ビギナーだったら難解の一言で終わってしまうような、高級ワ
インならぬ高級ジャズを真摯に展開。ジャズという表現は創造性や技巧を追
求しようとすると、どうしても明解さ/親しみやすさの先にある大地を進ま
ざるを得ないという確信を持たせる演奏だったとも書きたくなるな。
 
 実は昨日(というか今日になるか)、朝までしこたま飲んでお酒が抜けき
らないまま会場入りしたのだが、その情報量のヘヴィさや演奏の純度の高さ
のため、途中ムカムカ気持ち悪くなってきてしまった。おお、凄いゾ、ルバ
ルカバ。かつて、ぼくは彼のことを嫌いだった(だって、音楽ではなく曲芸
をやっていたところがあったもの)が、完全に悪い印象が払拭。今の彼のワ
ーキング・グループはとんでもなく質と覇気を持つリアル・ジャズをやって
いる! 蛇足だが、キューバ出身の彼はイサック・デルガード(1999年10
月25日。同11月2日に追記)の新作にゲスト入りしているが、聞けば同じ時
期に米国にやって来たこともあり仲良しなのだとか。なんでも、デルガード
の米国盤初期2枚はルバルカバが音楽プロデュースをやっているそう。
 渋谷・オーチャードホールでジェーン・バーキン(シャルロット・ゲンズ
ブールは娘ですね)。会場の一角で、彼女プロデュースの香水を販売してい
た、バーキン・バックは売ってないけど。けっこう着飾った女性が多いのか
なと思って行ったら、それほどでなくてがっかり? ステージに登場した彼
女はもう60歳をすぎているはずだが、格好はミドルティーンの女の子のよう
なカジュアルな格好。でもって、そのサバけた風情もあって、遠目には若々
しい。そうしたナチュラルといった感じもある彼女に触れ、ファッション傾
向を変えてしまうワナビーな女性がいても不思議はないなとも思う。

 ピアノ/ヴァイオリン、弦楽器/小型ハープ/鍵盤、打楽器/ベース/P
C担当の3人の男性を従えてのパフォーマンス。大昔はヘタウマな雰囲気派
という感じもあった彼女だが、けっこう歌っていたな。振る舞いもとてもフ
レンドリーで、伸び伸びと生きてきている満たされてて好ましい人がここに
はいると思わせられた。4曲目のとき会場を歌謡曲のショウのよう(体験し
たことがないので、あくまでイメージですが)に場内を握手してまわったり
とか、けっこう下世話なサーヴィスをしたときには生理的に退いたけど、そ
れもいい人ゆえなんだろうなと通して公演に接すると思わせられることしき
り。ぼくの守備範囲の外にいる人だけど、けっこう満足感はあった。

 その後、渋谷・クラブクアトロに行って、途中からにはなったがザ・ハイ
アーを見る。エピタフに所属する、まだ20代前半のラスヴェガスのロ
ック・バンド。リード・シンガーは非米国人的な洒落者っぽい感じを持つ。
ときにエッジを立てつつ、ポップに行く彼ら、とてもうれしそうにやってた
な。“エモ・ディスコ”なんてキャッチが付けられて(でも、ディスコでも
ファンキーでも非ず)いる彼らだが、リズム隊がなかなかアトラクティヴ。
ベースは派手なフレイジングを繰り出すし、ドラムはドカスカ暴れている。
その二人、もろにザ・フーの影響を受けているぞと感じました。
 浦和の住人ではないので、比較的平常心で、いつものようにライヴに出掛
ける。祝、ACL優勝!

 渋谷・デュオで、83年アイルランド生まれという、マルチ派シンガー・ソ
ングライターのパトリック・ウルフを見る。ときにヴァイオリンやピアノや
ウクレレを弾きながら歌う本人を、ラップトップ/効果音、ウッド・ベース
、ドラム、ヴァイオリンがサポート。赤い色の髪に変テコな恰好と仕種。遅
れてきたグラム・ロック青年というか、初期デイヴィッド・ボウイが好きな
のかといった感じの音楽性/佇まいを持つ人。歌い方は、そんなに低音では
ないがデイヴィッド・シルヴァイアン(2004年4月27日)を彷彿とさせ、ま
たどこか若いときのハワード・ジョーンズを思い出させたりもする。

 挙げたサンプル名に示されるように、ピアノの弾き語りなんかに触れると
、それなりの音楽的才を持つ人であるのは間違いない。シルヴィアンが率い
たジャパンをかつてそのタレントに見合うぐらいちゃんと評価した唯一の国
である日本ゆえ、彼が日本でけっこうな人気を集めてもぜんぜん不思議はな
いと思った。アンコールのときは銀色のウィッグをつけて登場、それを見て
アンディ・ウォーホルを意識しているのかと、ぼくは思ったかな。

 そして、代官山・代官山・晴れたら空に豆まいてに移動して、ウルグアイ
人ピアニスト/シンガーのウーゴ・ファトルーソを見る。ちょうど着いたら
、1部と2部の間、1部はソロのパフォーマンスだったようだが、2部はヤ
ヒロトモヒロ(打楽器)とのデュオにて。ミルトン・ナシメント(2003年9
月23日)やアイアート・モレイラ(2000年7月10日)らブラジル才人をサポ
ートした人として知られる人だが、その洒脱なパフォーマンスはやはりまず
ブラジル的な軽妙さを感じさせるものか。一筆書き的な、7分目ぐらいの力
の入れ具合で自由自在に流れていくのが気持ちいいし、なんか円満な感じを
与えてくれるのもいい。そんな彼、ときに箱みたいのを叩いたて、歌ったり
も。

ザ・シンズ

2007年11月13日
 サブ・ポップと契約して作品を出しているニューメキシコ州アルバカーキ
出身のバンド。渋谷・クラブクアトロ。これで、3度目の来日になるのかな
? 入場時に風船を渡している。

 こぼれる歌心、漂う歌心、……ものすごく、澄んだ歌心を持つバンドだな
。適切な手作りサウンドを介して送りだされる、そのさり気なくも確かな“
歌”の存在にぼくはとってもいい気持ちになる。不味いお酒も美味しくなる
。売れている(新作『ウイッシング・ザ・ナイト・アウェイ』はなんと、全
米2位まで登った)奢りなどおくびにも出さない自然体の5人の様に触れな
がら、ここには“好ましいアメリカ人”がいるナと思わせられたり。あ、こ
の書き方、とても曖昧か。彼らのある曲のPVは風船をつかったものののよ
うで、それに倣いいろんな色の膨らませた風船が会場内に漂ったりも。そう
いえばどこか甘美な何か/充足感を歌のパワーで与えるということで、ぼく
はなんとなくザ・フレイミング・リップス(2000年8月5日、2006年8月12
日)を思い出したりも。ザ・シンズの場合、リップスが持つ無防備な無垢さ
とは無縁ではあるが。

レデシー

2007年11月12日
 凛々。イエーイ。だけで、文章をおわらせたい?

 六本木・ビルボードライブ(ファースト・ショウ)。大昔、“西海岸のジ
ル・スコット”なんても言われた、ジャジーな喉裁きも冴える実力派(2002
年6月12日。ナイジェリア出身の両親のもとニューオーリンズで生まれ育ち
、思春期からはベイエイア育ち。って経歴、なんかカッコいいな)は、ギタ
ー、ベース、キーボード2、ドラム、バッキング・ヴォーカルという6人の
黒人男性を従えて登場。彼女とバンドの噛み具合は、いかにもワーキング・
バンドと言いたくなるもの。黒いドレスを身にまとっていた彼女はなんと右
手にギブスをつけ肩に釣っている。でも、喉に覚えがあり、熱いハートの持
ち主である彼女にはそんなこと無関係、魂とテンションのこもった歌を速射
砲のように(アクションもでっかいっス)、ときにじっくりと聞き手に届け
ながら、突っ走る。あれれ、と思わせられたのはギターだけの伴奏(最後に、
バンド音も加わったが)でザ・ビートルズの「イエスタデイ」を歌ったこと。

 アンコールは裸足で登場。その5年ぶりの新作『ロスト&ファウンド』は
今年屈指のR&Bアルバムだが、やはり屈指のR&Bパーフォーマンスだっ
たのではないか。
 午後一に品川で取材(パシフィック・ホテルに行ったのだが、80年代中期
のスティングのインタヴュー以来、そこに行ったのではないか。あれはソロ
転向後、初めて来日したときだった)したあと、京橋・映画美学校第二試写
室で『線路と娼婦とサッカーボール』というスペイン制作の映画(チェマ・
ロドリゲス監督)を見る。メキシコの下に位置する中米グアテンマラの首都
のグアテマラシティの線路わきに住む娼婦たちが結成したサッカー・チーム
を扱ったドキュメンタリー。まあ、描き方に不備を感じなくはない(題材は
興味深い。その事実をもとにフィクション化したら、おもしろい映画が出来
るかも)が、なかなか知りえない事をいろいろと伝える映像であるのは間違
いない。サッカーの試合はフットサルの大きさのコートからけっこう普通サ
イズのサッカー・コートまでが使われたり、なかにはコンクリートの上で行
われたりととっても乱暴。でも、それが中南米諸国の現実でもあるだろう。
応援団の元娼婦の片方の目を無くしたマリナというおばあさんが歌うシーン
が複数あり、ファドと重なるような味を持つそれは非常に味わい深いゾと感
心したら、なんとこの映画が引き金となり、おあばさんの歌がスペインでは
ヒットしたそうな。その話は実に頷けます。映画は12月22日から、シアター
N渋谷で公開。

 そのあとは、恵比寿・リキッドルームでのスーパー・ファリー・アニマル
ズ(2001年10月19日、2005年10月18日)と丸の内・コットンクラブでの
ザ・ダズ・バンド(2006年7月24日)をハシゴする予定だったのだが、なんか
ここから一度恵比寿に行くのがおっくうになり予定を変更、セカンド・ショ
ウからファースト・ショウに変更するなどやりくりがついたのでそのまま東
京駅近く(京橋と東京駅はそんなに離れてない)のコットンクラブに向かっ
ちゃう。その前に時間調整もあり、再開発された東京駅八重図口周辺を探索
する。

 で、ザ・ダズ・バンドは前回以上に良かったな。本人たちも前回受けた好印
象があったため、より磨き上げたパーフォーマンスを心掛け、より焦点をしぼ
った内容を練ってきたのだと思う(日本語もMCに入れるようになった)。
ルックスが老けていないスキップ・マーティンが全面に立つ曲が多く、その
マーティンの歌が実にいい感じ(全盛期を凌駕する?)であるのに、感激。
観客を左右に分けての掛け合いなんて事も去年はなかったはず。といった具
合で、見事にリファインされていた、中堅セルフ・コンテインド・グループ
の充実した実演にぼくは大満足。


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