ビル・フリゼール

2006年5月14日
 ブルーノート東京(ファースト)。ぼくが、<ライヴ三昧>で彼の実演の
ことを書いたの2000年7月21日の項。03年にもブルーノートに来ているよ
うだが、そのときは見てないので、ぼくがこのはぐれジャズ・ギタリストの
ことを見るのはもう6年ぶりのことなるわけだ。あー、時間がたつのって本
当に早い。その前回見たときは、セックスモブのリズム・セクションを従え
てのものだったが(うち、ベース奏者は2005年12月29日でも弾いている
)、今回は現ジャズ界一番の売れっ子ドラマーのブライアイン・ブレイド(
2004年2月9日、他)とオルガン奏者のサム・ヤエル(2003年1月16
日。名前は出していないが出演)という、少なくても既発のアルバムでは披
露していない顔ぶれによる。

 へえ、こうくるのか。3人はステージに表れるとMCをはさまず延々1時
間近い演奏をする。いくつかのモチーフ(曲)を用意し(部分によっては、
ヤエルは楽譜を立てて演奏していた)、キブンで悠々と流れていくという感
じのものを彼らは綴った。例のアメリカーナ調になる部分もあるが、普通の
オルガン・ジャズ演奏のところもあるし、過去のグループ表現以上にジャズ
的フォーマットによりかかっている部分は多々。それなりの有名ジャズ曲も
取り上げていたはずだ。ただ、丁々発止しあいつつも、どこか淡々とした情
緒がおおっていて(そがまた、切れ目なく演奏を続けていく風情に合ってい
た)、フリゼールならではのパフォーマンスだなと思わせる部分はあったは
ず。彼は例によってエフェクトをいろいろ使うが、かつて用いていたような
ダーティに空間を切り裂くような音(ジム・ホールをジミヘンの音色で演奏
する、みたいな言われ方を彼はされたことがあったっけか)は一切使わず。
もう一度ジャズ的な何かによりかっかかった私の演奏を求めるのだという
意図のもとに組んだ新トリオであるのだと、ぼくは了解しましたが……。今
後の動向を見守りたい。なお、セットごとに彼らはぜんぜん違う曲目を演奏
しているという。

 3人は本編で、15分近いのをもう1曲演奏。そして、一度ひっこんだ後の
アンコールはバート・バカラックの美曲「ホワット・ザ・ワールド・ニーズ
・ナウ」。フリゼールは超有名曲をくずした楽曲で占めたアルバムを出すべ
きではとないか。その美味しくも、彼らの個性も浮き上がる演奏を聞きなが
ら、ぼくはそう思わずにはいられなかった。

 イスラエル出身の、ここ10年米国のジャズ界でかなり頭角を著している若
手(といっても30代半ばだが)ベース奏者。ここのところの彼のアルバムに
参加しているピアニストとドラマーを従えた、ワーキング・バンドによるも
の。特に、マーク・ジュリアナというドラマーはかなり若そうだった。

 とってもストーリー性のある、ときにメロディ性も持つジャズを展開。思
っていた以上に、鮮やか。パっと聞いてすぐに思い出したのは、ブラッド・
メルドー(2002年3月19日、2003年2月15日、2004年2月20日)のト
リオ表現。サム・バーシュという今のランディ・ブレッカーを30才若返らせ
たような容姿を持つピアニストはメルドーほどに腕や個性が際立っているわ
けではないが、コーエンの歯切れと含みを併せ持つ生理的に立ったベース
演奏(ときに、弾きながら、パーカッシヴにボディを叩いたりも)で導かれ
るピアノ・トリオ表現はそれに通じる妙味を持つ。楽曲に関してチェックは
入れてないが、おそらくコーエンのオリジナル曲主体だったのではないか。
どれも、1曲10分弱ぐらいのものだったはず。

 ちゃんと視点のある、今のジャズを出しているじゃないかと感心。それは
、門外漢にもとっつき易いインタープレイ〜ジャズでもあっただろう。かつ
てコーエンの名前を広く知らせるきっかけになったチック・コリアのオリジ
ンというバンドのリーダー作が出たとき、“風があるジャズ”という説明の
仕方をしたことがあったが、やはりここにも風というか、確かなひっかかり
や美味しい間の感覚があった。なるほど、コリアはコーエンと出会ってオリ
ジンを組むことを決心したという話もあるが、それも頷けますね。

 突飛というか、ちょっと大げさな書き方になるが、<ジャズとしてのレイ
ディオヘッド表現>というものを、彼らはやんわりと提出していたと思う。
アンコール曲では、エレクトリック・ベースを彼は手にした。南青山・ブル
ーノート東京(ファースト)。



ディープ・パープル

2006年5月21日
 渋谷・アックス。これは追加公演で、来日史上初のスタンディング会場で
のショウなのだとか。ヴォーカルとリズム隊が黄金期の人達で、ギターとオ
ルガンが新参の実力者たちという布陣。基本的な印象は去年のサマソニ(20
05年8月13日)で感じたのと同様。音質が悪く、印象が散漫になる千葉マリ
ーン球場ではそれほど気にならなかったが、イアン・ギランの喉は相当に衰
えてきている(なんでも、風邪で余計に声が出せなかったそう)。そのぶん
、とってもおっさん臭い風体と愛想のいいMCは印象に残った。

 途中、ギタリストのスティーヴ・モーズに与えられたソロ・パートは非常
に退屈。いろんなキャリアを持つ人だが、こんなに閃きのない人だったのと
いう感じ。他の通常曲でのソロも予定調和なものだが、それについては多少
の感慨があったかも。大昔のディープ・パープル体験/愛好はぼくのジャズ
的インプロヴィゼーションの原体験になるものではないかと思うところもあ
るから(ついでに言えば、彼らの「ウーマン・フロム・トーキョー」はもっ
とも最初に触れたファンキー要素かもしれない)。彼らがいたからこそ、ジ
ャズにも比較的小僧のころから興味を持った? 

 昨年に続いて彼らを見たのは、実はベーシストのロジャー・グローヴァー
の取材をすることになったから。やっぱり、一回ぐらいは子供のころ大好き
だったバンドのメンバーに会ってもいいと思った。……が、考えてみたら、
ぼくは90年代にディープ・パープルの外様メンバー二人にインタヴューして
いたりするのだな。すっかり、忘却の彼方であった(だから、こういうのを
ちゃんと書き留める気にもなるって訳ネ)。一人は、グレン・ヒューズでソ
ロ・アルバムを出した際、プロモ来日したとき。そして、もう一人はジョー
・リン・ターナー。これは彼がコリー・グローヴァー(リンヴィング・カラ
ー)らと企画プロジェクトに参加したときに、NYでやった。前者はとっても
R&B好きだったこと、後者はなんかちゃらい性格がいいナと思ったことを
思い出した。そして、日本トップ級のホテルに当宿していた小柄なグローヴ
ァーもまた、こなれた人だった。彼、もう30年もアメリカに住んでいるそう
だ。
                      

 丸の内・コットンクラブ(セカンド)。70年結成のファンク・バンドとい
う以外の大まかな情報はあまり持っておらず、メンバーの名前も顔も知らな
い私ではあったが……。曲の合間にMCを入れたり、叩きながら渋い声の語
りをきかせたりするドラマーのビル・カーティスが率いる。目鼻だちのきっ
ちりしたドラムを叩く彼、聞くところによると70歳半ばになろうとする人ら
しいが、だとすると驚愕だな。ギタリストのジョニー・キングも全盛期から
いる人らしい。

 その二人に加え、白い肌のおばさん歌手、歌も担当する余裕のベーシスト
、キーボード、パーカョシッン、三管(アルト、トランペット2)という布
陣による。最初は少しちゃらいかも、管楽器系奏者は少し弱いかも、なんて
冷静に見ていたが、結局ワイン2本開けちゃいました。やっぱ、力ワザ系フ
ァンク曲になるとパブロフの犬。もう、冒頭3曲目ぐらいで、メンバーは客
席を列になって練り歩いたり、なんてこともしたり。エンターテインメント
性たっぷりに、なんだかんだ2時間ぐらいやったんじゃないか。ふふふふ。
 97年に出した広角柔和型のアルバムはとっても好きだった。それ、同年の
R&B作としてはトップに愛好したんじゃないか。一度来日したこともあっ
たはずだが、商い優先の業界に染まることを良しとせず、彼女はずっと沈黙
を続けてしまう。旦那でプロデューサーのドレッド・スコット(ラッパーと
してのリーダー作も持つ。リチャード・ジュリアンやマーシャル・クレンシ
ョー作でキーボードを弾いている人と彼は同一人物なのだろか?)ともに南
米を旅していた、なんて話も本当にいい感じの人だよなあ。で、04年に2作
目をリリース。旦那と二人三脚のその2作はともに珠玉の盤である。

 丸の内・コットンクラブ(セカンド)。初日だが、なかなかの入り。やっ
ぱり、注目していた人がちゃんといるんだろうな。いつも以上に、同業者と
も会った。CDだとミニー・リパートン的な抑制歌唱を披露する彼女だが、
生だと一気に全開し、チャカ・カーン型(アンコールで、彼女のルーファス
時代の「スウィート・サング」も披露)となる。もう少しゆったりと歌って
ほしいところもあったが、シンプルな編成(鍵盤、ギター、ベース、ドラム
の鍵盤、ギター、ベース、ドラム)によるバンド音もあって、それはいたし
かたない事でもあるか。それに、まっすぐな感じ、溌剌な感じはそれはそれ
で嬉しいものであったから。白人がいたり、日本人がいたりと、バンドの面
々は人種バラバラという感じ、それも広角型の彼女らしいと思わせられまし
た。

Pe’z

2006年5月29日
 開演時間、定刻に登場。いいな、そういう竹を割ったようなとこ。自分た
ちの身の処し方、アルバム/曲の名前からツアー名までいろんな意思やメッ
セージの発し方など、何からなにまで自分たちの態度をきっちりと打ち出せ
ているバンド。ある意味、イメージ作りが最高に上手いバンドだともぼくは
思う。そして、それはブルーノート黄金期的な二管ジャズ・サウンドと日本
人的な形而上と今の若者っぽさを巧みに重ねた音楽性に宿っているわけだが
。まだ若いのに、本当にその行き方の明晰さには唸らされる。

 また、唸ると言えば、そのプロダクツ発表量の多さと、ライヴ数の多さに
も。トランペッターのOhyamaのリーダーシップの取り方の上手さもあるのだ
ろうが、飽きた素振りも見せずにモチヴェイションたっぷりにメンバー一丸
で事にあたっている様には、感心しちゃうなあ。

渋谷・クラブクアトロ。米国ツアーのあと、ずっと続いていた国内ツアー
の追加公演の初日とか。MCで、追加公演はツアーと別物なのでツアーとは違
う感じでやりたい由をコメントし、この日はヒイズミは毎度のエレクトリッ
ク・キーボードではなくアップライト・ピアノを弾く。それだけで、新鮮に
はなりますね。また、次のアルバムは日本曲カヴァー集だとかで、これはツ
アー中からのならわしで客のくじ引きで曲を決めて1曲演奏。この晩は、サ
ディスティック・ミカ・バンドの「どんたく」。でも、MCでミカ・バンドの
名を出しても客はほとんど無反応。そういう年代が受け手(曲中で皆で拳を
振り上げたりとか、画一的ながらより熱心な反応を見せるようになっている
)の主なんですね。

 Pe’z(2005年5月2日、2005年9月21日他)とは関係ないが、この日ライナ
スというインディをカナダでやっているジェフというおっさんとやんわり飲
む機会を持つ。カナダのヴァージンやワーナー・チャペルに勤めたあと人に
使われるのはイヤと会社をおこし、現在まで50枚ほどのアルバムをリリース
しているとか。聞けば、ロン・セクスミス(1999年9月12日)の3作品、
アシュレイ・マックアイザック(昔、カナダ大使館で見たことがあったよな
ー)のフィドルを弾いていない新作やゴードン・ライトフット作などを出し
ている。やっぱり、ニール・ヤングやレナード・コーエンら偉大なカナダ人
先達にはちょいプライドを持っているみたい。昔からそういう話はあったが
、マックアイザックは薬やりまくりのぶっとび野郎だそう。それから、全米
No.1ヒットも持つ、カナダのバックマン・ターナー・オーヴァードライヴ(1
999年5月18日参照)の話で少し盛り上がる。彼、初めて買ったレコードがB
TO(昔は、そういう略のされかたもしましたね)なのだとか。考えてみれ
ば、ミカ・バンドもBTOとほぼ同時期に活躍していたんだよなー。
 カナダ大使館のシアターで、ロシア〜イスラエル居住を経て、現在はカナ
ダを拠点とする、23歳の女性ジャズ・シンガーのショーケース・ライヴ。バ
ックはカナダから連れてきた奏者と日本で雇った人の混合。ジャズだと、そ
ういうことも可能なわけですね。まっとうなジャズ・ヴォーカル路線とエン
ターテインメント路線を重ねて、非ジャズ・リスナーも取り込もうとする指
針を持つ人。性格よさそう。
  
 そして、下北沢に移って、440。この顔ぶれは、昨年モーション・ブル
ー・ヨコハマ(2005年4月11日)いらいか。途中から見たのだが、音と光
の丁々発止。森俊之いわく、光の流れを浴びながら演奏するのは気持ちいい
し、その変化から演奏が動いていったりもするのだとか。なるほどお。
 コステロとトゥーサンの共演アルバム『ザ・リヴァー・イン・リヴァース
』発売を受けてのショーケース・ライヴが、昼さがりに品川・キリスト品川
教会のグロリア・チャペルで開かれた。

 まず、トゥーサンを迎えたシングルを米国で作った中島美嘉が出てきて、
シングル収録の2曲をトゥーサンとともにパフォーマンス。自分のバンド(
なのかな?)に20人のゴスペル・クワイア(うち、8人ぐらいは外国人)、
そして御大のピアノ。へえ、中島美嘉って細い小さな人なんだな。ニューオ
リンズ的アクセントを採用したメインの曲と、自分化しての(ルイ・アーム
ストロングの当たり歌である)「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」。
なんにせよ、トゥーサンはさすがの指裁き。嬉しそうにピアノを弾く。中島
美嘉のことをもっと知りたいと思った。

 そして、トゥーサンとコステロのセットとなる。ところで……。

 かつて熱心にニューオリンズ・ファンク/セカンド・ライン物を追ったぼ
くにとって、トゥーサンは最大級に土下座の存在だ。一方、コステロは土下
座しようと思ったことはないものの、ずっと気にかけているロッカーである
。でも、『ザ・リヴァー・イン・リヴァース』は出来が悪いと、言わざるを
えない。過去に二人の邂逅/共同作業の積み重ねがあろうとなかろうと、ハ
リケーンが来ようと来まいと(カトリーナ・ハリケーンは私の最良のプロモ
ーターというような、あっけらかんとした物言いをトゥーサンはしていたな
)。というのも、ぼくの耳にはあのアルバムでの二人のかみ合わせは水と油
の関係にしか聞こえないのだ。それもこれも、あまりにコステロのヴォーカ
ルが固すぎるため。それ、軽妙洒脱で、グルーヴィなトゥサーンの曲やピア
ノとぜんぜん合わない。あれを聞いて、ぼくは黒っぽい楽曲を歌えるヴァン
・モリソンがいかに偉大なシンガーかも、痛感させられた……。ショージキ
、2度とこんなアルバム、聞けないナとぼくは判断をくだした。なら、ライ
ヴに行かなきゃいいぢゃん。そう、ムカつく人もいるだろう。だが、生でや
るというなら、そりゃチェックはしたくなる。いや、ぼくはトゥーサンを見
たくて行った。だから、彼の指裁きが見えるところにぼくは座った。

 和気あいあいとした感じで、デュオのパフォーマンスがスタート。コステ
ロは基本的にはトゥーサンのピアノに合わせて歌い、たまに生ギターを持っ
たときも。やはり、コステロの声はR&B/ファンクを歌っちゃいけない声
質だとはしっかり思った。声量や存在感はあるが、伸びやかじゃない、しなや
かじゃない、艶っぽくもない。だけど、生で聞いたほうが違和感がないのは
確か。オープナーからステージ下におりて観客に歌わせようとしたりとか、
コステロの本気ぐあいもプラスに働いたか。オフ・マイクで一生懸命、歌っ
たりとか。ほんと、この人はなんでも全力投球なんだな。

 しかし、ちょっとトゥーサンが歌ったりすると、もうコステロ歌うな、横
で黙って立ってろと言いたくなったのも事実。トゥーサンは68歳という年齢
より若く見えたし、元気そう。完全なソロ・アルバム作ってほしいな。少し
前に、ネットで偶然トゥーサンのお気に入りアルバム10枚みたいのを見て、
けっこうヤワなセレクションでへえと思ったけど。

 パフォーマンス後に、二人への質疑応答タイムも。このときもコステロは
ちゃんと答えていたな。感心かんしん。それで終わるはずだったようだが、
二人は予定外のパフォーマンスをまた始める。それが3曲で、全部で11曲。
アルバムに収録されていない曲もやった。聞けば、両者は来週から、ホーン
・セクションなども従えた編成でアメリカのツアーに出るのだという。なら
、この日のギグはいい練習にもなるし、レパートリーはいくらでもあるだろ
う。

 コステロの歌への不満を差し引いても、いい出し物だっと思う。クローズ
ドな催しであり、なるべく自慢げに書くのは避けようと思ってこの項の文章
を書いているが、この日の実演は中野サンプラザあたりで行われるべき質や
重さをもっていたと思う。