オルガンやリード楽器やアコーディオンを担当する1937年生まれのガース・ハドソン(2013年8月2日)。歌とドラムやマンドリンンのリヴォン・ヘルム(1940〜2012年)。ピアノと歌とドラムのリチャード・マニュエル(1943〜1986年)。歌とベースその他のリック・ダンコ(1943〜1999年)。ギターと作曲のロビー・ロバートソン(1943年〜)。この5人が、ザ・バンドのオリジナル・メンバー。そして、ヘルム以外はカナダ人だった。3人が鬼籍入り、浮世離れしているハドソンだけは存命だが、ロバートソンの話で映画は進められる。その語りは2017年に撮影されたようだが、かなり若めに映っていてなにより。彼が「Testimony」という回顧録やコンピレーションを出したのは、それより少し前だったっけ。

 旧いロックに関してぼくは、まずザ・ビートルズとザ・ローリング・ストーンズ。そして、ザ・バンドとリトル・フィートという人。その次はトッド・ラングレンや10cc /ゴドリー&クリームとかのポップの魔法を出した担い手を出したくなる? そりゃ楽な姿勢で見たけど、冒頭の「アップ・オン・クリップル・クリーク」のスタジオ演奏映像から、生理的には背筋をピンと伸ばして見入りました。

 まだ20代だというカナダ人のダニエル・ローアーが監督した2019年カナダ/アメリカ映画「ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった」(原題「Once Were Brothers: Robbie Robertson and the Band」)を、渋谷WHITE CINE QUINTOで見る。製作総指揮はマーティン・スコセッシとロン・ハワードという有名映画監督が務める。「Once Were Brothers」という曲は、映画公開に合わせて出したロバートソンの新作『Sinematic』(UMe /Universal,2019年)に収められている。

 冒頭の3分の1ほどは、映画「ランブル」(2020年3月26日)ともリンクするロバートソンの生い立ちやロバートソンが中学中退のような感じで身を投じ、ロニー・ホウキンスやボブ・ディランのバック・バンドをザ・バンドのメンバーたちとしていた時代に割かれる。あの下積み時代に、ザ・バンドのブラザーフッドが築かれたといことが、そこで示される。

 しかし、正式デビュー前のディランとのツアーは行く先々で本当に非難轟々の反応を観衆から受けまくりで、ザ・バンドのメンバーたちは精神的にたっぷり疲弊したよう。途中で、ヘルムはそれで音楽をやるのがイヤになりバンドを抜けてニューオーリンズの油田で働きだし、ロビー・ロバートソンはステージ恐怖症となり催眠術を受けてザ・バンドの初期ライヴをしたなんて、話も出てくる。フォーク時代のディランのファンって……。なんか、マイルズ・デイヴィスの電気路線転向後の当時のジャズ・リスナーの困惑と重なる部分があるかもしれないと思った。

 ロバートソンの奥さんはやはりカナダ人で、1966年だかディランのサポートでパリに行ったときに偶然出会いナンパして、米国に呼び結婚したそう。証言者として、彼女もけっこう出てくる。今はセラピストをしているようだが、知的な感じの人ですね。そんな彼女にロバートソンはぞっこんで、妻と子供達を優先させるクリーンなロバートソンと、酒と薬に明け暮れる他のメンバーたちとのスタンスの乖離が友情が崩れる大きな理由になったことがあげられる。超越感のあるハドソンがどっち側の人間であったかは不明だ。

 リヴォン・ヘルムやジョージ・ハリソン(1943〜2001年)の発言映像が出てきたりもし、けっこう昔の材料も用いられる。ロニー・ホウキンスはヤクザなじじいで本当にいい感じ、笑かす。まじにザ・バンドに入りたがったエリック・クラプトンが証言者と出てくるのは当然として、ぼくが魅力を覚えることができないブルース・スプリングスティーンがザ・バンドのファンであるのは初めて知った。彼の「ロック界最高のソングライター(ロバートソン)と最高のシンガーが3人(ヘルム、マニュエル、ダンコ)いた無敵のバンド」というようなコメントはまったく的を得ている。そこに、付け加えるなら、ギターを弾くロバートソン以外は楽器を持ち替えたりもし、最高の手作りロック・サウンド創出を行なった集団であったということか。作曲印税が入るロバートソンと、おれたちの集団アレンジや演奏があったことで曲は実を結ぶと考えたヘルムらとの考え方の相違があったことも映画は伝える。

 あれ、そうだったのということはいくつも紹介されるが、グレイトフル・デッドとザ・オールマン・ブラザーズとザ・バンドの3組が出た1973年7月の野外コンサート〜60万人だか米国音楽史上一番観客を集めたフェスと言われる〜のワトキンスグレンのことにも触れて欲しかった。どんな感じのものだったんだろ?

 一番そうだったのかあという情報は、アサイラム・レコードを作ったデイヴィッド・ゲフィン(彼も1943年生まれ。やはり、証言者として出てくる)がディランと関係を持ちたくて、ロバートソンにアプローチしたという件。それが功を奏し、ディランは1974年にザ・バンドと一緒に全米ツアーを行い、そのライヴ盤とザ・バンドがサポートするスタジオ録音作をアサイラムは1974年に出した。最初にロバートソンと会った際にゲフィンは「マリブはいいよ、引っ越しなよ」と誘い、ロバートソンはそれに従い西海岸に引っ越してしまい、「マリブは最高〜、満喫ぅ」との発言も出てくる。他のメンバーは東海岸のウドストックに住み続けたわけで、それも1976年の解散につながっているのは間違いない。また、引っ越ししなかったら、ハリウッドの住人であるスコセッシともロバートソンは知り合うことはなかったかもしれない。その後も、ゲフィンやDGCなど大きなレーベルやドリームワークスという映画の会社を司るデイヴィッド・ゲフィンだが、ちょい罪作りな人だな。

 スコセッシが記録映像の監督をした、実質解散豪華公演「ザ・ラスト・ワルツ」の場面までが語られる。それ、映画を撮る都合で東海岸ではなくサンフランシスコでやることになったのか? 今、改めて考えると、場の必然性はないよな。そして、映画の最後には、各メンバーのかつての家族写真が出される。なんか、救われた気持ちになる。……とにもかくにも、不世出なバンド。思うところもいろいろあり、映画を見たあと、飲みに流れずにはいられなかった。
(追記、2021年3月22日:早朝ぽっかり目が覚め、なんとなくTVをつける。そしたら、映画チャンネルでちょうど『ラスト・ワルツ』が放映されていて、そのテーマ曲にあわせダンサーが踊っている頭の場面。そのまま、ゆったり見る。メンバー証言はロバートソンだけのものが目立つと、改めて思う。プロデューサー・クレジットに彼の名前が単独であり、この映画もロバートソン視点が大きい映画なのだなと気づかせられた。その際、サンフランシスコでラスト公演をやるのはザ・バンドが最初にライヴをやった場所だから、というような発言をしている。しっかし、豪華なゲスト陣たちだよな。裏の様子が知りたい、ともおおいに思った。https://43142.diarynote.jp/202102241815558190/ で触れているが、なるほどローレンス・ファーリンゲッティも詩の朗読をしている。彼が出てくるのは、映画ではクライマックスにさしかかるボブ・ディランが登場する前だった。

▶︎過去の、ザ・バンド関連の記載
https://43142.diarynote.jp/201204221307297965/ 下の方の<>内
https://43142.diarynote.jp/201308110826574632/ ハドソン夫妻
https://43142.diarynote.jp/201909011034527807/ ザ・ウェイト・バンド
▶︎過去の、ストーンズ関連
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-3.htm 3月15日
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-3.htm 3月13日(バック・バンド)、15日
https://43142.diarynote.jp/201904200941516964/
▶︎過去の、リトル・フィート関連
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-12.htm
http://43142.diarynote.jp/201205301327209613/
https://43142.diarynote.jp/201909011034527807/
https://43142.diarynote.jp/?day=20191031 ポール・バレル訃報
▶過去の、トッド・ラングレン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/LIVE-2001-11.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm
http://43142.diarynote.jp/200804081929500000/
http://43142.diarynote.jp/201010111257003810/
▶過去の、10cc /ゴドリー&クリーム関連
http://43142.diarynote.jp/?day=20100523
http://43142.diarynote.jp/201208091454209002/
https://43142.diarynote.jp/201501251406119601/
▶︎過去の、映画「ランブル」
https://43142.diarynote.jp/202003271634082075/
▶︎過去の、エリック・クラプトン
http://43142.diarynote.jp/200611221236140000/

<今日の、渋谷>
 さて、またハロウィーンのシーズンですね。警察官大集合という感じで、たくさんの警官を見かけた。ウィルス感染が気になるおり、今日はそれっぽい若者は見かけなかったが、ちょうど土曜と重なる明日が本番。どうなるでしょう。
 ところで、映画館は渋谷パルコの8階にあった。新開店した渋谷パルコの中には初めて入る。好奇心が減衰していると考えるべきかとも一瞬思ったが、客のターゲットはぼくよりもずっと年下だろうし、そんなもんだよな。ところで、昨日の毎日新聞の夕刊1面に映画「鬼滅の刃」が大ヒットしているというでっかい記事が掲載されていた。そういうマンガがあるのは知っているものの、ちゃんと見たことはなく、その映画にもまったく興味がないぼく……。かなりすいていたザ・バンドの映画を見た後、オレってずれているのかと一瞬考えたが、多様性とはそういうものであり、大切にすべきこと。それが許容されなくなったら、そんなに恐ろしいことはない。