アルフレッド・ロドリゲス・トリオ
2011年11月25日 音楽 ロドリゲスさんはキューバ出身の、若手ジャズ・ピアニスト。2009年から米国に居住しているそうだが、20代半ばぐらいだろうか。あのクインシー・ジョーンズが気にいっていて、彼のレーベル“クエスト”からのアルバムももうできている。で、ジョーンズがエグゼクティク・プロデューサーとしてクレジットされているそれには、あんまりキューバ出身であること感じさせない(一部、クラーヴェ感覚が下敷きになる曲もあり)、俊英臭むんむんの真性ジャズ・マンぶりが切りとられている。これがホントに娯楽性も追求してきているクエスト発のレコードなのと思わせるオーセンティックな部分もそのアルバムはおおいに持っていて、ジャズを出発点にしつつもどんどん好奇心と商売っ気でもってジャズから離れていたジョーンズのジャズへの罪滅ぼし作品、と、ぼくはそれを受け取ったが。
トリオ編成による。リズム・セクションも若く、主役と同年代か。ベーシストのレイニエ・エリザルデはデイヴィッド・マレイ(2003年8月9日、2004年6月6日)作、ドラマーのヘンリー・コールはダヴィッド・サンチェス(2003年8月1日〜2日、2010年1月27日)のアルバムに名前が見られたりもする。3人は一緒に出てきたが、オープナーは延々とソロで演奏し、アンコールでも一人で出てきてソロ演奏を聞かせる。おお、ソロでやるのも好きなんだな。それらを聞くと、クラシックの素養もたっぷり持つこともより示される。
曲の長さはかなり長目で、三者の闊達な噛み合い(それは、ときにかったるくない構成感を感じさせる)を通して、真摯な現代ピアノ表現を浮び上がらせる。リズム隊はロック世代以降の聞き手なら親しみやすさを覚えるだろう、それなりにグルーヴィな単一リフを続ける局面も。にこっ。
(追記)上で触れたアルバムは結局、2012年に米マック・アヴェニューからリリースされた。
<今日の、ザ・ローリング・ストーンズ>
一部でけっこう話題になっているが、突然公式配信された73年秋のストーンズのライヴがマジ素晴らしい。わあい、だ。やっぱ、このころが、ストーンズの黄金期。ぼくにとっては。ジャマイカ録音作『山羊のスープ』を出した後のツアーのブリュッセルでの録音物だが、演奏/音質ともにバッチリ。いやあ、いかに今のストーンズが衰え、いろんな鎧をまとっているかを教えもするわけで、よくぞ配信してくれました。その前年にリリースされた『メインストリートのならず者』はぼくのストーンズ初体験盤で、リアルタイムで買った。その不良っぽいイメージは嫌いだった(アルバムには絵はがき数葉が封入されていたのだが、そこでキースがジーンズのジッパーを下げて陰毛をちらり出していたりしているのもイヤだった)が、聞いて一発で、これはぼくの生涯10枚のアルバムになると確信したっけなー。
73年といえば、本来ストーンズが初来日するはずだった年でもある。チケットも発売されたはずだが、確か査証がおりず中止となった。彼らを招聘しようとしたのは、石原慎太郎の舎弟だった、ぼんぼん愚連隊の糸山英太郎。中曽根康弘の秘書をしていた彼は、74年に衆議院全国区で立候補する。スケールの大きな、選挙がらみの売名行為。日本で一番、政治とロックが交錯した出来事? そういえば、彼は選挙違反のスペシャリストとしても有名でしたね。ぼくは地方の小僧だったのでどっちにしろ行けるはずもなかったが、当時見に行くぞと意気込んでいた青春まっただなかの人たちは一連の騒動にどんな所感をもったのだろうか。
トリオ編成による。リズム・セクションも若く、主役と同年代か。ベーシストのレイニエ・エリザルデはデイヴィッド・マレイ(2003年8月9日、2004年6月6日)作、ドラマーのヘンリー・コールはダヴィッド・サンチェス(2003年8月1日〜2日、2010年1月27日)のアルバムに名前が見られたりもする。3人は一緒に出てきたが、オープナーは延々とソロで演奏し、アンコールでも一人で出てきてソロ演奏を聞かせる。おお、ソロでやるのも好きなんだな。それらを聞くと、クラシックの素養もたっぷり持つこともより示される。
曲の長さはかなり長目で、三者の闊達な噛み合い(それは、ときにかったるくない構成感を感じさせる)を通して、真摯な現代ピアノ表現を浮び上がらせる。リズム隊はロック世代以降の聞き手なら親しみやすさを覚えるだろう、それなりにグルーヴィな単一リフを続ける局面も。にこっ。
(追記)上で触れたアルバムは結局、2012年に米マック・アヴェニューからリリースされた。
<今日の、ザ・ローリング・ストーンズ>
一部でけっこう話題になっているが、突然公式配信された73年秋のストーンズのライヴがマジ素晴らしい。わあい、だ。やっぱ、このころが、ストーンズの黄金期。ぼくにとっては。ジャマイカ録音作『山羊のスープ』を出した後のツアーのブリュッセルでの録音物だが、演奏/音質ともにバッチリ。いやあ、いかに今のストーンズが衰え、いろんな鎧をまとっているかを教えもするわけで、よくぞ配信してくれました。その前年にリリースされた『メインストリートのならず者』はぼくのストーンズ初体験盤で、リアルタイムで買った。その不良っぽいイメージは嫌いだった(アルバムには絵はがき数葉が封入されていたのだが、そこでキースがジーンズのジッパーを下げて陰毛をちらり出していたりしているのもイヤだった)が、聞いて一発で、これはぼくの生涯10枚のアルバムになると確信したっけなー。
73年といえば、本来ストーンズが初来日するはずだった年でもある。チケットも発売されたはずだが、確か査証がおりず中止となった。彼らを招聘しようとしたのは、石原慎太郎の舎弟だった、ぼんぼん愚連隊の糸山英太郎。中曽根康弘の秘書をしていた彼は、74年に衆議院全国区で立候補する。スケールの大きな、選挙がらみの売名行為。日本で一番、政治とロックが交錯した出来事? そういえば、彼は選挙違反のスペシャリストとしても有名でしたね。ぼくは地方の小僧だったのでどっちにしろ行けるはずもなかったが、当時見に行くぞと意気込んでいた青春まっただなかの人たちは一連の騒動にどんな所感をもったのだろうか。
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