映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス」
2018年8月5日 音楽 社会現象的な話題を呼んだブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ(2001年2月9日、2013年9月7日)のことを世に知らしめた1999年映画の続編と言っていいだろう2017年英国映画を、日比谷・TOHOシネマズシャンテで見る。しかし、日比谷のここは古いせいか、他のTOHOシネマズと比すとお粗末。前に座高の高い人が座り画面が見辛くなったので、日曜にも関わらずガラガラだったせいもあり(そこに、約20年という歳月を感じたりもしたか)、ぼくは移動した。あれだけ空いているんだから、チケット販売の係員もすでに座っている人の前の席を後から振らなくてもいいのにと思った。
オリジナルの監督をしたヴィム・ヴェンダースはお目付役で、監督をするのは英国人女性のルーシー・ウォーカー。オリジナル構成員の歌のイブライム・フェレール(2001年2月9日。1927〜2005年)、歌とトレスのコンパイ・セグンド(2000年12月3日。1907〜2003年)、歌のピオ・レイヴァ(1917〜2006年)、ピアノのルベーン・ゴンザレス(2001年2月9日。1933〜2009年)、ベースのカイチャート・ロペス(2001年2月9日、2001年11月21日。1933〜2009年)たちがすでに鬼籍入りし(でも、キューバ人は長生き傾向にあるような気がする)、2015年から(なのかな)はその最終ワールド・ツアーが持たれてホワイト・ハウスでも演奏するということもあり、また一方ではキューバと米国の関係が雪解けに向かったり、フィデル・カストロが亡くなったりという動向のもと、この続編映画は企画されたのではなかったか。
映画の3分の2は、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブの成り立ちや面々のおさらい(オマーラの姉は米国に渡ったなんて知らなかった)やキューバ音楽の復習(かつてアフリカ色の濃いコンガの使用は禁止されていて、アルセニオ・ロドリゲスが初めてバンドにいれたという事実も紹介された)などが、いろんな映像で綴られる。当初からプロジェクトを仕切っていた1954年生まれでドレッド頭のトレス奏者であるファン・デ・マルコス・ゴンザレスはすごいサバけた感じの人なんだなー。彼が率いるアフロ・キューバン・オールスターズをかつて見たことがあるような気もするのだが、過去の記載はみつからない……。
そして、残りはブレイク後のことやアディオス・ツアーの様など、映画後のことがざっくばらんに紹介される。ほんのちょっとだけ映像に出てくるこのプロジェクトの発起人たるライ・クーダー(2009年11月5日)はまあ元気そうだけど太ったな。
ギターと歌のエリアデス・オチョア(2000年8月1日)や歌のオマーラ・ポルトゥオンド(2001年2月9日、2012年5月1日、2013年9月7日、2018年3月20日)は存命。この3月にも来日公演を行っているオマーラは、この9月にも東京ジャズで来日する。
▶︎過去の、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-2.htm
http://43142.diarynote.jp/201309161507226186/
▶︎過去の、コンパイ・セグンド
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-12.htm
▶過去の、︎カイチャート・ロペス
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-2.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/LIVE-2001-11.htm
▶︎過去の、ライ・クーダー
http://43142.diarynote.jp/200911071134384805/
▶︎過去の、オマーラ・ポルトゥオンド
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-2.htm
http://43142.diarynote.jp/201205080621274204/
http://43142.diarynote.jp/201309161507226186/
http://43142.diarynote.jp/201803230853439312/
▶︎エリアデス・オチョア
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-8.htm
<今日の、看取>
この映画を見た者の多くは、キューバに行きたくなるのはまちがいないか。ハバナの街なみには、ゾクっと誘われるよなあ。ぼくが行ったのは4半世紀前近く……。あんとき、同国のリゾート地であるバラデロにも宿泊しチャラチャラしたが、今はどんな感じなのかなー。そりゃまた行きたいが、行ったことないところにも行きたいし、でもあんまり長時間飛行機には乗りたくないし。そういうば、日比谷の新しくできたミッドタウンの前に広場みたいなのがあるのを初めて知る。昔からあったらしいが、ちょっとその造形に目を奪われるところがありました。夜だったからかな。日本でも東京でも、徒歩圏内のところでも、知らないところはたくさんある。
オリジナルの監督をしたヴィム・ヴェンダースはお目付役で、監督をするのは英国人女性のルーシー・ウォーカー。オリジナル構成員の歌のイブライム・フェレール(2001年2月9日。1927〜2005年)、歌とトレスのコンパイ・セグンド(2000年12月3日。1907〜2003年)、歌のピオ・レイヴァ(1917〜2006年)、ピアノのルベーン・ゴンザレス(2001年2月9日。1933〜2009年)、ベースのカイチャート・ロペス(2001年2月9日、2001年11月21日。1933〜2009年)たちがすでに鬼籍入りし(でも、キューバ人は長生き傾向にあるような気がする)、2015年から(なのかな)はその最終ワールド・ツアーが持たれてホワイト・ハウスでも演奏するということもあり、また一方ではキューバと米国の関係が雪解けに向かったり、フィデル・カストロが亡くなったりという動向のもと、この続編映画は企画されたのではなかったか。
映画の3分の2は、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブの成り立ちや面々のおさらい(オマーラの姉は米国に渡ったなんて知らなかった)やキューバ音楽の復習(かつてアフリカ色の濃いコンガの使用は禁止されていて、アルセニオ・ロドリゲスが初めてバンドにいれたという事実も紹介された)などが、いろんな映像で綴られる。当初からプロジェクトを仕切っていた1954年生まれでドレッド頭のトレス奏者であるファン・デ・マルコス・ゴンザレスはすごいサバけた感じの人なんだなー。彼が率いるアフロ・キューバン・オールスターズをかつて見たことがあるような気もするのだが、過去の記載はみつからない……。
そして、残りはブレイク後のことやアディオス・ツアーの様など、映画後のことがざっくばらんに紹介される。ほんのちょっとだけ映像に出てくるこのプロジェクトの発起人たるライ・クーダー(2009年11月5日)はまあ元気そうだけど太ったな。
ギターと歌のエリアデス・オチョア(2000年8月1日)や歌のオマーラ・ポルトゥオンド(2001年2月9日、2012年5月1日、2013年9月7日、2018年3月20日)は存命。この3月にも来日公演を行っているオマーラは、この9月にも東京ジャズで来日する。
▶︎過去の、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-2.htm
http://43142.diarynote.jp/201309161507226186/
▶︎過去の、コンパイ・セグンド
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-12.htm
▶過去の、︎カイチャート・ロペス
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-2.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/LIVE-2001-11.htm
▶︎過去の、ライ・クーダー
http://43142.diarynote.jp/200911071134384805/
▶︎過去の、オマーラ・ポルトゥオンド
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-2.htm
http://43142.diarynote.jp/201205080621274204/
http://43142.diarynote.jp/201309161507226186/
http://43142.diarynote.jp/201803230853439312/
▶︎エリアデス・オチョア
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-8.htm
<今日の、看取>
この映画を見た者の多くは、キューバに行きたくなるのはまちがいないか。ハバナの街なみには、ゾクっと誘われるよなあ。ぼくが行ったのは4半世紀前近く……。あんとき、同国のリゾート地であるバラデロにも宿泊しチャラチャラしたが、今はどんな感じなのかなー。そりゃまた行きたいが、行ったことないところにも行きたいし、でもあんまり長時間飛行機には乗りたくないし。そういうば、日比谷の新しくできたミッドタウンの前に広場みたいなのがあるのを初めて知る。昔からあったらしいが、ちょっとその造形に目を奪われるところがありました。夜だったからかな。日本でも東京でも、徒歩圏内のところでも、知らないところはたくさんある。