矢野顕子(2004年7月20日、2008年8月3日、2008年12月14日、2009年8月19日、2009年9月4日、2009年12月13日、2010年12月12日、2011年9月9日、2011年12月11日、2012年8月21日、2013年8月11日、2013年11月30日、2014年8月7日、2015年8月20日、2016年9月15日)の1992年弾き語りの一発録りアルバム『SUPER FOLK SONG』のレコーディング現場を追ったモノクロのドキュメンタリー映画のリマスター版の試写を見る。SMEソニー六番町ビル、ソニー・ミュージックのビルに試写場があるのを初めて知った。

 かつての公開時にこの映画を見て、なかなか壮絶な現場を収めているなあと思うことしきり。そのあと、彼女にインタヴューするときに少し緊張しました。今回改めて見て、よくもまあ矢野も撮らせたし、こういう編集をしたなという感想は出てくる。

 難産の現場、生みの苦しみの様を収める。監督の坂西伊作はエピック・ソニーの現場にいた方だそうだが、ある意味、アーティストの中に入っていると言えるか。このレコーディングは東京と長野のホールを貸し切って録音されているが、そんな情報には一切触れずに、淡々と限られた現場を追う。ピアノの周辺1メートルとレコーダーが置かれた部屋、その二つが映像の大きな柱。そこには、矢野とスタッフ数人いるだけだ。だから、なんの情報もなく、この映画を見たら普通のレコーディング・スタジオで撮影されたと思う人がほとんどではないか。アルバムは10曲強収められているが、映画では数曲に焦点を絞り、完成テイクに持って行く様が映し取られる。

 やはり、うなる。レコーディングの現場を追った映像の多くは、矢野の顔のアップ。ときに鍵盤を弾く指も映し出されるが、あまり音楽的なことは興味ないとばかりに、彼女の顔が延々映しだされる。それ、苦悶の場合が多い。当然、性格ブスに撮られる場合もある。だから、それを外に出すことを許した矢野の腹のくくり具合に畏怖しちゃう。

 付け足し的に、映画には鈴木慶一(2004年12月12日、2011年8月7日、2013年8月11日)、谷川俊太郎、宮沢和史(1999年5月21日、2007年8月11日)、糸井重里らの楽曲提供者たちのコメントも差し込まれるが、そのコメント者の一人には彼女のデビュー作『ジャパニーズ・ガール』を出した三浦光紀も場外れな感じで出てきて、彼は「表に出ないということを条件にデビュー作の録音にこぎつけた」と証言。そんな時もあった彼女が、こうして素の姿を出しまくっているのだから……。矢野顕子はまっすぐな表現者と言うしかないし、彼女のお茶目な部分が露になるライヴの様を知る者だと、余計に彼女の音楽家としての奥行きが伝わるはずだ。

 あと、この映画を改めて見て、彼女のピアノの伴奏の和音の取り方がおしゃれ、すごい卓越していると実感。それ、なんか直裁に伝わり、惚れ惚れ。また、映画では、来日中だったのか、レコーディングを覗きに来た米国の大マネージャー&プロデューサーであるデイヴィッド・ルビンソンの優しい姿も映し出される。当時、ルビンソンは日本以外の彼女と坂本龍一(2011年8月7日、2012年3月21日、2012年8月12日、2013年8月11日)のマネージメントをしていた。

 映画を見ながら、コンサートやツアーの内側を追った映画はあるが、レコーディング現場に迫った記録映画はあまりないんじゃないかと思えてきた。なくはないと思うが、あれれ思いつかないぞ。この人間の崇高な行為の様を収めた映画は、来年1月6日より、数都市で半月限定で公開される。

▶過去の、矢野顕子
http://43142.diarynote.jp/200407200015350000/
http://43142.diarynote.jp/200808090220110000/
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▶︎過去の、鈴木慶一
http://43142.diarynote.jp/200412212058580000/
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http://43142.diarynote.jp/201308130851402454/
▶︎過去の、宮沢和史
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live2.htm 5月21日 The Boom
http://43142.diarynote.jp/200708161531410000/ Ganga Zumba
▶過去の、坂本龍一
http://43142.diarynote.jp/?day=20110807
http://43142.diarynote.jp/?day=20120321
http://43142.diarynote.jp/?day=20120812
http://43142.diarynote.jp/?day=20130811

<今日の、想像>
 一発撮りでアルバムを作る。そんな『SUPER FOLK SONG』の指針は、録音テクノロジーが日進月歩していた当時の音楽界状況への疑問があったのではないか。レコーディング過程はどんどんブラック・ボックス化し、アーティストの真の姿が見えにくくなっている。そんな状況に?印表出の先鞭をつけたのが、ジョー・ジャクソン(当時はスティングと並んで、A&Mのハイ・プライオリティ英国人だった)のアナログ2枚組『ビッグ・ワールド』(A&M、1986年)だった。<歌が下手でも演奏ができなくても、今のテクノロジーを使えば、誰でもそれなりのレコードを作ってしまえる>、そんな状況に反旗を翻すために、彼はNYのラウンドアバウト・シアターで、証言者として客を入れ、全曲新曲〜オーヴァーダブをしない一発録りライヴ・レコーディングを1986年1月下旬に3日間行った。ぼくはその中の1日を見ていたので、その時のアーティストと受け手が一体となった緊張と高揚はよく覚えている。ショウの頭にかんでいたガムをペッとはいて颯爽と演奏を始めるなど、本当にジャクソンは格好良かった。そして、『SUPER FOLK SONG』制作陣にも、『ビッグ・ワールド』のことは頭にあったはずだ。

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