中野サンプラザで、アルゼンチン・タンゴを大々的に扱うショウを見る。満場、年配の人が多いか。この日はマチネー公演もあったよう。民音がアルゼンチンのタンゴ関連アーティストを毎年呼ぶようになって50周年となるのを記念してのもので(一時は本国で下火になったタンゴの担い手に貴重な活動の場を与えてもいたよう)、フェルナンド・マルサン・セステート、男女のシンガー、ペアのダンサーが4組、計12人のアルゼンチン人がステージに立った。

 ピアニストのフェルナンド・マルサン率いる楽団は、二人のバンドネオン、二人のヴァイオリン、コントラバスという編成。彼らはずっとステージにいて演奏し、曲により、ダンサーたちやシンガーたちが代わる代わる出てくる。インストだけの曲もある。ダンサーたちは何着衣装を持ってきているのだろうか。

 なんかすごいものを見ちゃったなという満足感たっぷり。絢爛豪華、理知整然。2部制で、タンゴの歴史の流れを追わんとするのだが、よく構成され、またちゃんと実演もされ(演奏も、歌も踊りも、みんなうまい)、ぼくは見入った。考えて見れば、ぼくはピアソラ絡みのコンボによるインストゥルメンタルの公演しか、タンゴ関連公演はこれまで見ていないのではないか。

 音楽監督を務めるフェルナンド・マルサンは現タンゴ界を率いる実力者のようで、マドンナ(2005年12月7日)主演の映画「エビータ」のサントラにも関与したというが、この情報量の多いプロジェクトをよくまとめたな。1967年生まれで紳士然とした彼は、カニング・ペーパーなしに、長めの日本語MCをいろいろとする。彼の熱意と真心を感じずにはいられず。

 1部は1950年代までのタンゴ曲をとりあげ、2部はそれ以降の曲を取り上げる。2部中盤からラスト1曲前にかけては、アストル・ピアソラ曲が半数近くの6つも並べられる。だが、1部の演奏との乖離はあまり感じず。それはピアソラ以後の価値観を持つ奏者たちが生き生きと演奏しているためもあるだろう。

 ミュージシャンに太ったは人はいないし、ときにアクロバティックなこともして観客を沸かせるダンサー陣だとよけいにそう。もう、すらりとした女性陣は遠目には足も二の腕も背中も綺麗。総じて、あまり年をとった人がいず。それらは、過去の焼き直しでなく、今の感性と娯楽性とアート性を通過したタンゴを自分は受け止めているのだという気持ちになれて、心地よい。

 門外漢だが、おもしろかった。結果、タンゴは深いし、アルゼンチンすげえという気分に断然なる。アルゼンチンに行きたいなあ。この力の入った出し物はこの9日から約2カ月間、日本各都市を回る。推せます。

▶過去のマドンナ
http://43142.diarynote.jp/200512091117210000/

 その後は、JRと都営地下鉄を乗り継いで、六本木へ。ポスト・ニュー・ウェイヴ期に世に出たソウル趣味少しアリのUKポップ・ユニットをビルボードライブ東京で見る(セカンド・ショウ)。メイン作曲者でリード・シンガーであるクラーク・ダッチェラーとベーシストのマイク・ノシートがオリジナル・メンバー。確か、オリジナルのドラマーは英国著名プロデューサーのミッキー・モストの息子だった。他に、鍵盤女性のロサ・ウルマン、長髪ギターのマーカス・ボンファティ、渋いルックスがいい感じのドラムのアレックス・リーヴスという陣容でことにあたる。1980年代下半期に活動し、約10年前にダッチェラーがまた再結成バンドに合流して、現在にいたるよう。

 ソロ作も数枚持つ50代半ばのダッチェラーを見て、まずはにっこり。そりゃ年齢相応ではあるが、昔のハンサム君風情の面影が残っていてアリと思ってしまう。キーボードも弾く彼だが、それは数曲にとどめてマイクを持って歌うダッチェラーはちゃんと往年の輝き、マナーを維持。声もそれなりにちゃんと出ていた。

 ショウが始まり、すぐに甘酸っぱい気持ちになる。へえ、何気に後打ちビートの曲が少なくなかったんだな。ヒット曲「アイ・ワナ・ビー・ユア・ヒーロー」はナイル・ロジャース(2003年4月15日、2003年8月24日、2006年4月11日、2009年4月6日、2010年4月30日、2011年4月18日、2012年12月28日)制作曲と聞いたら信じそうな、四つ打ち/ギター刻みが入った曲。そしたら、次にE.W.&F.(2006年1月19日、2012年5月17 日)の「セプテンバー」をアコースティック・ギター音を介して披露したのにはびっくり。派手なホーン音や鍵盤音がないと妙な感じ。でも、なんかにこにこなれた。総じて、生理的に晴れやか。ほのかに幸せな心持ちをぼくは得てしまった。

▶︎過去の、シック
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-4.htm 4月15日
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-8.htm Mt.フジ・ジャズ・フェスティヴァル
http://43142.diarynote.jp/200604141318090000/
http://43142.diarynote.jp/200904120633434116/
http://43142.diarynote.jp/201005011117591329/
http://43142.diarynote.jp/201104220822068448/
http://43142.diarynote.jp/201301051329276221/
▶過去の、E.W.&.F.
http://43142.diarynote.jp/200601271855390000/
http://43142.diarynote.jp/201205301252113538/

<今日の、迷い>
 昨日の夜にライヴに行く前にご飯を食べているころから咳がコンコンと出始め……。起床したら、どこか熱っぽい。だるい(あ、これは今日に限ったことではないか)。昨年初めてインフルエンザになり、小心者のぼくはすこしビビる。そしたら、ラジオのディレクターからぼくが間に入った番組収録(ぼくはでません)が、パーソナリティが風邪のため声が出ないとかとかで今日の録りはなしになりましたと連絡がある。風邪、はやっているのかー。原稿書きだと家にいればいいだけだからそんなに負担はないが、ぼくも木曜にはナイジェリア出身のおじいちゃんにインタヴューしなくてはならないし(そこで、咳をしていたらまずいでしょう)、これはちょい構えるなあ。というわけで、今日のライヴのハシゴを無しにしようかと一瞬弱気になり悩む。でも、ライヴに対する好奇心の方が増した。そしたら、両方とも望外の感興アリで、体に活気がみなぎる感もあり。うしし。ところで、まだヴァージン・ジャパンがあったころ(オフィスは代々木だった)、クラーク・ダッチェラーのファーストのライナー・ノーツはぼくが書いたんじゃないかと思えてきた。当時、ぼくは洋楽ロック/ソウルものの原稿ばかり書いていたからなあ。ぼくに原稿を頼んでくれていた同社ディレクターは数年前にお縄になったと聞いた。いろいろあります。

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