ベイビーフェイス(2001年10月25日、2014年9月6日)のラフェイス・レーベルから1997年にデビューし、2枚のアルバムを残したR&Bシンガー/ソングライターのサム・ソルターの訃報が届いている。ロサンゼルス生まれ、いかにもベイビーフェイスとの関係に合点が行く、とっても円満なソウル感覚を持つ人であったと思う。どんどんヒップホップ色が強くなるアーバン・フォーマットのメインストリームでは生き残れなかったというイメージも持つが、熟れた歌声とメロディ感覚を持つ才人であった。2010年代に入っても、彼はチャーリー・ウィルソン(2007年4月24日)、エルドラ・デバージやブッカー・T・ジョーンズ(2007年7月18日、2008年11月24日、2009年7月25日、2010年2月8日 、2011年9月12日、2012年5月11日、2013年10月29日、2017年4月13日)らに曲を提供していたりもした。死因は不明で、カリフォルニア州アップル・ヴァレイで死去。実はLAに出張した際、もうすぐラフェイスからデビューする新人だと彼を紹介されたことがあった。真面目さとイキがりを併せ持つ、シャイ・ガイであったと記憶する。
▶過去の、ベイビーフェイス
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-10.htm
https://43142.diarynote.jp/201409100929108025/
▶︎過去の、チャーリー・ウィルソン
https://43142.diarynote.jp/200704251228250000/
▶過去の、ブッカー・T・ジョーンズ
https://43142.diarynote.jp/200707232251010000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20090725
http://43142.diarynote.jp/200812110456078867/
http://43142.diarynote.jp/201002090914248826/
http://43142.diarynote.jp/201109151819433479/
http://43142.diarynote.jp/201310301217408539/
http://43142.diarynote.jp/201704161228187684/
そして、なんとリー“スクラッチ”・ペリーがお亡くなりになった。85歳。じいさん、思うまま生き切ったじゃないかと、ぼくは言いたくなるな。ジャマイカが生んだ、閃きに富むクリエイターであり、プロデューサー。ポピュラー・ミュージック界に燦然と輝く……。
ダブをはじめ、現代ビート・ミュージックにものすごい影響力を持つジャマイカン・ミュージックの創造性をいろいろと担った最たる偉人。ではあるが、ぼくの中ではフェスのステージ(2004年8月7日、2007年4月6日)に出ていた際の、カラフルで、飄々根無し草で、ラヴリーなおじいちゃんという印象がすごい残る。だが、裏ではモダン・ミュージック史を書き換えることをやっていた。いやあ、うひひだなあ。1996年にはザ・ビースティ・ボーイズと来日して、川崎の等々力アリーナに出たこともあった。その公演は、ちょうど来日中だったカサンドラ・ウィルソン(1999年8月27日、1999年9月2日、2001年2月12日、2004年9月7日、2008年8月11日、2010年6月13日、2011年5月5日、2013年5月31日、(1999年8月27日、1999年9月2日、2001年2月12日、2004年9月7日、2008年8月11日、2010年6月13日、2011年5月5日、2013年5月31日、2015年3月19日)も見た。
亡くなったのは、ジャマイカの病院と報じられている。スイスに住んでいると言われていたと記憶するが、最後には故郷に戻ったのか。
▶︎過去の、リー“スクラッチ”ペリー
https://43142.diarynote.jp/200408071336510000/
https://43142.diarynote.jp/200704112101130000/
https://43142.diarynote.jp/200806121400260000/
▶過去の、カサンドラ・ウィルソン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/augustlive.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/september1999live.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-2.htm
http://43142.diarynote.jp/200409070203440000/
http://43142.diarynote.jp/200808121357410000/
http://43142.diarynote.jp/201006181521416566/
http://43142.diarynote.jp/201105101010399933/
http://43142.diarynote.jp/201306060609052151/
http://43142.diarynote.jp/201503211741478728/
<今日の、立腹>
げんざい国際サッカー連盟(FIFA)仕切りで2年おきに行われる(らしい)ビーチ・サッカーのワールド・カップで、日本チームが決勝に進出した。家で見ることができるスポーツ・チャンネルで中継が映るので、昼下がりにそのファイナルを見た。今年はロシアのモスクワで開催(観客はヒャッホー状態)、相手はロシアのナショナル・チームだった。フットサルのイメージからするとコートは何気に大きめ、とはいえゴールキーパーが手でボールを投げると相手のゴール近くまで届く。ボールは軽めそう、裸足でやる球技だしナ。バイシクル・キックがポピュラーな得点手段であることを、今回初めて知った。結果は2−5で負けたが、そんなのどーでもいいやと思えたのは、日本人の解説が絶望的に酷すぎたから。嗄れ声が耳障りとかいうのはもう些細なことで、話がダメすぎる。ビーチ・サッカー関係者なのだろうが、放送に接する一般の人たちのことを考えず自分の半径1メートルの視野で独りよがりに与太応援話をする様はあんまり。こんな奴が日本のビーチ・サッカーの世界でデカい顔をしているのなら、ビーチ・サッカーなんて廃れていいと暴言を吐きたくなった。心から競技にあたる選手たちには申し訳ないが。なんか気安いようで、俺様パワハラ体質抱えていそうと思わせるのもバツ。実は昨日、同じスポーツ・チャンネルでたまたまスーパー・フォーミュラのツインリンクもてぎでの自動車レースの中継を見た(まじ、ものすごく久しぶりだった)のだが、チャラい走り屋というイメージのある土屋圭市がとっても穏やかに大人な解説をしているのに感心した後だけに、余計にぼくの反感メーターは振り切れた。
▶過去の、ベイビーフェイス
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-10.htm
https://43142.diarynote.jp/201409100929108025/
▶︎過去の、チャーリー・ウィルソン
https://43142.diarynote.jp/200704251228250000/
▶過去の、ブッカー・T・ジョーンズ
https://43142.diarynote.jp/200707232251010000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20090725
http://43142.diarynote.jp/200812110456078867/
http://43142.diarynote.jp/201002090914248826/
http://43142.diarynote.jp/201109151819433479/
http://43142.diarynote.jp/201310301217408539/
http://43142.diarynote.jp/201704161228187684/
そして、なんとリー“スクラッチ”・ペリーがお亡くなりになった。85歳。じいさん、思うまま生き切ったじゃないかと、ぼくは言いたくなるな。ジャマイカが生んだ、閃きに富むクリエイターであり、プロデューサー。ポピュラー・ミュージック界に燦然と輝く……。
ダブをはじめ、現代ビート・ミュージックにものすごい影響力を持つジャマイカン・ミュージックの創造性をいろいろと担った最たる偉人。ではあるが、ぼくの中ではフェスのステージ(2004年8月7日、2007年4月6日)に出ていた際の、カラフルで、飄々根無し草で、ラヴリーなおじいちゃんという印象がすごい残る。だが、裏ではモダン・ミュージック史を書き換えることをやっていた。いやあ、うひひだなあ。1996年にはザ・ビースティ・ボーイズと来日して、川崎の等々力アリーナに出たこともあった。その公演は、ちょうど来日中だったカサンドラ・ウィルソン(1999年8月27日、1999年9月2日、2001年2月12日、2004年9月7日、2008年8月11日、2010年6月13日、2011年5月5日、2013年5月31日、(1999年8月27日、1999年9月2日、2001年2月12日、2004年9月7日、2008年8月11日、2010年6月13日、2011年5月5日、2013年5月31日、2015年3月19日)も見た。
亡くなったのは、ジャマイカの病院と報じられている。スイスに住んでいると言われていたと記憶するが、最後には故郷に戻ったのか。
▶︎過去の、リー“スクラッチ”ペリー
https://43142.diarynote.jp/200408071336510000/
https://43142.diarynote.jp/200704112101130000/
https://43142.diarynote.jp/200806121400260000/
▶過去の、カサンドラ・ウィルソン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/augustlive.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/september1999live.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-2.htm
http://43142.diarynote.jp/200409070203440000/
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http://43142.diarynote.jp/201006181521416566/
http://43142.diarynote.jp/201105101010399933/
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http://43142.diarynote.jp/201503211741478728/
<今日の、立腹>
げんざい国際サッカー連盟(FIFA)仕切りで2年おきに行われる(らしい)ビーチ・サッカーのワールド・カップで、日本チームが決勝に進出した。家で見ることができるスポーツ・チャンネルで中継が映るので、昼下がりにそのファイナルを見た。今年はロシアのモスクワで開催(観客はヒャッホー状態)、相手はロシアのナショナル・チームだった。フットサルのイメージからするとコートは何気に大きめ、とはいえゴールキーパーが手でボールを投げると相手のゴール近くまで届く。ボールは軽めそう、裸足でやる球技だしナ。バイシクル・キックがポピュラーな得点手段であることを、今回初めて知った。結果は2−5で負けたが、そんなのどーでもいいやと思えたのは、日本人の解説が絶望的に酷すぎたから。嗄れ声が耳障りとかいうのはもう些細なことで、話がダメすぎる。ビーチ・サッカー関係者なのだろうが、放送に接する一般の人たちのことを考えず自分の半径1メートルの視野で独りよがりに与太応援話をする様はあんまり。こんな奴が日本のビーチ・サッカーの世界でデカい顔をしているのなら、ビーチ・サッカーなんて廃れていいと暴言を吐きたくなった。心から競技にあたる選手たちには申し訳ないが。なんか気安いようで、俺様パワハラ体質抱えていそうと思わせるのもバツ。実は昨日、同じスポーツ・チャンネルでたまたまスーパー・フォーミュラのツインリンクもてぎでの自動車レースの中継を見た(まじ、ものすごく久しぶりだった)のだが、チャラい走り屋というイメージのある土屋圭市がとっても穏やかに大人な解説をしているのに感心した後だけに、余計にぼくの反感メーターは振り切れた。
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