怒濤の3日間のはじまり……。明日取材とバッティングして見ることができないので、東京ジャズの出し物であるマーカス・ミラー(2009年9月15日、他)・バンドとNHK交響楽団の共演のリハを午前中に少し覗かせてもらう。広い東京国際フォーラムのホールAのステージにフルのオーケストラ員がどばあっといるのは壮観。で、その人たちが一斉に音をだしたら、やっぱ誘いあるよなー。指揮はデイモン・ガプトンというアフリカ系の人物、ミラー側が用意したという。コンサート・マスターは昨年のMONOのオーケストラ付き公演(2009年12月21日)にも関与していた人、特徴的な風貌なので判る。リハ自体は昨日もやっているそうで、それでだいぶ決まったのか、ストレスなく音の流れをチェックしている感じか。今年リリースされたモナコでの同様のライヴ盤はあまり興味ひかれなかったが、これなら、見てえ、と思った。ゲスト出演することになっているクリスチャン・スコットはリハの最後の方に殿様のように来て、ププイっと鳴らす。痩身で小顔のミラーはやっぱ格好いいな、と再認識。

 晴天にて、相変わらず暑い。ご飯を食べ、西新宿5丁目に移動し、音楽ドキュメンタリー映画の大家マレー・ラーナーが講演/対談をするのを覗く。この3、4、5日に新宿のいろんなライヴ・ハウスを舞台に行われる音楽見本市、Tokyo Boot Upがはじまるのに際しての、オープニングの特別催し。西新宿5丁目・東放学園映画大学校。

 ラーナーさんはもう80歳とかの、白髪の好々爺。奥さんも同行、横に座っている。ロック映画だと、ワイト島のフェスのドキュメンタリーや近年のザ・フーの「アメイジング・ストーリー」(2008年10月1日)などを撮っている人。大学時代は音楽好きの文学青年だったようであり、映像美学にはかなりのこだわりと周到さを持っていたのが伺える。また、彼は3D映像にも目を向けている人のようだ。その後に、やはり彼が監督した60年代上半期のニューポート・フォーク・フェスティヴァルのモノクロ記録映画「フェスティヴァル」を上映、時間の許す限り見る。字幕付きDVDも出ているようだが、フォークが苦手の僕は初めて見る。が、当時の自由を標榜するフォーク・フェスの常なのかどうかは知らないがブルース・マン(サン・ハウスが出てくるシーンは、ラーナーのお気に入りの箇所のよう)やザ・ステイプル・シンガーズらゴスペル勢もいろいろ出ていて、4分の1の出演者は黒人。隔世の感アリの観客の風体を見れば判るように、ニューポートは裕福な東海岸白人の避暑地なわけで、リベラルな理念のもと同フェスが運営されていたのかもしれないけど。ともあれ、映画を見ていてそっかあと感じたのは、日常とは線を引いた所にあるワクワクしちゃうものとして、40年前にも音楽フェスはしっかり機能していたこと。マウンテン・ミュージックのダンス・グループ等も出てきて、それはアフリカ系アクトとともに今で言うところのワールド・ミュージック的な広がりをフェスに与えていたかも。人間の趣向/営みなんて、変わらない部分も多いんだろうなあ。なんか、少し感傷的なキブンにも。ジョーン・バエズの動く姿にはじめて触れた(音楽を聞くのも初めてかな。けっこう肌の色が黒く写っていたけど、何系なんだろう)が、ちゃんと才を持つ人なんだな。

 以前にも少し触れたがTokyo Boot Upは、日本人アクトも多数出ているテキサス州オースティンのサウス・バイ・サウスウェストの日本版をめざすような、今年から始まった催し。地域内にあるいろんなライヴ・ヴェニューに明日を見つめんとするバンドが次々と出演し、逆に送り手側にいる人間や好奇心おう盛な聞き手が有望な担い手をリサーチする……。80年代NYのニュー・ミュージック・セミナーや90年代NYのCMJミュージック・マラソンなど、米国には本当に規模の大きな地域一括型ロック見本市があったわけで、そういうものが東京でも開かれるのはおおいに楽しそう。が、東京ジャズともろにバッティングしていて、接せられな〜い。  

 が、変わりに、ではないけれど、ちょいシンクロニシティ的なことも。ぼくはニュー・ミュージック・セミナーは一度、CMJミュージック・マラソン(当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったCMJ=カレッジ・ミュージック・チャートが大々的にスポンサードしていた)は2度行ったことがあった。それぞれにいろんな感興があり、出会いがあったわけだが、そうしたなか、大きな思い出として残っているのは、90年上半期に行った1度目のCMJミュージック・マラソンのとき。そのとき、ぼくは当時活動休止中だったノーナ・ヘンドリックスとスカンク・アナウンシーのライヴ会場で邂逅、元祖女性黒人ロッカーたる彼女は英国新進の女性ブラック・ロック歌手がフロントにいる同バンドを見に来ていたのだった。そのアトラクティヴな風貌はすぐに彼女と判るもので,大感激しつつぼくは大ファンであることをつげ、名刺を交換したりした(そのとき、ミュージシャンじゃない名刺を彼女は持っていたんだよなー)。そしたら、東京ジャズに出演のため来日(84年のパルコ主催の来日公演いらい?)していた彼女と夕方に会うことがきて、ぼくは感無量……。昔のNYでの顛末のことを言ったら、彼女は覚えてはいなかったが。

 夜は有楽町・東京国際フォーラム(ホールA)で、東京ジャズの初日プログラムの、クリスチャン・スコット(2009年9月15日、他)とケニー・バロン(2009年1月7日、他)、二つの出し物に触れる。スコット・グループの演奏にはタップダンサーの熊谷和徳がゲストで入り、要所で打楽器奏者のように足さばきによる音を加える。クリスチャンはレディオヘッド信奉者だが、彼はついにトム・ヨークのアトム・フォー・ピースとNYで共演したらしい。おめでとう! 後者はロン・カーター(2010年5月6日、他)とレニー・ホワイト(2010年9月1日)とのトリオにて、堂々ひたひたの演奏。その途中で、向かいにあるコットンクラブに。

 そちらの出演者は明日の東京ジャズの昼の部の出演者である、メイシオ・パーカー(2010年2月16日、他)。バンドの顔ぶれはまったく前回と同じ、ながら(基本構成は同様ながらも、変えたり、自然発生的に変わっている部分も)やはり高揚。。。。

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