96歳、大往生ですね。好ジャズ・アレンジャーにトロンボーン奏者は多いと言われるが、彼もそうであったか。1960年代後期からの10何年かのカウント・ベイシー・オーケストラ(2010年12月28日、2011年9月3日、2014年12月22日)の編曲をはじめ、ジャズのビッグ・バンドのアレンジャーとして大活躍した御仁。彼は作曲もした。ぼくはやるほうはロック経験しかないが、ジャズのフルバン(ビッグ・バンド)経験者であると、この訃報は身に沁みるのだろう。彼が亡くなった土地や死因は明らかにされていない。

 ペンシルヴァニア州ピッツバーグで生まれ、少年期から地元の高校や放送局のビッグ・バンドにトロンボーン奏者として入った。音楽を大学で学んだあと、彼はトミー・ドーシー、ウディ・ハーマン、ジーン・クルーパ楽団などにトロンボーン奏者として入ったという。10代半ばにして初編曲を書いたというので、当初からその才には恵まれていたと思われる。彼はベイシー・バンド編曲とともに、米国空軍バンドの編曲も大々的にしたそうだ。また、彼は大学や高校の音楽プログラムにもいろいろ関わってきた。さらに彼は、NDRビッグ・バンド(2016年3月9日)など欧州の大所帯組織の編曲や指揮もしたという。

 もちろん、TVや映画音楽にも関わり、フランク・シナトラ他のジャズ/ポピュラー系シンガーにアレンジもいろいろ提供している。円満な顔つきの方だが、その活動をちょい見すると、本当にそうだったんだろうなと思えてくるな。

▶過去の、カウント・ベイシー・オーケストラ
http://43142.diarynote.jp/201101061048518045/
http://43142.diarynote.jp/201109121452527893/
https://43142.diarynote.jp/201412281018298837/
▶︎過去の、NDRビッグ・バンド
https://43142.diarynote.jp/201603111218495183/

<今日の、ふとした疑問>
 彼の訃報に接して、編曲のギャラというのは一般的にどうなっているのかとふと考えた。作詞や作曲に関しては印税という項目がすぐに出てくるが、編曲もそうなっていなきゃ嘘だよな。そう思ってしまうのは、作編曲より編曲家の名前は前に出てきていない→いまいちスポットが当たりにくい担い手であるという認識があるためか。とくに、メロディが行き詰まり傾向にあり、いろんな楽器/装置音やリズムやムードの選択肢が広がっている今はよりアレンジャーの活躍する幅は広がってきている。あと、小さな編成と大きな編成では当然求められる労力は異なるわけで……。今更ながら、著作権に疎いことを自覚した。なお、ネスティコは後続の人たちのことを考え、自分の600近いスコアを公開しているという。

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