渋谷・WWW。先発はトルコのガイ・ス・アクヨル。彼女は1970年代のゴー・ゴー・ガールといった出で立ちで出てきて、サポートをする演奏男性陣(ギター、ギターと鍵盤、ベース、ドラム)は黒いローブのようなものを身にまとい、目の部分を覆うマスクをしている。個人名のようであるが、佇まいはとてもバンドっぽい。ドラムとギターはイケ面ぽいかも。いっていても、皆30歳ぐらいか?

 そんな面々がやるのは、オールド・スクールなサイケ・ロック(初期のロキシー・ミュージック〜2010年7月31日〜を思わせるリフの曲もあった)とトルコの伝統音楽をがっつり重ねたようなこと。基本はオリジナルのようだが、20世紀頭の曲と紹介されたものもあった。そんな”私たちの血が生きたロック”は弾けていても、いい意味でおどろおどろしい感覚を持つ。トルコ語で歌われているようだが、アクヨルは英語でMCをし、インタヴューも英語で受けていたという。

▶過去の、ロキシー・ミュージック
http://43142.diarynote.jp/201008251413325933/

 2番目の出演者は、アフリカのモーリタニアのシンガーであるヌーラ・ミント・セイマリ。日本でも紹介されている2枚のアルバムはとっても気に入っていたが、やはり屈強にして、オリジナルな持ち味をぐいぐい味合わせる。セイマリの出で立ちはイスラム教信者であるのは即了解させる。こちらは、旦那でもあるエレクトリック・ギター、5弦のエレクトリック・ベース(痩身で、2メートルはありそう)、英語でMCをしたドラマー(白人で、英語ネイティヴか)がバンドでつく。セイマリも少し英語のMCをし、彼女は頭の方はコラみたいな弦楽器を手して朗々と歌った。

 押しの強い、アフリカン・アラビック・ロック。脳みそとろけそうなストロングな情緒がギターにフランジャー系のエフェクトがかかることで減じていたのは、アルバムでの変化と同じ。だが、グリグリとぐろを巻くようなギター演奏(ピックを用いず、指で弾く。それはやはりサイコー)に、わりとロック流儀のリズムがつくという説明が、それはできるか。ステディなビートの上で枠越えの個体(この場合は、歌やギター音ですね)が舞うという構図はジミ・ヘンドリックス・エキスペリエンスを思い出させるところもあった? イエイ。結構、曲が同じに聞こえちゃう部分もあるのだが、とにかくそんな感じなんだもの、ぼくはグイグイ身体をを揺らしながらやら見てしまった。

<今日の、所感>
 WWWは映画館だったところを、ライヴ会場用に改造したハコ。まあ、ロンドンのザ・スカラ(http://www.myagent.ne.jp/~newswave/augustlive.htm 8月2日)やニューオーリンズのステイト・パレス・シアター(http://43142.diarynote.jp/200702112125550000/)のように、海外でも映画館や劇場をスタンディング主体のライヴ会場用にリノヴェイションした会場はいくらでもある。ともあれ、あちこちにライヴ用会場は新設されてもいるわけで、それは音楽より映画の方が斜陽ということを示すのか? とか、一瞬思ったが、シネコンとかミニ・シアターとかはたくさんあるはずで、映画の場合はハコのあり方が変わってきているのだと思う。確かに、今のシネコンの座席予約システムの便利さや、会場/座席の見易さはひと昔とはずいぶん変わった。それにならうなら、そろそろライヴ会場のあり方も大きく変化しても良さそうなものだが。企業努力がなされていないのか。まあ、まずはライヴの質ではあるのだけれど。だって、今日見たのような出演者はどんな会場であっても見たいと思うもの。

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