LAのほんのりソウル味をにじませたシンガー・ソングライター表現で、所謂AOR愛好者から高い評価を受ける人物。すごい、久しぶりの来日? まあ、別に悪い印象はないものの、ぼくのお目当てはキーボード奏者のキャット・グレイ(2000年2月14日)でしたが。彼は沼澤尚(2010年1月12日,他)がLA居住時にカール・ペラッゾとともに組んでいたファンク・ポップ・ユニットである13キャッツの引率者だった好タレント(カールとキャットの大々的な業界スタートは、シーラ・Eのバンド。ペイズリー・パーク発の彼女のアルバムには化粧している彼らの姿を認めることができる)。そんなに印象的な使われ方はされていなかったが、ときに少し13キャッツを聞いている気分になったときも。偉大なり、手癖。彼は90年代に全米2位曲も持つジェーンチャイルドと結婚したはずだが、いまだ続いているのだろうか。ちなみに、他の同行者はイエロージェケッツ(2009年3月23日)のメンバーでもあるベースのジミー・ハスリップ(2010年7月9日、他)と名ロック・セッション・ドラマーのゲイリー・マラバー。ドヒニーの73年デビュー作でも叩いていたマラバーはそのころヴァン・モリソン・バンドもやっていて、『ムーンダンス』や『ティペロ・ハニー』に名前が見られる。

 黒いTシャツにシーンズといった感じで、ステージ上の4人は実にチープな格好をしている。少し、なんだかな。ドヒニーはかつて、LESVIS a BOISという日本の服飾ブランドの宣伝キャラクターをしていたことがあった。それから、みんな頭髪がフサフサしているのには印象が残る。外国人はハゲが少なくないので、50代超えの人が揃ったバンドでそれは珍しい。生ギターと電気ギターを曲によって交換しながら歌うドヒニーの歌は不安定なときも。もともと優男風情のほんわかヴォーカルで売ってきた人だけに違和感は大きくはないが、近年はそんなに歌っていないのかもしれない。でも、この実力者が揃うバンドを組むのだから人望と力あるんだなー。アンコールはチャカ・カーンが81年にヒットさせた「ファッチャ・ゴナ・ドゥ・フォー・ミー」、これドヒニーとへイミッシュ・スチュアート(2006年3月8日)の共作曲ですね。客は、男の比率が高かった(終演後、サインをもらう列がずらり)。六本木・ビルボードライブ東京、セカンド・ショウ。

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