クリスティーナ・アギレラ
2019年9月21日 音楽 明日は何を見ましょうかという感じで選んだのは、クリステォーナ・アギレラのショウ。“ザ・エクスペリエンス”と名付けられたパッケージで、これはヴェガス特化の出し物。この5月から来年3月にかけて持たれ、場所はプラネット・ハリウッド・リゾート&カジノのザッポス・シアター。劇場に入ったら、めちゃデカい会場でびっくり。7000人収容とかで、ホテル併設のスポーツをやらない純シアターとしてはザ・ストリップで一番デカいらしい。入場時に厳重な、空港に入るときのようなセキュリティ・チェックを受けた。それは、今回行った会場のなかではここだけ。21時開演のはずが1時間押しで始まる。40分すぎたころから開演を促す拍手が時に起こったりもするが、大きな波にはならない。
ショウは当然ことながら、米国エンターテインメントの粋を集約したと言えるものだった。大きなアーチが作られたステージ上に、10人のダンサーとアギレラが現れ、ショウは始まる。ステージ前にX型のとその外に半円の出道が作られ、それも場合によっては作われる。大まかにみれば、スペイシーな効果が施されているか。映像とライティングは最大限に用いるが、冒頭はもしかすると音楽トラックはプリセットのものを使うのかと思う。
ショウは2〜3曲ごとに幕が閉まり間奏が入り、ステージ・デザインやアギレラ達の衣装が変えられるという設定。そして、最初の幕間の後からは、鍵盤、ギター、ベース、ドラム、3人のコーラスがアーチの上に位置し、プリセット音も用いつつ生音を加える。ギタリストとベーシストはステージ前面に降りてきて演奏する場合もあった。
わあ、アギレラって歌がうまい。過剰な喉への負担のかけ方をせずにがっちり確かな歌唱を彼女は聞かせる。それ、感心。もし、口パクだとしても、その巧妙さに脱帽するしかない。で、ラベルの「レディ・マーマレード」の映画絡みの2001年カヴァーを含む、オールタイムの有名曲が披露されるわけだが、その映像を含む構成がお上手。その総体は、<痛みを知る、自立する女性像>をきっちり結晶させていた。見て何気に達成感を覚えさせる出し物、ナリ。
会場を出ると、カジノのあちこちに露出度の高い女性がお立ち台に立ち、踊っている。それ、プラネット・ハリウッドの夜の売りのよう。
▶︎過去の、ノーナ・ヘンドリックス/ラベル
https://43142.diarynote.jp/201009151537076176/
<今日の、もうけ>
今回、渡米中に再認識したのは、自分の冷房に対する弱さ。もう、行きの飛行機の中から冷房はギンギン、ぼくはT-シャツとトレイナーの重ね着にジャケットを羽織り、首にはストゥールを巻き、それでOK。おいおい。なのに、T-シャツだけでいる人もいるものなあ。ヴェガスは確かに気温は高い。が、湿度がとっても低い。ぼくは鼻の粘膜が弱く乾燥する冬場にはただれてしまうのだが、ラスヴェガス滞在の前半でそうなったのには驚いた。とうぜん、ホテルやカジノやモールも冷房は絶賛大効き。重ね着するシャツと上着は欠かせなかった。就寝時はエアコンを切って、ちょうどよかった。
今回エアーはUAを使い、行きはサンフランシスコ経由で、帰りはデンヴァー経由。行き帰りで異なる経路にしたのは、同じじゃつまらない。ところで、行きも帰りも、米国国内便の離陸が定刻より3〜4時間は遅れたのにはビックリ。運がとっても悪いとしか言いようがない。行きはUA社員が罪滅ぼしのため、水とお菓子を配った。帰り便は余裕たっぷりであったはずの乗り換え時間がギリとなり(機内に入ってからもグズグズして飛ばなかったなあ。性格がちゃんとしてそうな男性乗務員に確認を取ると大丈夫、まかせろと言うので、まあ平常心でいたが)デンヴァーに降りると、成田便ゲートに向かう客を乗せるカートが待機していた。おお、空港内カートに乗るというのは初体験じゃ。なんか、それについてはうれしかった。そこそこ離れてはいたが、国際便のゲートも同じターミナルだった。しかし、ラスヴェガスには日本との直行便がないのに、デンヴァー直行便があるというのはちょい謎(→デンヴァーはUAのハブ空港らしい)。これで、ヴェガス直行便があれば、ぼくはまた行く(かも)。帰国便、フルでした。
行き帰りの国際便では、映画「ボヘミアン・ラプソディ」と「ロケットマン」をしっかり見る。へえ、後者は少しミュージカル仕立てっぽい箇所もあるのか。両主人公ともそんなに似ていないと、ぼくには思えた。特に、フレディ・マーキュリーのほうはそう。クイーンは他のメンバーのほうがしっくり来る。なんて、リアルタイム経験組ながらファンじゃないぼくが言うのもなんだが。ぼくはマーキュリーの爬虫類的なルックスに昔からひいていました。エルトン・ジョンの場合は1974年シングルの「ベニー&ザ・ジェッツ」(実は米国黒人ラジオ局に認められたもっとも初期の白人曲となる)までは好きでよく聞き、その後はほぼ聞いていない。それは彼の作曲能力の減衰に伴うわけだが、加齢とともに作曲能力が下がるのはポール・マッカートニー(2018年10月31日)やトッド・ラングレン(2001年11月9日、2002年9月19日、2002年9月28日、2008年4月7日、2010年10月10日)らメロディ・メイカーと言われる人にすべからく当てはまる事実だ。
話はそれたが、ともに音楽や楽曲にある襞を描かんとしているのは了解。となにげに冷静に書いているのは、アリサ・フランクリンの1971年1月13日と14日にLAのザ・ニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会で持たれたゴスペル・コンサートの模様を伝える映画「Amezing Grace」を機内で見ることができたからだ。今年に入って大々的に本国では公開され、音楽DVDのチャートで1位にもなっているが、日本では未発表だ。
1972年に同名の2枚組アルバムが出されたこのゴスペル公演は当初からスペシャルなものとして映画化することも決められ、役者としても知られるロシア系米国人のシドニー・ポラックが監督にあたった。だが、音楽と映像の同期がうまくいかずお蔵入り。ワーナー・ブラザースの倉庫に眠っていた20時間のテープの権利が2007年に他者に渡り、今の技術を介して同期させた87分の映画として、2011年に完成。しかし、当のフランクリンがOKを出さず(緊張している様も描かれ、当人にとってはいまいちいい印象をもっていないのかもしれない)、彼女の死後にすぐに遺族が公開を許諾したという経緯を持つ。
映像美などはあまり考えていないような、そっけないマテリアルゆえ、その場の出来事の模様は素直に伝えられるという部分はあるか。ああ、そうだったのかと合点がいく部分もある。当人に加え、ピアノと歌のジェイムズ・クリーヴランド牧師、サザン・カリフォルニア・コミュニティ・クワイアー、オルガンのケネス・ルッパー(全盛期のビリー・プレストンのバンドにいた人だが、顔も彼に似ている)、ギターのコーネル・デュプリー(2002年6月25日、2010年8月31日)、ベースのチャック・レイニー(2011年6月21日、2018年11月22日)、ドラムのバーナード・パーディ(2006年7月26日、2012年6月19日)らがサポートをする。あまり映らないのは残念だが。父親のC.L.フランクリンもいるし、2日目に観覧したストーンズ(2019年4月19日)のミック・ジャガーとチャリー・ワッツも映る。いやあ、これを見れるとはうれしい。
実は飛行機内の音楽プログラムはしょぼいが、映像プログラムは豊富で、他にも音楽ものはいくつかあった。ジャニス・ジョプリンのドキュメンタリー「リトル・ガール・ブルー」(2016年6月20日)もリストにあったが、そちらはTV番組のプログラムに入っていた。それ、劇場公開映画ではなく、TV放映用の映像作品であったのか。
▶︎過去の、ポール・マッカートニー
https://43142.diarynote.jp/201811011655349966/
▶過去の、トッド・ラングレン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/LIVE-2001-11.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm
http://43142.diarynote.jp/200804081929500000/
http://43142.diarynote.jp/201010111257003810/
▶過去の、コーネル・デュプリー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-6.htm
http://43142.diarynote.jp/201009010955348098/
▶︎過去の、チャック・レイニー
https://43142.diarynote.jp/201106270438075311/
https://43142.diarynote.jp/201811251043143983/
▶︎過去の、バーナード・パーディ
https://43142.diarynote.jp/200607281034380000/
https://43142.diarynote.jp/201206210944302024/
▶過去の、ザ・ローリング・ストーンズ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-3.htm 3月13日(バック・バンド)。15日
https://43142.diarynote.jp/201904200941516964/ ストーンズ展
▶︎過去の、「リトル・ガール・ブルー」
https://43142.diarynote.jp/201606231719464677/
ショウは当然ことながら、米国エンターテインメントの粋を集約したと言えるものだった。大きなアーチが作られたステージ上に、10人のダンサーとアギレラが現れ、ショウは始まる。ステージ前にX型のとその外に半円の出道が作られ、それも場合によっては作われる。大まかにみれば、スペイシーな効果が施されているか。映像とライティングは最大限に用いるが、冒頭はもしかすると音楽トラックはプリセットのものを使うのかと思う。
ショウは2〜3曲ごとに幕が閉まり間奏が入り、ステージ・デザインやアギレラ達の衣装が変えられるという設定。そして、最初の幕間の後からは、鍵盤、ギター、ベース、ドラム、3人のコーラスがアーチの上に位置し、プリセット音も用いつつ生音を加える。ギタリストとベーシストはステージ前面に降りてきて演奏する場合もあった。
わあ、アギレラって歌がうまい。過剰な喉への負担のかけ方をせずにがっちり確かな歌唱を彼女は聞かせる。それ、感心。もし、口パクだとしても、その巧妙さに脱帽するしかない。で、ラベルの「レディ・マーマレード」の映画絡みの2001年カヴァーを含む、オールタイムの有名曲が披露されるわけだが、その映像を含む構成がお上手。その総体は、<痛みを知る、自立する女性像>をきっちり結晶させていた。見て何気に達成感を覚えさせる出し物、ナリ。
会場を出ると、カジノのあちこちに露出度の高い女性がお立ち台に立ち、踊っている。それ、プラネット・ハリウッドの夜の売りのよう。
▶︎過去の、ノーナ・ヘンドリックス/ラベル
https://43142.diarynote.jp/201009151537076176/
<今日の、もうけ>
今回、渡米中に再認識したのは、自分の冷房に対する弱さ。もう、行きの飛行機の中から冷房はギンギン、ぼくはT-シャツとトレイナーの重ね着にジャケットを羽織り、首にはストゥールを巻き、それでOK。おいおい。なのに、T-シャツだけでいる人もいるものなあ。ヴェガスは確かに気温は高い。が、湿度がとっても低い。ぼくは鼻の粘膜が弱く乾燥する冬場にはただれてしまうのだが、ラスヴェガス滞在の前半でそうなったのには驚いた。とうぜん、ホテルやカジノやモールも冷房は絶賛大効き。重ね着するシャツと上着は欠かせなかった。就寝時はエアコンを切って、ちょうどよかった。
今回エアーはUAを使い、行きはサンフランシスコ経由で、帰りはデンヴァー経由。行き帰りで異なる経路にしたのは、同じじゃつまらない。ところで、行きも帰りも、米国国内便の離陸が定刻より3〜4時間は遅れたのにはビックリ。運がとっても悪いとしか言いようがない。行きはUA社員が罪滅ぼしのため、水とお菓子を配った。帰り便は余裕たっぷりであったはずの乗り換え時間がギリとなり(機内に入ってからもグズグズして飛ばなかったなあ。性格がちゃんとしてそうな男性乗務員に確認を取ると大丈夫、まかせろと言うので、まあ平常心でいたが)デンヴァーに降りると、成田便ゲートに向かう客を乗せるカートが待機していた。おお、空港内カートに乗るというのは初体験じゃ。なんか、それについてはうれしかった。そこそこ離れてはいたが、国際便のゲートも同じターミナルだった。しかし、ラスヴェガスには日本との直行便がないのに、デンヴァー直行便があるというのはちょい謎(→デンヴァーはUAのハブ空港らしい)。これで、ヴェガス直行便があれば、ぼくはまた行く(かも)。帰国便、フルでした。
行き帰りの国際便では、映画「ボヘミアン・ラプソディ」と「ロケットマン」をしっかり見る。へえ、後者は少しミュージカル仕立てっぽい箇所もあるのか。両主人公ともそんなに似ていないと、ぼくには思えた。特に、フレディ・マーキュリーのほうはそう。クイーンは他のメンバーのほうがしっくり来る。なんて、リアルタイム経験組ながらファンじゃないぼくが言うのもなんだが。ぼくはマーキュリーの爬虫類的なルックスに昔からひいていました。エルトン・ジョンの場合は1974年シングルの「ベニー&ザ・ジェッツ」(実は米国黒人ラジオ局に認められたもっとも初期の白人曲となる)までは好きでよく聞き、その後はほぼ聞いていない。それは彼の作曲能力の減衰に伴うわけだが、加齢とともに作曲能力が下がるのはポール・マッカートニー(2018年10月31日)やトッド・ラングレン(2001年11月9日、2002年9月19日、2002年9月28日、2008年4月7日、2010年10月10日)らメロディ・メイカーと言われる人にすべからく当てはまる事実だ。
話はそれたが、ともに音楽や楽曲にある襞を描かんとしているのは了解。となにげに冷静に書いているのは、アリサ・フランクリンの1971年1月13日と14日にLAのザ・ニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会で持たれたゴスペル・コンサートの模様を伝える映画「Amezing Grace」を機内で見ることができたからだ。今年に入って大々的に本国では公開され、音楽DVDのチャートで1位にもなっているが、日本では未発表だ。
1972年に同名の2枚組アルバムが出されたこのゴスペル公演は当初からスペシャルなものとして映画化することも決められ、役者としても知られるロシア系米国人のシドニー・ポラックが監督にあたった。だが、音楽と映像の同期がうまくいかずお蔵入り。ワーナー・ブラザースの倉庫に眠っていた20時間のテープの権利が2007年に他者に渡り、今の技術を介して同期させた87分の映画として、2011年に完成。しかし、当のフランクリンがOKを出さず(緊張している様も描かれ、当人にとってはいまいちいい印象をもっていないのかもしれない)、彼女の死後にすぐに遺族が公開を許諾したという経緯を持つ。
映像美などはあまり考えていないような、そっけないマテリアルゆえ、その場の出来事の模様は素直に伝えられるという部分はあるか。ああ、そうだったのかと合点がいく部分もある。当人に加え、ピアノと歌のジェイムズ・クリーヴランド牧師、サザン・カリフォルニア・コミュニティ・クワイアー、オルガンのケネス・ルッパー(全盛期のビリー・プレストンのバンドにいた人だが、顔も彼に似ている)、ギターのコーネル・デュプリー(2002年6月25日、2010年8月31日)、ベースのチャック・レイニー(2011年6月21日、2018年11月22日)、ドラムのバーナード・パーディ(2006年7月26日、2012年6月19日)らがサポートをする。あまり映らないのは残念だが。父親のC.L.フランクリンもいるし、2日目に観覧したストーンズ(2019年4月19日)のミック・ジャガーとチャリー・ワッツも映る。いやあ、これを見れるとはうれしい。
実は飛行機内の音楽プログラムはしょぼいが、映像プログラムは豊富で、他にも音楽ものはいくつかあった。ジャニス・ジョプリンのドキュメンタリー「リトル・ガール・ブルー」(2016年6月20日)もリストにあったが、そちらはTV番組のプログラムに入っていた。それ、劇場公開映画ではなく、TV放映用の映像作品であったのか。
▶︎過去の、ポール・マッカートニー
https://43142.diarynote.jp/201811011655349966/
▶過去の、トッド・ラングレン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/LIVE-2001-11.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm
http://43142.diarynote.jp/200804081929500000/
http://43142.diarynote.jp/201010111257003810/
▶過去の、コーネル・デュプリー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-6.htm
http://43142.diarynote.jp/201009010955348098/
▶︎過去の、チャック・レイニー
https://43142.diarynote.jp/201106270438075311/
https://43142.diarynote.jp/201811251043143983/
▶︎過去の、バーナード・パーディ
https://43142.diarynote.jp/200607281034380000/
https://43142.diarynote.jp/201206210944302024/
▶過去の、ザ・ローリング・ストーンズ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-3.htm 3月13日(バック・バンド)。15日
https://43142.diarynote.jp/201904200941516964/ ストーンズ展
▶︎過去の、「リトル・ガール・ブルー」
https://43142.diarynote.jp/201606231719464677/
コメント