ブルーノ・ペルナーダス
2018年11月5日 音楽 ポップ、エレクトロニカ、アフリカをはじめとするワールド要素、ジャズなど、様々な要素を俯瞰した英語によるポップ・ミュージックを作るポルトガル人アーティストのブルーノ・ペルナーダスの公演を、渋谷・WWW Xで見る。エレクトリック・ギターを弾く彼に加え、管楽器セクションや男女コーラスを含む全9人でパフォーマンス。彼は教鞭を取ってもいるようで、バンド員はその教え子が主となるよう。ドラマーは、ペルナーダスがソロになる前に組んでいたジュリー&ザ・ハイジャッカーズからの同士だ。
なるほど、ヴァン・ダイク・パークス(2013年1月29日)好きというのも納得の、レイヤー感覚を大いに抱える、多大な起伏を持つラウンジ・ポップをくり広がる。そこに取り込まれた音楽のヴァリエーションはポップ・ミュージックとしてはまこと破格。それを才気走る感じでなく、ほんわかほのぼの出すのが彼の流儀であるのもよく出していた。
ブルーノ・ペルナーダスには、ライヴ前に会場でインタヴューをした。1982年生まれの、律儀な髪型をした好青年。そして、やはりかなりな音楽エンスー。もう博識で、その興味は1980年代の日本のJ・ポップまでに広がる。ちょっとでもマニアックな名前を出すと、彼はすぐに携帯の画面でその該当者を出してくれる、気配りの人でもある。この夏には、日本人グループの幾何学模様の新作プロデュースをリスボンでしましたね。サントラや舞踏曲作りの分野にまで進出している彼はオーケストレーションもできるそうで、自分の過去のポップ曲をそれを添えた形で提出するアルバムも作りたいよう。2016年以降出していないリーダー作は、ポップ志向盤が来年にリリースされる。
ギター奏者としての自分を出したジャズ・アルバム『Worst Summer Ever』を出してもいるだけに、ジャズ・ギタリストは故ジム・ホール(2005年1月18日、2012年6月4日)からカート・ローゼンウィケル(2009年3月1日、2010年3月12日、2013年11月20日、2014年3月4日、2016年6月27日、2017年4月15日、2018年1月13日)まで、いろんな人が好きであるそう。彼は掛川市であったFESTIVAL de FRUE 2018に自己グループで出演するとともに、単独でもそこでも持たれたビリー・マーティン(1999年8月5日、2000年8月13日、2001年2月5日、2002年9月7日、2012年3月2日)のセッションに堂々はいったとのこと。その際のベースは、シャザード・イズマイリー(2018年7月24日)であったよう。
▶過去の、ヴァン・ダイク・パークス
http://43142.diarynote.jp/201301311032072367/
▶過去の、ジム・ホール
http://43142.diarynote.jp/200501222324430000/
http://43142.diarynote.jp/201206110916017268/
▶過去の、カート・ローゼンウィンケル
http://43142.diarynote.jp/200903031751323247/
http://43142.diarynote.jp/201003131221091991/
http://43142.diarynote.jp/201311230757159421/
http://43142.diarynote.jp/201403051230433466/
http://43142.diarynote.jp/201606281737237220/
http://43142.diarynote.jp/201704170805443358/
https://43142.diarynote.jp/201801140944229876/
▶︎過去の、ビリー・マーティン/メデスキー・マーティン&ウッド
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/augustlive.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-8.htm 8月13日
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm 9月7日
http://43142.diarynote.jp/201203062004221304/
▶︎過去の、シャザード・イズマイリー
https://43142.diarynote.jp/201807260047172162/
<また、R.I.P.>
テキサス州出身のトランペッター/フリューゲルホーン奏者であるロイ・ハーグローヴ(2003年2月18日、2003年9月21日、2004年12月2日、2007年9月10日、2008年9月16日、2009年6月24日、2011年2月22日、2012年3月23日、2014年2月19日、2016年1月27日、2017年3月2日、2018年3月1日)が10月2日にNYの病院で心臓発作のため、まだ40代ながらお亡くなりになった。彼はここ10年強、人工透析を来日時も受けていたわけだが……。高校時代にジャズ方面で早々に脚光をあびるものの、一方ではファンク・バンドも組んでいた御仁。バークリー音大に進み、20歳ごろからエスタブリッシュされた、まさにエリート・ジャズ・マンだった。でも、その裏で打ち込みやラップにもこっそり挑戦していた彼。ソウル・クエリアンズ関連のディアンジェロ『ヴードゥ』、コモン『ライフ・ライク・ア・ウォーター』、エリカ・バドゥ『ママズ・ガン』などは、彼の同時代R&Bホーン音創出の才をおおいに示す。また、彼はそっち方面への興味を大きく出した自己グループのR.H.ファクターも組みアルバム作りやライヴ・ツアーも行ったが、今冷静に見るなら、ハーグローグの才能は何よりアコースティック・ジャズの分野で2000年代以降に発揮されたと思う。その太さと比すと、R.H.ファクターはフュージョンぽくもあり、少し中途半端〜素直に『ヴードゥ』のインスト版をやればよかったのになー〜。ああ、これで現代ジャズの定点観測ができる重要人物が一人いなくなってしまった。
▶過去の、ロイ・ハーグローヴ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-2.htm 18日、ディレクションズ・イン・ミュージック
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-9.htm 21日
http://43142.diarynote.jp/200412111742300000/
http://43142.diarynote.jp/200709171108570000/
http://43142.diarynote.jp/200809171409066704/
http://43142.diarynote.jp/200906300951327850/
http://43142.diarynote.jp/201102240921561671/
http://43142.diarynote.jp/201203260806527228/
http://43142.diarynote.jp/201402201343247604/
http://43142.diarynote.jp/201601301016081732/
http://43142.diarynote.jp/201703081443314613/
https://43142.diarynote.jp/201803031242579295/
なるほど、ヴァン・ダイク・パークス(2013年1月29日)好きというのも納得の、レイヤー感覚を大いに抱える、多大な起伏を持つラウンジ・ポップをくり広がる。そこに取り込まれた音楽のヴァリエーションはポップ・ミュージックとしてはまこと破格。それを才気走る感じでなく、ほんわかほのぼの出すのが彼の流儀であるのもよく出していた。
ブルーノ・ペルナーダスには、ライヴ前に会場でインタヴューをした。1982年生まれの、律儀な髪型をした好青年。そして、やはりかなりな音楽エンスー。もう博識で、その興味は1980年代の日本のJ・ポップまでに広がる。ちょっとでもマニアックな名前を出すと、彼はすぐに携帯の画面でその該当者を出してくれる、気配りの人でもある。この夏には、日本人グループの幾何学模様の新作プロデュースをリスボンでしましたね。サントラや舞踏曲作りの分野にまで進出している彼はオーケストレーションもできるそうで、自分の過去のポップ曲をそれを添えた形で提出するアルバムも作りたいよう。2016年以降出していないリーダー作は、ポップ志向盤が来年にリリースされる。
ギター奏者としての自分を出したジャズ・アルバム『Worst Summer Ever』を出してもいるだけに、ジャズ・ギタリストは故ジム・ホール(2005年1月18日、2012年6月4日)からカート・ローゼンウィケル(2009年3月1日、2010年3月12日、2013年11月20日、2014年3月4日、2016年6月27日、2017年4月15日、2018年1月13日)まで、いろんな人が好きであるそう。彼は掛川市であったFESTIVAL de FRUE 2018に自己グループで出演するとともに、単独でもそこでも持たれたビリー・マーティン(1999年8月5日、2000年8月13日、2001年2月5日、2002年9月7日、2012年3月2日)のセッションに堂々はいったとのこと。その際のベースは、シャザード・イズマイリー(2018年7月24日)であったよう。
▶過去の、ヴァン・ダイク・パークス
http://43142.diarynote.jp/201301311032072367/
▶過去の、ジム・ホール
http://43142.diarynote.jp/200501222324430000/
http://43142.diarynote.jp/201206110916017268/
▶過去の、カート・ローゼンウィンケル
http://43142.diarynote.jp/200903031751323247/
http://43142.diarynote.jp/201003131221091991/
http://43142.diarynote.jp/201311230757159421/
http://43142.diarynote.jp/201403051230433466/
http://43142.diarynote.jp/201606281737237220/
http://43142.diarynote.jp/201704170805443358/
https://43142.diarynote.jp/201801140944229876/
▶︎過去の、ビリー・マーティン/メデスキー・マーティン&ウッド
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/augustlive.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-8.htm 8月13日
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm 9月7日
http://43142.diarynote.jp/201203062004221304/
▶︎過去の、シャザード・イズマイリー
https://43142.diarynote.jp/201807260047172162/
<また、R.I.P.>
テキサス州出身のトランペッター/フリューゲルホーン奏者であるロイ・ハーグローヴ(2003年2月18日、2003年9月21日、2004年12月2日、2007年9月10日、2008年9月16日、2009年6月24日、2011年2月22日、2012年3月23日、2014年2月19日、2016年1月27日、2017年3月2日、2018年3月1日)が10月2日にNYの病院で心臓発作のため、まだ40代ながらお亡くなりになった。彼はここ10年強、人工透析を来日時も受けていたわけだが……。高校時代にジャズ方面で早々に脚光をあびるものの、一方ではファンク・バンドも組んでいた御仁。バークリー音大に進み、20歳ごろからエスタブリッシュされた、まさにエリート・ジャズ・マンだった。でも、その裏で打ち込みやラップにもこっそり挑戦していた彼。ソウル・クエリアンズ関連のディアンジェロ『ヴードゥ』、コモン『ライフ・ライク・ア・ウォーター』、エリカ・バドゥ『ママズ・ガン』などは、彼の同時代R&Bホーン音創出の才をおおいに示す。また、彼はそっち方面への興味を大きく出した自己グループのR.H.ファクターも組みアルバム作りやライヴ・ツアーも行ったが、今冷静に見るなら、ハーグローグの才能は何よりアコースティック・ジャズの分野で2000年代以降に発揮されたと思う。その太さと比すと、R.H.ファクターはフュージョンぽくもあり、少し中途半端〜素直に『ヴードゥ』のインスト版をやればよかったのになー〜。ああ、これで現代ジャズの定点観測ができる重要人物が一人いなくなってしまった。
▶過去の、ロイ・ハーグローヴ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-2.htm 18日、ディレクションズ・イン・ミュージック
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-9.htm 21日
http://43142.diarynote.jp/200412111742300000/
http://43142.diarynote.jp/200709171108570000/
http://43142.diarynote.jp/200809171409066704/
http://43142.diarynote.jp/200906300951327850/
http://43142.diarynote.jp/201102240921561671/
http://43142.diarynote.jp/201203260806527228/
http://43142.diarynote.jp/201402201343247604/
http://43142.diarynote.jp/201601301016081732/
http://43142.diarynote.jp/201703081443314613/
https://43142.diarynote.jp/201803031242579295/
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