小沼ようすけ フューチャリング・ジャック・シュワルツ=バルト
2010年10月12日 音楽 植民地主義の流れで、フランスはカリブ海に海外県を持っている。そんなことを知ったのは成人をとっくに過ぎてからであり、それは音楽を通してだった。90年前後にワールド・ミュージックの隆盛とともにカリブ海のフランス語圏、マルチニークやグアドループの音楽がビギンやズークという音楽様式とともに紹介され、フランスは遠い地に海外県を持つことをぼくは認知したのだ。マルチニークのマラヴォアやカリ、グアトループのカッサヴなんかはかつて大々的に日本で紹介されたっけ。
なんてことをステージに接しながら、懐かしく思いだしたりして。グアトループにはグオッカという太鼓が中心となるリズムがあるらしく、それを取り上げたジャズをやっているのが、グアトループ生まれで、バークリー音楽大学を経てNYに居住しているサックス奏者のジャック・シュワルツ=バルト(2003年9月21日)。彼の両親であるアンドレとシモーヌ・シュワルツ=バルト、ともに文学の方では高名らしいですね。なんでもシモーヌの故郷がグアトループで70年以降に夫妻は居住し、ジャックは生まれたらしい。
そのジャックはロイ・ハーグローヴ(2009年6月24日、他)とも親しく、彼のソウル・フュージョン路線=R.H.ファクター(2003年9月21日)の成就を助けたりしたことも。ハーグローヴ作やトリッキー(2001年7月27日)作やソウライヴ(2010年5月21日)作などにも参加し、ネオ・ソウル路線にあるリーダー作を複数持つステファニー・マッケイは彼の奥さんというのはともかく(ジャックは今ベッセルトフトと親しいakiko;2010年1月24日他の03年作をプロデュースしたこともありますね)、彼のここのところのリーダー作群はグアドループ出身のミュージシャンを入れた出自応用路線をとっているのだ。
と、ここまでは前置き。そんな彼のトロピカルなんだか都会的なんだかよくわからない(というか、クールにそれらが干渉し合う)表現を愛でて、昨年にジャックをプロデューサーに立ててのリーダー作『Jam Ka』を作ってしまったのが、ギタリストの小沼ようすけ(2004年11月30日)。そして彼、今度はなんとシュワルツ=バルト・バンドを呼んでしまって、同路線のお披露目ライヴをやってしまった。南青山・ブルーノート東京、ファースト・ショウ。この日のみのブルーノート公演と小沼の故郷(秋田)での公演のためだけに、バンドを呼んでしまったそうで、贅沢な。
小沼とシュワルツ=バルトに加え、打楽器二人、キーボード、ベースという、6人で実演。パーカッション奏者たちはもちろんグアトループ生まれで、パリ在住とか。ベースはカサンドラ・ウィルソン(2010年6月13日,他)やスティーヴ・コールマンら辣腕リーダーの作品で弾いている実力者のレジー・ワシントン(2003年9月21日)。NYを拠点としていた彼だが、今はベルギーに住んでいるらしい。グオッカのリズムを言葉で説明するのは難しいが、二人の奏者はけっこう同じ叩きかたで重なるように叩いていた(ヴォーカルだったら、ユニゾンと説明したくなる)のは印象に残る。そこらへん、丁々発止して、隙間を埋め合っていくような感覚も持つキューバン・ラテン等の打楽器の重なり方とは違うナと僕は感じた。そして、そうした間(ま)を持つ打楽器音ベースのサウンドが内に抱えるのは呪術性というか、永遠性というか。←本が苦手なぼくの言だからあてにはならないが、ガルシア・マルケスが持つ感触を思い出した?
そこには一聴のどかな感じもあるのだが、一方では濁った今様な空気感もどこかに持ち……。ゆったり誘うのだけど、どこかでは引っかかりを携え……。微妙な濃淡というか、不可解な幻想感覚のようなものも、ステージからは送り出されていたか。
小沼はブルース・マンのようにピックを用いず指で弾き、楽譜には絶対表れない、深みやほつれを持つ音色やフレイジングを飄々と送り出す。“ザ・ギタリスト”という風格も、間違いなく出る。ほんと興味深くも、いろんな左手の近い方をしていたような。イケ面ミュージシャンとしても知れれる小沼だが、その左手を見るだけでイっちゃう人もいる? だと、愉快だなあ。というのはともかく、彼の演奏に触れながら、ピック弾きする大半のギタリストはなんと無味乾燥なんだろうと思ってしまった(←少し、誇張)。曲によっては彼、シュワルツ=バルトとともにアウトするソロをとったりも。そういえば、昨年までパリに住んでいたかなり硬派なジャズ好きの人がフリー系奏者の名とともに、シュワルツ=バルトの名を好きな人としてあげていたな。カリブ系海外県の音楽は本国でも楽勝で入手できるらしい。
その後、渋谷・クラブクアトロに行ったら、ジェシー・ハリス公演を少しだけ見れた。アンコールでは、「ドント・ノウ・ホワイ」をやった。
なんてことをステージに接しながら、懐かしく思いだしたりして。グアトループにはグオッカという太鼓が中心となるリズムがあるらしく、それを取り上げたジャズをやっているのが、グアトループ生まれで、バークリー音楽大学を経てNYに居住しているサックス奏者のジャック・シュワルツ=バルト(2003年9月21日)。彼の両親であるアンドレとシモーヌ・シュワルツ=バルト、ともに文学の方では高名らしいですね。なんでもシモーヌの故郷がグアトループで70年以降に夫妻は居住し、ジャックは生まれたらしい。
そのジャックはロイ・ハーグローヴ(2009年6月24日、他)とも親しく、彼のソウル・フュージョン路線=R.H.ファクター(2003年9月21日)の成就を助けたりしたことも。ハーグローヴ作やトリッキー(2001年7月27日)作やソウライヴ(2010年5月21日)作などにも参加し、ネオ・ソウル路線にあるリーダー作を複数持つステファニー・マッケイは彼の奥さんというのはともかく(ジャックは今ベッセルトフトと親しいakiko;2010年1月24日他の03年作をプロデュースしたこともありますね)、彼のここのところのリーダー作群はグアドループ出身のミュージシャンを入れた出自応用路線をとっているのだ。
と、ここまでは前置き。そんな彼のトロピカルなんだか都会的なんだかよくわからない(というか、クールにそれらが干渉し合う)表現を愛でて、昨年にジャックをプロデューサーに立ててのリーダー作『Jam Ka』を作ってしまったのが、ギタリストの小沼ようすけ(2004年11月30日)。そして彼、今度はなんとシュワルツ=バルト・バンドを呼んでしまって、同路線のお披露目ライヴをやってしまった。南青山・ブルーノート東京、ファースト・ショウ。この日のみのブルーノート公演と小沼の故郷(秋田)での公演のためだけに、バンドを呼んでしまったそうで、贅沢な。
小沼とシュワルツ=バルトに加え、打楽器二人、キーボード、ベースという、6人で実演。パーカッション奏者たちはもちろんグアトループ生まれで、パリ在住とか。ベースはカサンドラ・ウィルソン(2010年6月13日,他)やスティーヴ・コールマンら辣腕リーダーの作品で弾いている実力者のレジー・ワシントン(2003年9月21日)。NYを拠点としていた彼だが、今はベルギーに住んでいるらしい。グオッカのリズムを言葉で説明するのは難しいが、二人の奏者はけっこう同じ叩きかたで重なるように叩いていた(ヴォーカルだったら、ユニゾンと説明したくなる)のは印象に残る。そこらへん、丁々発止して、隙間を埋め合っていくような感覚も持つキューバン・ラテン等の打楽器の重なり方とは違うナと僕は感じた。そして、そうした間(ま)を持つ打楽器音ベースのサウンドが内に抱えるのは呪術性というか、永遠性というか。←本が苦手なぼくの言だからあてにはならないが、ガルシア・マルケスが持つ感触を思い出した?
そこには一聴のどかな感じもあるのだが、一方では濁った今様な空気感もどこかに持ち……。ゆったり誘うのだけど、どこかでは引っかかりを携え……。微妙な濃淡というか、不可解な幻想感覚のようなものも、ステージからは送り出されていたか。
小沼はブルース・マンのようにピックを用いず指で弾き、楽譜には絶対表れない、深みやほつれを持つ音色やフレイジングを飄々と送り出す。“ザ・ギタリスト”という風格も、間違いなく出る。ほんと興味深くも、いろんな左手の近い方をしていたような。イケ面ミュージシャンとしても知れれる小沼だが、その左手を見るだけでイっちゃう人もいる? だと、愉快だなあ。というのはともかく、彼の演奏に触れながら、ピック弾きする大半のギタリストはなんと無味乾燥なんだろうと思ってしまった(←少し、誇張)。曲によっては彼、シュワルツ=バルトとともにアウトするソロをとったりも。そういえば、昨年までパリに住んでいたかなり硬派なジャズ好きの人がフリー系奏者の名とともに、シュワルツ=バルトの名を好きな人としてあげていたな。カリブ系海外県の音楽は本国でも楽勝で入手できるらしい。
その後、渋谷・クラブクアトロに行ったら、ジェシー・ハリス公演を少しだけ見れた。アンコールでは、「ドント・ノウ・ホワイ」をやった。
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