まず、スカンジナヴィア圏から来た二組の担い手を渋谷・デュオで見る。最初に登場したのは、ノルウェイとアイスランドの中間に位置するフェロー諸島(デンマーク自治領)出身の女性シンガー・ソングライターのアイヴォール・ボルスドッテル。なんでも、10代半ばにして音楽をするためにアイスランドに居住して現在があるそう(リーダー作の中にはドーナル・ラーニーが制作したものも)だが、なるほど北を感じさせる歌をゆうゆうと一人で聞かせてくれたな。ギター(アコースティックと電気を併用)を持って歌うときはカナダの北のほうの我が道を行くシンガー・ソングライターなんですよと言われてもなんとなく頷きそうなところもあるが、圧巻は最後にボーランをバチで叩きながら歌った(たぶん)トラッド曲。さあーっと、会場内の空気の色/手触りが変わる。うーん、こりゃらしくも味あり。そーゆーのをもっと聞きたかった。ちょうど、40分のパフォーマンス。

 続いて登場は、フィンランドからやってきた6人組のアラマーイルマン・ヴァサラット。ソプラノ・サックス1(ときにチューバックスという、サックス的指使いでチューバのような低音を出すデカい据え置き型サックスを吹いたりも)、トロンボーン1、チェロ2、オルガン1、ドラム1という変則編成にて、インストゥメンタルを聞かせる集団。リーダーのスタクラがヘヴィメタル・バンドでベースを弾いていたものの、突然ソプラノ・サックスを手にし、同時にギターという楽器が嫌になって始めたバンドで、90年代末から活動をはじめ、これまで4枚のアルバムをリリースしている。

 そのアラマーイルマン・ヴァサラットは初来日になるが、スタクラはリード奏者として数回来日し江古田のバディ(2000年6月2日、参照)なんかに出ているというので、今はフリー・インプロヴァイザー的な部分にも力を入れているのかなと思ったら、あまり即興的な吹き方/用い方はせずにバンドの重なりを重視している実演を開いていく。なんにせよ、酔狂なカテゴライズが難しい表現を聞かせるが、ときに民族音楽要素とヘヴィメタが入る我流妄想系(北欧の冬は長い)プログ・ロックをやっていると説明するのが適切か。チェロ奏者たちの重なり方が地味だったのは想定外だったが。こちらは、1時間ちょい演奏する。

 怪人臭ぷんぷんのスタクラ(けっこう歳がいっているように見えるが、73年生まれ)は黒い帽子に黒い衣服で、ぷっくりした顔にとっても立派な髭をたくわえている。実は彼、この5月に単身プロモーションで来日しているのだが、その取材時にその風体におもわず「あのう、ユダヤの血は引いているんですかあ?」と、ぼくは聞いてしまった。その答えは、東欧トランシルヴァニア系の血筋だそうで、ノー。ながら、横に座る同行していたスタクラの彼女が笑いながら、「でも、私がイスラエルに行ったときはこうゆう人いたわよ」と話に割ってくる。若いときのドクター・ジョン(2005年9月20日、他)にも似ているかもしれませんねと、ぼくが続けると、「いやあ、この帽子はニューオーリンズで買ったんだ」。ちなみに、今回の来日時はまた別の黒い帽子をかぶっていたと思う。

 子供のころは道化師にまず憧れたという発言もあながちネタではなさそうなスタクラ(本名はなんていうんだろう?)はサバけてそうな感じもあるので、その際にこんな質問もしてみた。「同じスカンジナヴィアといっても、なんか一部のノルウェイの音楽家はスウェーデン人と一緒にするなという考えを持っているような気がするんです。あなたは、そこらへんはどーなんでしょ?」

 答えは、「あ、やっぱ、そういうのあるよ。友達にもなれるし、実際いるけど、音楽を一緒に作れるかというとアティチュードの面で特にスウェーデンの連中はつまらなくて、ありゃ駄目だ。スウェーデンでいいのはミートボールだけだな。その点、ノルウェイはまあイケるかな。デンマークもましだな」。だ、そーです。なお、同国のアキ・カウリスマキ監督には共感を覚え、特にヴァサラットのスロウ曲と彼の作風は共振するものがあると感じているそうだ。フィンランドの愛すべき変調音楽集団のファーマーズ・マーケット(2001年6月16日、2008年5月24日))については、いい事をやっているとは聞いているが聞いてはいない、とのこと。同じく同国のチェロ3人+ドラムという編成を持つヘヴィメタル系のアポカリプティカの事は鼻で笑う感じだったかな。

 その後、急いで南青山・プラッサオンゼに異動。複数回来日しているはずの、ベト・カレッティのセカンド・ショウ開始に間に合う。当初はキーボードの弾き語り、そして途中からは生ギターの弾き語り。当然、達者なギター技量にも感心させられる後者のほうがいい味を出すが、なんにせよブラジル的な漂い/誘いの回路をしかと内に持ち、それをちゃんと自分のしなやかな歌とともに出せる人という印象を強くする。なんら凝ったところ、構えたところもなく自然体、街角の大人の表現というノリをさりげなく出す。アンコールはリクエストを募り、一人が教則本に入っていた曲を提案するが、いろんな曲をやっているからかカレッティは??? 結局、その教則本を見ながら、あーこの曲かという感じでほのぼの実演。そうした他愛のない事でも、フフフとなれるような、優しい空気を彼は作っていた。カレッティは16日にもここに出演する。

 実は、カレッティはブラジル人ではなくアルゼンチン人。が、しっかりと異国の機微を会得している彼に触れつつ、キューバ出身(現在はカナダに居住)ながら曲によってはかなりブラジル色が濃い表現を作るアレックス・キューバ(2008年10月30日、2008年11月12日)のことを唐突に思い出す。ネリー・ファータドのなんか糸引く哀愁を持つ新作『Mi Plan』(Universal)はなんとスペイン語アルバム(メキシコのアレハンドロ・エルナンデスやスペインのコンチャ・ブイカなどゲスト多数)だが、キューバはそこで曲を共作したりデュエットしたりと重要な役割を果たしていたりするんだよな。カナダ生まれのファータドはもともとポルトガルのルーツを持つ(父親はファドのミュージシャンとか)が、何ゆえにスペイン語作なのか。北欧の壁より、スペイン語圏とポルトガル語圏の壁のほうが低いのか?

コメント