映画「心と身体と」。ポール・スタンレー“ソウル・ステーション”
2018年1月11日 音楽 渋谷・映画美学校で、2017年ハンガリー映画「心と体と」の試写を見る(4月中旬から公開)。監督と脚本はいろいろな映画を撮っているという、1955年ブダペスト生まれの女性監督のイルディコー・エニェディ。東欧の国には行ったことがなく彼の地のもろもろの一端にでも触れることができたならと軽い気持ちで出かけたら、ぜんぜん当てが外れる内容だった。だが、興味深く見ることができた。
大まかに言えば、肉体的と精神的な障害をそれぞれに持つ中年男性と20代女性のちょっとほつれたラヴ・ストーリー。場は両者が働く精肉処理工場と、家のなかと、少しのお店のなか。そして、夢のシーンとなる、鹿のいる冬の雑木林。なので、ブダペストの街並みやブダペストの風俗などはまったく描かれていない(ご飯はまずそうだは、思った)。パっと見るぶんには欧州のどの街とも取られる設定/シューティングのもと、一筋縄では行かない男女の気持ちのやりとりが描かれている。でも、だからこそどこの現代都市にもあてはまるような、普遍的な人間風景を描くことに成功しているとぼくには思えた。淡々とし、含みや細やかさがあり、エニェディさんはお上手であると感じた。血の扱いはぼくには直接的すぎるが、良い映画なのではないでしょうか。言葉は、ハンガリー語。音楽はあまり入らない映画だが、女性主人公の心境変化の場面で重要小道具として使われるフォーキー曲は英語によるものだった。
その後は、六本木・ビルボードライブ東京で、人気ロック・バンドのキッスのシンガー/ギタリストであるポール・スタンレーのソウル・プロジェクト“ソウル・ステーション”を見る。当初、2015年9月にチャリティ目的でLAのザ・ロキシーで持たれたもので、演目はすべて著名ソウル曲。彼は一切ギターを持たず、ヴォーカルに専念する。加えて、コーラス3(女性2、男性1。彼女らのみ、アフリカ系かラテン系)、ギター、鍵盤2、管楽器3(バリ、テナー、ペット)、ベース、ドラム、パーカッション。ドラマーは、キッスのエリック・シンガーだった。
奇抜なメイクや衣装なしのスタンレーは生理的にまっすぐ、すべてファルセットで歌う。ソウル・ステーションはファミリーであることを伝え、丁寧に誰々とやっているとか、親身に構成員のことを一人づつ彼は紹介する。いやあ、いい奴そうなのは端々から伝わってきて、かなりびっくり。彼は3人のシンガーたちにも1曲づつリード・ヴォーカル曲を与えたが、その際のコーラスに回った際の所作もほほえましい。ロックをやる以前はソウルを聞いていたという話にも納得させられますね。
披露されたのは、テンプス(2009年11月8日、2013年8月18日、2017年3月20日)曲2、ザ・デルフォニックス、アル・グリーン、スモーキー・ロビンソン2、フォー・トップス、マーサ&ザ・ヴァンデラス、スティーヴィー・ワンダー(2005年11月3日、2010年8月8日、2012年3月5日)、スタイリスティックス(2015年12月27日)、スピナーズ、ファイヴ・ステアステップス、ザ・アイズリー・ブラザーズ(2001月12月6日、2004年3月1日)、なり。モータウン、フィリーものを主に、テンダー目の曲が数多く披露された。
大好きなソウル曲をうれしそうに歌うパフォーマンスとともに印象に残ったのは、彼のMC。とってもゆっくりと噛み砕くように話し、時おり重要ワードは日本語で言う。これは日本人に伝わりやすいワ。こんなに日本人のことを思いやるステージMCをする人は初めてかも知れぬ。だてに何度も日本公演をやっているわけでもないなと思わせるとともに、その人間性の高さのようなものに、ぼくは頭をたれた。しかし、素のスタンレーは若々しく快活で、なかなか格好良かった。
彼は1曲ごとに曲を説明するのだが、原曲のリード・シンガーや作曲者のことにも丁寧に触れる。そして、両手でハート・マークを作ったりしてソウル・ミュージックが真心の音楽であることも伝えもするわけで、非ソウル・ファンにもスタンレーの気持ちはよく伝わったはず。なぜ、我々はラジオから流れてきたポップ・ミュージックに一喜一憂し、それに合わせ口ずさみ、そのことを幸せな記憶として心の中に宿し続けるのか。歌にしろ演奏にしろ、純ソウルの担い手と比すと、不十分なところはある。だが、その答えを、スタンレーはありったけの音楽愛とともに出していた。
▶︎過去の、ザ・テンプテーションズ・レヴュー
http://43142.diarynote.jp/200911101136006646/
http://43142.diarynote.jp/201308191407221107/
http://43142.diarynote.jp/201703211232135720/
▶過去の、スティーヴィー・ワンダー
http://43142.diarynote.jp/200511130015240000/
http://43142.diarynote.jp/201008261618276388/
http://43142.diarynote.jp/201203062006429595/
▶︎過去の、スタイリスティックス
http://43142.diarynote.jp/201601041735456365/
▶︎過去の、ザ・アイズリー・ブラザース
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-12.htm
http://43142.diarynote.jp/200403011119270000/
<今日の、発想>
普段はハード・ロックやパワー・ロックという類いのことをしている人でも、インタヴューしてみると、ソウル/ファンク好きであることを喜々として出す人は少なくない。たとえば、ディープ・パープル(2005年8月13日、2006年5月21日)にいたこともあるグレン・フューズ、リッチー・コッツェン、エクストリームのヌーノ・ベッテンコート(彼はポルトガル系でポルトガル語も解し、ブラジル音楽にも興味を持っていると言っていた)、ミスター・ビッグのポール・ギルバート(2016年9月26日)などはそうで印象に残っているな。彼ら、歌心を持っている? キッスに妙な歌謡性を昔かんじていたが、それには少しスタンレーのソウル好きが影響しているのかもしれない。ちなみに、キッスが世に出た頃、ブルースやファンクは好きだったが、まだ一般ソウルは好みじゃありませんでした。
▶過去の、ディープ・パープル
http://43142.diarynote.jp/200508152007550000/
http://43142.diarynote.jp/200605231801250000/
▶︎過去の、ポール・ギルバート
http://43142.diarynote.jp/201609271248503637/
大まかに言えば、肉体的と精神的な障害をそれぞれに持つ中年男性と20代女性のちょっとほつれたラヴ・ストーリー。場は両者が働く精肉処理工場と、家のなかと、少しのお店のなか。そして、夢のシーンとなる、鹿のいる冬の雑木林。なので、ブダペストの街並みやブダペストの風俗などはまったく描かれていない(ご飯はまずそうだは、思った)。パっと見るぶんには欧州のどの街とも取られる設定/シューティングのもと、一筋縄では行かない男女の気持ちのやりとりが描かれている。でも、だからこそどこの現代都市にもあてはまるような、普遍的な人間風景を描くことに成功しているとぼくには思えた。淡々とし、含みや細やかさがあり、エニェディさんはお上手であると感じた。血の扱いはぼくには直接的すぎるが、良い映画なのではないでしょうか。言葉は、ハンガリー語。音楽はあまり入らない映画だが、女性主人公の心境変化の場面で重要小道具として使われるフォーキー曲は英語によるものだった。
その後は、六本木・ビルボードライブ東京で、人気ロック・バンドのキッスのシンガー/ギタリストであるポール・スタンレーのソウル・プロジェクト“ソウル・ステーション”を見る。当初、2015年9月にチャリティ目的でLAのザ・ロキシーで持たれたもので、演目はすべて著名ソウル曲。彼は一切ギターを持たず、ヴォーカルに専念する。加えて、コーラス3(女性2、男性1。彼女らのみ、アフリカ系かラテン系)、ギター、鍵盤2、管楽器3(バリ、テナー、ペット)、ベース、ドラム、パーカッション。ドラマーは、キッスのエリック・シンガーだった。
奇抜なメイクや衣装なしのスタンレーは生理的にまっすぐ、すべてファルセットで歌う。ソウル・ステーションはファミリーであることを伝え、丁寧に誰々とやっているとか、親身に構成員のことを一人づつ彼は紹介する。いやあ、いい奴そうなのは端々から伝わってきて、かなりびっくり。彼は3人のシンガーたちにも1曲づつリード・ヴォーカル曲を与えたが、その際のコーラスに回った際の所作もほほえましい。ロックをやる以前はソウルを聞いていたという話にも納得させられますね。
披露されたのは、テンプス(2009年11月8日、2013年8月18日、2017年3月20日)曲2、ザ・デルフォニックス、アル・グリーン、スモーキー・ロビンソン2、フォー・トップス、マーサ&ザ・ヴァンデラス、スティーヴィー・ワンダー(2005年11月3日、2010年8月8日、2012年3月5日)、スタイリスティックス(2015年12月27日)、スピナーズ、ファイヴ・ステアステップス、ザ・アイズリー・ブラザーズ(2001月12月6日、2004年3月1日)、なり。モータウン、フィリーものを主に、テンダー目の曲が数多く披露された。
大好きなソウル曲をうれしそうに歌うパフォーマンスとともに印象に残ったのは、彼のMC。とってもゆっくりと噛み砕くように話し、時おり重要ワードは日本語で言う。これは日本人に伝わりやすいワ。こんなに日本人のことを思いやるステージMCをする人は初めてかも知れぬ。だてに何度も日本公演をやっているわけでもないなと思わせるとともに、その人間性の高さのようなものに、ぼくは頭をたれた。しかし、素のスタンレーは若々しく快活で、なかなか格好良かった。
彼は1曲ごとに曲を説明するのだが、原曲のリード・シンガーや作曲者のことにも丁寧に触れる。そして、両手でハート・マークを作ったりしてソウル・ミュージックが真心の音楽であることも伝えもするわけで、非ソウル・ファンにもスタンレーの気持ちはよく伝わったはず。なぜ、我々はラジオから流れてきたポップ・ミュージックに一喜一憂し、それに合わせ口ずさみ、そのことを幸せな記憶として心の中に宿し続けるのか。歌にしろ演奏にしろ、純ソウルの担い手と比すと、不十分なところはある。だが、その答えを、スタンレーはありったけの音楽愛とともに出していた。
▶︎過去の、ザ・テンプテーションズ・レヴュー
http://43142.diarynote.jp/200911101136006646/
http://43142.diarynote.jp/201308191407221107/
http://43142.diarynote.jp/201703211232135720/
▶過去の、スティーヴィー・ワンダー
http://43142.diarynote.jp/200511130015240000/
http://43142.diarynote.jp/201008261618276388/
http://43142.diarynote.jp/201203062006429595/
▶︎過去の、スタイリスティックス
http://43142.diarynote.jp/201601041735456365/
▶︎過去の、ザ・アイズリー・ブラザース
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-12.htm
http://43142.diarynote.jp/200403011119270000/
<今日の、発想>
普段はハード・ロックやパワー・ロックという類いのことをしている人でも、インタヴューしてみると、ソウル/ファンク好きであることを喜々として出す人は少なくない。たとえば、ディープ・パープル(2005年8月13日、2006年5月21日)にいたこともあるグレン・フューズ、リッチー・コッツェン、エクストリームのヌーノ・ベッテンコート(彼はポルトガル系でポルトガル語も解し、ブラジル音楽にも興味を持っていると言っていた)、ミスター・ビッグのポール・ギルバート(2016年9月26日)などはそうで印象に残っているな。彼ら、歌心を持っている? キッスに妙な歌謡性を昔かんじていたが、それには少しスタンレーのソウル好きが影響しているのかもしれない。ちなみに、キッスが世に出た頃、ブルースやファンクは好きだったが、まだ一般ソウルは好みじゃありませんでした。
▶過去の、ディープ・パープル
http://43142.diarynote.jp/200508152007550000/
http://43142.diarynote.jp/200605231801250000/
▶︎過去の、ポール・ギルバート
http://43142.diarynote.jp/201609271248503637/