まず、大田区の池上本門寺に。ものすごくデカい規模のお寺、日蓮宗の大本
山らしい。よく分からないが、いろんな建物/施設があるようだ。歴史がある
ようなのでヘラヘラと興味深く接することができるが(実は、この公演に来た
いと思ったのは、奄美諸島の島唄に触れたいと思うとともに、この施設に対す
る純粋な好奇心もあった)、新興宗教系のそれだと足を踏み入れただけでいた
たまれない気持ちになるんだろうなあ。ぼく、宗教には相当なアレルギーを持
つ。いろんないざこざの元凶はまさに宗教にあり、って感じている人だから。
その宗教がなければ人類は滅びているという人もいるけど、強気のぼくは宗教
を必要としたことないしな。ピンチのとき、神さまァって思うことはあった
けど、それは特定の神ではなく、俺サマの神だもの。

 そこの本殿という建物(靴を脱いで上がる)のなかのホールというか、広間
というか。ステージの後ろには大仏みたいのや観音みたいのが数体、鎮座する
。会場内は椅子が並べられていて、満員。かなり、暑い。ちと苦行ぎみ。入口
横のほうにオリオン・ビールとか売っていて、なんか拍子抜け〜サバけてるじ
ゃんと思ったら、それは沖縄方面関連物産販売のものだった。

 ここ数年、広く島意外の聞き手に向かって歌おうとしている60才後半の女性
シンガー。奄美の島唄の歌手を生で聞くのは、元ちとせ(2001年12月3日)い
らい。ポップ音楽の枠組みのなかで独自の歌唱方を起立させるという元と違い
、ずっと親しんできたトラディッショナルな流儀にポップ文脈にある伴奏をや
んわり重ねるというのが彼女の行き方と言えるか。こっちのほうが、かつての
ワールド・ミュージックの方法論に近い。三味線だけを伴奏とするものから、
ピアノやパーカッションなども加わるものまで。弟子が歌うパートもある。そ
の声や節回しを聞いただけで首根っこを押さえつけられるような、パワーや未
知の流儀はぼくは感じなかった。一方で、非島唄回路なときの伴奏には違和感
を感じるところもある。だけど、本当に開かれた気持ちのもと、自分たちの文
化が育んできたものを沢山の人達に知ってもらいたいという澄んだ気持ちはと
っても伝わってくるパフォーマンス。

 1時間は平気でやったろう一部を見て、次に移動。演奏途中にはなかなか会
場外に出にくい感じがあったから……。こんなに、長くやる公演だとは思わな
かった。2部のほうには、お母さんが同じ島の出身だというUAもゲストとし
て出たはず。

そして、南青山・ブルーノート東京。セカンド。ここんとこマジなジャズ路
線がかなり好調な有名トランペッターの新3管編成バンド。新作『ドラゴン』
と同じメンツで、日本人4人、韓国人1人。颯爽としててヴァイタルでもある
、今の新主流派(うわ、死後を使ってしまった)的ジャズ。彼は本当にアップ
テンポな曲のリフ作りがうまいなあ。当初、他の管楽器奏者のほうが長くソロ
を取ったり、自虐的かつボロボロなMC(接してて、本当に辛い)を聞いて歳
取ったなあと思わせるところもあるのだが、ソロの取り方はより真摯だし、M
Cも飾り気のない自分をそのまま吐露するとそうなると考えられなくもないわ
けで……。とにかく、彼のなかで音楽の意味、トランペットを吹く意味がより
無垢なものに変わってきているのかもしれないという感想を微妙に引き出す実
演であったと思う。アンコールなし、2時間近くやったはず。日野晧正、見事
な音楽バカであるのは間違いない。

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